Coolier - 新生・東方創想話

BABY YOU CAN

2020/03/20 17:57:42
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 どんなに空が青く澄んでいても、こんなに風が強くては、絶対に『良い天気」などとは認めてやりたくないと、向かい風に体を押されながら、クラウンピースは思った。地上にいながら地獄にいるみたいだ、とピースは思った。人里では団子屋の屋台が吹き飛ばされていたし、貸本屋の暖簾らバッキバキにへし折れていた。寺子屋は休校になっていたし、ひどい奴など下の着物を吹っ飛ばされていた。

 里を出ると、より一層に風が吹き荒れた。向かい風が追い風になって、視界の中に自分の金髪が映り込んだ。あまりの鬱陶しさに切り落としたくなるほどだったが、チルノや三妖精に笑われるのを想像して、踏み止まった。上を見上げると、青空の奴が自分の体内から異物を吐き出そうとしているみたいに、雲がぐんぐん流れて行った。
 雲と一緒に、色々なものが吹っ飛んで行く。紙、屋根の一部と思われる瓦、布、真っ黒な布、貧乏神、etc。幻想郷中から着るものが無くなったら、幻想郷に住む人間は外の世界に住む人間と人種が違うということになって、幻想郷の住民の方は裸族認定されるかもしれないなと、ピースは考えた。

 チルノの住む湖の辺りは、それほど風が無かった。チルノは三妖精と大はしゃぎしていた。サニーミルクが手に黒い布を持っていた。ピースは最初、その黒い布を海苔かなにかだと思った。
 「おう、ピー助」と、ピースの来訪に気付いたチルノが言った。「これ、見ろや。面白いもんが降って来たぞ」
 チルノがサニーミルクから黒い布をぶん取って、両手で端っこを持って広げた。
 「じゃ〜ん」
 ピースは我が目を疑った。サニーミルクと、スターサファイアと、ルナチャイルドが、ピースの反応を見てひっくり返って笑った。
 「こ、これ」
 真っ黒な布には『Welcome Hell』と書かれていた。『Welcome』と『Hell』の間には、ドぎついピンクでハートが描かれている。
 「チルノが森の中で拾ったんだ」
 チルノは腰に拳を当てて、えっへん、のポーズを取っていた。ピースは言えなかった。この泣く子も黙るクソダサTシャツの持ち主が、自分のご主人のものであることを。
 「へ、へえ。凄いね。カッコいいね」
 努めて平静を装ったつもりだったが、ピースの悪い癖が出てしまった。ピースのご主人、ヘカーティアは、新しい服を拵えると、まず真っ先にピースに着て見せる。ピースの反応を伺うわけだが、ピースとしてはご主人を立ててやらねばならない。その時に出る言葉が「カッコいい」。

 「カッコいい、これ?」
 メンバーの中では大人びたスターが首を傾げた。しまった、とピースは思った。ここにヘカーティアは居ないのだから、彼女をヨイショしてやる必要はないのだ。
 「あ、いや……Tシャツを見つけて来たチルノが、カッコいいなって」
 チルノの鼻が天井知らずに高くなった。ルナが「別にカッコよくないよ」と言った。ルナには残酷な節があった。
 「ねえ、これ着てみようよ」
 好奇心の股から生まれて来たようなサニーが言った。勘弁してくれ、とピースは思った。だから、言った。
 「やめようよ。人の持ち物を勝手に着るなんてさ、ロックじゃないよ」
 すると、サニー含む四人から「それでも妖精か」みたいな顔をされてしまった。が、チルノが、
 「嫌よ嫌よも好きのうち、って奴ね」
 「え?」
 「ピースが初めに着るんだっ」
 「え、ちょ、やめてっ」

 三妖精に取り押さえられたピースは、無理やりにアイデンティティの服を脱がされ、ヘカーティアのTシャツを着せられてしまった。
 「ううう」
 「似合うよ、ピー助」
 「嬉しくないよ、こんな服が似合ったって」
 「次、わたし!」
 
 サニーはノリノリで大人っぽいポーズをしてみせたが、サイズがブカブカなのでどうにも決まらない。スターが着ると、平時より落ち着いた雰囲気の彼女とのギャップがやけに映える。ルナは着た途端に仏頂面で固まってしまったので、プロポーションもクソもない。最後にチルノが着ると、チルノはなんでもチルノだなと言う感想に落ち着いた。

 そうして妖精達の間をたらい回しにされたTシャツは、ヨレヨレのシワシワになってしまった。元々陽の目を見ることのなかったTシャツだが、今では見る影もない、と言った感じだった。
 「なんかさ、ピー助だけあたい達と着てる服のタイプが違うよね」
 と、地獄Tに飽きたチルノが、凍らしたカエルでお手玉をしながら言った。傍で、スターが小さい声で『あんたがどこさ』を歌っている。
 「あたいは地獄生まれの地獄育ちだからね」
 「それ、理由になってなくない?」と、ルナがピースの横から言った。
 「地獄のファッション、もっと見たいかも!」
 サニーの好奇心が刺激された。ピースはまたしても「しまった」と思った。
 「あたいも!」チルノが手を挙げて賛成した。凍ったカエルが諸々、地面の上を転がって湖の中に沈んで行った。
 ピース以外の妖精が、スターに賛同を促すような視線を投げかけた。ピースだけが祈るような視線を向けていた。お前は他の妖精とは違う、そうだろ?
 「うん、わたしも見たいかな」
 ルナが言った。ピースは同調圧力と言う言葉そのものは知らずとも、その概念を呪った。かなってなんだ、かな、って!

 「じゃあ、ピース。地獄のファッションを見せてね!」
 サニーの輝く笑顔が、ピースにそのままプレッシャーとなって乗っかった。
 「明日ね、明日!」チルノが言った。
 「早くな〜い?」ルナがめんどくさそうに言った。
 「お弁当持ってくる!」ルナまでそこそこ乗り気になっていた。
 ピースが苦笑していると、空からまたなにかが降って来た。チルノが飛び上がってそれをキャッチすると、感動に目を輝かせた。
 「見て、これ!」
 チルノがキャッチしたのは、緑、赤、殆ど青に近い紫が使われて、チェックが入ったフリフリのミニスカートだった。
 ピースが殆ど反射的に言った。
 「え、あ、カッコいいね、それ!」

 ※

 「ただいまぁ……」
 家に帰ると、ヘカーティアがソファから頭のオブジェだけを覗かせて、返事をした。「おかえりぃ」。ヘカーティアはテレビを見ていた。
 ピースとヘカーティアは、今は別居暮らしをしているが、たまにピースの方がヘカーティアの家に帰ってくることもある。
 「ご飯、食べる?今日はね、純狐が遊びにくるんだけど」
 と、ヘカーティアの頭のオブジェが煙を吐いた。タバコを吸っているのだ。ピースは返事をせずに、ヘカーティアの横に座った。オフモードのヘカーティアは、自分が地獄の女神だと言うことを忘れているみたいにリラックスしている。両足を大っぴらに広げてタバコを吹かす彼女には、誰がどう見てもワンカップ酒が似合う。それでも、ムダ毛を完璧に処理している辺り、身嗜みには気を使っているのが窺える。

 ピースはヘカーティアの着ている服に目をやった。黒字の布に赤く『ANIMAL FUCK』と書かれていた。
 「どした?ため息なんか吐いちゃって」
 「ご主人……」
 ピースはおずおずと手に持っていた地獄Tと地獄ミニスカートを差し出した。
 「あら、風で飛ばされたのかしら。助かったわ〜、ありがとね」
 「……」

