Coolier - 新生・東方創想話

首なしコシュタ

2020/03/15 16:27:47
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いつものように商売に精を出していたら、馬鹿でかいニワトリが客達を引っ掻き回しに来た。
 「コケーッ!」
 翼をバサバサはためかせながら吠えるニワトリは、まるで飛ぶことができない自分の体を呪っているみたいだった。それはさておき、商売の邪魔をするのは看過できない。鈴瑚が団子に刺す用の串を、その手の能力者みたいに暴れ狂うニワトリに向かって投げた。ニワトリは素早くそれを回避し、客の持っている団子を狙ったり、客の目を嘴で突こうとしたりした。

 死屍累々の体で、なんとかわたしはニワトリを捕まえることに成功した。店の前には目や鼻や耳から血を流して倒れる人達でいっぱいになってしまった。
 「どうする、こいつ」
 「食おうぜ」
 鈴瑚が即断した。
 鈴瑚の言葉がわかっているみたいに、ニワトリは暴れまくった。食われるために生まれてきたことを呪っているみたいだった。思わず同情してしまいそうになる。初めから誰かに生まれてきた意味を決められているなら、自我を持ってこの世に生まれることに、なんの意味がある?

 わたしは屋台から滅多に使わない包丁を持って、鈴瑚に首を掴まれ、もがくニワトリに刃を向けた。すると、ニワトリの奴は諦めてしまった。他の鳥のように大空を飛べないこと。養鶏場の外の世界を二本の脚で駆け巡ること。そして、覚悟を決めているように見えた。誰かの胃袋の中に収まることに。

 「一思いにやれよ」鈴瑚にもニワトリの諦めや覚悟が伝わっていたらしいが、結局、食欲には勝てなかったようだ。「苦しませたら可哀想だ」
 百も承知のわたしは、渾身の力を持って包丁をニワトリの首に押し当て、横に薙いだ。
 「コケーッ!」という断末魔と共に、首から先が胴体と分離する。死屍累々の人里に、ニワトリの首がおむすびよろしく転がっていく。失明した人たちや、耳から血を流した人たちがビビる。

 わたしも思わず目を見開いたが、鈴瑚もわたしと全く同じ表情をしていた。首を切られたニワトリが、なんと、まるで生きているみたいに二本の脚でもって走り回っているじゃないか!
 「どういうこと?」誰にともなく言った。「どういうことなの?」
 「神様の悪戯かもな」鈴瑚が言った。「神様って奴は、ああいうことする」

 首なしのニワトリは、首のない頭を使って羽繕いを試みたり、既に失明させた人間のもう片方の光を奪おうと試みたりした。首を失って尚、あの攻撃性には呆れを通り越して感心してしまう。
 「あれは、首なしマイク!」
 と、騒ぎを聞きつけて来た人間が、首なしを指差して言った。たしか、貸本屋の娘だったと思う。
 「首なしマイク?」鈴瑚が貸本屋の娘に尋ねた。
 「外の世界の本に載ってるのを見たことがあります。首を切られてから十八ヶ月も生きたニワトリだとか……」
 貸本屋の娘が捲し立てた。外の世界のアメリカだか言うところにある、コロラドだか言うところの農家で生まれたマイクのことを。首を失ったマイクは研究家に体をいじくり回された挙句、見世物小屋をたらい回しにされたということを。喉にチューブを通して餌を与えられ続け、結局、喉を詰まらせて窒息死してしまったことを。

 ニワトリの捕獲に体力を使い果たしたわたし達は、商売をお開きにして、酒を飲みに行くことにした。今、流行りの鯢呑亭へ。
 「焼き鳥ください」看板娘に注文したら、鈴瑚に頭を殴られてしまった。「なにすんだ!」
 「あんなもの見た後で、焼き鳥なんか食えるか、このボケ」
 鈴瑚は道端で干からびているミミズを見かけたら、うどんが食えなくなるタイプの兎だった。仕方がないので、焼き鳥以外の、鳥が入っていない料理と、酒を注文した。酒が来て、喉を潤すと、案の定と言うか、話題はあのニワトリのことになる。
 「どこから逃げ出したんだろうね」と、わたし。
 「近くに養鶏場なんかなかったよな?」と、鈴瑚。
 「めちゃくちゃ立派な奴だったよね。体格じゃなくてさ、心構えっていうか」
 「うん。死ぬことを受け入れることが出来てた」
 「首なしマイクも、あのニワトリも可哀想だよね」
 鈴瑚は頷きながら、お通しを食べた。それで、ブチ切れた。
 「どしたの?」
 「このお通し、鶏肉が入ってる!」
 鈴瑚は便所に駆け込んだ。わたしは鈴瑚の分のお通しを、自分のお通しの器に移した。
 
