Coolier - 新生・東方創想話

指定席 (後)

2005/12/28 15:17:24
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 それからしばらく、私達は互いに手紙をやりとりし、消息をつかみ合った。
レイラも叔父の元、あの屋敷で楽しく暮らしていると手紙に書いて寄越してくれた。
 まるで仕事の報告書のように味気なく現況を記した、せいぜい一枚二枚の
薄っぺらな紙切れだけが、私達がどこかで生きている証だったのだ。

 しかし、時代はそれさえも次第に許さなくなってきた。
戦火は激しさを増していき、3人からの手紙は次第に滞りがちになっていった。
毎週のように届いていた手紙が、3週間おきになり、1ヶ月おきになり…やがて3ヶ月経っても届かなくなった。


 いい加減心配が極限まで達した頃、ようやくレイラから手紙が届いた。
前の手紙から、半年近く空いていた。
 中には、長い間を開けた事への詫びは書かれていなかった。それから察するに、きっと
毎月書いてはいてくれたのだろう。届かなかっただけのことのようだ。
文はそんなわけで相変わらず他愛ない内容だったが、手紙その物が、レイラの生きている証。
内容は正直、どうでも良かった。

 と、そう思いつつも嬉しさの余り4度立て続けに読み返した。
5度目を読もうとして止め、それを夜寝る前の楽しみにとっておくことにして、
私は一度封筒に手紙を戻しかけた。
 その時、私は便せんに黒いものをみつけた。 

 
 それは、煤だった。
家の中で書いたであろう手紙に、煤が付いている。


 
 せっかく安心に満ちたはずの私の胸は、また不安というどす黒い雲に覆われていった。
あの街は、また一段と戦が激しくなっているのだろう。
それも、私達の屋敷の近くまで、本格的にその手は迫ってきているらしい。




  「そうか…煤ねえ」

 その日の夕食のテーブルで、私はその手紙を養父に見せた。

  「大丈夫だと思うよ。窓を開けていた時に入った煤かもしれないじゃないか」
  「ええ…それでも、戦争が激しくなっているのは間違いないです」
  「うん…そうだな」

 少し戸惑うそぶりを見せたあと、彼は私を見て笑いながら言った。


  「大丈夫だよ。レイラちゃんはちゃんと生きて、こうして手紙を寄越してくれた。
   メルちゃんもリリカちゃんも、きっと頑張って生きているさ。
   ほら、言うだろう?便りがないのは無事の証拠って」


 なかなかに矛盾した言葉を平気で言い放つ養父。
どうにも飲み込みきれずに私が不安そうな視線で返すと、「むう…うん」と唸って、視線を逸らしてしまった。

 この養父、実に素直な性格で、嘘がつけない。その上口下手と来ている。
口先だけでも励まして欲しい場面であっても、空元気というものが出せない。自己矛盾に気付いてしまうとそれを誤魔化せない人なのだ。
 そして私もこと姉妹のことになると真面目になってしまい、それを受け流すことが出来なくなる。
そして私の視線に耐えられなくなった彼は、視線を逸らす。

 そんな養父の困った顔を見て私はいつも、悪いことをした、という気持ちになるのだ。
どうにもお互い正直すぎるせいで、こういったことがしょっちゅうあった。 
 それでもそんなことを差し引いても、その不器用な優しさは、不安でたまらない私にとって大切な励ましであったことは言うまでもない。
だから私自身、彼の困り顔を見るたび、尚更申し訳なく思うのだった。




 それでも、時代は容赦なく、世界のあちこちを蝕んでいく。
 私達の街は幸運にも相変わらず戦禍とは無縁の日々を送っていたが、
入ってくるニュースは、焼け落ちていく街の名前ばかりだった。

 それを証明するかのように、やがてメルランやリリカからの手紙は、完全に途絶えてしまった。
こちらから何度手紙を書いても、それに応える消息の知らせが私の元へ届くことはなかった。

 たった一つの「生きている証」だった手紙の断絶。
 それは単に郵便システムの障害だけなのか、それとも…もう返事をする者がこの世にいないのか…
それさえも分からなかった。





 それからも何通かレイラからだけは手紙が来ていたが、しばらくしてやがて遂に、レイラからの手紙も途絶えてしまった。
私の元に届く手紙が全て途絶え、恐怖感と不安と孤独感に居ても立ってもいられなくなった私は、
元の屋敷へ行かせてくれるよう養父に頼んだ。
だが、当然あまりに危険すぎると却下された。

 私は結局、ひたすら筆を走らせるだけだった。
届くかどうかさえ分からない手紙を書き、そして返事を待ち続けるしかできなかった。
 そして、郵便の配達員を庭に出て迎えるのが、いつしか私の日課となっていた。 
僅かな可能性に賭け、妹たちの命の証を、私は信じて毎日待った。




 そうして気が付けば、時はまた冬になっていた。
妹たちの居ない日々は夢のように足早に過ぎ去った。味のないガムをずっと口にしているような、
何も変化のない毎日。
 それでも、みんなきっと、あの頃よりずっと大人びているだろう―
そう思うと逢えなくても、まるでその成長を横で見ているような錯覚に陥ることが出来た。