 ピースは口籠った。そのTシャツが散々馬鹿にされたことを話すべきだろうか?頭の中に友達の笑顔が思い浮かんだ。その笑顔が怒髪天を衝くヘカーティアに破壊されるところを想像した。口が裂けてもTシャツのことは言えないなと、ピースは思った。
 「元気ないわね、クラピちゃん。お腹空いた?」
 「うん」
 「そかそか」
 ヘカーティアは重そうに腰を上げて、オープンキッチンの方に行った。ヘカーティアの座っているところにはタバコの灰がたくさん落ちていた。ピースはタバコの臭いが嫌いじゃない。特に、ヘカーティアが吸っているタバコ、『ピース』の臭いが好きだ。クラウンピースだよん、と言って見せてくれたパッケージが好きだ。

 「クラピー、これ食べよ」
 戻って来たヘカーティアの手には、ビッグサイズのポテトチップス。いつか買ってから、いざ食べようと思った時にカロリーを気にして封を開けずにいた奴だ。ピースは目を輝かせた。袋を皿にして、二人はテレビを見ながらポテチを食べた。
 「これ、美味しいわね」ポテチとタバコを交互にやりながら、ヘカーティアが言った。
 「うん」
 「純狐にナイショね。また怒られちゃう」
 「うん」
 
 ピースはわけもなく泣きそうになった。わけならあるのだが、そのわけとは、たぶん、別の理由で泣きそうだった。或いは、泣きたくなった、と言う方が正確かもしれない。自分を懇意にしてくれるご主人に、どうして「あんたのファッションはイカれてる」などと言えるだろう?
 ピースとヘカーティアの距離が無意識に近くなった。ピースは体を傾けて、ヘカーティアの肩に頭を置いた。
 「甘えんぼ」
 と、ヘカーティアが呟いた。彼女が無遠慮に吐き出した煙が、ピースの目に染みた。ホロリと流れる涙の理由にうってつけだった。
 「どしたの?寂しくなっちゃったの?」
 ピースの耳たぶを、タバコを持っていた方の手でくすぐる。ほんのり暖かくて、ピースはずっとそうされていたい気持ちになった。
 「あはあは」
 「こいつぅ」

 やがてインターホンが鳴って、ピースは現実に戻された。ヘカーティアの家のインターホンは、マンドラゴラの断末魔のような音がするのだ。ピースの耳たぶ弄りに精を出していたヘカーティアが立ち上がって、カメラを見に行った。
 「純狐だ」
 ピースは少しだけかしこまった風に、ソファに座り直した。インターホン越しに成される二人の会話を聞き流していた。
 「いらっしゃ〜い、純狐」
 『すぐそこでね、野良犬が……』ノイズ混じりの純狐の声。
 「うん」
 『あっ、少し前くらいから雨が降って来たのだけれど……』
 「うん……えっ、やば。洗濯物取り込まなきゃ』
 ピースがソファを立って、ベランダに向かった。
 「クラピ、ありがと!」
 『あら、クラウンピースが来てるのね』
 「そうそう。それで?」
 『そうそう。野良犬がね、子猫の雨除けになってあげてたわ」
 「それ、サイコー」

 ピースがベランダに出ると、玄関でインターホンに向かって話しかけている純狐と目が合った。純狐が軽く会釈し、ピースもそれに倣った。純狐は両手に買い物袋を持っていた。髪の毛や肩が少し濡れていた。本格的に降り始める前に、干したばかりの洗濯物を、ピースは取り込みにかかった。
 洗濯物は殆ど黒地のTシャツだった。そのどれもに英文がデカデカと書かれている。ピースはそれらを手に手に取り、ボーッと見つめた。どれだけ見つめても、Tシャツがお洒落になることはなかった。
 
 「ピースちゃん?」と、後ろから声をかけられた。振り返ると、純狐が心配そうに腰を屈めて、ピースを見ていた。「どうしたの?」
 「なんでもないよ……です」
 「普段の話し方で良いのよ」
 「友人さま、荷物は?」
 「ヘカーティアに預けたわ。洗濯物取り込みましょ」
 「うん!」

 雨脚が強くなってきたが、純狐のおかげで手早く洗濯物を取り込めた。髪から滴を垂らす二人を見て、冷蔵庫に食材をしまい終わったヘカーティアが、
 「結構、濡れたね。お風呂、今沸かしてるから、シャワーでも浴びてな」
 「一緒に入ろっか」純狐がピースの手を取った。
 「入る!」

 と、純狐の視線がソファに向かった。ポテチのカスや、タバコの灰、それからタバコが山のように積まれた灰皿を見て、純狐の表情が険しくなった。それに気付いたヘカーティアが、まだなにも言われてもないのに、わざとらしく口笛を吹いた。
 純狐は呆れたように微笑み、ヘカーティアにはなにも言わず、ピースと一緒に風呂場に向かった。

 「ねえ、ピースちゃん。ヘカーティアがお菓子を食べたりタバコを吸ってたら、ダメだよって言ってあげて欲しいの」
 ピースの頭や体を泡だらけにしながら、純狐が諭すように言った。
 「……」
 「ピースちゃん?」
 「その……」
 「ピースちゃんも一緒に食べてたの?」
 観念して頷いた。
 「あらあら」
 「ごめんなさい」
 「そっか、そっか。ピースちゃんが食べたかったのなら、仕方がないわね」
 「ご主人を怒らないでね」
 「うん、うん」
 ピースの体の泡を洗い流すのと、風呂が沸き終わるのと同時だった。
 「一人で入れる?」
 「余裕だぜーっ!」
 ピースが湯船に突っ込むと、お湯が弾けて純狐にかかったが、別段嫌そうにはしなかった。地獄のように熱いお湯だったが、ピースにはむしろちょうど良い。

 純狐も体を洗い終わって、湯船に入ろうとした。ピースが立ち上がって、純狐が座れるようにした。純狐の前にピースが座る。ピースは純狐から漂ってくるシャンプーの匂いを嗅いで、ヘカーティアの吸うタバコの臭いとは別の安心感を覚えた。普段だったら、その安心感に心置きなく身を委ねることができたかもしれない。しかし、今のピースは、安心すればしてしまうほど、明日が来るのが怖くなってしまうのだった。
 
 「ピースちゃん?」
 と、後ろから純狐が顔を覗き込んで来る。どんな表情をしているか、自分でもわからなかったが、ピースは純狐から顔を背けてしまった。
 「あら?」
 「……」
 「ねえ、さっきね……」
 「野良犬と子猫の話?」
 「あら、聞いてたの」
 「うん。その野良犬、サイコーにロックだね」
 「ヘカーティアみたいなことを言うのね」
 「ご主人も、サイコーだぜ!」
 「ねえ、ピースちゃん?」
 「なに?」
 「あなたは今、雨に濡れてる子猫……」
 ピースは首を傾げた。
 「それで、わたしは野良犬。お互い、抱えてるものや境遇も違うけれど、あなたのことを大事に思ってるのは本当よ」

