Coolier - 新生・東方創想話

輪廻  ~魂の還り着く場所~(修正版)

2005/12/31 23:37:16
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輪廻 ~魂の還り着く場所~



 私は空を飛んでいる…
 もちろん、私の背中に翼等は無い
 …当たり前だ………私は普通の人間だったのだから

 それでも私は空を飛んでいる
 地上を遠く離れ、流れる雲を眼下に望みながら…
 高く高く、空に吸い込まれるように

 肉体の感覚は既に無い
今の私は意識だけの存在…


 『魂』と呼ばれる状態なのだから…


 自分がなぜ死んだのか…それは思い出せない…
 ただ……死んだと言う事実だけがはっきりと意識として残っていた

 これから私は……何処へ行こうとしているのか?
 疑問を問うてみても…答える者は、誰もいる筈が無かった……

 人は、死ぬと無に帰ると言ったのは誰だったか…?
 もう、思い出せないけれど…その言葉は嘘だったようだ
 …だって、今の私は現実に、『私』として、ここに存在しているのだから



 (随分と高くまで上がるのね…)

 私は、地上から見たら目が眩みそうな高さを飛んでいた。そして、その高度は終わることなく上がっていく様に思える
 何故、空に上がっていかなければ行けないのか…?
 それは分からない…ただ……空に行かなければ、という思いだけが体を動かしていた
 決して体の自由が利かないわけでは無い…ただ、なんとなくそんな気がしているだけ… 

 ビュウー…
 周りを吹き抜けていく風は、私が物理的に存在しないかのように、体をすり抜けていく
 
周りを見渡せば、広がるばかりの青…その一色だけ

 (不思議な感覚よね…真上だけを見てる筈なのに、周りの風景が意識的に分かる………これが魂の見る視点なのかしら?)

 そう。今の私には周りの風景が360度、全て見渡せている…
 物理的に見る、人の瞳を通して脳で判断する構造とは違い、魂は意識で物を見る
 実に不思議な感覚だ…

 
  
そして、長い時間飛び続け…高く、高く上がった先の空に、一点の影が見えた…
 更に高度を上げその影を確認する…

(………門…?…こんな空の上に?)

 古い木材で出来た様な風潮の、開き戸の門だった
 その大きさは私が生きている時に見てきた、どんな物体よりも巨大で、そして荘厳…
 そんな物が空に…浮いていた……いや、浮いているというよりも『存在している』と言った方が正しいような気がする…
 巨大な門の中央付近には綺麗な桜の紋が記されていた…
 
(なんなんだろう、この門…?)

 その門よりも上に上がることを意識から外し、しばし疑問を持つ…


 ひゅらっ…

 その門の中から…ううん、正確には門の綻びから一つの魂が飛び出してきて門の周りを飛び交い始める…
 よく見ると、門のあちこちに、私と同じような魂が浮遊している

(…もしかして、ここがあの世の入り口なのかなぁ…?)

 そう考えた私は、先程の魂が出てきた綻びから、門の中に入ってみることにした…
 もし、ここがあの世の入り口だとしても…もう、この世に未練等は無かったから……



門をくぐった(というよりも通り抜けた)私を迎えたのは一面の桜吹雪…
 昔の歌人が詠った『地上の雲』という表現がぴったりと符合するほど見事な景色だった
見渡す限りの薄紅色の雲…空の上にこんな場所があったなんて…

 そして、その桜の数に勝るとも劣らない程の数の魂達…

 (すごい……)

 私は、見事に咲き乱れる桜の上を飛びながら、この素晴らしい景色に感嘆の息を漏らした

 (やっぱり、ここはあの世なのかな…?…そうだよね、きっと…こんな風景、現実じゃあり得ないし)

 そう思った時…

 (こっちへいらっしゃい…)

 !

 突然、意識に問いかける様な穏やかな声が響いた

 (だ、だれ…?!)

 そう声に出した時、桜の雲の遙か先に存在する、純和風の屋敷に目が留まった

 (あそこ……?)

 はっきりとは分からないが、あそこに行けば、何かがある……そんな気がする
私は、桜の雲を自らの下に収めながら屋敷の方へと向かった



 この屋敷を見つけた場所からは少しばかり遠くて、辿り着くまで結構な時間がかかった

 (うわー、大きなお屋敷……)

 遠目に見たよりも、遙かに大きな屋敷だった。屋敷の庭には、この空間にあったどんな桜よりも更に輪をかけて見事な桜がひしめきあっていた

 その屋敷の中庭に面する縁側に、一人の女性が座り、串団子を頬張っていた
 その動作の一つ一つは、優雅さを兼ね備えた動きだった
 服装は、ふわふわとしたレース飾りの付いた和服…頭には柔らかそうな素材の帽子、そしてその帽子の額部には、死者が付ける三角形のアレがついていた………何かしら、あのぐるぐるマークは……?
 その女性の周りに数体の魂が付き従っている

 彼女は、頬張っていた団子を飲み込み

 「いらっしゃい。貴女はわたしが招いた客では無いけれど、冥界の旅路…ゆっくりとしていってね」

 二本目の団子を口に頬張りながら、視線を私の方へと向けた女性の声は、確かに先程聞こえた声の主だった
 女性は口にしていた団子を喉を鳴らして飲み込むと、にこりと笑顔を向けてくれた

(えっと……あなたは…?)

