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美鈴の家出~女はつらいよ慕情編~

2005/12/18 07:30:46
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 注:このお話は、拙作「美鈴の家出~女はつらいよ離別編~」より続いております。というわけで、そちらからご一読してくださるとありがたいです。
   なお、某有名映画とは何の関係もございませんのでその辺よろしく!





 それから、少しだけ、時間はさかのぼる。


「……全く。何よ、美鈴ったら」
 ぐちぐちと文句をつぶやきながら、自室にて、自分の時間を過ごすのは、美鈴の隠し奥義に近い弾幕で撃墜された十六夜咲夜女史。現在は、紅魔館の面々の間の夕飯も終わり、ゆったりとした時間を過ごすにはうってつけの頃合いである。いくら、日々が忙しい使用人稼業とはいえ、シフトというものはある。彼女はメイド長故、その『暇』が他のメイド達に比べて少ないことは確かだが、それでも、全く暇がないというわけではない。
 そういうわけで、久々に出来た、ちゃんとした形での『休息時間』を自分なりの事に費やしているというわけである。
「第一、本当のことを言ったまでじゃない。ああ、腹が立つ」
 いらいらした口調で言いながら、手にしたものを忙しなく動かしていく。
 編み棒と、毛糸の玉。
「……けれど、やっぱり、私も悪かったかしらね」
 ひとしきり罵ると、気が楽になったのか、少しだけ後悔の念も湧いてくる。
 と言うか、先ほど――と言っても、もう一時間以上も前のことだが――美鈴の自室を訪れたところ、彼女はいなかった。防衛部隊の詰め所の方で膝でも抱えているのかと思って訪ねてみたが、やっぱり、彼女はいなかった。一体、彼女はどこへ行ってしまったのだろうか。やっぱり、彼女が気にしていることを、何気なく、悪気がなかったとはいえ、口にしてしまった自分に、全く非がないとは言い切れなかった。
「……あとで、ちゃんと謝らないとダメかしら」
 悪いことをしたら、きちんと頭を下げろ。
 それは、人間、育っていく上で、誰からも言われることである。悪いことを悪いことと知って、それをしてしまったのなら、きちんと許しを請うべきである、と。
 一応、咲夜だって、その辺りはわきまえている。と言うか、そう言う根本的常識も備えてこその、人の上に立つ人物である。
「けれど、謝りづらいものはあるわよね」
 どうしたものかしら、と。
 彼女は内心でつぶやいた。
 とりあえず、編み棒を操って、糸を編み込んでいく。そうしていれば、何かいい考えでも浮かぶだろうと、安易な思いも、その中にはあったのだろう。
 ――およそ、二時間ほどの時間が過ぎて。
「はい?」
 こんこん、と唐突にドアがノックされた。
 立ち上がり、部屋のドアを開けると、メイドが一人、立っている。
「どうかしたの?」
 こんな夜更けに、とは言わない。
 この館の主は、夜こそをそのフィールドとするものだからである。だから、夜の方が、仕事が増えて当然なのである。咲夜のその言葉に、ドアの前に立っていたメイドは叩頭すると、
「はい。お嬢様がお呼びです」
「……お嬢様が?」
「はい」
「用件の方は聞いている?」
 いいえ、と彼女は首を左右に振った。
 ふぅん、とうなずいた後、『それなら』と何かを思い当たったのか、「わかったわ」と返事をしてドアを閉める。
 そして、つい先ほど、完成したものを紙袋に詰めて部屋を後にする。さて、『せっかくだから』と考えついたものは、一体何であるのだろうか。
 屋敷の廊下を歩くことしばし。
「失礼致します。十六夜咲夜、ご招致に応じ、参上致しました」
 ドアをノックし、頭を下げる。
 しばらくして『どうぞ』という声がした。ドアを開けて、室内を一瞥し、一礼。
「何かご用でしょうか?」
 室内には、二人の人物の姿があった。
 まず一人、この紅魔館の主であるレミリア。そしてもう一人は、その友人で、普段は、この建物の内部に置かれた図書館の主として生活しているパチュリー。テーブルについて、二人は、お茶をたしなんでいる。パチュリーの視線はこちらに向くことがなく、手にした本に向いたままだったが。
「用事がなければ呼ばないでしょう。
 お入りなさい」
「はい。失礼致します」
 その言葉を受けて、ようやく、主の部屋へと足を踏み入れる。
 そっと、背中側のドアを閉めて、もう一度頭を下げながら、
「して。ご用命は?」
「そうね。面倒だから、さっさと語ってしまいましょうか」
 その切り口に、咲夜は首をかしげた。
 変な物言いをするものだ、と思いながら、わずかに視線を上げて相手の表情を伺ってみる。幼い姿の吸血鬼は、にこりとも笑わないまま、
「美鈴が失踪したそうよ」
 あっさりと、そう言いきった。
「……は?」
 その言葉の意味が察しきれず、咲夜は首をかしげて、間抜けな声を上げる。
「察しの悪い子ね。
 あなたとのやりとりの後で、彼女が館を後にしてしまった、と。そう言ったのよ」
「美鈴が……でしょうか?」
「ええ。よっぽど、思うところがあったのでしょうね」
 レミリアは、頬杖などをつきながら、
「まぁ、別に去る者を呼び止める趣味はないからどうでもいいけれど。あなたはそれを把握していないようだったから伝えなくてはと思ったまで。
 ついては、門番のシフトなのだけど、美鈴を外して、現在の防衛部隊の誰かを回してちょうだい」
「ちょっ……! それは……」
「何かしら? 役目を捨てて出て行ってしまったもののことなど、私が考慮する必要があると思って?」
 確かに、とうなずく。
 仕事においてプライドを持っている人間からしてみれば、その、自分に与えられた役目を捨てて、どのような事情があれ、逃げ出すような輩は言語道断である。これが、特別な事情を持たずに目の前に提示された問題であれば、咲夜も何の感慨も浮かべず、『そうですね』と同意したことだろう。
 しかし、今回は、少々、事情が違う。
「……美鈴が、ですか」
「そうよ。
 まぁ、そういうわけだから。あとは、あなたに一任するわ」
「……お待ち下さい」
「何?」
 もう下がっていいわよ、とばかりに片手を振る主は、その一言に、面白そうに目を細めて問い返してきた。
「……その、美鈴の件、考え直してはもらえないでしょうか?」
「どうして?」
「その……それは……」
 私の責任もあるからです、とはすぐに言えない自分が恨めしかった。
 美鈴が姿を消した。行方をくらました。それは間違いなく、自分の言った、心ない一言が原因だったのだろう。彼女は、あれをいたく気にしていたのに、自分は、そのトラウマ部分をえぐった上で塩を塗り込むようなことをしたのだ。彼女が、一時の勢いだけで突拍子もない行動を取ってしまうであろう事は、充分に想像が出来る。
「……ともあれ。
 お嬢様。美鈴の件については、この、メイド長たるわたくしにも、一定の権限がございます。それに免じて、どうか、この場は……」
「いやよ、めんどくさい」
「……でしたら、私が美鈴を探しに行きます」
「あら、そう? どういう風の吹き回しかしら」
 あなたも物好きね、と言わんばかりに。
「けれど、それはそれで楽しそうかしら。簡単に言ってしまえば、鬼ごっこ。捕まえることが難しい、とても楽しい鬼ごっこ。
 ああ、それは面白そうね。なら、いいわ。許可しましょう」
「……ありがとうございます」
「でも、条件があるわ。
 彼女を捜していてもいいのは、三日間のみ。大変よ、この広い幻想郷で一人の探し人を見つけ出すというのは。その三日間が過ぎれば、私は私の決定を実行する。あなたの意見は受け付けない。でも、あなたが三日の間に彼女を見つけることが出来たら、今回の一件は不問とするわ」
 よろしい? と。
 赤い瞳が咲夜を射抜き、問答無用で首を縦に振らせる。
「それじゃ、頑張って捜してきなさいな。あなたがいない間は、他のものにメイド長の仕事を任せておくから。心配しなくていいわよ」
「はい。それでは、私はこれで」
 彼女は手早く礼をすませると、そのまま、あっという間、と表現してもいいくらいの所作でレミリアの部屋を後にする。
 ばたん、とドアが閉まる音。かつかつと、靴底が床を叩く音。
「……やれやれ。あれほどまでに動揺するのなら、どうして、もっとちゃんと、素直に心情を吐露できないのかしら?」
 ねぇ? と言わんばかりの視線を、隣のパチュリーに向ける。
「所詮、それに関しては、彼女は人間に過ぎないと言うことでしょ」
「あら。きついわね」
「あなたの方がきついわよ。と言うか、意地が悪いというか、性格が悪いというか」
「うふふふ。いいじゃない、ああしてうろたえるあの子を見ていると、面白いんだもの」
 口の端をつり上げて、酷薄な笑みを浮かべながら、レミリア。
 ふぅ、とパチュリーは小さなため息をついて、本から視線を上げる。
「もっと素直に、『美鈴を捜してきなさい』とは、どうして言えないのかしら? 主が主なら、従者も従者ね。自分に素直じゃないったら」
「あら。私は別に、美鈴も咲夜もいなくても、何ともなくてよ?」
「どうかしら。
 でも、まぁ、あなたがそう言うのならそうなのでしょうね」
 ずいぶん引っかかる言い方だった。含んだ物言いに対して、レミリアの視線が、わずかに鋭さを増す。
「人間に限らず、高次的な意識を持ってしまった生命体というのは不思議なものね」
「どういう意味よ?」
「簡単よ。
 どうして、自身の気持ちを偽る必要があるのか、ということ。原初的かつ本能的支配領域が大きい動物や生命体ならば、自身が持ったものを素直に実行に移すわ。それがつまりは生活すると言うことであり、生きると言うことにもつながるものね。でも、精神が原初的なものを離れ、極めて高次的かつ物質的かつ分割的に成長をしてしまったもの達は、その精神活動を是とせず、それを時には否定し、時には偽り、時には隠してしまう。それはすなわち、精神的な部分に重きを置くあまり、それに飲み込まれ、囚われてしまったと言うこと。格子状に形成された、理性という名のファクターがストッパーとなることで、そのうちに閉じこめている、本能という名の極めて純粋な生命活動の発露を止めてしまっている。だけど、それをストレスに感じることなく、むしろそれに、ある一定の幸福的感情を抱いてしまっているわ。だから、いくらでも意識を偽ることが出来るし、それを隠すことを美徳と感じてしまうのでしょうね。
 全く、面白い生き物だわ」
「あー……えっと……」
「人間に限らず、分子的選択肢を大きく持ちすぎてしまったが故に、肥大したその感覚に分母的意識が飲み込まれてしまって、意識範疇を超えてしまったと考えてもいいかしら。偽りをよかれとするのは、すなわち、己の保護のためであり、一種の防衛本能と言い換えることも出来るとしたら、そこにあるのはディフェンスという意識よりも、むしろオフェンス的意識ね。選択肢の可能性を狭めることをよしとして、それを模索するも、肥大化してしまった空間的認識は個人の意識容量を超越してしまい、結果、状況と存在についての判断が遅れ、その遅延を取り戻すために、あえて頭脳の根幹的判断及び計算回路が誤った選択肢を正式な解答として導き出し、しかし同時に、その内側に数学的矛盾をはらむことによって、論理的思考の停止と遅延を演出する。故に、人の意識は嘘をつく、と考えれば――ああ、何? レミィ」
「……ごめん、パチェ。何言ってるか全然わからない」
「勉強が足りないわね」
 ほっといてよ、と小さくつぶやく。

