Coolier - 新生・東方創想話

非公式飛行記録

2020/03/15 20:14:44
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閑話 SKIT

 これは私が河童から聞いた話だ。
 里にこの世の誰よりも不幸な、それはそれは悲劇の主人公に相応しい冴えない男が居た。彼は何をやってもダメで、道を歩けば必ず転び、食事を作れば家が火事になったうえに飯はトンビにかっさらわれ、家族も居なければ恋人の類もできたことはなかった。一文無しで、職もない(誰も雇ってくれない)ため、里の外れにあるぼろ屋で眠り、一日中ごみを漁って生活していた。その手に入れた残飯すら食べると三回に一回は腹を下す始末で、何か不吉の塊みたいなものが憑りついていると噂されるようになった。彼に近寄る人間は無かったし、彼自身も助けを求めなくなっていた。
 そんな運命に見放された彼が家に戻ると、青い髪の可愛らしくもみすぼらしい少女がススだらけの囲炉裏の前で寝転がっていた。
「あ、此処の主人かな。何か食べ物を恵んで」
 乞食のようである。男が事情を尋ねると、今にも飢え死にしそうな少女はぽつぽつと話し始めた。彼女は名を依神紫苑と言い、不幸を呼び込む貧乏神である。なじみのある波長をたどってここに来たとのことであった。不幸なオーラが駄々洩れである彼の家は、貧乏神が親近感を抱くものだった。だが、流石にこのありさまでは食事にありつけない。ふらふらと上がり込んだは良いものの、紫苑は早々に後悔していた。
「凄い負のオーラね、来る場所間違えたなぁ」
 あまりにも彼の家が貧相で、これ以上不幸になりようがない。これでは悪事も働けないと紫苑が嘆いていると、男は今日の収穫の内半分を差し出した。
「え、いいの? 正直あんたの方がヤバそうだけど」
 男は頷いた。彼は心が優しいわけではなかったが、自身の人生についてもうすでに達観していた。貧乏神が来たのも何かの縁だと思い、要求をのむことにしたのだ。
「じゃいただきます」
 腐りかけの白菜と川魚の骨をバリバリと食べ、案の定二人して腹を壊した。


 その日から男と、貧乏神の奇妙な同居生活が始まった。男はあてもなくふらふらと里を歩き回り、食べられそうなものなら何でも拾った。けたたましく鳴り続ける腹を押えて、汗と泥と自身が流した少量の血にまみれながら夕方に帰宅し、収穫物を紫苑と半分ずつ食べた。食事を終えると、腹を下さぬことを祈りながら眠りにつく、そんな日々だった。
 紫苑は一日中ぼろ屋でゴロゴロしているときもあれば、妹や天人様たちとどこかへ出かけているときもあった。彼女の生活を男は知る由もなく、また、尋ねもしなかった。毎日来る、もしくは居座っている野良猫に餌を与える感覚に似ていた。本当に猫みたいだと思って、一度頭をわしわしとしてやったところ、不機嫌そうにじーっと見られたが抵抗はされなかった。
 里の住民はますます男を避けるようになった。彼の纏っているどんよりとした空気が、人除けの結界のような役割を果たしていた。
 ふと、彼が自殺したくなり里の外へ出た時があったが誰も咎めなかった。
 首を吊る勇気はなく、不慮の事故で死ぬだろうとそのまま森や妖怪の山付近まで歩いて行ったが、道中妖怪に襲われることなく無事に生還してしまった。妖怪も相当の飢餓状態でもない限り、こんな腐食した空気を垂れ流す人間を食べようとは思わないのだ。彼らだって食べ物を選ぶ権利はある。
 積極的に自殺するような気概があれば、もう少しましな生活を送れていたかもしれないとは貧乏神の談である。
 ある日、紫苑の妹である依神女苑が男の家を訪ねてきた。彼女は疫病神である。姉が世話になっているということで挨拶と言えば聞こえはいいが、実際は偵察目的で来たのだった。
「ほんとにしみったれてるわね。なんか臭うし。姉さん、なんでこんなとこにいるのよ」
 初対面に対しなんとも酷い言い回しであるが、男は気にする様子も見せずぺこりと頭を下げた。
「なんか落ち着くの。ひもじいけど。変な魔力があるように思えるわ。干だるいけど」
 丁度陽も沈んだので男は近くで採れた生キノコと、肉が若干ついた何かの動物の骨を振舞おうとした。今日の夕飯はいつもより豪勢なのだが、女苑は遠慮した。
「残飯でももうちょっとマシなもん食べなさいよ。あーやだやだ貧乏がうつる」
「ひどいわ、人を伝染病みたいに」
「絶対身体に悪い病原菌か何かはいるだろうけどね。蚤とか虱とかも。ま、姉さんが楽しそうで何より」
「そうかしら」
「ごめん嘘」
 こんな具合に取り留めもないやり取りをした後、女苑は夜の街へ繰り出した。これから裕福な家の旦那あたりを狙って搾取するのだ。脂ぎった顔で如何にもスケベそうな、給金だけが取り柄のような男が狙い目である。
 女苑が家を出た後、二人は夕飯を食べて腹を壊した。生のキノコはたいてい毒があるのだ。ゴロゴロと雷神様が腸内で暴れまわっていた。呻き声がぼろ屋から漏れ続け、眠りにつけたのは丑三つ時を過ぎてからだった。