 あの別れの夜以来、数えて三度目の冬だった。



 その日も私は同じように、手紙を外で待っていた。
でも期待は空しく、いつも通り郵便屋さんは家の前を素通りしていった。
 これもいつも通り肩を落とし、寒い庭をあとにして家に入ろうとしたその時。
 私はふと、足下の鉢植えに目が行った。

 今まで意識してみたことがなかったその鉢に、小さな花がいくつか咲いている。
それは、見覚えある花だった。



  「これ…あの時の…」



 間違いない。あの時レイラが私に得意気に差し出した、小さな白い花だ。
時期的にも一致している。あの時も、冬だった。

 
 行儀良くプランターに植わっているその花を見て、私は納得した、なるほどあの花は園芸品種だったというわけである。
だから本来植えてもいない場所に咲いているはずも無く、私も覚えがなかったのだ。
たまたま何かに混じって種が一粒落ち、それがそこで花を咲かせただけのことだったのだ。


  「おじさ~ん」
  「何だい?」

 私は傍で水やりをしていた養父に声をかけた。

  「この花、なんていうの?」
  「綺麗だろう?この時期に咲く花なんだ。
   でもどうして?」
  「ちょっと、思い出のある花でね。
   レイラがこの花を見せてくれたことがあって」

 いい加減な説明だったが、養父はそれ以上追及しなかった。
私がレイラに気を揉んでいることを、彼もよく知っているからだ。

  「庭から摘んできたんです。庭に咲いていたと言っていたけど、私も知らなくて。
   種が落ちて咲いてたんでしょうけど」
  「なるほど。
   たった一粒君の屋敷に落ちて、その庭で花を咲かせていたんだね。逞しい花だ」

 養父が何気なく言った一言に、何となく、私は嬉しかった。
結局レイラが摘んでしまったけど、一輪で孤独に強く生きる花が、庭に咲いてくれていたことが…
なんだかとっても、嬉しかった。


  「それで、なんていう花ですか?」
  「え~とねえ、確か…」



 私はわくわくして、その名前を教えてくれるようせがんだ。
 なかなか思い出せない彼にやきもきしながら、返事を待っていた、その時。



 目の前の光景が、グニャリとゆがんだ。

 同時に、体から全ての力が抜けた。






  「あ~そうそう、思い出した。その花の名…

   ん?おい、ルナ…」




 待っていた養父の答えを聞くことなく、膝が折れる。

 私の意識は、止めようもなく…真っ暗な深淵へと、沈んでいった。 







-----

 目が覚めると、私は病院のベッドの上だった。

  「大丈夫かい?」

 養父の声が聞こえる。
そちらへ振り向こうとするが、頭に力が入らない。
それでもなんとか、必死に養父の方へ眼を向けた。

  「私は…どうなったのですか…」

 弱々しい声で、養父に問いかけてみる。
 答えは返ってこない。
 ただ腕を組んで押し黙ったまま、哀しげな眼と困ったような顔を浮かべている。

  「おじさん…?」
  「大丈夫、過労だそうだ。
   すぐに良くなるから、心配しなくていい」

 彼は窓の方を見ながら、笑わない顔でそう言った。

  「本当に?」

  「…あ、ああ…」



 彼は目線を合わせてくれない。


 分かっていて愛らしかったいつもの彼の癖が、この日だけは、あまりに残酷だった。
 この人は、嘘をついている…


  「おじさん、お願いです。本当のことを話して下さい」

  「…」

  「大丈夫です、覚悟は出来ていますから」

 その一言が決め手になったのか。
 彼は腕組みを解いて、腹を決めたように、私に向き直った。










-----

 二週間後。私は、馬車に乗っていた。
 嫌がる養父の知り合いになんとか頼み込んで、送って貰えることになったのだ。
 どこへかって?節々が痛むこの体を引きずって向かう先など、一つしかない。


 馬車が揺れるたび、痛みと苦しみが体のどこかを休むことなく襲う。
 私は、歯を食いしばって耐えていた。



 


 長い時間の心と体の疲れが、私を蝕んでいた。
残された時間があと数ヶ月も無いという医師の非情な宣告を教えられた時、
私は目の前が、真っ暗になった。
口では「覚悟している」とは言ったが、流石にショックだった。

 なんとか治療する術が無いのかと詰め寄る私に、医師は「手遅れです」の一点張り。
養父も気を遣ってあれこれと私に言葉をかけてくれたが、慰みにはならなかった。




   次のコンサート、最初のお客様にしてね!―記憶の中で、レイラがあの日の約束を叫ぶ。


   時間が無い…焦りが頭をよぎった。




 
 もはや治す術がないならと、私は必死に医師や養父の知人に頼み込んで、こうして元の街へ向かうことになったのだ。
正直なところ長距離を動けるような体力も無いのだが、もはや躊躇する時間は残されていない。



 出かける事が決まると、連絡が途絶えて久しい3人の妹に向けて、手紙をしたためた。
迷いはしたが、隠しても余計傷つけるだけである、そう考えた私は、
偽ることなく正直に、自分の運命を書き記した。
そして、平和になった訳ではないけれど、自分の生きている内に約束を果たしたいから…と、思いを伝えた。
もし我が侭を聞いてくれるなら、今夜、約束の場所で会おう、と。


