Coolier - 新生・東方創想話

ヤーマメン

2020/03/13 19:43:36
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 ヤマメとパルスィはいつもの居酒屋の片隅で、適当なことを駄弁っていた。ヤマメにもパルスィにも、話題にできるような趣味と呼べるものがない。彼女達のアイデンティティを確立させている「嫉妬」とか「病気を操る」だとかは、既にライフワークの域に達している。そして、真の職人とは無闇やたらと腕を振るわないものだ。

 「タピオカ・ミルクティーって漢字でどう書くか知ってる?」どうでも良いようなことをヤマメが喋った。「珍珠奶茶って書くんだよ、チンタマ!下ネタかよ」
 嬉々と語るヤマメは、愛用の真っ黒なチェリーパイプのチェンバーにハッパをひとつまみ入れ、マッチであぶった。甘ったるい煙をひとしきり楽しんだあと、それによく合う酒で喉を潤した。
 「しかも、奶って字はさ、女の乳って意味もあるんだよ……ねえ、聴いてる?」
 ヤマメの話には興味なさそうに、パルスィ が深々とため息を吐いた。ヤマメは話を切り上げて、酒を飲んでも尚物欲しげに俯くパルスィの肩を抱いた。
 
 「なにかあったの?」
 「別に……」
 ヤマメはさらにパルスィの方へ体を寄せた。男からも女からも人気のあるアイドルが、人目のつくところで特定の誰かと濃厚に接触していたら、パルスィのような美人で無ければ痛い目を見ていたかもしれない。ヤマメにはパルスィの愛し方がわかっていた。パルスィは誰かを嫉妬するのも大好きだが、自分が嫉妬や羨望の中心にいることも大好きなのだ。
 「教えてごらんよ、お姉さんに。相談に乗ったげるよ」
 勘弁してくれ、パルスィはそんな意図を含んだジェスチャーをしたが、その実、ヤマメが寄ってくるのをそんなに拒んではいなかった。今日の昼酒はパルスィの方から誘ってきていたので、元より彼女はヤマメに相談に乗って欲しかったのだ。そのことを、ヤマメはちゃんと理解していた。
 
 「くだらない話だから」パルスィはタバコに火を付けながら言った。
 昼間とは言え人の多い居酒屋。それに、店内には弾き語りのアルバイトがいて、下手糞な音程で必死に歌っている。昔の地獄は良かった、俺達の魂は、未だにあの頃に縛られている……。くだらない相談をするにはうってつけの雰囲気だが、大事な話をするには、少し煩い。
 「早く言いなよ。わたしもそんなに暇じゃないんだから」
 ヤマメが念押しすると、後は早かった。パルスィは煙を一度吸って、それから煙と一緒に内に抱えているものを吐き出した。
 「わたしの家の隣に住んでる男から……」
 「うん」
 「ストーカーされてるの」
 大した驚きも無かった。死と隣り合わせの危険地帯である旧都的には、それほどの脅威というわけでもない。それで困っている人がいて、たまたまその場面に直面して見過ごしても、罪悪感が湧かないくらいにはどうでも良い。
 「隣に住んでるだけじゃん?」ヤマメが忌憚のない意見を述べた。「絶対、あんたの勘違いだよ。自分でよく言ってるじゃん。わたしのことなんか誰も好きにならない、って……」
 とは言え、パルスィとも長い付き合いのヤマメには、男女問わず、彼女が今まで何人もと本当の愛を分かち合ってきたということを知っている。そして、それを悪いことだとは誰も思っていない。長い年月を生きる妖怪にとって、そして、諸々の事情で死にやすい妖怪にとっては、男や女を取っ替え引っ替えすることは珍しいことでもなんでもない。それに……

 ──パルスィの性格上、ストーカーなんかが現れたら、むしろ喜ぶんじゃないかな……

 「手紙が来たの」と、ヤマメの意見なんて気にも留めずにパルスィは言った。「百通くらい来たわ」
 「百通!」ヤマメの驚いた声に、弾き語りの声が一瞬止まったが、誰も気にしなかった。「随分と熱烈だね」
 「でしょ」
 「でしょって……やっぱり喜んでるやん!」
 「は?喜んでないし……」
 と言いつつ、パルスィの表情は綻んでいた。その綻びっぷりと飲んだ酒の量の関連性を、ヤマメは見出さずにはいられない。

