Coolier - 新生・東方創想話

炎の素顔

2020/02/28 21:32:25
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炎の素顔








 真冬の空気が藤原妹紅の、ましろの肌を痛めつける。だから彼女は、その痛みからのがれるために、首もとの赤いマフラーを、鼻の上まで持ちあげて、覆面のように顔を覆った。
 人里の通りを歩いていると、どの家の屋根にもこんもりと雪が積もっていた。
 昨夜、大雪が降った。今朝、ささめ雪になった。
 通りから、昼は商いの盛んな広場に出て、そこを西へ逸れると、上白沢慧音の寺子屋が見えてきた。
 寒いので、さっさと裏手に回って、戸を叩いたら、

「慧音せんせ、起きてるの」

 と呼びかける。呼びかけながら 「まあ十中八九、起きているだろう」 と考えた。少なくとも妹紅の知っている慧音は、朝の早い娘であった。
 予想も当たって、すぐに戸の向こうから、足音が近づいてくる。
 それから戸が開いて、着物の上に半纏をかさねた慧音が、姿を現した。

「まあ、妹紅」
「おはよう」
「こんな早くにどうしました」
「家が潰れた、雪で。入れてくれない」
「まあ」 と言うわりに、慧音は意外そうでもなんでもなかった。

 慧音はこの妙な友達の、私生活のだらしなさをよく知っていた。何日も屋根の雪をほうっておいて、家を潰すくらいは、わけがない。

「おまえ、不用心よ。戸を開けるとき、鍵の音がしなかった」
「屋根を潰す不用心さにはかないません」
「そう言われると弱いな」 と妹紅は曖昧に、へらへらと笑った。
「潰れたなら仕方がない。こんなところで突ったってるのも寒いでしょう。あがってください」
「ごめんよ」







 慧音が妹紅を広間に案内して、それから私室に紅茶の葉を取りにいって、また戻ってくるころには、彼女はもう勝手に囲炉裏に火をくべていた。湯も沸かしはじめていた。手もかざした。

「すぐに暖まりたいなら、自分の火がありますでしょう」
「他人の火のほうが好きなんだよ……それ紅茶? 普通のがよかった」
「文句はなしです」
「都会っ子だな」

 湯が沸くと、慧音が紅茶を煎れた。
 妹紅は受けとったカップから、紅茶を口にすると、一瞬だけ眉をひそめた。それから砂糖を山ほど入れた。また飲むと、今度は満足そうに頷いた。

「家は直りますか」
「直そうとすれば直るよ。竹で組んだ“ぼろ”なんだから」
「今年の冬はよく冷えます、いたいなら春までいてもよろしいですよ」
「うん……」

 その 「うん……」 の平坦さが、慧音に意味を解させなかった。それは 「世話になる」 と言っているようにも 「迷惑になると」 遠慮の謂いを、照れくさそうに吐きだしているようにも見えた。いずれにせよ、どっちつかずである。
 しかし、それで苛だつような慧音ではない。

「好きにしなさい」 と慧音はほほえむ。

 慧音は妹紅のそう言う態度には、もう慣れていた。
 ……それにしても、しばらく友達をやっているわりに、慧音はほとんど妹紅を尊敬していない、と言ってよかった。それもそのはず、この長命種は、さきほどのどっちつかずさと同じくらい、一日々々への向きあいかたが、中途半端でがさつなのである。とても尊敬できるような性格ではない。
 もし尊敬できるとすれば、それは無駄な年の功からくる、不意に見せる妹紅の鋭い考えかたくらいのものであった。ときには長く生きているなりに、慧音へ思いもよらぬ智恵を与えてくれるときが、彼女はあった。本当に稀に。







 日が昇ると、寺子屋に生徒たちが来た。
 妹紅はそれなりに寺子屋へくるので、生徒たちとは顔みしりであった。
 その中でも、やたらと妹紅に懐いている娘の名前をアンズと言い、その弟をカズラと言う。
 教室の縁側で、慧音の予備の煙管を吹かしている妹紅を見かけると、アンズは正面から飛びついた。

「ぐえ」 と妹紅がうなった。
「ぐえって、そんなの口にだして言うひと、本当にいるんだ。台詞のくさいアガサクリスQの小説でも見たことないのに」
「よう、姉ッ子。私はアガサクリスQは名前だけしか知らないよ」
「姉っ子じゃなくてアンズ。梅の実とよく似た、でも本当はすこし大きな実をつける花」

