Coolier - 新生・東方創想話

第10話 大乱闘 死神編

2020/04/09 21:59:01
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(執務室。四季映姫)

 コツコツコツ。
 時計の針が無機質に響く。いや、針の音はいつも通りか。もういくら飲んだだろう。普段は飲まないウイスキーを呷るように飲んだ。気持ち悪いが、飲まなければストレスで吐きそうだ。だから変わらない。

 コツコツコツ。
 執務室は静かだ。もう深夜。誰もいない。私も帰るべきだが。もうこの部屋も最後かと思うと帰りたくなかった。だからウイスキーだ。

 コツコツコツ。
 恨み言を言いたくないわけではない。そもそも私が悪いわけでもない。しかし、誰も悪くないのだ。だから誰も責められない。私が地獄に落とした罪人の中にもそういう人もいたのだろうか。

 コツコツコツ、ガチャ。
 遠くでドアの開くこと。こんな時間に……いや、足音で分かる。小町だろう。どうして私が紅魔館から勝手に帰ったのか聞きに来たのだろう。たぶん、さとりに急な仕事を押し付けられたとか、そういうのを想像してるはずだ。でも……

 コツコツコツ、ガチャ。
「失礼します、四季様……うわ、酒臭ッ」
 小町の大声が頭に響く。小町か。
「し、四季様!?どうしたんですか!?何があったんですか!?」
 そりゃそうだろう。上司がこんな風に酔いつぶれたらそうもなるはずだ。
「小町……今は言えません。」
 私はそういうのが精いっぱいだった。
「四季様……泣いてるんですか?」
「泣き終わりましたよ。」
 私は懐から封筒を出す。本当は今夜、小町のポストにこっそり入れるつもりだったが。むしろ都合がいい。
「いいですか。まだ開けないでください。そして家に帰りなさい。そして明日必ず出勤しなさい。そしたらあることが起きます。ええ、ええ、貴女にもすぐに分かるはずです。その時に開けなさい。」
 小町は聞き返さない。これが重要なことだということは分かったようだ。
「四季様のご判断がそうなら、そうします。」
 ぺこっと頭を下げる小町。この子、サボり癖はあるが、意外に空気は読める。
「明日の朝ですね。そのタイミングが来たら開けます。約束します。」
「小町、ありがとう。」
 小町、なおも何か言いたそうな顔をしたが、それを飲み込み、部屋を後にした。
「さて、私ももう休みますか。」



(小野塚小町。是非曲直庁)

 流石のアタイでもこれが異常事態だとすぐに分かった。封筒をもらった翌朝。アタイは敢えていつも通り出勤した。珍しく朝早くに起きてしまったんだけど。でも四季様が言った封筒を開けるタイミング。それはいつものアタイの出勤時間を踏まえての命令だったと思う。だからこそ、いつも通りに出勤した。
 でも、その判断は間違いだった。
「アンタら、誰だい?」
 アタイは門の前にいる死神2人に問いかけた。アタイと違って高そうなスーツを着てる男の死神。服装だけで何となくは分かったけど。
「我々は本庁の死神だ。貴様、小野塚小町だな?」
「そうさ。だから通しなよ。」
「端的に言おう。四季映姫ヤマザナドゥは本日付けで解任となった。」
「はぁ!?」
 アタイは驚いた”ふり”をした。何となく予想はついていた。けど、封筒のこともある。コイツラに尻尾をつかませちゃいけない。
「ちょっと、どういうことだい?理由を説明しなよ!」
「貴様には関係ない。ところで両津勘吉という男はどこだ?」
「ん?さぁ、知らないね。むしろ四季様の方が先だろう?」
 アタイは違和感を覚えた。会話が不自然だ。どうやら両さんを探してるらしい。
「待て、どこに行く!?」
 背中を向けたアタイに奴らの怒号が飛ぶ。
「どこって。アンタらが通してくれないからだろ。アタイに入って欲しいのかい、それとも出て行って欲しいのかい?」
「いや、それは……うむ。ああ、」
 途端にまごまごする男死神たち。本庁のエリートのくせして言われたこと以外できないんかい。
「とにかく、アタイは四季様に事情を聞いてくる。アンタらと話しても埒が明かないからね。」
「ああ、それは……うむ、とっとと出ていけ。」
 奴らの表情から分かった。おそらく四季様は家にもいない。が、それでいい。アタイは封筒を開けるのが先決だ。とりあえず、この場を離れた。




(両津、自宅前)

(アイツら、まだいるのか。)
 ワシは自宅前の草藪に潜んでいた。自宅には数人の鎌を持った見たことがない死神。ワシの動物的な勘が、今は様子を伺えと忠告していた。
 正直ラッキーだった。紅魔館のパーティー後。爆発で吹っ飛ばされた先が魔法の森のミスティアの屋台の前。やってられなかったので居酒屋で一杯ひっかけて行った。しかしそこで偶然(実はつけていた)出くわしたのがアリス。結局夜通し飲んでしまい、朝になって慌てて自宅に向かったらこの事態だった。もし家に帰っていれば寝込みを襲われたかもしれない。
(ワシを探してるのは間違いないようだが。くそ、こんな時に限って萃香がいない。)
 今日は胸ポケットに萃香がいなかった。紅魔館のパーティーのちょっと前からずっといなかった。
(ん?)
 自宅前の死神たちが話し始めた。ワシは持ち前の地獄耳で会話を聞く。
「ダメだな。先手を打たれたんだろう。もう戻ってこない。」
「てことは、隠れたのではなく逃げられた?」
「ということになる。早く確保しないとまずいことになるぞ。」
「伊吹萃香も見つかってないよな?」
「ああ……あっちはほっとけ。我々で手出しできる状態じゃない。両津さえ確保できればいいんだ。」
「伊吹萃香が両津と共にいたらどうする?」
「……最悪の事態だな。とりあえず本部に戻れって連絡があった。よく分からないんだが、鯉が問題だって。」
「鯉?」
「よく分からん。行けば分かるんだろう。」
 そういって、死神たちは去っていった。
「今がチャンスだな。」
 ワシは窓から自宅に侵入する。相変わらず汚い部屋だが、今はどうでもいい。必要なものだけをまとめる。
「萃香、どこにいやがる?」
 とりあえず萃香が事情を知ってそうだ。だが、萃香がどこにいるのかが分からない。死神たちがいう『手出しできる状態にない』というのも気になった。とはいえ、どこに向かうか。警察をしていたワシの経験上、自宅で押さえられなかった場合の奴ら次の手口は容易に想像できた。
「まずはアイツのところだ。」
 



(地底火山の火口付近。水橋パルシィ)

 飛び散る血飛沫がまた顔に飛んだ。正直、目の前のおぞましい光景から目を逸らしたかった。でもアタシにはその資格はない。だって、私がやったことだ。こうなることが分かってて。
「オラっ!オラッ!ふぅふぅ、オラッ!!」
 勇儀の最後のパンチで歯が飛び散った。アタシの親友、星熊勇儀はコンクリート詰めのドラム缶に埋められ、首だけを露出させている女にずっとパンチを食らわしていた。
「おい、いい加減吐けっつってんだ……よ!」
 勇儀の右フックで再びドラム缶が倒れる。埋まっている女は既に意識はないだろう。私はその女に冷水をかけて無理矢理覚醒させる。
「ぐっ……かはっ……ごほっ。ゆ、勇儀。」
「よう、萃香。寝てんじゃねーよ。」
 そう、制裁されていたのは伊吹萃香。鬼だ。私たちは仲間”だった”。いや、仲間じゃないか。あまりに時を経て諦めの感情から仲間だと思い込んだだけだ。本来は敵同士だ。
 勇儀がドラム缶を引っ張って無理矢理起こす。
「そろそろ吐けよ。両津はどこにいるんだ?」
「へ……何が正々堂々だよ、所詮、ぐはッ!」
 最後まで言わせてもらえなかった。勇儀の右ストレートが飛んできたからだ。鬼が鬼に拷問。これほどの地獄はない。私は勇儀を止めに入った。見るに見かねたからじゃない。
「勇儀。誰か来るよ。」
「ち……」
 勇儀はドラム缶を担ぎ上げ、岩陰に隠れる。遠くの方に数匹の鬼がいた。もちろん萃香を探している。ここだけじゃない。今、旧地獄の鬼の全てが本性を取り戻していた。古明地さとりは早々に非常事態宣言をし、全ての鬼の地霊殿退去を命じた。要するに、我関知せずだ。最終的には鬼同士で殺しあいになる。他の妖怪を巻き込まれないようにするためだろう。
 しばらくして、鬼たちは消えた。拷問の再開だ。
「勇儀……パルシィ……」
「あん?」
 萃香が問う。
「逆に聞くけどさ。アンタらが先に両津を見つけてたら……アンタらは私にちゃんと教えたかい?」
「講釈してんじゃねーよ!」
 勇儀、ドラム缶を投げる!とんでもない重量のドラム缶は萃香の頭から落下。あれは首の骨が折れただろう。鬼だから死なないだろうが、復活にはしばらく時間がかかる。
「勇儀!何やってんのよ!余計な時間使わないでよ!」
「っるっせーよ。」
 勇儀はどかっと腰を下ろす。
「とにかくよ、伊吹だけ抜け駆けはさせねー。星熊だって水橋だって権利はあるんだからよ。」
「……さっき、歯が飛んできたわよ。」
「萃香が手加減して吐くような奴か。こっちだって命がけなんだよ。」
「……」
 アタシは黙って顔を洗う。ちょっと前に旧地獄全域にもたらされた情報。本来なら吉報なのに、結果的に旧地獄は地獄絵図だ。これがアタシらの本性か。少なくとも友人をドラム缶詰めして、歯が折れるまで殴って、首も折った。確実に地獄行きだろうけど。でも萃香の墓くらいはちゃんと作ってやろう。さっきの歯もちゃんと墓にいれてやろう。
「あれ?」
「ん?どうした?」
 アタシの声に勇儀が反応する。
「ええと、さっきの歯、どこにいったのかしら。」
「知るか。」
 勇儀はどかっと横になった。




(三途の川、中流。小野塚小町)

 アタイは周囲を注意深く確認してから封筒を開けた。ここは三途の川。死神以外は渡ることはできないし。そして両さんが昔に放った化け物鯉のおかげで、並みの死神も渡ることはできない。アタイの舟は特別製だ。さっき、アタイをつけてきた死神たちが舟ごと沈没していた。今頃、鯉の餌食だろう。え?何で助けなかったのかって?いやいや、屈強な男二人がかりでも無理な相手、か弱い女のアタイがどうすることもできないでしょう?
 アタイは封筒を開ける。中には手紙と別の封筒。その封筒には”まだ開けるな”と書かれていた。
『小町。この手紙を読んでいる頃には私は是非局庁にいないでしょう。知っての通り、私は失職しました。しかし失職したので裁判長としての責務はありません。だから、1人の友人である小野塚小町にちょっとした助言を送ることは問題にならないでしょう。
 
 今回の事態の全てを伝えるのはまだ早すぎると判断します。両津のことは放っておいて構いません。彼はそれ以上の修羅場を潜り抜けてきた猛者です。むしろ、貴女の方こそ助けなければなりません。まずは稗田阿求のところに向かいなさい。そして鬼の妊婦ことを教えてくれと。阿求に教えてもらってから次の封筒を開けなさい。』

「鬼の妊婦?何だそりゃ。」
 鬼って言ってもどの鬼とも書いてない。しかも子供じゃなくて妊婦の方を聞けっていうのも変な話だ。
「ん?あれ?でも……」
 伊吹萃香、星熊勇儀、水橋パルシィ。女の鬼は少ないからだいたいの奴は知ってけど、誰も妊娠していない。というか、奴らから恋バナ自体聞いたことがない。
「でも、それとこれがどう関係するのかねぇ?」
 一番考えられるのが、両津と萃香の間で”できちゃった”て話だ。だけど、
「鬼の妊婦。どういう意味だ?」
 何よりもあの映姫様が最後の手紙でふざけるなんてことは考えられない。それに阿求のことをあの死神たちがチェックしてるとは思わない。
「行くか……」
 アタイは距離を縮めた。




(アリス・マーガトロイトの家。両津勘吉)