 眩しいほどのその可愛らしい笑顔に、少しどきっとしながらも私は問いかける

 「あら、挨拶が遅れたわね。わたしは西行寺 幽々子、この白玉楼の主なの。よろしくね。ちなみにわたしは幽霊じゃなくて亡霊よ」

 彼女は笑顔を絶やさずに自己紹介する
 白玉楼というのは、おそらくこの屋敷の名称だろう

 (えっと…私は……)
 「ううん、いいわ…あなたはわたしが招いた者じゃないもの。きっと外の世界の住人だったのでしょう…?あなたの事を聞いても、わたしにはどうすることも出来ないからね」

 そう言って私の自己紹介を断り、横にあった皿の上の三本目の串団子を頬張った

 (……あの、一つ聞いてもいいでしょうか?)
 「はぁに(なぁに)?」

 彼女は、団子を口一杯に頬張りながら返事を返した為、発音が不明瞭になっていた

 (えっと…ここは、あの世…なんでしょうか?)

 彼女は、私が来てから三本目の団子を飲み込み、一杯の緑茶を傾けてから質問に答える

 「う~ん…半分正解…かしら。…ここは、あの世の入り口、ここから先に三途の河があって、その先に真の冥界が存在してるの…ここはあの世の中継地点、みたいなものかしらねぇ」

 食べ物を頬張りながらもあくまでも、彼女は優雅に飄々と答える

 「きっと、あなたはこれから、そちらの世界に向かうのでしょうけど……閻魔の裁きまではまだ少し猶予があるはずよ?…今年は色々とこちらの世界も慌ただしかったから…」

 閻魔……昔から言われている、罪を裁く神……やはり実在してたんだ
 少し不安になってきた…

まぁ、いいか…

 
「裁きの時が近付くまで、この冥界でゆっくりとしていくと良いわ。冥界は常春の世界、特に白玉楼の桜は評判が良いのよ?」

 袖からセンスを取り出し、口元を隠してクスクスと笑う
 少し自慢げに笑っているようだった

 (…そうですね。一生に一度しか来られない場所なんだし、お言葉に甘えさせて戴きます。では、失礼します)

 私は女性の元を離れると、屋敷の奥の方へと飛び立つ
 背後からの視点で、女性が新たなおやつを口に頬張っているのが分かった…
 
 (……まだ、食べるのかな…あの人……?お腹、壊さなきゃいいけど…)

 ちょっと、掴みづらい性格の人だったけど…色々と教えてくれた人だから、素直に感謝しておこう……………………ありがとう、幽々子さん…




 (しかし、広い庭ねぇ…進んでも進んでも終わりが見えないわ…)

 幽々子さんのいた屋敷から結構な時間が経ってるのに…この庭の終わりは無いかのように広がる薄紅色……そんな中を、私はふよふよと漂いながら散策している 

 (……それにしても、ここの桜はきれいね…まるで、現世の春を一カ所に集めたみたいだわ……。…ん?…何で…あそこだけ、茶色…?)

 視界に入ったのは、この薄紅の世界で唯一、そこだけ色彩を失ったかのような茶色い一角だった

 私は興味を惹かれ、その一角に近づくことにしてみた…

 (なんて大きな樹……これも、桜…?…でも何で、これだけ花が咲いてないの?周りはあんなに満開なのに…)

 そこにあったのは、巨大過ぎるほど巨大な桜…でも、花は一つも咲いていない…更に、不思議な事に…この世界に来てから無数に見てきた私と同じ霊魂の姿が、この樹の周りだけ一つも見えなかった……

 (…何かの病気なのかな…?)

 もっと近くで見ようと、樹に近づこうとした時……

 「それ以上近づいちゃ駄目です!」

 周りに咲いている、一本の桜の木の陰から、一人の少女が声を掛けてきた
 銀色のショートヘアーを黒いリボンで止め、緑色の服に身を包んでいる。背中には……二振りの日本刀…?しかも、片方は身の丈に合わない程に長く、また、片方は短い……
 更に、少女に付き従うように、大きな霊魂が少女の周りを漂っている

 「それ以上は近づいちゃ駄目、西行妖(さいぎょうあやかし)に取り込まれてしまう!」

 少女がすごい剣幕で歩み寄ってくる。

 (えっと…あなたは誰?…何で近づいちゃ駄目なの?)

 「私の名前は魂魄 妖夢。この二百由旬ある庭を管理している庭師です。…その桜は、西行妖といって、遙か昔から生きている妖怪桜で、樹の根本には何者かが封印されているらしいんです。普通の魂である貴女が近づけば、その妖力に取り込まれて二度と成仏も出来なくなってしまう…」

 成る程、それで近づくなと言ってくれたのね…

 「……幽々子様に呼ばれた霊なら、ここには絶対に近づかない筈なのに……貴女はもしかして、外の世界からの方なのですか?」

 (外の世界かどうかは分かりませんが…死んだ事は確かなようですね。この通り、魂になっちゃってますから…)
 
 私は自分の体(霊魂の状態)を動かして見せた

 「…そうですか……いえ、今年は外の人間の魂が異常な程増えた年だったんです。そんな怪現象もようやく落ち着いてきた頃だったんですよ……しかし…そんなに若くして亡くなられたとは…ご愁傷様です…」

 少女は深々と頭を垂れてくれる

 (えっと…私、今…こんな状態なんだけど…外見とか分かるの?)
 「えぇ、分りますよ。私は半人半霊ですからね。生きていた頃の姿も見れれば、死んでいる霊魂も見えます。私自身が生きているとも、死んでいるとも言える存在ですから」
 (へぇー…そんな存在もあるんだ……じゃあ、その大きな魂は、あなたの魂?)
 「はい、そうです」