 ある日男は、ふと無為に生きるのもつまらないと思い、何か生命維持活動以外のことをしようと考えて里の外へ出た。とりあえず守矢神社に参拝にでも行くつもりであった。
 最近できたという神社まで直通のロープウェイに乗る金はなく、信者は無料サービスだということも知らなかったので男は無謀にも登山を決行した。参道はあるため、一応不可能ではない。しかし、もともと体力がなく、昼飯もない状態で山に入ったのですぐに気力はそがれた。
 喉が渇き、せめて水を持って来ればよかったと男は後悔した。水の音を頼りに近くの川に行き、ごくごくと水を飲んだ。そして、そのまま足を滑らせて川に落ちてしまった。
 水位は浅かったので溺れることは無かったが、川底の石が安定せず三度転倒して膝と掌を擦りむいた。
 その様子を見てくすくすと笑っている少女がいた。厄神様こと鍵山雛である。彼女はようやく岸に戻れたずぶ濡れの男に声をかけた。
「いやー厄いわー。物凄くね」
 男は彼女が厄神様であることを知らなかったが、なんとなく神々しさのようなものを感じたのでぺこりと頭を下げた。雛はにこりと笑って自己紹介をしたのち、男の素性を尋ね始めた。根掘り葉掘りシャベルの先端でえぐるように容赦なく質問したが、男はためらいもせず素直に答え続けた。
「酷い人生ね、いや、もう人の道を踏み外してると言っても過言ではないわ。これも何かの縁、私が流してあげる」
 雛は運命じみた何かを感じ取っていた。彼の厄を流しさる、そのために今日の出会いがあったのだ、と。
 男は礼を言って深々と頭を下げた。しかし、神様には貢物が必要であり、自分には用意できないと思った。供物をささげなければ祟られるのではないかと、心配そうにしていると雛はけらけらと笑った。
「大丈夫よ。厄が流れ出れば、少しは余裕ができると思うの」
 それならと男はありがたく神様の施しを受けることにした。
 くるくると雛はその場でコマのように回った。すると禍々しい厄が具現化して黒い霧のようになり、彼女の周りに漂った。
「わあ、こんなに。これは手強いわ、今日はこのくらいにしておきましょ」
 男はその禍々しさに驚いていたが、厄を具現化させたのは雛なりの茶目っ気であった。これ見よがしなこの集め方はいわば演出であり、本来厄なんてものは目に見えない。それっぽく見せることで「ちゃんと厄を集めましたよ」という説得力が生まれるからそうしているのだ。どこぞの死神がサービスで普段から鎌を持っているようなものである。
 男は深々とまた頭を下げて帰路についた。なんとその日は夕食を食べても腹を壊さなかった。紫苑は壊した。
「嫌いだ、あんたなんか……うう」
 涙目で恨めし気に男を睨んでいた。


