Coolier - 新生・東方創想話

春眠

2020/03/06 22:55:41
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 臙脂の蕾もなく、萌黄の葉も付けず。
 ましてや白練の花弁など以ての外だと言わんばかりに、錆色の大木だけが、ただ聳えていた。

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 「もう春ねえ」
 誰に語るでもないけれど、縁に吹いた風の仄かな暖かさを感じて、つい独り言ちた。
 ちなみに妖夢には最近人里で評判のおはぎを入手してくるよう任務を与えた。
 なんでもクリームを混ぜてほんのり灰色なのだとか。
 帰ってくる迄にはお茶の準備をしておかないと。
 普段は静かな冥界でも、春になるといつもより少しだけ賑やかになる。
 というのも、最近顕界との境目が曖昧で、お花見のために外からひとがぞろぞろと入ってくるから。
 ここは外と比べて四季がはっきりしているし、うろついている幽霊たちもゆったりしているから、生者にも居心地がいいみたい。

 流石に石段登りが大変なのか、滅多にひとは来ないけれど、ここ白玉楼の木々も例外なく華やかに色付く。
 ……違った。一つ訂正。
 ある一本を除いて華やかに色づく。


"西行妖"


 先代の庭師はこの大桜をそう呼んでいた。
 私が生まれる……正しく言えば死ぬよりずっと前から所縁のあるらしい彼は、知らないことを随分と教えてくれた。
 けれど、西行妖についてだけは、突然居なくなるまで何度尋ねてもその所以だったり、由来だったりについては頑なに口を閉ざすだけだった。

 ただそういえば一度だけ、悲しむような安堵するような不思議な表情で
 『此奴はもう、花開くことはありませぬ』
と、私に溢したことがあった。

 その言葉の通り私は自然に花開く西行妖を見たことがない。

 不自然に咲いたところは見た事がある。
 というかむしろ、私と妖夢がある目的のために咲かせたのだけれど。

 目的は知らぬ何者かの亡骸の復活。
 理由は主に私の興味本位。
 "あの桜の樹の下には死体が埋まっている!"
 なんて書いてある古書を見つけてしまったものだから、ずっと探していた遊び道具を突然手にしたようで、それはもう好奇心が抑えられなかった。
 猫をも殺すなんて脅し文句は、私にはまったく効果がないし。
 
 実際に行った手順はとても単純。
 何者かの亡骸が桜の開花を阻んでいたから、逆に無理やり春を集めて花を開かせれば、楔が外れる。
 そこに因果があるのならば、結果を台無しにしてしまえば因も解かれてしまう。
 反魂とは得てしてそういうものだから。
 妖夢には結構な苦労をかけたみたいだけれど、そこは口の固い祖父を恨んでほしい。
 
 結末を言うと、失敗だった。
 失敗だったのだろう、と思う。
 花は確かに咲いたのだけれど、肝心のその後をあまりはっきり覚えていない。
 頭に残っていることといえば、開花の直ぐ後に浮かんだ墨色の何者か。
 そこで意識がぷつりと切れてしまって、目覚めたらいつもの西行妖が佇んでいるだけだった。
 その後は妙に満ち足りた気分になって、巫女やら黒魔やらメイドをもてなしている間に、もう忘れてしまっていた。

 けれど、今思えば結局”あれ”は何だったのだろう。
 封印を施したことと、富士見の娘という者の亡骸を利用したことしか読み取ることができなかった。
 彼女が富士見の娘なのだろうか。
 彼女は———

 突然頭痛が走る。
 
 『何故、亡霊として此処に在るのだろう。
 死を自覚していないから?
 いいえ、きっと、誰よりも自分の死を認めている。
 強い未練を遺したから?
 いいえ、生者の頃の記憶など元より持っていない。
 未練など持ちようもない』