 話はそこで終わっても良いようなものだが、ヤマメはパルスィに続きを促した。「それで?」
 「残念だけど、タイプじゃ無いのよね」
 「……」
 「羨望とか愛情を向けられるのは嬉しいけど、どうにかしてくれないかしら」
 ヤマメは弾き語りの曲がサビの盛り上がりを迎えるまで待った。誰の心にも残らないが、誰の耳にもこびりついて離れないようなサビを。
 やがて、その時が来て、言った。
 「殺しゃ良いのかい」
 パルスィが頷く。
 ヤマメは甘ったるい煙を体全体まで行き渡るように吸い込み、夢見心地を楽しんだ。人間一人を殺すなんてわけないが、殺し方については嗜好を凝らしたい。妖怪にとって、人間を殺すことは自分の存在を知らしめす儀式みたいなもので、そこには一定の哲学というものが存在する。ヤマメは病を操れるが、科学の発展していない幻想郷の、さらにその地下にある世界で、死因不明の死体が上がれば、人間達はそこに神秘性とかを想起してしまう。妖怪はそこから生まれ、そこから生まれた妖怪は、生き残るためにさらなるミステリーを追求する。

 ヤマメはこれまでも多くの人間を能力によって殺してきた。そのおかげで医学のちょっとした発展に貢献したこともあったが、人間にとって未だ多くの病への認識は、神の裁きと違わない。殺すなら誰にもわからない方法と相場が決まっている。しかし、わからなさすぎるとヤマメの存在感さえあやふやになってしまう。人間の認知が妖怪の生存には不可欠だからだ。妖怪の仕業とわかり、尚且つ地底で人気のアイドル妖怪がやったと言うことが広まらないような殺し方が好ましい。
 
 「ちょっと、聞いてる?」
 パルスィの不機嫌そうな声で、ヤマメはトリップから帰って来た。人殺しなんてことを頼んで置きながら不遜な態度を取れるのは才能だな、とヤマメは思った。
 「別にね、顔とか性格がタイプじゃないってわけじゃないんだけどさ」
 「ストーカーなんてする奴の性格が悪くないって?」
 パルスィは不服そうに頬を膨らませた。
 「その人の飼っている犬がね、気に入らないのよ」
 「犬……へえ、犬かい。珍しいね、さとり様でもないのに犬なんか飼ってるのか」
 「うん。その犬が……わたしを見るたびに吠えるのよ。なにが気に入らないのか知らないけど」
 「パルスィはいつもオーラみたいなのを発してるからな……なにもかも気に入らないって感じの。あんたの笑顔からは毒々しい気配を感じるよ」
 「マジで?今も出てる?」

 パルスィはいつもニコニコしていて、笑顔を人前で崩すことはないが、わかる奴にはその笑顔の意味がわかる。厳密に言えば意味はわからないが、抱えていそうなものは見えて来る。それを知ってか知らずか、優しげな笑顔を常にたたえていて、ヤマメはパルスィのそんなところを「アイドルの素質があるな」と気にかけていた。だから、無遠慮な昼酒の誘いにも付き合うのだ。

 ヤマメはパルスィの笑顔をジッと見つめた。見つめるまでもない、パルスィが笑顔と言うことは、つまり、内面に時限爆弾のようなものを抱えているということだ。
 「犬にもわかったのかもね」
 「なにが?」
 「あんたの抱えているものがさ」
 「わたしにはわからないわ」
 「そういうのって、動物とかの方が敏感だって聞くよ」
 「とにかく……」
 パルスィが周囲に目配せした。ヤマメは、わかってる、と頷いた。殺ればいいんだろ、と、周りにはわからないような言い方で確認をとる。
 すると、パルスィの笑みから邪な気配が抜け落ちていくような感じがあった。
 「でもさ」と、安心するパルスィにヤマメが水を差した。「犬が気に入らないなら、犬だけどうにかしたらいいんじゃない?」
 「坊主憎けりゃ袈裟まで憎いと言うでしょ?」
 「犬ごと殺せっての?」
 ヤマメは思わず口を噤んだ。ほとんど無法地帯の地底とは言え、いや、だからこそ、住民達は生き死にに関わる言葉には敏感に反応する。金や快楽のために命が奪われることは、そんなに珍しいことじゃない。
 