 さて、それはともあれ、こうして、紅魔館を仕切るメイド長は、家出してしまった門番を捜して、館を飛び立ったのであった。



「ん~……」
「お客さん」
「……ふぁ……咲夜さん……ごめんなさぁ~い……」
「お客さんってば」
「お茶とお菓子はありがとうございますぅ~……でも……う~ん……ナイフはぁ~……」
「お客さん!」
「ふぇ!?」
 ゆさゆさと揺さぶられた末、耳元で思いっきり大声を出されて、ようやく彼女――美鈴は目を覚ました。起きあがった拍子で体勢を崩し、そのまま後ろ側に倒れてしまい、背中をしたたかに地面に打ち付ける。
「あいたたた……」
 自分が椅子の上に座っているという状況を忘れていたらしい。腰の辺りをさすりながら、彼女はきょろきょろと周囲を見渡した。
 紅魔館の自室ではない。周囲は森に囲まれ、一体、ここがどこであるのか、全く判然としない。頭上から差し込んでくるのも、木々の枝葉に遮られた、弱々しい日光だけだ。
「えっと……あれ?」
「ようやく目が覚めた」
 やれやれ、と言わんばかりの表情で佇むのは、美鈴が迷惑をかけていた屋台の店主――ミスティア。
「……あっ」
 その彼女を見て、ようやく、自分が今、どういう状況にあるか、それを思い出したらしい。
 先日、咲夜の仕打ちに耐えかね――というのが、美鈴の中での設定だ――、紅魔館を飛び出し、そのまま成り行きで、ミスティアの屋台で世話になったと言うことを。
「私……寝てました?」
「そりゃもう思いっきり。どうしようかと思いましたよ。まさか、ほったらかして撤収するわけにもいかないし」
 昨晩、美鈴と一緒に屋台を囲んでいたメンツの姿は見えない。皆、それぞれのテリトリーに帰ってしまったらしい。
 少しだけ、しょんぼりとしながら、
「……ごめんなさい」
「まぁ、いいですよ。
 んじゃ、私はこれで。今夜もお店を開いてますから、よかったらよって下さいな」
「あ、はい」
「それじゃ、またごひいきに」
 ぺこりとミスティアは一礼すると、屋台を引っ張ってどこへともなく去っていってしまった。
 美鈴はそれを見送った後、ため息をついて、空へと舞い上がる。
 ――さて、これからどうしようか。
「……寒いな」
 空に飛び上がってみてわかったが、現在の時刻は、朝は朝でも早朝と呼べる部類の時間に属するらしい。ひんやりと、空気は冷えていた。ぶるっと震え上がり、そのまま、どこへ行く当てもなく、ふわふわと空を漂っていく。やっぱり、飛び出して来るにしても、最低限、先立つものと防寒具くらいは用意しておくべきだった、と思いつつ。
「……うぅ」
 きゅ~、とお腹も悲鳴を上げる。
 屋台でちゃんと食事はしたとはいえ、やっぱり、あれじゃ足りなかったらしい。それに、今は朝。食事をしたのは夜。時間の経過から、自然と、お腹が空くのは当たり前だ。
 どうしたらいいのかな、と思いながら幻想郷の空を飛んでいくと、たまたま、見知った建物が見えた。
「……」
 眼下に見えるのは、博麗神社である。
 目をこらせば、境内でいつもの巫女が掃除をしている姿が伺える。
「……よし」
 うん、とうなずいて、美鈴は神社の境内へと向かう。
「……おはようございま~す……」
 少しだけ遠慮がちに、境内に着地した彼女は、霊夢に向かって声をかけた。
 その声を聞いて、巫女が掃除をする手を止めてきょとんとする。いくらかそうしていただろうか。彼女は、へぇ、と声を上げると、
「あなたがこんな所にいるなんて。珍しい」
「……あはは。確かに」
 紅魔館の門番として、そろそろ、お仕事を始めていなければいけないのに。
 そんなことを考えながら、少しだけ切なくなってしまったので、それを振り払うように笑いながら、
「朝から大変ですね」
「まあ、ね。
 っていうか、何しに来たの?」
「あ……えっと……。
 ……朝ご飯、食べさせてもらえないでしょうか?」
「こじき?」
 いきなり、ぐさっと来る一言だった。
 ……確かに、自分の状況を考えてみた場合、物乞いの類と何も変わらないという事実が目の前に横たわり、頭痛がしてきて、同時に情けなさに涙も出そうになってくる。
 しかし、ここで泣くわけにはいかない。ぐっと涙をこらえて、美鈴は、
「……まぁ、そんなものだと思ってくれても結構です」
 出来るだけ、卑屈に出ることにしたらしい。
「あっそ。
 まぁ、紅魔館で門番やってるあなたがこんな所にいる理由は、あえて聞かないことにしておくわ」
 霊夢は美鈴に歩み寄ると、彼女をじっと見つめる。
 そうして、おもむろに顔を近づけて、うっ、と顔をしかめると、
「……くさい」
「……そうですか?」
「酒くさいのと、普通にくさいのと。あんた、昨日、何してたのよ」
「人生の不条理について……色々と」
「いや、わけわかんないから」
 仕方ないわね、と霊夢は肩をすくめ、
「ほれ」
 手にしていた竹箒を美鈴へと渡す。
「私は朝食の用意をしてくるから。境内の掃除が終わったら、お風呂に入って。それから、ご飯、食べに来なさい」
「えっ!?」
「……何よ。その『えっ』は」
「いえ……その……そんなあっさり……」
 てっきり、「あんたに食わせる飯などない!」と冷たく追い返されると思っていたのだが。
 予想以上に暖かい返事を聞いてしまい、話を振った側としてもそれを信じられなかったらしい。霊夢は、美鈴をジト目でにらみつけてから、その表情から険を取り、
「私は巫女。で、ここは神社。
 昔から、こういうところは、わびしいものには施しをしろ、ってのが礼儀なの」
 わかったか? と釘を刺してから、霊夢は踵を返す。
「あ、あの! あ、ありがとうございます!」
「いいから。ちゃんと掃除しておいてね」
 とは、言うのだが。
 実際の所、掃除など、ほとんどするところが残されていなかった。ささっと周囲の手入れを終わらせれば、それで終わり、というところまで終わっていたのだ。
 美鈴は、竹箒片手に残された掃除を終えて、『これでいいのかな?』と疑問に思いつつも、箒を置いて神社の建物へと上がり込んだ。そうして、恐らく、霊夢が食事の場として使っているであろう部屋へと顔を出すと、やっぱりそこには、霊夢の姿。
「あの……お風呂って……?」
 あっち、と無言で指を指してくる。
 彼女に頭を下げながら、美鈴は、示された方向へと向かって歩いていった。
 ――それから、数刻ほど。
 湯上がりで戻ってきた美鈴を、テーブルに用意された朝食が迎えてくれる。
「……美味しそう」
「一人暮らしが長ければ、いやでも料理は上達するっての。
 言っておくけれど、これは施しだからね? うちのこと、レストランとかに使おうと思っても甘いわよ」
「そんなことしませんよ」
「ならば、よし。
 さっさと食べて、さっさと出て行ってね」
「はい」
 ぶっきらぼうな物言いだったが、充分、相手の真心は伝わってきた。美鈴は手を合わせて『頂きます』と頭を下げると、早速、食事に手をつける。
「美味しい」
 空きっ腹に、ほかほかの白いご飯がしみていく。
 やっぱり、空腹って最高のスパイスだなぁ、と思いながら、手はおみそ汁へ。
「いつもこうやって?」
「まぁ、ね。他に食べる相手もいないし」
「……そうなんですか」
「まぁ、一人で食べるよりは、二人で食べる食事の方が美味しいのは充分知っていることだけどさ」
 だから、美鈴を簡単に招き入れてくれたのだろうか。ちょっと邪推を込めて視線を送ると、『殴るわよ?』と言わんばかりの視線が返ってきた。ただ、多分に、それは照れ隠しの意味合いも強かったらしい。それは、いくら美鈴でもよくわかる。
「このおつけもの、美味しいですね」
「そう? ありがと。私が作ってんのよ」
「そうなんですか」
「そゆこと。
 だから、まぁ……と?」
 霊夢が、わずかに表情を変えた。どうしたんですか? と美鈴が問いかける中、彼女は音もなく立ち上がる。
「誰か来たみたい」
「わかるんですか?」
「うん。一応、この神社には、それ相応の手も加えてあるから」
 霊夢以外のものにはわからない仕掛けが施されているのだろうと、美鈴は察する。
 朝ご飯の時間に無粋な奴ね、と文句を言いながらも、霊夢は歩いていく。
「あ、あの!」
「別に食べてていいわよ」
 声をかけてくる美鈴には振り返らずに答え、彼女は渡り廊下を歩いて母屋を抜け、社殿の方へ。そこから眺めることの出来る境内を伺うと、果たして、そこには来客の姿があった。
「あら、咲夜さん」
「おはようございます」
 境内に佇むのは、咲夜だった。
 彼女は、折り目正しく、霊夢に向かって一礼すると、早速口を開く。
「朝早くに申しわけありません。美鈴、来てないでしょうか?」
「美鈴さん?」
 はい、と咲夜がうなずく。
「何で?」
「ああ、いえ……。
 先日、ちょっと、私が……彼女に、悪いことをしてしまって。それで、彼女を怒らせてしまったの。そのまま、彼女、紅魔館を飛び出してしまってね」
「ふぅん。子供みたいね」
「ええ、本当に……。
 ……でも、責めてばかりも」
 彼女はゆるゆると首を左右に振る。
「私が悪かったのだから」
 へぇ、と内心で、霊夢は声を上げる。
 まさか、この咲夜が、これほどまでにしおらしく自分の非を認めるような人間だとは思っていなかったからだ。かなり高いプライドの持ち主なのである、相手は。それは、これまでのつきあいで嫌と言うほどわかっていた。そんな彼女が、自分からあっさりと相手に向かって折れるという姿は、本当に珍しい。
「……あの子も、きっと、あのままで飛び出していったのだから。お腹も空かせているだろうし、寒さで震えているだろうし。
 ……知らない?」
「知らないわね」
 霊夢は肩をすくめた。平然と。
「第一、どうして私が、美鈴さんのことを知っていると思ったの?」
「彼女が立ち寄りそうな、心当たりのある人をしらみつぶしにね」
 なるほど、とうなずく。
「……でも……そう。
 ありがとう。手がかりがないというのも手がかりの一つね」
「ええ、そうね」
「それじゃ、これで。
 ……ああ、その前に、お参りしていってもいいかしら?」
「どうぞどうぞ。困った時の神頼み」
 お賽銭箱はこちら、といった具合に指先で導いてやると、咲夜は素直にそれに従い、お賽銭を放り込んでから、二礼二拍一礼をして、「それじゃ」と霊夢に言って踵を返した。
「咲夜さん、それ、何?」
 その時、霊夢の視界に、見慣れないものが映る。咲夜は、右手に持ったものを見下ろして、肩をすくめる。
「内緒」
 それだけを言い残して、彼女は境内を後にした。
 そんな咲夜の姿を見送った後、霊夢はさしたる感慨も込めずに元いた部屋へと舞い戻る。
「お客さん、誰でした?」
「別に誰でもいいじゃない……って。食べてなかったの?」
 美鈴の前には、まだまだたくさんのご飯が入ったお茶碗やみそ汁の入ったお椀、メインディッシュの魚の塩焼きが残されていた。
「はい。さすがに、家人がいない間に私だけ、というのも」
 その辺りの礼儀はわきまえてますから、と微笑む美鈴に『変わった奴ね』とつぶやく霊夢。そうして、再び、朝食が始まる。
「美鈴さんさぁ」
「はい?」
「何でこんな所にいるの?」
「……その……まぁ、色々と」
「ふぅん。まぁ、その色々については聞かないけどさ。
 後悔してるなら、さっさと帰りなよ。いつまでも、物事を先延ばしにしていると、どんどん状況は悪くなるから」
「……はい」
 さすがは巫女。そう言うことを語らせたら幻想郷一である。
 反論することも出来ず、美鈴は、少し沈んだ表情で食事を終えると、すっと立ち上がる。
「それじゃ、お世話になりました」
「はいよ」
「……ごめんなさい」
「別段、謝ってもらうようなことをしたわけじゃないし」
 じゃーねー、と。
 霊夢は、美鈴の方を見ることもなく、手を振った。美鈴は、そんな相手にもきちんとお辞儀をして、幻想郷の空に飛び立っていく。
「……やれやれ」
 どうしたもんだかな、という顔で霊夢は笑い、漬け物を口にしたのだった。