 首なしマイクや、あのニワトリが可哀想と言うのは、決してそう思っている自分に酔っているつもりではない。
  
 食われるためにこの世に生まれてきた時点で、奴らにはいつだって死ぬ覚悟が出来ていた筈だ。少なくとも、あのニワトリだって、死が直面した時には、甘んじてそれを受け入れようとしていた。そんな奴らが、残酷な神様に目を付けられちまった。わたしだったら、首をなくした時点で、たとえ生きていたとしても殺してくれと懇願しただろう。ニワトリにも自殺という文化があったら、きっとマイクも十八ヶ月も見世物なんかに甘んじたりはしなかったはずだ。

 「コケーッ!」
 と、ニワトリみたいな奇声を誰かが挙げた。見やると、ニワトリみたいな見た目をした人が、看板娘にお通しに関するクレームをしていた。
 「今日だけで、相当数の店が鳥料理を提供していた……ここまで鳥食の文化が浸透しているだなんて……!」
 看板娘はペコペコ頭を下げた。「もしかして、アレルギーでしたか?」
 「全然!むしろ、鳥は大好きです!」
 「……」
 
 「どした?」鈴瑚が便所から戻って来る。口の周りが濡れていた。「なんの騒ぎ?」
 「人間とニワトリの間に生まれたような奴が、お通しに文句言ってるんだよ」
 鈴瑚がニワトリの人の方を見やった。
 「あの首なしのニワトリを見ちゃったのかもねぇ」
 「そういうわけでもなさそうだけど」
 と、ニワトリの人の視線がこちらに向いた。わたしは嫌な予感がしたが、既に手遅れだった。ニワトリの人が席を立って、こちらにズンズン向かって来る。看板娘が安堵のため息を漏らし、常連客のおっさんから励ましを貰う。
 
 「お二人で楽しんでるところ、申し訳ありませんが……聞き捨てならない言葉が聞こえたもので」図々しくも鈴瑚の隣に座るニワトリの人。鈴瑚が、わたしの隣に席を移した。「首なしのニワトリとは、なんです?」
 「どうもこうも、首を切られても生存してるニワトリが人里で暴れまわってるんですよ」
 「な、なんですって⁉︎」
 説明した鈴瑚が、ニワトリの人のリアクションを得て喜んだ。ニワトリの人はにわかには信じられない、と言った感じに首を傾げた。そりゃあ、首を切断されても生きてるニワトリなんて、疑われるのも無理はない。
 「ニワトリの首を撥ねる……そんな非人道的な行為が?」と思ったけど、ニワトリの人の疑問は別のところにあったらしい。「そのニワトリが、今どこにいるか、わかりますか?」
 「知るか」
 「こうしてはいられません!」ニワトリの人は席を蹴って立ち上がった。「今すぐに、そのニワトリさんを助けてあげなければ!」
 そう言うと、彼女は店を勢い良く飛び出して行った。鈴瑚が元の席に戻って、やってられないとばかりに酒を飲んだ。やがて煮物やらなんやらが来て、わたし達は黙々とそれらを食した。

 お互いに気持ちが落ち着いてきた頃に、どちらからともなく口を開いた。話題は自然と、先程のニワトリの人のことになった。
 「どう思う?」とわたしは訊いた。
 「なんつーか……あの人もさ、たぶん、わたし達と同じタイプだよな。動物モチーフの妖怪だか、神様だか」
 「モチーフとか言うな」
 「凄い人だと思うよ」
 「うん。あんなに自分と同じ種族を愛せるのって、凄いよね」

