Coolier - 新生・東方創想話

第5話 ボーナス大戦争編

2020/04/09 21:25:48
最終更新
サイズ
19.33KB
ページ数
1
閲覧数
1230
評価数
1/1
POINT
100
Rate
12.50

分類タグ

 是非曲直庁に快活な声が響く。
「小町、いよいよだな!」
「ん、あー、そーだねー。」
 興奮する両津に、気の乗らない小町。
 明日は是非曲直庁のボーナス支給日なのだ。以前の小町ならボーナス前にはテンションが上がってたものだ。しかし、上がらないには訳がある。それは隣の両津。不祥事に次ぐ不祥事で、ボーナスなんぞほとんど残っていまい。更により懸念すべきは……
「最近さ、人里の商店街のオッサンが三途の川をうろうろしてるんだけど。」
「なぁに、外の世界ではいつものことだ。心配するな!」
「そりゃ、アタイは心配してないよ。」
 ため息一つの小町。もう説明不要だろうが、彼らは借金取りだ。両津が人里でしまくったツケを取り立てるために。三途の川に生きた人間が大挙して押し寄せてくるなんぞ、地獄始まって以来だろう。
「で、借金は返しきれるのかい?」
「何言ってんだ、小町。逃げるに決まってるだろう。外の世界の新しいドローンを入荷した店があってな。それを買う!」
 小町はますます頭痛がしてきた。
「もう、なるようになれ。アタイは知らないよ。」


 そして、夜。三途の川ほとりのテント内。テントの中には人里の商店街のおっちゃんやおばちゃんが詰めかけていた。中央には、熊のような大男。そう、ご存じ、度々出ている町内会の会長だ。
「さて、いよいよ明日はボーナス。ここで何としてでも取り立てる。」
 町内会のメンバーは一様にうなづく。是非曲直庁の対岸はまるで要塞のように固められていた。両津は空を飛べないし、そもそも三途の川は閻魔か死神しか渡れない。映姫が両津を助けるはずはないし、また小町も両津に船を壊されたために、今はレンタル(?)の小舟。スピードも出ないし、川は遮蔽物のない開けた場所。交代で見張れば不意に逃げられる心配もない。なので、会長は楽観的に構えていた。
「でも会長。両さんが籠城を決め込んだらどうします?」
「両津もパトロールという仕事がある。いつまでも上司の目が届く是非曲直庁で籠城するわけにはいくまい。」
 町内会の役員に自信満々に答える会長。しかし、その町内会長の発言に舌打ちして答える老婆がいた。名前をお花という。第一話で、両津が魔理沙とのチェイスした時に破壊した家の主だ。
「ふん!あたしゃ、どうにも信用置けないねぇ!」
「お花さん。我々は本気だ。何があっても絶対確保する。」
 熊のような町内会長がペコペコ。彼もお花さんには頭が上がらないのだ。
「いずれにせよ、今日は就寝!明日、10時がボーナス支給時間だ!各自戦力を整えておけよ!」



 そしてボーナス当日。10時15分。町内会メンバーは全員テントから出ていて物々しい雰囲気。刺股や熊手などの捕り物道具を抱えていた。全員両津が出てくるのを今か今かと待ち構えていた。そんな中、町内会メンバーの一人が双眼鏡を片手に叫ぶ。
「来たぞ、是非曲直庁の扉が開いた。両さんだー!」
 うぉおおおお、という歓声。町内会のボルテージは最高潮に達した。が、その双眼鏡の男がまた叫ぶ。
「待て!様子が変だ……小町さんがいない。両さん一人だ。でも死神無しじゃ三途の川を渡れないはず……」
 そう、両津は一人だった。しかし籠城する雰囲気もない。すたすたと川の方に歩いていく。
「何をする気だ……?」
「ごくり……」
 町内会、固唾を飲んで見守る。両津は川に何かを投げた。すると……
「怪物鯉だ!!」
 そう、三途の川から出てきたのは両津と萃香が第4話でまき散らした超コイノボリだ。三途の川で野生化していたのだが、そのうちの1匹を両津は飼いならしていた。両津は叫ぶ。
「へへへ、よし、亀有丸(コイの名前)。行くぞ!!」
 両津はコイの口に縄をかける。するとジェットスキーの要領でコイが川を上流へ遡った。速い!
 町内会長は慌てて叫ぶ。
「な、何だと!?追え、追うんだ!」
 町内会メンバーは慌てて追いかける。しかし、想定外のスピードだった。もちろん、上陸地点を別の地点にずらすことも考えて、町内会は岸部に広く分散して配置していた。しかし、両津の鯉はどんどん速度を上げ、無縁塚を超え、人跡未踏(おそらくは魔法の森の端の端。とても人が入れるところではない。)のよく分からない地点まで向かっていた。
「くそ、とにかく追えるところまで追え!おい、お前!人里の警備班に知らせろ!両津が包囲網を突破するかもしれんと!」
 会長の怒鳴り声がこだました。