「とりあえず、色々考えるべきですよね」
 空を飛びながら、美鈴は、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
 ともかく、今は、まだ家出から一日も過ぎてない。自分の気持ちを整理して、そして、ちゃんと咲夜たちに謝れるようになるまでは戻っても意味がないと察しているらしい。そのためにも、まずはじっくりと頭を冷やすところから始めよう、と。
 幸い、季節は冬に向かい、そろそろ、ちらほらと雪が舞い始める頃だ。空の上を無意味に飛んでいるだけで頭は冷えていく。無論、体も冷えてしまうのだが、それくらいにはぐっと耐える必要があるだろう。
「はぁ……。咲夜さんとか、心配してくれてるかな……?」
 あっさりと自分の事なんて忘れられている可能性の方が高い。その結論に思い至ってしまい、ぷるぷると頭を振る。
「マイナス思考、ダメ! 頑張れ、美鈴!」
 自分で自分を励まし、ふぁいとー、おー、と拳を突き上げる。
 だが、次の瞬間、
「そこにいると邪魔だぜーっ!」
「へっ?」
 何だか、どこかで聞いたことがあるような声がした直後。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
 真正面から突っ込んできた黒白の魔法使いに跳ね飛ばされ、美鈴は、ひゅるるるる~、と落下していく。
「……ん? 今、何かにぶつかったような……」
 空中で、器用に急ブレーキをかけると、黒白の魔法使い――魔理沙は周囲を見渡した。しかし、ここは空の上だ。ぶつかるものなどあるはずがない。
「気のせいかな?」
 まぁ、いいや、と結論をつけ、目的地に向かって飛んでいく。
 彼女の今日の目的地もまた、紅魔館だった。