「私のところに来るなんて意外ね。でも女性宅に殿方一人で押し掛けるなんて大胆ね。」
 アリスのからかうような指摘に、ワシは紅茶をすすりつつ答えた。
「だから来たんだよ。魔理沙の家は?」
「ええ、暗い魔法の森で、鎌を持った死神に囲まれる。いやん、魔理沙ちゃん怖ーい、出られなーい…………シャンハーイ。」
「気まずくなったからって、後付けで付けるな。」
 クッキーを山盛り一掴みし、バリボリ貪る。
「警官時代の教訓が生きた。逃亡犯もずっと野宿じゃ消耗する。だからどんな奴も最終的に知り合いや親戚の家に押し掛けるんだ。警察はそこを張り込んで捕まえる。」
「あらあら、私のような美人はターゲットじゃなかったわけ?」
「いや……いずれターゲットに入る。だが、最初のターゲットにならない。ワシがアイツらなら大本命は魔理沙。次点で人里の自警団。三番目に紅魔館のパチュリーのところだ。いずれもワシが押し掛けたら断らない連中だ。」
「ふぅーん。でも私が断ってたらどうするつもりだったわけ。私、女一人よ。普通は男の人を家に入れない。そう思わなかった。」
 問いかけるような流し目にワシもドキッとする。要所要所で美人っぷりを発揮するのがアリスだ。
「二回も戦った仲だ。断らないだろうし。あと、お前自身を評価した。」
「私?」
「長いものに巻かれるのが嫌いだろ?ああいう奴らに追いかけまわされてるワシを突き出すことはない。そう思ってた。」
「ふふふふふ、30点。」
 アリスが立ち上がる。
「そうね。今のところ一つだけいいこと教えてあげる。私は”両津さんが追いかけられることを知っていた”わ。ちょうど一週間前くらいかしらね。」
「何?」
「最近、萃香ちゃんに会った?」
「萃香を知っているのか!?」
 ワシは思わず立ち上がる。正に萃香の消息を探って欲しいと頼むつもりだったからだ。
「私、時々地底に行くのよ。妬み好きの妖怪が藁人形を高い値段で買ってくれるから。」
 アリスが人形を操る。アリス型の人形が玩具の橋の上に飛び乗った。
「でもいつものお得意さんがいないわけ。こんなこと一度もなかった。そして、町全体がソワソワしてたのよ。だから調べたのよ。」
 今度は鬼の人形が出てくる。
「全ての下級鬼に指令が出てたわ。星熊勇儀より萃香を探せって。」
「星熊勇儀……地底にいる鬼だな。会ったことはあるが……あいつ、萃香の親友だろ?」
「親友……そうね。友情のようなものはあったでしょうね。そうね、ここから始めましょうか。」
 アリス人形を一旦しまう。そしてテーブルの上にクッキーを置いた。テーブルの端っこからわらわらと兵士の格好をした人形が出てくる。
「むかしむかし、クッキーの大好きなお人形さんたちがいました。クッキーはたくさんあったので、皆で仲良く食べてました。しかし、だんだんとクッキーが少なくなっていきました。」
 テーブルの上のクッキーがなくなっていく。たった1枚だけ残して。
「これは私のクッキーだ。いえ、アタシのよ。人形たちは争い始めました。時には殺し合いになりました。しかし、そうこうしてるうちにクッキーがゼロ枚になりました。」
 人形たちががっくり肩を落とす。クッキーがなくなったのだ。
「殺し合いはやめよう。人形たちは誰とはなしにそう言い始めました。皆さんは頑張って別の趣味を見つけようとしました。ある時は別のお店に行ってみる。美味しいクッキーはありません。ある時は山で天狗たちを脅してクッキーを作らせてみる。でもロクなクッキーを作れません。」
「おいおい、それって……」
 聞いたことがある。この兵士人形たちが演じてるのは、正に萃香たち鬼の人生だ。
「結局クッキーはもうない。そう悟った鬼は生きる意味を見失いました。1人は地底に引きこもりました。1人は幻想郷を去りました。1人は鬼を辞めて仙人として生きていく道を選びました。1人は木枯らしのように気ままに諸国を巡り歩きました。」
「鬼の四天王か……。」
 ワシもいつの間にか人形劇を見入っていた。
「そんな中。ひょっこりクッキーが飛び込んできました。それはたった1枚。それに気づいたのは1人だけ。だからその子は独り占めしようとしました。けれど……」
 残りの3つの人形が銃を構える。その人形は撃たれて倒れた。
「す……萃香は死んだのか!?」
 ワシは驚愕して叫ぶ。アリスは首を振る。
「分からないわ。情勢は複雑よ。」
「で、そのクッキーとワシが何の関係があるんだ。何で死神たちはワシを追っているんだ?」
「私もそれを調べてるの。」
 アリスが本を取り出す。
「私は幻想郷についてそんなに詳しくないわ。けれどね。気をつけなさい。敵は死神だけじゃない。」
「くそッ。ワシ自身、原因も分からんのに敵ばっかり増えてきやがる。」
 両津、クッキーをまた貪る。正直、腹が減っていた。
「ふふふ。じゃあお姉さん、大サービスしてあげる。」
 アリスが手紙を書き始めた。
「ここに行って、これを見せなさい。そしたらその子、少しは手助けしてくれるはずよ。もうここも危ないわ。魔理沙の家の死神たちが移動し始めた。」
「!?……そうか、世話になったな。」
 ワシはすぐに身支度する。
「アリス、ありがとう。」
「それは生きて帰った時に言いなさい。」
 ワシは家を出た。




(地底。チビ萃香)

(上手く出し抜けたな。痛いな、畜生。)
 分裂した小っちゃい私は地底を飛ぶ。本当にギリギリだった。4日前を思い出す。
 ある日、居酒屋で酔いつぶれて寝てしまった。今にして思えば薬を仕込まれたんだと思う。目が覚めたらドラム缶にコンクリート詰め。そして目の前には星熊勇儀と水橋パルシィ。この時点で要件は検討がついた。
 完全に警戒されてて分裂して逃げることができなかった。身体はコンクリートで固められ、そして皮膚の表面にはワックスが付けられていた。それから長きにわたる拷問。
(しかし私の勝ち。歯一本でも私だ。)
 歯一本からでもチビ萃香になれる。もちろん、本体はあっちだが。でも全滅ではない。とりあえず両津も探したいが、まずは情報を整理したい。
(勇儀たちは何かを誤解していた。)
 それが何かは分からない。けど、私は特に両さんを隠したりしていない。だから私に拷問を加えずとも、勇儀たちが直接両さんに会いに行けば済む話。更に気になるのは。
(両さんに持たせたミニ私の反応がない……たぶん、殺されてる。)
 事は単純じゃなさそうだ。どこの誰が何を狙っている?

 が……

「う……」
 視界が突然紫に染まる。紫の闇の中にはいくつもの目。これは……スキマだ。
「紫。」
「やってくれたわね、萃香。あのまま死んでくれたら良かったわ。」
 私は無謀だと分かりつつも構える。小っちゃい私で紫に適うわけがない。
「アンタの差し金?」
「いいえ。それは正直に言うわ、いいえ。けれど、誰かなんて問題ではない。私としたことが迂闊だった。四季映姫がしょっ引かれるまで、こんな重要なことを見落としていたなんて。」
 紫がスキマに消えていく。
「貴女はここに幽閉します。事態は私のコントロールを超えたわ。もう貴女を殺して済む問題ではなくなった。幻想郷は行くところまで行くわ。」
 紫は完全に消える。
「弱ったな。こりゃ出られない。」
 このまま待っても紫にいいように使われるだろう。とにかく、本体がもっと多くの分身をだしてくれることを祈るのみだ。





(稗田の家。小野塚小町)

 アタイの訪問に阿求は意外そうな顔をした。四季様からは何も聞いてなかったらしい。
 アタイは説明が終わった後、本題について尋ねた。
「阿求さん、『鬼の妊婦』って心当たりありますか?」
「え、何ですって?」
「四季様が『鬼の妊婦』について聞けと……。」
 阿求は首を傾げる。
「困りましたね、どういう意味なのか分かりません。」
「阿求さんでも分からないんですか!?」
 これで手掛かりナシ!どうすんの、これ!?
「ええ、存在しないものを調べろ、という意味なのでしょうか?」
「え、存在しない?鬼は妊娠しないの?」
「ええ。」
 阿求さんは本を取り出す。
「鬼は基本的に人間からできるんです。まずは生きた人間からできるケース。これは怒り、妬み、怨嗟などなど。そう言った負の感情を強く持った人間が変質して鬼となります。」
 これはアタイも知っている。
「次に死者からできるケース。主に餓鬼ですね。冥府の判決で畜生道に落とされた人間が餓鬼としての生活を余儀なくされます。」
 これも知っている。餓鬼というのは最下層の鬼だ。死ぬまで糞尿しか口にできず、常に空腹に苦しめられる。そういう罰。
「最後にこれはイレギュラーですが。男の鬼が人間の女に子供を産ませるケース。子供は純粋な鬼ではなく、鬼子と分類されます。混血ですね。」
「え、でも鬼の女が人間の男の子供を孕むケースだってあるだろう?」
 阿求は首を振る。
「鬼の男女は我々とは違います。基本的に鬼は男なのですが。極稀に女の鬼も出てきます。女の鬼は全て上級の鬼。かつては特殊な役目を負っていました。」
「特殊な役目?」
「鬼の女も子供を産みますが、それには悪、それも突き抜けた悪が必要です。」
「悪?」
「ええ。人間の範疇から外れた人間に鬼の女は接近する。そしてその悪意を胎に宿して子供を作るのです。その子供は皆強力な鬼。そうですね。ちょうど女王蜂をイメージしてください。1人の雌から何体もの強力な鬼が生まれるんです。」
「……そんな話、聞いたことない。」
「ええ、小町さんが生まれる前ですから。」
 阿求は続ける。
「かつてはそういう悪の素質を持つ人間がいた。だからこそ鬼は一大勢力を築いた。しかし、そういう人間がいなくなると、鬼は鬼自身で子供を作れません。だから数も力も減ってしまった。もちろん鬼の方も何とかしようとしました。例えば妖怪の山の支配。圧政・悪政を敷くことで、天狗に悪のカリスマを作らせようとしたんです。しかし天狗は人間とは違った。河童もですが。程なく鬼の四天王たちは実験の失敗に気づきましたが、その時には既に人間の悪は小物ばかり。とても繁殖ができる世じゃなくなりました。」
 アタイはちょっと考える。突き抜けた悪。時代の傑物。破天荒。どう考えても両さんじゃないか。
「阿求さん、ありがとう。たぶん四季様がアタイに教えたかったことはそれだわ。」
 アタイは2つ目の封筒を開けた。







(地底火山。水橋パルシィ。)

 厄介なことになった。いつかは見つかることは分かってたんだけど。でも、このタイミングとは。
「いいから萃香を出しなさい。」
「はん!知らないね!」
 あの勇儀に命令口調で話しかけるピンク髪の女。茨木華扇、鬼の四天王の一人だ。萃香は猿轡噛ませて岩陰に隠してある。萃香本人としても華扇に見つかって都合がよいわけでもない。華扇に拷問を加えられるだけだ。見つからずに、華扇が勇儀を殺し、そして自分が見つからない。それが一番都合がいいはず。だから自分から見つかりに行く真似はしないだろう。
「そんなにだったら、力づくで聞いてみたらどうだ?昔のようにな、華扇!」
 勇儀もヒートアップしていた。そりゃそうだろう。最終的には”自分以外の鬼の四天王は全員殺す”、それが勇儀にとって最も安全だ。
 そんな勇儀の問いかけに対し、華扇は両手を上げる。降参かと思いきや、
「うぎゃああああ!!」
「勇儀!?」
 アタシは思わず声を上げる。顔を覆った勇儀。しかし右目からはかんざしが生えていた。四天王の中でも温厚派で知られる華扇のいきなりの不意打ちにアタシも動揺が隠せなかった。
 しかし、アタシが心配している余裕はなかった。更に追い打ちをかけようとする華扇だったが、アタシごと吹っ飛ばされた。
「ぐぇ!」
 岩肌に強かに叩きつけられて思わず声を上げる。さっきのは勇儀の十八番、三歩必殺のゼロ歩版だろう。勇儀を中心に放たれた衝撃波はそれでも並みの人間なら気絶するほどの威力を持つ。
 が、もちろん鬼の四天王は並みじゃない。
「そうね、貴女にはここで退場してもらうことにしましょう。」
 空から華扇の声。いつの間にか大鷲に捕まって空を飛んでいた。今の一瞬受け身をとってた
らしい。
「勇儀。私はね。貴女とやってきて悪くはなかったわ。こうなった今でもね。」
「御託はいい。来いッ!!」
 両者の攻撃ののろしが上がった。







(岩陰。伊吹萃香)