 妹たちがそれに応えてくれるかどうかは分からない。
そもそも受け取ってくれたかどうかさえ分からない。読んでくれる人がこの世にいるかどうかさえも。
それでも、もし受け取ってくれていたなら、今日の夜…



  「うっ…」


 胸が痛む。
 今治療を止めて長旅などすれば、下手をすれば明日をも知れぬと医師が制止した言葉は、どうやら本当だったらしい。
今の状態で馬車を降りれば、きっと立つことさえつらいだろう。

 それでも、妹たちの悲しむ顔を見たくはない。
約束のコンサートが終わるまで、私は死ぬ訳にはいかない。
だからこそ、医師の警告さえ私は振り切って、周りの迷惑も顧みずこうしてあの街へ戻ることにしたのだ。



 養父は責任を感じているようだった。
裏で医師から口止めされていた私の余命をばらしてしまったおかげで、この旅のきっかけを作ってしまったのだから。

 まだ夜も明けきらぬ早朝の旅立ちに、養父は涙を流して私に詫びた。
いくら私が慰めても、彼は子供のように泣き狂い、自分を責め続けていた。

 私はその彼の涙に負けないくらい、今まで世話になったことの感謝を告げた。
そして、ろくな御礼も出来ぬまま旅立っていく非礼を詫びて、後ろ髪を引かれつつもこの馬車に乗り込んだのだった。



 長い長い道を走る。
 自分がいかにあの屋敷から遠く遠ざかっていたかを思い知りながら
あの日々の記憶に思いを馳せる内に、辺りはすっかり夜の帳が降りていた。

 太陽に代わって空に昇った月の明かりが、うっすらと山の稜線を映し出す。
 それが、次第に見覚えのあるそれになっていく。





 私の胸は、いやがおうにも高鳴った。
みんなは、私を迎えてくれるだろうか。
あの日の笑顔が、待っていてくれてるだろうか。
希望と不安と、二つの思いが交互に胸を支配した。

 いや、笑顔はきっと無い。
私の余命を知った妹たちは、きっと泣き顔で私を迎えるだろう。
待ち望んだ再会がまた「お別れ会」になるなんてと、あの日以上の涙を流すだろう。

 だからきっと言おう。私は嬉しいと。
こんな短い間とは寂しいけれど、貴方たちにまた逢えることが、たまらなく嬉しいと言おう。

 レイラと約束したあのコンサートを開けたのなら、私は流れ落ちる時の砂その最期の一粒の瞬間を、
悔いなく笑って迎えられるからと。




  だから、必ず待っていてください。
  私は痛む胸で、必死に祈った。




 幌の窓を、そっと開ける。
 見渡す限りの闇。その向こうに、微かな灯りが見えた。

 久しぶりに帰る、私たちの居た街の方向だ。
それは間違いなく、あの街の筈なのに、でも、何かが違う。

 一瞬、その違和感の正体を分かりかねた。
そして、すぐに気がついた。

  灯りが、少なすぎる。



 馬車が街に入り、たまらず幌から身を乗り出した私の目に映ったのは、
あの華やかな街ではなかった。

 あちこちで笑い声が聞こえたはずの家は、半分も残っていない。
そこかしこ至る所に瓦礫が山を成して、幾本も立っていない街灯が暗く照らす道は、炭と煤で真っ黒だった。

 街を焼き尽くす炎が、頭に浮かぶ。
悲鳴を上げながら逃げまどう人々、口々に神の名を叫びながら銃を構える男…
不安は悪い想像となって、抑えきれず悪いほうへ悪いほうへと流れていく。
私は頭を振って懸命に振り払った。

 私達にとっては永遠のように長かったとはいえ、あれからまだ三年である。
なのにこの街の光景は何だ。何があったというのか。
 いや、何があったかなど誰の目にも明らかだし、私だってもう気付いている。
それでも、私は自分の目を信じる事が出来なかった。


 
 

   この街は違う。
  私が帰りたかったのは…こんな街じゃない。





 たまらず、走る馬車から飛び降りた。
力の入らない足は簡単に膝が折れ、私は地面に叩きつけられた。
同時に、体中の内と外から、猛烈な痛みが襲う。

 馬車の御手が何かを叫ぶ。
私は痛む身体を無理やり引きずり起こすと、御手に礼も告げず、必死で走った。
どこへ行くのかって。そんなものはもう一つしかない。
もう、この目で確かめずにはいられない。

 必死で走った。
途中何度も転び、躓き、いつの間にか足を挫いた。
身体は中からも、絶え間なく痛んだ。
めまいが、吐き気が、どんどん強くなっていった。

 それでも、私は塀につかまりながら、必死で走った。
お願いだから、あの場所だけは無事でいてほしい…その気持ちだけで、私はとうに限界を超えた身体を、
必死でかろうじて、あの屋敷の場所へと導いていった。



 どれだけ走っただろう。
 やがて、私は最後の曲がり角へたどり着いた。
ここを曲がれば、目の前に屋敷が広がるはずだ。
…きっと、広がるはずだ。

 私は体勢を整えた。深呼吸をする。
と息を吸い込んだ瞬間、肺に痛みを覚え、激しく咳き込んだ。
 それでも必死で堪え、もう一つ深呼吸をし、息を整え、
そして背筋を伸ばした。