 『私が私を繋ぎ留めている。
 私が死霊を操るように。
 あの木と一緒に
 楔みたいに』
 
 「痛っ……!」 

 脳裏に断片的な景色が映る。
 霊夢たちがこちらに向かって
 どうやら春雪異変の頃みたいだけれど。
 皆が空を見上げて動きを止めてしまっている。
 ……違う、止めているんじゃない。
 止まっているようだ。
 あのメイドですら静止している。
 彼女たちの目線を追う。
 
 西行妖が花を付けている。
 もうすぐ満開というところだろうか。
 けれど、映像には色がない。
 白と黒だけの世界で咲き誇るそれは
 まるで墨染の———

 『久し振りね』
 …………紫?
 『春を集めるなんてね、貴女、亡霊になっても妙な行動力は変わらないわ』
 『私?ずっと言ってた構想があるでしょう?あれがつい百年くらい前に実現してね』
 『素戔嗚か八束水みたいって?やめてよ、ひとに改めて言われると恥ずかしいわ』
 『……分かってる、流石に貴女とコイツの封印そのものには私でも手が出せないけれど』
 『稼いでくれた時間があれば、集めた春を散らすくらいならお手の物よ』
 『任せておいて。だからまたお休みなさい?』
 『さよなら、———』

 「紫っ!」
 気が付けば、元通りに。
 何故だか少しだけ滲んだ西行妖が其処にあった。
————————————————————————————————————————————————

 「幽々子様ぁ、ただ今戻りましたぁ」
 「あらお帰りなさい妖夢。お茶はもう準備できているけど、噂のおはぎ、買えたかしら?」
 「それが……」

 少し申し訳なさそうな顔で妖夢が続けた。

 「評判が良すぎてもう売り切れたとのことで、残念ながら……」
 「あらあら」

 もうおはぎの口になっていたのだけれど、どうしたものかしら。

 「ですが、途方に暮れていたら偶然八雲様のところの藍に会いまして」
 「……そう、藍ちゃんと」

 偶然、ねえ。

 「事情を話したら代わりにこれをと」

 そう言いながら妖夢が手元の紙袋から何か取り出そうとする。

 「桜餅」 
 「えっ?あっ、そうです。桜餅を」

 呆れた。
 本当にあの子は言葉遊びが好きねえ。
 藍ちゃんまで遣わせて、どうせならお団子も付けてくれていいのに。

 「どうして分かったんですか?」
 「さあ?今夜は満月だからかしら」
 「むう」
 「これで我慢しなさいってことよ。早く行きましょ、お茶が冷めちゃう」
 「分かりませんー」

 さて、お菓子を頂いたらほんの少し惰眠を貪りましょう。
 目が覚めたらお月見の準備も。
 仕方がないから、今はこの桜色で我慢するわ。
 もうすぐ春が来るのだから。
桜餅は断然道明寺派です。
レッドウッド
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コメント



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2.100サク_ウマ削除
美しいかよ……
シーンの切り取り方、描きかたが非常に見事だと感じます。
ゆかりんの細かい気配りと、それにちゃんと気付く幽々子様の関係性も大変良いですね
お見事でした。素晴らしかったです。
3.100Actadust削除
登場してないのに誰よりも雄弁に語ってる紫が素敵です。
美しい文章も相まって素敵でした。
4.100名前が無い程度の能力削除
美しい素敵なゆかゆゆでした
5.90奇声を発する程度の能力削除
素敵でした
6.100ヘンプ削除
どことなく紫の影響があるのかと思いました。
幽々子が一人思いふけることがそのためになったんだろうなと。素敵なお話でした。
9.100終身削除
場面の切り替わりのタイミングや描き方が巧みでどうしようもなく視線が引きつけられ、訴えてかけくるものがありますね 実態を目にしなくても想いを言葉にしなくてもそこに確かに伝わるものがあり新たに生まれる想いのあるやり取りが奥ゆかしく2人雰囲気にぴったりな気がします
11.90大豆まめ削除
きれい