 もしかしたら、狂っているのはわたし達の方なのかもしれない。わたし達は兎がペットとして飼われているところを見ようが、食用として捌かれているところを目撃しようが、どうとも思わない。なんなら、兎をペットとして売っているのも兎だと言う話だ。兎は同属の悲惨な境遇に対して、恐ろしいほど無頓着になれる生き物なのかもしれない。
 ナルシズムについてまで話が及んだ時に、看板娘が申し訳なさそうな笑みを浮かべて近づいてきた。
 「ごめんなさいねぇ、さっきは迷惑かけちゃって……」
 なんの話かわからなくて、わたし達は首を傾げた。
 「ほら、あのニワトリの……」
 「ああ」鈴瑚が笑みを作った。「別に良いっすよ。あんた、悪くないし」
 わたしも鈴瑚に同意するようなことを言った。
 「お詫びと言っちゃなんだけど……」看板娘は懐からコインを取り出した。「最近、河童のお店からジュークボックスを買ったのよ。これ使って、好きな音楽かけて良いよ」
 「マジですか?」鈴瑚はコインを受け取り、ジュークボックスの方を見た。
 「首なしニワトリ、様々だね」
 「かけてくる!」
 適当な店の適当なボックスなら、適当なタイミングで音楽を鳴らしても構わないもんだが、こう言う人気店では否応なしに遠慮を強いられちまう。でかい面した常連客の視線が痛いのだ。

 席を立ってボックスの前に移動した鈴瑚は、しばし機械とにらめっこして、コインを投入し、ボタンを叩いて、席に戻ってきた。年代を感じさせるイントロが流れ始める。
 「なに、かけたの?」
 「わからんから適当にかけた」
 かなり年季の入った声が店の中を満たした。

 農場じゃ、金曜日になると
 農場じゃ、兎のパイを食べるんだ
 だからね、金曜日になるとさ
 おれは早起きをして歌うんだ
 逃げろ、兎!逃げろ、兎!逃げろ、逃げろ、逃げろ!
 逃げろ、兎!逃げろ、兎!逃げろ、逃げろ、逃げろ、兎!

 鈴瑚が苦い笑みを浮かべて、それを見たわたしが笑った。

 ※

 次の日、わたし達はいつもの場所、すなわち、首なしニワトリが誕生してしまった爆心地に屋台を構えた。店を開く準備を終えて、開店までにまだ時間があったので、新聞でも読むことにした。見出しには、デカデカとこうあった。
 
 首なしニワトリの“コシュタ“爆誕!発見者には報酬金!

 「コシュタって、なんだ?」
 鈴瑚が疑問を口にした。
 「デュラハンの乗る首なしの馬のことさ。コシュタ・バワー。そういや、少し前にも首切り馬の噂が里で流行ってたよな」
 「誰だあんた」
 「通りすがりのデュラハンだよ、お団子おくれ」
 まだ開店前だったけど、無駄知識のお礼に売ってやった。全体的に赤い感じの自称デュラハンは、満足そうにして去った。
 「首なし……コシュタの奴、まだ逃げてるんだね」
 「捕まえて、手元に置いときゃ良かったかな」
 「そしたら、報酬金も出なかったと思うけど」
 「それもそうか」
 「目撃者も少ないみたいだし、首切り馬の時みたいに噂が一人歩きしちゃうかも」
 「そのうち、呪いの象徴になったりしてな。……まあ、こいつは間違いなく存在してるんだけどさ」
 新聞はコシュタの情報の他にも、コシュタによって齎された被害についても触れていた。目ん玉を抉られたのが四人、三半規管をめちゃくちゃにされたのが二人、鼻の穴を一つにされちまったのが三人。そのどれもが、永遠亭の治療で完全回復したそうだ。鈴仙がインタビューを受けた記事があったけど、読む前にビリビリに引き裂いてやった。

 コシュタが大暴れした場所であるにも関わらず、開店の時間になると、人がたくさん来た。怖いもの見たさって奴だと思う。或いは、命さえ残っていれば、重傷を負っても永遠亭に行けばなんとかなるくらいに考えているのかもしれない。ニワトリの攻撃性能を甘く見積もってるのは、連中の浮かれた面を見れば一目瞭然だ。その気になれば、人間なんかストローでも殺せるというのに。
 とは言え、コシュタのおかげで団子は飛ぶように売れた。鈴瑚なんか悪知恵を働かせて、いきなりその場で「コシュタ団子」なんて作っちゃったくらいだ。ただの団子に命名しただけだけど。

