Coolier - 新生・東方創想話

憂鬱な雨の中で

2019/09/12 13:17:33
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 多々良小傘の最も嫌いな天気は雨である。人間が雨の中傘をさしているところを見ていると、言いようのない、何となく取り残されるような恐怖に襲われる。しとしとと雨をじっと見ていると段々と自分が雨と混ざって溶けていきそうであった。

 小傘は何も考えず雨の中、傘をさしてとぼとぼ歩いていた。土が雨に濡れて籠ったような香りを放つ。遠くから見える山々は白い幕のような濃い霧に包まれている。辺りを見渡しても人っ子一人いない。湿度が高いせいか服が汗で肌に張り付いて気持ちが悪い。小傘は段々と暗い気持ちに沈んでいった。寂しさのせいか、行き場のない謎のいら立ちのせいか分からない。底なし沼をじっと見つめているようなそんなどんよりとした気分が小傘の心を支配していった。体に重いものがまとわりついているような、とにかくだるかった。

 そんな中、もくもくと歩いていると向こうからちゃぷちゃぷと音を立てて歩いてくる足音が聞こえてくる。目を凝らしてみるが霧に包まれていてよく姿が確認できない。薄く暗い影がぼうっと現れ、それが段々と大きくなっていった。小傘の心音が僅かに高まる。驚かせようか、それともこのまま無視しようか。段々と黒い影はこちらに近づいた。それと同時に姿がはっきりとしてくる。藍色の着物に、傘をかぶった小男のようだ。あちらも小傘の存在に気付いたようで目を伏せるように傘の先を手で持って歩いてくる。あまり裕福そうには見えない、百姓だろうか。痩せた感じで、無精ひげが生えており、目つきが鋭い。少しずつ男との距離が迫ってくる。道は水はけがあまりよく無いようで小傘は足音があまりたたないように歩こうと思ってもどうしてもびちゃびちゃと大きな音が辺りに響く。小傘の気分にさらに黒い靄がかかる。もうすぐすれ違いそうなところで小傘の喉元まで声が出かかる。

「う、う」

男はそれに気づいたように小傘に向かって少しだけ頭を下げる。小傘もそれにつられて慌てて頭を下げる。小傘と男はすれ違う。男は何も無かったように、一定のリズムでまた歩き出す。小傘も沈んだ瞳で目の端に霧がかった山々を捉えながら歩き出した。しかし次の瞬間、小傘はくるっと振り向いたかと思うと男の背中に向かって走り出し思いっきり力を込めて男の足を蹴飛ばした。そして回れ右をして全速力で駆け出す。男は何が起きたか全くわからず、思いっきり地面に叩きつけられる。男の着物の中に泥水が入り段々と染みてくる。

「なにしやがる!!」

男は大声で怒鳴ると、手を濡れた地面につけて体を起こし後ろを振り返る。しかし既に小傘の姿は霧の中に消えていた。

 小傘は全速力で走っていた。下駄が地面の泥を撥ねる。跳ねた泥が足やスカートにべったりとつく。前方から飛んでくる雨が顔に当たってうまく目が開けられない。息が上がってくる、もう走れない。小傘は泥だらけの地面に倒れるように寝っ転がった。倒れた音は雨音にかき消された。少しだけ泥が口の中に入り、じゃりじゃりした感触が広がる。ひんやりとした泥水の感触が肌に伝わってくる。小傘は右手で手当たり次第に地面のぬめっとした泥を掬い取ると倒れた姿勢のまま辺りに滅茶苦茶に投げ出した。草が濡れた時のような爽やかな香りが小傘の鼻についた。辺りに泥が跳ねる音がする。雨が跳ねる音がする。

「ヘヘヘヘ」

暫くして笑いがこみ上げてきた。小傘は泥を投げつけまくると、体を起こして暗い空を見た。空は見渡す限りの灰色で雨はまだやまなさそうだ。口の中に雨が入ってきたので、ぺっと地面につばを吐く。その後なんとなく寂しいような、空しいような、虚無的な気分に襲われた。小傘の目に涙があふれる。初めは涙を拭う程度だった。涙が降る雨と混ざって地面に落ちた。しばらくして耐えきれなくなり、なるべく声を殺すように泣いた。