 ふーん…世の中には不思議な存在がいるのね…でも、この少女はどう見ても生きているようにしか見えない…さっき会った女性も、亡霊の割には生きている人間に見えたわね

 …そういえば、先ほど、目の前の少女は『幽々子様』と言ったわね…

 (…あの…さっき、幽々子様と言いましたよね?さっき私が会った女性も幽々子と言ってましたけど…同じ人ですか?…大きな屋敷の縁側でオヤツを食べてましたけど…)

「あぁ、幽々子様にお会いしたんですか?幽々子様は私の主です。西行寺家のお嬢様なんですよ。まぁ、良くも悪くも天真爛漫な方で…」

 少女はそこまで言うと大きく、はぁーっ、とため息を吐いた
 その顔には少しの疲労の色が見える
もしかしたら、あの人は、見かけによらず人使いが荒いのかもしれない…


 (そうなんですか…まぁ、確かに、私とお話をしながらも四本位、お団子を食べていましたからね…少し、変わった人かも…)
 「そうなんですよぅ…いつもいつも面倒を起こしてくれましてね……そして、その後始末は全て私に…………って!あなた、今なんて言いました?!」

 少女は血相を変えて尋ねてくる 
 (えっ?…いや、だから、私と話をしていたと……)
 「その後ですよ!お団子を四本ほどって言いませんでしたか?!」
 (えっ、えぇ、言いましたけど……食べてましたよ?美味しそうに…)

 そこまで私が話すと、少女は困ったように眉を下げてうなだれてしまった…

 「あぁもう、………私が幽々子様に用意したオヤツはお団子二本だったんですよ…残りの二本は私のオヤツだったんです……もう………私が戻るまで、これで我慢して下さいって、お願いしてきたのに…」

 そこまで話して、少女は地面にぺたんと座り込んでしまった…

 (あ、あの、えっと、元気…出してください……えっ?)
 「ふ、ふっふっふ……」

 私は、ありきたりな台詞で慰めようとするが…突然少女はガバッと起きあがり、先程私が寄ってきた屋敷の方角へと視線を向けた

 「……今日という今日は許しませんよ…幽々子様…今日こそは夕餉抜きにして差し上げます!」

 少女は、少しすわった目つきになり、開口一番にそう叫んで空へと飛び立っていってしまった…

 と思ったら、戻ってきた…

 「先程も話した通り、その西行妖には近づかないでくださいね。…私は、貴女が穏やかに成仏できる事を願っていますよ」

 そう言い残し、一礼して今度こそ屋敷に向かって飛んでいってしまった…
 一人残された私は、目の前の巨大な桜、『西行妖』に向き直った

 (長く齢を重ねすぎれば、桜も妖怪になるのかな…)

 確かに…この桜からは不気味な感じが漂ってるけど…

(……この桜も、昔は素晴らしい花を咲かせて、皆を楽しませていたんでしょうね……それが、永く生きすぎたせいで、周りから避けられ、孤立していく……悲しい桜ね…)

 私は、目の前の桜に軽く挨拶をし、再び上空へと飛び立った…

 〈…ありがとう……〉

 背後の桜から、聞いたことのある声が聞こえた気がするが、私はさして気にも留めず、死地への旅を続ける為に、この広い庭の更に奥を目指していた




 いつからだろう……遙かに広がっていた桜の薄紅色が失われ、殺伐とした荒野を私は飛んでいた…
 時折見える紅い花……あれは…彼岸花…?
最初はポツリ、ポツリと咲いているだけだったのに…
 しばらく進んだ後には、彼岸花の紅で地面は一杯になっていた

 (何なんだろう…ここ…?さっきまでの華やかな庭とは随分と趣が違うわね…)

 「ははっ、そりゃそうだよ。ここから先は、本当の意味での冥界なんだからね」

 !  また、声が聞こえた…けれども、今回は確かな感覚を伴った声だった

 ふと、意識を下に移すと、目の前に巨大な河が流れている。その川岸に人影が見えた
 行ってみようと思った瞬間、見えない力に引きずられる様に私は高度を下げ、地面すれすれの位置まで降下し、それ以上は上がれなくなった…
 仕方ないので、この高さのまま人影の方へと近づいていく

 「無駄だよ。この三途の河は、飛んで渡ることなんか出来やしない。渡る方法は只一つ、あたしの船に乗って渡るしか無いのさ」

 人影の正体は赤髪の若い女性だった。なんだか快活そうな印象を受けた
上半身は和服なのに、下半身は…フレアスカート…?なんだか変な格好…
 片手には不思議な形の鎌を持っていて、ぐにゃぐにゃと曲がっている。

 「しかし、随分とまぁ、若い内に亡くなったもんだねぇ…自殺したって訳でも無さそうだし…」
 
 私の事を品評するように、女性はじーっと見つめてくる

 (えと…失礼ですけど、貴女は?)