「もうそろそろ良いか。おい、亀有丸。」
 亀有丸が速度を緩めて、接岸する。なお、亀有丸は両津の指令を理解しているわけではない。餌付けと機械学習による成果に過ぎない。
「しかし、大分上流まで来ちまったな。」
 人里は全く見えない。魔法の森の反対側の外れまで来てしまった。しかし好都合だ。両津はぐんぐん魔法の森に入っていく。森は、普通の人間にとっては危険だが、両津は普通ではない。むしろ森の魔物が両津を避けて行く。つまり、ここは両津にとっての安全地帯となる。
「とりあえず、魔理沙のところだな。人里まで運んでもらわんことにはな。」




「今のところ、両津、見つかってません。」
「うぅむ……」
 町内会長は唸っていた。ここは人里。両津を見失った彼らは、人里に戻り、両津を待ち構える作戦に切り替えたのだが。
「もう既に里の中に入ったんじゃないですか?」
「ぐぅぅ、しかし、うぅむ……」
 違う違う違う違う違う!
 両津はまだ人里にいないのだ。しかし、確たる証拠がないと、疑う必要のないものまで疑い始める、典型的な疑心暗鬼。が、彼らにはそれが分からない。かくして、無駄な人里内捜索も開始され、外部への警戒がおろそかになった。



 そんな中、両津は魔理沙の箒にぶら下がって運ばれていた。
「すまんな、魔理沙。ここらでいい。」
 ここは人里の外れ。ここからは飛んでいくと目立つ。歩いて中に入ろうと考えた。
「両さん、借金を返す気は?」
「ない!借金と喧嘩は江戸の華だ!」
(……私の本は無理矢理返した癖に……)
 魔理沙は何とも微妙な表情。今、魔理沙の家に本がほとんどない。以前、両津が大八車でパチュリーの本をすべて回収。そのまま紅魔館に運んだのだ。それ以来、両津は紅魔館と懇意にしているらしく、次に紅魔館で本を盗んだらすぐに両津に知らされるようになっていた。流石の魔理沙も、両津からは逃げられない。観念して、紅魔館に立ち入らなくなった。
「……」
 が、魔理沙は何も言わない。ちょっとした仕返しの機会が巡ってきたことに気づいたのだ。正確には仕返しと異なるが。
 魔理沙には弾幕少女特有の感知能力がある。人里の裏門。そこから2つの気配を感じた。両津は気づいていないが、相当な手練れ。このタイミングで外の誰かを待ち構える二人。もう誰だか分かった。
「両さん、じゃ、降りてくれ。私は帰る。忙しいんでね。」
「おう、サンキュー!」
 両津は飛び降りる。それに笑いを堪えて背を向ける魔理沙。
(両さん、私は嘘はついてないぜ。聞かれなかっただけだ。せいぜい揉まれてくれよ。)
 そんな魔理沙を両津は訝しることもなく、人里へ向かった。そして正に裏門を開けようという瞬間!扉の隙間から炎が飛び出した!
「うわぁあああ!?」
 野生動物並みの反射神経で避ける両津!そして炎が消えたその門。そこから2人の少女が、両津の前に立ちはだかった。
「こんにちはだな、両津。」
「借金は返さなきゃいけないよ、両さん。」
「げぇえ!!慧音と妹紅ぅ!?」
 思わず声が裏返る。
 そう、人里の守護者、慧音と妹紅。この2人は町内会長が取り逃がしたという話を聞いてからずっとここを見張っていた。というのは、進路からして両津は必ず魔理沙を足に使うだろうと読み、そして魔理沙が人里に来るときは必ずこの方向から入っていた。
 後ずさる両津に対し、進み出る慧音。首の骨を鳴らし、肩を回す。目には私怨も相当色濃く宿っていた。
「妹紅、下がってろ。今日という今日は私が引導を渡してやる!スペルカード、大火!”江戸のフラワー”!!」
 慧音がスペルカードを発動!花火のような弾幕が一面に散らばる!もちろん普通の花火は上空だが、この弾幕は地上で発動するのだからたまったものではない!
「ひ、ひぃえええ!!」
 ゴキブリのように避ける両津!だが、散らばる弾幕はところどころ両津の服を焦がしていた。”借金は江戸の華”と嘯いていた両津に対する強烈な意趣返しとなった弾幕だが、それでも乗り切る両津!
「まだまだぁ!三種の神器『剣』!」
「ひぃいい!」
 慧音が更に発動したスペルカード。それはいつもの様な弾幕ではない。弾幕を固めた剣で切り裂くという本気使用!両津が避けた背後で、雑草がバッサリ切られていた。無論、スペカルール違反ではあるが……。
「く、くぅ、くそ!」
 両津はたまらず逃げる!両津の自慢はスタミナだ。人里の侵入口はいくらでもある。走って回り込めばよい。なので両津は別の入り口に向かったが……。
「甘いよ、両さん。」
「妹紅?」
「フジヤマ・ヴォルケーノ!」
 空を不死鳥のように舞う妹紅からの火弾!それは地上に火柱を作った。
「あち、あち、あちちちち!」
 たちまり丸焼けになる両津。慌てて転がりながら火を消す。
「両さん、終わりだ。私とけーねの二人がかりじゃ分が悪いだろう。そもそも借金は返さなきゃ……」
「ワシは諦めん!!」
 カッコ悪いことをカッコ良く叫ぶ両津!両津が懐から何かを投げる。それは勢いよく投げたのではなく、それこそポンと投げてよこす。だから、慧音も妹紅も思わず受け取ってしまった。そしてそれを受け取った瞬間、それは茶色の煙が噴き出した!
「いったい何を……、は、は、はっくしょん!」
「これは……ぶぁっくっしょん!こ、コショウ?」
「どうだ、胡椒袋の味は?幻想郷にはなかなかないだろう。」
 胡椒は幻想郷では貴重品。普段触れていない分、彼女たちは敏感だった。胡椒袋を受け取ってしまった二人は地面にうずくまってしまう。
「く、くそ、両津。私は絶対に……は、は、はくしょん!」
「私たちを超えても……くしゅん、里の自警団は……くしゅん!」
 そんな彼女たちを一瞥もせずに走り去る両津。
 彼女たちがようやく顔を上げた時、両津はとっくに消えていた。