 目を閉じる。覚悟は決まった。
一歩、足を前に踏み出し、屋敷のほうへ向き直る。

 お願い…お願い…おねがい…
 閉じた瞼にギュッと力を込め、私は最後に祈った。
その向こうに、みんなの笑顔を思い描いて…

 さあ、時は来た。




   私は、 ゆっくり、 目を開けた。






  ―聳え立つ、屋敷が見えた。
  ―その玄関で手を振る、三つの影。



 笑いがこぼれた。喜びが湧き上がる。
 手を振り返し、歩み寄ろうとする。
 瞬間、胸が痛んだ。私は激しく咳き込んだ。

 うつむいたまま呼吸を整えて、もう一度目を開けて前を見る。





   目の前には、何も無かった。
   立派な門も、綺麗な庭も、そして荘厳な屋敷も、誰かの影も。

   そこにあるのはただ、黒く焼け焦げた、瓦礫の山だけだった。




  「…」

 もう、何も考えられなかった。
 無言で、夢遊病者のようにその瓦礫に歩み寄る。
瓦礫の前にたどり着くと、私は無心で板を掻き分けた。
痛む体で必死に、いくつもの板や瓦礫をどけた。

 虚しい事は分かっていた。
そんなことをして、何がどうなるわけは無い。
冬の夜に冷え切った瓦礫を掘り返したところで、何も。

 哀しかった。
手紙の途絶えたレイラが住んでいたこの屋敷が、今目の前でこういう姿になっている…
…それが何を意味するか。
もう、誰に聞くまでもなかった。


 遂に私は、瓦礫の山に倒れ込む。
 もう、動く気力さえ起こらなかった。
時代の歯車は悲しいほどに強力で残酷で、容赦なく幸福を、希望を押し潰していた。

  「どうして…どうして…」

 これが現実なのか。そんなはずは無い。でも、これが…
 現実と向き合おうとする自分と、認めたくない自分。
二人の私が、激しくぶつかり合った。


 みんな、どこへ行ったの。
 あれから、たったの三年だよ?

 あんなに固く、約束したじゃない。
 もう一度演奏会しようって、約束したじゃない。

 どうして誰もいなくなっちゃったの。
 三人一緒で楽団だからって…確かにみんな、そう言ったじゃない。




 何が悪かったというの。
戦争?宗教?そんなもの私たちに関係ないじゃない。
関係ない私たちが、どうしてこんなに、ズタズタなの?

 もう戻ってこないあの日々の責任を、私は誰に求めればいいの?
この怒りを、悲しみを、誰にぶつければ良いって言うの…!!



   「返して…返してーーっっ!!!」



 仄かな月夜に、どうしようもなく虚しい悲鳴が消えていく。
もう、なにもかもが終わりだ。

 私は仰向けに横たわり、星達を見上げた。
この世界には、何もなくなった。誰もいなくなった。
 それならばもう、私は私に用は無い。
それでなくても私にはもう、世を恨む時間さえ残されていないのだから。

 終幕が下り切ったこの屋敷で、確かに生きた日々があった。
一緒に笑った、妹たちがいた。

 だけどそれはもう過去のお話。どうあっても過去は戻らないし、現実は変わらない。
運命は絶対だ。どんなに残酷でも、受け入れるしか道は無い。

 それにしても、こんな景色は受け入れがたい。
本当に受け入れがたい。

 そして、これが運命だというなら、私は…このまま…







 …不意に、騒がしい笑い声が聞こえた。




 誰だ、こんなときに笑っていられるやつは、
命がこんなに儚く消え去ったこの時代この場所で、のんきに騒いでるのは、

  「…?」

 もしかして…

 私の胸に、もう一度、希望の火が灯る。
 諦めたこの世の土を踏みしめ、私はもう一度立ち上がった。
 笑い声のするほうへ、ゆっくり向かう。

 もしかして…もしかして…
可能性は希望となって、ボロボロの私を動かしていく。

 門のあった場所を歩き抜け、左に向かう。
笑い声は、隣の庭から聞こえていた。

 次第に、料理の焼けるにおいがした。
この冬の寒い夜、パーティーでもやっているらしい。

 楽しげな笑い声。
 そこにいるのは、ひょっとしたら…



 隣の家の門をくぐる。案の定、ささやかなパーティーを楽しむ数人の人影。
真ん中に造られた焚き火が、仄かにその顔を照らし出すが、よく見えない。

 更に歩み寄る私。
その時、小石を踏んだ靴が、ジャリッと音を立てた。
人の気配に、全員の顔が一斉にこちらを向く。




   そこに居たのは、見知らぬ人たちばかり。
   妹の姿は、一つも無かった。  



 「フフ…」

 可笑しかった。
何がこの世は終わり、だ。何がもう用は無い、だ。
 結局私は、また妹の姿を追い求めてしまったではないか。
かっこつけて旅立とうとしていたのに、未練たらたらじゃないか。

 この希望は、最後まで捨てられないのか。何とも自分は、諦めが悪かったものだ。
 自分が滑稽で、いじらしくて、そして憐れだった。

 また体の力が抜け、その場に倒れこむ。


  「おい、大丈夫か」

 見かねた一人の男が、私を抱き起こす。

  「酷い格好だな…泥だらけじゃないか。
   お前さん、どこから来たんだ」

 急に紛れ込んだ珍客に、随分と人懐っこい男だと思った。

  「プリズムリバーの、長女です…」
  「プリズム…?」
  「隣に…住んでた…」
  「ああ、隣に住んでた人なのか…知らなかったよ。
   俺たちもつい3日前、ここに越してきたばかりでねえ」