 お昼の休憩時間になっても、客はハケなかった。コシュタ様々だ。しっかりと体を休めつつ、わたし達は午後の仕事に備えた。
 と、様子がおかしいことに気付く。浮ついていた空気感が霧散して、妙な緊張感が店の周りを包んでいた。見やると、昨日のニワトリの人が、客達に囲まれるようにして立っているではないか。
 「聞けぃ、愚かな人間どもよ!」ニワトリの人が吠えた。「わたしは庭渡久侘歌!ニワトリの味方である!」
 さらにざわつく界隈。耳を澄まさなくても、人間達があのニワトリの人の正気を疑っているようなことを言っているのは明白だった。
 「これを見よ!」
 久侘歌が手に持っていたケージを開けると、中から弾丸のような勢いでなにかが飛び出してきた。
 「マジですか?」鈴瑚が目を見開いた。
 「あれ、コシュタだ!あいつが捕まえたんだ」
 「報酬金貰えないじゃん!」
 「……」
 
 コシュタは首の根本に首輪を付けられていて、そこから伸びる紐でケージに繋げられていた。しかし、外に出た時の勢いは凄まじかったものの、それっきり大人しくなっていた。
 「彼は……コシュタは、哀れにも人間の手によって首から先を切断されてしまいました。身勝手な人間が、身勝手な食欲を満たすために!」
 人間相手にその演説はどうなんだ、と鈴瑚がボヤいた。まったくその通りだと思ったので、わたしは黙っていた。
 「しかし、コシュタは生き延びました。首を切断されたのに、どうして?それは、人間に復讐をするためなのです!」
 コシュタはうんともすんとも言わなかったけど、首が無いから当たり前だった。なにも言わないのは、演説を聞いている人達も同じだった。復讐のために生き延びたというよりかは、科学的根拠で生き延びたと説明された方が、まだ納得出来るって感じだった。

 「わたくし、庭渡久侘歌は可哀想なコシュタのために、そして、人間どもの食料に成り果て下がったニワトリの地位向上のために、共に働いてくれる人材を募集しているのです!『ニワトリを救う会』入会希望者は、この場で挙手を、どうか!」
 だんだんといたたまれない空気になっていくのを、どうしようもなかった。同情が伝染していく。決してニワトリの地位に対する同情ではないけど。
 と、勇気ある誰かが挙手をした。庭渡さんの目が輝き、頭のおかしい奴がここにもいたぞと言うような空気が漂い始める、
 「ありがとう、ありがとう……早速、入会希望書に名前と生年月日と住所を──」
 「あ、いや、違くて」挙手をした人が、なんと、わたし達の方を指差すではないか!「そのニワトリの首を叩き落としたの、あの屋台の店員達ですよ」
 「なんですって⁉︎」
 庭渡さんの獣のような視線が突き刺さる。
 鈴瑚が舌打ちをした。「あいつ、昨日の客か!」
 
 発情期のニワトリみたいな激しさで、コシュタを引き連れ近付いてくる庭渡さん。しかし、その様子がどうにもおかしかった。
 「あなた達は、昨日会った……!」母親の仇を見るような目に、わたし達は身震いしてしまう。「さあ、コシュタ!彼らをズタズタに引き裂いてやりなさい!」
 コシュタは地面に横たわったまま動かなかった。優雅に昼寝でもしているみたいだった。
 「コシュタ?」庭渡さんが横たわるコシュタを揺すった。「し、死んでる……」
 「……」
 「そんなぁ……どうして……」
 「そりゃあ……」鈴瑚が死んだコシュタを捌く準備をしながら、言った。「首を撥ねたら、動物は死ぬだろ」
 「ケージから出した時は、生きてたのに!」