「むむむ、警戒が強いな。」
 両津は唸る。いる場所は橋の下。その上には町内会の人間が見回りしていた。両津にとって予想外だったのは、自警団も捜索に加わっていることだ。町内会のメンバーは素人だが、自警団はプロ。限られた人間を効率よく循環させていた。規則正しく動く自警団にランダムに動く町内会。確かに逃げる方としては厄介な部類だろう。
「が、亀有商店街ほどじゃないな。」
 余裕で懐を探る両津。そう、借金取りから逃げるという意味では両津もプロだ。両津が懐から取り出したのは爆竹。さっきの妹紅に火をつけられた時に引火しなくてよかった、と独り言を言って、火をつけた。

パ、パ、パ、パーン

「なんだ、なんだ?」
「あっちの方だ!」
 音の方に寄せられる町内会メンバー。慌てて囮の可能性があると警告する自警団。しかし、もう遅い。両津は橋の下からドブネズミのような俊敏性で路地裏に移動。狙うは外の世界の物品専門の雑貨屋。ここから大通りを2つ隔てている場所だ。逆に言えば、あと2つ関門を突破しなければならない。



 所変わって、こちらは自警団の詰め所。
「爆竹、妹紅さんの証言、間違いないな。」
 町内会長はそう唸る。既に警備対象は外ではなく中に切り替えており、爆竹事件は迅速に会長に知らされていた。しかし問題は、何故両津が爆竹を使ったか。そしてどこから使ったか。若い衆が地図を広げて説明する。
「両津が妹紅さん慧音さんと接触したのがこの場所。そして爆竹を使ったのはこの場所です。一見離れた場所に見えますが、こうしてみてください。」
 若い衆が色鉛筆で線を描く。人里の外から、塀を越え、町の裏通りを通り、そしてドブ伝いで川まで行く。線は最後に橋でストップした。
「こういうルートを通れば、警戒網を潜り抜けて橋まで行けます。で、ここで爆竹を使った。爆竹を使った方向がこっちということは、爆竹とは反対側の大通りを横断していると思われます。つまり、この町内!」
 町内の一角を四角で囲む。そう、正に今、両津が潜伏している場所をがっちり指していた。
「問題は両津が何故危険を冒してまで人里のどこかを目指しているか、だな。」
 そう指摘したのは上白沢慧音。胡椒攻撃から復帰した。同じく復帰した妹紅がそれに答える。
「だいたい予想はつく。借金を返す前に、給料を使い切っちまおうという腹だろう。宵越しの金は持たない、とか言ってたし。」
 この妹紅の推理も当たり!そう、両津の目的はそれだ。だが、そこまで。町内会長が唸る。
「しかし……最終目的地が分かればそこに網を張れるが。あるいはここが既に最終目的地という可能性も捨てきれん。今は両津が人ごみに紛れて通れないように、敢えてこの町内を隔離しているが。」
 そう、町内会長は町内の一角そのものを人里から隔離した。その一角は立ち入り禁止となり、出れない入れない状態だった。流石の両津もこれにはお手上げ。なので、町内会が突入するどさくさに紛れることを狙っていた。
 今は、お互い手詰まりという状況だった。そうなると、例のお婆ちゃんの小言が増える。
「何だい、でくの坊が揃いも揃って。」
「お花さん、必ず我々は捕まえる……」
「どうだかね!アンタは毎回毎回。図体ばかりデカくなって!」