 雛と会った日から男の生活は一変した、というほどでもないが以前の灰色の生活に比べればまともな色がつき始めていた。例えば、ごみ漁りの収穫物が前より豪勢になった。この前は醤油の一升瓶が捨てられていた。居酒屋が間違えて大量発注してしまったそうで、置き場所がなく仕方なしに捨てたのである。もったいない精神にのっとって回収し、男と貧乏神は久しぶりに濃い味の食事を摂ることができた。他にも、どぶに足を突っ込む回数が減ったり、転んだときのケガが軽傷で済んだりした。
 こういうこともあった。ある時、男は紫苑に紹介されて天人である比那名居天子と会った。天人ということで彼は恭しく頭を下げると、彼女は「うむ、素晴らしい心がけだ、ふふん」と言い、天界の桃をごちそうしてくれた。
 そうして彼は久方ぶりの甘味に舌鼓を打った。味は極上である。この上ない幸せを噛み締めつつ、涙を流しそうになりながら礼を言った。
 里に行けば天人に頭を下げる人ばかりであろうが、天子が地上で会うのはもっぱら霊夢や魔理沙といった、精一杯良い言い方をすればフランクな連中ばかりであったため、唯我独尊な彼女と言えど素直に頭を下げられると気分がよかった。
 紫苑がしきりに「流石は天人様」とほめちぎっていた。天子はいよいよ得意になり、天人様らしく振舞おうと薄っぺらな胸を堂々と張ってそれっぽい啓示を与えてみせた。五衰がうんちゃらかんちゃら、六道が云々、男に学は無かったのでまったく理解できなかったが、ありがたく受け取った。
 男が天子を紹介してくれたことに対して礼を言うと、紫苑は鼻を高くして自分の事のように喜んだ。
 後日男は礼として天子を食事に招待した。この日は奮発してとっておきのめざしを出した。天子は「これが下々の食事なのね」と得意そうに憐れみを向けた。そして、自分のイメージする下界の民の食事にぴったり合っていたため、楽しそうに食べた。結果はお察しの通りである。頑丈な天人も内臓はそこまで強くないのだ。


 男は三日に一度、厄神の元を訪ねた。最初こそ手ぶらだったものの、現在は木の実などの簡単な供物をささげるようになっていた。
「今日も今日とて厄い厄い。さっそく始めるわ」
 男はくるくる回る雛をじっと見つめていた。いつしか、彼は雛に対して神様への景仰のほかに、形容しがたい別の感情を持つようになっていた。
 雛は時折にこりと微笑みかける。異性への欲望であることをはっきりと自覚したのはそのときだったかもしれない。
 驚くほど早く時間は過ぎる。男は礼を言って、別れを告げた。
「あなたの厄を流せるのは私だけ。辛い時はいつでも力になるわ」
 雛の顔が夕焼けと重なって、ほんのりと朱が差しているように見えた。


 奇妙な同居生活も一か月経った。男はこのところ、いろいろと積極的になっていた。ごみ漁り以外にも釣りをしてみたり、簡単な仕事を手伝ったりしていた。彼に関わる人間はいないが、厄神からのつながりで、河童に実験台にされるという仕事を受けたりしていたのだ。おかげで、石鹸や手拭いを購入して体を洗うという人間らしい生活に浸ることができた。
 また、二度だけ酒類に手を出した。幻想郷の住民が衣食住の次に大事にするのはアルコールである。貧困層でもそれは変わらない。
他にも、火を焚いて調理ができるようになった。以前は火を起こすたびに大黒柱より太い火柱が立つので禁忌だったのだ。食料に熱を通せたので、食あたりの回数は激減していた。
 生活の若干の変貌をなんとなく疑問に思った紫苑は、本日の夕餉である醤油味のあら汁を啜りながら男に尋ねた。
「最近よく外に出るね。なんかご飯もちょっと豪勢になったし」
 醤油をケチったので薄いが、出汁が効いていて美味しい。これはもう人間の食べ物だ。白米とまではいかずとも、粟や稗等の主食があれば最高だと紫苑は思いながら、汁をもう一啜りした。
 一呼吸おいて、男は厄神様に会いに行っていることを話した。厄が流れ出たおかげで、少しはマシな生活ができていると、嬉しそうに語った。
 紫苑はつまらなそうに話を聞いて、最後に短く言った。
「ふうん、そうなんだ」
 紫苑の眼にはいつもと違う、恐ろしい何かが宿っていたように思えたが、学のない彼はそれを表現する言葉を知らなかった。強いて言えば般若の面の怖さに似ていた。


