Coolier - 新生・東方創想話

†死†

2020/01/22 14:39:18
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「死ぬぜ。死ぬ。おまえも例に違わず、死んじまうのぜ」
「わ、私が、死ぬ……?」

 その一言で私の中の神が死んだ。もともと居なかった神のはずだが、魔理沙の一言と共に発生しては瞬時に死んだ。あまりにも絶望的な事実だったから、そのとき境内に居た私はひっくり返って、そのまま階段のいちばん下まで転がり落ちてしまったほどだ。その際に仰いでしまった空の青さはそのまま世界の存続を示唆していたから私はやりきれなかった。神の死んだ世界などは即座に滅んでしまうものとばかり考えていたが、どうやらそうではないらしい。それはなかなかの衝撃だった。

 そもそもの発端は白玉楼の犬だった。そう、あの日は妖夢もいたのだ。いつからか妖夢は愚痴ばかりを言うようになっていて、それはあの日にしたってそうだった。わたしは家を出たい、里で暮らしたい、とかなんとか、そんなふうな愚痴は魔理沙の帰る正午まで続いた。
「ねえ魔理沙、もうすこし遊びましょうよ。ほら、私はお酒買ったことだし」
 妖夢と会うのは久々だったから、もしかすると寂しがっているのかもしれないと思い、魔理沙にそう言った。しかし魔理沙は用事がある、とか、家の手伝いをしなきゃいけない、とかなんとか言うから、私は立つ瀬がなかった。もともと、妖夢と私を誘ったのは魔理沙なんだから、もうすこしくらい付き合ってくれてもいいんじゃないかと思った。だけど、それをそのまま口に出せば同じ返事がかえってくるのみだったから、私は俄然つまらなくなった。
「そうだ、私アレが見たい。なんていったっけ、ほら。あんたのところで飼ってる犬よ。名前ど忘れしちゃった。どうなの、相変わらず元気にしてるの」
 せっかくふたりに会ったのに、正午過ぎにもう別れるのは勿体ないから、私は妖夢のとこの犬について尋ねた。妖夢はいつだったか、里で捨てられていた犬を拾って飼っていたのだ。
「え! 霊夢さん、いつの話してるんですか。あの子ならもうとっくに……」
「とっくに?」
「とっくに……その。わかりませんか?」
 妖夢は至極気まずそうに、はたまた少し俯き加減に言った。私たちのそんなやり取りに「あっ、霊夢。まさかおまえ……」と口を出してきたのが魔理沙だった。そうして、例のあの台詞に繋がるわけである。そのあと境内から転げ落ちた私に向かって気分よさげに残酷ショーを繰り広げた魔理沙曰く、どうやら生き物には寿命というものがあるらしいのだ。妖夢も、私も、魔理沙だって、生きとし生けるものはいずれ、みな一様に死んでしまうという話だった。そんなはずはない。妖夢は亡霊の世話のため白玉楼に、魔理沙は父親の店を手伝うとかで、各々帰ってしまったから、気付けば境内には私一人になっていた。恐ろしくなって家に飛び込み、私は我が家の犬を探した。
「あうん、ねえ。あうんったら! いないの!」
 そのころ、我が家の犬は長らく家を空けていたのだ。そのせいか、急に心細くなった。心細くなると皮肉屋の魔理沙がいつか放った言葉を思い出した。
「なあ知ってるか。ペットは死期が迫ると飼い主の前から姿をくらますらしいぜ」
 聞いた当初は、魔理沙はなにゆえ死期などという物騒な言葉を好き好んで使用するのか不思議で仕方がなかったが、その日に私は合点がいった。生き物は死ぬのだ。あうんが何処にもいないことを確かめると、私はなにか濡れた脱脂綿で肺を湿らされた気持ちになった。犬は死ぬ、私も死ぬ。妖夢も、それから魔理沙だってみんな死ぬ! 考えれば考えるほど、私の呼吸は苦しくなった。友達と、いずれは必ず離れ離れになるなんて。そんなさみしいはなし、あってたまるか! そんなふうに思っていた。