 あとからカズラがずんずんとアンズにあゆみより、

「やい、アンズ。おまえ会ってそうそう、そんなふうに突っこんで、失礼だと思わないのか」

 アンズとカズラは、歳のわりに、すぐに算盤をおぼえた、頭のよい姉弟として、名前が知れていた。
 ただアンズが妹で、カズラが兄だとよくまちがわれた。このおてんばな姉を、頑固な弟はよく怒った。それを見ると周りの大人は、二人が兄妹なのか、姉弟なのか、見当がつかなくなるのであった。

「ちび、うるさい」 とカズラの背をからかうのが、アンズの得意であった。
「すぐに抜かすぜ」 と返すのは、カズラの得意であった。
「妹紅さあん」 とアンズは猫なで声で 「助けてよう、カズラが恐いよう」
「カズラ、私は気にしないから」
「妹紅さんはこいつに甘すぎますよ。こいつは一度でも甘やかされると、怒られるまで調子に乗るんだからな」

 朝から元気な子供たちに挟まれて、妹紅は苦わらった。







 授業の準備をしていた慧音が、二人の口論を私室で耳にした。

「あの二人だな。いつも喧嘩ばかり」

 そう言いながらも、教室のまえに言って、戸から中を覗きこむと、おそらく困った顔をしているであろう、妹紅のうしろすがたが見えた。
 妹紅の傍に近づくと、

「ほら。二人とも、妹紅を困らせるな」
「せんせ、おはようございます」
「先生、おはようございます」
「おはよう。アンズ、挨拶は立って、ぴしっと言いなさい。せんせじゃない、先生だ。妹紅から離れて」
「妹紅さんの挨拶もこんなふうだよ」

 慧音が言葉を詰まらせる。そもそもアンズの 「せんせ」 の息の抜けるような、だらしのない言いかたは、妹紅からうつったものであった。
 妹紅はアンズを押しのけると、

「私は大人だからいいんだ」
「先生、アンズが済みません。おれたち授業の時間になるまで、寺子屋の前の雪を掻いてきますよ」
「いいのかい、助かるよ」
「そう……カズラ、がんばってね」
「がんばってじゃない、おまえもくるんだよ」

 カズラがアンズの首ねっこを捕まえて、ずるずると引きずり、寺子屋の前に去っていった。それを見かけたほかの子供たちも、ついでとばかりに二人についてゆく。急に教室が静かになった。

「子供は元気だな」







「カズラはよくできた子供ですよ、本当に」
「思うんだけど、大人たちがやんちゃな子供を、叱ることでしか押さえつけられないのは、あれは大人に子供のような元気がないからなんだな。子供はあまりに元気すぎて、とても同じ立場で諭すことなど不可能だ」
「怒らずにそれで済めば、それが一番だとは思いますよ。怒ってしまうのは、まあ大人の智恵がたりないのです」
「なんだ、おまえは忘れてしまったのか」

 子供たちの声がする。中でもカズラの声が特に大きい。やんちゃな年少を統率するのが、彼の得意であり、それを冷やかすのが、アンズの得意である。

「私たちも昔は、あんなふうだったんじゃないか」

 それは嘘だ。と慧音は思った。
 慧音は妹紅の過去を、口から聞いたことがあるから。
 復讐の炎。それにくべられる蓬莱伝説。けっして幸せな幼年期とは、呼ぶべくもないのである。
 それでも……慧音はときに……妹紅が本当に年輩であるのか……疑わしくなる。横顔だけを見るならば、彼女は年相応の子供の娘に見えたし、実際に彼女の振るまいには、子供っぽいところもあったから。

「どうでしょうね」 と慧音ははぐらかして 「十五分もしたら、授業ですから。そのとき子供たちを呼んできてくれますか」

 妹紅は気軽に 「ウィ」 と返した。

 それから慧音が私室に戻って、十五分が経つと、教材を持って戻ってきた。
 子供たちはきちんと正座して待っていた。
 うしろのほうで、アンズとカズラに挟まれて……妹紅も。
 それを見て、慧音は目を白黒とさせた。

「あの、妹紅……これから子供たちは勉強だから、出てもらわないと」
「ああ、言いわすれてた」 妹紅はなんでもないように 「おまえの生徒になることにした。よろしくね」
「……はい!、!、?、?」







 それを聞いてまず慧音は 「どうしてそんなことを思いついたのだ」 と問いつめたくなった。
 しかし授業よりそれを優先するわけにもいかないし、下手を打つと、子供たちのまえで口論にもなりかねない。
 口論を前提にするのもおかしいけれでも、慧音は自分の気の短さと、妹紅の太い神経の相性のわるさをよく分かっていた。それはときに、喧嘩の種になった。
 そう言うわけで、いつものように授業がはじめられた。こう言うときに、妹紅と同じく神経の太いのが子供たちで、最初はその闖入者にそわそわとしていたものの、すこし経つと気にもしなくなっていった。
 妹紅の両どなりのアンズとカズラも、彼女にまどわされず、よく授業を聞いていた。さいわい授業態度にかけては、二人の右に出る子供はいなかったのである。
 最終的に、授業はすべてうまくいった。昼になると、子供たちは帰っていった。