 私の声に、女性は、はっと気付いたように顔を上げると少し、困ったような苦笑いを浮かべた

 「あ、あぁ、すまない、言い忘れたね。あたしは小野塚の小町。この三途の河の案内人さ。この三途の川は此岸と彼岸を横切る河。とてつもなく広い上に、大昔の生物がウロウロしていてね…あたしの船じゃ無ければ渡れやしないんだよ」

 船……彼女の後ろに見える小さな三日月型の物がそうなんだろう…

 (ふ~ん…これが三途の川なんだ…生前に聞いていた河とずいぶん違うのね…なんか、石を積んだものがそこかしこにあるって聞いたけど…?)
 「……あんた、少し勘違いしてるねぇ…それは地獄にある『賽の河原』だよ。ここはまだ冥界への入り口。この先にあんたの罪を裁く閻魔様がいるのさ…あんたが地獄に行くか、天界に行くかはそこで決まるんだ」
 (あ、そうなんですか?)
 「そう」

 目の前の女性(…小町さん…と言ったか)は、腕組みをしながら目を閉じて、首を縦に振る
そして、ふと目を開けてまじめな表情に切り替える

 「…でだ…この河を渡る為には、あたしに渡し賃を払ってもらう決まりがあるんだが…」 
 (あ、そうなんですか?…初めて知りましたよ)
 「そりゃ、ここに来るのは死んだ時だからな。みんな初めてだよ」
 (…それもそうですね。あ、でも…私…今この状態なんで、お金とか持ってませんよ?)

 そう。今の私は霊体なんだから、お金を持っている方が不自然だと思う…

 「その点は心配ないさ。あんたがあたしに払ってくれる気持ちがあれば、あんたの財産があたしの方へ流れ込んで来る寸法になってるからね。物体では無いけれども…」

 ふ~ん…そうなのか……まぁ、私はもう死んでるし、お金なんか持ってても仕方ないしね。別に彼女に全部渡してもいいか…
 私はそう考え、彼女に全額渡すことにした。私一人の財産なんてたかが知れてるしね…

 (…じゃあ、小町さん。渡し賃、支払いますよ)
 「おっ、そうか、そいつはいい心掛けだね。何事も殊勝が一番さね」

 彼女は自分の言った言葉にウンウンと頷いていた

 (では、いきます。小町さんに支払うって、考えればいいんですよね?)
 「あぁ、それでいいよ」

 その言葉を聞いて、私は彼女の方へ財産が行くようにと念じる…
次の瞬間、私の体から光の固まりが、スゥーっと抜けていき、彼女の胸の前で開かれている手の平の上に移っていく…

 「へぇ……あんた、若いくせに随分と『徳』を集めたもんだね…普通の人間の倍以上はあるよ、あんたの財産。しかもこれだけの額を、躊躇せずに出すとはねぇ…」

 彼女は手の平に乗った光の固まりを、少し驚いた顔で見つめていた

 (えっと……じゃあ、それが私の…?)
 「そう、財産だよ。…まぁ、あんた個人の財産とは…少し違うけどね」
 (……?)
 「……気になるかい?」
 (はい……私は、そんなに驚かれる程の財産なんて持って無かった筈です…それに、私一人の財産じゃないって…)
 「…………ふむ。本来なら教える必要は無いことだけど…心に些細な迷いでも残していては、閻魔様の裁きも受けれないだろうからね」

 彼女は手の平にあった光の玉を懐に入れながら話し始めた

 「いいかい。あんたみたいに死んだ人間の持っている財産は、生前持っていた個人の財産とは違う…故人の事を心から慕う、周囲の人間の財産になってるんだよ…だから、あたしはこの財産の事を『徳』って言ってるのさ……つまり、あんたの財産がこれだけ多いということは、それだけ、あんたが周囲の人間に慕われていたということだよ」

 彼女はそこまで言うと背後にある船の方へと歩き始めた


 「さあ、早く乗って。これだけの財産を渡してもらったんだ。三途の川を渡る時間はほとんど掛からないだろう。安全に彼岸へと送り届けてあげるよ…」

 船の上から、私に乗るように手招きをして促してくる
 私は、ゆっくりと船の上に移動した
 彼女は私が乗ったことを確認すると、手に持っていた鎌を水につけ、それで水面を掻き始めた

 …あれ、オールの代わりだったんだ……
 






 ゆっくり、ゆっくりと私たちは河を渡っていく…私たちの向かっている筈の岸は、白く霞んで未だに見えてこない…

 「…この三途の川は、過去を流れる河…」

 彼女は私に背を向けたまま、ポツリポツリと話し始めた

 「この河の河幅は、その人間が積み重ねてきた過去を表しているの…さっきあんたから受け取った財産は、あんたと、あんたの周りが歩んできた歴史そのもの。あれだけの財産を持っているあんたなら…間もなく、この河を渡りきることが出来るだろう…」

 と言うことは…財産を持っていなければ何時まで経ってもこの河を渡ることは出来ないということだろうか…?

 「しかし、あれだけの財産をその若さで持っていると言うのはよっぽど…………あの方がどんな判決を下すかな…」
 (………あの…それはどういう意味ですか?)

 彼女の言っている事の意味が分からず、聞き返す

 「…ん?ああ、それは直接閻魔様から聞いてくれ……勝手に話すとあたしが怒られてしまうからさ」

 彼女は相変わらず前を見据えたまま素っ気なく答える
けれども…
 『……でも…あたし個人としては、そんな生き方をする人間は…好きだけどね…』

 背中越しに聞こえた彼女の声は、小声ではあったけど…とても優しい響きを持って私に届いた
 言っている事の意味は分かりかねるが…私自信の生き方を褒められているように感じる言葉だった…

