Coolier - 新生・東方創想話

風を視たくてスピットファイア

2019/07/23 22:48:12
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 短い締めくくりの文章が、一つの物語に終わりを告げた。
 ハードタイプの裏表紙を静かに閉じて、大きく伸びをする。
 その勢いのまま、左右にも伸びる。羽の結晶が揺れ動き、かちかちと小さく鳴いた。

 パチュリーが書いた本は刺激的で好き。
 今回は、過去に飛ばされた武器商の白髪女が、額当てを付けたヤバい軍人にしこたま武器を売りつける話だ。
 無双モノと言うらしい。未来の武器でホッカイドーを征服していく様は爽快だった。続き書いてくれないかな。

 そして。もう読み終わっちゃったから、その貴重な爽快感が私から消えていく。

「もー駄目。こんなの我慢出来ない。無理」

 私の部屋は地下にあって、換気の設備とかも付いていない。
 昔は問題無かったけど、幻想郷に来てから状況は一変した。
 
 湿度だ。この国はジメジメ度がとんでもなく高い。
 今の梅雨と呼ばれる時期は特に凄いし、おまけに暑い。
 
 物語の爽快感と、現実の不快感。その落差にイライラしてくる。
 本に当たるとパチュリーがキレるので、一呼吸おいてから、近くにあったおもちゃを握りつぶす。
 うむ、この冷静で的確な判断。淑女の鑑ね。

「そうだ、おやつでも食べよ」

 お腹が空いたワケじゃないけど。気晴らし位にはなるでしょ。

 ついでに、作った覚えが無い積み木の家を蹴飛ばして、自室の扉を開く。
 
 この扉も前は結界で封じられていたけど、今は開閉自由な金属錠だけになった。
 いい加減、外出も許可して欲しいんだけどなぁ。
 私に淑女が足りないとか言って。お姉さまには言われたく無いし。

 まあ、ガラス越しの夜空も素敵だけどさ。モノを視るフィルターなんて、目だけで十分よ。
 
 私の部屋と上階だけをつなぐ、螺旋階段。
 それを昇っていくにつれて、雨の音が大きくなっていく。
 しとしと、ざあざあ。なんて軟弱な音じゃない。ずどどど、だ。

「うるっさい」

 お姉さまと咲夜はお出かけ。珍しく、パチュリーと小悪魔も居ない。
 この雨は、私を外に出さない為に降る、魔法の雨。
 術者のパチュリーが居なくても継続する、とても便利な魔法だ。私以外にとってはね。
 
 それにしても、雨脚が強すぎないかな。
 廊下にある僅かな窓から、外を覗く。
 本当なら夜の湖が見えるんだけど、滝のような雨で何も見えない。音がうるさい。
 館が水没したって知らないんだから。
 
 この豪雨じゃ、館に近づく人もいないだろう。美鈴もきっと、詰め所から動けない。
 ついでにやる事も無い。ヒマ、ここに極まれり。
 
 憂鬱と苛立ちでため息を吐いた時、遠くで雷の音がした。
 もう一度、窓の外を見る。もしかして、魔法無しでも天気悪いのかな。

「最悪だわー……」

 再び、食堂へと歩き出す。
 
 小声程度は掻き消す雨音。時折遠くに轟く雷鳴。明かりも僅かな暗い廊下。
 悪魔の館らしい雰囲気の中、いつもより少しだけ大股で歩く。なんか本当にお腹が空いてきたから。
 
 やがて見えてきたのは、他より少し大きな扉。
 私達用の食堂だ。妖精メイド達や来客用の食堂は別に有るから、ここは静か。

 今回用があるのは、その隣。食べ物を準備する部屋。台所、いや、厨房……調理場?
 まあ、とにかく。咲夜がお姉さまと一緒に出かけるときは、必ず何かを作っておいてくれる。

 パチュリー謹製のマジカルキッチン。その隣に置かれた白い小さな箱。マジカルフリーザーだ。
 この箱に食べ物を入れておけば、ずっと冷やし続けてくれる凄いヤツ。別に変身とかはしない。

 フリーザーの扉は、みんなが好き勝手に貼り付けたメモで埋め尽くされている。
 その中で、一番新しい日付のメモ。綺麗な咲夜の字。

『中段のクランベリーマフィンはフランドール様用です』

 マフィン! クランベリー! 素敵が二つもやってきた! 
 よし、食べよう。早く食べよう。今すぐ食べよう。
 わざわざカードの名前にする程度には好きなんだ。流石咲夜は分かってる。
 
「へひひ」

 うきうきしながら、すでに開けられたフリーザーから、咲夜特製マフィンを。

 マフィンを?