「……仕方ない。お花さん、今まで皆には黙っていたが。ワシには秘密兵器がある。両津を見つけさえすれば絶対に取り逃しはしない。約束するよ。」
 そう言って、町内会会長は自分の背後を指さした。布で覆われたそれはかなり巨大なものだった。




「うぅむ、まだ奴ら来ないか?」
 両津はそう独り言をこぼす。両津はある家の床下に潜んでいた。両津の見立てでは30分もたてば町内会の連中は突撃にくると思っていた。しかし既に1時間以上経過。是非曲直庁から飲まず食わずで進んでいた両津は流石に辛い。
「持久戦では敵わん。ワシから仕掛けるしかないか。店のオヤジにも今日中に入金すると約束したしな。」
 両津は懐を探る。そこには秘密兵器の数々。しかし数にも限りがある。
「胡椒袋は、もう妹紅たちが伝えただろう。効果は期待できんな。が、だ。」
 両津は懐の感触を確かめる。この秘密兵器はあと2種類。そしてその一つは両津の下劣さを集約させた、正に両津らしい一品。
「まぁまずはこれだな。」



 人里に、突然大声が響き渡った。
「げぇぇええ!?裁判長!?何でですか!?」
「貴方という人は毎回毎回人里の皆さんに迷惑をかけてガミガミガミガミ!!」
 人里に両津の悲鳴と四季映姫の説教が木霊する。予想もしなかった展開に町内会会長も慧音も色めき立つ。
「これは……四季映姫の声?」
「そうか!映姫様が両津をとっちめてくれたんだ!」
 町内会と自警団に安堵、そして緩んだ空気が流れる。全員が談笑しながら声のする方にゆっくり歩いていく。
 もう読者の皆様はお気づきだろうが、幻想郷では仕方がない。携帯できる録音機など、幻想郷の文明レベルでは存在しない。両津は予め、外の世界から持ち込んだスマホに四季映姫から受けた説教を録音していた。そしてスマホを屋根の上に放り込んだだけ。そして自分は床下経由で移動し、そして大通りに繰り出した。
 が、である。天はそんなに甘くなかった。
「あ、両さんだー。」
「げ?」
 その大通りにいたのは、近所の子供たち。両津を見つけて歓声を上げる。もちろん、その歓声は町内会メンバーたちにも聞こえる。
「え、あっちにも両さん?」
「どういう……」
「分かった!これは罠だ!子供たちの方に両津はいる!」
 一斉に駆け出す町内会メンバーと自警団!
「やばい……」
 と思った両津だったが、もう遅い。下手に町内会のメンバーが拡散していたのが災いした。両津から見て全方向に散らばってしまったため、あっという間に包囲されてしまった。刺股や熊手で武装した町内会メンバーと自警団の前に強行突破もできない。切り札と思って使ったスマホ作戦が完全に裏目。逆にピンチに陥った。
「観念しろ、両津。今までの町内会のツケ、払ってもらおうか!」
 熊のような体格をした町内会会長が進み出る。口と鼻は手ぬぐいで覆われていた。胡椒対策だ。
「ぐぐぐぐぐ……」
 両津、悔しそうな顔で唸る。
「両津、実は貴様のために秘密兵器を発注していたんだが……使う間もなく終わってしまって残念だよ。」
 会長は後ろの布の塊を親指で指さす。それは大型の台車で運ばれていた。なかなかの重量なようだ。最も、この状況なら無用の長物。現に両津は観念した顔で懐に手を伸ばす。そう、ボーナスが入っていると思わしき懐へ。