 それから…しばらくの間、私と小町さんは船の上で会話をしながら、三途の川の道程を過ごしていった
 途中、少し濃い霧が出たりしたけど、大きな問題は無く進んでいった


 しばらくして、霧の向こうにわずかに影が浮かんだような気がした

 「おっ、ようやく彼岸が見えてきたね…やはり、徳の高い者の旅路は早くていいやねぇ…」

 小町さんは向かい合っていた私から視線を外し、霧の掛かってよく見えない彼岸の岸へと向ける

 (えっ……じゃあ、あそこが本当の冥界…なんですか?)
 「あぁ、そうだよ。この先に閻魔様がいる。死者は皆、この先にある、紫の桜の木の元で裁きを受けるのさ」

 閻魔様………
 ここまで来て初めて、その裁かれるという実感を持った…
 さっきまでは平気だったのに…
 私の意識は瞬く間に不安で埋め尽くされてしまっていた

 「…な~に、あんたぐらいの徳を持っていた人間なら、間違っても地獄なんかには行かない。安心していいと思うよ?」
 (で、でも……)
 
 小町さんが私を励ましてくれてるのは分かるけど…私の不安は簡単には消えてくれなかった

 「…それに、閻魔様は確かに職務に関しては厳しいけど、根はすごく優しい方だからね。安心してもいいと思うよ。…まぁ…ちょっと、説教好きだけど…」

 小町さんがそこまで言った瞬間…

 『小町!!!早くその子をこちらに連れて来なさい!!』
 「きゃん!!」 

 私たちの周囲に女性の声が響き渡った
 その声に一喝されて、小町さんは、なんだか可愛い悲鳴を出して萎縮してしまった…

 (…あ、あの…小町さん…?)
 「あ、あぁ…大丈夫……今の声が、閻魔様だよ」

 小町さんはビクビクしながら答えてくれた…
 彼女がそこまで怯えるような方が、本当に根は優しいのかな…?

 「…大丈夫…今のはあたしが失言したから怒られただけだよ……さぁ、この先の紫の桜に早く向かって……でないと、あたしがまた怒られる…」
 『……まだ言いますか、小町…?』
「……すみません、四季様~…」

 四季様…?閻魔様の名前かな…
 と、とりあえず…私がここにいる限り、小町さんは怒られるみたいだから先に進もうかな…?

 (そ、それじゃあ、私行きますね、小町さん…あの、送っていただいてありがとうございました!)
 「あ、あぁ…気をつけてね…」

 そう言って小町さんの元を離れ、私は彼岸の地へと入った
背後に残してきた彼女の事は、少し心配だったけど…




 初めて来た真の冥界は、生前のイメージ通り、華やかな場所では無かった…
 広大な空間に、敷き詰められた石畳が道を造っている…
 その、道の周りは細かい砂(砂利かな…)の足場が広がっている
 例えて言うなら…ものすごく広い神社の境内…みたいな感じだろうか 

 風景の色は…ほぼ灰色一色……
 そんな空間を、小町さんの教えてくれた通りひたすら真っ直ぐに進んで行く…



 どれだけの時間進んだだろう…?
 …ううん、もしかしたら時間の概念なんて、ここには無いのかもしれない…
私が死んだ段階で、生命にとっての時間なんてもう存在しないのかも…

 そんな事を考えながら、さらに進んで行くと、目の前の風景に変化が生じた
 自分の向かう真正面に、一点だけ紫の色が映った
それは、私が進むにつれて、どんどんと大きさを増していく…

 そして、やがてはっきりとその色の正体が分かった…

(………紫の…桜…?)

 それは…何本もの桜が寄り集まって出来た、巨大な桜だった…
一本一本の大きさだけなら、幽々子さんの屋敷の庭に咲いていた西行妖の方が大きいけれど…
 何よりも異彩を放っていたのはその色…

 (紫の桜なんて…見たことないわ…)

 鮮やかな紫では無く、淀んだ色の紫の桜…

 (少し…不気味な感じがするわ…)

 そう感じた時…

 「この紫の桜は、罪人の魂が宿る桜…」

 !
 突然、目の前の桜の影から先ほどの声が聞こえた
 けれども、先ほどの小町さんを一喝した様な厳しい口調では無かった…

 「現世にも紫の桜はありますが…あちらは、重大な罪を背負った魂が宿る、仮初めの器…」

 話をしながら一人の女性が、桜の影から出てくる
 整った顔立ち…若草色のセミロングの髪…紺と白を基調とした上着…膝の辺りまでのスカート…
 頭の上には、その綺麗な容姿には不釣り合いな厳つい帽子が乗っており、右手には金色の錫が握られている… 

 「…こちらの紫の桜は、その重大な罪を背負った魂が、転生を待つまでの永い時を眠る為の揺り籠…」

 そう話しながら、私の方へと歩いて来る…
 
 「初めまして、外界の魂さん…罪を背負いながらも、貴女のように清らかな魂は珍しいですね…」
 (…もしかして、貴女が…?)

 彼女はこくりと頷く…

 「私は死者の魂を裁く者……そう…『閻魔』ですね…名は、四季 映姫(しき えいき)と言います」
 (…閻魔様…)

 目の前に立った閻魔様は、穏やかな笑みを浮かべている…
 私が想像していた閻魔様とは…全然違ったみたいだ…

 「…さて、話に入る前に…」
 
 彼女は、手にしていた錫を私の前まで持ち上げた

 「貴女に、仮初めの体を与えましょうか…その姿では、いろいろと不便でしょうからね」
(えっ…きゃっ!)