 そうか、越してきたのか。それなら知らないのも無理はない。
 …待てよ。

 越してきた…? 私は不思議に思った。私達と逆ではないか。
 どこの世界に、わざわざこんな戦火の激しい所へ好き好んで引っ越す奴がいるというのだろう。

  「悪いところへこられましたね…ここはご覧の通り、戦の激しいところですよ」

 私は自棄になり、失礼も構わず男に投げやりな言葉をかける。
しかし意に反して、男はけろっとした顔で言った。

  「戦…何言ってるんだ、終わったじゃないか」

  「は…?」

 私は耳を疑った。
今、この人はなんと…

  「は、も何も無い。知らないのか、君。
   10日前に終わったよ。

   なんでも互いの宗派の長が話し合って、争いは今年までにしようってことになったんだそうだ。
   これ以上は神も望むまいって…そういうことでケリがついたらしいよ」



 …ぽかんと口を開けたまま、私は放心状態になった。

 なんだったというの。
 話し合って終わりましたって。
 神も望むまい、って。

 それはなに、つまり。
 私たちは話し合って終わるような戦争に、ここまでボロボロにされたというの…?




  「そんな…馬鹿な…」

  「ああ、馬鹿馬鹿しいな、散々ドンパチやっておいて、最後は話し合いだもんなあ。
   ま、戦争なんて所詮そんなもんなんだろうよ」


 男はあっさりそう言って、からからと笑う。

 最後の最後に待ち受けていた、一番残酷な真実。
何よりも容赦無くて、何よりも腹立たしい真実。

 知らなければよかったと、私は後悔した。
あのままあそこで、死んでおけばよかったのだ。
そうすればまだ、ただ力だけを恨みながら逝くことが出来たのに。

 なまじ捨て切れなかった希望を抱いて、それに引きずられここへ来てしまったせいで私は、
最後の最後になって、この上ない救いようの無い絶望を手にしてしまった。
徹底的に、地獄の底まで突き落とされた気分だった。


  「まあ、何はともあれ、戦争は終わったんだ。
   さ、お嬢さん、立ちなよ。一緒にパーティーしよう」

 男はそう言って、私の目の前に鶏肉を差し出した。

  「祝おうじゃないの、お嬢さん。
   今日は聖夜だ。年に一度のお祭りだ。
   めでたいめでたい、神様の誕生日だよ」


 神様の誕生日。
 かみさまの、誕生日。

 かみさまの…カミサマノ…



  「ふざけ…ないで…」

  「え?」



  「ふざけないで!!!」


 辺り一面に響き渡る大声に、驚いた男の手が鶏肉を落とす。



   何が誕生日だ。
   何がおめでたいだ。

   その神様のせいで、私は、妹たちは、父は母は…こんなに…
   こんなにも沢山の、絶望の血と涙を流したというのに。

   何がおめでたいだ…
 


 他の人たちも、一斉に静まり返ってこちらを見る中、
私は抜け殻のように、また歩いて、その場を後にした。






-----

 5年前のことになる。私たちは一回、クリスマスパーティーを開いたことがあった。
私とメルランで飾りつけたツリーと、母が拵えたローストチキンに、
レイラやリリカが狂喜乱舞していたのを覚えている。

 父がサンタの役を務め、滑稽な衣装で私達にプレゼントをくれた。
一人ひとりが自分のプレゼントを喜び、お約束通り他人のプレゼントをうらやみ、
そして口々に両親に礼を言った。

 何も疑わなかったあの頃。全てが楽しかった。
 何も恨まなかったあの頃。全てがおめでたい出来事だった。

  「あのままだったら、良かったのになあ…」

 戻ってきた屋敷の跡地で瓦礫を見つめながら、私はつぶやいた。
何もかもがあのままだったなら、きっと幸せなクリスマスを、何度もお祝いできたに違いない。



 神様を信じるか信じないか、そんなことはどうでもいい。
だけど、神の為にと手に持つ銃に、何の意味があったのだろう。
 彼らが神を信じて戦ったあの日々のせいで、私は神を恨む事しかできなくなった。

 神様が居たとして、私は幸せを祈る。
きっと他の人もそうだろう。
ならばなぜ…私は神様のせいで、こんなに不幸なの?


