Coolier - 新生・東方創想話

櫛ト簪

2019/09/08 20:47:44
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 僕の鑑定眼は人一倍優れていると自負している。物の価値は見る人によって変わるものであるが、その中から妥当な値段をはじき出し、取引を行う感性を商売人は持っている。重要なのは眼だ。もともと備わっている名称と用途がわかるという僕自身の能力もそうだが、それ以上に霧雨商店で働いていた経験が大きい。相手を見て、似合いの品を勧める、その技術は修行時代に培ってきた。
 そんな商売人としての矜持を持っている僕だが、店に来るのは客ではない者ばかりであるため、その能力を発揮する機会が少ないのが悩みの種だ。季節はもう春だというのに鶯やメジロではなく、香霖堂では今日も今日とて閑古鳥が元気に鳴いていた。
 時刻は眩しい日差しが差し込む昼下がり、昼食を食べ終えた僕は午前中に仕入れてきた商品を棚に陳列している最中であった。雪が溶けて歩きやすくなってきたところである。冬の間は殆ど無縁塚に行けなかったため、今日は多めに仕入れてきた。
 カランコロン
 作業を遮るようにドアベルが鳴った。客であることにわずかながら望みを抱いていらっしゃいと声をかけた。
「はぁーあったかい、此処はホント天国ね」
 ドアを開けて入ってきたのは霊夢であった。残念ながら客ではなかったようだ。彼女はストーブにあたりに来ているのだ。春が来たとてまだ肌寒い。香霖堂のストーブは絶賛稼働中である。
「寒いなら地獄にでも遊びに行ったらいいじゃないか。温泉とか、素晴らしいのだろう」
 僕自身一度は行ってみたいと思っているのだが、如何せんこの足が動いてくれない。僕の足はこの店に根を張っているのだ。だから仕方がない。
「昼間っから温泉ていうのもちょっと」
「それもそうか。はぁ、煎餅はそこの戸棚にあるよ」
 僕は諦めてお茶の用意をした。商品の陳列も終わり、一服淹れようと思っていたので丁度良かった。
「あら珍しい、遠慮なく。ん、羊羹みっけ」
「あっ」
 わざわざ煎餅に誘導したのに見つけられてしまった。里で並んでまで購入したそれなりにお高い代物なので隠しておいたのだが、彼女は本当に勘が良い。こうなるとどうしても食べられてしまうので、仕方なしに羊羹も用意することにした。
 お湯を薬缶から急須に入れる。ストーブの上で熱することができるためわざわざ台所に行く必要もないから楽である。適当に蒸らした後、急須から湯呑に出涸らしの緑茶を注いだ。
 一啜りして、全部食べられてしまう前に羊羹を一切れ食べた。美味いが物凄く甘い。もっと濃くて渋めのお茶と合いそうだ。出涸らしでいただくのはもったいない。だが僕以上にお茶の味がわかるはずの霊夢は薄いお茶をうまそうに啜っていた。
「ふぅ、春はお茶に限るわ」
 冬もそう言っていた気がする。彼女がお茶以外を飲んでいるところなど見たことはないが、確かに暖かい空間で温かいお茶を啜ることは至福であることに間違いはなかった。外は寒い。今の彼女にとって暖かい液体は体の芯に染み渡るものであったのだろう。
「そう言えば、さっき魔理沙とすれ違ったのよ」
「そうかい」
 今日は珍しく魔理沙は店に来ていなかった。何か用事があるのだろう。彼女は意外と多忙なのだ。魔法を探求したり、弾幕を研究したり、盗みの美学を磨いたり。
「やたら意気込んでいたわね。宴会するんだーって、しかもうちでよ。勝手に進められていたわ」
 なるほど、宴会か。きっと魔理沙が幹事なのだろう。人集めに奔走しているに違いない。神社が宴会場に使われるのはいつもの事なので、霊夢は迷惑そうにしながらも拒否はしていないようだ。