 店内が一時静まったような気がして、パルスィはヤマメとは無関係なフリをし、ヤマメは必死に咳き込んで見せた。アルバイトの弾き語りが演奏を中止して、ヤマメに心配の声をかけた。
 ヤマメは作った笑みを、それもとびきり愛らしいのを周囲に振り撒いて、言った。
 「大丈夫、大丈夫!ちょっと風邪気味でさっ!」
 弾き語りは演奏を再開し、咳き込むヤマメをファン達が取り囲み、心配した。その様子を、パルスィは嫉妬の炎を宿した双眸で睨みつけていた。

 ※

 旧都の夜は、夜らしい素振りを少しも見せてくれないにも関わらず、気温だけは思慮深く身を引く。体を温めたい奴や、こんな所にいながら昼間から酒を飲むことに後ろめたさを感じている奴らの宴が、本格的に始まっていた。
 旧都で命のやり取り、或いは一方的な強奪が横行しているのは、一重にお天道様が見れないからだとヤマメは考えていた。陽の光も月の光も差し込まないこの世界では、古明地さとりの第三の目だけがギラギラと輝くばかりで、そのさとりすらも出不精だと言うのだから、暴力的アナーキー状態はもはや手の付けようが無い。
 でも、と店から横溢した酔っ払い達の街道を歩きながらヤマメは思う。命のやり取りはそれほど駄目なことじゃない。死の危険と隣り合わせだからこそ、他人との関係性がより大事なものになるし、酒の味はより旨味を増す。賭場はより盛り上がって、妖怪への恐れが無くなることもない。とりわけ力を持つ者にとって、旧都は悪い場所ではない。
 
 ──誰も無作為に殺してるわけじゃないしね……。

 人の通りの多いところを歩くと、その人気故にどうしても声をかけられる立場にあるヤマメは、酔っ払い達に対して丁寧に相手をしてやっているフリをしながら、本来なら五分で着くところをたっぷり十五分もかけて辿り着いた。
 パルスィの家は一通りの少ないところにあるが、一応、ヤマメは誰にも見られていないことを確認した。人を殺したことをバレるのは少しだけ面倒くさいが、もっと面倒なのが、男性の家に入ったのがバレること。パルスィと人前でサシで飲むのが許されるのは、一重に二人とも女性であるからだ。
 
 しっかりと人の気配が無いことを確認してから、ヤマメは玄関の戸を静かに開いた。部屋の中は真っ暗だったが、土蜘蛛としては視界の悪さに困ることはない。ここいらの家の構造は殆ど変わらないとパルスィから聞いていたヤマメは、玄関と奥の部屋の間に、襖があるということを知っていた。ヤマメは襖に耳を押し当てた。部屋から誰かを呪い殺そうとしているような声が聞こえてきた。

 「許さねえ……絶対に許さねえぞ……」

 蚊の鳴くような声だったが、精神的攻撃に弱い妖怪であるヤマメは、襖越しに部屋から伝わってくる狂おしいほどの憎悪に身震いした。マジだ、とヤマメは思った。マジでパルスィに恋してたんだ……。
 殺す前に、とヤマメは悪戯心に火を付けた。この男の愛憎の言葉をメモにでも書いて、パルスィに教えてやろうと、ヤマメは襖に体重をかけないように背中を預け、床の上に座った。
 
 「悪いのはおれじゃねえ……!」
 思わず吹き出しそうになるのを、ヤマメは抑えた。
 
 ──まあ、たしかに……。
 
 悪いのはストーカーだが、なにもストーカーばかりが悪いわけでも無いとヤマメは見当を付けた。自分に向けられる愛情に気を良くしたパルスィが、きっとこの男を誑かしたりしたんだろう。その上、まったく関係のない奴に殺されようとしている。時折聞こえてくる言葉に、ヤマメは頷きながら、