 わたしには、コシュタが死んだ理由がわかる。コシュタは自殺したのだ。人間の支配から逃れ、首を撥ねられて尚、自由を求めて逃げ続けたコシュタ。それがとうとう捕まって、人間どもの前に、首のない哀れな姿を晒してしまった。恥をかくくらいなら誇り高き死を選ぶ、みたいな覚悟だったのだろう。ニワトリにも自殺と言う文化があったら、なんて言ったが、あれは間違いだ。人間に食われるために生まれてきたニワトリは、そもそも生まれた時点で死んでいるようなもの。この世に生まれることが死と言う業を、ニワトリは既に背負っているのだ。
 或いは、これは夢のある説だが、悪戯な神様が反省でもしたのかもしれない。勇敢なるニワトリのおかげで、世界が少し公平に近付いたのだ。それだけで、コシュタがこの世に生まれた意味もあると言うものではないか。

 「首なしマイクは、十八ヶ月も生きました」と、わたし達の成り行きを見守っていた客の方から声。声の主は貸本屋の娘だった。「逞しい生命力を見せてくれたマイクの最後は、餌を喉に詰まらせたこと原因の、窒息死です。首を無くしたから死んだわけじゃありません」
 貸本屋の娘はコシュタに近寄り、祈るように跪いた。
 「マイクの誕生後、首なしのニワトリがブームになりました。けれど、マイクの真似をして生まれた首なしのニワトリは、マイクのように長生きしませんでした……」
 わたしには、貸本屋の娘がなにを言いたいのかわかった。コシュタの真似をして、首なしのニワトリを意図的に作ろうとするのはやめろ、と言うことだ。悪戯に命を弄ぶのはよせ、と。

 「庭渡さん」わたしはコシュタを抱いて泣く彼女に声をかけた。「マイクは……マイクは、きっと愛されていたんだと思いますよ。だからこそ、長生きすることが出来た」
 「見世物にされていたと言うのに⁉︎」
 「愛されていたからこそ、ですよ」貸本屋の娘が横から入った。「ニワトリを食糧として育てるからと言って、そこに愛着が湧かないわけでは無いと思います。好きなものを共有したい気持ちって、誰にでもあるでしょう?マイクが世間に公表されたのは、きっと、マイクを育てた夫婦が、マイクのことをみんなに知って貰いたかったからなんですよ」
 
 マイクが実際に愛されていたかどうかは、定かではない。しかし、マイクの生まれ育った故郷では「首なしニワトリの日」なる記念日が制定されているそうだ。地元民は首がなくても生き続けたマイクの生命力を讃えている。そう、マイクは、いや、ニワトリは生命力の象徴なのだ。我々は、そのニワトリを食べることで、彼らの生命力を分けて貰っているのだ。
 「ニワトリの地位は、初めから高かったんだよ」庭渡さんの肩に手を置きながら、言った。「みんな、ニワトリに感謝しているんだよ」
 「……でも、コシュタは……」
 わたしは言った。
 「わたし達もね、コシュタみたいな存在なのさ。偉い人達のために働くことを、初めから決められていて、この世に生まれたんだ。でも、誰にも感謝なんかされない。誰もわたし達を褒めてなんかくれない。なにせ、初めから決められてたんだからね。わたし達の存在意義だって、上の人達が決めてた。でも、愛してくれる人達だっていた。わたし達にとっての偉い人が、たまたまそうじゃなかったってだけで……コシュタにとっても、そうだっただけ。不幸なのは、生まれる前から役割を決められることじゃない。その役割を果たそうとしても、誰からも愛されないことなんだ」

 庭渡さんのコシュタを抱く力が、より強くなったような気がした。
 「わたし達はそんな境遇が嫌で逃げ出してきた。でも、わたし達のことを知っているような人なんて、ここには全然いないからさ、逃げ出した先では愛されようなんて思っちゃいなかったけど……でも、コシュタは逃げ出して幸せになれたね」
 「どうして?」
 縋るような表情の庭渡さんに、わたしは言ってやった。
 「あんたみたいな、自分を本気で愛してくれる人を見つけられたからさ」
 