「ん……んー?」

 ……なんでフリーザー開いてるの?
 
 咲夜のメモを読んでいた。そして、中身を知って喜んだ。
 そこまでだ。私は、まだ、扉を開けていない。

 しかも、フリーザーの近くに、メモ紙が何枚も落ちている。
 どのメモもしっかり扉に留めてあるから、勝手に落ちる事は無い。
 
 誰かが剥がさない限りは。

「なに? 誰? 誰か居るの?」

 返事は無い。姿も無い。
 雨音が暴れる中、唾を通した喉が鳴り、結晶羽に光が灯る。

「何よ。居るんでしょ。返事しなさいよ。誰なの」

 胸の奥に火が着いて、全身が熱くなってくる。
 感動じゃない。恐怖でも無い。ましてや喜びでも無い。

 怒りと苛立ち。
 人の家に上がり込んで、コソコソと彷徨いて、私のおやつの邪魔をする奴がいる。

 情緒不安定。癇癪屋。私はそう言われている。
 見えない何かが敵ならば。敵がそこに居るのなら。大事なのは冷静さだと誰もが言う。

「分かってるけど……どうしようもないんだから、しょうがないでしょうが」

 思わず呟いた悪態を、口の中で、言葉を増やしながら転がし続ける。
 強者は常に余裕を崩さず、淑女は悪態を口にしないのだ。

「ようこそ、紅魔館へ。お客様のお姿を、どうか拝見させて頂きたく」

 よし、これだな。
 スカートの端をつまんで、腰を落とす。完璧だ。淑女の極みだ。
 素敵なお返事待ってまーす。

 ごうごう、と雨が降る。

 返事は無い。
 
 ざらざら、と窓が騒ぐ。
 
 返事が無い。

 ばりばり、と雷が鳴る。

 返事も無い。

 ぼうぼう、と心が燃える。

 結晶羽の光量が、次第に増していく。溢れた魔力が結晶化した物が、私の羽だ。
 そりゃあもう、光りますとも。だってやる気になったから。
 
 この辺を吹っ飛ばせば、きっと現れる……いや、絶対に引きずり出してやる。
 盛る心に逆らわず、さっそくヤッてしまおうか。

 右の翼を前へと畳む。右手で触りやすい場所へ。
 どれにしようかな? あれにしようかな。
 脳裏に描いた絵柄を想い、結晶羽に指を這わせ、スペルカードを創ろうとした時。

 一瞬、何かが、キラキラと。
 小さく小さく、光った気がした。

「今の……」

 本当に小さな光だった。
 結晶羽の光で掻き消えそうな……いや、逆かな? 羽の明かりを弾いて、光ったのかも。
 青い光だ。でも、何かがおかしい。

 目の前で光っているのに、何処で光っているのか判らない。
 自分でも意味が分からないけど……言葉にするなら、そんな感じ。
 
 とにかく、何かが居るのは間違いない。もう一度、掛ける言葉を選んで放つ。

「そこに居るんでしょ? 黒い帽子の泥棒猫」

 え、黒い帽子? どうしてそんな言葉が……。
 
「 ー  れちゃ かー」
「そうよ。かくれんぼは、もうお終い。さっさと顔を見せなさい……って」
 
 私は今、何に返事をしたの?

 気味の悪さが込み上げてくる中、今度はハッキリと、理解出来る返事が聞こえた。 

「そっちから視えるなんて凄い。いつもなら、気が付かれないままなのに」

 例えば煙と共にとか、例えばノイズが走るとか。
 そういった前触れを一切纏わず、そいつはそこに現れた。

「……あんたさ。もしかして、前にも会った事あった?」
「さあ? 忘れちゃったんじゃないかな。お互いに」

 黒い帽子から緩やかに流れる、癖の強い灰緑色の髪。瞳孔が開いた緑の瞳。
 鈴蘭とラナンキュラスをあしらった、明るい色の服。
 紫色のコードと、閉じた眼のようなモノ。
 風と飴を混ぜたような、声を装う音の群れ。