 その日は朝から釣りに行き、夕方まで粘った。ウグイ二匹にフナ一匹の計三匹と釣果が非常によかったので、男は竹の魚籠を担いで意気揚々と厄神様の元へ向かった。魚を献上できるのは初である。
 すっかり暗くなってしまったが、雛は最初に出会った河原で相変わらずくるくると回っていた。供物をささげると、雛はとびきり嬉しそうな顔をしてみせた。
「わぁ! すごいじゃない、ふふん、全部私のおかげね」
 無論、河童たちにでも頼めば魚などいくらでも手に入るのだが、雛はただでさえ貧乏な彼が頑張って供物を持って来るという、その殊勝さが健気で可愛らしいと思っていた。男にしてみれば当然の行為で、むしろ申し訳ないとすら思っているのだが、自分の生活が第一であるためそこは甘えることにしていた。いくら流してもらっても相変わらず貧乏で、その日暮らしのままである。
「じゃ、さっそくね」
 雛はくるくる回る。見ているだけで目が回る。はたから見ればシュールな光景であるが、男は神々しさすら感じていた。男にとっても、雛にとっても至福の時であった。信仰を通じた人間と神様の密接な関係、それは理想的で健全だった。
 ふと、男は尋ねた。自分の厄がすべて抜け落ちるのはいつ頃かと。いつまでこの関係を続けられるかという寂しさゆえの問いであったが、雛は急かされていると捉えてしまったようで、言い訳をするように答えた。
「それは……あなたのため込んだ厄が膨大過ぎるんだもの。時間がかかるわ」
 慌てて男はゆっくりで構わないと付け加えた。雛は安堵の表情を見せ、言われた通り時間をかけて儀式を行った。
「今日はおしまい。じゃあまたね」
 しかし男は、帰らなかった。もう少しだけ、一緒に居たいと思ったのだ。沈黙が生じ、視線だけの会話がなされた。微笑みには微笑みを、どちらかが口を開こうとすればもう片方も口を開こうとして、結局やめる。代わりに身体を寄せ合い、空を見上げる。
 幸福の長い沈黙だった。しかし、ほどなくして外部からの声によって沈黙は破られた。
「見つけたわ。今すぐ離れなさい、さもなくば」
 博麗の巫女であった。右手には針を三本指の間に挟み、左はお札を構えている。むき出しの敵意は男でも感じ取れるほどで、戦闘態勢であることは明らかだった。雛は言われた通り、男と距離をおいた。
「何を企んでいたのかしら。話しなさい」
「何も、彼の厄を流していただけよ」
「嘘おっしゃい、彼、物凄い負のオーラを放っているわ。逆にあんたが注ぎ込んだんでしょう」
「それは、彼の厄が膨大だったから……」
 雛はそう言ったが、嘘だった。これまで厄を流していたのは事実だが、一度にごく少量ずつ、それこそ風呂の水をひしゃくで掬う程度であった。彼と一緒にいる時間が心地よくて、つい先延ばしにしてしまっていた。厄神と人間の関係が終わってしまうのを恐れていたのは雛も同じであった。
「嘘、だとしても明らかに人のそれを逸脱している。なるほど、妖怪に堕とすつもりだったのね」
「違っ」
 雛は弁明しようとして口をつぐんだ。溜まった厄が男を妖怪に変えてしまう可能性は確かにあった。むしろ、今まで人の形をとれていたことの方が不思議なくらいなのだ。えんがちょマスターとも謂れのある雛は一刻も早く彼を健常な人間に戻してやるべきだった。だが、どうしてもこの縁だけは切りたくなかった。
 黙り込んだ雛の代わりに、男はここでようやく口を開き、確かに厄を流してもらっていたと弁明した。しかし、霊夢は憐れみの眼を向けた。
「庇う必要はないわ。可哀そうに、洗脳されたのね。それとも――」
 男はまた否定の言葉を吐こうとしたが、すぐに遮られた。霊夢の眼が、探りを入れるような鋭いものに変わったのだ。
「自分から進んで人間やめる気だったのかしら」
 氷のように冷たくて、煮えたぎる熱湯のように熱い、恐ろしい眼だった。あのときの紫苑の眼に少し似ていたが、もっと恐ろしかった。
「ごめんなさい」と雛は言った。巫女に許しを請うように、そして男を庇うように。彼女の優しさが、彼はとても怖かった。なぜ庇うのか、無知で鈍感な彼でも大方理解できたからだ。これから起きることを想像するだけでも恐ろして、眼をそらしたくて、彼は逃げた。
標的を見失った霊夢の眼は雛のほうへ移った。そして厳かに、あくまで巫女として職務を全うするだけ、という調子で言った。
「里の人間が妖怪になること、それは掟に反するわ。幸い間に合ったみたいだけど、ともかく粛清が必要ね」