「今日のご飯はな~にかな~♪」
 気楽な鼻歌を歌いながら、川辺に釣り糸を垂らしている少女がいる。
 尽きることない時間を生きる永遠の旅人の一人、藤原妹紅だ。
 彼女は、普段は人との接触を断ち、幻想郷の片隅にある竹林の奥で生活している。当然、その中での生活は、全てが自給自足だ。何か食べたいものがあるのなら、自分でそれを用意しなくてはいけない。
 こうして釣り糸を垂らして、それに引っかかったものが、今回の晩ご飯の食卓に並ぶわけである。
「冬の魚は何が美味しいかな~」
 と、楽しそうに釣りをしていると――。
「……ん?」
 何やら、空の上から落下音がする。空気を切り裂く鋭い音と、何か妙に間抜けな音と。
 何事? と空を見上げた次の瞬間。
「わっ!?」
 ばしゃーんっ、という音と共に水柱が立った。
「な、何だ何だ!?」
 一体何が起きたのか、認識が追いつかず、妹紅は思わず、腰を下ろしていた河原から立ち上がった。
 激しく波立つ水面が落ち着いた頃、ぷかっ、と浮かび上がってきたのは、彼女にとっても見覚えのあるものだった。
「……あいつ……美鈴……だっけ?」
 ぷかぁ~、と水の上にうつぶせに浮かぶ相手を見つめて、妹紅は頬に一筋の汗を垂らす。
 どうしたものだか、と思案して、とりあえず、置きっぱなしになっている竿を手にとって、それをよけようとする。すると、美鈴が、ぷかぷか浮かびながらこっちに漂ってきた。
「……美鈴がつれた」
 何だか、本当にバカらしいことではあるのだが。
 妹紅の垂らしていた釣り糸の先にくくりつけられた釣り針には、美鈴が引っかかっていたのだった。

