Coolier - 新生・東方創想話

鈴を拾う話

2019/10/12 17:50:57
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● 鈴を拾う話


 寺の離れに、仏が居る。
 茶黒く干からびた、骨と皮ばかりの――屍体である。その口に邪仙が匙で重湯を運ぶ。
 一匙、仏の口に流し込む毎に邪仙は小さく何事か唱え、重湯に乳やら丹を加える。
 正面には簡単な壇が築かれ、香と沈が焚かれている。座敷には妙な気怠さを感じさせる、甘い煙が充満していた。

 白蓮は少し離れて、それを眺めている。


 話は、少し遡る。
 梅雨の少し前、里で噂が立った。里山の入り口の少し道から外れたところで、鈴の音がする。
気付いたのは山に入って下草を刈る農夫たちだった。誰も鈴など持たないのに、そのあたりを歩くとくぐもった鈴の音がする。初め、里の者は皆随分と怯え、聞きつけた天狗が記事にして新聞に載ったりもした。
とは言え、それだけの話なのも確かだった。なにか実害があったわけでも無い。何やら少し気味が悪い、ただそれだけだった。夏の暑さも和らぐ頃になると、誰も気にする者はいなくなった。ただ何処からか、時折思い出したように鈴の音がする。
 それが、つい四五日前の台風の後、鈴の音が俄かにはっきりと聞こえるようになった。周辺をを調べてみると、風のせいか槻(つき)の大木が倒れ、その根株の土中から大きな石櫃が顔を出している。その中から、鈴の音がする。
見つけた者達はみな腰も抜かさんばかりで、たちまち、騒ぎになった。なにせ場所は里のすぐ傍である。気の利くものが里の乙名(おとな)共に報せに走ったが、その時にはもう辺りに人が溢れていた。

 乙名達が駆け付けた時には、すでに石櫃は殆ど掘り出されていた。ともかく仮屋を掛けさせた。手を動かす仕事がなくなれば、皆口が動く。それで、これをどうするか。という話である
 里長が押し出されるように前に出て「これは、このままここでお祀り申し上げるべし」と幾度かつかえながら言った。なにせ、中からは鈴の音がする。この石櫃が善きものあれ邪しきものであれ、手厚く祀ればそう間違った事にはならんだろうという話で、後ろに控えた乙名共は皆一様に頷いた。触らぬ神に祟りなしである。
 無論、野次馬の大多数は別の意見だった。開けるべし。当たり前のことで、人間、箱を見れば開けたくなる。秘密があれば暴きたくなるものだ。鈴の音のする石の櫃、開けて見ずしてなんとする。
 群衆を前にしてしまえば、乙名の権威など弱いもので、里長以下なんとか場を収めようとしたが、如何ともしがたい。そのうちにカメラを持った天狗が現れて、これはカラトとかカロウトと呼ばれるもので、中には衆生を救うため自ら入定した有難い仏様がいらっしゃるのです、と訳知り顔でのたまった。それが決定的だった。それほど有難い仏様ならば、呪ったり祟ったりということはあろうはずも無い。
 石工が道具を取りに走り、気の早いものは供え物を持ってきた。野次馬が野次馬を呼び、辺りは黒山の人だかりになった。報せを受けた白蓮が現場に着いたのも、ちょうどこの頃だった。
 櫃の蓋はすぐに外れた。中を覗くと、ぼろぼろに朽ちた着物をまとった干し固まった子猿のようなものがいる。左手には皮紐のついた鈴が下がっている。これこそ即身仏に相違なし。人を中に降ろして見ると、なんと櫃の中にはもう1体仏が居る。ただしこちらは信心が足りなかったか処置が悪かったかで、すでに体は崩れ、ばらばらになって櫃の底に散らばっていた。