 そう言うと目の前の錫が眩い光を放つ
 私はあまりの光の強さに、意識を一時的に遮断してしまった
 次の瞬間、私に肉体があった頃の感覚が戻って来る…
 手足の存在が…確かに感じられた…

 「……え…?」

 私は自分の体を見た…
 手がある…足がある……体全体に薄い光を纏っており、生きていた頃とまではいかないが…確かに私の体が、そこにはあった

 「さぁ…これで話を始められますね…」
 「ま、待ってください!…どうして、私の体がここにあるんですか?!…私は死んで、魂の存在になってたのに…」
 「…えぇ、貴女は魂のままですよ。その姿は貴女自身が覚えている、生前の自分の姿を魂が象っているだけです。私はそれを具現化しただけ。けれども、一応実体化はしてるので、ちゃんと声も出せているでしょう?」
 「あっ…」

 そういえば……言われて気づいた…。私、ちゃんと唇で話してる…

 「さて…じゃあ、本題に入りましょうか……先ほど話していましたが、貴女は自分が死んだ事は分かっていますね?」
 「はい…」
 
私は、彼女の言葉に頷く

 「…では、なぜ自分が死んだのか……これは覚えていますか?」
「……」

 ………そういえば…何故、私は死んだのだろう…?
 死んだという事は分かっているのに、その理由が思い出せない…
 

 「…その様子だと…覚えていないのですね?」
 「……はい」
「…まぁ、仕方ないでしょう。自分が死んだ時の事を覚えている者の方が珍しいのですからね…ましてや、あんな死に方をすれば……」

 !!
 
 「私がどうして死んだか知ってるんですか?!」

私はそう叫んでいた
 彼女は『もちろん』と言うように頷いて見せた

 「私は閻魔ですよ?此処に来る魂の生前の姿は全て見知っています」
「だったら、教えてください!私はどうして死んだのですか?!」

 彼女は、『ふぅ…』と、軽くため息を吐くと、口を開いてくれた

 「本当に、覚えていないのですね………貴女は…道路に飛び出した子供を庇って自分が車に引かれたのですよ……?」
 「………え…」
 「貴女は道路に飛び出した子供を見つけて、その子を助ける為に…その子の代わりに車に撥ねられたのです…」


…子供を、助けて……?

 「貴女は幼い頃からそうだったようですね……自分よりも他人の事に気を使い、自分の事は二の次にしてきた……」

 その言葉に、私は自分の生き方を思い返してみる……



 ……確かにそうだった…

 私は、目の前で誰かが困っていたり、苦しんでいたりするのを見るのが、ものすごく嫌いだった…
 それは、友人然り…他人然り…
 私の周り、全ての人が苦しむのが嫌だった

 ……もちろん…全ての人を助ける事が出来る程の力は私には無かった…
 それでも……その『助けたい』という気持ちに、一切の偽りは無く…

 私の心からの思いだった…

 「私は……私個人、『四季 映姫』としては、そんな生き方は嫌いではありません………しかし、それでも私は…貴女を裁かなくてはいけないのです。…それが閻魔としての私の役目…」
 「……はい…」

 私の返事を聞いた彼女の目が、少しだけ陰る…

 「……人は誰でも、多かれ少なかれ、罪を背負って生きています…罪の無い人間など、この世界には居ないのです。その中で、本当に軽い罪しか負っていない者は天界に行き、成仏することが出来る……けれども、そんな人間は全人類の1%にも満たないでしょう………それは、貴女も同じ事…」
 
 彼女はそこまで話すと、再び手にしていた錫を私の目の前にかざした…

 「貴女の罪状を教えましょう………それは、『優しすぎる』こと……優しさを持つことは大事なことですが、貴女のそれは他人に対する優しさ……それは過ぎれば、自分を疎かにする諸刃の剣……貴女はその為に、死ぬことになったのですよ?」
 「そ、それは……私は、他人を助ける事は良い事だと思って…」

 そう答える私の声は震えていた…

 「……優しさと自己犠牲は全く違うものなのですよ。真に優しい者は、他人はもちろん、自分の事も大切に出来るのです。貴女の優しさは他人に対するものだけ…それは自己犠牲の精神に他なりません」
 「…そ、それでも私は、自分が助けた人達が…少しでも…幸せになればと……」

 彼女の顔を真っ直ぐに見ることが出来なくて俯いた私の声は、どんどんと弱くなっていき、最後の言葉はほとんど彼女には聞こえていなかったのではないだろうか…?
 上目遣いに彼女を見ると、先程までとは違う厳しい表情が見てとれた…

 「それが思い上がりだと言っているのです!自分に優しく出来ない者が、他人に優しく出来ると思っているのですか?!」

 彼女は怒りを露わにして、声を張り上げた
 私はその声に驚き、びくりと体を震わせて萎縮してしまった…
 そんな私に、彼女は続けて言葉を掛けてくる

 「貴女は、自分を疎かにするあまり、周りの自分に対する評価も過小に捉えていた……貴女がいなくなった今、貴女を真に想っていた人達が、どんな思いをしているか分かっていますか…?」
 「………………」

 私は答えることが出来ない…
 私自身が死んだ後、周りの人達がどう思うかなんて…考えた事は無かったから… 

 「………分からないのならば見せてあげましょう…」

彼女は私の前に立ち、手にしていた錫を私の目の前へと向けた

 「貴女自身の残してきた、貴女自身の罪とも言うべき悲しみを!」
 
 錫から再び眩い光が迸り、私の視界を白く覆っていく…
 そして、次の瞬間…私の目の前に一つの光景が展開されていた…
 …今となっては、二度と戻る事が出来ない私の家…
 そこに集まる、たくさんの人…
 そこでは…今まさに私の葬儀が行われていた……