 ──なんか、ロマンチック……。

 愛情のもつれ(一方的だが)で命が奪われるなんて、旧都史上、初なんじゃないかなとヤマメは心の中で笑った。少なくとも、金とかどうでも良い意見の食い違いとか、酒の勢いで死ぬよりかは、だいぶマシな気分かもしれない。ヤマメの楽しみは、ストーカー退治からストーカーのロマンチシズムへの共感へと移りつつあった。
 そう思った矢先に、全てが狂い出した。

 「ちくしょう、全部終わったら、あいつらも殺してやる!」

 ──あいつら?あいつらって、誰だ?

 一瞬、入る家を間違えたのかと思った。わざわざ外に出て確認したから、それはありえないとヤマメは確信し、玄関に戻った。奥の部屋から、畳をドスドスと叩く音が聞こえてくる。
 と、襖が開いたが、向こうはヤマメには気付いていない様子だった。声を出される前に、ヤマメはそいつの口を手で抑え、そのまま奥の部屋まで押し入り、畳の上に押し倒した。
 
 男の上に馬乗りになりながら、暗闇に慣れた目で男の顔を見た。パルスィから教えて貰った特徴と一致していないばかりか、右の手の小指の第一関節から先が無いという、分かり易すぎる特徴も教えて貰っていなかった。

 ──パルスィちゃ〜ん?あんたの言っていたストーカーって、もしかして、頭の中だけの存在じゃなくって?

 ヤマメは男が窒息死しないような強さで、蜘蛛の糸で声を出せなくする程度に喉を縛り、同じ要領で手足を縛り付けた。立ち上がると、開きっ放しの襖を閉めに行ってから、男の耳元に顔を近づけ、
 「声を出したら殺す」
 と低い声で囁いた。こうなったら、一人も二人も変わらないと、ヤマメは覚悟を決めた。男は自分を襲う何者かがヤマメだとは気付いていない。息苦しさと恐怖で半ばパニックに陥っているが、男の物分かりの良さに期待して、ヤマメは首に巻き付けられた糸の力を少しだけ弱めた。

 男は涎や涙や洟で顔をぐちゃぐちゃにしながら、ヤマメの言葉に従おうと努力した。ヤマメは男が落ち着くまで待った。
 「大丈夫かい?」
 男は咳き込んだが、助けを呼ぼうとする気配は見せなかった。ヤマメには、既に覚悟を決めているように見えた。

 ──気弱なストーカーには見えないねぇ……。

 「あ、あんたは……」
 男の首に巻き付いている糸に力を込める。目が飛び出しそうなほど苦しむ男に、
 「声を出すなって言ったろ?」
 ヤマメは再度、忠告した。今度はすぐに解放してやる。
 「わたしが良いって言うまで喋っちゃダメだ、いいね?」
 男が頷く。
 「よし。あんた、パルスィのこと好き?あ、喋っていいよ」
 ここが河川敷とかなら、青春の一ページになったかもな、とヤマメは心の中で笑った。
 「あんた、あの女の……」
 「質問にだけ答えてくれよ。糸で殺すとなると、バレやすいんだから」
 それにしても、あの女、か。愛していた人に向ける言葉じゃないなと、ヤマメは思った。
 「あの女のことが好きか、だと?誰がそんなことを言った?」
 
 「質問をしているのはわたしだ」と言いかけて、やめた。なんだかありきたり過ぎる気がしたのだ。
 「パルスィが言ってたんだ。お前さんにストーカーされてるってね」
 男は唾を吐いたが、嘲笑しようとしたのか呼吸をしようとして失敗したのか、ヤマメには判別が出来なかった。
 「そんなわけあるか」男は吐き捨てるように言った。そりゃそうか、とヤマメは思った。「確かにおれはあの女を追っ掛けてる。けど、色恋が事情じゃねえ。良い女だとは思うけど……」
 「わかる」
 「あんた、なにしに来たんだ?」
 「……話を聞きに来たんだよ。どうしてパルスィを追っ掛けてる?」
 