 ピースは閉口した。換気扇の音がやけに大きく聞こえた。ピースにはその音がやけに心地良かった。手すりや、家干し用のステンレス製の洗濯棒から垂れてくる滴が、やけに冷たかった。それから、純狐の体温。それらはピースの中にある悩みの種に養分を与えているようで、自然と言葉が溢れてきそうになる。
 「荷物を預けた時にね、ヘカーティアが言ってたんだけど……ピースちゃんが甘えてくるって」
 「べ、別に……」
 「わたしには、いつも甘えているように見えるんだけどねぇ」
 「そんなことねーしっ」
 腕をぶんぶん振り回して抗議するピースに、悪戯っぽく笑う純狐が、ごめん、ごめんと謝った。それから、ピースの濡れた髪の毛の中に、自分の鼻を埋めた。
 「ヘカーティアに言えないことがあるんじゃない?」
 「あひっ」
 髪の毛の中で喋られると、頭皮を擽られているようで。
 「悪戯が原因で困ってる?それとも、まさか、そんなことはないでしょうけど……恋でもした?」

 純狐の中でピースの抱えているものがどんどん大きくなると、ピースも言いたいことが言えなくなってくる。純狐が「では、あれか」と言い、ピースが「いや、違う」と言う押し問答が続く。ピースとしては、さっさと言うべきだったのではと後悔する。後悔ばかりだなと、真剣に今日と言う一日を憎しみたくなった。
 「ごめんなさいね、言いたくないこともあるわよね」
 純狐が笑う。そんな風に言われたら、余計に言えなくなってしまうではないか、ご主人の服のせいで悩んでいるだなんて……。
 と、ドアに張られたすりガラスに、特徴的な人影が映った。ピースはびっくりして体を跳ねさせた。すりガラスのシルエットは言うまでもなくヘカーティアで、頭の上のオブジェを揺らしながら、ドアにかけられた手すりに二人分の着替えを引っ掛けているらしい。

 「クラピちゃ〜ん、お湯、熱くなかった?うっかりしててさぁ、わたし用の温度で沸かしちゃってた」
 「ぜ、あ、あーっと、大丈夫です……」
 シルエットが首を傾げる。
 「どうしたの?」
 「のぼせて、ボーッとしちゃってたのよね」純狐が代わりに返事をした。「もう、あがるわね」
 「おっけー」

 純狐に髪の毛を拭いてもらいながら、ピースは鼻をひくひくさせた。良い匂いが、風呂場まで漂って来る。気休め程度にポテチが入っていた腹が、グウと鳴った。
 「あら?」
 「どうしたの、友人さま」
 「いえ……今日はピースちゃんがいるって知らなかったから、ヘカーティアが好きなものしか買わなかったはずなんだけど……良い匂いがするわねっ」
 ドライヤーから、比喩でもなんでもなく、日中の砂漠みたいな灼熱の風が流れてくる。ピースはその風と、純狐に髪の毛を好き勝手に弄らせるのを、気持ちよく感じていた。
 手すりにかけられた服は、例によって、真っ黒だった。ピース用と純狐用の二枚。ピースは自分用のサイズを手に取り、広げた。ペンキをばら撒いたような白字で、
 
 Suck My Ass Punk!
 
 ピースは書かれている文字と真剣に睨めっこした。Welcome《ハート》Hellよりはマシかもしれないと思った。
 「ピースちゃん?」
 「え、あ、はいっ」
 純狐が不思議そうにピースを見ていた。純狐は既にヘカーティアから借りた服を着ていた。言うまでもなく黒地、それで、ペンキアートの文字で、
 
 Destroy Them All!

 「早く着ないと、風邪引くわ」
 「う、うん」
 急かされるようにして、ピースは黒Tを着た。洗面台の鏡に自分を映してみる。後ろには自分より一回りも大きい純狐が立っていて、鏡の中に映る二人を見て、言った。
 「なんだか……」
 一瞬、純狐のピースを見る目が、ピース以外のものを見るような目付きになった気がした。なにかに取り憑かれたような、そんな目だった。ピースは目線を鏡から逸らした。乾かし方が甘かったために垂れてくるんだと思っていた温い滴が、別のもののように思えた。
 「友人さま、ご飯、冷めちゃうよ」
 「行きましょうか」
 純狐はバスタオルで、覆うようにして頭を再度拭いた。バスタオルが剥がれて、そこから出てきた純狐の表情は、ピースを見るいつものものと違わなかった。
 

 フローリングの床から伝わってくる冷たさが、リビングまで向かう道のりを楽しくしてくれた。ピースは来たる晩ごはんに想いを馳せていたが、楽しいのはなにも献立を想像することだけじゃない。純狐とヘカーティアと食事をするのが楽しくて、楽しみだった。
 リビングに入ったピースは、芳醇に立ち昇る匂いと、テーブルの上の光景に身震いした。
 「地獄イノシシ(※注釈1)の丸焼き!」
 純狐を振り返ると、苦笑していた。
 「す、凄いわね……どこから調達してきたの、これ」
 「業務用冷蔵庫です」キッチンの奥に鎮座まします冷蔵庫を顎でしゃくる。「凄いでしょ、通販で買っちゃった」
 「いつの間に……」
 「お二人は、いつも二人でご飯を食べてるんです?」
 ヘカーティアと純狐が顔を見合わせて、それから笑った。
 「純狐が寂しいって言うからね」
 「馬鹿言いなさいよ、お酒飲んで、ピースちゃんがいなくて寂しい、って泣きつくの、ヘカーティアの方じゃない。ね、ピースちゃん、これ本当のことなんだから」
 「ちょっと、本人の前で……」
 
 ピースは俯いてしまった。そんなつもりなど全く無かったのに、せめてヘカーティアが純狐の言葉を否定してくれたら、ちょっとは心に余裕が出来たかもしれないのに、服がダサいと、こっちも言えたかもしれないのに。
 「クラピ、どうした?」
 怪訝そうにピースを覗き込む鈍感なご主人の両手には、安い発泡酒の缶が握られていた。
 「お腹空いてるのよ」
 全てを見透かしたように、純狐が言った。ピースにすら、純狐の言葉が助け舟だとわかった。これに乗らない手はない。ピースは務めて明るく振る舞って、 
 「食うぜー!」
 席について、テーブルの真ん中を陣取るイノシシに、それこそイノシシのように突っ込んで行った。ヘカーティアがあはあは笑って、発泡酒を開けた。
 「ヘカーティア、休肝日は?」
 「まあまあ……純狐も飲むでしょ?」
 「いただきます」

 ピースが丸焼きにがっつくのを、ヘカーティアと純狐は質素なおつまみを口に運びながら、まるで怪獣映画でも見ているような気分で眺めていた。ピースの食事風景は、街を蹂躙する巨大生物のそれと大差なかった。
 「美味い、美味い!」
 「良かったわねえ、ピースちゃん」コップに移された発泡酒を舐めながら、純狐が言った。「それにしても、業務用冷蔵庫なんて、一人暮らしなのに必要あるのかしら」
 「違うわよん、純狐。あの冷蔵庫の中には、ピースがいつ帰って来ても良いように、この子の好きなものがたくさん入ってるのよ」
 「子煩悩だこと」
 「純狐ほどじゃないけどね」
 「確かに!」
 二人の呵呵大笑を、SF映画に出てくる寄生生物のようにイノシシの体内から肉を貪っていたピースが聞いて、彼女も笑った。文字通りの意味で、腹の中で笑っていた。