「ようやく作れた。」
 都合3体の分身の出来に満足する。
 パルシィに塗られたワセリンは岩でゴシゴシ皮膚ごと落とした。皮膚さえ露出すれば分身は作れるし、何よりも
「本体が抜け出せる。」
 そう、私は3体のミニ萃香を作った。が、違うのはそのうちの一体が本体だということ。未だにコンクリートに埋まってるのは分身体になる。勇儀もパルシィも私の能力をそこまで詳しくは知らなかったようだ。
 とはいえ、無茶はできない。勇儀から受けたダメージは甚大だ。戦って勝ち目はない。しばらくは身体を休めないといけない。しかし、気がかりなのは、歯として分身させたミニ私と連絡が取れない。死んでないのに連絡が取れないということは、
「紫の可能性が高いな。」
 私は3手に分かれた。とりあえず全員地上を目指す。紫のスキマには最大限警戒をしよう。





(森。両津勘吉)

 森のちょっと開けた場所。ワシが待っていると、1人の少女がやってきた。
「両津勘吉ね。」
「おう。あんたが……えーと、なんて読むんだ?」
「赤蛮奇(せきばんき)よ。草の根ネットワークの一員。来なよ、アリスさんからの依頼だ。無下にはしない。」
「お、おう。え、手紙はいいのか?」
 絡みづらい子だな。しかし、ワシにもあてがない。そもそもアリスは何を依頼したんだ?
「アンタは今、どれくらい情報をつかんでる。」
「ワシにはさっぱりだ。とにかく萃香を探したい。それからだ。」
「残念だけど、今は出歩くのは得策じゃないね。幻想郷の大物たちが動いている。皆、アンタを確保しようとしてる。」
「誰だ?」
「まずは八坂神奈子ら妖怪の山勢力。既に死神たちとトラブルを起こしたらしい。アンタを守るつもりなのか、確保するつもりなのかは不明。」
「……ワシは知り合いにまで命を狙わねばならんのか。」
「次に紅魔館のレミリア・スカーレットとパチュリー・ノーレッジが激しく戦闘したことが確認されている。勝者は不明。おそらくはアンタへの対応で意見が違ったんだろうね。」
「つまり、レミリアは敵と考えた方がいいな。そっちは何故このことが……あ、いや、そうか。たぶん死神が来たんだろうな。ワシが紅魔館に隠れていると考えて。」
「人里では死神が追い出されたわ。でも死神も仲間を連れて再度やってきて一触即発。自警団が両津支援を表明したらしくてね。残念だったね、アンタ。もし最初から人里にいれば一番安全なところで保護されてたのに。」
「……あいつら。」
 ワシのために命をかけてくれる奴もいる。そう考えると目頭が熱くなった。
「何呑気なこと考えてるの。死神側も本気だよ。人里は完全封鎖。今は小競り合いだけど、血を見るまで止めないだろうね。」
「死神か……そういえば、小町はどうした?」
「分からない。そこまで手が回らない。そもそもうちらですら原因が分かんないんだから。」
 と言っている間に山小屋についた。
「しばらくここに泊まりな。ここは友達の家だけど。そいつにはしばらくウチに来てもらうように言った。さて、ここまでやったんだから見返りも当然要求するよ。」
「み、見返り?ワシ、金ないぞ?」
「はぁ……そういうことじゃない。うちらの目的は地位向上だ。ま、今は口約束程度に思ってくれればいい。約束しようにも、事態が大きくなりすぎてる。そして、今ヤバイ事態になった。」
「ヤバイ?これ以上?なんだ?」
 赤蛮奇が首だけ両津の方向を向く。
「人里周辺に展開していた死神が攻撃を受けた。霧雨魔理沙だ。もう血を見るぞ。」





(人里の外。霧雨魔理沙)

 飛び交う鎌を交わしながら、八卦炉の一撃を確実に当てていく!既に5人くらいの死神が地面に伸びている。
「止まれ!貴様、誰に手を出してるか分かってるのか!?我々は閻魔大王直属、緊急対……」
「知らん、長いッ!」
 うんちくを垂れ流す馬鹿に肘うちを食らわせる。肘うちって言っても私は高速飛行中。そいつは一撃でやっぱり伸びた。
 人里から歓声が飛ぶ。久しぶりに応援されて戦うのも気持ちいもんだ。
 死神たちのうち、一人が通信機を持って何か叫ぶ。
「本部、本部!もう抑えられません。反撃の許可を!」
(ならん!これ以上敵を増やすな。)
「もう敵だらけですって!」
 どうやら現場と会議室でもめてるらしい。実際、現場の方が当たってた。私の戦いを皮切りに人里から妹紅や白蓮、神子なんかが出てきて戦闘を始めてる。最も、コイツラは不死ということで普段から死神に目をつけられてる奴らだ。私怨も多分にあるだろう。
 死神の方もだんだん本部を無視して反撃してくるようになったけど、単発的だし、数が違う。大妖怪だけでなく、人里の自警団も弓矢を取り出して攻撃するようになった。そういう奴らがほうほうの体で撤退するのも、当たり前だった。
 だけど私の仕事はここからだ。地面で伸びてる死神をビンタで叩き起こした。さっき肘鉄を食らわした奴だ。
「ほら!何で両さんを探してるんだい。アンタ、言いな。」
「ふん!貴様。我らは閻魔大王直属……うぎゃあああああああ!」
 そいつは目を押さえてのたうち回った。私が、新鮮なワサビを塗り付けてやったからだ。
 程なく、妹紅や自警団の連中も集まってきた。自警団の男たちが死神を羽交い絞めにする。
「魔理沙、よくやった。後は俺らに任せな。こういう奴を吐かせるのはプロだからな。」
「頼むわ。」
 私は自警団に役目を譲ってやる。女の私に対しての強気な態度はどこにやら。屈強な男に囲まれて、死神のそいつはドーベルマンの前のチワワみたいに震えあがってた。
「両津の旦那はよぉ、俺らにとっちゃ兄貴みたいな方なんだ。旦那を追いかけまわしてどうしようってんだい、ええ?」
「き、貴様らは何も知らないからいうんだ。」
「だから訳を聞いてるんだよ。どうしたいんだい?」
 死神、そっぽを向く。どうやら黙秘を貫くつもりのようだ。男は大げさに肩を落とす。
「おいおい、やっぱりそうだよな。種族も違うもん。やっぱり”友情”を育んでからじゃなきゃ話してもらえないよな。」
 そう言いながら何故か下半身を脱ぎ始める男。私も動揺したが、死神の方がもっとだ。
「おい!何で脱ぐんだ?」
「あれだぜ。男女だってこれで仲良くなるんだ。男同士でもやれるさ。」
 その宣言と共に死神が暴れ始めるが、周りの自警団は更に締め付ける。
「止めろ!貴様!絶対に地獄行だぞ!」
「俺は天国に連れて行ってやるから安心しろって。」
 死神は顔面蒼白を通り越して土気色になる。
「止めてくれーーーーーッ!!」


「えーと、つまり萃香が両津の旦那の子供を作ったから問題ってこと?」
 30分後。死神の説明に一同聞き入る。なお、死神の穴への挿入は未遂で終わった。死神が脱糞したからだ。下半身は臭くてかなわないので、脱いで茂みの奥に捨てた。説明する死神はすっぽんぽんだ。ちなみに入れようとした自警団の男も未だにすっぽんぽん。そっちはいい加減履いて欲しい。
「いいじゃねえか、ガキくらい。何が問題なんだよ。」
「貴様らは知らんのだ。鬼の生態を。鬼の子供は恐怖の結晶。その時代の最強の男の悪意と記憶をよりどころにし、ソイツのトラウマを具現化する。」
「つまり、さとりのスペカの更にすごいやつか。」
 私は腕を組む。さとりのスペカのトラウマ想起。あれはあくまで幻覚だ。それを具現化するとなると厄介。
「貴様らも知ってるだろう。鬼の四天王。奴らもそうやって生まれた。伊吹萃香は蝗害。作物を食い荒らし、何も残さない蝗害の恐怖が結晶化したんだ。」
「萃香の能力は粗密を操る程度だけど……元はトノサマバッタだったのか。」
「星熊勇儀は天災。天変地異だ。ああいう奴らが暴れる世がまた再現されるんだ。多くの人間が死ぬ。だから両津一人を殺すことが一番被害が少ないんだ。」
 思わぬ死神の説明にちょっと面食らう私たち。当然だ。私らが生まれたころには、鬼の四天王なんて只の飲んだくれだ。戦えば強いけど、積極的に暴れるところは想像つかない。死神の説明は更に続いた。
「お前たちは知らないだろうがよ。もう地底の旧地獄は秩序が崩壊しているんだ。鬼の四天王たちは自分たちの子供を諦めてた。そんな中に両津勘吉。でも人間と違って、一人の男から産める鬼の数にも制限があるんだ。だから星熊勇儀は配下の鬼に命令を出して伊吹萃香を捕らえるか殺すように通達した。」
「勇儀って、アイツが?」
 これは流石にみんなどよめいた。地底の異変以来、ちょくちょく地上にも飲みに来ている奴だが。曲がったことが大嫌いで、そういう系のトラブルとは無縁の奴だ。
「ああ。鬼は覇権争い。他の女鬼を殺して自分だけにすれば、その制限分は全部自分の子供になる。伊吹萃香は行方不明。そしてさっき連絡が入ったところでは茨城華扇と星熊勇儀が接触したらしい。旧地獄の街を半壊させるほどの激闘。勝ったのはどっちか分からんが、茨木華扇の飛び去る姿が確認されたらしい。お前たち、分かるか。俺らはお前らの命を守ろうとしてたんだぞ。鬼が地上で喧嘩してお前ら止められるのか?何人死ぬと思ってる?」
 全員、黙る。死神は気をよくしたのか立ち上がって演説を続けた。
「もう要件分かっただろ!早く両津を差し出せ!手遅れにな……ふがっ!?」
 その死神は再び伸びだ。私の箒の柄の一撃を受けたからだ。
「悪い。何かムシャクシャしたからやった。反省はしないぜ。」
「よくやった。」
 自警団の奴らからポンポン叩かれる。
「おい、手伝ってくれ。こいつ、自警団の詰め所まで運ぶぞ。あ、ズボンはいい。下半身は我慢してもらおう。」




(博麗神社に向かう道。小野塚小町)

 さっきの魔理沙たちの戦闘の合間にアタイは人里を脱出して博麗神社に向かった。2枚目の封筒の中には手紙と、更に3枚目の封筒が入っていた。手紙によると、鬼は妊娠と産卵の中間のような産み方をするらしい。身体の中ではなく、亜空間上に父親側の概念を取り込んだ卵を産む。といってもそれだけでは産まれない。定期的に父側に悪事をそそのかして、その時の悪意を卵に吸収させる。それを繰り返して、十分なエネルギーになったら孵化するとのことだ。その卵におそらく最初に気づいたのは古明地さとりらしい。理屈は分からないが、トラウマを使うさとりには、その亜空間が見えるのかもしれない。だけど、それだけでは説明できないことも多い。さとりがそういうことを安易に広めることは考えにくい。となると、星熊勇儀はどうしてその存在を知ったのか。鬼だけが感知できる何かがあるのかも知れないが。
「本当にいるのか、助っ人。」
 最後にこう書いてあった。

『閻魔を辞めた私は、外の世界に助っ人を呼びに行きます。貴方が阿求のところで事情を聞いてからここに来るのはお昼過ぎでしょうか?その時間に博麗神社で落ち合いましょう。』

「やばいよ、もう15時過ぎてるよ。」
 トラブル続きでそうそう簡単に移動できないよ、四季様。今日くらいは遅刻を許してくれると思うけどさ。
「ん!?」
 アタイは急ブレーキをした。アタイは道の上。博麗神社はもうすぐという場所なのだが。
「川……?」
 道は川で遮断されていた。橋はない。当然、飛んでいけば越えられるはずだけど……
「こんなところに川、ないよね?」
 小川ならとにかく、そこそこの川幅だ。これは何の能力だ?どうする?飛び越える?迂回する?誰がこんなことを?
「どうせ遅刻なら……迂回するか。」
 博麗神社は山の上。川も上から下に流れる。ならば川を遡っていけばいつかは神社にたどり着くはずだ。そう考えて、すぐに川沿いを飛びながら上流を目指した。