「ただいま~」
「ああ、妹紅。お帰り」
 自分が普段、ねぐらとしている家へと戻ってきた妹紅に、声をかける人物がいる。
「訪ねてみたら留守だったから勝手に上がらせてもらった」
「ああ、うん。別にいいよ」
 慧音なら、と続ける。
 来客の名は、上白沢慧音。人間と妖の合いの子という、変わった経歴を持つ彼女は、どういう因果か、妹紅と知り合い、そのままその関係を維持している。
「今日は、外の里で茶葉を頂いてな。せっかくだから……って……」
 がらっ、と。
 障子を開けて現れた妹紅を見て、慧音が言葉を詰まらせる。
 妹紅だ。そうに違いない。それについては異存はない。
 ――だが。
「……妹紅……それは?」
「今夜の晩ご飯……なんてね」
 肩に、びしょぬれで目を回している美鈴を担いでいれば、一体何事かと目を疑いたくもなる。
 どさっ、と美鈴を床の上に転がして、肩が凝った、とばかりに妹紅は肩をぐるぐると回した。慧音は、美鈴を見て、その視線を妹紅に移してから、
「どうして彼女が?」
「いや、釣りをしていたら針に引っかかって」
「……は?」
「何か、空の上から落ちてきたんだ」
 あまりにも要領を得ない返事に四苦八苦しながらも状況の理解に努めた慧音は、とりあえず、視線を美鈴に戻す。
 そうして、ざっと彼女の様子を観察してから、
「……肋骨が折れてるぞ?」
 美鈴の脇腹に手をやって、声を引きつらせる。
「……何があったんだ」
「……さあ……」
「まぁ、いい。
 とりあえず、永琳殿の所に行くか。けが人をほったらかしておくわけにもいかないし、ましてやものが骨折なら、私たちには何とも出来ん」
「げっ」
「向こうで晩ご飯でもおごってもらえ、妹紅」
 この妹紅と共に、悠久の時間を生きることになるもの――永遠亭の主、蓬莱山輝夜は、とにかく仲が悪い。それこそ、顔をつきあわせれば『命ぁ、とったるわぁ、われぇ!』という具合に殺しあいを始める仲だ。
 しかし、慧音としては、そう言う終わりのこないケンカはいい加減何とかして欲しいというのが本音であり、何かと、この二人の仲直り作戦を、輝夜と共に生活をしている女性、永琳と画策する日々である。今回のこれも、その一環として見ているのだろう。
「行くぞ」
「……ちぇっ。慧音が言うんなら、仕方ないな」
「そうか。それはありがたい」
 美鈴を、そっと抱きかかえ、慧音は微笑んだ。
 妹紅は、行きたくなさそうに顔をしかめていたが、本当に『仕方ない』という空気を漂わせて慧音の後をついて歩いていく。
 竹林の中を進むことしばし。目印たる目印がない森の中は、まさに天然の迷路なのだが、二人は迷うことなく足を進め、やがて程なく、竹林の奥に居を構える屋敷へと到着する。入り口で、今日も何事もなしかなぁ、とぼんやりしていた兎たちが、二人の来訪を見て、びびっ、と耳までを一直線にして硬直する。
「すまないが、けが人だ。永琳殿にお会いしたい」
 慧音のその言葉を受けて、ウサギが一人、大慌てで頭を下げて永遠亭の中に駆け込んでいった。妹紅は、面白くもなさそうに、目つきの悪い視線を残ったウサギに投げかけながら佇んでいる。
 しばらくして、永遠亭の中へと入っていったウサギが戻ってきて、慧音達に、奥へ入ってもいいとの許可を出してくれた。彼女たちに一礼して、慧音は先へ。妹紅は、妙にヤンキーっぽい雰囲気を漂わせながら、それについて行く。
「こんにちは、慧音さん。師匠に何か……って……それは?」
「急患だ」
 現れたうさみみ少女――鈴仙・優曇華院・イナバにその旨を告げて、よいしょ、と美鈴を抱え直す。鈴仙は状況を察したのか、はたまた、その察した状況そのものにすら困惑しているのか、赤い瞳を白黒とさせながら首をかしげ「まぁ、奥へ」と慧音達を誘ってくれた。
 長く伸びる永遠亭の板張りの廊下を進んだ先にある、小さな部屋。それの障子をすっと開けると、その部屋の主が振り返る。
「こんにちは」
「どうも。急患です」
「あら、まあ。
 ……何で美鈴さん?」
「私が釣りをしていたら、つれたんだ」
「……美鈴さんって水生動物だっけ?」
 思わず、首をかしげる鈴仙。まぁ、妹紅の説明を聞けばそう思ってしまうのも当たり前である。
 とりあえず、と言った具合に慧音は美鈴を室内に運び込み、鈴仙が部屋の主――永琳に言われて用意した布団に寝かせた。
「ウドンゲ、この人の服を脱がせてちょうだい。濡れたままではかわいそうだわ」
「あ、はい」
「……さて、私は帰ろうかな」
「あら、そうなの? それは残念ね」
「……げっ、輝夜」
 さっさと退散しようとした妹紅を慧音がにらむ。だが、それとほぼ時を同じくして現れた永遠亭の主の一言の方が、妹紅には攻撃力があったらしい。
「わざわざ人の領域にまで入ってきたくせに。とっとと帰ってしまうなんて。悲しいわ」
「お前がそう言うことを言うと、妙にうさんくさいんだよ」
「あらあら、そうかしら?
 まぁ、普段からしつけも教養も何もなってない人から見れば、そう見えても当然かしら」
「よく言うよ。この引きこもりぐーたら女」
「……なんですって?」
「何だよ?」
 ばちばちと、両者の間に火花が飛ぶ。やれやれ、と慧音は肩をすくめた。
 そんな二人へと、
「ちょっと申しわけありませんが。診療の邪魔になります」
 永琳がぴしゃりと言い放った。
 それを受けて、輝夜も妹紅も永琳へと視線を移して――、
「……妹紅、あっちで色々、話し合いましょうか」
「……そうだね」
「世の中の不条理と……」
「私たちの不幸について……」
 裸で布団の上に寝かせられた美鈴の、主に胸部のごく一部を凝視して、がっくりと意気消沈して仲良く去っていく。これも、仲良きことは、になるのだろうか。……多分違うだろうが。
「ふ~む……右の脇腹の肋骨が二本、まとめて折れてるわね。でも、きれいな折れ方をしている上に、治りが早いわね。打撲のあざの具合から考えても、まだ、けがをしてからそう時間は経ってないでしょうに」
「この人、気を操るって言いますよ」
「ああ、なるほど。古来より、気功術は医学の面にも、非常に役立つ技だと聞いたことがあるわ」
「どこだかには、それを掌から放つ奥義もあると聞くが。本当なのだろうか」
「この人を見る限りでは、疑う余地はなさそうね。
 ウドンゲ、包帯。あと、そうね。この前作った湿布があったでしょ? あれをちょうだいな」
「はい」
 立ち上がり、鈴仙が、部屋の薬棚の上から命じられたものを取り出し、永琳に渡す。それをもらって、彼女は手際よく美鈴に治療を施すと、続けて鈴仙が用意した患者用の衣服――どう見ても、ただの浴衣だが――に彼女を着替えさせ、ふぅ、と息をつく。
「しかし、どうして、紅魔館の門番である彼女がここに」
「その辺りは、ご本人の口から聞くのが、一番手っ取り早いんじゃないかしら」
 もうそろそろね、と視線を柱時計にやる。
 それの針がわずかに動いた頃、美鈴が目を開けた。さすがは医者。患者の具合を見通す力には長けているようである。