 さっき青い光は、上着に付いた宝石みたいな飾りが光ったのか。
 それにしても……初対面のハズなのに、何度も見たような、何度も聞いたような。

「どこから入ってきたのよ。こんな雨の中」
「ドアかな。いや窓かも知れないし。んー、まあ、入れるトコから」
「ええ……自分で覚えてないの?」
「知らないだけよ。いや、分からないというか、そういう」
「あー分かった。あんたバカなのね」
「そのマフィン美味しそう」
「聞けよ!」

 ふわっふわ過ぎて会話にならない。脳みそ綿アメかコイツ。
 ひとまず、フリーザーの扉を閉めて、私のマフィンを防御する。

「これは私の。あんたのじゃない」
「他人とマトモに会話したのも久々でさー」
「嘘吐け。マトモに会話なんか出来ないでしょ。ていうか既に出来て無いし」

 もういいや。さっさと追い出そう。
 これ以上関わると、私の脳まで綿アメになる。

「出てって。ここは私達の家。あんたの家じゃ無いし、あんたは客でも無い」
「せっかくだしお土産が欲しいな」

 とんでもない事言い出した、この綿アメ女。観光地じゃあ無いんだから。 

「はいはいそうね。あんたの死骸とかどうかしらね」
「あなたの死骸がいいな」
「は?」
「飾ったら見栄え良さそう。背中のヤツとか」

 こいつ、本当にそう思ってる?
 ずっと楽しそうに笑っているけど、何だか気持ちがのっぺりして見える。
 
 楽しいって気持ちから、全然動かないみたいだし、楽しいの大きさも、全然変わらない。
 感情を火に例えるなら、ずーっと燻ったまま。もしくは、灰の下の埋火みたいな。

 だからなのか、言葉が本気か冗談か、見ても聞いても分からない。

「まあでも……壊せば一緒か」
「壊す?」

 頭にしよう。綿アメ女は、頭蓋の内もそうなのか、とても気になる。

 生き物も、生きていない物も。一番緊張している"目"を壊すと、全体が一瞬で崩壊する。
 私はそれを探し出し、自分の手のひらに移す事が出来る。
 手に収めた"目"を握りつぶせば、物は壊れる。抵抗も出来ずに。
 
「何してるの?」

 人差し指で宙をなぞり、首を傾げる綿アメ女の、頭を砕く"目"を探す。
 でも途中で、何の前触れも無く、なぞる感覚が消えた。
 
 綿アメ女も消えていた。

「……ッ! また!」

 見えなくなっているのか、あるいは、認識出来ないのか。
 "目"を手に収める前。探す時には、どっちかが必要なのに。
 
 これじゃあ直接吹っ飛ばせない。
 でも、少なくとも、身体はここにあるハズだ。

「やっぱりここら辺を吹っ飛ばそう。そうすれば、どこに居たって!」
「ねえ」

 意外なことに、あいつはすぐに現れた。

「おいしいよ、これ」

 無残に囓られた、私のマフィンを手にして。

「……は?」

 私のマフィンが、無残に囓られている?

 それは、つまり、無残にも囓られてしまったのか、マフィンが、私の、無残に。

「こ、の……わッ! 綿アメェッ!」
「マフィンだよ?」
「知ってるわよ! あんたの事よ! あんたの!」
「私は綿アメじゃないよ?」
「知らないわよ!」

 私のだって言ったのに! それ聞いて食べるって! おかしいでしょ!
 いや、そもそも、人の家の食べ物を漁るな!

 なぞる、宙を。"目"を求めて。
 もう容赦しない。絶対壊す。頭ねじ切ってオモチャにしてやる!

「あーそっか。久しぶりでつい」
「それは自殺願望の事? 湧いてきた感じ? 久しぶりに? 手伝うよ? わたし得意だからね?」
「古明地こいしです」
「は?」

 そいつは、唐突に名乗り、帽子を取って頭を下げた。

「よろしくね」

 古明地こいし……古明地? お姉さまが何か言っていた気がする。
 
「あ、はい。フランドール・スカーレットです。初めまして」
「ランドーちゃん」
「その略し方は斬新ね……フランって呼ばれるよ、フツーは」
「フランちゃん。ごちそうさま。それじゃまた、知らない時にでも」

 消えた。消えたのか? 少なくとも、視えない。
 どうやら、コイツが消えるカラクリは、分からないままになりそう。
 
 まあ、そんな事はもう、どうでもいい。
 間に合った。手に入れた後なら、消えても残る。
 
 あんたの"目"は、もう、私の手に。 

 それじゃ。

「きゅっとして……」

 吹っ飛べ! 綿アメ女ッ!