「良かったじゃないか、酒も飲めるし、人も集まる」
「妖怪ばっかりだもん、賽銭が入らないわ」
 そうは言っているが、なんだかんだで参加して楽しむのだろう。彼女も宴会好きの一人だ。
「ま、それはそうとして、霖之助さんは来る?」
「僕は遠慮しておくよ」
「やっぱりね」
 迷う時間すらなく即座に答えると、霊夢も初めからそう来るだろうとわかっていたかのようにすぐさま返答した。
 僕は騒がしいのは苦手だ。幻想郷における宴会とは有象無象の酒豪が集う夢想だ。百鬼夜行にも等しい戦地に赴くなんて僕の柄じゃない。
「何、僕は一人花見酒に勤しむさ」
 いい酒がある。独り占めする贅沢を味わおうではないか。丁度窓から桜のような梅のような花も見える。魔法の森の木なので、何の花かは皆目見当もつかないがそれなりに美しいので良しとしよう。
「二次会の会場は決定ね」
「勘弁願いたい」
「冗談よ冗談。花見ねぇそう言えばあいつも来るのかしら」
 この季節で霊夢の言うあいつというのは大体検討がつく。多分あの胡散臭い大妖のことだ。
「さあて、起きていれば来るんじゃないか。彼女も宴会好きの一人だろう」
「まあそうでしょうね、はぁ」
 そのため息に内包された霊夢の感情を僕が読み解くことはできなかった。結局いつものように何も買い物せず、霊夢は帰ってしまった。外はすっかり暗くなっていた。


 霊夢が帰ってから暫くして、僕は窓から入ってきた風に肌寒さを感じた。ストーブを確認してみると火が弱まっているのがわかった。どうやら燃料切れらしい。冬の間は定期的に補充が来ていたのだ。
「はぁ、仕方ない」
 今日は湯たんぽでも用意することにしよう。寒さをしのぐ術がなければ満足に眠ることすら厳しいのである。
「丁度よく来てくれないだろうか」
 ぼそりと呟いた。すると目の前の何もない空間に爪を立てたように亀裂が走った。その亀裂は傷口のように徐々に開いていき、紫色の裂け目となった。そして、その裂け目からひょこりと少女が顔を見せた。
「こんばんは」
 噂をすれば影、壁に耳あり隙間に紫である。神出鬼没を体現したような彼女は玄関という店と外界の境界を容易に無視して踏み込んでくる。目的のたいていは商品の査定だ。この店は外の世界の物を扱っているのだが、まれに危険物も混じっている。あらゆるものを操作できる箱なんて代物もあった。それらを監視しているのだそうだが、危険だと判断するや否や勝手に持ち去ってしまうので商売あがったりなのである。
 僕はこの少女が、明言してしまうが苦手である。彼女の笑顔はどことなく不気味なのだ。
「こう寒さが続くと、いろいろと困っているのではないかと思いまして、そう例えば空調管理とか」
 上半身のみを裂け目からのぞかせて彼女はそう言った。にやりと目線を一度ストーブのほうに向けたので事情は知っているのだろう。
「わかっているならばさっそく交渉に入りたいのだが。どうも営業トークや雑談は苦手だ」
「あら、得てなのではなくて。普段の情熱的な語り口はどうしましたの」
「生憎だが、それは詳しい説明が必要だと判断しているからだよ。話がそれた。寒いのは君も苦手だろう、早い所火を焚きたい」
 僕がぶるりとわざとらしく身震いしてみせると紫は裂け目からひらりと舞い降りた。そしてあるものを取り出した。
「暖をとるならこんなものがありましてよ」
 取り出したものをひょいとこちらへと投げた。僕の掌に収まったそれはライターであった。火をつけるための道具だ。幻想郷ではまだマッチのほうが広く出回っているが、ライターの仕組み自体はそう難しいものではないため、里で作られたものが一応流通している。