 私の肉体が入っている棺を前に、泣き崩れるしか出来ない母…

 そんな母を支えながらも、涙を止めることが出来ない父…

 私の事を幼い頃から知っている親戚の方々…

 ついこの間まで、一緒に学校に通っていた、友人…

 昔からの顔なじみの近所の方…


 そして…

 私が助けた子供と、その両親…
 その子供を見た瞬間…私の記憶がフラッシュバックしたように甦ってきた


 私が友人と別れ、学校から帰る途中、家へと向かう途中にある商店街を通っている時、目の前を道路に向かって飛び出した子供が一人……
 どうやら手にしていた風船が飛んでいってしまい、それを追いかけている様だった…
 私は『危ないよ』と声を掛けたが、子供には聞こえてないらしく、止まる様子は無かった…その時、運悪く私の背後からトラックが走ってきており、子供はちょうど道路に飛び出たところだった…
 『危ない!!』そう叫んで、私は飛び出た子供の腕を掴んで歩道の方へと引っ張った…その反動で私の体は道路の方へと…

 キキーー!! ドンッ!!!!


 ……私は、私が死んだ理由を全て…思い出した…

 目の前の光景は尚も進み続ける…
 
 私の棺を前に、小声で『ありがとう…ごめんなさい』と必死に呟きながら両手を合わせて拝んでいる母親…その横で母親の真似をして手を合わせていた子供が、顔を上げて母親に尋ねる

 「…ねぇ、ママ?おねえちゃん、おひるねしてるの?…さっきから目を覚まさないよ…?ボク、ちゃんと起きてるおねえちゃんに、たすけてくれてありがとうっていいたいよ…こんどはおねえちゃんが起きてるときにこようね?」

 その言葉に、母親は涙を止められなくなり、我が子をギュッと抱きしめた…

 「……お姉ちゃんはね…もう起きられないのよ…きっと、すごく疲れたのよ。だから…ゆっくり休ませてあげよう。ね・・・?」 
 「……おかあさん…?どうして泣いてるの…」
 
母親は、それ以上は何も言わず、我が子を抱く腕にさらに力を込めて抱きしめた
 
 それから子供の母親は、私の両親の元へ行き、

 「ありがとうございます…そしてごめんなさい…」

 と、頭を深々と下げて挨拶をし、葬儀の場を後にしようとした…

 母親が玄関に向かおうとした時、子供が私の棺の前に来て、
 「おねえちゃん。今度は一緒にあそぼうね!」
 と元気よく笑顔で手を振って帰っていった



 視界が元に戻った時……私は静かに涙を零していた…
 私の目の前には、先程までとは違う、悲しみを湛えた表情の閻魔様が立っていた

 「どうです…?貴女自身の罪をその目で確認した気分は…」
 
 私は涙を流すだけで、声を出すことが出来なかった…
 
 「貴女は自分の周りの人全てに優しく接してきた……結果、貴女を慕う人は確実に多い。けれども、そうして貴女に助けられた人は、慕っていた貴女を失うことでこれだけの悲しみを背負う事になるのです」

 「私は…私のしてきた事は…間違ってたのかな……?こんなにもみんなに悲しい想いをさせる為に…私は生きてきたわけじゃ、ない…のに……」
「……どうやら、分かったようですね…それがあなたの犯した罪の重さです。人に優しくするということは、とても難しい事なのですよ」
 「………は…い」
「他人にだけ与える優しさはただの偽善に過ぎません。真に優しくなりたいのならば、他人に与える優しさと同等の優しさを自分にも持たなければいけません」
 「……はい…」

 彼女の口にする言葉の一つ一つが、私の心に染み込んでくる…その言葉を真摯に受け止めたかった
 そうして、自分の生き方を顧みている私を、ふわりと柔らかいモノが包み込んだ…

 「…えっ……?」

 閻魔様が私の体を、優しく抱きしめていた…

 「……けれども…けれども、私は…先に話した通り、そんな生き方は嫌いではありません……罪を犯すのが人間ならば、それを裁くのが閻魔である私の役目……それは、自分でも分かっているのです…それでも私は貴女のような清らかな魂を罰する事は本意では無い…」

 私を抱きしめる閻魔様の腕に力がこもる…

 「…しかし、私が裁かなければ、貴女はこのまま、浮遊霊として彼岸と此岸を彷徨う事になってしまう……だから私は…貴女を裁きます」
 「…はい」

 私の返事を聞いた閻魔様は、抱きしめていた腕をほどき、私の瞳を見つめてきた
 私自身も、閻魔様の瞳を見つめ返す

 私は、自分の罪と向かい合わなければならない…あれだけの人達を悲しませたのだから……閻魔様が、どんな判決を下すのかは分からないけれど…今の私は、どんな罰でも甘んじて受ける決意をしていた…

 「では、裁きを言い渡します……外界の魂よ…貴女の負った罪は『優しすぎること』・『自己犠牲』の二つ…よって、清らかな魂と言えど、天界へ行くには不十分と判断し、地界への転生を罰とする…貴女は、この裁きを承諾しますか?」

 閻魔様は真面目な顔で問うてくる…
 地界…と言うのは、恐らく人間界で言われている地獄なのだろう…
 それでも私は…

 「…はい。その裁き…承諾します、閻魔様」

 そう…言っていた

 「……分かりました…ではもう一度、人間界へ転生し、今度こそ罪を負うことなく、またこの冥界へおいでなさい…」


 …えっ…?