「ドカーン!!」

 少し離れた、何も無い所で。
 何かが砕けて破裂して。
 紅を放射状に撒き散らす。
 
 花火よりも儚い花火だ。綺麗。
 脳内で演奏される威風堂々に意識を傾ける。スカッと爽やか。悪は去ったのだ。

 そんな爽快の中、べしゃ、どちゃ、という水っぽい音が聞こえた。
 首から上を失って、自分の血に伏したこいしの身体。

「へえ、さっきより美人になったじゃん」

 その身体を、足の裏でガクガクと揺らしてやる。

「とっとと起きなさいよ。どうせ死んでないんでしょ? ほら!」

 妖怪なら、頭を吹っ飛ばした位じゃ平気だ。少なくともこいつは、人間じゃないだろう。

 すると、こいしの首の根から……植物のツタが生え始めた。

「えっ、何これ。こわっ」

 首の根から生えたツタは、ヒトガタの頭のような形を取り、そしてすぐにほどけて消える。
 その跡に、こいしの首が再生していた。

 ゆっくりと身を起こし、戻りたての首を回して、私の方を見た。
 目を細め、頬を膨らませて。

「酷いコトするね」
「あんた程じゃ無いよ」

 明るい色の服を、自身の血で紅く着飾った古明地こいし。
 ……何となく、青い血の方が似合いそうだと、しょうも無い意見が頭に浮かぶ。

「また逃げるなら、次は内蔵だけ吹っ飛ばすけど」
「うーん。やめとく」

 血だまりにぺたんと座り込むこいしに、抵抗の意思はないらしい。多分。
 
「それじゃあ、私に言うことあるよね?」
「ウッヘッヘ。お前のマフィンは良い具合だったぜぇ」
「ごめんなさいでしょ! 常識よ常識! これ私に言われるって相当だからね!?」
「もしかして死刑宣告? 次は断頭台で会う感じ?」
「家畜の餌箱よ!」

 お姉さま……私、お姉さまの気持ちがチョットだけ分かった……。
 今度からなるべく、ワガママ言うの止めるように、前向きに善処するわ……。
 
「うん。勝手に食べてごめんなさい」
「最初からそう言えば良いのよ」

 本当なら許さないんだけど、こいつの頭を吹っ飛ばしたら、ちょっと気が晴れた。
 コイン無しでコンティニューさせてあげる。

「私、マフィンの弁償は出来ないけど」
「うん?」
「ウチに遊びに来てよ。私が居るかは分からないけど、お菓子はあるよ」
「あんたの家に興味は無いし、そもそも外に出られないんだよねぇ」
「何で?」
「一身上の都合で」

 もうちょっと淑女になるか、一気に悪い子になれば出られる。かもね。
 お姉さまもカタブツだからなー。

「外は楽しいのになぁ」
「知ってるよ。次に会うときは……まあ、あんたの家かもね。私がその気になったらだけど」
「ウチは家畜の餌箱じゃ無いよ?」
「あーはいはい。そうでしょうね」
「ペットの餌箱」
「……ふわっふわしてる割に辛辣なのね」
「えー。褒めてるんだけどなー」

 そう言いながら、調理場を出て行くこいし。
 挨拶も無しなの? 奔放にも程があるわよ。

「ちょっと」
「なあに?」

 扉の端から顔を出したこいしに、さよなら位は言え、と言うつもりだった。

「……あー、雨降ってるけど」

 どうしてか、どうでもいい言葉が出てきてしまった。

「どうせ私は気にしないよ」
「人ごとみたいに言うのね」
「まあ、そりゃあ、私のことだしね」
「ホンット、会話しないのね。あんた」
「えへへ。じゃあ、さよなら。覚えてたらいいね。お互いに」

 帽子の陰から覗く、空っぽな瞳が微笑んで、いつの間にか居なくなった。
  
 雨も、いつの間にか止んでいた。 

「……ヤバいわね。あいつ」

 変人の多い幻想郷。ましてここは紅魔館だ。
 私を除いた全員が、ストレンジャーな魔窟なのに。あいつも負けない位にアレだ。
  
「仕方が無い。お姉さまのお菓子で埋め合わせてから、もっかい寝ようかなぁ」

 フリーザーに向き直って、お姉さまのお菓子を探していたら、背後で足音がした。

「フラン」
「え、まだ居たの? いい加減出ていきなさいよ」
「ただいま。フラン」

 聞き慣れすぎたその声に、思わず私は二度見した。
 しまった。雨が止んだって事は、つまり、そういう事じゃないか。

 そこには、お姉さまが立っていた。
 
「おッ、おかえり! お姉さまが居なくて寂しかったのよ!」

 あらん限りの媚び声を作り、身振り手振りで喜びを偽装する。
 今の調理場は、飛び散った血肉と骨がそこら中にへばりついている。
 そこに私が居るとなれば、当然、私が疑われる。

 いや、疑いっていうか。やったの私なんだけどさ……!

