Coolier - 新生・東方創想話

バッドムーンの掛かる一夜に   《中編》

2005/12/22 04:15:14
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 紅魔館の玄関は広い。極端に。

 万一敵襲によって門が突破されたとしても、ここをボトルネックにして迎撃戦を広げれ
ば、被害を最小限に抑えられる設計だ。ごく僅かな人間を除いては突破されることは無い。

 広大な赤の空が広がる。天蓋としてはさすがに落ち着かない。
 ドーム状のエントランスホールの中心へと降り立つのは、ごく僅かである人間、霧雨魔理沙。
 開け放たれた巨大な観音開きの扉は、そろそろゲートとしては役不足なほどに寂れて来
たのかもしれない。隙間を抜ける空虚な風が魔理沙の白い頬を打つからだ。

 そもそも、この箒を持つ白と黒の魔法使いが毎度毎度強行突破で門を破るからであるが、
ある種、敵対勢力とも言える館相手にそう損害を気にしている余裕はないだろう。

「で、今日は何を」
 声がした方へ魔理沙が顔を向けると、ホールの隅にはいつものメイド長の姿があった。
「盗みに来たのかしら」
 いつも律儀に挨拶ごくろう、白黒の嫌味が空間に響く。ここでは軽く声を上げただけ
で全ての声が反響する。
「まぁおちつけ」
 壁を背に凭れ掛かるメイド長、十六夜咲夜が、日ごろから身につけている得物をちらつ
かせたのを視認し、手をひらつかせるのは魔理沙だ。
「今日はたまたま……珍しくアイツがいないから、気になった」
「あいつ?」

 咲夜は目を細めると、羽のように跳躍してみせた。人間が必死で走っても十秒はかかる
距離を咲夜は一瞬で埋め、魔理沙の眼の前へ着地する。

「門番の事ね。あいつならしばらく停職処置だわ」
「そうか」
 帽子の後ろで腕を組む魔理沙。
「いてもいなくても私にかかっては大した違いはなかったけどな」
 さりげなく酷い事を口走る彼女の笑顔は、咲夜にはひどく眩しかった。その目がどうし
てこうも邪気なく見えるのか、不思議でならなかった。

「今日あんたの迎撃に向かったのは」目を逸らす。「優秀なメイド達なんだけどね」
 そうか、と魔理沙は頷いた。
 頭一つは違う背丈の前で、その背の差を埋める黒い三角帽が右へ左へ揺れる。

「今あんたを殺せばこれ以上被害は出ないと思うんだけど」

 ホールの冷気が瞬時に消沈するのを感じ、魔理沙は一瞬だけ“ある気”を感じた。
 どうにもおちゃらけた雰囲気では通り抜けられそうもない、という雰囲気だ。箒を片手
に身構える。
「いつもの事だろ、門番がお前に代わった所で大した違いはない」
 普段らしく、不敵な笑みを見せて魔理沙は言い放つ。汗の一つも流れはしない。
 さりとて咲夜の実力は、元祖門番である美鈴よりも遥かに上だ。腐っても紅魔館、正規
の“軍を構える城”なのだから。
 しかし咲夜は、その焦りを知ってか知らずか、黙って魔理沙を見下ろしていた蒼い相貌
を細める。
 
「……やめた」
「……は?」 
 今度は空気が一瞬で元へ戻る。今の雰囲気作りはなんだったんだ、頭に血が昇るのは魔
理沙。黙って箒を下ろす。
「そんなに猛ってるんなら良い事教えてあげるわ」 
 そう言って背を向ける咲夜へ、魔理沙は魔砲の一つでも撃ってやろうかと考えてやめた。
後味の悪そうな顔をしつつ、それよりも、と一歩乗り出す。 
「で、良い事ってなんだ」
 わずかばかり、瞳を幼い期待の輝きに染めるのは魔理沙。彼女の好奇の気は大分前から
知る咲夜だが、こういう時には非常に役に立つと考える。

「真東のほうにある人里、知ってるでしょ――ほら、慧音の」
「あそこに何かあるのか?」
「彼女に会えば分かるわよ。あんたも暇そうだし、行ってこれば?」

 咲夜の声は悪魔の布告のようだった。 
 魔理沙はそのとき、何の疑問も持たずにいた。






 

 ***









 人間とは。
 幻想郷においては矮小な存在に過ぎぬもので。
 彼らはしばしば纏まった人里を造っては、より強大な存在から身を、命を護る。

 幻想郷にある人里の数は、両の指で数えられる。
 そこに住む人間達。千と幾ばくかを数えぬうちに全ての名前が出る。

 彼らはしばしば、より強大な存在――妖怪らの襲撃を、数の少なさを補う団結力だけで
退けてきた。
 多少妖術や霊術に長けた者は重宝され、そのような者達は均一に――どの代も、均衡を
保つかのように、一定の比率で存在してきた。
 彼らのずっと前の代から。恐らく次の代も、その次も。それらを以って敵を退けてきた。