   誰か、教えて。どちらが正しいの。
   誰が間違っていたの。何がおかしかったの。
  
   誰も答えられるわけが無いよね。
   だってここに一人、神様のせいで幸せを失った者がいる。
   その事だけで、もう誰も…この問いに答えられる筈が無いもの。

   一つだけ確かなのは…何かが必ず、間違っていることだけ。



 深い夜の闇が視界の中、更に暗くなっていく。
 音も、だんだん聴こえなくなってくる。
 なんだか息苦しい。
 眠いような、寒いような、不思議な感覚。

 私はその場に寝転がった。
まるで倒れこむように、ごろりと。
子供が投げ出した人形のように力なく、私は四肢を地面に放り出す。

 
 不意に、投げ出した手が何かに当たったのを感じた。
 瓦礫ほど固くなく、土にしては柔らかくなく。


 ゆっくりと、顔を横に向けてそれを見る。





 泥だらけで傷だらけの、一丁のヴァイオリンが転がっていた。
 私は大きく目を見開いて、それを見つめた。

 蘇る記憶に導かれるままに、そのままそれを無意識に手に取る。
 その瞬間。忘れていた感覚が、指先から全身を駆け巡った。

 間違いない。それは、自分のヴァイオリンだった。



 傍に転がっていた弓と一緒に拾い上げ、私は寝転がったまま、それを構えた。
弦にあてがい、弓を引く。
キイ、と、小さな音が響いた。

 確かにこの場所で開かれた、楽しい楽しい、みんなの最後のコンサート。
あの時の楽器はまだここにあって。
そして今、またこの手に戻ってきた。
少し嬉しくなった。
またこの音が聞けるなんて、本当に嬉しかった。

 もっと聞きたくて、更に弓を引いてみた。
また少し、音が出た。

 また引いてみる。
すると。


 パシン、と乾いた音を立て、弦は弾け切れてしまった。
 衝撃で手から楽器が滑り落ち、顔の傍に音を立てて転がる。

 私はじっと、右手に残った弓を見た。
そしてそれを、地面に投げ捨てた。

 それっきり、私の手はもう、言うことを聞かなくなった。
目の前の世界が、急速にしぼんでいく。
何も見えなくなっていく。聞こえなくなっていく。
 



  「ごめん…せっかく…会えたのにね…」




 斃れた愛器に、最後に小さく詫びをつぶやいて。

 私は静かに、目を閉じた。











-----

 それからどれだけの時間が経ったのだろう。



 気がつくと私は、明るい部屋の中、温かい布団の中にいた。



 私はまるで、うららかな昼下がりの午睡から覚めるように、ゆっくりと体を起こす。



 

 そこに広がっていたのは、紛れも無い、幸せだったあの日々の、部屋の光景だった。
 風に揺れるカーテンも。規則正しい音を刻む柱時計も。花瓶に生けられた花も。
全てが、あの日のままの姿だった。

 私は夢を見ているのか。
だとしたらまあ、悪くない夢ね―私はそう思った。
あんなに残酷な現実を見せ付けられた今、夢くらい幸せを楽しんでも罰は当たるまい。

 それでも、何か違う気がする。
夢の中にいるにしては、私はあまりにも冷静だった。
 夢は、夢だと気付かないから楽しいのだ。夢だと分かってしまえば、それは虚しいだけ。
だから人間は、夢の中でどんな非現実を目の当たりにしようと、それが夢だと気付くことは少ない。
不思議なことだが、どうやら人間は生まれつき、夢というものを楽しめるように出来ているらしい。

 そしてそれを踏まえ、今の状況を考えてみる。
私は、今を「夢じゃないのか」と疑ってしまっている。
夢だと気付いているのも不思議だし、たまに夢だと気付いてしまうと、その後程なくして目が覚めてしまうものなのだが、
今こうして考えている間も、世界はそのまま目の前に広がって、私を迎えている。

 それが何を意味するのか。


  「戻って…これたの…?」


 そんなはずは無い。
 絶望的な瓦礫の山を目の当たりにしたのは、他ならぬ自分ではないか。
では、今こうして見ているものは一体…




  「お久しぶりね、姉さん」 



 不意に、懐かしい声が聞こえた。


  「久しぶり、ルナサ姉さん!」

 にっこりと笑う、二人の少女。
 あの日のままの、妹たちだった。

  「あなたたち…どうして…ここは何なの?」
  「なんなのって、私たちの家に決まってるじゃない」
  「そうそう、あの世のね!」


 あの世、という言葉に不釣合いなほど、リリカは元気いっぱいに言い放った。


  「そう…夢の割には残酷な現実を突きつけるのね」
  「夢じゃないってば。姉さん、死んじゃったんだよ」
  「だからここに来たのよ、ね」


 妹たちの言葉を、そう簡単に信じられるはずは無い。
何しろ、死んだら天国に行くと思っていたから。
…いや、ある意味これは天国なんだろうけど、それにしても。
あれ、待てよ。

  「つまり、あなたたちはもう…」
  「お手紙途中で書けなくなってごめんなさい、姉さん。
   先に旅立ってしまったけど、その代わりずっと、ここから姉さんを見ていました」
  「私もごめんね。メルラン姉さんと同じで、私もあの後すぐに、死んじゃったの」

 
 力が抜けた。
あの時灰燼に帰した屋敷で、痛いほどに感じた絶望。
結局「現実」だったというわけである。 
私が待っていた妹たちは、あの時にはもう、この世にいなかったというのだ。