「寺子屋ってのは意外と早く終わるんだね」
「家の手つだいがありますから」

 子供たちがいなくなった教室で、ふたりは煙管を吹かしていた。

「それで」 と慧音が灰皿で、煙管の口をカンカンと叩いた。灰がこぼれると、言葉をつなげた 「何かありましたか」

「別に」
「嘘をおっしゃい。ふまじめなあなたが、急に私の授業を受けるなんて、何かあったに決まってます。
 あなたが学問ってやつを軽んじているのを、私はよく分かっているんです」

 妹紅は平気で嘘を言うわりに、嘘が下手であった。あるいは見やぶられても、別に気にしないので、見やぶられるような嘘になるのかもしれない。

「月。大雪。笹の葉……あと悪夢」
「ふん?」
「私が昨日の夜に見たものの数々」
「余計に分かりません」
「家が潰れたってのは、あれは私にしてはうまい嘘よ。
 じつのところ、私は昨日の夢があまりに怖ろしいので、人の多いところにきただけのこと。ただそれまでのこと」

 なんて返せばよいのか分からなくなって、慧音がもごもごと唇を動かした。眉もさがった。

「笑っていいよ」
「笑うだなんて……別に悪夢がこわくって、誰かが恋しくなるなんて、よくある……はないけど……あることだから。それならそうで、授業を受けたかったのなら、さきに言ってください」
「別に授業は受けたくないよ。ただ子供の傍にいたかっただけ」
「あなた、子供が好きだったんですか」
「好きさ。今日はね」
「へえ……意外です」






 そのときふたりの耳に 「聞いちゃった、々いちゃった」 と囃すような声が聞こえた。
 ふたりが声のほうを見ると、アンズとカズラが、教室の戸の外側に立っている。
 ふたりが教室にはいってきた。

「聞き耳はよくないな」
「だって、妹紅さん。あなたが授業を受けていたのが、気になるんですもの」
「ごめんなさい。でも、おれも気になったから」
「カズラもか」

 妹紅と慧音にとって“くそ”まじめのカズラが聞き耳を肯定したのは意外であった。

「朝……私たちと話しているときの妹紅さん、寂しそうだったわ」
「寂しそうって、私が」
「ねえ。このまえ友達の家の妹が、ほかの家に引きとられていったの。友達の家は貧乏で、そのほかの家には子供がいなかったから……それって両方にとって、いいことじゃない。でも友達は寂しそうな顔をしていたわ。妹紅さんの顔、それと似てた。同じじゃないけど、あわれの感じが」
「アンズ」
「何?」
「生意気な馬鹿ガキ」
「へへ。ねえ、妹紅さんもせんせも。今からみんなで雪合戦をするのよ」
「家の手つだいって聞いたけど」
「雪のほうが大切。家の手つだいはいつでもできるけど、雪合戦は今しかできない」
「アンズ」 とカズラがたしなめるように言って 「雪合戦“を”するんじゃないぜ、雪合戦“も”するんだぜ。あとで手つだいもするってことだ」

 そう言うわりに、家にアンズを引きずっていかないので、カズラも雪合戦をしたいのは明白であった。

「ちび、うるさい。国語のせんせなの? ねえ、妹紅さんも慧音せんせもやろうよ。寂しいのは、みんなと雪合戦したら、どこかに消えるよ、絶対さ」







 寺子屋からさらに西へ進むと、子供たちの広場がある。その広場もまた、人里の商い広場のように整えれば、よい商店でも並びそうな立地である。しかし子供たちが占拠しているので、誰も手をだせないでいる。

「昔、この広場に手をつけようとした商人がいた」 と慧音は雪玉を作りながら呟いて 「でも当時の子供たちは許さなかった。その商人の店は、ある昼さがり、子供たちに襲撃されて、滅茶苦茶に荒らされてしまったんだ。それで商人も、この広場を諦めた。それは今や子供たちの伝説になって、今やこの広場は子供たちが支配している」
「こわこわ」
「そしてその子供たちの大将を務めていたのは、何を隠そう霧雨魔理沙の父親さ」
「血は争えないね」

