Coolier - 新生・東方創想話

うすべにいろ(赤)

2019/09/10 14:54:02
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咲夜「墓地に献花、ですか?」
 
あまりに予想外のフレーズに思わず聞き返してしまった。お嬢様から頼み事を仰せつかって、またプリンでも買いに行かされるのかと思っていたところ、「花を供えてきてほしい」などと言われたのだ。

レミリア「何か不満でも?」
咲夜「いえそんなことは…。ただ珍しいなと思いまして。」

墓参り、それも人間のためにするなんて…。
何とも奇妙な話である。お嬢様は思い付きで月に行きたがるような方だし、多少素っ頓狂な頼み事ぐらいは想定していた。しかしそんな聖人じみたことをする方ではないと思っていたのだが。

レミリア「まあ、私がこんなことをする柄じゃないってのは自覚してるさ。けど、たまにはこういうのもいいだろう?
あ、人里の墓地だけじゃなくて命蓮寺の方にも頼むよ。あっちには妖怪たちも供養されてるはずだ。」

別に人間を弔するわけではないということなのだろうか。ますます意味の分からない話である。とはいえ、言われたことを淡々とこなすのが優秀な従者。頭に浮かぶ疑問符を何とか押しとどめて仕事を承る。

咲夜「かしこまりました。では適当な仏花を見繕ってきますね。」
レミリア「あ、ちょっと待った待った。
実は供えてほしい花ってのはうちにあるんだ。花壇の管理は美鈴に任せてるだろう?彼女からワスレナグサという花を貰っていっておくれ。」
咲夜「ワスレナグサ?」

本当に意味が分からない。自前でお供え物を用意している?あのお嬢様が?しかも聞いたことのない花を。
主の命令には粛々と従いその意図など気にしない、というのがあるべき姿なのだろうが、どうやら私は優秀なメイドではいられないようだ。

咲夜「お嬢様、どうしてこのような命をくださるのでしょう。よろしければ教えていただけないでしょうか。」

かくして私は、今まで見て見ぬふりをして来た幻想郷の姿を、それに対するお嬢様の思いを、深々と胸に刻むこととなったのだ。



レミリア「そうだね、まずは件の花について話そうか。
ワスレナグサ、英語でforget-me-not。これはヨーロッパ原産の小さな植物だよ。膝丈程度の大きさで、春に指先サイズの小さな青い花を咲かせる。有名どころでいうとネモフィラなんかの仲間さ。
ちなみにうちで咲いているのは品種改良で赤くしてもらってるよ。といっても薄紅程度だけど。」

有名どころなどと言われても、ネモフィラなんて聞いたことがない。私はもうずっと紅魔館のメイドとして過ごしてきたのだ、お花が趣味などというメルヘンな人間ではない。
そんな気持ちを読み取ったのか、お嬢様は説明を続けてくださった。

レミリア「ピンとこないようだね。まあ土手に生えてる野草みたいな見た目だと思ってもらっていいわ。実際道端で見かけるような植物だしね。」
咲夜「はあ。では何故そのような花を供花に?」
レミリア「逆に聞こうか。ワスレナグサという名前を聞いて咲夜は何を思う?」
咲夜「ワスレナグサ…。見た目や生態からの命名ではありませんよね。確か英語ではforget-me-not。どちらにしても『忘れてはならない・私を忘れないで』という意味ですか。何やら謂れがありそうな感じですね。」

流石のお嬢様も、ただの雑草をお供えするという発想をしたわけではないようだ。
主の常識に対する謎の安堵を覚えながら、名前の意味に考えを巡らせる。「私を忘れないで」という意味なら、確かに供花としてありなのかもしれない。