 その判断が間違いだってことに気づいたのは30分以上した後だった。
「これ……さっきの場所か?」
 川は上から下に流れてなかった。川沿いを進んでいったら、博麗の山を一周して、結局元の場所に戻ってしまった。
「飛び越えるしかない?いや、もしかして、これ!」
 アタイの考えが正しければだが。こんな大規模な術が使えるのかと疑問もあるが、アタイは愛用の舟を呼び寄せる。そして舟に乗って川を横切ろうとした。その時だった!
「ふん、腐っても死神か、こざかしい。」
 それは水の底から響いた。
「わ、はっ」
 下からの衝撃に舟が跳ね飛ばされる!アタイは岸部に強かに叩きつけられた。
「イテテ、やっぱり。これは三途の川か。」
 そう、この川は水ではない。三途の川。飛び越そうとしても越せず、泳ごうとしても泳げない。渡れるのは死神の舟のみ。でも……。
「川ごと召喚するって、なんて化け物だい。」
 そう、術が規格外だ。そんな死神、聞いたことない。
「川?失敬な。」
 水の底から巨大な何かが出てくる。これは……マストだ!マスト、ボロボロの帆、甲板。そう最後には巨大な帆船、いや幽霊船か。明らかに川幅に入りきらないであろう巨体が出てきた。
 だけど、警戒すべきは幽霊船じゃない。その船首に乗っている男だ。身長は2mを超える長身。黒いフードをまとい、しかし顔は骸骨だ。右手には巨大な舵、むしろオールと言った方が正確なのか。この船の主だろう。
「我が名はサー・カロン。私が召喚するは冥府の海だ。」
「サー・カロンって……欧州の!?」
 アタイでもその名前は聞いたことがあった。欧州の死神をまとめる長だ。こんな化け物だったのか。
「閻魔大王より救援要請が来てな。所詮、東国の辺境の死神ども。使い物にならん。先ほど最重要制圧対象の人里の包囲網が破られたと連絡が来たわ。」
「で、アンタは何でこんな幻想郷の外れにいるんだい?」
「決まっている。両津勘吉は聞くところによれば幻想郷の外の人間。であれば、外に逃げ込まれれば捜査は難航する。だから私が封鎖しているのだ。」
「……なるほど。」
 弱った。四季様はもうすぐそこだっていうのに。
「で、貴様はどうする?大人しく引き返すなら危害は加えぬ。我々は外からの応援の死神が来次第、改めてローラー作戦を敢行するのみ。」
「……要するに交通の要所でもあるわけか。」
 そりゃそうだ。外の死神が幻想郷入りするのにも博麗神社が必要ってことか。アタイは鎌を構える。
「ほう、我と戦うか。面白い、教育してやろう。」
「行くよ!」
 アタイは鎌を振るうと同時に、アタイとサー・カロンの距離を操作する。鎌は瞬時にカロンの喉元に行く……はずだった。
「れれっ?」
 鎌は空振り。私はその場で一回転してこけた。
「馬鹿か。我が距離を操作できないとでも?」
「……おっしゃる通りですわ。でもね……え!?」
 カロンは目の前にいた。カロンの方が距離を操作したのだ。カロンの横なぎのオールの一撃にアタイは鎌を垂直にして受ける。が……!!
「ふんッ!」
「ぐわっ!?」
 力で振り切られた。そのまま地面まで弾き飛ばされ……なかった。

 バジャッ。

 水?違う、冥府の海!

 私が跳ね飛ばされたところは確かに地面だった。でも地面から海が噴き出してくる!
「う、うわぁ!溺れる!!」
 慌てて舟を呼び寄せる。そして、ほうほうの体で舟によじ登った。
「おいおい……嘘だろ?」
 博麗神社の山。その山の至る所から海が噴き出していた。それは坂道に噴き出してるにも関わらず流れる気配がない。辺り一帯が斜めの海。道のわきの木々だけが生えているのが、一層不気味だ。
「どうだ、まだやる気か。」
「く……」
 カロンが幽霊船の上から見下ろす。力が違いすぎるッ!!アタイ一人じゃ勝てない。誰か助けが必要だ。けれど、その助けは博麗神社の中にいる。いや、そうなのか。四季様だって神社に入れてない可能性もある。そういえば四季様はどこなんだ?
「四季映姫なら神社の中にいるぞ。」
「ッ!?」
 アタイの動揺を見て、カロンは不気味に嗤う。
「我の結界は特別製でな。閻魔と言えども感知不能。中の人間には日常の風景が見えるのみ。」
「何故、四季様は入れた?四季様だって追い払えば良かったじゃないか。」
「これは戦。敵の分断は兵法の基本よ。諦めよ。貴様に勝ち目はない。」
「あいにくアタイは諦めが悪いんでねッ!!」
 アタイは舟を操作する。今度は距離は詰めない。カロンの幽霊船を大きく迂回するコースを取り、そのまま博麗神社側の岸に向かう。
「諦めよと伝えたはずだ。」
 岸には一向にたどり着かなかった。アタイの距離操作とカロンの距離操作。わずかながら奴の方が上だった。アタイがもたもたしてる間にカロンの幽霊船がゆらりとアタイの背後に。カロンがオールを振りかぶる。が……
「そこを待ってた!」
「?」
 アタイはカロンの幽霊船に飛び移った!着地と同時に鎌を足元に振るう!が……
「何?」
「武が足りぬ。」
 アタイの鎌は止められていた。鎌の柄のところを足で抑えられてた。素早く鎌を引っ込めて今度は脇を狙う。が、それもオールで止められる。
「次は怪我してみるか。」
「へ?」
 アタイの言葉はオールの強打に叩き潰された。かち上げるようなオールのフルスイングにアタイの身体はホームラン。吹っ飛ばされながらも舟を操作し、受け止めようと試みるが……
「陸ッ!?マズいッ!!」
 アタイの着地地点はいつの間にか海がなくなっていた。舟を戻そうとするが間に合わないッ!!
「ぐっ!!」
 体の中でキィンという甲高い音。肋骨が折れた。陸に上げられた舟に激突したため、硬い舟のヘリがアタイの胸を強打したのだ。
「お……がは……」
 呼吸が苦しい!凄まじい激痛!のたうち回るアタイの脳にカロンの声が響く。
「しばらくそこにおれ。立ち上がれる頃には全てが終わっておろう。」
 悔しいッ!悔しいッ!悔しいッ!!
 アタイはこのまま何もできずに終わるのか。涙に視界がにじむ。

 目を開くと両さんが手を振っていた。両さん、ごめんよ、アタイ、結局何もできなかった。

 両さんがさすってくる。大丈夫かと声をかけてくる。大丈夫なわけないよ。見ただろ。肋骨完全にいったんだよ。あ、おいおい、揺らさないでくれ、痛いから。揺らすのやめろって。
 
 え?揺らす。

 アタイはガバッと起き上がった!肋骨がまた悲鳴をあげたが、そんなことはどうでもいい!

 アタイの目の前には両さん。確かに本人がいた。





(博麗神社の山麓。両津勘吉)

「な……んで?」
 小町が声を絞り出す。痛いだろう、呼吸するのも激痛のはずだ。しかし、もうちょっと頑張ってもらうしかない。
「人里で戦闘が起きた時、お前が博麗神社に飛び出すのが見えた。だから何かあるだろうと思って追いかけてきた。」
 ワシはそう答えた。何故、博麗神社に向かっているのか。その理由は後でいい。
「とりあえず、あの骸骨を超えて神社に行く必要があるんだな?」
「……うん。」
 そんなワシらを見て、骸骨が嗤う。
「くくく、ハハハハハ、滑稽!滑稽!獲物が自らやってきおったわ。小野塚小町よ、残念だったな。両津を確認した以上、もう追い払うだけではすまさね。貴様ら諸共、海の藻屑にしてやろう。」
「ふん、骸骨野郎。ワシらを甘く見るなよ。小町、舟の操作を頼む。ここからはワシがやる。」
 両さんがアタイの肩をトントン叩きながら言う。
「……
 …… …… 肋骨折れてるアタイをまだ働かせようっていうのかい?」
「ワシに三途の川は越えられんからな。」
「冥府の海だ。」
 骸骨がいちいち訂正してくる。が、ワシは無視して舟に乗った。
「来い、骸骨。外のお巡りさんの力を見せてやる!」
「お巡り……さん?」
 骸骨が少し困惑している。コイツ、警察を舐めてるな。
「……貴様と話すと調子が狂う。もう問答はよい。沈めてやろう。」
「ぬ、ぬわぁ!?」
 骸骨がオールを海につけて振るう。それだけで大波が発生し、小舟が転覆しかけた!
「ぬ、ぬおおお、小町!!とりあえず接近させろ!」
 ワシは小町に指示を飛ばす!その間にも波はいくつも来る!
「ぬわぁ!?ひぃ!うぉ!?はっ!ほぉぉ……わひぃッ!!」
 ワシは舟によじ登っては降りてバランスを取る!一度落ちたら絶対に泳げない三途の川だ。落ちるわけにはいかん!
「く……うぉおおおおお!!」
「こ、こやつ……何故沈まん?」
 骸骨も混乱していた。確かにスゴイ波だが、ハワイでサーフィンやってる時の方が遥かに大きい波だ。アレに比べれば子供の水遊びだ。
 と言ってる間に、奴の幽霊船と小舟が接触した。ワシはすかさず幽霊船に飛び移り、甲板までよじ登った。
「よぉ、来てやったぞ。」
「貴様……接近戦なら勝てるとでも?舐めるな!」
 奴がオールを振りかぶる!が、
「うらぁ!膝!」
「ぐ、があああ!」
 ワシは交わして、すれ違いざまに膝の皿を強かに打った。これは剣道ではない。容赦なく急所を狙わしてもらう。骸骨は流石に膝を押さえて蹲った。
「この……東洋の猿めがッ!!」
「……ふん、本音が出たな。骸骨じゃ白人かどうか分からんが、人種の違いは戦いじゃ役に立たんぞ!」
 ワシと骸骨の立ち合い。が、奴のオールは空を切り、そのたびにワシの竹刀は奴を滅多打ちにした。当然だ。あんな重いオールじゃスピードが出ない。奴自身、武道に心得はあるようだが、剣道なら地区大会の2回戦か3回戦レベル。ワシは警察の全国大会優勝経験者だ。格が違う!
「ぜぇ……ぜぇ……」
「驚いた。骸骨も息が上がるんだな。」
「く……くくくくく。流石は両津勘吉。地獄の閻魔も貴様だけは警戒していた。だからこそハーデス様(欧州の閻魔に相当)に声がかかったのだがな。しかし、これならどうだ?」
 骸骨は船首に移動し……そして、そのまま落ちた。
「何!?」
 ワシは驚愕した。三途の川、あ、冥府の海だったか。どっちでもいい。しかし、そこは泳げないはずだ。
「敵を心配してどうする?」
「あれ?」
 しかし奴は浮かんでいた。
「我はこの海の中でも溺れることはない。」
「あ、そうなの……、て、まさか!?」
 ワシの嫌の予感は的中した。幽霊船が沈み始めたのだ!
「やい!貴様、卑怯だぞ!正々堂々戦え!」
「ハハハ、我は結果のみが重要。船は沈む。貴様は泳げない。後は小野塚小町の舟だけを弾けば……ん?」
 骸骨はあたりを見渡す。
「あの女はどこ行った?」
「さぁな……て、ヤバイー!!」
 小町にはワシを囮に神社に向かわせてしまった。さっき小町の肩を叩いて指示を出したんだ。モールス信号で「サキ ニ イケ」と。上手くハメたつもりだったが……けれども、これじゃワシが死ぬじゃないかー!
「助けてくれー!!」




(博麗神社。小野塚小町)

「四季様!大変です!話は後!すぐに両さんが……」
「ええ、小町、分かってます!すみません、私としたことが敵の罠に気づかず。」
 神社にいた四季様は既に状況に気づいていたらしい。カロンの結界がどういう風に働いているのか分からないけど。たぶん、アタイが出たことで何らかの綻びがでたらしい。
「助っ人は既に向かっています。小町、貴女、怪我を……」
「今はアドレナリンで何とかします!肩だけ貸してください。」
 四季様は黙って私を担ぐ。
「カロンは助っ人に任せます。私たちは両津を助けて黒幕を叩きましょう。」
「黒幕?萃香ですか?」
「萃香”も”黒幕です。けれど、事態が複雑。本当の黒幕はまだ分かりませんが、萃香自身もハメられてるんです。」
 四季様は更に加速する。
「小町、痛いと思いますが、覚悟してください。両津がもうもたない……」



(博麗神社参道。両津勘吉)