 妹紅と慧音が、カズラの組に引きいれられるのを、アンズは許した。
 カズラが大声で言った。

「勝てるつもりかい。こっちには大人が二人もいるんだぜ」
「その大人ってのは、雪合戦は得意なのかしら」

 とアンズが言うと、妹紅は頭を掻いた。

「あいつ、分かってら」
「あの子はよく大人を見てますよ」

 そしてアンズの狙いどおりになった。二人の大人がいても、別にカズラの組は優勢にならなかったし、むしろ二人は子供たちの足を引っぱっていた。
 雪玉はへろへろと飛んで、まるで子供たちに当たらなかったし、三十分もすると雪玉にのされて、雪の絨毯に倒れこんだ。

「二人とも立ってくれよ、大人だろ!」

 カズラが発破をかけても、二人の導火線はすでに湿って、もう火もつかなかった。
 ぜえぜえと肩で息をして慧音が言った。

「すまない、先生と……妹紅は……あとは見てるから……頼んだ」
「情けないなあ、本当に情けないなあ。先生、いつもそんなんじゃないだろう」
「ごめんよ」

 ふたりはすごすごと、広場の隅の柳の木の下まで引きさがって、そこに腰を落ちつけた。







 最初からいなかったかのように、二人が消えても雪合戦は続く。そどれどころか、足手まといがいなくなったので、カズラの組はさきほどよりも、戦いの歯車がうまく噛みあいはじめたように見える。

「弱いな、慧音せんせ」
「そっちこそ、不老不死でしょう」
「不老不死と体力は関係ないの」
「それなら半妖と体力も関係ありません」

 ふたりは煙管を取りだすと、それを慰めに、子供たちを眺めた。また三十分が経ったころ妹紅が 「本当……ようやるよ」 と呆れるように呟いた。

「弾幕のほうが、まだ余裕を持ってやれるものですが。何がちがうのでしょう」
「そりゃ、せんせ。弾幕は遊びだよ」
「雪合戦も遊びです」
「あれはどう見ても戦争じゃないか、子供の戦争。遊びよりも戦争のほうがつかれるに決まってるそれに……地に足つけて動きまわるのは、飛ぶよりよほど難儀だよ」
「そう言うものですか」
「そう言うものですな」

 それにしても、子供たちの無尽蔵の体力は、どこから湧きだしてくるのだろう? と慧音は思った。
 小さい子供もほど、よく走りまわり、大きい子供がさきに倒れる。
 成長して力もあるだろうに。と考えてみても、慧音にはその理屈を解せなかった。あるいは理屈で解せないことなのかもしれないけれども。
 慧音が不意に妹紅の横顔を見ると、子供たちを眺めるその目もとに、これまで見たことのないようなあわれが、煙にまぎれて浮かんでいた。

「ああ、アンズはこれを見たのか」
「何?」
「いえ……」

 そのとき遠くのほうから、妹紅の顔に向かって、雪玉が飛んできた。彼女はぎょっとして、体を横にひねりあげて、危ういところでそれをかわした。

「怠けないでよ、おふたりさん!」

 アンズがいたずらっぽく挑発している。

「言ったな、馬鹿ガキ」
「そうこなくっちゃ!」

 妹紅が立ちあがって 「慧音はどうする?」 と聞いた。彼女のほうも 「行こう」 と返して、立ちあがる。
 休憩は充分。
 雪合戦のやりかたも分かったのだし、もはや負けることはない。とふたりは勇み足で輪に加わった。
 そのあと惨敗した。







 雪合戦もほどほどに、子供たちが家に帰って、夕方が過ぎれば、あっと言う間に夜が来た。
 雪を落としおえている家が、もうちらほらとあった。寺子屋の雪は、妹紅がすべて溶かしてくれた。
 もともと妹紅が異変なりで、乱暴をはたらいていないときは、寡黙なほうだったので、ふたりは黙々と夕飯を終えて、風呂もはいると、それぞれの布団に分かれた。彼女の布団は、囲炉裏の広間にだしておいた。

 慧音は寝つきがよいほうなので、瞼をとじるとすぐに眠った。
 眠ったあとには、こんな夢を見た。
 今日の昼間のように、子供たちが遊んでいるのを、妹紅とふたりで眺めている。二人は子供たちが帰っても同じところにいて、またくるのを待っている。次の日も、また次の日も、子供たちはしっかりとやってくる。
 ふたりはずっとそこで、葉の尽きない煙管を吹かしたり、食べてもなくならない握り飯を、腹が減ったら食べたりして、子供たちの笑顔を見つめているのであった。
 いつまでも。
 ……。
 夢は、私室の戸が叩かれる音で、とぎれた。