 が、だ。取り出したのは大きなガラス瓶。中は真っ黒だ。
「両津?それは何だ?」
「ふふふ、これがワシからのボーナスだ!受け取れーーーー!」
 両津、ガラス瓶を地面に叩きつける。その黒いものは瞬く間に拡散。ただ拡散するだけではない!不気味な羽音を出しながら拡散。これは……
「うげぇ!ゴキブリ!?」
 そう、ゴキブリ!人間なら誰もが嫌悪感を抱くそれ。もちろん、町内会の男たちはゴキブリなど怖がらない。しかし、それが300匹近く解き放たれたら話は別!
「うげぇええ!」
「ひぃいいいい!」
「わ、わ、わ、わ、わ。」
 阿鼻叫喚である。あるものは蹲り、あるものは転げ、あるものは逃げ出す。どんな爆弾よりも強力な効果を発揮したゴキブリ爆弾!両津は包囲網を強行突破。もはや裏通りには入らない。そのまま通りを駆け抜けて店に向かう!両津のパワー、スピード、スタミナ。それを個で上回る男は町内会には存在しない。否、存在しないと思われていた……。
「『伸びーるアーム』!」
「うぉ!?」
 間一髪で両津は横転して避けた。さっきまで両津がいたところに、小さなクレーター。それは後方より発射された。
「両ーーーー津ッ!!この秘密兵器を使う時が来たとはな。見よ、河童製、水圧駆動モビルアーマー『盟友くん5号』!」
「何だ、そのクソダサいネーミング!」
 町内会会長は3m近くある機械に乗り込んでいた。ずんぐりとした丸い胴体に、2本の腕と足。その一つ一つが河童の『伸びるアーム』だ。ただし威力は弾幕ごっこの範疇から外れた、リミッターなしの一品だ。
「『伸びーるウォ-ク』」
 ロボットが歩き出した。歩くモーション自体は普通だ。しかし、問題は脚。脚が一瞬で5mくらい伸びたため、たった一跨ぎで両津の頭上へ。
「うわぁ?」
「『伸びるアーム』連打!!」
「ひぃいいいい!?」
 そこから雨のように降り注ぐパンチの連打!両津、転げまわって避ける。パンチされたところには、逃げそびれたゴキブリの死骸が残っていた。
「ふん、なかなか気持ち悪いな。」
 町内会会長自身はロボットのコックピットに格納されているため、ゴキブリと直接触れることはない。しかし、それでも潰れたソイツを見て気持ちのよいものではなかった。
 あたりには両津とロボット。そして大量のゴキブリたち。町内会のメンバーは既に遠巻きに事態を観察していた。なお、唯一残ってるのは上白沢慧音。ゴキブリ攻撃により、泡吹いて失神していた。
「くっそーーー」
「どうした、両津?まだまだいくぞ、それそれ!」
 矢継ぎ早に繰り出されるパンチを器用にかわし、両津は『伸びーる足』にドロップキック!ロボットはバランスを崩して転倒!……かと思いきや、
「甘い!」
 ロボットは地面に手をつき一回転着地。まるで体操選手のような身のこなしだ。
「どうした、両津くん、これで終わりかね?」
「くっそーー、借金取り立てるだけのためにいくら使いやがったんだ!」
「……それは言うな。」
 ちなみに両津のボーナス総額の3倍程度つぎ込まれている。
「ならば、これならどうだ!?」
 両津は民家の屋根を登った。威力から考えて、あのパンチを撃ち込めば民家ごと陥没するだろう。ならば、民家を人質にすれば、奴は手出しできない。両津はそう考えていたが……。
「甘いな、『バブルガン』」
 バブルガンとは心綺楼異変の時ににとりが開発したスペルカードだ。遠距離の敵には泡をぶつけて弾き飛ばし、近距離なら敵を泡の中に閉じ込める。このバブルガンは盟友くん5号の胴体から発射され、両津を屋根から弾き飛ばした。泡のダメージは大した事ないが、屋根から落ちるんだから受け身をとっても痛い。
「ははははは!両津!私だって手荒な真似はしたくない。諦めてボーナスを置いて帰るんだな。」
「いや、ワシは諦めん!」
「む?」
 両津、今度は盟友くん5号の足にしがみつく。
「無駄なあがきを……、こら、離れろ!」
「うぉおおおお!!」
 会長は足を大きく振るが、両津は離さない。が、それだけ。誰が見ても悪あがきだ。しかし、その悪あがきの中でも両津の頭はフル回転。僅かな勝機を探していた。すると……
「ん?」
 両津は耳を澄ませた。両津が掴んだ足から聞こえるのは水が流れる音。そういえば、このロボは河童の水圧駆動だと言っていたな。どういうメカニズムかは分からんが、柔軟な動きを担保するためにゴムを使っている……。
「くくくくく、会長。残念だったな!」
「ん?どうした両津?」
「これで終わりだ!!」
 両津、盟友くん5号の足に噛みつく!もちろん、強靭なゴム材料でできているそれは、通常、人間の歯では文字通り歯が立たない。しかし、相手は両津!両津の歯はげっ歯類並みの硬度と鋭さを誇る!
「ば、馬鹿!離れろ!」
 会長、慌てて足を振り回すが、両津は離れない。むしろ、振り回す度に歯が食い込む!そしてとうとう、足から水が噴き出した!
「げぇええ!?」
 会長、最後の力をふり絞って足を大きく振るが、それが不味かった。両津は空の彼方に飛ばされたが、口の中にはゴムの塊。そう、足の被膜は完全に穴が空いた。
「あぁあああああああ!!」
 水圧が抜けて、足から崩れ落ちる盟友くん5号!会長が乗り込んだ胴体は民家に激突し、倒壊させた。