 崩れてしまった仏は壺に収められ、まともな方の仏は駕籠に乗せて引き揚げられた。
 掘り出した仏は祀らねばならない。仏を祀るなら寺以外に無い。事は単純で誰もがそう思ったから、その場にいるのに誰も白蓮に相談さえしない。いつの間にかそういう風になっていた。白蓮とて、声を挙げて拒むようなつもりもない。
 ただ――淡い疑義はあった。
 一つの石櫃に二人で入り入定するようなことがあるだろうか。別に教理上の話ではない。一人だろうが百人一緒だろうがそれで入定出来ぬという道理はない。が、現実的には入定は宗教的自死である。しかも入水や焼身といった急速なやり方ではなく、飢餓による緩慢な自死である。そういった行は概ね個的なものである。それを誰かと連れ立って……。

 仏が地面に降ろされると、皆がその尊顔を拝もうと押し寄せた。乙名が声を挙げ、自警団が手を広げて制止する。その喧噪の輪の中で、白蓮は駕籠の上の干からびた仏に手を合わせ、経を読んだ。陽光に照らされた仏は随分と小さく見えた。宙に差し出された両の手、軽く俯いた首、半ば開いた唇のない口。
仏は――屍体である。

「その仏様は――」
すぐ後ろで声がした。振り向くと、いつの間に現れたのか神霊廟の邪仙が白蓮の肩越しに覗き込んでいる。
「その仏様は、まだ生きていらっしゃるのではありませんか? なにせ、ほら、お持ちになった鈴が――」
鳴っている。
瞬時、人々のざわめきが途切れた。
「いかがでしょう? わたくしの仙術をもって、この仏様をきちんと蘇生して差し上げてみては?」
その声は白蓮に言ったというより、まるでその場にいた全員に向けられたかのようだった。
「この御姿でも有難いことには変わりませんけれど、鈴だけではなくて、お声を出せるようになれば、より有難い説法など受け賜われるのでは?」


 それで、仏は命蓮寺の離れに座っている。
「順調ですわ」
邪仙は匙を置き、白蓮を振り返って微笑んだ。
「もう少し、あと少しで仏様は復活なさるでしょう」
仏の鈴が小さく鳴った。


◇◇◇


 初め、仏教寺院のなかで道教の儀式が行われる事に寺の妖怪たちは異議を訴えたが、唐国では同じ敷地の中に道仏の寺院が立っている事とて珍しくないと青娥はどこ吹く風で、白蓮もまた仏様のためになるなら何の不都合がありましょうと、そう諭した。ただし、処置の間は必ず立ち会うようにした。
 青娥は離れに壇を作り香をくべ、呪(しゅ)を唱えた。三日もすると口に流し込んだ水をいくらか飲むようになり、五日目には薬と練丹を与えた。十四五日ほどで重湯が飲めるようになり、徐々に濃いのを飲ませるうちに、一月ではたから見て僅かにわかる程度には手足が動くようになった。

 それから、二月ほどた経っている。この邪仙にしては殊勝なことに彼女はほとんど毎日寺に現れ、なにかれと儀式をし、仏の世話を続けていた。仏は動けるようになったとはいえ、未だ手足の節は凝り固まっているようで、時折震える様に揺れ、そのたびに手にした鈴が鳴った。
 その日も、青娥はいつもと同じく夕方にやって来た。白蓮が庫裏を出ると、外は雪がちらついていた。
「このように毎日来て頂かなくとも……」
「いいえ、好きでやっているのです。あのように尊い仏様の御姿を毎日拝めるなど――」
青娥は目を細める。雪はすでに積もり始めている。
「本当に尊い事ですわ。あのように二人手を携えるように石の櫃に入り入定なされるなんて。わたくしも幾つか文献に当たってみましたが、普通は皆おひとりで入定されるとか――」
含みがあるのか、本心か。それともこの邪仙は単にこうしたことに興があるだけなのか。
「お二人でなんて、なかなか出来ることではありませんわ。そうでしょう白蓮様」
白蓮は、ええ、とそれだけ応えた。


