Coolier - 新生・東方創想話

凪の稲妻

2020/03/26 20:37:14
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自分が"普通"と違うと自覚したのは中学のはじめの頃だったと思う。
一世一代の告白。水を浴びせれば、じゅわっと弾きそうな赤熱が真っ直ぐに私を見ていた。
雨上がりの軟らかい土の匂いがする。分厚い校舎を隔てて陸上部が両脚で地面を叩く音が聞こえる。彼の背後では躑躅の花がその顔に負けじと赤く咲いていた。そんなことばかりを覚えている。
私は――クラスの中では目立つほうだと自覚している。誰かに媚びようと思ったことはないが、見目が悪くならないようにはしていた。髪にはトリートメントを使い、制服にはアイロンをかけ、家を出る前には顔を洗って鏡の前で二、三度微笑む。特に秀でたものを持っているわけではないが、そんな当たり前の積み重ねが他人よりも少しだけ多かったように思う。
だからきっとこれは必然だった。
何か言葉を、できれば気の効いた、彼を傷つけず自分も傷つかない上手な言葉を。
散逸する意識をかき集めて、必死に頭の中で辞書をめくる自分を横目に、もうひとりの私がおそろしく冷静に自嘲した。
こんなものか。
友達との会話が盛り上がるのは、いつだって恋の話題だった。誰が誰を好いている、誰と誰が付き合っている、誰と誰がこんなことをしていた、いつかあなたも、いつか私も……。みんなと同じように私もその話題に自分を重ね、憧れに心を浮わつかせたものだ。
それは初潮のようにいつか自然に来て、恥ずかしいけれど当たり前のこと。その瞬間に私は稲妻に撃たれたような衝撃とともに砕け散り、なにか崇高なものに恍惚と生まれ変わるのだと根拠もなく夢見ていた。そして今、その瞬間がやってきたのだ。それなのに。
「ごめんなさいっ」
それは痺れるような刹那の閃光ではなく、べたつく毒の沼に落ちる感覚に似ていた。
彼はクラスでも人気者で、私に好意を向けているなんて思いもしないほど誰にでも分け隔てなく接していた。スポーツができて、清潔感があり、勉強が程よく苦手。自分を軽く卑下して相手を立てるのが上手かった。私を含め、誰からも好かれるいい人。
だから、間違っているのは私だ。
どう手足をばたつかせても不快な泥が指の隙間を抜けていく。爪の深くまで黒い泥濘が染みるのを感じる。そうして彼の真心が、恋い焦がれた幼い夢が、根拠のない怖気に定義付けられていくのが恐ろしかった。
私は覚悟を決め、赦しを乞うように深々と頭を下げる。
「気持ちは本当に嬉しいんだけどっ」
用意した台詞はそこまでで、あとは自分でも気味が悪いくらい舌が回った。けれど私の気持ちは空っぽで、口に出る言葉もそれを体現するように支離滅裂。勇気をもって心を開示してくれた相手に対して、あまりに不誠実な対応だと思う。それでも赦されたくて、救われたくて、薄汚い心根ばかりが露呈する。惨めだと分かっていても、罪を罪で上塗りするような、空虚な弁明が沸きだして止まらない。そのとき私の精神は肉体を離れていて、壊れたカセットテープみたいな騒音を奏でる誰かの傍で、赤い躑躅の花弁が緩やかに回転している様を呆然と見ていた。
それはこれから彼と交わす全ての言葉を先取りして早回しにしているようだった。事実この件以降、彼と話したことは一度もない。彼との関係はそんなおぞましい時間の中に凝縮されて、やがて私が糸の切れるような唐突さで自分の狂乱に気付くと同時に底を尽き、そのまま終わってしまった。
馬鹿な私とは対照的に、彼は簡潔な台詞でこの縺れた状況を見事に繕った。熱暴走を起こしていた私には、それがどんな魔法の言葉だったかは思い出せない。けれど最後に彼は笑っていたし、私も歪ながら真似るように笑ったと思う。どちらも泣き出したい気持ちだったはずなのに。
彼が立ち去った校舎の陰、一人残された私を風が撫でた。そして悪夢から目覚めたあとのような、ひどい汗を帯びていたと知る。多分その頃から、私の中でなにかが壊れはじめた。