「あ……う……?」
「はい、こんにちは。美鈴さん、ごきげんいかが?」
「あれ……? 永琳さん……。私……どうして……?」
「あなたはけがをして空から落ちてきたところを妹紅に拾われて、ここに、私が連れてきたんだ」
 永琳とは反対側からする声に振り返り、慧音を視界に捉えたところで、『ああ』とうなずく。
「そっか……」
「どうして、こんな所に、あなたがいるのかしら? けがをしているのなら、私の所に来ない理由はないのだけど、気になってしまって」
 てきぱきと治療の後かたづけをしている鈴仙に「お茶を用意して」と言いつけてから、永琳は視線を美鈴へ。
 それを受けて、美鈴は、ぽつぽつと語り始める。さすがは、幻想郷で、ある意味トップクラスの貫禄を持つ永琳である。美鈴など、そんな彼女の前ではまだまだ子供だと言うことか。
「そうなの。紅魔館を」
「……はい……」
「それは大変だったわね。だけれど、名前にコンプレックスを持つ気持ちはわかるわ」
「……いえ、その……永琳殿。あなたが言うことではないと思いますが……」
 その『名前にコンプレックスを持つもの』がお茶を差し出す傍ら、こっそり泣いていたのを見とがめていた慧音が永琳に向かって、頬を引きつらせながらコメントする。しかし、永琳はそれをさらりと流しつつ、
「ともあれ、あなたは患者なのだから。ゆっくりして行きなさい」
「はい……でも……」
「でも……何?」
「……紅魔館に帰りたいです」
 優しく接してくれる永琳の暖かさに触れたのか。それとも、その場を構成する空気に懐かしいものを思い出したのか、美鈴が肩を震わせながら言葉を口にした。
「あらあら。もうホームシック?」
 ころころと笑いながらお茶をすする。
 そうではなくて、と美鈴が首を左右に振って、
「……もしかしたら、お嬢様とか、咲夜さんとか。私のこと、心配してるのかな、って……」
「どうしてそう思うんだ?」
「え?」
「私の目から見て――ああ、これはあなたにとって失礼なことに当たるかもしれないが――、あの二人が他人の心配を成し遂げることが出来る性格だとは思えないんだが」
「そ、そんなことないですよ!
 確かに、お嬢様は気まぐれでわがままで傍若無人で唯我独尊ゴーイングマイウェイだし、咲夜さんは鬼のように厳しくて夜叉のように冷徹で羅刹のように極悪ですけど!」
「……そこまで言うか」
 常日頃、思っていることは、とあることをきっかけにぽろりと外に出てしまうものである。他意のあるなしに拘わらず。
 と言うか、美鈴が普段、そこまで周りのもの達に虐げられていたのだろうかと思うと、ちょっと悲しくなるエピソードだ。
 まぁ、それはともあれ。
「……でも。
 お嬢様だって、本当にたまにですけど……フランドール様のお世話をお願いね、とか。すごく寂しそうな瞳で言ってくることだってありますし。咲夜さんだって、疲れて帰ってきたら、自分だって疲れているはずなのにお茶を用意してくれたり……。優しいところだってあるんです……」
「……う~ん……」
 何か、それでカバーしてしまっていいのかどうか、ものすごく微妙だったが、とりあえず、慧音はコメントを差し控えた。
「心配なんてしてくれてないかもしれないし、もう、紅魔館に私の居場所なんてないかもしれないけど。けど……」
「大切なものからは、一度、離れてみないとわからないものね」
「……はい」
「そういうものよ。この世界にあるものは。
 事象の顕現というのは、岩のように堅固ながら泡沫のように儚く爆ぜて消えていくものだもの。普段、そばにいればいるほど、それの大切さには気づかない。それどころか、それを当然として、その現状において否定すらしてしまうほどだものね」
「あぅぅ……」
 思いっきり、自分のことを戒められて、美鈴は呻いた。
 横で、「さすがは師匠……」と鈴仙がつぶやいている。話の流れの主導権は、今や、完全に永琳が握っていた。
「あなたにとっての大切な人というものが誰であるのか、これでわかったのではないかしら。反発も軋轢も、時としては対立すらも必要ではあるけれど、本当に近くにいすぎるとわからないものね。なれ合いの関係、上辺だけとは言わないけれど、表面的な意識の交流のみで満足してしまい、深層部における、いわば本音のような存在を認め合うこともない。
 それって悲しいことだけれど、仕方のないことかもしれないわね。人間のみならず、生き物は皆、仲間を作って生きていくものだから。たった一人で生きていくことなど出来はしないし、やろうとしても無駄なこと。口では他人を悪し様に罵ったり、態度では相手のことを嫌っていたとしても。それは、互いを結びつけあう絆だと言うことに、誰もが気づかない」
 はて、それは誰のことなのか。
 慧音が苦笑し、鈴仙が、やれやれ、と肩をすくめる。
「縁の糸は、常に人と人とを結びつけているものなのよ。絆という、言葉で定義できるものでは足りないものであるが故に、それを認識できるものは、とても少なくて……。美鈴さんにとっても、それは同じ事じゃないかしら」
「咲夜さんに逢いたいです……」
「そう」
「うぇ~ん……」
 ぽたぽたと涙をこぼしながら、美鈴。
 そんな、妙に子供っぽい彼女を見ながら、永琳は、
「いいわね、そういうの。誰にでもある、大切なもの。
 それは失って初めて気づくと言われるけれど、そんなことないのよね。少しでも、その『大切さ』を認識できる状況になれば、誰だって気づくことが出来るもの」
 私もそうだった、と視線を鈴仙へ。
 それを受けて、何も言えず、鈴仙が沈黙し、すっと席を立った。「お茶のお代わりを用意してきます」と言い残して。
「ごめんなさいの一言が、どうしても言えないものだもの」
「確かに。素直に頭を下げるのは、何となくかっこ悪い……というか、気恥ずかしいものですからね」
「そうね。でも、そこで勇気を出せるかどうかが、本当の絆を持っているかどうかだと思うわ。
 美鈴さん。あなたはどうかしら?」
「……私……咲夜さんに逢いたいです……。逢って、ごめんなさい、言いたいです……」
「そう」
「お嬢様にも、フランドール様にも、パチュリー様にも……紅魔館のみんなに会いたいですぅ……」
「それは大変ね」
 でも、そううまくはいかないもの、とあえて苦言を呈する。
「あなたの取った行動は、お世辞にもほめられるものじゃないわ。まずはじっくり、時間をおいて考えなさい。その上で、自分がどうしたらいいか、それを考えるといいわ。
 幸いにも、ここは永遠亭。名前の通り、悠久の刻が止まるところ。考える時間はいくらでもあるのだから」
「……くすん……咲夜さん……」
「それにしても、本当に、あなたはみんなが好きなのね」
 まぁ、そうでもなければ、やっていけないか、と。
 色々な意味を持っていそうな言葉をつぶやいて、「じゃあ、部屋に案内するわね」と永琳が立ち上がったのだった。