 けれども人生は続く。あの日から二日ほど経てば私は僅かばかり冷静になって、寂しさと対峙することができた。目が覚めれば空は青く、木々がどこからかみずみずしく香る。私はすぐさま手紙を書いた。簡単な話である。どうせいつかは離れ離れになってしまうなら、友達なんてやめてしまえばいいと思ったのだ。魔理沙や咲夜といった定命の者達に宛てた絶交の手紙に返事はなかったけれど、それはとてもシンプルな生き方に思えて快かった。なにより、寂しい思いをしなくて済む。それを思えば私の心は晴れやかだった。
 しかし、物事はそう簡単ではなく。つまるところ、私はすぐに寂しくなった。そもそもとして友達は、一緒にいると楽しいからいつかの別れが寂しいのであって、そもそも友人以外が死のうと生きようと他人にとってはわりあいどうでもよいことなのだ。実際よその訃報に対する私の反応といえばいつだって淡白なものだった。ことによっては実体のない霊魂を楯に商売をしていたほどだ。我ながら恥ずかしい記憶だが、とにかくとして私は寂しくなってしまった。そうはいっても、いまさら魔理沙や咲夜といった定命の者達と仲直りできるとは思えなかった。返事はないし、仮に元どおりになったなら、いずれ来たる別れに対する悲しさだって、元どおりになってしまう。では半人半霊といった寿命の長いものと仲良くすればいいのではないかとも考えた。しかし時すでに遅し。そのときにはもう寿命の長い者達にも、魔理沙や咲夜に送ったのと同じ文面をした手紙を送ってしまっていたのだ。理由はふたつある。ひとつは勢いとしか言いようがないが、もうひとつは自分自身妙だった。寿命の長い者達だけと仲良くするのは、なんだかとても恐ろしく、またさみしいような気がしたのだ。
 ともかくとして、仕方がない。返事がない以上、彼女らのことは諦めてさっさと動こうと考えた。友達がいないのなら作ればいいのだ。私はさっそくかつて起きた異変の数々に、とりわけて取っ付きやすそうな顔をいくつか浮かべた。
 まず真っ先に思い浮かんだのは或る河童だった。河童は何故か魔理沙と仲良くしていて、私はずっとその理由がわからずにいたのだが、そのときようやくわかったように思えたのだ。魔理沙のような定命の者が妖怪と仲良くする理由などは決まっている。妖怪すべてがそうである確証はないが、とにかく河童は死なないのだ。河童は永遠に生き続ける生物なのだ。そうでなければ、魔理沙が河童と仲良くする意味がわからない。私はすぐさま件の河童の住処へ急いだ。
「あ、巫女じゃないか。へへ、聞いたよぉ、魔理沙からさぁ」
 住処に着くなり河童はいやらしく笑ってみせた。魔理沙が河童に何を話したかは知らないが、ろくでもないことなのは確かだった。
「そうだ。わたしからもひとつ、いいことを教えてやろうじゃないか」
 本当に意地の悪い顔をして言うから、私は耳を塞いで森へと逃げた。塞いだ耳の背後で河童の笑い声が聞こえて腹が立った。けれども、あの日魔理沙にされたような死刑宣告をされるよりは、笑われる方がよっぽどマシだった。河童と魔理沙、ふたりの仲の良さは残酷趣味という共通項から為されるものだと結論付けて、私は悔し涙で枕をびしゃびしゃにしながらその日を終えた。

