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アンハッピーバレンタイン 〜失恋ソング編

2020/02/19 05:54:47
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 ナズーリンランドの件についてだが、そもそもアレを建設したのは我々河童だから顛末ならよく知ってる。もっとも、私とは関係のない部署の起こした事件なので、その結果で心を痛めたりなんかしない。
 そう。あの裁判で我々河童は上々の判決を勝ち取った。ここは幻想郷であって、幻想郷の住民たる我々には通常外の世界の人間が当たり前に主張できるような権利がなかったのだ。だから、あの鼠ときたら本当に哀れだった。顔を使われ、声を使われ、今じゃ恥ずかしくて外も歩けないことだろう。せめて誰か、泣き疲れた彼女を慰めてやれるやつの存在を願うばかりだ。ああいっそ、あの鼠がミッキーだったらよかったのに。まあそれも、あんま関係ない話。
 はい一旦終わり。

   アンハッピーバレンタイン 〜失恋ソング編

 椛はこないだの休暇を使ってランドに行ったそうで、聞きもしないのに嬉しそうに話し始めた。ランドの存在そのものに負い目を感じている私と、記者のわりにそういった場所に疎い文が相手では盛り上がるはずのない話だったが、どうやら椛にとって相手などどうだっていい様子だった。しかし、椛が話始めるが早いか包装紙を取り出すのにはわくわくとした。友人がそういった場所に行ったとあれば期待するのはお土産で、お土産はいつだって例の紙に大切っぽく秘匿されているものなのだ。けれど、待てども待てども出てくるのは包装紙と伴う与太話ばかりで、肝心のお土産などははなから包まれていないようだった。椛の話は延々と続いた。棚を開けるたびに見たことのない〝から〟の包装紙と似たような話が飛び出した。これは去年でこっちが一昨年、はたまた、これは冬でこっちのは夏、などなど。〝から〟の包装紙にしても、私にわかる差異といえば「2019」や「2018」やらの数字だとか、「winter」やら「summer」やらの文字のみだったから、それもそれで似たようなものとしか思えなかった。
 いつまでも続く思い出話やお土産の無いことを当て擦るかのように文が椛に言った。
「いちいち取っておくんですか、こういうの」
「ええ。好きなんですよね、こういうの」
 椛がえへへと笑うので、私はもとより文はそれ以上の追求を封じられた。椛の部屋には棚ばかりがあった。残った棚を数えるのも恐ろしくなるほどに、椛の話は棚の数だけ終わりがなかった。

 ひとは何かに夢中になるとまわりが見えなくなることがある。それは思い出話を繰り広げるだけ繰り広げ、必然のお土産についてを忘れてしまう椛にしてもそうだし、哀れな彼女の敗訴を忘れ、今日もランドへ赴く者たちにしたっておんなじだ。ときに、当時の私は件の判決に納得がいかず例の部署に怪文書を投函し続けていたことがある。今はもうやろうとも思えないが、やめたきっかけは覚えていない。要するに、打ち込める発明の数だけ薄情になれるのが私という生き物だってこと。
 クリスマス、正月、節分、バレンタイン。何日経ったか知らないが、節操なしの町は今日ならおだやかに見えた。装飾の少ない町を見たのはいつぶりだろうか。さまざまな店先を彩るBGMも、なんだか今日ならしとやかだ。ああ、いいもんだ。そんなことを考えていた束の間、私はそのBGMがいずれも失恋ソングであることに気がついた。やはり町はいつでも節操なしだ。しかしそれでも、なんだか愉快な帰途だった。正午、まだ肌寒い薄曇りの往来に、きっと椛の顔を思い返していた。町ではそこかしこで、あなたがどうとか、僕がなんとか、君がくれたモノがなんたらかんたらだとか鳴り響いているってのに、アナタやキミのいない椛が包装紙だけをまるでへその緒の如く大事に大事に保管していたことが可笑しかった。だけど、すぐに笑えなくなった。それは道行くアベックの所為でもあったのだろう。例えばあの包装紙が本当に誰かからの贈り物だったとすれば。隠しているけど、実際椛には恋人がいて、その恋人が送ってくれた物を大切っぽく秘匿していたのがあの紙だとすれば、どうだろう。きっとそれは本当に素敵なことで、それこそが真の誠実さというものなのではなかろうか。なんだか笑えない。私は焦燥に駆られつつ帰途を急いだ。