「早苗はさあ」
話しかけられ、隣を歩いている友人Aの方を向く。
彼女は目線を中空に漂わせ、紙パックからコーヒーを吸い上げている。まるで最初から話しかけてなどいないとでもいう風に。
慣れない頃は幻聴かと思ったりもした。けれどこれが彼女の癖であるらしい。相手が呼びかけに応えてからワンテンポ遅れて話す準備を始める。良い癖だとは思わないけれど、咎めるほどでもない。思えば彼女の行動は常々そういう微妙な身勝手さと共にあった。不思議なもので、私はそれを不快に思ったことはないし見たところ私たちの周りの誰もがそうだった。
そんなわけで私はいつもどおり、彼女の咥える半透明のストローの水位が戻るのを待った。
「卒業したらどうすんの?」
「そうだねえ……」
この頃、既に私は幻想郷へ往くことを決めていた。せめて学校を卒業するまで待ってほしいと二柱に頼み、了承を得ている。日に日に痩せていく神様にはすまないと思いつつ、こちら側の世界も私にとって大切なものなのだ。きちんとした節目を迎えないと悔いが残るし、きっとそれは二柱にとっても不敬なことだと思っていた。
つまり友人Aの問いかけは、実は私たちにとって共通の話題ではない。
「とりあえず大学は決まってるし、そこでのんびりするかなあ」
「セレジョでしょ。いいなあ、早苗は頭よくて」
「適当にサークル入って単位とってオトコ作って……みんなと一緒だよ」
そう言って私は無難に笑う。この話も嘘と呼ぶには馴染みすぎた。
多少羨ましがられるセレゼニア女学院とやらの入学の切符は持っているが、入試で一度くぐったきりの門を再び通ることはない。この時期に進路不詳では何かと不具合が生じるから一応だ。
けれどオープンキャンバスに足を運んだり、難解な方程式に頭を悩ませたり、友達と進捗を報告しあいながら徹夜で参考書に取り組んだり、合格発表に歓声をあげてみたり……そのどれもが私にとって必要なこと。幻想入りに伴う世界補正で誰もが私の存在を忘れ、苦労して手に入れた入学の権利も然るべき誰かに移るのだとしても。
そうやって私は現世の後悔を削ぎ落としていく。演技でも嘘でもなく、心の底から私は私に没頭する。それは幻想郷という未知の世界に溶け込むための儀式のようなものだと解釈していた。誰にも言えない孤独な秘密。けれど別にそれが悲しいことだとも思わない。
私は壊れているのだろうか?時折そんな疑問を自分に投げかける。自分の存在が今いる世界から消失する――それは救いのないな悲劇だと思うのだが。
ふと蘇る記憶の中に、恋に破れた少年が真っ赤な顔で微笑んでいた。今ならもう少し上手なことが言えるように思う。少なくともこの高校生活で、私は他人の心を丁重に手折ることができるようになっていた。
「大学はイケメンが多いといいなぁ」
女子校だけどね!と付け加えて友人に歯を見せる。
「Aは共学でしょ?合コンとかってあるのかな。あったら呼んでね、行ってみたい」
「やだよ。私、自分よりかわいい子は誘わないことに決めてんだ」
「よかった、じゃあ誘ってもらえるの待ってるね」
苦笑して私の肩を叩く友人A。そんな彼女の手を捕まえて、無理やりに腕を繋いだりする。
面白くて、個性的で、とても大事な友人。それでも自然な言葉が次々と口を衝いて出て、私の嘘は綻ばない。
引き止めてほしい。私は生まれ育ったこの世界を、今を生きるこの場所を、私を取り巻く人々を愛している。
私は楔を求めているのだと思う。現世に留まるに値する、心の底から手放したくない何かを。実のところ二柱を裏切ることになっても構わないとさえ思っている。
「経済学科ってなにするんだろうね」
友人は言う。根っからの文系である彼女は文学部に落ち、なぜか併願の経済学科に合格した。人生はままならない。
「なんか難しそうだよねえ」
「私、自分のお小遣いの管理もできないのに!」
次々と言葉は出る。
矛盾が生じないよう頭を悩ませることはほとんどない。作為など何もないのだから。
「そうだ」
友人は言うや否や遠くを見て、私などまるでそこにいないかのようにストローを咥えた。半透明のストローの中を茶色い濁水がゆっくりと昇って、降りてゆく。
彼女の奇妙な癖。間延びした時間。ストローの中身が動くのを見ながら次の言葉を待つのが、私は好きだった。
「玉の輿!」
声を出して笑う。組んだ腕がどちらともなく引き合い、足元がふらつき、それが可笑しくて馬鹿みたいに笑う。
彼女だったら、きっと経済の海も玉の輿も乗りこなせるだろう。





