Coolier - 新生・東方創想話

うたた寝は歌の種

2020/01/13 21:18:21
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 こたつに入っているとき、こたつが世界で最も優れた暖房器具であるどころか、人類史上最も偉大な発明であるように思えてならない。今の私に、世界三大発明とは何かと尋ねたならば、私は迷わずその一つにこの偉大な道具の名前を挙げるだろう。
 私は今、蓮子の部屋で眠気に抗っている。部屋に入ってすぐにこたつに入ったことが失敗で、おかげで飲み物の用意を手伝えずにぐうたらしている有様だ。蓮子には申し訳ないけど、一度こたつに捕らわれた人間は余程の気力を持っていないと拘束を解くことはできないので諦めて欲しい。冬を生きる人間は、こたつという貝殻を背負ったヤドカリみたいなものだ。動けないけれど。
 キッチンの方から甘い香りが漂ってきて、蓮子の足音が近づいてくる。寝転んでいた私はなんとか上体を起こしてこたつのテーブルに顎を置いた。
「こたつを満喫しているわね、メリー」
 重い瞼を開けて蓮子を見上げる。蓮子はココアと焼き菓子の載ったお盆をテーブルに置いてから、やれやれとでも言いたげに肩を竦めていた。
 私の部屋にはこたつがない。無論なくても生活することはできるが、やはりこの暖房器具の気持ちよさに敵うものはないので、必然的に冬の間は蓮子の部屋にいる時間が増える。
「こたつはまるで妖怪ね。人間のやる気や気力を吸い取って、時間を犠牲に心地よさをくれるの」
「大妖怪ね」
 蓮子もこたつに入りながら答える。私の向かいに座った彼女の冷たい素足が触れて気持ちいい。
「こたつって二人が入ると途端に狭く感じるわ」 
 私は右手だけ外に出してココアが入った白と青の水玉模様のカップを傾けて、なんとなしに呟いた。
「私はそういうところ好きよ。ただ単に暖を取れるだけじゃなくて人の温かさも感じられるし」
 そう言って蓮子はチョコチップクッキーを口に放り込んだ。
 彼女の言うことは私がこたつを大いに気に入っている理由の一つなのだが、まさに今が蓮子の温もりを感じている状況なので、全面的に同意するのは心持ち恥ずかしく思えた。返事に少し迷っていると、大きな欠伸をしてしまった。
「眠いの?」
「昨日夜更かししちゃって、あまり寝ていないのよ」
 また出そうになった欠伸を噛み殺しながら閉じてくる瞼を軽く擦る。
「そんなメリーにぴったりの面白い話があるの」
 蓮子はしたり顔で言った。芝居がかった声と表情だったので、おそらくこれからされる話が今日の談笑の主題になるだろうと推測する。
「歌の怪って、知ってる?」
 聞いたことのないワードに興味が湧いた。物理学の講義なんて始められていたらまず間違いなく途中で寝ていただろう。子守歌、という意味では今の私にぴったりだが。眠気のために話を聞き洩らしてしまうことのないよう軽く伸びをする。
「先週くらいから、突然歌う女性がちょっとした話題になってね。歌うと言っても小声でよ。カラオケみたいな声量じゃなくて小鳥の囀りみたいに。それに、本当に何の前触れもなくってわけじゃなくてね。カップルの片割れがうたた寝をしちゃったときらしいの」
「うたた寝を歌で起こすなんて、奇妙な挙動ね。普通に起こせばいいのに」
 詳細を聞いてみても私はそんな話を全く知らなかったから、一体どこで話題になったものなのか気になったけれど、話の腰を折るようだったからわざわざ尋ねるのは止めておいた。
「何かが取り憑いて歌わせてるんじゃないかって。目撃者が一人だけらしくて信憑性に欠ける上にインパクトも薄いから、私も昨日まで忘れてたんだけど」
「けど?」
 話の続きを尋ねると、蓮子は昨日ふらっと入った喫茶店でそのことを思い出したと答えた。
「昨日、すごく寒かったでしょう?」
 今年の京都の冬は例年よりも気温が低い日が続く寒冬で、毎日のように雪が降っていた。昨日は特に冷え込んでいて、私が家のすぐそばにあるレンタルビデオ屋に行くことすら諦めたほどだ。そんな日に、蓮子は大学の方に用事があって朝から外へ出なければならなかった。用事を済ませた帰り道に彼女は余りの寒さにうんざりして、太陽が厚く黒い雲から脱出するまで時間を潰そうと、ふらっと喫茶店に入った。
 暖房の効いた室内で熱いブラックコーヒーを飲みながら、クリスマスに教会へ空き巣に入る男が主人公の小説を読んだらしい。こういった冬のフィクションを寒い外を眺めながら読むのは楽しいだろうな、と私は話を聞きながら考えた。
 小説の残りのページが半分を切った頃に、蓮子の隣の席に座っていたカップルの片方がうたた寝を始めたそうだ。話しても相槌が返ってこなくなるとカップルのもう片方が複雑な表情を浮かべた。それから、静かに、隣の蓮子に聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で歌い出したという。うとうとしていた方はそれを聞いて慌てて起きたらしい。
「あの噂は本当だったのかって、ちょっと興奮してしまったわ」
 蓮子は残ったココアをぐいと飲み干した。
「なるほど、なかなか興味深い話ね」