 「食った、食った!」
 地獄イノシシを平らげたピースは、ヘカーティアの隣の椅子に座って、背もたれにどっしりと背中を預け、天井を仰いだ。優しく光る丸型蛍光灯の蓋の中に閉じ込められた小さな羽虫が、あっちにこっちにぶつかるのが見えた。なにげに目を擦ると、その羽虫が二匹にも三匹にも増えていくような錯覚があった。
 「お眠かしら」
 発泡酒からヘカーティア秘蔵の日本酒に切り替えていた純狐が、ピースの様子を見て言った。ヘカーティアがピースの髪の毛にそっと手を置くと、それがさらにピースの睡眠中枢を刺激した。
 「クラピ、起きてるかー?」
 船を漕ぐピースの目の前で手を振るヘカーティア。紐で吊るされた五円玉のように、ヘカーティアの手がピースをより深い夢の世界へと誘った。
 「おーい?」
 ヘカーティアがピースの頬をぺちぺち叩いた。獏に手を引かれていたピースが、現実の世界に戻ってくる。びくんと頭が跳ねたピースを見て、純狐が面白がって笑った。
 
 「クラピ、今日は泊まってくでしょ?」
 「んん……」
 「よしよし、じゃ、寝る前に歯を磨きましょうね」
 ピースの軽い体を持ち上げて、ヘカーティアは立ち上がった。そんな二人を、純狐はニヤニヤしながら見守っていた。ヘカーティアが純狐を見て、恥ずかしそうに歯を見せて笑った。純狐が声も立てずに笑った。ヘカーティアはそんな純狐の目を見て、遠慮がちに腕の中のピースに視線を逸らした。
 「純狐」
 純狐はコップを口に運んだが、内容量は減ってないように見えた。ヘカーティアは再度、純狐、と優しい声で呼んだ。
 「ピースの歯磨き、代わりにやってくれる?」
 「いいから」
 観念したように純狐は言った。酒で濡れた唇が微かに震えているのは、飲み過ぎのせいだと理由を付けることもできる。純狐は笑みを崩さなかったが、その笑みは、明らかになにかを隠すためのカモフラージュだった。
 「早くしないと、歯を磨き終わる前に寝てしまうわよ」
 ヘカーティアの体温が加わったせいで、ピースはもう限界が近かった。
 「あー!まだ寝るな、まだ寝ちゃダメだ、起きろ、クラウンピース!」
 
 洗面所に向かうヘカーティアの慌ただしい足音をBGMに、純狐は一人で酒を楽しんだ。

 
 睡魔に誑かされているピースの口の中を、ヘカーティア丁寧に真っ白に染め上げながら、鼻唄を歌っていた。
 ピースは鏡の中で揺れるペンキアートの文字に目を奪われていた。
 
 〈ANIMAL FUCK〉
 
 〈Suck My Ass Punk!〉
 
 これらの意味を考えてみた。言葉そのものの意味ではなく、この言葉がTシャツに印字されている意味を。さっぱりだった。今ならご主人に訊けるかも、とピースは思ったが、生憎、口の中は縦横無尽に動き回る歯ブラシに自由を奪われている。
 今なら訊けるのに。今この瞬間じゃなきゃ、ダメなのに。
 「クラピー」鏡の中のピースに話しかけた。「いっつも、一人で歯磨きできてるの?」
 ピースの頭の中は〈ANIMAL FUCK〉のことでいっぱいだった。
 「一人で出来ないと、ダメだぞ〜」
 〈ANIMAL FUCK〉から連想できる地獄のイメージ。動物がたくさんいる地獄。その地獄の大王は、動物の心が読めて、動物たちを使役し、ほかの地獄を、〈Suck My Ass Punk!〉や〈Destroy Them All!〉を侵略する。その光景はなんとも平和的で、牧歌的で、地獄からかけ離れていた。

 「よし!」ピースの口から歯ブラシを引っこ抜くと、ヘカーティアはピースの頭を手で上から押した。「うがいしよ、うがい」
 「うがい……」
 「しっかりしろー、クラウンピースー!」
 ヘカーティアは小棚からピース用の、脳味噌の欠片が付着したドクロをあしらえたコップを取り出して、水で満たした。
 「持てる?」
 ピースはそれを受け取ると、半分くらいを含んで、口の中で攪拌させた。ヘカーティアは、電子レンジが食品を温め終わるのを待つような気分で、ピースが満足するのを待った。
 「ぺっ、しな。ぺっ」
 言われた通りにした。眠気に脳味噌を支配されている今のピースは、ヘカーティアの言いなりも同然だった。
 ずっとそうだったような気もした。強烈な睡魔はピースの思考を飛躍させた。部下になれと言われた時にはなった。地獄の掟のようなもので、ピースに力があったからだ。その時は、おかしいことじゃないと思っていた。月の侵略に加担せよと言われればそうしたし、幻想郷に住めと言われたらそうした。
 幻想郷に住んで、力が物を言わない世界を見て、自分の価値観が変わっていることを、ピースは無意識のうちに感じている。そして、その価値観の相違が今、自分を苦しめているということも。

 「なにが、なにが……」
 「え、なに?」
 久々に発せられた意味のある言葉に、ヘカーティアは腰を曲げて、ピースの口に耳を寄せた。
 「なにが、〈Welcome〉だ……」
 そう呟いたっきり、ピースは足元のバランスを崩した。慌てて立ち上がったヘカーティアの腹の辺りに頭を預けて、眠ってしまった。
 「クラピ……?」
 ヘカーティアはピースを抱き上げ、洗面所を後にした。
 「『ウェルコメ』じゃなくて、『ウェルカム』よ、ピース……」


 柔らかいものの上に、横になっていた。目蓋を開けると、目が痛くなるほどの光が差した。ずっと目蓋を閉じていたせいで、蛍光灯の柔らかな光を強く感じていただけだった。体を動かすと、柔らかいものと衣服が擦れて、キュッ、と音が鳴った。それがソファが奏でた音だと、ピースは寝ぼけた頭でようやく理解した。
 ソファの背の向こう側で、ヘカーティアと純狐が反応したようだった。一切の音、皿がテーブルに置かれる音や、酒の蓋を回す音などが止んだ。
 「クラピ、起きたの?」
 ヘカーティアがソファに向けて呼んだ。ピースは自分でも理由がわからないうちに、偽りの寝息を立てた。テレビの上にかけられた時計を見る。まだ日も変わっていなかった。
 
 「寝ているようね」
 純狐が言った。酒が二つ分のコップに注がれる音がする。それから、カチン、とコップを合わせたような音も。
 「今日はびっくりしたわ。いきなり家に来てね……クラピったら、やけに甘えてくるのよ」
 「それ、もう三度ほど聞いたわ」
 純狐が呆れたように言ったが、まだ言い足りないとばかりにヘカーティアは言った。
 「ここのところ、全然会いにも行かなかったし……寂しかったかしらん」
 「まだ、あれほどの年頃だもの。寂しいに決まってるわ」
 「妖精って歳取らないから、ずっとあのままじゃないの」
 「それも、嫌ではないのでしょう」
 「まあね」
 ヘカーティアの楽しそうな気配が、ソファ越しにピースに伝わった。対して、純狐から関じる気配は、少し厳しいものだった。ピースは息を飲んだ。
 
 「可愛がるのは良いことだけれど、ヘカーティアよ、あの子から相談を受けるようなことはあるの?」
 「え?」困惑するヘカーティアの様子というものが、ピースには具体的に想像することが出来なかった。「うーん……あの子に限らず、妖精ってあっけらかんとしてるでしょ?悩みとか、無いんじゃないかしら」
 「そうかしら?」責め立てるような純狐の口調は、酒のせいであまり呂律が回っていない。「子供なら……見た目と実年齢とか、種族如何は置いといて、悩みと言うのはあまり口に出さないものなのよ」
 「そうなの?」
 ヘカーティアの視線が自分に向いたような気がして、ピースは音が立たないように、ソファの背の方を向くように寝返りを打った。