「起きてるかい」
「はい」 目をさました慧音は、とっさに嘘を言って 「どうしました」

 返事の代わりに戸がひらいた。妹紅が周りに漂わせている、鬼火ばかりがほのあかるい。彼女は布団を担いでいた。

「どうも独りで眠れないんだ」
「そんな、子供のような」
「子供さ、わるいかい」

 自分の容姿を利用して、妹紅は都合よく子供を名のった。
 それがかわいらしいので、慧音は 「来なさい」 と眠たげにほほえんだ。
 妹紅は慧音の布団の横に、自分の布団を敷くと、そこにくるまった。

「眠れますか」
「分からない」

 鬼火が消えると、まっくらになった。
 慧音は夜目が効くので、横を見ると、妹紅の顔がよく見える。しかし彼女のほうは夜目が効くのかは、聞いたこともなかった……「不老不死って」……夜目は効きますか? と言いかけて、已めた。
 これだけ見つめても、自分のほうを見ないので、効かないのだろう。と決めつけておいた。

「慧音」
「私たちは大人になったし、賢くもなった」
「はい」
「それでよかったんだよな」
「はい」

 話しはそれで終わった。
 妹紅が来たためか、慧音は珍しく寝つけなかった。なので彼女が眠るのを、待つことにした。しばらくすると、聞こえてきたのは穏やかな寝息ではなくて、苦しそうな声であった。

「駄目だ……行くんじゃない……行かないで」

 寝言を言いはじめた妹紅の瞼から、一筋の涙がつうっと落ちた。真上を向いているからか、その涙がすうっと耳の筋を通って、彼女の薄い耳たぶを濡らした。
 慧寝は手を伸ばして、彼女の髪を撫でてやった。生糸のようなその髪を。すると寝言も治まって、深くてやさしい、眠りの吐息が聞こえてきた。
 慧寝もその規則的の寝息を子守歌にして眠りについた。



十一



 妹紅がいると言っても、そう生活が変わるわけではないので、およそこれまでどおりの生活が十日ほど続いた。
 穀つぶしをするのもされるのも、互いに気まずいので、家事のほとんどは妹紅がやってくれた。
 そう言うわけで、代わりばえのしない日々が続いていたとき、授業の合間の休憩にアンズが妹紅にこんなことを言った。

「妹紅さん、なんで生徒さんじゃなくて先生をしないの」
「なんでって、そりゃ先生じゃないからだ」
「でも大人よ」
「大人は関係ないよ」
「でも子供にはできないよ」
「そりゃ子供にはできないよ、でも大人だからってできるわけじゃない。いい大人にしかできない。私はわるい大人なんだよ」
「でも私は妹紅さんがいい人だと思うわ」
「カズラ」 妹紅が隣のカズラを見て 「このでも、でもってうるさい馬鹿ガキを黙らせてくれ」
「こいつは気になることがあると、納得するまで黙りません」
「だって慧音せんせの授業、おもしろくないんだもの」

 さいわい慧音は休憩に当たって、教室を出ていたし、アンズもそれと知って軽口を叩くので、彼女の耳には届かなかった。

「それはおまえが馬鹿だからだろう」 とカズラばかりがたしなめる。
「じゃあ、あんたはおもしろいの」
「おもしろいさ」

 しかしカズラのように、慧音の授業をたのしんでいるのは正直なところ、少数派と言ってよかった。

「仕方がないね。大人が歴史を知らないのはまずいとしても、まださきのある子供に過去を学べと言っても、そう簡単に興味は示せないさ……先生ねえ」

 と妹紅が呟くが早いか。

「やってくれるの!」 とアンズが喰いつく。
「やるなんて言ってない」
「今のはやる流れよ。少なくともアガサクリQの小説ならやる流れよ」
「私はアガサクリスQは一巻しか読んでないから、詳しいことは知らないよ。だいたい私のようなやつに、教えられることなんてない。ひとつも……せいぜい、炎くらいしか」
「炎? じゃあ、それを教えてくださいな」
「そんなことでいいのか」
「いいわ、なんでも。妹紅さんがやるなら」
「分かったよ……ただし昼になって、みんなが帰ったらね。二人だけに、特別だよ」
「やった!」