 さてここに、一つの小さな人里がある。
 どの里を比べても思想や主義に差異はある。
 ここでは、人が死ぬと骸を浅く土に埋め、その上から胸元へ、骸の主の名を刻んだ大き
な杭を打ち立てて墓標とする。
 土葬だ。
 数はおよそ百と数。歴代で数えればもっと数はあるだろう。残りは“死体の残らない”
場合がほとんどだ。
 里の裏手に延々と、湿った泥と杭で埋め尽くされた丘。
 そこには申し訳程度の結界が正方形に張られ、低級な――それこそ腕に自信のある人間
一人でも撃退できるような程度の低い――妖怪は触れる事の出来ない領域。
 
 ただ、今日に限っては少々勝手が違ったらしい。


 上白沢慧音がこの里の土を踏む頃には既に日は高く、彼女は僅かばかり肌に刺さる冷た
い空気を振り払うように、晴天の空を仰いだ。

「隣里の守人殿、よくぞ来なさった」 

 すぐに、薄い絹麻を羽織った男が声を掛けてきた。 
 この時期は飢餓に苛まれる事も多く、何の礼も期待していない慧音はすぐに問題の場所
へ向かわせるように言う。
  慧音が今日ここに来たのには理由がある。
 明朝も良い時間にふと、新しい記憶を心に見出したのだ。それは別の人里の妖術師が発
する物だった。なにやら近隣に位置する里で、良く無い事が起きたという伝令らしい。

 さて――これはどうした事か。
 男に案内された場所は墓場。
 数十の羽虫が鳴くような、人間達のざわめきが墓を覆っていた。 
 
「失敬」
 慧音の呟きはその声を掻き消した。
 変わりに、悲観するような、それでいて憤怒に染まった視線が一斉に彼女を包んだ。
 黙って、人間達の波の間を抜ける。
 そこには妙な光景があった。ほんの少し、数週間前だったか。その時にはなかった光景
だった。
 墓であって墓ではない――歴代の勇者達を含む人間達の墓標は全て倒れ、焼畑の直後の
ような混沌ぶり。
 中でも慧音が目を引かれたのは、その掘り返された、まるで統制の取れたとはいえない
土の屑。
 どれも全てが、全てが。全ての墓穴がぽっかりと空洞をあけている。
 なんとも不可解なことか、と彼女は見渡し、眉をひそめた。

 骸が、収まっているはずの骸が一つとして残っていないのだ。

「物の怪の悪戯だ。こんな事をして楽しむのは妖の類しかいない」 
 若い男の声がどこからか聞こえ、薄いどよめきが慧音の背中を再び打つ。
 それに押されるように杭を一つまたぎ、慧音はその場に膝を折った。
 そっと、肥やされたようにやわらかい土に手の平をつける。
 慧音の中に、この場所が覚えた記憶が流れ込んでくる。
 また一つ、彼女の中に歴史が誕生した。
 結論はすぐに出た。
「妖怪の仕業だ。それも一匹。すぐにそいつの足はつく」
 おお、と感嘆の声達を背に感じ、慧音はゆっくりと腰を上げる。
 彼女の明言は真実だろう。
 信じきる人間達は、慧音の事を多く知っている。多く。
 
「慧音様、どうか罪深き者へ、せめて一太刀」
「あそこには父が」
「どうか、救いだしてやってください」
「礼ならいくらでも!」
 すぐに怒号の嵐が起こる。
 当然だ。この墓に関わっていない人間など、この里にいない。誰もが一丸となり、いつ
かは散ってゆくのだから。
 ――罪深い。実に罪深い者だ。許せない。死人を弄ぶなど――
 あそこには慧音も世話をした者が何人もいるのだ。
 慧音は脳に流れる知の中に、ある影を捉えた。逡巡の後、「すぐに見つけてやる」そう
彼女は宣言した。
 なるほど彼らの心情を察した慧音は黙って、しかしひそめた眉を戻さずに、人間達の方
へ向き直る。
  
「すぐに、見つけてやる」

 もう一度。反芻するように。
 やはり悲に沈んだ瞳の群れが彼女を、何かにすがるように見つめていた。
 何故か複数で固まる、下は洋、上は和、といった組み合わせの奇怪な服装陣にも慣れた
慧音は、静々と人の波を越えた。
 土の匂いをかき消すほどに、人の声達を押し潰すほどに、“ある事”を理解するまでに
苦しんだままに。
 歴史はあるべくして存在する。
 これまでありとあらゆる幻想郷の歴史を見、それに触れ、それを感じてきた。
 しかしこればかりは、懐の広い慧音も頭を捻らざるを得ない。
 珍しく、いやに珍しく。存在を認めたくないものがあったから。

 まさか、「死体が自ら土を掘り返した」とは、里の皆にはとても明言しがたい。


 式典や儀式にしか顔を出さない長(おさ)――殆ど床に伏せているが、長くはないだろう
――の元へ出向き、挨拶を告げる。
 「全ての扉に閂をかけて大人しくしていてくれ」そう公言して里の者らを帰し、軽く、
しかし大きな結界を里一辺に張る。
 応急処置ではあるが――墓所にも掛けられたものと同じく、邪な者が触れれば、刹那に
罠へと変貌する――これが最も確実だろう。
  