 「………人間界……?じゃあ、先程の地界…と言うのは?」
 
予想に反し、人間界への転生だと聞いて、私の声は少しうわずっていた

 「地界と言うのは天界の下にある世界の事です。…もしかして、地獄の事かと思いましたか?」

 閻魔様はクスリと笑うと、笑顔で私の顔を両手で挟んで覗き込んでくる

 「貴女は天界に行くには罪がある…でも、地獄に行くには罪は軽すぎる。ならば、また再び人間界に戻るのが妥当だと思いませんか?」

 と、言うことは…私は、もう一度人間として生まれ変わってもいいという事なの?

 「でもね、これだけは覚えていてください。人間としてもう一度転生すること……それは先程述べた通り、貴女への罰なのです。貴女も生前、人間のしがらみや、暗い部分もたくさん見てきたでしょう……もしかしたら…人間にとって、再び人間として生まれ変わることはそれらをもう一度経験する事は……何にも勝る、最大の罰なのかもしれません。貴女はそれを分かった上でもう一度、最初から生きていかなければならないのです…辛いでしょうけれど、貴女程の魂の持ち主なら、きっと大丈夫でしょう…」

 閻魔様は、私の顔を挟んでいた手を離すと、もう一度だけ私の顔を覗き込んで

 「そして…また、貴女が生を終えた時、もう一度私の元に来て、私の裁きを受けなさいね。貴女なら今度はきっと……大丈夫!」

 眩しい程の笑顔でそう言ってくれた
 
 次の瞬間、私自身を人の形に象っていた光は霧散し、私は魂の姿に戻った

 「さあ!貴女の新たな生を歩み始める為に、地界に戻るのです!」

 閻魔様がそう言った瞬間、私の魂の形は崩れ、小さな光の粒子へと姿を変えていった…そして、私の意志とは無関係に、此処まで辿ってきた道程を凄い勢いで戻り始めた

 目の前にいた筈の閻魔様の笑顔が、瞬く間に遠く、小さくなっていく…

 (…え、閻魔様…ありがとうございました!)

 私は、もう声にならない声で精一杯の感謝を込めて叫んだ…


 これまでに通って来た場所が次々と通り過ぎていく…



 三途の川の彼岸側…その岸辺の石に座り、休憩している小町さんが見える

 (…小町さん……彼岸の事を色々と教えてくれてありがとう!)

 すれ違う瞬間に叫んだ言葉が届いたのか、小町さんは顔を上げて私に向かって微笑んでくれた…



 彼岸花の咲き乱れる三途の川を通り過ぎ、殺伐とした荒野を過ぎて、淡い桜色の景色が迫ってくる
 白玉楼の誇る、冥界の桜吹雪……次にこの景色を見れるのは、いつかまた私が、死んだときなのかな…?
 あの巨大な西行妖の横を通り抜け、とてつもない広さの庭をほとんど時間を掛けずに通り過ぎる時…
 一瞬だけ見えた白玉楼の縁側……屋敷の庭仕事をしている妖夢さんと、その仕事振りを茶菓子を食べながら眺めている幽々子さん…

 (お二人とも…お世話になりました…!今度会う時は…きっと、胸を張って、この冥界に来て見せます…!)



 冥界と現世を結ぶ、あの巨大な門を通り抜け、私は現世に戻ってきた…
 そして…澄み渡るような青空を眺めながら、私は地上へと降下していく…
 その向かう先は、私の家では無かった…
 全く見たことも無い風景が眼下に迫ってくる
 降下する速度が徐々に落ち始め、この旅が終わりに近づいた事を教えてくれた…
光の粒子になっている私は一軒の家に入っていく…そこには一組の見知らぬ男女が椅子に座って語らっている…

 私は、その女性のお腹の中にスゥーっと入り込んでいった…

 女性のお腹の中に入った瞬間…私は不安定な存在から、確実に物体としての感覚を取り戻した…
 今はまだ、とても、とても小さな感覚だったけれど……それは確かに、生命として存在している事の証明だった…

そして、生命としての存在がはっきりと分かってくるにつれて、私の意識がぼやけ始める…
 それまで覚えていた記憶が…白く塗りつぶされていく感じ……
 けれど…決して不快では無い……むしろ、記憶の代わりに暖かい何かが私の中に入り込んでくるようだった…


(…あぁ…これが、転生する感覚なんだ……)

 過去の自分から、新しい自分へと生まれ変わる瞬間…
 過去の私の記憶が失われていく……


 冥界で出会った皆…

 幽々子さん…

 妖夢さん…

 小町さん…


 そして…

 閻魔…四季映姫さん… 

 4人の事も徐々に記憶から薄れていく…


 きっと…新しく生まれてくる私が死んだ時…
 また再び…出会えるであろう人達…


 冥界の住人達の顔を最後に思い浮かべながら………
 ………私の旅は…終わりを告げる…



 そう……きっと、ここが…
 今、私の存在する場所こそが……


『魂の還り着く場所』なんだ……


Fin
すみません…前回の投稿作品が途中で終わっていたので、再アップしてみます。一応東方なんですが主人公は全くのオリジナルの魂となっています…これに関しては賛否両論だと思いますが、東方キャラを脇に置いて話しを創ってみたかったので…お目汚し、失礼しました…
雛神楽
http://m-pe.tv/u/page.php?uid=embodiment&id=1
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コメント



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(素直な意見?w つまり今の時代にゃあ転生して生れてきた人はいないと?
とうの昔に手本となる賢人は天界にいかれたかw)・・・・・なんて一瞬思いました^^;

忘れかけてたけど、 良かったです。   1+1→10 10+1→11・・・・・・