「ふむ、外の世界のか。だが、これでは小さすぎるよ」
 デザインはこちらでは見かけないものであったため珍しいことは確かだ。僕は試しに火をつけてみようと着火ボタンを押してみたが、空気の漏れるような音が聞こえるだけであった。
「ガス切れじゃないか」
「人非ざるあなたにぴったり」
 確かに人は火と在る者だ。獣が本来恐れる炎という現象を克服したからこそ神に近い姿をとっているのだ。だがそれはそれだ。半妖である僕も火を扱うことはできる。
「妖怪だって火を使役するじゃないか」
「冗談よ。それにこのライターの用途は普通とは違うわ」
 思わせぶりにそう語るのが気になったので能力を使ってみた。名称はガスライター、用途は火をつけることであった。いたって普通のライターである。
「あら、わかりませんこと? これは話の火種を撒くものよ」
 それを言うなら話のタネだ。
「火種じゃあ建設的じゃない」
「妖怪ですもの。口火を切って招くのは災いくらいなものですわ」
「ならば厄が回る前に帰ってくれ」
 厄介なことになって霊夢か魔理沙あたりに焼きを入れられるのは僕の方なのだ。面倒ごとは御免こうむりたい。ため息をわざとらしくついて見せるとそれが面白いのか、賢者はくすくすと笑っていた。
「まあそう言わず。ああ、それは差し上げますわ。ついでに燃料はいかほど必要かしら」
 僕としてはそちらが本命なのだが、交渉に移れるようなので余計な口を挟まないことにした。
「燃料だが量は少なめでいい。それで、対価は品物か金銭か、選んでくれ」
「切り替わりが速いですこと。物々交換でお願いしますわ」
 彼女にとって金銭など必要のないものなのだろう。紫は外の世界の燃料を異空間から取り出して僕の目の前に置いた。丁度春を乗り切れるくらいの丁度いい量だ。
 この量なら少し高価な道具なら一つで足りるだろう。となると化粧品や日用品などの小物が良い。幸い丁度良いものが入荷したばかりだ。
「この簪なんてどうだい」
 僕が取り出したのは、ガラス細工をあしらった木製の簪であった。品格があり、どこか奥ゆかしさを感じさせる装飾だ。素朴過ぎず、かといって派手すぎないそれは彼女に似合いの逸品だと思った。良質で似合いの一品をお客様のために選定するのも商人の役割である。僕は自信をもって簪を勧めた。
「あら、素敵ね」
 紫は簪を受け取り、しばらく考えるそぶりをしていた。
「うーん、ですがこちらにしておきますわ」
 そう言うと簪を棚に戻し、傍にあった櫛を手に取った。
「そうかい。おお、お目が高い。その櫛は柘植の木でこしらえた逸品さ」
 結局は僕が見繕った品ではなく、自分で見つけた品を選んだようだ。手に取った櫛はこれもまた木製で、目が一直線に並んでいるタイプのものだ。楕円型で花の彫刻があしらわれている職人の意向が光る逸品で、飾り櫛にも使える。値段も簪と似たようなものである。僕は簡潔にそのことを説明した。
「ふむ、いただいていきましょう」
「毎度あり」
 紫は懐にそっと櫛をしまった。たった一つの所作がなんとも優雅に見えるのは気のせいではないだろう。
 不思議な少女だ。浮かべた笑みの奥に怪しさが宿っている、だが作り物ではない自然な表情だ。きっと彼女は僕とは違ってどこまでも妖怪なのだろう。だから美しく映るのだ。本能的に恐れているはずの闇夜になぜか人が惹かれるように。
 そんな夜が目を覚ましているということは明日の宴会にも参加するのだろう。霊夢が困ったような顔を浮かべている様子が想像できる。そう言えばつかみどころがない点は互いに似ているかもしれないと思った。
「宴会の事は聞いているのかい」
「初耳ですわ」