「ひ、ひぇええええ!」
 ワシは幽霊船のマストの頂上まで登りきった。しかし、そのマストも水面から僅か2mもなかった。
「クハハハハ。猿のような、いや、猿そのものの身軽さだな。本職の船乗りでもこうはいかぬ。」
「小町ーーー!助けてくれーー!」
「無駄よ。我が海は音も逃がさぬ。ここでいくら叫んでも、博麗神社には届かぬのだ。」
「わ、足が浸かった!」
 ついに踝まで水に浸かった。水が鉛のように重い。踝が浸かっただけで、ワシはもう動けなかった。
 が、ここで止まった。
「あれ?」
「くくく。何、ちょっとした余興だ。貴様の言う通り、正々堂々戦ってやろうと思ってな。」
「正々堂々?ワシが動けなくなってから何が堂々だ!」
「ククク、ほらほら。」
「うわ、くそ!」
 奴のオールの方がリーチが長い。加えてワシは動けない。一方的に叩かれるだけだ!
「く、くぅー、くそ!」
「おっと、言い忘れていたが。貴様はマストの上に辛うじて立っているから沈んでない。ちょっとでも滑れば海の底だぞ。」
「何!?」
 ワシは必死で足の指に力を込める。だが、足の先の感覚がないから、どうしていいか分からん!
「何が死神の長だ!やってることは小悪党じゃないかー!」
「……何とでも言え。貴様は只では殺さん。」
 骸骨だから眼はないんだが、何となく感じ取った。こいつは執念深く陰湿。このままじゃ……
「ん?あれは……」
 ワシはどう考えてもありえないものを見つけた。ここは冥府の海。死神の舟以外は浮かぶことも飛び越えることもできない。だから、ありえない。しかし”奴ら”には常識は通用しない。
 カロンもワシの視線に気づいて足元を見て……
「な、なに!?潜望鏡ッ!?」
 そう、それは潜水艦の潜望鏡だ。カロンの動揺に合わせて、潜水艦が水面に浮きあがる。その潜水艦は黄色く、そして小さかった。間違いない。
「……ち、小さい?一人乗りの潜水艦?」
「やはり奴か。」
潜水艦のドアが開き、肥満体の男が飛び出した。

(この人のことを知らない方は。
エイチttps://www.youtube.com/watch?v=GspDeZHz7DY)

「ら~~~~~~
 海を愛し 正義を守る
 誰が呼んだか 誰が呼んだか ポセイドン
 タンスに入れるは タンスにゴン
 私は水上警察隊隊長 海野土左衛門
 お茶目なヤシの木カットがトレードマークの
 ドルフィン刑事だ!」






(博麗神社参道。サー・カロン。)

「訳が分からぬ!どういうことだ!?」
 我は潜水艦から出てきた肥満体の男に怒鳴る。
「貴様、死神でもないのに何故浮かべる!?そもそもどうやって来たッ!?」
「我々、特殊刑事課に不可能などない。つまり、そういうことだ。」
「答えになってない!」
 気づけば、両津は潜水艦によじ登っていたが、我は近づけなかった。この男、あまりにも危険すぎる。四季映姫はこの男を呼びに行ったのか。
 我の疑問を知ってか知らずか、その男が答える。
「私だけではないぞ。陸の海パン刑事は任務により来られなかったが、ほれ。月光刑事はあの通り。」
「な!?」
 遥か上空に、昔懐かしいレシプロ機のプロペラ音。飛行機が横切っていた。というより、何故あの機体も冥府の海を越えられるッ!?
「両津、ここは私に任せろ。四季殿はこの場所で貴様と落ち合うことになっておる。」
「サンキュー、ドルフィン刑事。」
「あ、待て。」
 海から出ていく両津に我は呼び止めることしかできなかった。
「く……こうなっては仕方ない。まぁよい。両津は外の世界に出れず、幻想郷の中に居続ける。どの道、我の目標は達成しておるのだ。」
「何か勘違いしているようだな。両津なら博麗神社を使わずとも自力で外に戻れるぞ。自作でオカルトボールだったかな。そういうものを作っている。四季映姫殿には無理だが。」
「何ッ!?では、作戦の段階から誤っていたのかッ!?」
 これだからアジアの死神は使い物にならんッ!我に恥をかかせおって。我は幽霊船を浮上させ、砲門を奴に向けた。
「とにかく、貴様は殺す。」
「時代が違うぞ、ご老人。魚雷発射。」
 砲が火を噴く前に奴の魚雷が命中!我の幽霊船は一撃で真っ二つに割れた。
「クソッ!」
 あり得ないッ!そもそも冥府の海で海戦など想定しておらん!魚雷など卑怯な……
「む、そうか。引き潮!」
 我は号令を出す。この冥府の海は我が召喚した海。海を消すことも容易だ。
「なるほど、海がなければ確かに潜水艦も動けんな。」
「……冥府の海で動いていたこと自体が、我の沽券に関わるがな。」
 しばらくして海は完全に引け、潜水艦だけが陸に取り残された。
「さぁどうする?その肥満体で我と戦うか。」
「それは断る。私は頭脳労働者なのでな。私の潜水艦は移動できない。君は移動できる。ならば君のやることは両津たちを追いかけることではないのかね。」
「ああ。貴様を地獄に送った後でな!」
 我はオールを振りかぶり、脳天唐竹割り!奴の脳漿が飛び散るッ!

 ……はずだった。

 途端に視界を覆う網。どこからと思う間もなく絡み取られた。
「これは暴徒鎮圧用の網だ。初速はショットガンと変わらぬ速度。生身ならまず避けられんな。」
「く……貴様……。」
 潜水艦から煙が出ている。ロケット弾の要領で網を高速で射出したのだろう。うかつだった。海戦装備以外も持っていたのか。
「言っただろう。『君のやるべきことは両津を追いかけること』だと。こっちに向かってこなければ、これも発射できなかった。」
「ぐぐぐ、オノレー!オノレーーーーー!!」
「ふふ。両津。さて、私の役目はここまでだ。この事件、見事に解決して見せよ。」








(紅魔館前の広い原っぱ。小野塚小町)

 アタイたちが着陸してからしばらくした後に両さんがやってきた。アタイたちを運んできたのは月光刑事(げっこうでか)と美茄子刑事(びーなすでか)。ダサいスーツにサングラスという怪しい二人組だが、これまでの特殊刑事課に比べると幾分マシだった。
「おーい、皆無事か?」
「ええ。ですが小町は安静にした方がよいかと。」
「嫌です、四季様!アタイ、最後まで見届けますからね。」
 アタイの宣言に四季様、苦笑。たぶん、こうなることは分かっていたのだろう。四季様、軽く咳払い。
「ええ。全員揃いましたし、私の推理を述べましょう。まず小町。どこまで調べてきましたか。」
 アタイは阿求さんから聞いたことを説明した。両さんもアリスから何か聞いていたらしい。鬼の繁殖方法が特殊で、萃香は両さんに悪事を唆すことで、自分の子供を育てていた。そこまで説明したところで四季様がうなづいた。
「ええ。大正解です。しかし、ここからが事情が異なっています。私が調べたところでは萃香の子供はまだ生まれてない。しかし地上から死神が派遣された理由。それは『既に萃香の子供が地上で大暴れしていて、これ以上犠牲者を増やさないために』でした。」
「「え!?」」
 声をあげるアタイと両さん。しかし、四季様は首を横に振った。
「これは確かな情報です。つまり黒幕は、何らかの事情で萃香に子供を産ませたくなかった。なので、地上で破壊活動をすることで地上の閻魔たちを動かし、更に幻想郷では鬼たちに両津と萃香のことを触れ回った。こうなります。私が更迭される前に古明地さとりより一部情報をもらっていました。それがなければ今頃どうなっていたか。」
「……アタイにはウィスキーに溺れて酔いつぶれてたように見えましたけどね。」
 アタイの失言に四季様睨む。そこに割っていったのは両さんだ。
「まぁまぁ。となると、鬼の四天王の誰かじゃないか?」
「ことは単純ではありません。例えば天狗や河童にも動機があります。鬼が復権すれば困るのは彼ら。鬼の共倒れを狙っても不思議ではないですし、同じ理屈で守矢神社も動機があります。」
「そういえば、妖怪の山が死神と対立したとか言っていたな。」
 両さんが腕を組む。
「ですので、せっかく合流したのですが、また別行動です。私は八雲紫と会ってきます。」
「八雲?何でですか、四季様?」
「んー、会ってきますは変ですね。八雲紫!どうせ覗いてるのでしょう。出てきてください。」
 四季様が何もない空間に呼び掛ける。すると、空間に亀裂、いやスキマが入り、紫が現れた。
「貴女、本当に面白くないわね。」
「単刀直入に申し上げます。萃香を助けてください。今なら私たちで収めることができます。貴女もその方が良いのでは……?」
「……何で私が萃香を確保しているのを知っているわけ?」
「簡単です。確保しないはずがないから。一番のキーパーソンは萃香とその産まれてない子供。この戦い、誰が勝とうとも最後には萃香を握った人物の勝利となります。」
「……50点ね。」
 八雲紫が空を縦に切る。すると空中から更にスキマが現れて萃香が出てきた。
「わ、わ。」
 萃香が頭から原っぱに突っ込む。
「映姫。ちょっと。」
 紫はそれを無視して、四季様の傍にいく。
「私は萃香を友人だと思ってる。今、見た目は無傷だけど、萃香は星熊勇儀に激しい拷問を受けてたわ。そちらの小町ちゃん以上に危険な状態よ。」
「……そうですか、早くも計画がとん挫しました。萃香は貴重な戦力だったのですが。」
 四季様はがっくり肩を落とす。更に紫は続けた。
「私は黒幕は誰だか知らないし、興味もない。私は外の世界とは争わないつもりだったのよ。まさか貴方たちが一時的にせよ、勝っちゃうとはね。」
「黒幕は心配いりません。私たちが合流した以上、必ず次の手を打ってきます。だからこその紅魔館なのです。」
 四季様が紅魔館を指さす。が、両さんがそれを遮って必死に止める。
「裁判長、待ってください。パチュリーはとにかく、レミリアの方はワシらを捕まえるつもりだって聞きました!」
「それは私たちが合流してない時の話ではないでしょうか。レミリア・スカーレットは聡明な人です。ほら、あそこに既に使いが来てますよ。」
「え?」
 四季様が指さした先には十六夜咲夜がいた。
「……お話をどうぞ。私、こちらで待機しておりますので。」
「いえ。レミリア氏の返事は?」
「お嬢様は皆さま方を歓迎するようにと。あと小町様と萃香様の治療もできる限りやらせて頂きます。」
 四季様がほほ笑む。
「さて、では有難く紅魔館にお世話になりましょう。あ、そうそう。サー・カロンの方は何か聞いてますか。」
「それは博麗神社で戦っていた骸骨のことでしょうか。お嬢様が珍しい生き物とおっしゃられてましたので、取りに行かせました。」
「ふふふ、流石は特殊刑事課。」
 四季様、ご満悦だ。アタイは突っ込まずにはいられなかった。
「あんまり信用していい連中じゃないと思うんですけどね。」





(旧地獄。水橋パルシィ)

 戦った次の日になる今日。再び茨木華扇がやってきた。今度は戦いにではなかった。華扇のもたらした情報に勇儀は机を叩き割って怒鳴りつけた。
「じゃあなんだ。両津も萃香も、皆合流してしまったっていうのか。」
「ええ、しかも紅魔館を味方につけて。もう四天王同士で争ってる場合ではないわね。」
 華扇の指摘は最もだ。そうでなくても今は配下の鬼に殺し合いが絶えない。部下がいない華扇に情報で遅れをとっていること自体、勇儀も自分が致命的な状況ということが分かってるはずだ。
「紅魔館は潰す……」
 勇儀が立ち上がる。その姿は痛々しい。昨日、華扇を辛くも撃退したものの、満身創痍だ。アタシも声をかけないわけにはいかなかった。
「勇儀。アタシもいく。基本邪魔はしない。けど、死にそうになったら殺してでも連れ帰るからね。」
「その時はきっちり殺せ。」
 勇儀が背中で答える。勇儀には難しさが分かってるのだろうか。敵には両津勘吉がいる。でも両津だけは殺してはいけない。自分のものにしなきゃいけないのだ。しかも……
「問題は貴様だな。」
「お互いにね。」
 両者、敵意をむき出しにする。そう、争ってる場合ではないが、紅魔館を潰した暁には、一番邪魔になるのがお互いだ。
「だから私はルールを定めようと思うわ。私たちの同盟は3日限り。つまり3日以内に紅魔館を潰し、両津を生け捕り。その後、改めて決闘をする。パルシィ、立会人になってくれるかしら。」
「え、え、アタシ!?うん……」
 無理だ。鬼の四天王の立会人にアタシじゃ役不足だ。でも、さとりにも頼めないし、アタシしかいない。
「道中は別にするぞ。お互い、紅魔館前の湖で落ち合う。そこからが共闘だ。」
「ええ、いいわ。」
 言うと同時に華扇が大鷲に乗って退出する。華扇が出ていくのを見届けた後に勇儀は倒れこんだ。
「くそ、イテテ。」
「勇儀。地底エレベーターまではアタシが運んであげる。でも、そこからは立って。でないと……」
「分かってる。華扇に弱みを見せるわけにはいかないんだろ。」
「それだけじゃない。華扇もたぶんボロボロだ。紅魔館の連中にそれを知られたら勝ち目ないよ。」
 アタシは勇儀に軟膏を塗る。
「いい?どうあっても今回は協力すること。どちらかがレミリアを抑えて、どちらかが両津を攫う。それしかないよ。3日もあれば萃香だって回復してしまう。そしたらもうこっちが不利よ。多少無理してでも早く。いいわね。」