 離れの奥。紅い座布団に、仏は載っている。
青娥は普段の通り、香と沈を焚き、呪を唱える。冷ました重湯に乳を垂らし、匙で仏に与えた。
 それを観る白蓮に、表情は無い。
 仏は、動こうが動くまいが尊いことに変わりは無い。むしろこの仏はこの姿だからこそ尊いとさえ言える。青娥の方術がどこまでのものなのか知れないが、動き喋り、肉が付き、歩き食べるようになって、普通の人とかわらぬ迄になってしまえば、それは仏なのだろうか。ならばこの復活の意味など何処にあるのか。青娥の提案に揃って頷いたあの群衆は、何を望んだのか。
 疑義はある。しかし――

「白蓮様、気づいておられますか? お声を上げようとなさってますわ」
青娥が仏の口元に耳を寄せている。
「ほら、何かうっすらと……」
言われて、白蓮も仏の傍に寄った。
「…………しょう……」
「……じしょうよ……」
そう聞こえた。僧の名だろう。
「上人様はじしょう様とおっしゃられるのですか?」
あとはくぐもった息ばかりがしばらく続き、意味のある音はもう出ないかに思われた。
「上人様……?」
「愚僧は……掌海と申す……。いや……禿驢(とくろ)畜生の類よ……名など無い」
仏はそう、絶え絶えに言った。
「慈生、慈生は……」
「上人様と共に入定された方ですね?」
仏は僅かに頷き、首筋から乾いた皮膚片が落ちた。
「……残念ですが、私共が石櫃を掘り出した時には……もうお体が崩れておられました。……荼毘に付すべきかとも考えましたが、お体が崩れようとも衆生のために入定されたことに変わりなし、こうして壺に集めてこちらに……」
 白蓮が隣の壺を示すと、ややあって右眼だけが開いた。眼球はとうに朽ち、眼窩には闇しかない。仏は盲人がやるように震える手を宙に差し出し、辺りを探る。右手の先が慈生の収まった壺に触れると、体を震わせ、縁(ふち)をひと撫でして元の姿勢に戻った。仏はあとは何も言わず、干からびて収縮した唇の間から奇妙な音が漏れるだけだった。
「白蓮様。掌海様はだいぶお疲れのご様子、お話を伺うのはまた今度の方がよろしいのでは?」
それで、白蓮は自らと青娥の事を簡単に話し、離れを退いた。仏は何も応えなかった。


「青娥殿この度は誠に――」
庫裏に戻ると、白蓮は丁寧に頭を下げた。
「いいえ、大したことはしておりませんので、そのように言われると困ってしまいます」
仏頂面の一輪が夕餉の膳を運んできた。今日の膳は多少奮発するようと言っておいた。それが癇に障っているのだろう。
「しかし、貴方の方術の成果でしょう。あのように見事に復活され――」
「白蓮様、あの仏様は元々生きていらっしゃったのです。お聞きになりましたでしょう、あの鈴の音」
「それは……たしかに」
「わたくしがしたことと言えば、香をあげ、重湯を差し上げたくらいの事。薬はどこにでもある気付け薬ですし」
「では――」
「別に私でなくても、どなたでも出来たことです。私が出しゃばったのは、ただ興味があったというだけの事ですわ」
「興味?」
「ええ、とても面白そうでしたから」
――死者の復活が。それとも仏が人に戻るのが、かもしれない。
「白蓮様?」
「――そうだとしても、掌海様が回復されたのは貴方のお陰です」
白蓮は再び頭を下げた。


◇◇◇


 食事が終わり今後の話などし、「では、そろそろ」と青娥が席を立った時のことだった。
「白蓮様、何か物音がしたようですが? 何か、陶器が割れるような」
「……?」
「確か、向こうの方から。離れの方から聞こえたような気がしましたが」
「離れから?」
「ええ」
寺の夜は早い。聞こえるものといえば隣室で寝静まる妖怪共の寝息くらいのものだ。
「確かに聞こえたと思うのですが……」
白蓮は手燭に火を移して立ち上がった。
戸を開くと、たしかに離れの方から物音がする。胸騒ぎがした。雪はもう止んで、雲間に太った月が出ていた。積もった雪が月の光を吸って、外は存外明るい。くるぶしまである雪を蹴るようにして進み、離れの縁に上がり、戸の前で白蓮は一つ息をのんだ。
その隙に、すいと青娥が前に出て戸を開いた。