 アンズがあまりにしつこいので、妹紅もついに折れてしまった。
 言質を取ったアンズはうれしくなって、小おどりさえもしてみせるのであった。



十三



「何をしているんです」

 生徒たちが帰ったあとも、妹紅と二人が教室に残っているので、慧音は聞いた。

「追加の勉強さ」
「妹紅が教えるのですか」
「まあそうだ」
「珍しい。私も聞いていっても?」
「ウィ」

 慧音が近くに座ると、妹紅がふところから、一本の枝を取りだした。

「桜」 とアンズがすぐさま言った。
「そのとおり。授業が終わってすぐ、寺子屋の裏の桜から拝借してきた。アンズ、カズラ。炎に触れたことはあるかい」
「そんなことをしたら焼けてしまうわ」
「おれはあります。今より小さいころ、竈の火に触れてしまったことがあります。ゆらゆらとして、きれいだったから。でも痛くて々くて、すぐに触れられなくなってしまった。左手の指に、その痕が残ってる」
「なら、いつまでも触れられる……それどころか、たちまち命の息吹を与える炎があると言ったら、おまえたちは信じるか」
「信じないわ」 とアンズはきっぱりと返した。かと思いきや 「でも、そんなふうに言うってことはあるのね」
「うん」

 それから妹紅は、耶蘇教の祈りのように、両手で指を交わらせて、その手のひらの中に枝を挟んだ。すると指のあいだから、炎が漏れてくる。
 それでも枝は焼かれなかった。それどころか、たちまちそこに花が咲いた。季節はずれの桃色の花。
 慧音とカズラが目を丸くした。ただアンズばかりが 「まあ」 と無邪気に目を輝かせた。

「どうやったのです」
「炎の側面を引きだす」 妹紅がアンズに枝を渡して 「およそ炎は、何かを焼きつくすことしかできない。でもそれこそが、私たちの生活を支えている。魚を焼くとか、炭を作るとか、煙管の葉に火を灯すとか……そういうやさしい炎の一面を引きだすのがこの御業。これは命にあふれた不老不死だけのやりかたなんだ。
 私のありあまる命が、枝に息吹を吹きこむ」
「あなた……そんなこともできたのか」
「まあ、児戯よ。実際に、ほら」

 アンズが 「あっ」 と小さな悲鳴を漏らした。
 桜の花が、たちまちに枯れてしまったからである。花弁は畳に落ちると、すぐにかさかさの灰になって、妹紅がふっと息を吹きかけると、あとも残さずに消えてしまった。

「消えちゃった」
「所詮はかりそめの息吹。その程度が限界。さあ、アンズも満足したでしょう」
「うん、ありがとう。おもしろいものが見れたよ。炎ってそんなこともできるんだね。それで今のは、私にはできないの」
「おまえにはできないし、しなくてもよろしい」
「なんだ、つまんない」

 アンズが妹紅に、枝を手わたそうとした。そのときふたりの手がすこしばかり、かすめるように触れあった。

「おい、おまえ……」
「何?」

 妹紅がアンズの手首を掴んだ。

「おまえ、いやに……つめたいね。具合がわるいのか」
「じつは何日かまえから、寒くて……風邪かな」
「おまえ風邪なのか」 とカズラが怒ったような、心配するような、それをないまぜにした調子で 「駄目だぜ、さっさと帰ろう。死んでしまったらどうするんだ。そうでなくても、小さい子にうつったらえらいことだ」
「ちび、うるさい。風邪じゃ死なないよ」
「このまえだって、三軒さきの爺さんが、風邪でぽっくりと逝ったんだぜ」
「わたしはジジイでもババアでもないわ」

 しかし風邪が悪化してしまったのか、翌日の授業には、二人は現れなかった。



十四



 それから五日が経った。
 二人はほかの生徒から、アンズは風邪がひどくなって、カズラはその看病をしているので、授業にはこれないと聞いた。
 その日の授業が終わって、昼飯を食べているときに、妹紅が呟いた。

「アンズは大丈夫かな」
「そう思いますか?」
「ただの風邪にしては長いよ。子供は強いんだか弱いんだか……あっさりと死ぬのがこわいね」

 それをきっかけに、二人は昼飯を食べたあと、様子を見にいくことにした。彼女の家は、寺子屋と商い広場のあいだにあるので、歩いても十分とかからない。
 当然ながら、慧音と姉弟の両親は知りあいなので、見かけない妹紅をふしぎそうにちらりと見ながらも、易々と家に入れてくれた。
 アンズのいる室に案内してもらうと、彼女が眠っている横で、カズラがじっと座りこんでいる。
 妹紅が 「よう」 と声をかけると、カズラが振りかえった。一瞬だけぱっと明るくなった顔の目もとが黒く赤い。