 次の日からは最悪だった。思い浮かぶどの顔もいずれ死ぬ顔ばかりで、結局はまた死というものの恐ろしさに、私は打ちのめされてしまったのだ。我が家の犬の遅すぎる帰還も、私の絶望を助長させた。死ぬ、死ぬ。みんな死ぬのだ。幾日が過ぎようと私は身動きひとつとれないでいた。
 そんなある日に来客があった。死んだ神が復活して、再び永遠を与えるべく訪れたのかもしれないとワクワクして戸を開けた。しかし、軒先に立っていたのは死ぬ顔だった。それは八雲紫という妖怪で、おおむね私のあまりの動かなさを心配して訪れたのだろう。けれど、神の再訪を期待していた私の落胆は想像以上で、そのとき口をついたのは「あんたいつ死ぬの」という、あまりにもな言葉だった。唖然としているところに「私、死ぬやつとは仲良くしないことにしてるの」なんて追い討ちをかければ紫は悲しそうに帰っていった。彼女がいつ死ぬかなんてわからなかったけれど、冬眠という習性を持っている以上いずれ死ぬことは明らかだったのだ。
 私の絶望は続いた。またひとり友人を失くした事実がまたそれを倍加させた。かなしくて、さみしくて、いよいよをもって死んでしまうかもしれない。そんな段になってようやく、私は自分すらも必ず死ぬという事実に、実しやかな感触を持って触れた。
 そんな私の涙を拭ったのは妖精だった。そのころ床下に居着いていた妖精がみかねて、私のもとへ仲間を連れてよこしたのだ。もちろん、妖精の持つ不死性を理解しないではなかった。竹林の死なない人間についても知っていた。けれども、死なない者たちというのはどうも、隣に住みたくないようなやつばかりだったし、妖精は妖精でいろいろと難のある者しかいなかった。実際、床下の妖精が連れてきた仲間はひどいものだった。いちばん元気の良さそうなのを、という触れ込みで私の前に現れた氷精は傍若無人で、友達になりたければ先ずは子分になるようにと、私に強制するのだった。それでも一人よりはマシと考え、しばらくのあいだは妖精達と遊んで暮らした。長続きしそうにない、これが続くはずがない。そんなふうに感じながら暮らしていたが、まさにその通りになった。理由は覚えた感慨のとおりだった。とどのつまり私は死ぬ、死んでしまうのだから。それを思い出せば妖精たちを追っ払って、私はまたまた一人になった。