(紅魔館。小野塚小町)

 アタイと四季様は、萃香の作った亜空間を見ていた。
「これが鬼流の”妊娠”ってこと?」
「産卵に近いかもね。」
 亜空間は小さな宇宙のようなものだった。中央にどす黒い何かが渦巻いている。それが鬼の子。周囲は両津からくる悪のエネルギーのようなものらしい。
「戦隊物のヒーローだったら。まずアンタを殺すね。」
「……私もこうやって生まれた。覚えてないけど。」
 萃香がアタイを真っすぐ見る。
「私はね、トノサマバッタなんだ。蝗害って言った方が正しいのかな。蝗害で食うのに困った男が徒党を組み、都の兵士を襲う。最初はそれで満足していたんだけど。増え続ける徒党を食わせるためにはまた襲わなきゃいけない。強盗の自転車操業さ。そんな中、男に私の母がささやいたのさ。お前に力をやろうって。
 男は鬼の助力を借りて、都の軍勢たちをどんどん破っていった。捕まえた捕虜は残虐に殺した。その恐怖で徒党を律するようになった。でも部下たちもやりすぎだと離反する。男は裏切り者を、これまた鬼の助言で的確に見つけ出して殺した。でも殺す度に孤独と恐怖にさいなまれる。疑心暗鬼。部下たちも敵に思えたのさ。そういう感情を吸収して伊吹一族は生まれていった。私はその中でも一番強い感情で生まれた。全てを食らいつくすトノサマバッタの群れ。その全てに目と耳があり、自分を監視、隙あらば命を狙う。男の全ての恐怖の結晶さ。私が生まれると同時に男に限界が来た。自らが生んだ恐怖に発狂してね。」
 萃香が私たちを見る。
「頼む!私はこれでもう終わりにする!だから両さんにこれは黙っていてくれ!頼むよ!お願いだ!」
「ちょ、ちょっと……」
 萃香が土下座したのだ。流石にアタイも四季様も面食らう。
「私だって辛いんだ。けど、そういう種族なんだよ。勇儀も悪いわけじゃない。皆、そういう過去があるんだ。拷問されたけど、でも私は勇儀を恨んでなんかいない。私も同じことしたと思うから。」
「分かった、分かったから。いい加減顔を上げてくれ。」
 萃香はようやく顔を上げる。
「でも約束してくれ。両さんを発狂させたりしないって。アタイも初めてできた相棒なんだ。」
「……ひっく、ひっく、小町ーーーーー!!」
 萃香がアタイの胸で泣く。正直、肋骨が痛かったけど我慢する。これが鬼の現実。産まれるには父親を殺すことが条件になっているのか。彼女はどれだけ辛かったのだろうか。
 四季様の方は黙って闇を見つめていた。考えてることは分かる。この闇は両さんが抱く恐怖の結晶。両さんを守るためには、これを破壊するのが一番いい。けれど、それもできない。どんずまりだ。
「四季様、”白”なんですね、この闇は。」
「ええ、”白”です。さとりはこれを壊すように進言しました。でも私にそれはできなかった。もうちょっと器用にやれれば、失職することもなかったんでしょうけど。」
 四季様は複雑そうな顔で見ている。でも後悔はなさそうだった。
「失礼します。」
 いつの間にか咲夜が隣にいた。時を止めてるんだろうが、心臓に悪い。
「パチュリー様の探知結界で、強力な妖怪がひっかかりました。そのうちの一人は星熊勇儀らしいです。」
 四季様の顔が仕事モードに戻る。休む暇もなしか。
「分かりました。月光&美茄子刑事のところに行きましょう。両津にはそれに乗って逃げてもらいます。」






(紅魔館の庭。両津勘吉)

「げげっ、私がこれ乗るんですか、裁判長ー?」
「何を今更。外の世界では何回も乗ったって聞いてますよ。」
 ワシは月光(第二次世界大戦時代の旧日本軍の2人乗り夜間戦闘機。当然、今では骨董品レベル)の前で押し問答した。
「毎回嫌々乗ってるんですよ。だってこれに乗るには……」
 ワシの嫌な予感は着々と準備されていた。美茄子刑事の方がトランクを開けて準備をし始める。
「何やってるんだい?両さんを乗せて早く出ないと。」
「その前に絶対にやらねばならない儀式がある。」
「儀式?」
 小町の疑問に答えたのは月光刑事の方。昔のセーラームーンの玩具のステッキを掲げた。

(月光&美茄子刑事を知らない人は、このURLをどうぞ。
エイチttps://www.nicovideo.jp/watch/sm14041152


「ムーンライト・パワー!メーイク、アップ!」
 玩具のステッキがピカピカなる。
「りょ、両さん、何が始まるんだい?」
「黙ってみてれば分かる。笑えるぞ。」
 両津のコメントを無視して、美茄子刑事がラジカセにスイッチを入れる。ピンク色にライトアップされたスクリーンの裏側で月光刑事が踊りだす。こちらからは影だけが見える形だ。
「メイク・アップ!」
 その掛け声と共に、普通にズボンを脱いで着替え始めた。ドン引きする小町に対し、美茄子刑事が出てくる。
「説明しよう!月光刑事はコスチュームを変えることによって7つの特殊能力を得るのだ!それでは私も。」
 そう言って、スクリーンの後ろに回る美茄子刑事。そして同じように、ズボンを脱いで着替え始めた。
「りょ、両さん、何に着替えてるんだ、このオッサンたち。」
「見てれば分かる……」
 そして、スクリーンが外される。
「げ……おぇ」
 出てきたのはセーラー服を身にまとう、毛むくじゃらのオッサン2人の背中。

「華麗な変身 伊達じゃない
 月のエナジー 背中に浴びて
 正義のスティック 闇を切り裂く
 空の事件なら任せてもらおう
 月よりの使者 月光刑事!」
「同じく、美茄子刑事もよろしくね!」

 ひゅーーーー

 木枯らしが吹く。一気に場の温度が冷めた気がする。
「両さん!コイツラも結局変態じゃないか!」
「だから言ったろう。特殊刑事課は全員変態なんだ。」
「か……かっこいい。」
「え、四季様、なんて?」
 ワシらのドン引き空気を全スルーして、月光刑事が進み出る。
「両津。我々の月光に乗るには、貴様も適切なコスチュームに着替えてもらう必要がある。」
「やっぱり、それかーー!」
 やっぱり奴の手にはセーラー服。
「両さん、まさか、着るの?」
「もう仕方ないんだ。これ着ないと話が進まん。」
 ワシは既にコイツラに抵抗することを諦めている。
「着替えたら早く乗れ。すぐに出発する。」





(紅魔館の湖。水橋パルシィ)

 紅魔館から飛行機が飛び立つ。アタシも鬼の端くれ。だからこそ分かる。あそこに両津が乗っている。
「飛行機か……速いな。」
 勇儀が渋る。あの速度、勇儀が飛んでも追いつかないだろう。
「華扇。貴様は?」
「そのままじゃ無理ね。仕方ない、切り札だけど。ペットの龍を使うわ。」
「龍!?」
 私だけでなく勇儀もびっくりする。
「ええ、龍。連発はできないけど、一夜くらいならこの一帯を嵐にできるわ。」
「……なるほど。私に対する切り札か。」
 勇儀が冷たい目で睨む。アタシは勇儀を抑えて耳打ちする。
(ここはラッキーと思いなさい。切り札を消費してるんだから)
(分かってる。)
「貴方たちはどうするの?」
「そうだな。飛行機はお前に任せる。私は紅魔館の足止めをさせてもらおう。」
 勇儀が背を向ける。
「じゃ、アタシは地面の方で待機してる。両津が墜落して死んだら元も子もないだろうし。」





(上空。両津勘吉)
「おい、これ、嵐じゃないのか!?」
「おかしいわね、こんなところで嵐なんて……」
 呑気な月光刑事に対し、ワシは殺気だっている。夜間戦闘機、月光は二人乗り。月光刑事と美茄子刑事が乗ってるため、ワシは機体にしがみついてるのだ。ワシを救出するための作戦で、何故ワシが一番危険な席(席すらない)なのか。
「両津、まずいわ。しっかりしがみつきなさい!」
「だから、お前らのどっちかが乗らなきゃよかったんだろーが!!う、ひぃいいいいッ!!」
 月光が急旋回、風に煽られてる!
「両津、バランスを取れ!」
「無茶言うなーーー!!」
 といいつつ、ワシは必死に身体を左右にずらす。こんな天候で落ちたら死ぬ。その時、気づいた。
「うん……あれは……」
 ワシは確かに見た。嵐の中心に金色の龍。
「おい、月光!あそこだ!あそこを目指せ!」
「あそこってどっち!?」
「右!いや、もう左!また右!ああ、もう!」
 風に煽られてるから方向も分からん!ワシは強引に翼に飛び移り、方向を変える。
「両津、何をする!」
「このまま真っすぐだ!見えるだろ!」
 ようやく月光刑事も目標を見つけた。
「あそこは台風の目になってるようね。あれは龍?」
「幻想郷は何でもありだ。あの龍が嵐を起こしてるとみて間違いないだろう。月光、撃墜できるか。」
「たぶんできないわね。だって月光は……」
 美茄子刑事が銃弾を発射する。しかし、それは前方ではなく、遥か上空に飛んだ。
「月光は斜銃(斜め上30度に向かってついている固定銃。こんな装備をしているのは月光くらい)だもん。下に潜り込まなきゃ無理よ。」
「じゃあ、潜り込め。」
「待て、両津!あれを……龍の背中に誰かいる。」
「ん?あれは……誰だ?あのピンク髪。ワシは知らんぞ。」
 すると急にワシの胸ポケットがもぞもぞする。
「アレは華扇だよ。」
「わ、萃香!?」
 胸ポケットにいつの間にか忍び込んでいたミニ萃香が解説する。
「難敵だよ。純粋な力では四天王最弱だけど、特殊な仙術を使う。龍もその一種だろうね。」
 すると、月光の無線が鳴った。
(あー、あー、聞こえるか。こちら茨木華扇。この嵐を起こしているものだ。応答せよ。)
 美茄子刑事が無線を取る。
「こちら、美茄子刑事。すぐに嵐を止めなさい。さもないと、月に代わってお仕置きしちゃうわよ。」
(お仕置き?月?え、何?セーラームーンなの?)
「こちら、美茄子刑事。私たち月光&美茄子刑事はコスチュームに応じて7つの変身能力を得るの。厚い雲で見えずとも、月のエナジーは確かに感じるわ。」
(エナジー?何言ってるの?あれ、間違い電話かしら。え、貴女誰?どこの人?)
「私は美茄子刑事。月よりの使者よ。」
(どこってそういう意味じゃなくて。だから、今どこにいる人?)
「こちら美茄子刑事。今は月に代わってお仕置きをする二人の正義の味方よ。」
(あー、もう!誰か代わって!まともな人いないの!?こいつじゃ話にならないわ!)
 龍の上に乗っているピンク髪の女がキレてる。こういうオチは想像してなかったらしい。
 ワシは月光刑事に指示する。
「無線は無視して、奴の前で急降下だ。すれ違いざまに斜銃を撃て。」
「了解!」
 月光刑事が早速行動に移す中、華扇はまだ無線に怒鳴ってた。
(だ・か・ら!話が通じる人に代わって!月とかじゃなくて、地球にいる人に!ん、何?アンタたち何しようとしてるの?て……きゃああああ!!)
 嵐の轟音を切り裂くような発砲音!ここに来る前にちゃんと幻想郷仕様ししたらしく、銃からは弾幕が発射された。華扇には直撃しなかったものの、身体の大きい龍は強かに撃たれる。
(くっそーーーー。せっかく私が降伏勧告したのに。いいわよ、力づくでいってやるわ。)
 龍がトグロを巻いた。風がさっきより強く乱れる!
「うぉおお、月光!どうすればいい?」
「前!前に移動して!機首を下げて!」
 ワシは前方に飛び移る。プロペラの傍だ。プロペラの軋む音が聞こえてくる。
「月光!もうこの飛行機では無理だ!不時着しろ!」
「既にやってるわ!けど、陸に向かえないのよ!」
(ふはははは!皆まとめて墜落しちゃえ!)
「おい!こちら両津!ワシが死ぬとお前はまずいんじゃないのか!?」
(あ、忘れてた。えーと、どうしよう?)
「嵐を止めろ!」
(いきなり言われたって無理よ!そっちで何とかしなさい!)
「馬鹿か、貴様!」
 ワシは胸ポケットの萃香を弾く。
「あの華扇ってやつはいっつもこうなのか。」
「うん、だいたい。考えてるようで、詰めが甘いんだ。でも陸に降りてどうするの?華扇は直接戦ったって強いよ。」
「うーん……しかし、この嵐で着陸できないしな。上昇気流がすごすぎる。ん?」
 ワシは急に思いついた作戦を月光に伝える。
「いいわ、捕まってなさい。両津の命を安く賭けれるところ、嫌いじゃないわよ。」
「それまでヘマするなよ、月光!」
 月光は着陸を諦め、右に旋回。風に乗る。といっても、龍が起こした不自然な嵐で風の方向はしっちゃかめっちゃかだ。流されるままにバランスを取りつつ、迷走し始めた。
(何をし始めてるの?墜落する前に降伏しなさい。)
 無線機で華扇が訪ねてくる。ワシが答える。
「茨木華扇。貴様を鬼の四天王と見込んで信頼するぞ。ワシから目を離すなよ。」
(はぁあ?)
 華扇の素っ頓狂な声。ワシはそれをちゃんと聞き終えた後。
「うぉおおらぁ!!」
 月光から飛び降りた!
(ば、ばか。)
 華扇の無線の音はもう聞こえない。ワシ(と萃香)は真っ逆さまに地上だ。そして落ちた先は