 「それで、純狐はあの子が悩んでるって?」
 純狐が頷くような間があった。
 「洗濯物を取り込んだ時、一緒に入浴していた時、髪を乾かした後など、わかりやすいくらいに顕著だったわ」
 「なに、なに?」ヘカーティアの声色には、純粋にピースを心配していると言うよりも、好奇心の方が勝っているような感じだった。「あの子の悩みって……」
 純狐が呆れたようにため息を吐いた。
 「恐らくだけど……」
 ピースは寝息を立てるのも忘れて、自分の心臓の音を聞いていた。期待と焦燥が胸の中で大喧嘩をしているような気持ち悪さがあった。
 「クラウンピースは、お前の服が原因で悩んでいるのだと思う」
 「ヴッ!」

 たまらず声が出た。溜まっていたガスが放出されたような声が。その声に驚いたのか、テーブルの上にものが落ちた音がした。しばしの静寂のあと、ぽたり、ぽたり、と液体が床に垂れ落ちる音。ヘカーティアか純狐がコップを倒したのだとピースは見当をつけたが、それどころじゃなかった。
 
 「クラピ?」と、ヘカーティア。椅子が引かれる音と共に。
 「……」
 「クラウンピースちゃん?」と、またヘカーティア。
 「ぐう、ぐう……」これはピース。
 「ね、寝てるみたいね」これは純狐。
 「……」

 また椅子が引かれる音。自分の演技力が功を奏したとは到底思えなかったが、ご主人は椅子に戻ったらしい。二人はピースが眠っていると言うことを前提にして、再び話し始めた。
 「ふ、ふふ……」笑いが込み上げてくるのを必死に制している、と言った感じだった。「ふふ、服が原因って?」
 「さあ、わたしにはよくわからないけれど……」本当にわかっていなさそうな雰囲気だった。「たぶん、センスとかの問題では?」
 「わたしの服選びのセンスに嫉妬してるってこと?」
 「?」
 「クラピー!」
 呼ばれたピースがビクッと跳ねた時の、ソファにぶつかった音をヘカーティアは聞き逃さなかった。
 「お、起きてるんでしょ?ねえ、教えてくれない?センスが問題ってるって、えええ?」
 ヘカーティアは笑いながら困惑していた。笑うしかないと言った感じだった。ピースも困惑していた。今、この時を限って言うのならば、ピースを悩ませているのは、嘘寝がバレてて恥ずかしい、と言う一点だけだった。
 
 「え、服が……服がダメ?そう言うことよね、純狐さっき『?』って顔してたものね」
 哀しみの色を帯びて行くヘカーティアにいたたまれなくなったピースが、ソファの弾力を活かして勢い良く起き上がった。
 「ご主人!」
 目と目が合う。ピースは反射的に、
 「ご、ごめんなさい」
 と謝ってしまった。なぜ謝ったのかはわからない。ヘカーティアがあまりにも引きつった笑みを浮かべていたからかもしれないが、一つだけわかったことがある。
 「な、なんで謝るの……?」
 ピースの謝罪が、ヘカーティアの希望を粉々に打ち砕いてしまったと言うことが。


 三人は先ほどと同じように、テーブルに集まった。さっきと違うのは、ピースが純狐の隣に座っていると言う点だ。ピースはシャツの裾を掴んで、床の上に散らばってる言葉を探している。純狐はなにも言わなかったが、今の状況を楽しんでいたかもしれない。ヘカーティアは相変わらず困惑した様子だが、幾分か落ち着いてきたらしく「えー」とか「マジか」とか呟いていた。
 
 「んんん」覚悟を決めたように、それも決死の覚悟を決めたように、ヘカーティアが重たい口を開いた。「その、クラピ?別に怒ってないのよ、ただ……」
 「ヘカーティア、『別に怒ってないよ』と言うような文言から始まるセリフは、子供には逆影響だわ」
 「……」
 今度はピースが意を決した。
 「その、ご主人の着ているTシャツはですね」
 「ちょっと待って」ヘカーティアの困惑が笑いになって弾けた。「敬語やめて、敬語。ウケる」
 「あ、すみません」
 「……」
 「その……ご主人のTシャツがダサくて」
 「……そうなの」
 ヘカーティアは自分の着ている服を見た。〈ANIMAL FUCK〉はダサい以前の問題だと、純狐は口を挟みたくなった。
 
 「え、なに?じゃあ、クラピはずっとそれで悩んでたの?今日、一日?」
 畳み掛けるような質問に、ピースは脳味噌が付いていかなかった。混乱するピースを見て、ヘカーティアは一旦呼吸を整えてから、
 「そんなことで悩んでたの?」
 と一番重要なところを強調して尋ねた。

 「そんなこと、ねえ」思わず純狐が口を滑らせた。ヘカーティアが、これは我々の問題なんだぞと言いたげな睨みを効かせた。が、純狐にとっては梨の礫だった。「子供の悩みよ、ヘカーティア。この子は真剣に悩んでいたのよ、見ていて可哀想になるくらいね」
 頼もしい仲間の存在に、ピースは泣きそうになった。
 ヘカーティアは考え込むように腕を組んだ。頭のオブジェがゆらゆら揺れた。眉間に寄るシワが、自分のために寄っているのか、ピースのために寄っているのか、誰にも判別が付かなかった。
 
やがて組んでいた腕を解いて、手をテーブルに置いて、ヘカーティアは、
 「そっか。ごめんね、クラピ」
 「……え?」
 「気付いてあげられなくて、ごめん」
 その言葉には、とりあえず謝っとけ、みたいな妥協は一切含まれていなかった。心の底からの謝罪。ピースの混乱が頂点に達しそうになった。あまりにもどうして良いかわからないうちに、涙がどこかへ行こうとしているみたいに、勝手に流れ出した。

 「あ、あや、あやまっヴェッ!」
 「落ち着いて、ピースちゃん」
 「うっうっうっ……だがらぁ、謝るのはあだいの方……だっでっ!」
 「うんうん」
 純狐が頭を撫でてやると、余計に涙が溢れて仕方ないのだった。ヘカーティアは呆然と泣き腫らすピースを見ていた。
 「あだっ謝るの……あだいは……ご主人の着ている服がダサいって……」
 ピースの言葉が鮮明になればなるほど、ヘカーティアも泣きたくなった。
 「ぞんな酷いこと言っで……なんでご主人、謝るんぬ!」
 「……前にも、変なTシャツって言われたことあるけど」
 純狐は返事をしなかった。自分に向けられた言葉だとは思わなかったのだ。ヘカーティアは自分を認めようとしている。それはとても難しく、純狐にはもう、共感することが出来ないことなのだ。
 「な、泣くほどかぁ〜……」
 
 悲嘆に暮れる二人に囲まれながら、純狐は蛍光灯の中の羽虫を眺めた。純狐は思った。二人の中にも羽虫がいる。とても小さな、悩みと言う名の羽虫が。些細なことかもしれないし、気にするほどのことでもないかもしれない。けれど、一度気になってしまったら、蓋を取り除いて排除するしかない。だけど、ピースはまだ小さく、蓋まで手が届かない。だから、大人の我々が蓋を外して、虫一匹のために手間をかけてやらねばならないのだ。