 他者との関わりを失くすと、ひとは本当にずぼらになる。ずぼらな生活は空腹を呼び、空腹はあらぬ空想を脳内に引き込む。一人になった私が考えるのは神のことだった。あの日、魔理沙の一言で生まれて、それからすぐに死んだ神。あの神はいったいどこからやってきたのだろう。神は一瞬だけの希望を授け、永劫の絶望と共に死んでいった。あまりの残酷さに私は逃げ出したくなっていた。けれど、どこへいっても救いはない。いつか死ぬ者達にいっとき救われたとて、今度は私が死んでしまう。朝も昼も夜の息遣いで私を苛んだ。それから一寸も経たぬうちに、現実に行き場をなくした私は、現実から逃げることに決めた。
「そうよ。私、神様だったの」
 言うと、妖精たちは目を丸くして驚いた。妖精たちが驚愕のまま里に降りれば、驚愕は噂となって急速に里を伝播した。里中に噂が満ちるころ、私はなんだかほんとうの神様になったような気が起きた。はじめは逃避のために口をついただけの語句が、半ば実感として心身に根付きはじめてしまったのだ。そもそも私は強かった。天上天下唯我独尊。そもそもの私は謂わば其れであったから、まことしやかな噂という後ろ楯はあまりにも心強かった。鏡をみるとふわふわとしていて、それでいて荘厳なオーラを纏った自分がいるから、ほんとうに、なんでもできそうな気がしたのだ。
「久しぶりね、みんな。私ったら神様だったみたいなの」
 そんな気が逸ってみんなを神社に呼びつけた。実に神様らしいオーラを纏う私に、かつての友人たちはみんな目を丸くしていた。
「今日みんなに来てもらったのには理由があるの。ねえ、私がみんなを死なない人間にしてあげるわ。そうすれば、魔理沙も、妖夢も、他のみんなだって。なんの気兼ねもなく自由に暮らせるのよ。ね、いいでしょ?」
「いやだな困るぜ。わたしにも、生活がある」
 魔理沙はそんなふうに言っていたけれど、近頃自立した生活に憧れていた妖夢は揺れに揺れていた。腕を組んでむむむと唸った。そんな妖夢の後襟を魔理沙が掴んで、これはどうしたことだろうと考え込むみんなの輪の中へと引っ張っていった。魔理沙による妖夢の説得は手早く済んだようで、妖夢の説得で代表権を得た魔理沙はそのまま私の前へと歩み寄った。
「多数決を取ったんだが、みんないずれは死にたいらしいぜ。ちなみにわたしも多数派だ。言ったとおり、わたしにも生活がある。帰って、アレの手伝いもしなきゃいけない」
「どうして! それに、アレってなによ。お父さんでしょ? あんた、むかし言ってたくせに。実家なんて絶対継がないって! それに、死なないようになれば、手伝いなんかいくらでも出来るじゃない!」
「アレも最近老いてきたんだ。いつまでも夢ばっかりじゃいられないのぜ。それから、死なないようになってしまったら、みんな絶対いまの生活なんて手放すのぜ。生活しなくても死なないのなら、誰も生活なんてしない。なあ霊夢、わたしたちには生活があるんだ」
「そ、そんな! う、うそつき。言ってたくせに、いつか魔女になるって、魔女になって私より長生きしてやるんだって、言ってたのに。う、うぅ」
 子供じみた私の主張にみんなが目を伏せていた。しかし、魔理沙だけは宥めるように私をみるから、私は居た堪れなくなってしまい、さらに拗ねてしまった。
「じゃあ、いいもん。私はこのまま、神様としていつまでも生きるから! 隣に住みたくないようなやつらと仲良くしながら、いつまでも生きちゃうんだからね!」
「そうか、残念だな。わたしたちは先に死ぬぜ」
 魔理沙がそう言うと瞬く間に寂しくなって、漲っていた妙な力が体からふと抜けていった。ちゃっかり鏡を用意してくれていた妖夢に促されるままそれをみると、例のオーラは綺麗さっぱり消えているから、私は不安になった。
「わ、私も、私も死ぬ……死んじゃうの?」
「ああ、死ぬぜ。死ぬ。例に違わず、みんな一様に死んじまうのぜ」
 魔理沙が言うとみんなが笑って、私はとても恥ずかしくなって、少しだけ安心した。

 それからしばらく経つと我が家の犬が帰ってきた。どうやら森で迷子になって、そのまま森で出来た友達と遊んでいたそうだ。
「心配したのよ。死んじゃったかと思って」
「ええ? わたしが、しぬ? と、いいますと?」
「あっ、あんた。あんたまさか……」

 しかして人生は続く。
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コメント



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1.90奇声を発する程度の能力削除
面白く引き込まれました
2.60名前が無い程度の能力削除
笑えるよ
3.90平田削除
卍生卍
4.100名前が無い程度の能力削除
めちゃくちゃいい卍卍卍
5.100サク_ウマ削除
なんだこれ
6.90南条削除
なんだろうこれ
なんだ
7.100ヘンプ削除
どこかを見ているような感じだと思いました。死ぬことが受け入れられないのかなと
8.90名前が無い程度の能力削除
分かるけど分からない
死ってそういうものやね
9.100名前が無い程度の能力削除
†死†というありふれた恐怖に苦悩する霊夢が可愛かったです
10.100モブ削除
子どもから思春期に移り変わるころに一度は感じるだろう「死」についての考察と、それについて絶望しているのにその答えを誰も教えてくれない宙ぶらりんの気持ちを思い出しました。面白かったです
11.70名前が無い程度の能力削除
霊夢かわいいなあとなる一方、
魔理沙から透けて見える世界の暗さが気になりました
13.100終身削除
霊夢ってあんまり物怖じしなさそうだけど脆い時には脆そうですよね… 皆んな死ぬと聞いていつか離れ離れになってしまうように感じて距離を置いたり現実逃避したりもしたみたいだけど最後には皆んなで一緒に笑えていたみたいで良かったと思いました