 夜を過ぎて。
 時刻は、およそ、丑三つ時を数えた頃。永遠亭の扉を叩くものの姿があった。
「はい?」
 それに応対したのは永琳である。珍しく。
 と言うのも、他の兎たちを、わざわざ、彼女は遠ざけていたのだ。その行動にどんな理由があるのかは、
「……夜分遅くに申しわけありません。紅魔館の、十六夜咲夜です」
「はいはい。
 外は寒いでしょう? さあ、お上がりになって」
「いえ」
 彼女は、玄関のところで小さく首を左右に振って、
「……こちらに美鈴はお越しになってないでしょうか?」
「美鈴さん?」
 はい、と。
 昼間、博麗神社で口にしたのと同じセリフを口にして、咲夜はうなずいた。
「どうして?」
「……実は、美鈴が、紅魔館から失踪しまして」
 その辺りの事の顛末は、やはり、博麗神社でしたのと同じ流れで口にして、彼女は言葉を区切った。
「それで、私が」
「そうですか。けれど、こんな冬の空の下、お一人で捜し続けるのは大変でしょう?」
「……いえ。これが私の、精一杯の、美鈴に出来る罪滅ぼしの一つですから」
「罪滅ぼし?」
「……私はやはり、冷たい女なのでしょうね。他人のことを考えることが出来ず、結局、彼女を傷つけてしまった。私にその気はなくとも、あの子が、泣いて紅魔館を飛び出すほどの事をしてしまった。悪気なく悪事を働くというのは、時として、悪意ある悪よりも悪である場合があります」
 今回の私がそれでした、と。
「……だから、少しでも、あの子に私の『本気』を知ってもらいたくて……」
「それで、一人で?」
 はい、とうなずく。
 メイド服一枚。上には何も羽織らず、手も足も外へと露出させたまま。寒さに唇を青くして、元々白かった肌は、今は生気すら抜け落ちたかのように真っ白である。
 心身共に疲れ果てているのか、普段の彼女の覇気は、そこにはない。目は焦燥と疲れに揺れ、その雰囲気から察するに、身体の状況も最悪なのだろう。医者としては、永琳は、ここで彼女を止めておくためにも真実を口にするべきなのだろうが。
 しかし。
「いいえ、知らないわ」
 そう、さも当然のような顔をして、嘘をついた。
「……そうですか。ああ、もう。どこへ行ってしまったのかしら……」
「どこを回ったのですか?」
「とりあえず、あの子が行きそうな所を片っ端から。三日間しか、あの子にも猶予がない。私には、時間を無駄にする暇もないのです」
「そうですか」
「……ご迷惑をおかけしました」
 それでは、と一礼し、踵を返そうとする。
「ねぇ、咲夜さん」
「はい?」
 そんな彼女の後ろ姿に、一言。
「あなたはどうして、美鈴さんを捜したいのかしら?」
「……え? あの、一言、謝っておきたくて……というのでは、ダメでしょうか?」
「それでは足りないわね」
「……それは?」
「あなたが自分の気持ちに嘘をつき続けている限り、探し人は見つからないでしょうね」
 意味深な言葉だった。
 しかし、当の本人にはその意味がよく伝わってなかったのか、咲夜は今度こそ、ぺこりと頭を下げて永遠亭を後にした。
「……全く」
 どうして、若い人たちは、こうなのかしら。
 不必要に自分が老成しすぎたというのか。それとも、まだまだ未熟であるであろう自分よりも、さらに若いもの達は未熟に過ぎないのだろうか。
 考えるのもバカらしくなって、永琳は咲夜を見送り、永遠亭の扉を閉めた。

