Coolier - 新生・東方創想話

天地ガエシ

2019/11/16 05:03:37
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・鬼人正邪

 きっかけなんて何でもよかったし、場所だって何処でも良かった。
「ただただ気に入らない」……それだけが私の原動力だ。

 幻想郷の転覆を企てた事だって、ただの思いつきだ。もし、この妖が跋扈する郷を手中に収めたら、もう誰も、私の事を軽く見る奴はいなくなる。私はもう誰にも馬鹿にされなくなるだろう。寝付けない夜に、横になりながら漠然とそう思った。

 多分、私の主義なんてその程度だ。自己満足。
 だからきっと意味なんてない。

 針妙丸を騙したのも、都合が良かったからだ。幼くて、世間知らずなくせに、知った風な顔で、世界に対して勝手に失望していて、何も期待していないとでも言いたげな顔をした小人――利用しやすそうだった。だから、私は針妙丸を選んだ。他に理由はない。

「天を下にして、地を見上げよう」

 針妙丸と過ごした日々の中で、どうしても忘れられない思い出がある。

 彼女の持つ打ち出の小槌の魔力で幻想郷に輝針城を出現させる前の話だ。
 私と針妙丸は夕刻に丘へと登り、そこで世界を逆さまに見た。

 これは、私の理想の景色だった。上空に広がる筈の夕焼け空が無様に下へと墜ちて、上には大地が天窓のように広がる。全てが逆さまだ。それが滑稽で、痛快だった。

「正邪……アンタならきっと出来るよ。だってアンタ、すっごく優しい奴だから」

 それは、理不尽を知らない者の意見だ。基本的に、優しい奴は英雄にはなれない。この世界の不条理の一つだ。良い奴は、誰よりも先に死んでいく。だと言うのに、そんな無垢な事を何の疑いもなく言える少女が羨ましくて、それでいて不憫にも思えた。
 
 少名針妙丸、どうかこのまま、世界の汚れを知らずに生きておくれ――なんて思ってしまった。私にそんな事を言う義理はない。まさにこれから、私はこの少女の恥無き善意を汚し、彼女の持つ尊い意志を踏み躙るつもりなのだから……。

 私は針妙丸に対し、罪悪感なんて抱かない。私にとって、針妙丸は目的のための手段でしかない。
 だから私がお前を裏切る時が来たら、その時はどうかせめて――。


 決して、私を許さないでほしい。


 ・・・


 打ち出の小槌の底知れない魔力により、私達の願いはいとも容易く叶えられた。
 誰かの賞賛が欲しくて始めた訳じゃないから、三日天下と笑われようが関係ない。
 私達の輝針城は、ほんのひと時だが、幻想郷の頂点に立った。

 それで、その先はどうなる?

 別に考えてなかった訳じゃないが、正直なところ、ここらが潮時だという事は何となく察しが付いていた。私のような小物が、この一時的な栄耀栄華を維持し続けられる訳がない。すぐに博麗の巫女がやって来て、この異変は幕を閉じる。

 これでいいじゃないか。私にしては上出来だ。

 だと言うのに、針妙丸は、私の事を未だに信じ続けてくれる。このまま、私が幻想郷を『弱者が見捨てられない楽園』へひっくり返してくれると信じているのだ。

 数日もしないうちに、私の予想通り、輝針城に幻想郷の異変解決者がやって来た。タイミングは、今しかない。私は、針妙丸を裏切った。

 私が話した事は全部嘘だ。全部、針妙丸を利用するためのデタラメだ。

 私がそう告げると、針妙丸は子供らしく、声を上げて泣いた。これでいい。恨んでくれて構わない。針妙丸、お前は、私に騙されただけだ。私がそう冷たく言い放つと、針妙丸は張り裂けるほどの声で私を罵った。



「卑怯者……っ、私の本音を知っているくせにっ! 馬鹿にするなっ! 私は騙されてここにいるんじゃない! 自分で選んだんだ! 私は、アンタの被害者なんかじゃないっ!」



 ……私の自分勝手な野望に振り回されるのはさぞ苦労しただろう。

 なのに、針妙丸、何でお前はそこまで私に尽くしてくれた?