ひとしきり泣いた後小傘は手元に傘がないことに気づく。男を蹴飛ばした時に忘れてきてしまったのだろうか。小傘は大急ぎで傘を探しに元来た道を駆け出した。途中で石につまずいたが、なりふり構わず全力で走った。戻ってみると傘が泥だらけで地面に転がっていた。大急ぎで地面に拾い上げて、雨で泥を丁寧に落とした。傘を撫でるとごわごわした感触が伝わってくる。

「ごめんね、一人にして……」

傘はぐったりとしていたが、開いてみるとどこも折れたりはしていないようだった。小傘はとりあえず安心すると傘を丁寧にゆっくり閉じて両手で抱きかかえると急ぎ足でどこかに去っていった。

 どんどんと扉を叩く音がした。博麗霊夢が不思議に思って、用心深く少しだけ開けて覗いてみると全身泥まみれの小傘の姿が。寝巻き姿のまま霊夢はがらりと扉を開ける。

「あんた、どうしたの?」

しかし小傘は下を向いたまま黙ったままである。

「まったく、黙ってたら何も分からないじゃない。大体ここがどこか分かって来たの?」

小傘は持っていた傘を少しだけ強く抱きしめるとこくりと小さく頷いた。

「あーもう、分かったわよ。さっさと中に入りなさい」

博麗神社の中は天気のせいか、それとも一部雨戸が落ちているのかとても暗く廊下の先の方は目を凝らしても真っ暗である。神社の中ということもあって小傘は若干の恐怖を覚えた。神社特有の埃っぽいような香りがする。小傘は霊夢に居間まで案内される。あまり寛げず、壁の染みの数を数えていると霊夢がお盆に湯のみを二つのせて戻ってくる。湯気が低い部屋の天井にまで当たって跳ね返る。

「ほら、寒いでしょ。飲みなさい。だいたい、何よその恰好。ほら、洗濯してあげるからお風呂にでも入りなさい。さっき沸かしたのよ。服は適当に出しておくわ」

小傘は断わったが腕をつかまれると奥の脱衣所まで無理やり連れてかれ、あっという間に服を脱がされたと思うと風呂の中に蹴飛ばされて湯の中に突っ込まれた。

「熱い、熱い、死んじゃうよ」
「そのくらいじゃ、死にはしないわよ。それじゃ適当に体洗いなさい」

霊夢の声はそれだけ言うと聞こえなくなり。足音が遠ざかっていった。蹴られた背中が少し痛む。少しみじめな気分になる。あの男もこんな気分だったのかなと考えながら小傘は湯に顔を沈める。初めは熱くて全身がぴりぴりと痺れるような感じだったが段々と慣れてきて少し幸せな気分になってくる。頭の中に甘い靄のようなものがじんわりと広がる。小傘は湯船から出ると椅子に座り、桶で湯船の湯を汲んだ。傍に掛かっていた手ぬぐいと石鹸を手に取るとこするようにして泡立てて、体を洗う。そうしているうちにまた足音が近づいてくる。

「ここに着替え置いておくわよ」
「あ、ありがとう」

小傘は慌ててお礼を言うと、足音が遠ざかっていく。浴槽に蓋をして風呂場から出ると脱所に寝巻一式とタオルが綺麗に畳んであった。神社特有の埃っぽい匂いと石鹸の香りが混ざったような匂いがした。綺麗に体を拭いて、寝巻を着る。サイズが合わず、袖が長かったので腕を捲るが下に落ちてきたので、しょうがないので諦める。着替えが終わると薄暗い廊下を歩いて居間に向かって歩いて行った。少し怖かったのでなるべく床を見るようにして歩いた。

 居間では霊夢が座布団を二枚重ねてそれを頭に当てて寝転がり小説を読んでいた。小説の題名は手で隠れて読めない。小傘の傘は壁に立てかけてあった。ちゃぶ台の上には二人分の夕食の用意がしてあった。