「あとは……」
 冬の夜空を飛びながら、まだ回ってないところを頭の中に列挙していく。
 ……まさか、ね。
 その視線は、冠雪を迎え、冬の象徴として佇む山々に向く。
 確かに、あの中に入れば、そう簡単に誰かに見つかることはないだろう。しかし、冬の雪山というのは、一歩間違えればあの世への直行便の片道切符が手に入る場所だ。あの美鈴が、何の考えもなしにそんなところに向かってしまうとは考えにくい。第一、これは、美鈴にとっての『家出』であるはずなのだ。
 ……だが。
「……あの子、とても狼狽していたわね」
 あんな状況では、まともな思考すら働かず、もしかしたら、普段なら誰もが『まさか』と笑って否定するようなことをやってのけてしまうかもしれない。
 そう思ってしまうといても立ってもいられず、咲夜は雪山へと向かった。
 ひどく、寒い。
「どこを探したものかしら……」
 山の中腹に舞い降りて、真っ白な雪原を見渡す。
 夜の闇に包まれているおかげで、足下まで闇色だ。その中にあって、たまにぽつりと点る光によって照らされる雪の白とのコントラストが美しい。
 まるで自分のようだな、と自嘲して、彼女は周囲を、もう一度見渡してから、
「とりあえず、洞窟とか……そういうところかしら」
 この寒さをしのげて、人にも見つからない場所と言ったら、そんなところが候補に挙がる。探すのは大変そうね、と笑いながら、彼女は飛び上がろうとする。
 だが、その時、猛烈な風が吹いた。
 山を下りていく強烈な寒風に、身が切り裂かれるような思いがした。それと同時に、紅魔館から持ち出してきた大切なものが、ぽろりと雪原に落ちてしまう。
「ああっ……」
 彼女は慌てて、それを拾い上げる。
 そっと拾い上げたそれの雪をほろい、ほっと一息をついた瞬間である。
「……え?」
 何か、物音がした。
 一体、それが何であるのか。
 それを察するより早く、彼女の視界全てが真っ黒に染まったのだった。
赤提灯の後は、一転してシリアスにすれ違いのお話です。
ごめんよ、みすちー。君の出番はまだしばらく先なんだ。
パチュリーの言いたいことが素直にわかるあなたは素晴らしい!
……いや、自画自賛じゃなくて、言わせてみて自分でも訳がわからなかったもので。
と言うわけで。

次回「美鈴の家出~女はつらいよ恋慕編~」
君は、美鈴の涙を見る――。(声:小○十○太)
haruka
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コメント



0.5130簡易評価
10.30名前が無い程度の能力削除
霊夢が中国やさっきゅんに二人称さん付けしてたり、
みょんに霊夢に対して礼儀正しかったり、よそよそしい感じが気になった。
逆に中国と面識ほとんどないはずの妹紅や永遠亭の面々なんかとのほうが逆に親しげに感じちゃうくらいに。
ちょっともったいない。

15.40削除
気になった点>――それから、数刻ほど。
確か1刻=2時間だった気がするんですが。
半刻(=1時間)程度じゃないかなーと思う。流石に飯作ってもらってて2時間は入らないでしょうし。
本当にもったいない。
48.40名前が無い程度の能力削除
刻に関してですが、少なくとも東方永夜抄では1刻=30分じゃなかったでしたっけ。

もうちょっと敬語を勉強した方が良いかと思います。咲夜の言葉遣いがおかしい部分がちらほらありました。
49.無評価haruka削除
皆さん、ご指摘ありがとうございます。
あと、指摘に対して意見を述べるのは失礼かと思われますが「刻」について。

>鱸さん
一般に「刻は」確かに、2時間単位です。ですが、その中でも1時間単位の「上刻」「下刻」があり、さらにその2時間の刻の中にも、時間そのものを4つに区切った「○つ刻」というものもありまして、この全てを統合して「刻」と称します。
ですので、今回の場合については、「○つ刻」の方の刻とご理解頂ければ幸いです。ご指摘については、こちらの知識と表現の至らない部分もございましたので、感謝致します。
83.100時空や空間を翔る程度の能力削除
絆・・・・・・
時が作り出した大切な心・・・・・
86.100名前が無い程度の能力削除
パチェのご高説は中々。
あったかい世界ですね。
永琳は大人だ。
105.80名前が無い程度の能力削除
つまんねー

の反対w
108.100名前が無い程度の能力削除
パチュリーの話は全て飛ばしたwww
123.90ルカ削除
>「……美鈴さんって水生動物だっけ?」
ここで吹きました(笑)