 離れの中に、灯は無い。
 闇の中で白い破片が、手燭の光をを反射して瞬いた。
白蓮が灯を掲げると、床には、白い壺の破片とその中身が散乱していた。その真ん中に、背を向けた仏がいる。
蹲り、床に額をつける様にして、何かをしている。
「掌海様……何を……」
 仏はゆっくりと顔を上げ、振り返った。
暗い眼窩、縮まった唇、むき出しになった上下の歯、その奥に何かが詰め込まれている。床を探る様に手を伸ばし、散らばった慈生の一部を取ると、それを口に運んだ。歯を立て、骨に僅かに残った皮を剥ぎ取り、咀嚼する。その口から音がする。人の皮を喰む音、骨片を噛む音。
「何を……何をなさっておいでです……」
「……たれか、そこに居るのか?」
「掌海様!」
「おお、御僧か。驚くことなどありませぬ。浅ましきかな、昏きかな、畜生坊主の物狂いよ。そこで、笑うて覧ててくだされ」
仏はそう言うと、不規則に息を吐きだして体をゆすった。その度に慈生の欠片が唇の無い口から零れた。笑っているのかもしれなかった。
白蓮が拳を固め仏へ歩み寄ろうとすると、前に邪仙が割って入る。
「いけません」
「……青娥!」
「掌海様は宿願を遂げられようとしているのですわ。邪魔立てするのは――野暮というもの」
「このような願(がん)などありません」
「白蓮様、貴方にはお判りですか? 先立たれた者と共に一つ石櫃に入り、共に地に埋(うず)まるお気持ちが。数百年を経てなお遂げられず、愛する者の皮を食み、骨を噛む掌海様の思いが」
「……霍青娥、お下がりなさい。あなたの役目は終わりました」
「いいえ、そうは参りません。私はこれが見たくて、こうしたことが見たくてお手伝い申し上げたのです」
対峙する二人の後ろには闇が広がっている。その昏い向こうで、仏が蠢いている。

「……そのほう、道教の方士だと言うたな」
彼岸からの声。
ええ、と邪仙は口だけで応えた。
「何故慈生を甦らさなんだ。慈生さえおれば……このようなこと……」
「それは無理なお話というもの。ご遺体があまりに崩れてございました」
「土中千日。たれもが我等を忘れた」
邪仙は唇を舐め、眼前の白蓮に目配せをするような、そんな貌(かお)をした。その目が「動くな」と、そう言っている。
「掌海様、教えていただけませんか。貴方様のことを。石櫃の中で数百年、入定も往生もせず、それほどまでに願った貴方の思い。わたくしに出来ることがあるやも知れません」
「……おおよそ、わかっておろう」
「いいえ、貴方の口から語られるのが大切なのです」
邪仙はかがんで仏に寄り添い、朽ちた耳元に囁いた。
「さぁ、掌海様。ここには四苦を脱し、八苦を滅した白蓮様もいらっしゃいます。全てを遂げて終わりとする事を成仏というなら、今を置いて他に機会は御座いません」
それは、まるで呪のように。
「恐れることはありません。必ずや――貴方の宿願は成就するでしょう」