 そしてそこまで考えて、私はふと、思った。


  「レイラは…レイラはどこにいるの?」
  「ここには居ないわ」
  「じゃあ、あの子は生きてるの?」

 メルランとリリカは互いの顔を見合わせ、首を横に振った。

  「姉さんに、見せたいものがあるの」

 メルランはそう言って、顎で階下へ促した。
起きあがった私は二人を追って、私は見慣れた階段を下りていく。
その体はもう、痛むことはなかった。





 二人に連れられた部屋は、昔父の書斎として使っていた部屋だった。
部屋の真ん中で足を止め、メルランは向き直る。

  「姉さん、レイラに代わって、お返しするわ。これ。」


 メルランの腕に抱かれていたのは…一丁のヴァイオリンだった。
手渡されるまま、私はそれを手にする。

 ピカピカに手入れされていた。埃や汚れの一つも付いていない。
指で弦を弾いてみると、しっかり調律された音色が響く。
弓もピンと張られていた。

 誰が見ても文句の無い、完璧な保管だった。


  「姉さん」

 メルランが静かに話しかける。

  「姉さんが死んでここに来るまでの間、私たちは二人で考えたの。
   どうして私たちは、天国に行けなかったんだろう。
   誰かどうやってこの屋敷をここに建て、どうして私たちがそれに集まったのか」

  「…」

  「その楽器を見たときに分かったの。レイラが呼んだんだって。
   ずっと待っていてくれてたレイラが、私たちが帰るための場所、用意してくれたんだって」

 メルランの声は、次第に涙声になっていく。

  「レイラは約束を守っていてくれてたのよ。
   私たちがいつ帰ってきても良いように、毎日楽器を手入れしてくれてたんでしょうね。
   私のトランペットも、リリカの打楽器も、全て綺麗に手入れされてたわ」
  
  「じゃあ、この屋敷は…」

  「そう。瓦礫になった現実の屋敷を見た姉さんなら、分かったでしょう?
   みんなが集まって、コンサートを開くって約束した、大切な場所。
   ここは、レイラが待ち望んだ場所。
   もう二度と、焼け落ちることのない屋敷。
   丁寧に準備してくれた、あの日と同じステージ」

  「…」

  「まったく、あの子ったら…
   いつの間に、調律なんて…
   それも、こんなに、上手に、丁寧に…」

 メルランの言葉が、嗚咽に途切れる。



  「ありがとう、メルラン」

 私はメルランの肩をさすった。
私にも、やっと分かった。
どうしてこんな場所が出来たのか。
どうして死んだあとの自分が、そこへ引き寄せられたのか。


   これは、レイラの夢だったんだ。
  みんなとの再会を誰よりも強く信じて、願って、支えにして…
  いつでも私たちを迎えられるように準備して…。

   約束のコンサートを信じていた、レイラの希望だったんだ。 




  「レイラに会いたい。あの子は、どうしてるの」

  「だめよ、姉さん」

 メルランが、涙をぬぐいながら私を見る。

  「言ったでしょう、ここはレイラが準備してくれたステージ。
   私たち三人が集まって奏でる音楽を聴くことが、レイラが抱いていた唯一つの夢なの。
   これは、あの子の夢。ここがステージなら、あの広い青空のどこかに、観客席がある。
   あの子が自分で約束したとおり、最初のお客様になるための、たった一つの指定席がね。
   だから、良いじゃない」

  「でも…」

  「もう一度この屋敷で三人が揃うことが、焼け落ちる屋敷の中、きっと最期まで見てたあの子の夢なの。
   ここは、何よりも大切な、約束の場所。
   この屋敷で私たちが揃うことが、何よりの『幸せ』の証だと、レイラも信じていたの。

   だから、私たちは、ここで。
   この素晴らしいステージで、最高のコンサートを開くの。それが、レイラへの御礼よ」



 分かったような、分からないような、私は複雑な気持ちを覚えた。
それでも、手にしたピカピカのヴァイオリンを見て、私も覚悟を決めた。

 この屋敷で、三人の姉と暮らせることが、レイラの抱いた希望だったとしたら。
最期に彼女が力を振り絞って、このステージを用意してくれたのだとしたら。
私は、喜んでこのステージに立つことにしよう。

 レイラ本人に会うのは、それからでも遅くは無い。
また長いお別れになるけれど、少しも辛くなんてない。

 だって、前の時は「もう逢えないかもしれない」お別れだったけど、
今は「いつか必ず逢える」お別れなんだから。
そしてあなたはそれまで、見えない指定席に、いつだって座っていてくれるはずだから。



 ふと、私の視界に白いものが入った。
みれば窓際に、一輪挿しに挿された小さな白い花が揺れている。

 こんな花がここにあったっけ?と私は訝しんだ。
小さな、白い花。

 …白い花?


  「これ…あのときの…」


 なんということだ、すっかり忘れていた。
 それは他でもない、あの日私が咎めた、白い花だった。

 あの時レイラがどこへやら持って行ってしまったこの花の行方を、私は知らなかった。
レイラはあのあと、一輪挿しの水に浸して入れて、この父の部屋に飾ったのだろう。


   「死んでしまった」と脅かされたこの花を、もう少しだけ、生かしてあげるために。
   冬を選んで咲いた可憐な花が、あとちょっとだけ―その姿で咲いていられるように。



 

 私は書斎の本棚を目で追い、植物図鑑を見つけ出す。
「冬の花」のページを私は懸命に追い、やがて同じ白い花の写真を見つけた。
そこに記されていた名前を、私は声に出して読んだ。

  「クリスマス・ローズ…」

 そうか。レイラが庭から小さな花を摘んできたとき。
あの時はもう、クリスマスだったんだ。
 メリークリスマスの一言も言えないままに、私達が揃った最後の冬は、通り過ぎてしまっていた。
あんな時代の中で、クリスマスを祝う余裕も、気分も無かったから。