 ちゃぷん。

 湖だ。紅魔館傍の湖。結構広くて水深もある。ワシも飛び込みには経験があるし、加えて
「両さん、本当に無茶するよ。」
 萃香だ。萃香がワシをつかんで上向きに飛ぶ。つまり減速をしていた。だから実際に飛び降りるよりかなり遅い。
 が、そんなことは華扇には分からないだろう。本来この高度からなら水の上でも陸の上でも普通死ぬ。
「さーて、どう出るか。」





(紅魔館の湖上。茨木華扇)

 どうしよう。一応パルシィに連絡はとったけど、さすがのパルシィも飛び降りるなんて想定してなかったらしい。落下地点が湖の上っぽい。それだけ。
「水の上でも……死ぬわよね。」
 私は泣きそうだった。私は、女を諦めてた。鬼と子を成せるほどの極悪人はもうこの世に出ないと思ってた。それが千年もの時を経てようやく出たのに。
「暗い……」
 もう辺りは夜だ。鬼特有の感覚なのか、両津のいる方向は何となくは分かる。けれど、これって生きてるの、死んでるの?前例がないから全く分からない。何回か右往左往して、ようやく両津がいるであろう地点に到達した。けれど……
「浮かんでない?」
 私は青ざめた。人が浮かばないってことはつまり……そういうことだろう。落下の衝撃で死んだのだ。
「いや、まだ!気絶してるだけかも!」
 私は躊躇なく湖に飛び込む。お願い、死なないで!生きてさえしてくれたら、何でもするから!!
 
 が!!突然、湖の闇を吹き飛ばすライト光!!

「へ?」
(お前、いい奴だな。ワシのことを心配してくれて。でもワシは卑怯なんだよ。)
 湖に響き渡る両津の声。その光は潜水艦の光だった。
「はぁああ?」
 私の疑問が氷解する間もなく、ポッポウという汽笛のような音。すると上の方が闇に覆われる。見ると、私を覆う巨大な網!そして大型の魚。いや、あれは確かイルカ?
「ええええ?」
 私はあっさり水中で拘束されてしまった。




(潜水艦内。両津勘吉)
「作戦通りだな。ドルフィン刑事。」
「まさか、飛び降りると思ってなかったぞ、両津。とりあえず、あの骸骨の……サカロン?そいつと一緒に縛っておこう。」
 潜水艦の後ろにはコンテナ。そこには縛られた、骸骨がいた。
「海では無敵だな。」
「当然!我は水上警備隊隊長、ドルフィン刑事!ま、ここは湖だがな。」
 ワシらは湖の上に移動し、紅魔館の傍で降ろしてもらった。紅魔館の明かりが見える。少し焦げ臭い……。
「萃香、これ……」
 どう考えても異常事態だ。戦闘が起こったとみて間違いないだろう。
「うん、勇儀だと思う。空は華扇に任せて地上を優先したんだと思う。レミリアもいるから大丈夫だと思ったんだけど。」
「咲夜によると、レミリアも本調子じゃないらしい。パチュリーと戦ったせいで。ワシを捕まえることを主張したレミリアが結果的にワシを助けるために戦ってるのは皮肉な話だがな。」
「急ごう、両さん。」
「ああ。ドルフィン刑事。ここまででいい。」
「うむ。何かあったらここまで逃げてこい。水中を通って逃げよう。」



 紅魔館はそれほど壊れてはなかったものの、戦闘があったのは明らかだった。
「レミリア!美鈴!」
 ワシと萃香は駆け寄る。門の傍で二人が倒れていた。が、レミリアがウインクする。
「心配ないわ。流石に……本気の鬼はきついわ。残念だけど、美鈴は私が離れたら危険な状態なの。」
 レミリアは美鈴に何かやっている。美鈴は骨折を含む大怪我だが、不思議と死にそうに見えない。レミリアの何かの術だろう。
「そうか。いや、いい。家族、大事にしろよ。」
 ワシは離れる。背中にレミリアの声が届いた。
「勇儀にも槍ぶっ刺してやったわ。あっちだって満身創痍よ。」


「血……だな。」
 ワシはつぶやく。さっきの美鈴たちからずっと血の跡ができてる。おそらくは勇儀のだろう。
「鬼はだいたいの怪我ならすぐ傷はふさがる。レミリアの攻撃が特別なのか、あるいはもう回復する体力もないのか。行こう両さん。胸騒ぎがする。」
 ワシらは血の跡を慎重にたどっていった。途中で何回も横を確認する。これは映画とかではよくある。血の跡に気をとられてる奴を後ろからブスッだ。
「両さん、静かすぎる。」
「ああ。少なくとも今は誰も戦ってない。小町ーーーー!裁判長ーーーー!!」
 ワシは呼び掛けるが返事はない。やられたのか?でも、裁判長は相当な実力者のはずだが。
「両さん、血の匂いが濃くなってる。」
「この奥か……」
 ワシも嫌でも気配がする。血だけじゃない。禍々しい気だ。これが勇儀か?
 ワシは銃を構える。
「萃香、開けてくれ。ワシが突入する。」
「うん。」
 萃香、扉を開ける。ワシはすぐに銃を構えて突入!部屋の中央には星熊勇儀が立っていた。
「貴様が……勇儀だな?」
「……」
 床はおびただしい血だ。そして、裁判長も倒れてた。だけど、意識はあるらしい。目があった。
「星熊勇儀。狙いはワシだろ?裁判長から離れろ。」
「……」
 星熊勇儀は微動だにしない。肩には槍。痛々しい姿だ。
「何とか言え!どうした。ここまで来てだんまりか?」
「……」
 星熊勇儀が何かしゃべろうとする。だけど、声はでない。そしてそのまま……倒れた。
「へ……勇儀?」
 裁判長と目が合う。裁判長は後ろを見ていた。ヤバイ……!
 そう思う間もなく、後ろから扉が閉められる音。
「よくやったわね。両津勘吉さん。初めまして。アタシは水橋パルシィ。貴方のおかげでようやく邪魔者が消えたわ。」




(最終幕。両津勘吉)
 え、なんだ?水橋パルシィ?誰だ?そいつ?
「おい、萃香。て、いない!?」
「萃香ならここよ。」
 水橋パルシィが虫かごのようなものを取り出す。中で萃香が暴れていた。何か特殊な籠なのか、萃香は出られそうになかった。
 パルシィの左手には血の滴ったナイフがあった。見ると、裁判長も、そして勇儀も刺されていた。
「お前が黒幕?どういうことだ?お前は誰なんだ?」
「そうね。順を追って説明しましょうか。アリス・マーガトロイドはご存じ?」
「アリス?何でアリスが出てくるんだ?」
 そこまで言ってワシは思い出す。”地底でよく藁人形を買ってくれる客がいる”。もしかして、コイツがそうか!
「アリスの話を聞いてすぐに確信したわ。貴方こそアタシの待ち望んだ人だと。でも、アタシより先に目を付けたのが鬼の四天王の伊吹萃香。アタシでは到底勝ち目がないわ。」
「狙いは何だ?」
「つまり、萃香にアタシは勝てないし、出し抜いたところで勇儀がいる。勇儀をだまし討ちしたところで華扇がいる。だからこの3人を何とか共倒れにしなきゃいけなかったわ。」
 パルシィが歩く。
「まずはアタシは外の世界で騒ぎを起こした。萃香の子供と偽ってね。外の世界の死神に貴方を拘束させるつもりだったの。でも、外の世界は思いのほか腰が重かった。なかなか動こうとしないどころか、先にさとりと勇儀に感づかれる始末。特に勇儀に気づかれたのが不味かった。外の死神がノコノコ調査に来たのよ。こういう鬼は知りませんかーってね。」
 更に歩くパルシィ。
「仕方ないから計画変更。勇儀と協力して萃香を拘束したわ。けど、これじゃ不十分。萃香を殺したところで、貴方は勇儀のものになってしまう。だからさとりに入れ知恵したわ。とりあえず貴方の保護を優先しようと。でもダメだった。そうこうしている間に外の死神もやってきた。あれは気が気じゃなかったわ。けれど、運が良かった。貴方が運よく我が盟友、アリスのところに逃げ込んでくれたんだから。」
「アリス……あんにゃろう……」
「アタシがかばうのも変だけど、アリスを責めないでね。勇儀ですらアタシのことは疑ってなかった。自分で言うのもなんだけど、上手く対応し続けたわ。本当は萃香から貴方のことを聞き出してから動こうとしたんだけど。けど、先に華扇が感づいてしまった。ま、これは結果的にラッキー。お互い潰しあってくれたわ。けど死ななかった。何とか次の一手が必要だった。」
 パルシィがナイフを構え直す。
「だから私もリスクを負うことにした。表舞台にね。皆、馬鹿よね。勇儀や華扇に警戒する癖に、私のこと誰も気にしてないんだもん。そりゃ、後ろからブスっよ。」
 ワシの中で静かな怒りの火が灯った。こいつは絶対に……え?
「な、なんだ、これは?」
 突如、ワシから黒い煙が噴き出した!どういうことだ!?何だ、これは!?
「ふふふ、これが鬼の子供の産み方。愛し合うのではない。強い人間に悪意を抱かせること。萃香は遠回しに悪事を勧めてたけど。私はもっと手っ取り早くやる。」
「お、おい、くそ、止まれ!」
「ふふふ、怒らないわけないわよね。これでいい。貴方のトラウマを吸収して、アタシが最初に子供を産むの。ふふふ、貴方が発狂するまで頑張ってあげる。」 
「く、くそ……」
 どうすればいい?攻撃しようと思えば思うほど煙が噴き出す。けど、何もしなかったら事態が解決しない。くそ。
「ええい、イチかバチか!」
 ワシは発砲する。が、弾幕は空中で弾かれた。
「貴方が来る前に準備させてもらったわ。もちろんこんな結界、いつかは壊れる。でも壊そうとする貴方の敵意はアタシの子供を育ててくれる。さ、頑張ってね。」
「う、うう……」
 ワシは混乱した。どうしようもなく、どん詰まりだ。
「両さん!!」
 虫かごから萃香が叫ぶ。
「萃香、いい案があるか!?」
「ああ!そいつの子供の前にまず私のを産んでくれーーー!」
「あほかーーー!」
 ワシはずっこけそうになる。が……
「ん?煙、少なくなったわね。」
「ん?」
 萃香のアホらしいコメントで、一瞬怒りを忘れた。それに応じて、煙も少なくなったっぽい。
(そうだ、冷静に、冷静にだ。とりあえず、ワシが何もしなければ、コイツも何もできない。)
 ワシは座禅を組む。心頭滅却だ。が、パルシィは余裕の表情。
「無理よ、そういうの。こうすればねッ!」
「ぎゃああああッ!!」
「さ、裁判長!!」
 ワシは怒りで頭が沸騰する。パルシィが足で裁判長の傷を抉り始めた。
「くそ!このやろ!このやろ!」
 ワシは煙が出るのも構わず結界を銃把で殴る!煙はどんどん濃くなり視界を覆い始めた。
「両さん、ダメだ、落ち着いて。クソ!」
 萃香も暴れだす。が、虫かごは全く無傷。万事休すか……。