 大泣きに泣いて、気が済んだピースは、失った涙を取り戻すかのように、コップに淹れた水を一気に飲み干した。項垂れるヘカーティアを見ると、まだ心が痛んだが、泣くほどではなかった。
 そして、事情を話した。友達に地獄のファッションを見せることになったこと。その際にご主人の地獄めいたTシャツとスカートが風に飛ばされて来て、最悪な評価を受けたと言うこと。ピース自体はいつも見てきたからそんなにダサいとは思ってないと言うフォローも、ついでに入った。
 
 「なるほどね」純狐が頷く。「ヘカーティア……」
 「わかってるわよ」ヘカーティア・ザ・最悪なTシャツは不貞腐れながらも言った。「服をバカにされたからって、怒ったりしないって……」
 ピースは一旦胸を撫で下ろした。
 「別に……この服に、そんなに拘りは無いからね」
 ピースは知っていた。ヘカーティアの部屋のクローゼットには、今着ているような、一般的には趣味が悪いと言われがちなタイプの服が、他にいくつもかけられていることを。だから、自分の境遇を打ち明けても、ピースの心はちっとも晴れなかった。

 「地獄のファッション、ね……」
 ピースとヘカーティアはうんうん唸った。問題なのは、ヘカーティアのファッションの強烈さではない。友達にカッコいいファッションを見せられるかどうか、と言うことだった。ヘカーティアの家には同じようなシャツしかないし、ピースはいつも着ている服の他になにも持っていない。ヘカーティアは一瞬、純狐を頼ろうとして、思い留まった。仮に彼女が子供用の服を持っていたとしても、それを借してくれ、などとは口が裂けても言えない。

 「ピースちゃん」と、一人だんまりを決め込んでいた純狐が口を開いた。
 「は、はい」
 「服と言うのは、自分そのものなのよ」
 ピースは首を傾げた。
 「確かにヘカーティアの着ている服は……その……」
 純狐はチラチラとヘカーティアを見た。ヘカーティアは純狐をキッと睨み付けていた。
 「その、センスが終わっているかもしれないけれど……」
 「散々悩んでそれかい!」
 「でもね、だからと言って、わたしがヘカーティアに『その服を着るのをやめろ』と言ったことがあるかしら」

 ピースは素直に自分の記憶を辿ってみたが、そのような場面に該当する出来事は存在しなかった。仮にあったとしても、忘れているだけかもしれないが。
 真剣に記憶を整理しているピースを見て、純狐は微笑みながら、自分に睨みつけているヘカーティアを見た。純狐の微笑みからは、誇らしささえ感じられた。まるで、自分の娘を自慢しているかのような佇まいの純狐に、ヘカーティアは気圧されてしまう。
 「無いです!」
 ピースが自分のことのように、嬉しそうに言った。
 「でしょ?それはね、わたしがヘカーティアのことが好きだからよ」
 そんな言葉では絆されないぞ、とヘカーティアは威圧したが、眉間に込めていた力は既に緩められていた。

 「ヘカーティアはあんな格好をしているけれど、決して着飾っているわけではないの。あれがヘカーティアの純粋さなのよ」
 ヘカーティアは黙って純狐の言葉を待った。彼女は険しい表情をそのままに、なにかに期待しているように貧乏揺すりをしていた。
 「じゃ、じゃあ《ANIMAL FUCK》って言う言葉にも、意味があるんですか?どんな?」
 「うっ」
 ヘカーティアの背筋を冷や汗が流れたが、純狐は至って平静だった。
 「言葉の純粋さを高めると、それはただの音になるの。ヘカーティアはね、ああ言う言葉が書いてある服を着て、自分の純粋さを示しているの。わたしはこんな奴だぞ!って。あの言葉に意味なんかない、いいえ、必要ないのよ。大事なのはね、ピースちゃん。見た目だけで判断して、薄っぺらい奴だと勝手に思わないこと」
 純狐は酒で唇と喉を潤した。ピースはまだ、純狐の言っていることがよくわかっていないようだった。
 
 「じゃあ、ピースちゃん。ヘカーティアのことをどう思う?」
 水を得た魚のように、
 「サイコー!」
 「じゃあ、わたしが今着ている、この服をヘカーティアが着ていたら?」
 「それでも、サイコー!」
 「そういうこと」純狐はピースの頭に手を置いた。「カッコいい人はね、なにを着ててもカッコいいのよ。服が人を決めるんじゃなくて、人が服を決めるんだから。ピースちゃんも、なにを着ててもカッコいいと思われるような妖精になれば良いの」
 ピースがなにかから解放されたような爽やかな笑みで、ヘカーティアを見た。ヘカーティアは困惑したように笑いながら、ピースに視線を投げ返した。テーブルを一個挟んだ距離からでも、ピースの熱量が伝わって来るようだった。

 「ご主人!」
 「……なぁに?」
 「明日、着ていく服を一着、貸してください!」
 ヘカーティアは縋るように純狐を見た。後はあなた次第よ、とその目が語っていた。それはつまり、結局はヘカーティアのセンス次第で、ピースの友達からのファッションの評価が決められてしまうと言うことである。純狐が散々並べた御託は、確かにピースを薫陶できたが、御託は御託でしかないのだ。

 「クラピ……」
 「はい!」
 「地獄のファッションの真髄、見せてあげる!」 
 ピースは期待に目を輝かせながら、ヘカーティアの苦悩も知らずに大喜びに喜んだ。ピースのためにコーディネートしてやることに、どれほど重要な意味があるのだろうとも考えたりした。
 しかし、とヘカーティアは気持ちを切り替えた。思えば、この優しい妖精は、自分のためによく働いてくれたではないか。それも、自分に頼ることもなく……そのことの是非は置いておくとして、今、妖精や地獄の危機と同じくらい悩んでいる彼女のために、心を砕いてやる順番が自分に回ってきたのだと、ヘカーティアは諦めをつけた。
 
 「どんな、どんな服を貸してくれるんですか⁉︎」
 困った笑みのヘカーティアは、唇の前に人差し指を置いた。
 「内緒よ、明日のお楽しみ。だから、ベッドにシーツかけて置いたから、もう寝な」
 ピースは一瞬、ぶすっとした表情になったが、ヘカーティアに適当に因果を含められると、それで納得した。それからリビングを出ようとして、ドアノブに手をかけたところで立ち止まった。
 「クラピ?」
 「あの、友人さま……」
 自分が呼ばれると思っていなかった純狐が、一瞬の間を置いた後、体を捻ってピースに優しく微笑んで見せた。
 「なにかしら」
 ピースはしどろもどろになっていた。体を捩ったり、髪の毛を弄ったりしながら、俯いたり、確信を得たように顔をあげたりするピースが出そうとしている言葉を、二人は永遠に待つことが出来た。
 「あ、あの……」
 針の穴に糸を通せた時のような開放感に満ちた表情で、ピースは言った。
 「友人さまも、サイコーにロックですぜ!おやすみなさい!」
 ドアがばたんと勢い良く閉じて、リビングに微かな風が吹いた。ヘカーティアがひゅうと口笛を吹くと、純狐の口からほんの小さな吐息が漏れた。ヘカーティアの冷やかしに対するアンサーとも、ピースの愛らしさへのリアクションとも取れた。