 男は沈黙した。誰かにこう言う状況ではそうしてろと躾けられていたみたいな、唐突な沈黙だった。
 ヤマメが力に物を言わせようとする気配を漂わせると、男はか細い声で勘弁してくれ、と言った。
 「喋ったらリンチされちまう、許してくれ」
 「どの道、喋らなかったらここで死ぬことになるよ。リンチより楽に死ねるとは思わないことだ。さあ、喋っちまいなよ」
 男は悪態を吐きながら、自分の運命や旧都と言う界隈そのものを呪った。
 
 「もう何日も前のことになるが、おれ達はこの界隈の一角にある長屋で、花会を開いたんだ」
 「花会?」
 「臨時で開かれる賭場だ……ちょっとしたいざこざでな。で、いざ開いたは良いものの、そこに命知らずが闖入してきた」
 まさかそれがパルスィなわけでは無いだろうとヤマメは思ったが、ヤクザ者達の賭場に匕首や短筒を携えて乱入する彼女の姿を想像したら、自然と笑みが溢れてきた。
 「そいつは鼠みたいにすばしっこく動き回って、テラ銭とアガリを持って行った……すぐに家を突き止めてリンチにしてやったが、金はどこにも無かった。タレの家に隠してるんだと思ったが、そいつは頑として口を割らねえ。賭場を台無しにしたってことで、親分からお仕置きされたおれ達は気が立ってて、勢い余ってそいつを殺しちまった」
 「なるほどね」
 頭の中で情報をまとめてみる。パルスィには本命の男が別にいたと言うこと。右手の小指が無いのは、親分のお仕置きのせいだと言うこと。さっき言っていた「あいつら」は、自分の指を切った奴らに対して言っていたということ。

 ヤマメはタバコに火を付け、吸った。その折に男はヤマメの顔が見えたらしく、
 「あんたは……」
 「旧都は狭い。お前さん達はパルスィがその男のタレだと突き止めたんだろう」
 「そうだ。しかし、あの女は妖怪だろ?」
 ヤマメは煙を吸い、答えを曖昧にした。空気が流動する条件が欠落した部屋の中に、煙が充満する。
 男はパルスィが妖怪であることを前提に話を進めた。
 「迂闊に手を出せば、こっちがやられる。とはいえ、妖怪とあれば、向こうも簡単に人間を殺すわけにはいかない筈だ。おれ達は奴を脅迫した」
 ヤマメはまた納得した。こんな絶望的な状況でもやけに余裕があるのは、にわかに人間と妖怪の対立構造への知識があるからなのだ、と。ヤマメは何度めかのシニカルな笑みを浮かべた。
 「わざわざ隣の家に張り込んで、挑発してたってのかい」
 元々はこの家も、この男の持ち物では無かったのだろう。部屋の中を見ても、生活感というものが感じられない。

 「知ってるぜ、妖怪は人間を殺せねえ。お前もおれを殺せねえ、おれが死ねば仲間が巫女を呼んでくることになってるんだ!」
 ヤマメは糸に力を込め、生意気な口を聞く口を黙らせた。イラッとしていることを認めざるを得なかった。苦しみ喘ぐ男は、それでも自分が優位に立っていると言うことを信じて疑っていないらしく、笑みを浮かべる余裕があった。パルスィから聞いた話と男の発言との食い違いは、一先ず置いておくことにした。
 
 「ムカつくね……誰かから聞きかじったような情報を、さもそれが全て事実であるかのように、得意げに語る奴には反吐が出る」
 「殺すのか、おれを?」
 男が挑発的な態度を取れば取るほど、ヤマメは冷静になっていった。
 「お前さんの言う通りだ」ヤマメは言った。「人間は殺せない。仲間のところにでも帰るが良い」
 ヤマメは男を糸のがんじ絡めから解放してやると、またタバコに火を付けた。男はそんなヤマメを、双眸に憎しみを込めながら睨んだ。自分が生きていることへの浅はかな安堵さえあった。男は、ヤマメの気の変わらないうちに家を出て行った。
 ヤマメはタバコを畳の上に捨て、足で揉み消してから、部屋の隅に気休め程度に置かれている机に目を凝らした。ペンも紙はおろか、物すら置かれていなかった。

 ──手紙百通ってのも、嘘かい!