 情報を聞いてこない辺り、どうやら嘘のようだ。きっと知っていたに違いない。式神が聞いたのか、はたまた宴会好きの小鬼が伝えたのか。おそらく前者であるが、詮索しても仕方がない。
「楽しみね。ではごきげんよう」
 紫は空間の裂け目の中に戻っていった。楽しみというのは大勢で酒が飲めることか、それとも霊夢たちをからかえることか。もしかしたら別の楽しみもあるのかもしれないが、なんにせよ明日は宴会である。もしかしたら気分が浮ついて財布のひもが緩くなり、香霖堂で高い買い物をしていく特異な客が現れる可能性が無きにしもあらずである。万が一を想定しておこう。希望はいいものである。
 僕は淡い期待を寄せながら店じまいをすることにした。


 次の日、結局神様どころか冷やかしすら来なかった。強いて言えば魔理沙が宴会に誘いに来たくらいだ。いつものように断ると「だと思ったよ」とうんうんと頷きながら返していた。返事がわかっているなら来る必要ないだろうと言うと「まあな」と笑いながら答えていた。
 魔理沙の魂胆はわかっている。宴会に参加しなかったことを理由に何かしらたかるつもりなのだ。たぶんだが「大変だったんだから幹事をねぎらえ」とか何とか言うのだろう。知らなかったで済まされないようにわざわざ知らせに来たのだ。仕方がないので今日あけるつもりだった日本酒を飲み切らずにとっておこうと思った。
 天狗の新聞によると今日は一日晴天が続くそうだ。からりとした陽気は気持ちのいいものであった。これなら夜も晴れるだろう。絶好の一人酒日和になりそうだ。花見で一杯、月見で一杯、これで二役だ。
 まだ夕方であるが僕は早めに店じまいすることにした。するとカランコロンとドアベルが鳴った。
 早くしめようと思った時に限って誰かが来るのだ。商売する気分に切り替わらないまま僕はいらしゃいませと声をかけた。そもそも気分で商売するものではないのだが。
「やる気のない声ね」
 来訪者は霊夢であった。もう少しで宴会が始まる頃合いのはずであるため、入店の目的はわからなかった。誘いに来たというふうでもなさそうである。
「どうしたんだい」
「いえ、ちょっとね」
 珍しく言葉を濁すと霊夢は商品の陳列棚を物色し始めた。少しの間視線を動かしていたが、ある道具の前で止まった。
「これ、いくら?」
 霊夢は商品棚にあった簪を手に取ってそう言った。それは昨日紫に勧めたものであった。
 僕は面食らってしまった。天狗の新聞などいい加減なものである。今宵の月見酒は中止になりそうだ。
「失礼なこと考えているのはわかるわ。じゃあ雨が降らないようにこれ持ってくわよ」
 霊夢が財布をしまおうとしたため、慌てて僕は制止した。せっかく来訪者が客に変わったのだからふいにすることはない。たとえこれが彼女の気まぐれだったとしても、好機であることに間違いはないのだ。
「まぁ、こんなところだね」
 僕は妥当な値段を提示した。それでも里で同じ品質のものを買うよりは安い筈だ。霊夢はその額通りの金銭を取り出した。
「しかし珍しいね。景気が良いのは結構だ」
 霊夢は決して無一文というわけではない。しかし普段は此処での買い物をすべてツケで済ませていた。理由はわからないが、きっと彼女なりの子供じみた甘えなのだろうと僕は思っていた。
「ショバ代よ、ショバ代。参道に勝手に屋台とか開くんだもの。みんなそこで散財してお賽銭なんて入れやしないわ」
 僕はあえて余計なことを言わないようにした。しかし合点はいった。屋台が並ぶ、しかも霊夢に場所代を支払う者までいるとは、相当大々的な宴会のようだ。財布のひもが緩くなる者が出るかもしれないと淡い期待を寄せていたが、なるほど金は天下の回りものである。
「霊夢が簪ね。それも珍しい」