 すべてが荒れている。そこは私の部屋だった。布団に囲まれたヤカンの乗ったストーブ、ブラウン管の上の電子レンジ、衣類に踏み場をなくした床板、分別なく荒れ狂うゴミの山。作業場のテーブルは混沌だった。その下なら超でも弩でも足りないほどの混沌だ。私はそんな部屋のなか、いつかの心当たりを慎重に手繰り寄せた。細心の注意で行われた捜索には二時間ほどで終止符が打たれた。物のついでに片付ければよいものを、どうしてか私はそれができない。探しものはあくまで探しもので、部屋の片付けとは別物なのだ。掻き回されるだけ掻き回された混沌は見慣れない形の山と化していた。そんな山の頂で、私はおそるおそる、ぐちゃぐちゃになったソレを広げた。なんだかきれーな模様にドンピシャ。ソレは雛からもらった贈り物の一部。チョコレートの入った箱を、大切っぽく秘匿していた例の紙だった。

 以下、例えば雛が椛だった場合。

「ねえみてくださいよ。これはにとりさんが一昨年の夏にくれた文房具セットを包んでいた紙で、こっちはにとりさんが去年の冬にくれたマフラーを包んでいた紙」

「にとりさん。そういえばいつかチョコをあげましたよね。唐突ではありますが、包装紙って取ってありますか?」

「な、なんですかこの、思春期の少年めいてぐちゃぐちゃになった紙は。あ、ああ! この模様、もしかしてわたしがあげたチョコの……に、にとりさん! あなたは最低だ! わたしはあなたからの贈り物は、贈り物のみならず、それを包んでいた紙でさえも大事に保管しているというのに!」

 以上。

 が、がーん! さて、私の現在はここから始まる。胸中言い表せば、がーん、以外の言葉はなかった。それもそうだ。愛だのなんだの宣いながら、結局のところ、私のソレはぐちゃぐちゃだったのだから。見るも無残な包装紙に心が滲んだ。不意にメロディが私を支配する。それがソとラとシを一躍有名音階にした例の曲とか、全国猫圧死させる会のテーマソングだったらまだよかったが、生憎それはどこかで聴いた失恋ソングの巨群だったからどうしようもない。暗い部屋、みたこともないゴミ山で胸の痛みを堪える私を俯瞰すれば、今にも群れからはみ出た一匹がメロディを奏でてしまいそうだった。
 心が滲む。失恋ソングが、私を支配する。三文歌手の、たられば式の、どうしようもなく無様で惨めな歌の群れ!
 その中で見るぐちゃぐちゃの包装紙はなんだかとても象徴的で、それはもはや私の愛の形に思えた。私は打ち込める発明の数だけ薄情になれる生き物だから、お家デートが私自身の平常の日々にすり替わっていたことも少なくはない。わかりやすくいえば恋人を横に置いて毎日プレステ、みたいな話である。酷く幼稚で胃が痛くなる。心中逡巡、見つかった言い訳曰くスキンシップの有無で、無かったといえば嘘になる。私は発明の最中、腰が痛くなったり飽きたりしたタイミングでそれを図っていたように思う。なんて残酷なんだろう。気が向いたときにだけ手をつけられる存在。それではまるで業務スーパー、雛はご自由にどうぞの飴玉のようではないか。しかし実際、包装紙はその飴玉に違いなかった。食べたそばから忘れられる、腹ごなしには都合のいい愛の形状!
 群れからはぐれたメロディたちが私を苛む。たられば式を、まるで真実かのように口遊む。なにが、あのとき伝えられてたら、だ! なにが、もっと笑えていられれば、だ! そんなのは残酷すぎる。否が応にも想像してしまう。なにかとても白い空間、雛は立ってて、私は追い縋っていて。なぜだろう。雛の顔はよくみえなくて……。
(ひな、ひな。ごめんよ。だけど待ってよ。私にも、言い訳くらいあるんだよ。ほら、これ。ひながくれたチョコの包装紙、ちゃんと取ってあったんだよ。ぐちゃぐちゃだけど……。ねえ、ひなはきっと失くしたものだと思っていたんだろうけど。私、ちゃんと取っておいたんだよ。ひなが居なくなってから必死で探して、そしたらちゃんとあったんだ。私、ちゃんと取っておいたんだよ。ぐちゃぐちゃだから、ちゃんとじゃないけど、だけど取ってあったんだ。だから……)
 行動の伴わない愛情が果たして伝わるのか? ぐ、ぐあー!
 一旦終わり。