 「あの子はヘカーティアの影響を色濃く受けているわね。サイコーにロックですって、他に褒め言葉を知らないのかしら」
 ピースの未来を憂うように、今度は深々とため息を吐いた。
 「嬉しくないの?」
 ヘカーティアは悪戯っぽく笑った、
 「いいえ」
 ドアの向こうから水洗の音が聞こえてくる。純狐は、ピースが寝室に入るまでの間、黙っていた。
 「ただ、ロックと言うのは、ヘカーティアのような存在を指すのではないのかと思って……」
 「それ、褒めてる?」
 ニヤニヤしながら、ヘカーティアはテーブルの上に半身を乗り出した。
 「ええ」なんの恥じらいもなく頷いた。「ヘカーティアのことはロック……カッコいいと思っているのよ」
 椅子に尻を落とすと、ヘカーティアは足を組み、両腕を頭の後ろで組み、そんなことは百も承知だとばかりに胸を張って、Tシャツに書かれたふしだらな言葉を強調させた。
 
 「さっき言ったことは、クラウンピースを納得させるための意味合いもあったけれど、嘘でもありませんから。ヘカーティアのことは、そんな服を着ててもカッコいいと思っているのよ」
 「みんな変、変って言うけどさぁ」
 食い気味に抗議するヘカーティアからは、純狐のヨイショには乗せられないぞと言う抵抗の意思を感じた。
 「純狐だって変じゃん。あんな普段着、今時は誰も着ないわよ、わたしの貸した服の方が、ブロンド美女って感じで似合うと思うんだけど」
 「あの服は、わたしが月の民に復讐を誓ったその時から変わっていない。いや、変えられないのよ。着替えられないとか、そういう問題ではないのだけれど」
 ヘカーティアの酔いが急激に覚めていく。

 「ごめん」
 「あの服を着ているわたしは、ヘカーティアから見てカッコよくはないかしら?」
 「本当にごめん、そんなつもりじゃなくて」
 「気にしないでね。あれがあるからわたしはわたしなのだと、かろうじて認知することができる。言ったでしょう、服とは着ている人の純粋さを表すものだと。あれは、あやふやになっているわたしの自我を繋ぎとめてくれるものなの」
 「そんな服貸しちゃって、悪いわ」
 「人の話を聞きなさいよ、ヘカーティア。服は着ている人の純粋な部分の表れなのよ。だからね……」
 純狐はテーブルの端に置かれていた「ピース」のタバコに手を伸ばした。ヘカーティアはびっくりしたが、パッケージから一本を取り出して、慣れない手つきでライターでタバコに火をつける純狐を見守っていた。
 「じゅ、純狐?」
 「この服を着ていると、ヘカーティアの友人だと、わたしは実感できるの」
 「……」
 「あやふやな自我、復讐に囚われ続けてきて、わたしは自分が何者なのか、わからなくなる時がある。さっきも……クラウンピースと入浴している時に、彼女のことを、無意識に遠い過去の出来事と重ねようとしていたわ。鏡の中に映るわたしとあの子が、現実にの二人には見えなかったの」
 「それって、怖いの?」
 純狐は首を横に振った。諦めている、と言っているようにも見えた。

 「ただ、懐かしさを感じる。懐かしさなど感じてはいけないのよ、ヘカーティア。あれはわたしを狂わせる。わたしを……在るべきところに還してしまう気がするの。それは嬉しいことなのかもしれない。でも、わたしにはやるべきことがあるから……」
 ヘカーティアは一升瓶を持ち上げて、ラッパ飲みをした。それか息継ぎを一度もせず、半分ほど残っていた中身を味も確かめずに嚥下した。呆気に取られた純狐は、珍しく驚いたような表情を浮かべていた。
 顔を自分の髪の毛の色みたいな真っ赤にしたヘカーティアは、椅子から立ち上がると、千鳥足で歩いて、純狐の横の椅子に座った。
 
 「純狐さあ、服が人を決めるんじゃなくて、人が服を決めるんだって言ったわよねぇ」
 呂律の回らない口調でも、ヘカーティアはつっかえずに喋り通した。純狐が頷く。
 「純狐はそんな服着てなくても、わたしの友達よ」
 「……」
 「どんな服を着てたって、カッコいいんだから……たぶん、ピースの言う『ロック』って、『脳みそ空っぽ気持ちいい』みたいな意味だと思うのよね。深く考えないのが良い、みたいな」
 「そうなの?」
 「その点はさ、怒らずに聞いてほしいんだけど……わたしや純狐が月を襲うのって、子供みたいなことが理由じゃない?復讐ってさ、子供のやることよ、ねえ……」
 「そうかしら」純狐はヘカーティアに目もくれず、オープンキッチンの方を、そのさらに奥の、どこか遠くのところを見つめている様子だった。「そうなのかしら」
 「そういうところが、わたしやピースの純狐の好きなところだと思うのよ。わたし達三人、だから馬が合うの。でも、ねえ、わたしはクラピに合わせて、あの子と話しているから、あの子はわたしのことを『ロック』だなんて言うんだけど、わたしは物事を複雑に考えてしまうんだわ」
 「そうは見えないけれど、ねえ」
 「見せる必要がないから隠してんのよ。だから……単純な、純粋さの赴くままに生きられるあなたやクラピが身近にいてくれるのは、わたしの誇りなのよ。複雑に物事を考えるのはわたしがやるから……純狐はやりたいように生きなよ。ずっと友達だからさ」
 「ヘカーティア」
 純狐はようやく視線をヘカーティアに向けた。へろへろのヘカーティアは、頭のオブジェが落ちそうになっていた。
 「もしかしなくても、恐ろしいほど酔っているな?」
 「んなこたぁない!」酔っていた。「でも、めちゃくちゃ眠いかも……」
 「大丈夫なの?明日までにクラウンピースの装いを決めなくてはいけないんじゃないの?」
 
 へろへろだったヘカーティアの表情が歪む。なにも考えられない、とばかりにテーブルに突っ伏した彼女の肩を、純狐は揺すった。
 「起きなさいよ、ヘカーティア。わたしも付き合ってあげるから」
 「ううう……やっぱり持つべきものは友ね」
 安易に抱きつこうとするヘカーティアを、純狐は手で押し退けた。
 「それより、お酒を持ってきてちょうだい」
 純狐が業務用冷蔵庫の方を顎でしゃくった。
 「純狐も相当飲んでるけど、平気?」
 「わたしは自制が出来ますから」
 言ったな?とヘカーティアは視線で確認を取った。純狐が頷くと、おぼつかない足取りで業務用冷蔵庫に向かった。中から缶を二本取り出した。純狐が見たこともない酒だった。
 「『マキシマム・ハイパー・ハザード・ストロングゼロワンX』」缶に書かれている商品名を、純狐は淡々と読み上げた。「楽しそうな代物ね」
 「二十五メートルプールに一滴垂らすだけで、プール内の水がすべて芳潤な酒になると言われている、アル中が喉から手が出るほど求めている最強の酒よ」
 プルタブを開けると、嗅いだだけで肝臓を悪くしそうな匂いが部屋に充満した。なるほど、と純狐は思った。ここまでする必要はないが、どうせ行くなら、行くところまで行ってやろう。
 純狐が酒を求めたのは、翌日の朝に前日のことを思い出して死にたくなる痛みを、ヘカーティアと分かち合いたかったからだ。お互いに随分と恥ずかしいことを言った。ヘカーティアとてただでは済まないし、自分だって、顔を合わせることが出来なくなるかもしれない。
 しかし、お互いに正体不明になるほど酔っていれば、少なくとも傷を舐め合うことが出来る。要は忘れてしまおうと言うことだ。今日のようなオフの日に、恥ずかしいことを喋り合ったと言う現実を。