「なんだその黒い目もとは。ちゃんと眠りなさい。それと、男なんだから泣くな」
「泣いてないやい。こんなの目に埃がはいっただけだぜ」
「その調子だ」

 ふたりが畳に座った。囲炉裏のおかげで、室の中は暖かだった。妹紅が囲炉裏の炎を見ると、それが小さく身ぶるいするようにゆらめいた。

「ふん、そう言うこと」

 慧音がアンズの額に触れると 「つめたい」 とその体温にまずおどろかされる。

「こんなに室を暖かくしているのに、こいつ暖かくならないんだ。だんだんとつめたくなる。氷のように死んでいるように。里の医者の人も来たし、近ごろこのあたりを薬売りの人の薬も使ったけど駄目だった。どいつもこいつもヤブだ
 妹紅さん。このまえやったろう。あの、命の息吹の炎。あれでこいつを助けてくれよ」
「あれはかりそめだと言ったろう」
「かりそめでもいいんです」
「そんなことはできないし、意味がない」

 話しているうちに、カズラの目から、こらえきれないものがこぼれそうになる。しかし彼は男なので、それをぐっと我慢して、着物の袖で拭った。

「まあ……あの薬売りがヤブなのは……事実だ」
「そんなこと言っちゃいけないよ、兎さんなんだから」

 と声を発したのはアンズであった。

「アンズ。おまえ、起きたかい」
「ちび。寝ているのにぺらぺらとうるさい」

 妹紅がアンズの髪を撫でると、彼女はきもちよさそうにほほえんだ。

「おまえの口は減らないね」
「へへ……風邪っくらいで、死んでたまるものですか」

 そう言うわりにアンズの声は、今にも消えいりそうなくらい弱々しかった。
 慧音が心配そうに、アンズの手を握ってやる……そして、そのとき妹紅が、こんなことを言いだした。

「慧音。巫女の仕事ってのは、私がやってもいいの」
「仕事?」
「妖怪退治」
「急に何を言いだすんです」
「いいのか、わるいのか、どっちなんだ」
「別にわるくはないですけど……魔女なんかもやっていることですから」
「そう」 と妹紅がふところから御札を取りだして 「まあ、どちらにせよやるよ」

 その一刹那! 妹紅が囲炉裏の炎に向かって、すばやく御札を投げこんだ。すると炎の中から、黒い炎の亡霊のようなものが立ちのぼった。それは宙空を苦しそうにのたうつと、たちまち縮んで、跡も残さずに消えさった。
 慧音とカズラが、それを見て瞼をしばたたいた。
 アンズのほうは、また意識を失っていた。しかし息は整っているし、慧音が握っている彼女の手が、徐々に熱を取りもどしはじめている。

「明後日くらいから、寺子屋に来なさい。元気な姿でね」



十五



「あの囲炉裏の火に取りついていた黒炎を、吸熱火魂とか、熱とり虫とか呼ぶ」

 妹紅がそれを慧音に教えたのは、彼女が言った明後日になってからである。彼女には教えなければならないことを、面倒くさがって、教えるのをあとに回す悪癖があった。

「まあ、名前のとおり熱を奪うのよ。鬼火の仲間で……炎に潜む。炎に当たっているやつは、熱とり虫に体温を奪われるのに、寒いのでいつまでも炎の傍から離れられない。その炎に、熱を奪われているとは知らずにね。
 アンズはどこか、ふわふわとした娘だ。ああ言う子供は神さまとか、憑きものとかに好かれやすい。カズラが煩わなかったのは、まあ頑固だったからだね。大人も頭が堅いから、まあ子供よりは大丈夫」
「あなたがいてよかった」
「私がやらなくても、巫女がやったよ。それにああ言う振るまいは、どうにも向いてない」
「謙遜しないでください。妖怪退治にしろ、熱とり虫を知っていたにしろ、それは昔の杵柄と年の功です。誇ってください」
「へへ……まあアンズが助かってよかったわ。子供が死ぬと悲しい」

 昼ごろになると、二人が来た。今日の寺子屋は休みなので、二人のほかに生徒はいない。

「元気そうでよかった」
「妹紅さん、ありがとうございます」
「おれからも」

 二人が妹紅に深々と頭をさげるので、妹紅は面くらって 「おいおい、子供に頭をさげられたくない」 と照れた。

「そう、そんなら」 と急にアンズが態度をひるがえして 「ねえ、これからみんなで鬼ごっこをするのよ。二人もやりましょうよ」
「おまえ、病みあがりでしょう」
「だって、もう元気よ」
「もうすこし布団に封じておくべきだったかな」