レミリア「分かってるじゃないか、大方その通りだよ。この花の語源は中世ドイツにまで遡るわ。といっても大層な物語があるわけじゃないけど。」

お嬢様は少し遠い目をして話し出した。故郷に思いをはせているのだろうか。

レミリア「とある男が恋人と共に川のほとりを歩いていると、美しい花が目に入った。男は恋人のためにその花を取ろうとするが、誤って川に転落してしまう。川の流れに飲まれながらも男は最後の力を振り絞って花を岸に届け、『僕を忘れないで』と言葉を残して沈んでしまった。女はその言葉通りに男のことを偲び続け、彼が採ってくれた花を生涯大事にし続けました。そうしてこの花はVergissmeinnicht、直訳してワスレナグサと呼ばれるようになりましたと。身も蓋もなく言ってしまえば、まあありがちな由来譚といったところかな。」

正直なところ、特に感嘆めいた感情を覚えるようなことはなかった。お嬢様の言う通りベタな話だと思ったし、悲恋伝説にいちいち感動するほどチョロい感性は持ち合わせていない。
しかし先ほどの話によれば、このワスレナグサは紅魔館で育てられているらしい。お嬢様もこんなお涙頂戴ストーリーに共感するような方ではないはずだが、どうしてこの植物を大事にしているのだろうか。

咲夜「消えていく者のことを忘れないで、という語源ですか。」

それまで笑顔で話していたお嬢様の顔が少し曇る。いや、曇るというより真剣で、少し悲しそうな表情だろうか。

レミリア「ああ。そしてそういう意味があるからこそ、私はずっと前から美鈴に直接頼んでこの花を育ててもらっていた。紅魔に関わるものは決して忘れはしないという私なりの決意表明だよ。」

お嬢様が私たちにそこまで思い入れを持って下さるとは。まったくもって意外ではあるが、素直に嬉しい言葉だった。
とはいえ、お嬢様の物憂げながらも真っ直ぐな表情を見ていると、その思い入れは単に紅魔館に務める者だけに向けられたものではないような気がしてくるのだった。


レミリア「ところで…、この世界は現世で忘れられたものたちの流れ着く先だろう?」

急な話題転換。突然のことに反応を返せなかったが、その内容は至極当たり前のことだった。そう、幻想郷は、人々の記憶から消え存在を否定されたものたちの最後の楽園。
なんだか話の雲行きが怪しくなってきたようだった。

レミリア「でもそんな幻想郷でさえ忘れ去られていく悲しい存在はあるもんだ。木端妖怪や力のない人間たちがその代表例だよ。強いものたちの気まぐれで、いともたやすく彼らは消えてしまう。終わらない冬のせいで一体何人の人間が餓死に追い込まれたか、打ち出の小槌によって一体いくつの付喪神の命が弄ばれたか。
そんな弱い奴らは大勢いるってのがまた問題なんだ。彼らの命は数多の犠牲の中の一つにまで希釈され、挙句の果てに彼らの生き様はおろか、消えてしまったという事実さえ風化していってしまう。」

まったくもってその通りだった。幻想郷は弱肉強食の世界である。弱いものは簡単に命を落とす。ただでさえ取るに足らない存在なのだ、死んでしまえばすぐ忘れられてしまうだろう。(妖怪にとっては「死=忘却」の場合もあるからまたややこしいだが)
自明なことなのだ。ただ当たり前の事実なのだ。そんなことは。
なのに何故、何ともいえない居心地の悪さを感じるのだろうか。
お嬢様の纏う雰囲気にいつもの朗らかさはもうない。自分が強いもの側にいるという自覚があるからなのだろうか、声に強張りを感じる。膝の上で組んだ手には心なしか力が込められているようにも見える。

レミリア「それに加えて、消えゆくものたちは今や仲間たちの記憶にも留まらなくなっている。
最近は幻想郷の生活レベルも大分向上しているだろう。日々が豊かになるとどうなると思う?死者の事なんか気にする暇なんてなくなっていくんだよ。死者に拘っていては日々の楽しさは半減するし、幸福な日々は往々にして忙しいものさ。
救いのない話だよ。無造作に生を奪われ、気にも留められず、仲間からさえ忘れ去られる。彼らの存在は雑草みたいなものなんだ。」