 ガーーーン!
「やっと開いた!」

 遠くの方で小町の声。動揺するパルシィ。どたどたという足音が近づいていく。しばらくしてドアが開かられ、小町が乱入してきた。
「はぁ……はぁ……これは?いったいどういう状況?」
「小町!」
 パルシィが頬を噛む。
「両さん、何だい、その黒い煙は?」
「後で説明する。ワシは結界で閉じ込められてるんだ。早く出してくれ。」
「いや、私の虫かごの方が先だ!」
 ワシと萃香の異なる要望に、小町が混乱する。その間にパルシィがバックステップだ。
「もう……あの巫女!せっかく金積んだのに、結界全然使えないじゃない!」
「巫女?まさか、この結界って霊夢が売ったの?」
 萃香が虫かごの中で呆れる。ワシも床を見ると結界を構成するお札に”博麗神社”と書いてあった。金で売るにも人を選べ!ワシも人のこと言えんけど。
「そう言えば、アタイも博麗神社に霊夢がいないことは気になってたんだけどね。そういう裏事情か。いや、よく考えれば外の死神がわんさか幻想郷入りしてる時点で霊夢を疑うべきだったよ。」
 呆れつつも鎌を構える小町。
「とりあえず、アンタが四季様を刺したのは間違いなさそうだ。落とし前、きっちりしてもらうよ。」
「断るわ。アタシは直接戦闘は苦手なの。……仕方ないわね。これは最後の手段だったけど、やむをえないわ。」
 パルシィが懐からビニール袋入りのお札を取り出した。厄払いと書いてある。当然、博麗神社製だろう。
「厄払い?アンタ、まさか、死神を厄払いで追い出せると思っちゃいないだろうね?」
「違うわよ。このお札はね……こうするのよ!!」
 パルシィ、何とお札を自分のおでこに貼り付けた!途端に黒い煙がパルシィから噴き出す!!
「ぐがぁああああっ!あああああッ!!」
「な、なにが起きてるんだ?」
 ワシを囲っていた結界が割れ、萃香の虫かごも腐り落ちた。パルシィの力がなくなったためだろう。けれど、なおも煙が噴き出すパルシィ!
「パルシィ、お前、まさか、死ぬぞ!!」
「萃香、パルシィは何をやってるんだ?」
「あいつ、嫉妬の妖怪なんだ。自分を浄化することで無理矢理子供を成長させようとしてるんだ!」
「え、えと、パルシィはどうなるんだ?」
「先に子供にエネルギーが入れば生き延びられる。だけど、足りなかったら……死ぬし、子供も死ぬ。」
「おいおい……」
 ワシはどうすればいい?こいつは敵だが……ええい、知るか!ワシは壁をぶん殴った!
「りょ、両さん!?」
「うぉおおおお!!」
 ワシは壁をひたすら殴る。拳から血が噴き出してるが、構わん!血まみれになりながら殴った。
「りょ、両さんから黒い煙が……まさか?」
「間に合え!この!この!」
「両さん、分かってるのか!今から生まれるのは両さんが持つ恐怖、そのものだぞ!両さん、発狂して死んじゃうかもしれないんだよ!」
「うるせぇ!!」
 ワシは無視した。考えてる暇はない。敵も味方も関係ない。ワシはワシにできることをする。今までだってそうしてきた。
「あ、集まった……」
 ワシは拳を止める。パルシィもお札を外す。パルシィは既に干からびたミイラのようだ。しかし目だけに異様な力が入っていた。
「出る……新たなる鬼が!この水橋パルシィが!鬼を作ったんだ!四天王ではなく、私が!」
 部屋の中心に人間大の闇の塊が出現する。黒から紫色、そして藍色に変わっていった。
 その闇は地面に足をつける。どんどん人型になっていった。手、胸、頭。全身の骨格が見え始めた時。闇が叫んだ。


「両津ーーーーーッ!!」







(エピローグ。小野塚小町)

「へ?え?部長?」
 年齢は50半ばだろうか。ずんぐりとした体格に警官服。ヒトラーみたいなちょび髭。誰だ、こいつ……。
「両津!」
「部長……あ、イテ!」
 オッサンの鉄拳が脳天に刺さる!
「両津、また悪事を働きおって!この馬鹿、馬鹿!」
「ま、ま、待ってください、部長ーーーー。今回、私は悪く……」
「ちゃんと謝れ、この馬鹿」
 両さんは男に無理矢理土下座させられる。
「誠に申し訳ございませんでした。ウチの両津の馬鹿のせいで……」
 しばし静寂。アタイも衝撃だけど、パルシィはもっとだ。思ってたのと違う!顔がそう言っていた。
「え、どういうこと?」
「彼はまさか、大原部長……?」
「四季様!」
 四季様が声を出していた。傷は結構深いけど、閻魔の力で何とか回復してるっぽい。
「聞いたことがあります。天国からも地獄からも受け入れ拒否されている両津。それを唯一抑えることができるのが大原部長。両津の上司だった男です。」
「えー、つまり、両さんのトラウマは、このオッサン?」
「そんな!」
 パルシィが叫ぶ!ガリガリの身体で床を叩く。
「こんなのって……じゃあ、私、何のために……。親友を裏切って、同族をハメて、閻魔を刺して……。こんなためじゃあないッ!!」
「……」
 アタイは何も言えなかった。アタイも自分が妊娠して子供産んで。出てきたのが50過ぎたオッサンだったらこうなるだろう。
「鬼は鬼でも、鬼上司だったんですね、生まれたのは。」
「誰が上手いこと言えと、小町。」
 もう戦闘は起きないと判断したのか、咲夜が駆けつけてきて、素早く後始末を始める。
「馬鹿者、馬鹿者、馬鹿者!」
「イテテ、部長ーーーー、話を聞いてくださいよーーー!」
「私、一体今まで何のために……」
 三者三様の大混乱を、アタイと四季様は生暖かい目で眺めていた……。





「で、結局、どうなったんですか。」
 私は執務室で四季様に尋ねた。色々あって、結局復職した。
「水橋パルシィは心神喪失で永遠亭でリハビリです。まぁ……あれは衝撃でしたね。両津のトラウマのはずが、むしろパルシィのトラウマになりましたね。」
「見事に上げて落とされましたよね。」
「萃香ら四天王も同じく永遠亭で治療を受けています。全員、毒を抜かれたように放心してるようです。ま、無理もないですね。もし彼女らが子作りを頑張ったら……」
「幻想郷に大量の大原部長が出現することになりますね。それはそれでトラウマです。」
「ええ、それは彼女たちにとってもね。そして大原部長の方ですが。残念ながら幻想郷にはいられないようです。天国と地獄の双方からオファーが来まして。両津が死んだときのための対策として、双方が欲しいと。なかなかな好待遇のようです。」
「もしかして、四季様が復職できたのって?」
「ええ、閻魔大王も掌を返しましてね。大原部長が量産されるなら、むしろ有益と考えたようです。幻想郷を大混乱させた今回の騒動ですが……まさか、こんな顛末とはね。」
「で、両さんは?」
「私も気持ちが分からないのですが。何故か大原部長と一緒にいます。トラウマの癖に何でついて行くんでしょうね。とりあえず幻想郷にまだいるわけですから、それまでは好きにさせましょう。今は人里にいるようですよ。」
「ふーん。」
 アタイは人里を覗いてみることにした。


「おお、まるで江戸時代にタイムスリップしたようだな、両津。」
「明治から大正くらいの時代らしいですよ、部長。」
 人里に行くと、両さんたちがパトロールしていた。声かけようと思ったけど、邪魔しちゃ悪いと思って、後ろからつけることにした。
「治安はいいのか?」
「正直悪いです。食い逃げや暴力沙汰が日常茶飯事。けれど、人は皆挨拶するし、ネット上でのいじめもありません。」
「うむ……それはワシも思うところがあるな。」
 部長の方が天を仰ぐ。
「ある意味、犯罪が表に出てた時の方が健全な世の中だったのかも知れん。今は隣の住民の顔すら知らん人も多い。ここは理想郷なのかもな。」
「それは我々が年をとったってことですよ。」
 しばらく歩いて部長が言う。
「ワシはな、地獄に行こうと思っている。」
「え?」
 両さんは驚いた。
「いや、部長。私はてっきり天国に行くかと思ってました。何でまた?」
「お前の言う通り、最初はワシも天国に行こうかと考えたんだ。しかし、まだ警官をやりたくてな。地獄の悪いやつを捕まえて根性を叩きなおしたい。ちょうどお前のような奴をな。」
「それは地獄の住人が震えあがりますね、お供しますよ。」
「ダメだ。」
 部長が立ち止まる。
「お前はここに残れ。この一週間、人里の方の話を聞いてきた。随分迷惑をかけてるらしいが。でも、ここにはお前が必要だ。」
「部長……。」
「ワシは……本物の部長ではない。お前が作った想像上の部長だ。そんな奴の近くにいてもためにならんぞ。」
 両さんの肩が震えていた。泣いているのか。部長が先に歩く。
「パトロール……先に行ってるぞ。お前はゆっくり来い。」
 両さんは答えなかった。声を出したら泣いてるのがバレるからだろう。そんな両さんを振り返らずに、部長さんは歩いて行った。




「え、じゃ、もう行っちゃったんですか?」
「ええ、本人から無理を承知で、と。」
 部長さんはあの足で地獄に行ってしまったらしい。両さんを気遣ってのことだろう。鬼なのに仏だ。両さんがなつく理由がちょっと分かった気がした。
「両さんは?」
「そうですか、と。本物ではないということは分かりつつも、懐かしかったんでしょう。」


 アタイは執務室を出て外に出た。両さんは川のほとりにいた。
「両さん……あの部長さんは……」
「部長が正しい。」
 両さんは私の方を振り向かずに行った。
「部長は……いや、部長じゃないな。あの人は偽物だ。ワシもそれは分かってる。今くらい短い間ならいいが。長くいれば本物との違いを嫌でも分かってしまう。そうなる前にワシを置いていった。偽物なのに本物みたいだよ、全く。」
 両さんが小石を投げた。いつもなら華麗に水切りしてる両さんがワンポチャだ。
「ワシはパルシィに感謝すべきかもしれん。短い間だが、いい夢見させてもらった。ついでに中川や麗子、本田も作って欲しいが……そういう都合がいいもんでもないしな。」
 両さんは頑なにアタイの方を見ない。きっと目は充血してるんだろう。アタイも背を向けた。
「しばらく、休暇を取りなよ。疲れただろ?」
「休暇なぁ。そうするか。」
 両さんが立ち上がる。
「いつまで休む。」
「そうだな、幻想郷がワシを呼んだ時。ワシはいつでも帰ってくるぞ。」



両津勘吉の幻想郷入り。終了。
こち亀の作者、秋本 治先生が紫綬褒章を受章されたことを記念して書き始めました。私は遅筆で、既に半年もかかってしまいました。

最後に。例えこの作品がクソでも、こち亀は神作です。
こち亀は神作
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コメント



0.150簡易評価
1.無評価名前が無い程度の能力削除
こち亀嫌いになりそうだわ
2.80猫まっしぐらフライゴンエビ削除
内容や熱量には感服するけど、まとめたほうがよかったかなと思います
なにあれおつかれさまでした
4.100終身削除
映姫様がそのポジションなのかなぁと思いながらどことなく物足りなさを感じていたのですがまさかオチに部長が出てくるのは最高に不意打ちでよかったと思います本物みたいだったのはそれだけ良くも悪くも両さんの思い出に擦り込まれてたのかなぁと思いしんみりしました 投稿方法が快く受け入れられるものでは無かったのかなと思いましたが内容は読んでて両さん達の元気をもらえた気がします
5.10パルスィ警察削除
「パルスィ」!!!