 二人はアンズとカズラに連れられて外に出た。



十六



「結局これだもんね」

 鬼ごっこに加わって、三十分が経ったころ、二人は雪合戦のときと変わらず、柳の木の下に倒れこんでいた。

「ままなりませんね」
「助けないほうがよかった」

 妹紅がくすくすと自嘲した。

「妹紅、たのしそうですね」
「そうかな」
「寂しくなくなりましたか」
「つまらないことをおぼえているね」

 妹紅が背中を起こして起きあがる。まるで夢の続きのようだ、と慧音は不意に思った。

「私の見た悪夢のことは話したっけ」
「いえ……でも話したければ」
「……こんな夢を見た。幼いころの私が、目のまえにいる。
 私はそいつを追いかける。まっくろい色の髪のそいつを。
 でも、そいつはどうにも足が速くて、私はとても追いつけない。
 私のほうが大きいのに、
 私のほうが足が長いのに。
 いつまでもいつまでも追いつけない。
 そいつが見えないくらい、遠くに行ってしまったとき……私は目を覚ました。そして怖ろしさで、胸がいっぱいになったんだ。
 それが私の悪夢」

 慧音もそれを聞きおわると、背中を起こした。

「あなたが子供たちのところに来たのは、子供たちと触れあえば……すこしは幼年期の自分の影を、取りもどせると思ったから。そうでしょう」
「どうかな」 と妹紅ははぐらかす。
「無駄ですよ。そんなのは往々にして、求めたって戻ってきません。でも、まあよろしいです。子供と遊ぶのも、あなたのようなひねくれ者にはよい薬でしょうから」
「はい、妹紅さん!」

 いつの間にか、近くに来ていたアンズに、妹紅は肩を叩かれた。

「なんだよ」
「次、妹紅さんが鬼」
「そうは言っても、私たちは休んでるから。舐めるなよ、雪合戦の比じゃない。大人は走ると疲れて死ぬよ。ねえ、慧音せんせ」

 しかし慧音は、すぐに立ちあがると、妹紅の傍を離れてしまった。

「何よ、慧音せんせまでアンズの味方なの」
「まあ、私は若いですから……でもあなたは老いぼれて、腰が重いから仕方がない。ずうっとそこで、鬼をやっていればいいですよ」
「言うね」

 妹紅が渋々と立ちあがる。

「やるか、馬鹿ガキども」

 それを聞いて、慧音とアンズは、こんなふうに笑いかけた。

「そうこなくっちゃ!」




炎の素顔 終わり
嵐を起こして 素顔を見せるわ
ドクター・ヴィオラ
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コメント



0.150簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
坦々とした感じがとても良かったです
2.100ヘンプ削除
妹紅の本音の「寂しい」ということ、それを受け入れる慧音。そして一緒に話す子供たち。それらがとてもよかったです。
妹紅の子供っぽさの中にとても純粋なものを見れましたし、子供のことは好きだと言って助けることができたのが正解だったのかと思います。
大人になりきれない妹紅と、子供たちとがとても楽しそうなのが素敵でした。ご馳走さまでした。
3.100名前が無い程度の能力削除
この何とも言えない空気感が読んでいて楽しい
物語のこの淡々という進んで行く感じで読んでいる最中になんとなく焦らせてくるような時間を意識してしまい、チリチリと悪い予感を感じていましたが最後はほっこり
この話の妹紅の死生観が面白い。何でもないことから死の影をちらつかせてくる癖に、そしてこんなにも明るいのだ。死を直視しつつ明るくふるまえることができるのは蓬莱人の特権だと言わんばかりではないか
子供たちの箱庭的な世界も綺麗でよかったです。箱庭は遠くから見た方が絶対に綺麗


4.100モブ削除
不思議な感覚なのですが、読んでいた文章の密度がとても濃いのだなあと。余計な描写があまりないのに、しっかりとした物語を感じるのはすごいと思います。面白かったです。
5.100Actadust削除
淡々と過ぎていくのが好きです。変化が無いようで変わり続ける日常というものが見えた気がします。
きっとこうして何人もの子供たちと教え教えられしながら過ぎていくんだろうな。
6.100名前が無い程度の能力削除
こどもっぽいと言いますか、とても人間味のある妹紅が良かったです
7.100南条削除
とても面白かったです
なんだかんだで寂しがりやな妹紅は、大人のくせに子供でいたがっているように見えてかわいらしかったです
さらっと妖怪倒してる妹紅でしたが、その手の知識に関しては一日の長があるように感じます
慧音が言っていた稀にあるという鋭い指摘というのも、こういったことなのかと思いました
8.100サク_ウマ削除
心洗われるような良い作品でした
11.100終身削除
何だか一昔前の文学作品みたいなどこか丸っこい言い回しが独特の雰囲気を与えていたような気がします 確かにそこにあったはずなのに取り戻せないし、思い出すことも難しいものに憧れる気持ちにしんみりしました