Coolier - 新生・東方創想話

夜とは意外にも長く短い

2019/09/27 23:29:49
最終更新
サイズ
3.56KB
ページ数
1
閲覧数
519
評価数
10/10
POINT
960
Rate
17.91

分類タグ

人里の朝は早い。
これは夜は外に出ず早く寝る人が多いために、結果的に早起きする人口が多いからである。

日が昇れば妖怪の時間は終わりを告げ、人の時間がやってくる。
暗闇に怯える事なく、外に出られるのだ。
なんと喜ばしい事か。

人里に住まう者ならば、夜が明ける事を誰しもが望む筈だ。

一名を除いて。



「準備万端!!始めるぞ!!」

筆を走らせ、脳に流れる果てなき歴史を書いて行く。
文字は読めればいい。後で読めるならば幾らでも書き直すことができる。今は、ひたすらに歴史を書き出すのだ。

窓から差し込む月光は、その女の影を薄く部屋に映し出す。
頭部から伸びる二本の角は、その人物が人間では無い事を示していた。

「甘味!甘味が欲しい!!が、取りに行く時間が勿体無い!!」

独り言を喚き散らし、思考を高速で切り替えていく。
上白沢慧音。
普段は厳格な教師である彼女だが、満月の晩に限っては別の仕事に全リソースを注ぎ込む為に色々と素が見え隠れしてしまう。

筆が進む。
上質な和紙に、墨の黒。
流れるようにサラサラと、では無く、激流のようにゴリゴリと墨が文字の形を成して行く。

「漢字なんて書いていられるか!平仮名でもわかればいい!…ぐっ!“ぬ”の書き方が思い出せない!?」

歴史の編纂。
それが彼女の、ワーハクタクとしての仕事である。

0時を周り、夜は尚も沈んでいき。

直線に近付けば近付くほど筆記は効率性を高めていく。
文字の凹凸を減らし、筆先は紙から離れずにぐしゃりと潰れた文字が紙の上に並んだ。

「ぐ、昂ぶって、きた」

腕に瞳の様な痣が浮かび上がる。
原初の白澤は4足動物に近い姿だったとされていた。
しかし幻想郷では、人のイメージにある程度影響される。
今では石燕以降のイメージが広く知られ、世に多く見られる白澤は“多眼”である。

丑三つ時。
時は経過し、夜は最も深い位置まで沈む。
人と妖の天秤は妖に一番傾き、体表にすら影響が生じていく。

尾は伸び、体の各所が蠢いた。
能力は更に加速し、人の力を越え。

「書き辛いだろうがぁ!!!」

ダァンと作業机を叩く音が響いた。
白澤の力が強まり、蹄と化した掌をワナワナと鼻先で震わせながら慧音は吠える。

「なんで!!今なんだッ!!!」

口で筆を咥え、紙に文字を書きながら表情を歪めた。
最も能力の高まる時間帯が、最も仕事が出来ない時間なのだ。

毎度毎度、慧音はこの時間帯に吠えている。
言わずにはいられない。
言わなければ、やってられない。

「指!筆さえ掴めればなんだっていい!戻れ!!指!指!!指ィ!!!」

小指だけ人の形に戻った。

「なぜ小指!!!?」

自分の体に激怒しながら小指で筆を持つ。
小指から戻るのはいつもの事なので、器用にも文字を書いていく。

「持ち辛い!!」

自分の体に怒りを燃やしながら。

不可逆な理に則って夜は朝へと昇っていき、天秤は微かに人の方へ傾いた。
腕が、顔が、体が人へ姿を戻す。
能力の加速は緩やかになり、やがて減速し始めた。

「戻れ!能力!戻ってくれ!!」

空は白みはじめ、筆の速度だけが上がっていく。
文字列はほぼ直線となり、彼女しか読める者はいない模様と化した。

角は髪に隠れる程小さくなり、尾はもう殆ど見えない。

「まだまだいける!まだいける!!」

白澤の能力をほぼ人の身で使う負担により、頭痛に顔を顰める。
しかし慧音は筆を更に走らせた。

「まだ太陽は見えない!夜!実質今は満月の夜!」

支離滅裂な理論で編纂は続く。
筆は更に速度を増し、只の直線と成り果てた。

しかし、太陽が山々より顔を出した瞬間に、プツンと糸が切れた様に倒れこむ。

荒い息が部屋に響き、徐々に息が静かなものへとなっていき。

「…あぁ、寺子屋に行かないと」

ふらりと真顔で立ち上がった姿は、完全に人の姿で。
慧音は人に近い姿で能力をギリギリまで使った副作用により、極度の眠気と疲労感、そして思考力が低下した状態になっている。

なので。

「せーんせー!妖怪って怖いね!もし先生が妖怪だとしたら何の妖怪ー?」
「…ん?あぁ、焼き鮭だよ」
「先生!?」
「間違えた。多分なすびだな」
「先生!!?」

満月の翌日。
寺子屋の先生がおかしくなる事は、周知の事実である。

「おしおのおふとん」
「先生!今は算術の時間です!」
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.簡易評価なし
1.100サク_ウマ削除
残念能力けーねさんめっちゃすき。おもくそ笑かしていただきました。最高に面白かったです。
2.100名前が無い程度の能力削除
慧音のポンコツ具合がかわいらしい
3.100電柱.削除
勢いがあってとても良かったです。
4.90南条削除
面白かったです
翌日くらい休暇取りなよけーね
5.100ルミ海苔削除
面白かったです
6.100封筒おとした削除
勢い大好き
7.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
8.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです
9.80名前が無い程度の能力削除
慧音先生の知られざる苦闘に涙が止まらない……
10.100終身削除
すごい能力と仕事を抱えているのに痒い所に手が届かない慧音先生が面白悲しすぎて笑いました 眠気と闘うなんだかありふれた悩みと闘っている慧音になんだか親しみが持てて良かったと思います