 ※

 旧都の一角にある長屋から火の手が上がったのは、酔っ払い達も寝静まる深夜の出来事だった。最初の目撃者が近くを通りかかった時には、建物の殆どが焼け落ちていて、手の付けようが無かった。眠っていたドランカーが重たい頭を支えて野次馬に来た時には、全てが終わっていた。火は長屋を焼き尽くした時に、まるで自分の役目が終わったことを理解しているみたいに自然に消えた。中にいた人達は、大方の予想通りにこんがりと焼き上がっていた。死体は数えられるだけでも十はあった。

 火の不始末で火事が起こるのは、アル中の住民が多い旧都では珍しいことじゃ無い。それでも、住民達は不思議に思った。十人も人がいて、誰も火が上がったことに気付かなかったのか?十人とも酔っ払ってたとでも言うのか?ありえない話じゃないし、むしろ、全然現実的だった。

 ヤマメとパルスィが連日訪れることになった居酒屋でも、火災の話題で持ち切りだった。酒よりも噂、ツマミよりも噂、そして、アルバイト君の歌よりも噂だった。言うまでもなく、犯人はヤマメなのだが、この店にいる誰も彼女のことを疑ったりしない。ヤマメ的には、自分の起こした事件の話題をどこでも聞くことができて、自己顕示欲を満たせてご満悦だった。

 店に先に居たのは、パルスィだ。パルスィもご満悦な表情を浮かべていた。店中から聞こえてくる火災の噂に、ヤマメが役割を果たしてくれたことを悟っていたのだ。
 この二人が同じ席に座ると、どよめきが起こる。ヤマメ・ザ・地底のアイドルと、笑顔が可愛いパルスィ・ザ・未亡人のセットは、そこにいるだけで一つのイベントみたいに同じ空間にいる奴らのテンションを上げる。男達はジッと二人の成り行きを見つめる大胆派と、チラチラと二人の表情を盗み見る慎重派に二分する。

 やがて感じる視線が痛くなくなった頃に、パルスィが切り出した。「さて」と言う言葉には、満足げなニュアンスが含まれていた。
 「やってくれたんだ」
 ヤマメはなにも言わなかった。なにか気の利いた、クールな返しを決めてやろうと思ったが、なにも思いつかなかったのだ。こういう時は、黙っているのが一番クールなのだと、ヤマメは考えていた。
 「悪いわね、催促したみたいでさ」
 催促したんだろ?とは言わなかった。実際、面倒臭い物事を解決するために、殺人という手段を提案したのは、ヤマメの方だったから。
 「別に……」

 全て掌の上で踊らされていたような屈辱感を、ヤマメはコーヒーハイで洗い流したかった。しかし、頭が回らなくなるのを恐れて、後の楽しみに取って置くことにした。
 昨晩、男を逃したヤマメは、当然ながら、その後を追っていた。土蜘蛛としての機動力を活かせば、まったく気付かれずに追跡することも容易だった。
 やがて、ヤクザ達が拠点にしている長屋を発見したヤマメは、少々苛立っているのもあって、特別辛い方法で中にいる全員を殺してやろうと思った。残酷な手法にするのは単にリビドーの作用だが、皆殺しにするのは、男の仲間に巫女を呼ばれるのを恐れたためだ。
 ただ力に物を言わせて殺してしまえば、妖怪の仕業だと簡単にバレてしまう。ヤマメはここぞとばかりに能力を行使した。男にとあるウィルスを感染させたのだ。
 それは外の世界では未だ発見されておらず、また、幻想郷においても確認されていない。当然だ、そのウィルスはヤマメのオリジナル、彼女が自分で作ったものなのだ。彼女の体内で蓄積された、この世に存在し未だ見つかっていない病原体をミックスし、そうして生み出されたY-ウィルスは、感染すれば即発症するという恐るべき代物だった。ウィルスは男を媒介に長屋にいた仲間やヤクザの親分にも感染し、言葉にするのも悍しい筆舌に尽くしがたい苦痛を味わいながら、長屋の中にいた人間達はみんな死んだ。そこまでは良かったのだが、ヤマメはうっかりしていた。

  ──このままじゃ、死体から近くに住んでる人間にも感染しちまう!