 悶えるのにもようやく疲れた午後四時。私はアイロンを探し始めた。言い訳をするくらいなら隠蔽をしようと考えた。たしかテーブルの上に置いておいたはずだが見つからない。なんだかいよいよどうでもよくなってきた。私は携帯電話を手に取りボタンを押す。ほぼ自動で完成したのは雛の家の番号だった。そもそも、失恋ソングをまともに聴けるのは恋愛真っ只中の人間のみで、それは河童にしても変わらない。相手と別れてすらいないのに流れるメロディに様々な破局のパターンを見出そうとしてしまうのだ。まったくもってどうしようもない。流れる発信音の向こうに白々しさを感じながら、私は雛とのたのしい日々に想いを馳せていた。
「あ、もしもし? 私、にとりにとり。いま部屋にいたんだけど、こないだ雛がくれたチョコあるじゃん? あれの包装紙がでてきたんだよ、ぐちゃぐちゃになって。うん、それで思ったんだけど……」
 河童生を文章とした場合おそらく右(いや、上だ!)に記載されているであろうあれそれを雛に話した。結論はアイロンが見つからないというもので、幸い雛が持ってきてくれることになった。雛は優しい。優しいから好きだ。※余談、それは実際に私が雛に告白したときに放った言葉とは異なる。実際は「私は雛の笑顔が好き」で、返答は「わたしはあなたのおっぱいが好き」だった。雛はさほど優しくもないのかもしれない。余談終わり。

 夕間暮れにチャイムが鳴った。ぐちゃぐちゃの包装紙を持ったままわくわくして玄関を開けるとニコニコとした雛がいたが、なんだか圧のある笑顔だった。たじろいでるうちに「はいこれ」と渡されたのはアイロンなどではなく箒とちりとり、それからゴミ袋の数枚だった。部屋を片付ければアイロンなんてすぐに見つかる、ということだろうか。去りゆく雛の背中はなにも語らない。なんにせよ、私は掃除を始めた。いざやってみると、これがなかなかおもしろいから不思議だった。

 ひとは、何かに夢中になるとまわりが見えなくなることがある。それは思い出話を繰り広げるだけ繰り広げ、必然のお土産についてを忘れてしまう椛にしてもそうだし、哀れな彼女の敗訴を忘れ、今日もランドへ赴く者たちにしたっておんなじだ。ときに、当時の私は件の判決に納得がいかず例の部署に怪文書を投函し続けていたことがある。今はもうやろうとも思えないが、やめたきっかけは覚えていない。要するにどういうことかといえば、部屋の綺麗になったかわりに、包装紙は消えてしまったってこと。ハイホー。
ダァお!
こだい
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コメント



0.50簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
言い回し方が面白く良かったです
2.100サク_ウマ削除
個性的な味わいで良いですね。面白かったです
3.90名前が無い程度の能力削除
面白かったです
4.60ルミ海苔削除
おもしろい着眼点でした
6.90平田削除
すごくよかったです。なんだかクセになります
7.90名前が無い程度の能力削除
ダァお!
8.100南条削除
面白かったです
短いながらもにとりのぐちゃぐちゃとした感情が漂っていてよかったです
9.100終身削除
どことなく居た堪れないような閉塞感、圧迫感のある空間の中でぐるぐると一人巡らすにとり思考が不思議な魅力を持っているようでした 暮らしの中の些細なきっかけから頭をもたげる不安感、恐怖心にあてられる様子がなんだか伝わってくるようでした