 男は走った。何度も胸の中で許しを請いながら山を駆けた。自分が悪かった、すまなかったと浅ましく傷心することで、あの場から逃げてしまった罪悪感からも逃れようとしていた。
 草鞋が脱げたので、裸足で駆けた。砂利で足は擦れ、木の枝や蔦が身体を傷つけたが痛みは感じなかった。がむしゃらに走り、一刻も早く里に下りようとした。
 そして道中、妖怪にあっけなく喰われてしまった。熊のような見た目の言葉も話せない下級の妖獣だった。血の匂いがしたことや、わずかに厄が流れ出ていたことなど、様々な要因が重なって腹をすかした妖怪にとっては十分な餌になっていたのだ。運が悪いというほかなかった。
 妖怪は男を食べ終えた後、残留した厄によって腹を壊した。腹痛は三日三晩続き、トラウマを背負って二度と人間が食べられなくなった。
 ぼろ屋に住みついた貧乏神は家主の帰りをずっと待ち続けた。空腹が限界に達してもなお動かず、一か月後が過ぎた。一応は神だから餓死することはないが、動く気力すらなくなり、ぐったりと横たわっているところを妹の女苑によって救出された。
 女苑が食事を摂らせてくれたが、紫苑の胃が委縮したせいで食物を受け入れず、盛大に吐いてしまった。吐物が女苑にかかり、巻き上げた金品で購入した高級な洋服が台無しになってしまった。


 そして、雛は霊夢に満身創痍になるまでボコボコにされたというわけさ。登場人物が誰一人として幸福にならなかった。悲劇というほかない。もしくは悪趣味な喜劇だ。
 だが、心配はいらない。信仰がある限り、神様は滅びやしない。特に雛は人間の厄を流す、いわば和魂の側面が強く出てるから復活は早いだろうしな。
 それにあいつは掟に忠実で、決して一線を越えないはずなんだ。妖怪も神様と似たようなもので、畏怖がある限りは何度骸になっても墓場から蘇るもんだ。ある程度の知名度があれば弱小妖怪でもない限り完全に消滅などしない。尤も、博麗は大妖すら消滅させる力を持ってはいるらしいが、それをふるうのは幻想郷そのものが滅びるような存在に対してだけだ。もしくは相当苛立ってる時か、なんて。それに何より、妖怪が次々と消滅してしまっては賢者が悲しむだろう。だからそんなことするわけないんだ。
 だが、痛みが消滅の恐怖を上回ることもあり得る。あいつはそのことを重々承知している。消滅なんて安易な逃げ道は与えない。一度巫女に粛清された者がもし、地底の覚り妖怪とでも一戦交えたのならアナフィラキシーを起こして、確実に再起不能になる。それだけは断言できるな。
 ところで、この悲劇の物語で一番可哀そうな登場人物は誰だと思う。男か、貧乏神か、厄神か、はたまた巫女か。天人や名も知れない妖怪もいるな。
 私は、巫女だと思う。だってこの悲劇を聞いた奴から称賛も、憐れみも向けられない、むしろ悪く言われちまうからな。男や厄神は同情くらいはしてもらえる分まだマシだ。可哀そうじゃ変だな、哀れな奴なんだ。今や誰も信用しちゃいけないって思い込んでる。孤独だ。本当は結構皆に好かれているのに、それに気づけないし、認めちゃいけないって思ってる。愛を知らずに育っちまったんだ。甘えられる奴が近くに居なかったし、最後に縋った奴にも突き放された。自分で判断しろってな。
 だからちょっと歪んで、自立もとい孤立したんだ。あいつが今でも信用してるのは私くらいのものだ。
 そう、私を完全に信用している。多分昔からだったはずだ。誰も知らないような、それこそブン屋でも知らないあいつの間抜けな顔を私はいくつも知っている。一番遊んだ回数も多いし、一緒に食卓を囲んだことだって、丸一日二人酒したことだって何度もある。でも、結局あいつは私を選ばなかった。よりによって賢者様だ。私じゃあいつの穴を完璧に埋めてやれない。それが悔しくてたまらない。
 ……ともかく、悲劇は語り継がれるべきなんだ。教訓も得られるしな。

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