「卒業生代表――」
はいっ!と歯切れのいい声が体育館に響く。パイプ椅子から跳ね上がるみたいに立ち上がったBちゃんは努力が好きだった。三年間の学生生活で同じクラスになったこともなく、特に仲がよかったわけでもないので、彼女について知っていることは少ないが……強いて言うなら立派な囲いと手入れされた果樹園みたいな庭に聳える家に住んでいることだけは何となく知っている。
休み時間に何度も練習していた彼女の発声を聞いていると心が安らいだ。私にはあんなハキハキとした大声は出せない。
学年投票で彼女の名前を書いた大多数に感謝である。そしてなぜか私の名前を書いてくれた数人の誰かにも。ありがとう。
晴れて卒業生代表になった彼女の模範的でどこか機械的な発声は、心のどこかで涙を流すタイミングを計らっていた卒業生たちに妙な緊張感を走らせた。意地悪なようだけど、私にはそれが少し可笑しく思えた。
悲喜交々を湛えつつ、卒業式は粛々と進行していく。
私は卒業生に配られた胸元の花飾りを指で撫でた。造花の花びらは乾いていて、半透明の接着剤がその一枚一枚を連ねている。
見渡せば、滞留したような日々をのほほんと生きてきたクラスメイトたちが各々緊張や感動、あるいは手持ち無沙汰に身を委ねていた。クラスのリーダー的な存在で毎日楽しそうだったC君は意外と退屈そうにしているし、頻繁に変わる派手な髪色を一年間先生に咎められ続けたDちゃんは今朝急遽、申し訳程度に染めたと分かる黒髪を揺らしてハンカチに顔を押し当てている。Eちゃんは……。F君は……。
皆それぞれの道を往く。少し違ったニュアンスだけれど、私も皆と同じようなものだと考えていた。
「卒業証書、授与――」
最初、神奈子様と諏訪子様に幻想郷への旅立ちのタイミングは「卒業証書授与のとき」とお願いした。壇上で証書を受け取り、それと同時に世界から去る姿はなんだか絵になると思ったのだ。けれど卒業証書は代表者一人が受け取って、そのあと教室で配布される方式だと聞かされて、慌ててタイミングを変えてもらった。
やはり代表のBちゃんが壇上に上がり、校長先生から仮の証書を受け取る。特にセリフもなく一礼して、壇上から下りて、着席。それは私が想像していたよりも淡白で、危ないところだったと心の中で苦笑いした。
けれど、そんな淡白な儀式は卒業式が終わりに近いことを意味していた。僅かなモラトリアムを得たとはいえ、既に秒読みは始まっている。
もうちょっと焦ってもいいのに。
私の心は驚くほど落ち着いていた。
もう皆と会えなくなる。誰も私のことを覚えていない。私という存在は、最初からここにはいない。そういうことになる。
私が頑張ってきたこと、好きだったもの、関わってきたもの――全部全部が無駄になる。無かったことになる。それは死よりも残酷なようにさえ思えるのに。
私は結局、この世界に留まる理由を見つけられなかった。それはとても悲しいことのはずなのに。
「卒業生、起立」
クラスメイトが一斉に立ち上がり、鈍い音を立ててパイプ椅子が床を削る。私も彼らと同じように動き、倣う。
今この瞬間も、私は空想の稲妻を待ち続けていた。そしてもはや、それが私を焼くことはないと知っている。
そう、ずっと――知っていた。
ふと見上げた体育館の窓から見えた空は青く、霞のような雲が染み付いたように小さなキャンパスに浮いている。遠くで"蛍の光"が流れ始める。クラスメイトのすすり泣く声が小さく聞こえる。剥離するような感覚は約束された世界との別離ではなく……なんのことはない、ただのノスタルジー。私はまだ、ここにいる。
父兄に見られるのが恥ずかしかったのか、啜る音が響くのを怖れたのか、教室に戻るとクラスメイトたちは涙を隠さなくなった。邪推するのなら努めて涙を見せるようにしているものもいるのかもしれない。
真白で退屈な文字が書き込まれるばかりの黒板に、今日は色彩々の落書きがしてある。緑色のチョークの存在なんて初めて知った。本当は使われていたのかもしれないけど、記憶をどれだけ手繰ってもあれほど授業中に眺めていた黒板に何がどう書かれていたかなんて思い出せもしない。
黒板に散らかった思い思いの落書きに添えて、クラスメイトの名前が書き込んである。原型をとどめていない渾名だったり、名簿片手に思い出したように書かれたことが透けて見えるフルネームだったりする。それはこの学生生活における、どんな成績よりも大切な評価であるように思えた。思わず自分の名前を探してしまう。
『さなえ!!!』
それはすぐに見つかった。
いつも呼ばれる名前が、三つも連なった感嘆符と青の縁取りで強調されている。
「あれれ、早苗?」
嬉しかった。
涙声の友人が私に覆いかぶさり、ぐちゃぐちゃになった顔を自然に蹲らせてくれる。堰が切れたように涙が溢れ、声をあげて私は泣いた。
私は――確かにここに居た。
皆に忘れ去られようとも、世界から存在が掻き消えようとも。
たとえ夢見た光が私を撃たず、砕かず、創り変えないとしても。
私だけは覚えている。これは私だけの、世界に一つだけの、忘れられない思い出になるだろう。
気の利いた友人も私の背にしがみ付いて泣いている。強く抱きしめられた腕と温もりと重なる声を、ここに存在する今、この瞬間を、もっと私に染み付かせて。
「先生真ん中に来て!」
「見切れてるっ、もっと寄って寄って」
集まる声に顔を上げると記念撮影の業者がカメラを向けていた。クラスメイトが黒板の前に集まり、肩を寄せ合い重なり合って、それぞれの感情を小さなレンズに向けている。
待って、もう少しだけ。私にだって準備ってものがある。せっかくの思い出の写真に、こんな情けない顔で写るわけにはいかないじゃん。
「ほらっ、笑え早苗!」
背中で友人が私の髪をぐしゃぐしゃと掻く。ああ、もう顔も髪もめちゃくちゃだ。もうどうしようもない。私はせめて一人でそんな姿を晒すまいと背中越しに友人を引き寄せ、晴れの日に整えてきたとみえる髪を掻き混ぜた。
カメラマンが合図をする。秒読みが始まった。
シャッターを押す指がスローモーションに動いて見える。まるで時間を圧縮してフィルムに焼き付けるかのように、それは本当にゆっくりと。