  「クリスマス、楽しみにしてたろうに…ごめんね…」
 

 つぶやきながら、窓の上を見上げてみる。そこには、あの日の鳥の巣が、まだ残っていた。
でも、それは屋敷としての記憶だけ。そこにさえずるひな鳥達も、世話をする親鳥の姿も、
今はもうそこには無い。

 ただ残された巣だけが、軒先に形を留めていた。
小さな命と温かい命が確かに息づいていた、それが証であるかのように。






  「レイラ、ありがとう!」


 私は空に向かって叫ぶ。
 千切れ雲が風に流れて飛んでいく高い空に、レイラの笑顔が見えた気がした。





  「だめよ、姉さん」

 不意に、メルランの声が後ろから聞こえて、振り返る。

  「レイラへのお礼は、ありがとうの言葉じゃないでしょ」

 微笑みながらメルランは、私の手のヴァイオリンを指す。





  「…そうね…そうよね!」

 私は、力強く頷いた。
それを見てメルランとリリカも、自分の楽器を手に取る。





 こんな形は、お世辞にも希望通りとはいえない。
だって私達は結局、みんな死んでしまった。
残酷な運命に引き裂かれ、翻弄され、抗う術も無く時代の露と消えた。

 それでもレイラが、私達の魂を救ってくれた。
私達の幸せを、レイラが実現してくれた。

 あの日、レイラだけをこの屋敷に残した私の判断。
それは、「大正解」ではなかったのかもしれない。
 それでも、決して「間違い」じゃなかったこと…
それを今、証明できた気がしていた。



  「約束のコンサート、クリスマスコンサートになっちゃたね」 


 リリカの言葉に、ふと死の直前見た、クリスマスパーティーの光景が記憶に浮かぶ。
そうか、今日はあれから3度目のクリスマス。
時は早いもので、また巡って来たんだ。

 あの日言えなかったメリークリスマス。5年前に言った、最後のメリークリスマス。
今年はやっと、久しぶりにあなたに言える。

 心から、「メリークリスマス」を、あなたに言える。



   願わくば、来年も、再来年も…ずっとずっと…
   「メリークリスマス」が言える、聖誕祭であらんことを…。






  「では改めて…」
 メルランとリリカが姿勢を正す。


  『お帰りなさい、姉さん!』

 二人は声を揃えて、頭を下げた。






  「ただいま、メルラン、リリカ…
   …レイラ。」

 目の前の二人が、ニコリと笑う。






   「さあ、お待ちかね、三年ぶりのプリズムリバー楽団コンサートへようこそ!!
    今日は聖なるクリスマス!楽しいクリスマスソングからお届けしましょう!」




  約束の場所で、約束通り揃った三人。
  そして最初のお客様に、約束どおりの一人を迎えて。
  約束の演奏会が、華やかに開演した。


                                     《完》
       



             
   
      ※作品におけるプリズムリバー姉妹の流転、生誕の設定等については、基本的に公式設定に準拠させていますが、
        部分的に独自解釈・曲解を踏まえたことをご了承下さい。
「平和が損なわれた時に、人々が最初に奪われるのは音楽なんだ。
時代が荒れてくれば、人々はそんなものを楽しむ心を失っていく。
音楽が楽しめる世界ってのは、何気ないようで、とても大切なんだよ」
…ある有名人の言葉です。


平和を失っていくと、何かを楽しむ心の余裕が無くなってくるのは確かだと思います。
音楽を楽しむ心、命を命と思う心。 そして、イベントをお祝いする心。
ただでさえ宗教は、時として戦争を呼ぶもの。それは今も同じ。
だから「メリークリスマス」が言える事は、実はとても素晴らしいことだと思う。
来年からもずっと、「メリークリスマス」が言える世の中でありますように。

25日に出す意味が無いと思った、一足「遅い」クリスマスSS。
初めて前後編に分けた長作となりましたが、楽しんで頂けたら幸いです。
御読了ありがとうございました。

※更新…クリスマスを主題に扱ったSSであることは間違いないのですが、
      それだけで終わってしまっては嫌な作品なので、勝手ながらタイトルから「クリスマス」を外します。
      既に読んで下さった方には、お詫びの言葉もありません。
hangon-反魂-
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コメント



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1.100まっぴー削除
失礼かもしれません。ですが一言言わせてください。

やってくれたなあんた!

……ダメだ、ちゃんと言い表せない……
でも、得点だけというのも失礼かと思い言わせて頂きました。
11.100削除
プリズムリバー姉妹の固い絆に涙せずにはいられませんでした。
どんなに大義があろうと戦争というのは人々から安息と平穏、そして夢を奪っていく。
家族や希望を奪われた者がどうして戦争の終結を喜べるであろうか。
ルナサの切実な想いが私の胸に深い感動を与えてくれました。
いやー、いい仕事してくれましたよ、貴方。
14.90削除
人の絆って美しいです。
姉妹は霊となって悲しかったのか、嬉しかったのか。
どちらにしろ、彼女達には笑っていてもらいたいものです。
GJ!
26.90はむすた削除
じんと来ました。
有難うございました。
36.100ke削除
涙なしには読めません、
感動しました。
43.90自転車で流鏑馬削除
後書きにも心打たれました