 二人はああでもないこうでもないと、意見を出し合った。とりあえずクローゼットとかタンスの中を確認してみようと、漁ってみたら、出るわ出るわ、なんで買ったのか見当も付かない趣向の服が。とはいえ、バリエーションが増えたことには変わらない。少なくとも黒地のTシャツ以外のものがあるの知れたは、収穫だった。

 ヘカーティアがピースのイラストを描き始めて、こいつに服を着させてみようと言い出した。地獄らしさと言うテーマをなぞりながら、二人はイラストのピースに服を描き足しては消して行った。酒が空になると、ヘカーティアが冷蔵庫に行った。タバコが無くなれば、純狐がタバコ屋に買いに行った。空き缶が山と積まれ、灰皿に吸い殻の山が出来た。
 
 そうこうしているうちに夜が明けて、目覚ましが鳴った。時計の針は右下を指している……地獄の女神の朝は早い。ヘカーティアの目蓋は接着剤でも塗られたかのように開かず、足は鉛のように重たかった。純狐はとっくに意識を失っていた。最終的に、二人で三十四本もの酒を飲んだが、その甲斐あって、ピースのコーディネートは完成形を得ていた。朦朧とした意識のまま、ヘカーティアはソファに沈むように座った。このまま眠りたかったが、寝たら一日中眠ってしまいそうだったので、気合で睡魔を追い出していた。そのまま一時間は時計の針を見て過ごした。
 
 テーブルに突っ伏して眠る純狐が、なにかの拍子に動いて、肘が灰皿にぶつかり、床に落ちて砕け散った。物凄い音が鳴った。掃除をする気にもならなかったが、寝室の方からピースが起きてくる気配があったので、仕方なく立ち上がった。ガラスの破片が指の先を切っても、痛くもなんともなかったのは、ヘカーティアが地獄の女神だからと言うのが本当の理由じゃない。痛みを感じないほど、感性が干上がっていたのだ。少なくとも、ちりとりの存在を忘れるくらいには、脳みそが疲れ果てていた。

 床に散乱したガラスをゴミ箱に捨て終わるのと同時に、リビングにピースが目を擦りながら入って来た。
 「おはようございます、ご主人さま」
 「おはよ」
 ヘカーティアの声は酒とタバコで焼かれていて、燃えカスのような声だった。
 「あれ、友人さまがいる……泊まったんですか?」
 「起こさないであげてね、マジで……」
 ピースは頷くと、冷蔵庫から水を取り出して、コップに注いだ。ヘカーティアが「わたしにもちょうだい」と言うと、それに従った。
 
 ピースの淹れた水を一気に飲み干すと、幾分か気分がマシになった。完全復活とまではいかないが、面倒でずっと行かなかったトイレに行けるくらいの気力は取り戻せた。それでも、便座の上で何度か眠りそうになった。
 トイレから戻ると、ピースがキッチンに立っていた。味噌汁の匂いが漂ってくる。ヘカーティアは、ピースに味噌汁の作り方を教えていた過去の自分に、感謝したくなった。ありがとう、過去のヘカーティア。ありがとう、クラピ……

 味噌汁の匂いで、純狐も目を覚ました。口周りを腕でゴシゴシやって、キッチンに立っているピースをヘカーティアと寝ぼけて勘違いした後に、トイレかどこかに行って、そのまましばらく帰って来なかった。その間に出来た味噌汁を、ヘカーティアは一年ぶりに降った雨水のように有難がって啜った。ピースはそれに加えて、食パンに血のように赤いジャムを塗って食べた。
 やがて純狐が帰って来て、朝食を摂る二人に、
 「ちょっと散歩をしてきたのだけれど、空が曇ってたわ」
 味噌汁を啜りながら淡々と天気のことを話す純狐を、ヘカーティアは、年寄りみたいだなあ、と思った。
 「そっかぁ」とピースは言った。パン屑が口から溢れそうになった。「でも、雨が降っても関係ない、今日も一日、遊び尽くしてやるぜーっ!」
 
 ヘカーティアと純狐は顔を見合わせた。
 「そうそう、ピースちゃん」冷たい水を喉に通して、純狐は言った。「例のファッションね、わたしも考えたのよ」
 ピースは不思議そうに首を傾げた。ヘカーティアが補足した。
 「ほら、友達に見せるって……」
 「?」
 「嘘でしょ?」
 へカーティアは流石にキレそうになった。皮肉なことに、気力がどんどん湧いてくるようだった。
 「昨日はあんなに悩んでたじゃない!」
 「え、えーと……」
 困惑するピース。純狐はわなわなと震えるヘカーティアの肩に手を置いて、
 「子供って、そういうものよ」
 「……」
 

 ヘカーティアの頭の中に、月の都のことが思い浮かんだ。復讐心に駆られている純狐に振り回される月の都と、妖精に振り回される自分。大人と子供。この二つには、実のところ、違いなんてまったく無いんじゃないかな。誰かにとっての小さな悩みが、他の誰かにとっての大きな悩みになったと言うのは、月の都を振り回すわたし達と、わたし達を振り回したピースと、よく似ているんじゃないかな……。

 気の抜けたヘカーティアは最後の力を振り絞ってソファまで歩き、今度こそ眠気の底まで沈んだ。困惑するピースを宥めながら、純狐はヘカーティアを心の中で労った。すぐに鼾が聞こえてきた。
 「ど、どうしてご主人は怒ってるの?」
 「なんでもないのよ、ピースちゃん。ちょっと疲れているだけだから……友達と遊んでらっしゃい」
 最後まで困惑していたピースは、結局、いつもの服を着て、外に遊びに行った。ドッと疲れが出てきた純狐は、朝食の食べ終わった後がそのまま残っているテーブルの前に座った。中途半端に眠ったのと、ヘカーティアの鼾のせいで、眠れそうにない。
 ふと、足の裏に違和感を感じて、持ち上げてみた。紙が足に張り付いていた。取り上げて目を通してみると、酔っ払い共に魔改造されたピースのイラストが描かれていた。

 イラストのピースが着ているシャツには《I’M A REAL MOONRAKER》と書かれていた。純狐はそれを見て、力無く笑った。それから、その紙を丸めて、ソファの方へ放り投げた。
精進します。

注釈1 名前:地獄イノシシ
    分類:哺乳獣類
    捕獲レベル:385
    生息地:地獄全域
地獄に住む巨大なイノシシ。別名『ヘル・イノシシ』。クラウンピースがよく丸焼きにして食べているぞ。
    
いびでろ
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コメント



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1.90奇声を発する程度の能力削除
面白く楽しめました
2.100サク_ウマ削除
じわじわくるシーンとじんわりくるシーンとが巧妙に並べられていて、たいへんずるいと思います。
「ヘカーティア・ザ・最悪なTシャツ」『マキシマム・ハイパー・ハザード・ストロングゼロワンX』とかの言語センスも実に最高です。
3人の支え合うような関係性が、とても美しいと感じました。
サイコ―にロックでした。お見事でした。
3.100終身削除
悩みと気づかいがごっちゃになってて、(見た目的に)年相応な感じと、2人の接し方は違ってもピース思いなとことか手探りで寄り添いあっている感じがなんだか心にきますね
ガララワニが霞んで見えるくらいのイノシシが普通にいる地獄とは思えないような癒し空間があってほんわかしました
4.90名前が無い程度の能力削除
いい日常感でした。MOONRAKERたちが楽しそう。