教室のカーテンが静かに揺れて、柔らかな影が板張りの床を撫でる。
三月の陽光に温められた風は教室を一巡して、最後に涙に火照った頬に優しく触れた。
お世話になっております、うつしのです。

「節目」をテーマに一筆書いてみました。卒業シーズンですし、そんな雰囲気も交えつつ。
保守的な性格なので、自分にとって変化とは基本的に恐ろしいものです。
そんな恐怖を東方で分かりやすい「変化」を経験した早苗に委ねてみたのですが、思いのほか彼女はストイックに変化と向き合いそうで……そのまま泳がせる形で本作が出来上がりました。頭の中でキャラが独り歩きするのはちょっと楽しかったです。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
小説は本業ではありませんが、Twitterを中心に同人活動頑張っていますのでフォローいただけると喜びます。→@Minamy_0606
うつしの
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コメント



0.150簡易評価
3.100奇声を発する程度の能力削除
とても良い雰囲気で好きです
4.100終身削除
消えるのがイヤだから言い訳になる何かを、じゃなく
直接じゃなくても思い出としてつなぎ留めてくれるのとともに自分の背中を押してくれるものを見つけたおかげで自分の役目や積み重ねてきものが消えてしまう恐怖と闘っていくことを選べるのがとても健気な早苗さんでよかったです 本当にいいものを見せてもらいました…
気怠い日常のなんやらでもう作業になってしまった行動やがんじがらめの進路の中にある貴重な節目やイベントが、仲間内だけに理解できる特別な意味を持つみたいなのとか学校生活特有の空気感というか雰囲気の描写が現実離れしてるほどどこまでも綺麗なのにすごくリアルでガツンときました
すごく懐かしい気分になります 最高!!!
5.100名前が無い程度の能力削除
出会いのための別れの季節ですね……
6.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです
7.100名前が無い程度の能力削除
よかった
8.100名前が無い程度の能力削除
文章から学生っぽい考えかたが伝わってきてよいです
これぞ青春
9.100ヘンプ削除
どことなく早苗が生きて、何かを残したいと思っていたんだと、とても素敵なお話でした。
10.100名前が無い程度の能力削除
めっちゃ良かったです
気持ちがすごい伝わりました
11.100南条削除
とてもおもしろかったです
卒業という重要なようで終わってみればあっけなく、それでも何かが確かに変わっているような人生の節目を早苗を通して追体験しているような気分になりました
ストローの中身の上下で会話のタイミングを測る早苗に友人との慣れた関係性を感じ、それが失われる寂しさに胸を締め付けられるようでした
素晴らしかったです
一本の映画を見た後のような充足感がありました
12.90名前が無い程度の能力削除
青春が消える寂しさが伝わってきてすごい良かった
14.100サク_ウマ削除
誰も覚えてないとしたって、終わりは映える方がいいよねって、すごく気持ちが分かります。
予定を勘違いしていて、土壇場で調整するあたりだとかも、本当に等身大だなって。
素敵な作品でした。良かったです。