「お客さん?」
「何、寝ぼけたこと言ってんの。あんたの分に決まってるじゃない。さっさと食べるわよ」
「うん……」

霊夢は起き上がると小説に栞を挟んで大事そうに畳において座布団を引き直す。二人で手を合わせて食事を始める。茶碗一杯の米、漬物、みそ汁、焼き魚。二人はちゃぶ台に向かい合わせで静かに食事した。窓ががたがた鳴っている。雨が強くなったのだ。小傘の茶碗を持つ力が自然と強まる。

「どうおいしい?」
「あんまり……」
「そこは嘘でもおいしいって言いなさいよ」

 食事を終えた後、小傘は霊夢に言われて奥の台所で皿を洗う。霊夢は寝転がって再び本を読む。聞こえるのは雨音のみである。

「お皿洗ってきたよ」
「ん、ありがとう」
「何読んでるの?」
「探偵小説」
「探偵小説?」
「人が死んで殺したやつを捕まる話」

小傘は恐怖した。人間の娯楽というものはなんて恐ろしいのだろうか。人の不幸は蜜の味というそうだがそういうことだろうか。

「あんたも暇なら読む?」
「いや、いいです……」
「ふーん。まあいいや、というかあんた泊ってくんでしょ」
「え?」
「布団一枚しかないから、あんたは座布団敷いて寝なさい。
「うん……」

霊夢はよいしょと言って立ち上がると小傘と共にちゃぶ台を部屋の隅に立てて、押し入れから布団を出す。霊夢は布団をぱんぱんと叩くと寝具を上にずれないように重ねて、ごろんと横になった。小傘も座布団を重ねて寝床を作ると横になる。時計の秒針の音が聞こえる。ページをめくる音が聞こえる。雨が窓に当たる音が聞こえる。一定に刻まれる音を聞いていると段々と意識が薄れていく。小傘は知らない間に寝てしまっていた。

 夢を見た。小傘は雨の中、霧がかった道を歩いている。少し先で体が白馬で胴体が黒い靄に覆われた生き物が現れた。何故かこの生物の名前を小傘は知っている。しかし知っているという実感だけで具体的な名前が出てこない。この生物は怒っているのか、小傘の傘を踏んづけたり蹴ったりを繰り返している。声を出そうとしても声が出ず、前に進もうとしても進まない。そうこうしているうちに、傘は嫌な音を立てて二つに折れる。小傘は悲鳴を上げるが声が出ない。ふと足元を見ていると傘が足元に転がっており、自分で踏んづけていた。

 小傘はがばっと跳ね起きた。体中汗まみれで、寝巻がぐっしょりと濡れている。辺りは真っ暗である。急いで小傘は壁に立てかけてある傘を確認するがどこも変わったところはない。霊夢はすうと寝息を立てて寝ている。窓は風にあおられてがたがたと鳴っている。小傘は傘を手に持つと、もう片方の手で自分の座布団を引っ張って布団に密着させた。そして傘を座布団の上に寝かせると自分は霊夢と傘に挟まれるような体勢で間に横たわる。霊夢は小傘に背を向けて寝ている。小傘は起こさないようにそうっと霊夢に後ろから抱きついてすすり泣いた。霊夢は目を覚ましたが、動かないように寝たふりを続けた。
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コメント



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1.90奇声を発する程度の能力削除
雰囲気が良かったです
3.100電柱.削除
描写が凄く上手いなぁって思う
4.70名前が無い程度の能力削除
嗅覚が大事なんですね。良かったです。
5.100ヘンプ削除
情景描写がとても良かったです。
小傘は恐れているんでしょうね……
6.100名前が無い程度の能力削除
情景描写が巧いと思いました。
7.100南条削除
面白かったです
雨音が聞こえてくるような雰囲気がよかったです
綺麗な描写でした
小傘「ここで思いっきり背中を蹴り飛ばしたらどうなるんやろうな……」
8.90モブ削除
どういう感想を残してよいのか分からない、「奇妙な作品」だというのが第一印象でした。そして、作中の疑問を突っ込ませないパワーも感じました。御馳走様でした。