 そうして仏は語り始めた
仏は応永年中の生まれだそうで、下野富田の農民の子だという。早くに父母と死に別れ、親族によって七歳のときに下野龍興寺に入り、名を掌海とした。以後四十年篤学修行に励んだという。
「去年の春、越の国へ灌頂の戒師に向かい……百日ばかり逗まった。起臥の扶けに、かの国で童児を得た……慈生(じしょう)と名付けた」
「……心も容(かたち)も良い児であった」
「この四月(うづき)、病に臥した。かりそめの病と思うたが三日で重くなった。……手を尽くしたが、終(つい)にむなしくなった」
背が震えている。頭を膝の間に入れるほど丸まった仏から、声にならない呻きが響いた。
「……火に焼くことも、土に葬ることもできなんだ」
「慈生様のお身体を、保ちたかったのですね」
「入定の仏は未来永劫残り、衆生に尊崇されよう。……慈生にこそ相応しい」
「そして、掌海様ご自身も――。慈生様お一人が永遠となっても無意味ですものね」
 慈生の遺体から臓物を抜き、座らせ縄で縛り姿勢をつくり、樒(しきみ)の煙でいぶした。そうして庫裏の奥で処置を行う傍ら、掌海は入定の発願を立てたと近隣の里に触れて回り、石櫃を造らせた。
木喰(もくじき)穀断ちもそこそこに、掌海は衆生の見守る中、石櫃に入った。その石櫃には既に慈生の死骸が収められている。中に座ると、ちょうど小さく縮んだ慈生を抱きかかえるような格好になった。蓋が閉じられると、そこには光無く、音無く、ただ抱きかかえた慈生だけがあった。

「……これぞ本懐。そう、思うた」
「違ったのですね」
仏は応えなかった。
「本懐を遂げたなら、それこそ成仏なさったでしょう。でも違った。掌海様、貴方の望みはそんな事ではなかった。逝くことも消えることも無く、貴方は一人、石櫃の中で生き続けた――鈴は鳴り続けた」
邪仙が仏の肩を抱く。まるで母親のように、慈愛の表情で。仏はその腕(かいな)の中で背を震わせた。
「掌海様、貴方は――」
艶やかで、有無を言わせぬ声。
「貴方は慈生様と一つになりたいのでしょう?」
それは、まるで呪のように。
「ひとつに……」
「だからこそ、慈生様をお食べになろうなさったのでは?」
「ひとつに……」
「ええ。愛欲の果ての合一、これも涅槃の境地で御座いましょう?」
「……ひとつに……」
「さぁ、掌海様。わたくしが散らばった慈生様を集めて差し上げます」
邪仙は顔を上げ、白蓮を振り返った。
「掬って、お食べなさい。一つになれるのです。本懐でしょう」
そう言って蕩けた様に微笑んだ。白蓮の手の燭が風も無く消えた。


 寄せ集められ、盛り上げられた慈生の欠片に、四つん這いの仏が顔を突っ込んだその瞬間――音もなく進み出た白蓮が、その拳を打ち下ろした。
仏の頭蓋は素焼きのように粉々に砕け、身体もまた床に崩れ散った。
「……青娥、あなたの興を惹くようなものは、もはや此処にはありません。失せなさい」
それを見て邪仙は驚くでもなく、身体に降りかかった塵を払うだけだった。
「お優しい事ですわ、白蓮様」
仏は砕けて床に積もり――慈生の欠片と混じり合った。
「これこそ本懐、成仏というもの。もはや誰にも、二人を別つことは出来ません」
そう言って邪仙は床の二人を優しく撫でる。それから立ち上がって雪明りの外へ消えていった。
靴を履くとき小さく、しかし白蓮の耳に届くように、
「これも殺生の内に入るのかしら?」
そう独り言ちた。