「両さん、無茶するねぇ」
「た……助かったぞ、小町……」
 小町の腕の中で、両津、力なく答える。盟友くん5号の最後の抵抗で飛んで行った両津は高度10mに達した。このまま落ちれば絶命は免れない。が、空中で小町が受け止めたのだ。
「ここでいいかい、両さん?」
「ああ。」
 人里の一角に着陸する小町。外の世界からの輸入雑貨店の目の前だ。紆余曲折あって、ついにたどり着いた。両津は感無量だ。
「助かったぞ、小町、あとで礼はするからな!」
「いいって。もうしてもらったから。」
「? まぁじゃあな!」
 両津は店の扉を開けた。
「待たせたな、オヤジ!ちゃんと入荷しただろうな?」
「両さん、アンタ、無茶苦茶やってるね。あっしは金さえもらえりゃ、文句言わんがね。」
「おう、命を懸けて守り抜いたボーナスだ。受け取りな。」
 両津は懐から封筒を出す。中には金……はなかった。手紙だ。
「へ?え、え?」
 封を開ける両津。中にはこう書かれてた。

”両さん、小町だ。これを読んでる頃には、
 もうアタイは商店街に借金を返し終わってるだろう。
 借金は返さなきゃいけないよ、両さん。
 ボーナスはこっそり取り上げさせてもらった。
 四季様にも許可してもらってる。
 これに懲りて……”

 続きは読まなかった。
「くっそ、小町!!」
 勢いよく戸を開ける両津。もちろん小町はいない。
 走る両津!走って、走って、大通りに到着したが……。
「おう、両さん!きっちり返してもらったぜ、借金。」
 手を上げる商店街のオヤジたち。なお、隅では正座して小っちゃくなってる会長。民家を倒壊させたことをこっぴどく怒られてるらしい。
 そして、小町はいなかった。


「くそーーーー!小町ーーーーー!!」

こち亀の作者、秋本 治先生が紫綬褒章を受章されたことを記念して書き始めました。私は遅筆で、既に半年もかかってしまいました。

最後に。例えこの作品がクソでも、こち亀は神作です。
こち亀は神作
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.簡易評価なし
1.100終身削除
両さんだけじゃなくて敵もなかなかに無茶をしてくるのがギャグ回ぽくて好きです 今までレギュラーながらあまりパッとしたところのなかった小町が最後に持っていったのが不意打ちでよかったと思います なんとなく原作の纏とのコンビのイメージに近いものを感じます