 色気づいたと言うと少し助平な気もするが、霊夢が選ぶにしては少々背伸びしたものであると思った。結ってみれば案外似合うのかもしれない。
「いいでしょ別に、目についたんだから」
「まぁ眼鏡に適ったようなら何よりだよ。毎度あり」
 霊夢は簪をしまい、店を出ていった。小躍りしているわけでもないがその背中はなんだか嬉しそうだった。これから少女たち宴が始まる。霊夢も気分が昂っているのかもしれないと思った。
 僕はその日、月を眺めながら酒を煽った。騒がしさも宴の一興だが、僕にはこれが似合いだ。何が良いって、酒と風情を独り占めできる。空に浮かんだ無慈悲な夜の女王とサシで飲み明かす贅沢、こう書くと気障であるがその感覚に酔いしれてしまう自分がいるのも事実なのだ。
 ……冷静に考えると恥ずかしい気もするが、このほてりはきっと酒のせいだ。そう思い込むことにした。


 目が覚めると、日付が変わっていた。お月様はその姿を隠し、太陽が昇っていた。光を浴びることは健康に良いというが、今の僕には少々毒だ。店に避難したあと汲んだ水を一杯飲み下した。そして眠い目をこすりながら晩酌の片付けをした。
 片付けも終わり、ようやく意識が冴えてきたころ、カランコロンと来店を知らせる音が聞こえた。棚を整理していた僕は首だけ動かして入口に目をやった。訪問者は紅白の少女、霊夢だった。
「やぁ、いらっしゃい。宴会は盛り上がったかい?」
「まあね。おかげで片付けに手間取るのなんの。まだ騒いでいる奴もいるけど」
「そうかい、それは大変だ。此処は静かだ、ゆっくり休むと良いさ」
 僕はそう言いながらお茶を淹れてやった。宴会の翌日に香霖堂に来た理由は大体見当がついている。休憩所として利用しているのだ。霊夢は霊夢で喧騒に疲れたのだろう。大方鬼か天狗辺りがまだ神社に居座って飲んでいるに違いない。追い出すのも面倒になって避難してきたのだ。
 幸い香霖堂は僕という騒音とはかけ離れた存在が営業している。店とは城のようなものであるため、それらから離れるにはもってこいだ。
「此処は此処で喧しいけどね、主に一人が」
「何を言う、この店程静寂な場所はないよ。客が来れば姦しくはなるだろうが」
 霊夢はあきれた表情を浮かべ、お茶を啜った。そしてほうと一息ついたところで、おもむろに懐からあるものを取り出した。
「ところでさ、この櫛なんだけど変なもの憑いていたりしない?」
「それは、どこで?」
 僕は少なからず驚いた。その櫛は先日、紫に売ったものと同じだったのだ。
「昨日の宴会でね紫が話しかけてきたのよ。で「後ろ向いて」なんてさ。何しだすかと思ったら、急に私の髪を梳かし始めたのよ」
「ふむ、なるほどね」
 妖怪相手に背を見せる、なんとも無防備で博麗の巫女としてはもってのほかの行動だ。霊夢の自覚が足りないのもあるが、油断できるほど信頼しているのだろう。酔って判断力が鈍っていたのもあるかもしれない。
「ちょっと恥ずかしかったなぁ。「手入れしないとだめよ」なんて小言聞かされてさぁ。で終わったらこれくれたのよ」
 どうやら鑑定目的で来たようだ。香霖堂の元商品だとは知らないらしい。僕はなぜと尋ねた。貰ったものをすぐに売りに出すとはいくら霊夢ががめつくてもしないだろう、多分。
「だってあいつだし、怪しいし、急に髪を梳かすなんてなんの呪いかしら」
「僕に聞かれても答えられないな」
「まぁいいわよなんでも。変な術とかかかってない?」
 僕は一応櫛を受け取り、眼を使った。名称は木櫛、用途は髪の手入れである。不審な点は見当たらない。細工を施されたわけではないらしい。
 この櫛がこの店にあった物であることを伝えるのは野暮な気がしたので僕は商売人らしく、妥当に応えることにした。