 ふぅむ、と顎をさする銀髪の少女、慧音はやはり解せないでいた。
 先程流れ込んできた映像はまちがいなく、骸らが、土を払いのけ、自ら杭を引き抜き、
夜闇に腕を伸ばす光景。
 それも無数に。
 肉の柱たちが月へ踊る。
 異臭すら感じる、実に非道徳的な、嫌悪を覚える舞だ。
 そして……その中心だ。昨晩、明らかに妖気が。墓所の中心にいた。
 見張り人では気付けないのだ。人間に感じられない気配。ほぼ完璧に消されたもの。
 ただ慧音に見えたのは、闇に浮かぶ深紅の相貌、そしてそこから沸き出た紅の“力”。
 それは負だ。明らかに此方に敵意を向けるもので――
 瞳からの力――鈴仙のような者は瞳を用いて力の有無を調整する。恐らくそれと同じ、
または近い構造か?
 何故もっと姿を見る事ができない? もっと、もっと……!
「……くそっ」

 額に手を叩きつけ、頭上の、城を模したような蒼い帽子を揺らす。 
 そうして、里の大通りを、もはや喧騒のけの字もない大通りを、慧音は黙って後にした。
 乾いた風が、煩わしい。
「来訪者。幻想郷の外から来た妖怪だ」 
 見えないのなら、そうとしか考えられない。幻想郷の者らに、彼女が知らない者はいな
い。
 人間、妖怪は元より。
 悪魔、妖精、幽霊、宇宙人までもだ。
 外から来た者だって、すぐにここに馴染む。新たな歴史となる。
 幻想郷の空気にさらされ、妖怪の類になる者すらいる。それならば問題は無いのだ。

 難点こそは――そいつは、“ここ”に来て浅い事だ。








 ***  








「よう」 
 
 庵で留守番させた覚えの無い人間がいた。日が傾く頃に帰りついて早々、慧音は露骨に
嫌そうな表情を出した。

 霧雨魔理沙。曲がりなりにも人間なので無粋に追い出すことも出来ずに、黙って慧音は
居間に居座る白黒の服を着た人間へと伝えた。
「今はいそがしいんだ……茶を出してやる事はできないぞ」
「やっぱりか」
 溜息をつく慧音へと擦り寄る魔理沙。勝手に人の家へ上がってなお馴れ馴れしいとは。
それに、
「やっぱりとはなんだ、魔理沙」
「いや、とある奴から聞いたんだ。なんか面白い事が起こってるってな」
「……はぁ? なんて罰当たりな奴だそいつは」
 人の墓が荒らされた、というのに面白がって教えるやつがいるか?そしてもうこの情報
が流れているというのか?

「まぁいい、とにかく――知らないなら知らないままで良いよ、とにかく妖怪が人里に被
害を出したってだけだ」
 そうやって魔理沙の方へ凄むも、やはり魔理沙は飄々としたままだった。
「ふーん、慧音も大変だな。私もその犯人をぶちのめすのに加担してもいいんだぜ?」
「おい、あまり調子に乗るなよ」  
 黒い三角帽子を揺らす魔理沙の額をつついて、少し強めに慧音は言う。
 そんな事を人間が言うものではない。それに、加担されるほどに慧音は弱くないのだ。
今は人間の姿でこそあれど。

「なんだよ……そんな深刻な話なのかよ」
「あぁ、そうだよ」
 頭を振って慧音は眼を伏せた。こうとでも言っておかないと魔理沙は大人しくしない。
あまり表情を変えない魔理沙だが、少しは分かってくれるはずだろう。

 勿論魔理沙にも人間を襲う趣味などないだろう。彼女も同じ人間なら、分かるはずだ。
「ま、ここの留守番くらいはしておいてやるよ」
 珍しく、微笑みを見せて引き下がる小柄な魔法使いが妙に怪しく見えたが、これなら手
間もはぶける。
「家のものは好きに使えばいい」
 慧音は心配だったが止むをえない。適当な武装をかき集め、慧音は髪を一度だけかき上
げる。
 しかしあっけない、が。
 今はありがたい事だ、とにかく例の里へと献上せねばならぬものがある。
「まーせいぜい頑張れよ……でも、犯人を捕まえたら私にも見せてくれ。そうじゃないと
来た意味がないからな?」
 卓をばんばんと叩きつつ、魔法使いは暇そうに催促した。含み笑いもあったが。

 庵の主である慧音は鼻で笑う。「当然、人間のためだから……必ず捕まえるさ」
 そうだ。人間のため。人間のためにこれまで、幾多の妖怪を退けてきた。
 結界を保つのには妖力の消耗が厄介だが、それに引っ掛かっては慧音を奮い立たせる妖
怪は数知れず、というわけだ。
 恐らくは里の周りに、まだいるはず。気配がないのならば今度は物理的に探知すればよ
い。
 そうして自分に出来る最大限の成果を出してきた。勿論、正体の分からない敵であろう
と退けられない謂れはない。 

 何故なら――満月の夜は明日に迫っているから。
 外来者の風情で、ワーハクタクである上白沢慧音を打ち倒せるわけがないから。

 









後編へ続く
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