 この失敗に、ヤマメはすぐにリカバリ策を考えた。燃やせば良いのだと。むしろ、それしか考えられなかった。病気や病原体を操るのはお手の物だが、その後処理に関しては素人同然だった。パンデミックが起こるようなことは無かったから、良かったものの……。
 すぐに策を実行に移したヤマメは、燃え上がる長屋を眺めながら、手際の悪さに自分を責めずにはいられなかった。

 「でも、あそこまでする必要は無かったんじゃない?わざわざ火を起こすなんてさ」
 ヤマメはパルスィを睨み付けた。
 「わたしのやり方に口を出すんじゃないよ。妖怪ってのは、人間の襲い方にこそ個性ってもんを出す。そこを他人にとやかく言われたくはないね」
 全てを見透かしたような視線を向けられたヤマメは、酒に逃げた。他に方法はなかった、ああするしかなかった……後ろめたさを酒で洗い流しながら、今度はこちらの番だと、パルスィを睨み返す。

 「パルスィさあ、犬なんか何処にもいなかったんだけど」
 「そんなことないでしょ。だって、ちゃんと飼い主ごと殺っててくれたじゃない、指をなくした犬をね」
 「飼い主……犬って……まさか、あんた、初めからヤクザを──」
 ヤマメは頭を抱えそうになった。頭の中で『犬』という言葉から連想ゲームを始める。犬……飼い犬……飼い慣らされた……と言う風に。世の中に、自分の部下のことを犬みたいに扱っている奴は、幻想郷の中でもごまんといる。それがヤクザ者だとしたら、或いは下っぱの命など、上の人間からしたら犬にも劣る価値しか無いのかもしれない。

 パルスィの視線が、嫌な粘り気を帯びて、ヤマメに纏わり付く。殺しの流儀。ヤクザどもを皆殺しにしてくれ、なんて、幾らパルスィの頼みとは言え、自分ならきっと断るか渋るかしただろう。一度に大勢殺せば、足が付くリスクも、それだけ高まるからだ。一人くらいならわけないが……。ヤマメは、パルスィが「ヤマメがどうしてもヤクザどもを皆殺しにしなくてはならない」状況を作ると計画のうちに入れていたことを、ほとんど確信していた。親分の顔とパルスィの言う「ストーカー」の顔の特徴を比べたわけじゃないが……。
 こいつの計画には、わたしのロマンチシズムまで勘定に入ってたってわけかい……

 しかし、ヤマメはそのことをパルスィに尋ねたりしなかった。全てわかっていた、そんな雰囲気を醸し出しながら、ヤマメはコーヒーハイを注文し、トリップの世界へと逃げ込んだ。パルスィの例の爽やかな笑みを見つめながら、微睡みに思考を持っていかれる。
 
 ──他人の殺しの流儀に、あれこれと口を出すのはクールじゃない……。
精進します。
いびでろ
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コメント



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1.90奇声を発する程度の能力削除
引き込まれて面白かったです
2.100サク_ウマ削除
普段よりもハードなロックでした。仕事人っぽいヤマメちゃんが非常に良いですね。クールだと思います。良かったです。
3.100名前が無い程度の能力削除
ヤマメが非常に非情でカッコいい!
4.100終身削除
手際がいいなぁと思ったら実は苦肉の策だったりパルスィが予想以上に黒かったりと二重三重に張られた蜘蛛の巣にぶち当たっていたのは実はヤマメの方だったんですね… 地底のこの世の終わりみたいな倫理観がかえって清々しいくらいでした もしかして全員悪人?
5.100ヘンプ削除
人間の後始末という殺しをすんなりとするヤマメがとても好きです。
地底の生活感がとても良い。面白かったです。
6.100モブ削除
久しぶりに、ハードなヤマメを見た気がする。面白かったです。
7.100南条削除
面白かったです
情け容赦ないヤマメさんがとても魅力的でした
ロックでハードでボイルドです
スルスル読めました