「普通で、素晴らしい櫛だよ。かなりの上物だ。ふむ、言い値で買おうじゃないか」
「普通ね。安心したわ」
 そう言うと霊夢は少しだけ頬を綻ばせて、僕の手から櫛をとった。
「これは非売品なの。霖之助さんにはもったいないわ」
 悪戯っぽく霊夢は笑った。僕は安心し、心底残念そうな表情をわざとらしく作って「そうかい」と言った。
 その後、霊夢は一杯のお茶を時間をかけて飲み干し、神社へと戻っていった。
 なんの呪いか。霊夢はそう言っていた。
 僕は答えられないと言ったが理由はわかっていた。なぜ宴会の席で贈り物をするだけにとどまらず、わざわざ紫が髪を梳かしに来たのか。妖怪が巫女の髪に触れる行為にどういう意味があったのか。そう書くと呪い的な意味が含まれるように思えるがなんてことはない。
 文字通り、紫が霊夢を梳いて(好いて)いるのである。


 霊夢が帰った後、僕は日めくりとにらめっこしていた。何か、点と点がつながりそうだったのだ。
「そうだ」
 思い出した。今の時期は昔、春雪異変が解決した頃だ。異変が終わった後だというのに出動して、ボロボロになった霊夢たちの愚痴を延々と聞かされたことを覚えている。
「ということは昨日はもしかしたら」
 カランコロン
「こんばんは」
 ドアベルが鳴った。夕陽とともに香霖堂に入ってきたのは八雲紫であった。ドアから彼女が入ってくることは本当に珍しい。
「いらっしゃい。お客様は大歓迎だ」
「まぁ初めてそんな商売人のような言葉を聞きましたわ」
 紫はそう言った。口元に閉じた扇子を当てて微笑んでいるようだが、不思議と胡散臭さを感じさせなかった。
 紫は陳列棚のほうに身体を向け、商品を物色し始めた。いつもの僕なら、何を持っていかれるかとハラハラし身構えるとこだ。だが、今日はなぜかその様子が買い物を楽しむ里の少女のようにしか見えなかった。
「なるほどね」
 僕はあるものに目がいった。そして小さくつぶやいた。正面からでは見えなかったが、横顔を見て気づいた。髪が結われており、簪で止めてあったのだ。その簪は昨日霊夢が購入していったものだ。
 古来から簪は清めの力が宿る道具と言われている。髪に簪を挿すことは魔払いの儀式なのだ。なるほど、彼女のにじみ出るような妖しさが感じ取れないわけである。
 初めて髪を結っている姿を見たが、違和感は全くなくしっくりときていた。大人びたようであどけない、境界に潜む彼女にこの簪は似合っていた。
 確信が持てた。やはり僕の鑑定眼は人一倍優れているようだ。
恋はまるで櫛と簪 梳いて梳いて挿すの繰り返し。恋はまるで櫛と簪 好いて好いて刺すの繰り返し。
そんな感じ?のゆかれいむでした。
霖之助は語り部が似合うと思うのです。第三者くらいが丁度いい。
灯眼
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コメント



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1.100サク_ウマ削除
良いですね
2.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです
3.100ソータ削除
最高です、霖之助さんの役回りがぴったりでした。
4.100ヘンプ削除
霖之助さんとてもよいですね。
抄く、いいです
5.100封筒おとした削除
素晴らしい話でした
6.100南条削除
とても面白かったです
ゆかれいむを霖之助の視点で味わうという構成が斬新でした
恋はまるで櫛と簪ですね
梳いて梳いて挿すの繰り返しだと思いました
11.100名前が無い程度の能力削除
いいお話でした