 私は丸めていた背中を少しだけ真っすぐに戻して返事をした。相手に起きて欲しいならわざわざ歌って起こす必要はないから、なんらかの不思議が関わっている可能性はある。蓮子は私がこの都市伝説めいた話に関心を持ったのを見て取ると、蓮子は上機嫌そうに微笑した。
「試してみない?」
「試す?」
「メリーがうたた寝しているときに、私がどんな行動を起こすのか調べてみようってこと!」
 蓮子が目を輝かせているのがその明るい話し方から視線を向けずとも分かる。カップルに起こることじゃないのとは思ったけど、やってみる価値はあるとも思った。
「メリーは私と話しながらうたた寝して頂戴」
「うたた寝してってお願いされたのは初めてね」
 初めて耳にしたその言葉の響きが面白くて、私は小さく笑った。試すといっても二人で話すだけで特別なことはしなくてもいいらしい。私は楽な姿勢を探して、結局、こたつのテーブルの上に手を組んで、その上に顔を乗せるものに落ち着いた。
 それからいくつかの雑談があった。初めの方はこの奇妙な噂、もとい歌の怪についての話をした。妖怪の仕業なんじゃないかとこの不思議の正体を談義したが、こたつとその中で触れたお互いの足の温度が心地よいせいで、自然と話題も真剣なものから他愛のないものに変わっていった。冬の間に旅行に行きたい場所の話や最近読んだ小説の感想などを話していくと、だんだん私は瞼が重くなっていて無意識に相槌に回るようになっていた。
 蓮子はふと立ち上がって分厚い冬用のカーテンを開ける。昨夜から降っていた灰のように薄い雪は既に止んでいたようだったが、意識の有無の境界を彷徨っていた私はその天候の変化に気が付くことはなかった。蓮子がこたつに戻ってきて温かい足が触れる。蓮子と私の足が交差して、どこからどこまでが私のものなのか分からなくなるほど私はまどろみの世界にいた。そのときの私は相槌を打つ意識すら持ち合わせていなかった。しばらくその状態を漂っていた気がする。
 それから、蓮子の細い綺麗な歌で目を覚ました。
「今、歌った?」
 半分以上寝ぼけている私は蓮子の方に顔を上げる。蓮子は顎に右手を当てて微妙な表情を浮かべていた。
「あー、確かに歌ったんだけど、全然変な理由じゃないの」
 予想と違う反応に驚いて眠気が少し飛んだ。どういうことかわからずに眉を顰める。蓮子はそんな私の様子を見て柔らかく微笑んで言った。
「相手の反応が薄くなっていくごとに寂しくなって、でも余りに気持ちよさそうに寝ているものだから起こすのも心苦しくて。歌で訴えかけるのは、そんな起きて欲しいけど起こしたくない矛盾した気持ちの解決策なんじゃないかしら」
「……甘酸っぱい話ね」
 蓮子は部屋の壁に掛けてあるアンティーク調の時計を見つめた。昨日の喫茶店で会った恋人たちに思いを馳せているようだった。もしその仮説が本当なのだとしたら、こちらが恥ずかしくなるほどの瑞々しい純粋な感性を持った人間が、この京都に二人いるということだろうか。そんなことを考えていると、この美しい仮説を思いついた蓮子もその純情な人間に該当するんじゃないかと思った。
「ところで、よくあんな少女漫画みたいな理由が分かったわね」
「あら、私だって恋する乙女なんだから、恋愛に勤しむ人の心理くらい分かるわよ」
 蓮子は得意そうにこちらに向かって目配せをした。彼女の目線は真剣そのものであり、からかいとか嘘といった雰囲気が全くなかったので私は余計に照れくさくなった。恥ずかしさを流し込むように半分くらい残っていたぬるいココアを一気に飲み干した。
「でも、歌で起こすって余計寝てしまいそうなものだけどね」
 蓮子はおでこに手を添えながら、頭の上の方にクエスチョンマークが出ていそうな顔を浮かべていた。好きな人の声だから頭に響いて起きられたのよ、とからかおうかとも考えたけれど、私の方がまた更に照れてしまいそうだったから言わないでおいた。
こたつに潜って書きました。
てんな
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コメント



0.190簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
こたつは……良いものです……
2.90奇声を発する程度の能力削除
良いですね
4.100サク_ウマ削除
素敵だと思います
5.100電柱.削除
コタツの中みたいにまったりした話でとても良かったです。
6.100ヘンプ削除
二人が話して歌って起こしあうのがとても良かったです。可愛いですね
7.100名前が無い程度の能力削除
暖かい話
冬にピッタリ!
8.100名前が無い程度の能力削除
いい雰囲気でした。うたたね気持ちいいですよねぇ
9.100南条削除
面白かったです
こたつに入っている秘封ってだけで胸が暖まります
寂しいけど起こしたくないって気持ちがかわいらしかったです
12.100名前が無い程度の能力削除
温かい雰囲気が良かったです。
14.70名前が無い程度の能力削除
こたつでも蓮メリいいぞ
15.100終身削除
こたつのあるぬくぬくした部屋の幸せそうな時間がゆったりと流れていそうでとても暖かくなるお話だったと思います こたつの良さとかうたた寝をしている人の前で歌ってしまう心理について考えてみるとかして日常の中でも色々な気づきや発見がありそうなこの2人良いですね