何だか自分が責められているようで、思わずたじろいでしまう。豊かな生活を前にして、都合の悪いことからは目をそらしていたという事実。指摘されてしまえば否応なく直視させられる。
思ってみれば、私は死んだものたちのことを積極的に無視しているのではないか。毎日のように死人が出るのだからと、あの世の話よりも己の明日が大事なのだからと正当化を繰り返して。
命に対して、今や私はあまりに鈍感になってはいないだろうか。
そんな風に内省しながら話を聞いていた私にとって、「雑草」という比喩は、あまりに鋭く突き刺さるものだった。

咲夜「雑草、ですか…。」
レミリア「ああ、雑草だよ。だけど本来雑草という草はないんだ。死んでいった者たちには名前があり、生き様があった。忙しく幸せな日常に埋もれようが、強者の横暴のせいで死んだ数百分の一に矮小化されようが、彼らの存在は無に帰されていいものではない。
だから私は、消えゆく小さきものたちを決して忘れはしない。忘れさせはしない。それがこの幻想郷で大きな力を持つ立場としての責務。」

耳の痛い話だ。
何より主の思いに気付くことなく過ごしてきた自分が恥ずかしい。お嬢様は、見向きもされないようなものたちに、こうも寄り添っていたのだ。


レミリア「さて、ここからは今後の話。
直近二つの異変で何が起こったか覚えているかい?」

今後の話、とはどういうことだろうか。
直近の異変といえば、もう一人の賢者によるものと、地獄の動物霊によるものだったか。

レミリア「天候不順によってまた人里で多くの犠牲がでた、地獄の覇権争いで一番血を流したのは末端の妖怪たちだった。また小さきものたちがたくさん消えたんだ。
でもその一方で遺された中には、忘れ去られる死者たちのことを嘆き、悲しみ、怒りに震えるような奴らもいる。」

遺族などのことを指しているのだろう。人が死に世間の記憶から消え去ったとしても、遺族の心には残り続けるはずだ。

レミリア「彼らは死んだ同胞が空虚な存在に成り下がることに我慢できなくなっている。幻想郷の強者に対して突きつけようとしているんだ、これがお前たちの消し去ったものたちだと。
そして、そういうふつふつと滾るような思いは、自ずとこの紅魔に集まるものだよ。直接言わずとも彼らの魂の叫びは、私の耳に届く。
紅とは情熱の色、迸る血の色。彼らの滾るような思いを受けて、紅の主たる私が何もしないわけにはいかないだろう?」

いつの間にかお嬢様の声色は、大勢に語り掛けるような、演説めいたものになっていた。
もう分かる。お嬢様はただ追悼がしたいのではない。ワスレナグサの献花という象徴的な行為は、開戦の狼煙なのだ。それが示威行為程度に終わるのか、反乱の様相を帯びるのかは分からない。しかしお嬢様は、虐げられてきたものたちのために動くつもりなのだ。



レミリア「さあ、咲夜そろそろ墓場に行ってらっしゃい。行って哀れな雑草たちに伝えてくるんだ。お前たちが生きていたことも、無残に手折られたことも忘れはしないし、忘れさせもしないと。そしてお前たちがその存在を取り戻そうとするとき、紅魔はその紅き思いに最大限応えよう、と。」
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コメント



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4.70ヘンプ削除
忘れられないようにしたいとレミリアは思ったのかな。そんな風に思いました。
7.100モブ削除
このレミリア様は果たして動くのか動かないのか。レミリアがこの考えに至ったきっかけや前日譚を見たいなあと思ってしまいました。面白かったです。
9.50名前が無い程度の能力削除
あんまり見ないタイプのレミリア。
カリスマといえばカリスマだけど、そこまで肩入れする理由にはあんまり納得できなかった。
何もしないわけにはいかない。なぜ?ってなる。
10.100終身削除
ワスレナグサという名前に強い個性のある花と名前は確かにあるのに忘れられてしまっている雑草の対比が印象に残りました 眷属や咲夜が初めての人間のメイドというわけでもないかも知れないし今まで何度も別れを経験してきてそうなレミリアらしい感性だなと思いました