 何が楽しくて、ここまで私の「無謀」に付き合ってくれた?

 何で、私なんかを信じてしまったんだ?

「ねぇ、正邪……私は、これからどうすればいい? ……何処へ向かえばいい?」

 もう、お前は私に付き合わなくていいんだよ。あの時、私が最初にお前に声をかけた時に並べた嘘だってとっくにバレてる筈なのに、どうしてお前は私を見捨てないでいてくれるんだ。

「知るかよ。何処にだって行けばいい。私の下克上は、もう終わったんだ」

 私は針妙丸に背を向け、出来る限り悪辣に言い放った。背後から、針妙丸の切なそうな嗚咽が聞こえてくる。
 ……私みたいな悪党相手に涙なんか流すなよ。気が狂いそうになる。

 針妙丸、お前は、もう自由なんだよ。
 もう私に従う必要なんか、ないんだよ。

「お前は用済みなんだよ。分かったらさっさと消えちまえ。二度とその面を見せるな」

「ねぇ……ねぇ、正邪……命令してよ。いつもみたいに……私は、アンタと一緒じゃなきゃ嫌だ……私は、アンタの被害者なんかじゃない……っ、同じ夢を見た筈だ……同志だった筈だ……なのに……」

 違う、違うんだよ。針妙丸……お前は、そもそも私なんかとは違うんだよ。
 お前は、もっと幸せな道を歩いても良いんだよ。
 私みたいに、歪な生き方、しなくていいんだよ。

「何が同志だ、笑わせんな。お前は、ただの道具だろ。ただのガラクタだ」

「ごめんなさい、ごめんなさい……私が馬鹿だから……私が弱いから……」

 針妙丸……お前はもう十分強いだろ。
 私なんかより、よっぽど……だって、お前が一緒じゃなかったら、私は、ここにたどり着く事さえ出来なかったんだ……。

「……ああ、そうだな。お前みたいな役立たずに声をかけたのが間違いだった」

「正邪……アンタみたいになりたかった……アンタみたいに、私も生きてみたいよ……アンタは、いつだって世界に絶望してるくせに、いつだってそれを覆そうとする強い心を持っている。そんな強さを、私も一度くらい持ってみたいよ……っ、アンタみたいに……」

 ごめんな。ごめん。こんな思いさせて、ごめん。
 針妙丸、私は、お前が思うような強い妖怪じゃない。
 だって私は、針妙丸、お前が、お前が私のそばにいてくれたから――。

「いい加減にしろっ! いいからさっさと失せろって言ってんだ! ぐずぐずと泣き言垂れやがって鬱陶しい。私達の野望はもう終わったんだ。そうか、何処にも行かねぇなら、好きにすればいい。このまま巫女に捕まって、私の知らない場所で勝手にくたばっちまえ!」

 ――針妙丸、お前が私を信じてくれたから。
 それだけで、『私達』の向こう見ずな天地返しは報われるんだよ。

 顔を真っ赤にしながら、針妙丸は涙交じりに呟いた。

「……いいよ、正邪、いいよ、ぜんぶ、許すよ……許してあげる……」

 針妙丸は、確信を持った声で、強く、私に問いかける。



「アンタだって、本当はそれを望んでいたんだろう……っ?」



 本当は、誰かに、許してほしかっただけなんだ。
 こんな私でも、生きてていいんだって、認めてほしかっただけなんだ。

「そんな訳ねぇよ」

 私は、感情を押し殺しながら、そう吐き捨てた。
 これを最後に、私は針妙丸を見捨てて輝針城から逃げ去った。
 針妙丸は、侵入してきた霊夢に取り押さえられた時、泣きながらこう叫んだ。


「正邪っ! アンタが私に「意味」をくれたんだっ! 正邪っ! 私はアンタを信じたぞっ! 私達の天地返しは、まだ終わってない……っ!」


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