◇◇◇


 白蓮は、枯野にいる。
紺(あお)染め頭巾に、手には数珠と――皮紐のついた鈴。
視線の先で、桐箱が炎に包まれている。中には二人の仏の塵欠片が詰まっている。
「入定の仏は三年三カ月で掘り出されるといいます。それから袈裟を着せたり形を直したりして、そうして堂に収められ祀られるのです」
白蓮が静かに言った。何時の間にか、背後には邪仙が居る。
「しかし、掌海様と慈生様は掘り出されなかった」
わざとらしく白蓮の手首に下がった鈴を覗き込む。
「鈴が、鳴っていたのでしょう。鈴の音が止めば、それが入定の証。しかし三年経て十年経て、まだ鈴が鳴っている。誰も畏れて近寄りさえしなかったのでしょう。もしかすると、掌海様は掘り出されたく無かっただけ、なのかも知れませんね。それで、鈴を鳴らし続けた」
「鈴の音が何の為か、人々を呼ぶ為か、人々を遠ざく為か、言っても詮無い事です」
邪仙は堪え切れぬと言うように口角をあげ、口元に手をやった。
「或いは、遂げられない嘆きだったのかも、しれませんね」
炎の中で箱が壊れ、中身が火の粉になって舞った。白蓮は炎を見て動かない。
「この灰では箸ではとても拾えませんわ。塵取りでもないと」
「墓は、建てません。必要ありません。参る者も無い」
風が吹いて、灰が散る。煙となって昇る。

「それに――とうに成仏されてます」

 そう言って、白蓮は炎に背を向け、歩き出した。
その後姿を見送り、邪仙は目を細める。
仏は四散し、かの鈴は白蓮の手に残った。
「仏罰必定ですわ。お気を付けください、白蓮様」

 遠くで、鈴が鳴った。無論、風の加減だろう。



(了)



コメントありがとうございます。励みになります。
さん主催の小説合同誌『秘封倶楽部 詞彩集成』に寄稿しました。そちらもよろしくお願いします。
11月17日「科学世紀のカフェテラス」秘22にて頒布の予定
inuatama
inuatama.toriashi@gmail.com
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コメント



0.50簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
面白く良かったです
2.100名前が無い程度の能力削除
仏法と欲望を混在させた話の筋に乗ってみるみると流され、最後には私も取り残されたかのような寂しさに取り囲まれてしまいました。
面白かったです。
3.100名前が無い程度の能力削除
お話の筋もさることながら
鈴というアテイムも良かったです。
4.100名前が無い程度の能力削除
私もこういうの書いてみたいものです。
6.100サク_ウマ削除
悲しい話ではあるのですけど、どこかぞっとするような心地がします。
不思議な作品でした。良かったです。
7.100ヘンプ削除
即身仏になれない、欲を持った人……
お話に惹き込まれました。とても良かったです。
8.100名前が無い程度の能力削除
すばらしい作品でした
仏教的な世界のとものものしい雰囲気の文章がうまく融合されていると思います
即身仏を拝観したことがあるためか なんだか妙なぞわぞわ感があります
9.100封筒おとした削除
なんとも寂しく悲しい話
最後の塵取りじゃないと集められないというセリフが大好き
10.100南条削除
とても面白かったです
死ぬこともできずに苦しんだ掌海が最後に何を思ったのか気になりました。
11.100やまじゅん削除
聖は解脱出来ているからこそ、掌海への救いの手として作中の行動を取ったのでしょう。封印されなければ、慈生と同じく命蓮と共に仏になった可能性もと考えさせられますね。

非常に面白い作品ありがとうございました。
12.100電柱.削除
とても丁寧で綺麗で、尚且つ面白い小説でした。
13.100ふつん削除
とても良かったです。
入定し即身仏になろうとした僧、死を恐れ人ならざる身となった白蓮、死者を繰り殭屍とする青娥、まさしくこの三者ならではの物語だと感じました。
蘇りゆく仏を見守る胸中で白蓮は命蓮のことを思い出したりしたのかな、と思ったり思わなかったり。
自身を物狂いと自覚しながらも変に理性的な受け答えをする仏も印象的でした。
14.100モブ削除
余計な言葉はいらないですね。すごかったです。
15.100とらねこ削除
仏の道に入りながらも、愛欲の情を捨てきれない。こういう感覚あり得ますよね。
拳を打ち下ろしたのは掌海様を醜いと思い、その怒りによるものなのか、哀れに思って救おうとしたのか? 私にはわかりません。
欲に否定的?な白蓮と肯定的?な青娥との対比も印象深かったです。 
16.無評価名前が無い程度の能力削除
素晴らしい作品です。