 庭渡さんはなにかから解放されたような、清々しい表情をしながら、コシュタを置いて自分の住処に帰って行った。
 「団子屋さん」と、貸本屋の娘。
 「ん?なんだ、まだいたの」
 「お二人さんの境遇は知らないけれど……誰からも愛されてないなんて、言わないでくださいよ。わたし、お二人の作る団子、大好きなんですから!」
 貸本屋の娘は、恥ずかしそうにしながら走り去った。わたしもちょっとだけ恥ずかしくなって、鈴瑚を茶化そうとした。
 「おい、鈴瑚……聞いたか?わたし達の団子が好きだってさ。お前、なんかずっと黙ってるけど、どうしたの?」
 「いや……」鈴瑚はコシュタを見ながら言った。「晩飯、フライドチキンで良い?」
 「……」
 その日の晩飯は、鯢呑亭で食いそびれた焼き鳥にした。

 ※

 コシュタの死は、世間的にはそんなに衝撃的ってわけでもないらしく、意外にもすんなりと受け入れられた。それで良いのだ。いつ来るかもわからない死に直面しただけでも十分に恐ろしいのに、寸止めされて先延ばしにされるのは、気が狂うほど恐ろしいことだろう。一日だけとは言え、コシュタはようやく死を認められたのだ、アーメン。

 わたし達は再び団子売りに精を出した。コシュタの影響は無くとも、お客はたくさん来てくれる。店員と客の間柄とは言え、愛してくれるのは嬉しいことだと、わたしは思う。貸本屋の娘が気まずそうに団子を買って帰るのを、わたしは妙に嬉しい気持ちで眺めていた。わたしの店じゃなくて、いつも鈴瑚の店で買ってくんだけど。

 「キャー!」
 と、いきなり悲鳴が挙がった。わたしと鈴瑚は顔を見合わせた。団子の中に虫でも入ってたのかと思って、冷や汗をかいたが、どうやら事情は違うらしい。
 「うわああああ!」また悲鳴が挙がった。「よ、妖怪だ!妖怪だ!」
 見やると、首から先のない人間が、ゾンビみたいにふらつきながら人ゴミの中を歩いていた。
 「あれ……」鈴瑚が首なし人間を指差しながら言った。「昨日、開店前に来たデュラハンじゃん」
 「本当にデュラハンだったんだ」
 赤いマントをは風になびかせながら、デュラハンはあっちに行ったりこっちに行ったりして、人間をビビらせまくった。やがて巫女が飛んできた、過剰とも言えるお仕置きをデュラハンに課した。
 「なにがしたかったんだ?」
 「首なしニワトリが受け入れられるなら、首なし人間も行けると思ったんじゃないかな」
 わたしが言うと、鈴瑚は納得したように頷いた。
 「首のないニワトリは愛されて、首のない人間は妖怪か……」

 仮に首が無くなっても生きている人間がいたとしても、ニワトリみたいに愛されるのは難しいのだ。地位の向上など、傲慢も甚だしい。首なしの界隈で言えば、ニワトリの地位は人間を下して頂点に君臨しているのだから。
精進します。
いびでろ
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コメント



0.100簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
面白く引き込まれました
2.100終身削除
はぐれ者月兎のどこか突き放したような含みのある、ともすれば辛辣とも取れる観察眼から切り取られた鶏騒動が何とも言えない不思議な魅力を持っていたと思います だいたい出てくるのが口を開けば、何かすればぶっ飛んでてそれらにいちいち細かくツッコミがつかず淡々と進んでいくシュールな感じが全体の殺伐とした雰囲気に見事にハマっていたと思います
3.100サク_ウマ削除
思ったよりもシュールギャグでした。赤蛮奇はもうちょっと冷静になって。
文脈を踏みにじるのに躊躇も遠慮もないの、関わりたくなさすぎるけど傍から見るには大変愉快です。
お見事でした。面白かったです。
4.100Actadust削除
シュールで凄惨な光景がどこかコミカルに描写されるのに引き込まれました。
素敵な作品でした。
5.80名前が無い程度の能力削除
ニワトリさん……成仏してください。いや、できたんですかね。面白かったです
6.100名前が無い程度の能力削除
アーメン
7.100南条削除
面白かったです
オチが非常に秀逸でした
ポッと出の蛮奇をここに持ってくるのかよと思わずうなりました
10.100名前が無い程度の能力削除
畜生の身だったから愛されて、人の形だと恐れられて退治される。
うーん、愛って難しい!(小並感)