「悪かったわね。寂しい思いをさせて。それじゃあ一緒にゲームで遊びましょ」
「わーい! ありがとうお姉さま! 何のゲーム!?」
「調理場を汚したヤツの背骨を生きたまま引き抜くゲーム」
「Jesus Christ」

 駄目だ。この状況なら、妖精だって察しがつくよ。
 お姉さまを吹っ飛ばせば、この場はどうにかなる。
 でも、後で死ぬより恐ろしい目に遭わせられるに違いない。咲夜とパチュリーの手で。
 かといって、このままだと私、やわらかフランになっちゃう……!

「今日の夕飯は歯ごたえがありそうね」
「妹の背骨を食べる気なの!?」
「目の前でポン酢ぶっかけてバリボリしてやるわよ」
「ポンッ!? ま、待って! 人ん家忍び込んで、人のモノつまみ食いするあいつが悪いでしょ!」 
「あいつって誰?」
「古明地! 古明地こいし!」

 綿アメ女の名を出すと、姉さまは腰に手を当ててため息を吐いた。

「古明地こいし……ああ、なるほど。何となーく、事情が分かった気がする……」
「酷い話よ。おかげでマフィンを食べ損ねた」
「だからって、家を汚して良いワケじゃ無いけどねッ」
「あたっ。痛い痛い。ごめんなさーい」

 お姉さまは私にガシガシとチョップした後、床を指した指先を、くるくると回して言った。

「私これから、パチェの所に行くけど。そこで口直しでもすれば?」



 ▽



「ん~! 美味しい~!」
「ガッついちゃってまあ」
「何でわざわざ私の書斎で……」

 本、本棚、本の塔。本の山に、本の海。
 視界に入る分だけでも、目眩がしそうな本の群れ。

 私の部屋と同じく、地下にあるパチュリーの書斎。
 そこでお姉さまやパチュリーと一緒に、追加で作って貰ったマフィンを堪能する。

「ごちそうさまでした」

 ああ、もう無くなっちゃった。
 どうしてマフィンは食べると無くなるのかな……無限に復活して欲しい。

「それにしても、古明地こいし。本当にあちこちフラついてるのね」
「あいつ、姿が見えなくなるの。消える能力なのかな」
「私も詳しくは無いのだけど、アレは無意識を操るそうよ」
「無意識?」
「自分の存在を、他人の意識から外させてしまうそうよ。誰も気にしない、路傍の小石になれる能力」

 突然消えたのはそのせいか。
 見えているけど、気にしない。ただ消えるだけよりも、ずっと厄介ね。

「ということは、記憶からも消えるのかしら……気にしていない物の事は、覚えていられないもの……」
「らしいね。流石に他人から聞いた話とかは不干渉だろうが、直接会って知った情報は、駄目かも」

 ふうん……あれ?
 もしかして、最初にこいしと会ったのは、調理場よりも前なんじゃ……?

 服が濡れてなくて、傘も無いって事は、パチュリーが雨を降らせる前から館に居たって事よね。 
 それに、部屋で蹴っ飛ばした、積み木の家。遊んだ覚えが無かったのに。 

 まさか、あいつが?

「ふうん……」
「おや、魔女殿。気になってきたのかしら?」
「それこそ、路傍の小石よりはね……」

 だとしたらあいつ、私の部屋に居たって事になるじゃない!

 どっ、どこから居た!? 下手すると着替え見られたよね!? それどころか、寝顔とかだって……!

「あいつ! もっぺん殺すッ!」
「むぎゅシッ! ちょっとフラン……急に大声出さないでよ……」
「ついでに、私の方を向いてコーヒー吹くのも止めて欲しかった」
「コーヒーまみれになっても素敵よレミィ……」
「私の方を向いて言えよ」
  
 とりあえず、お姉さまの悲惨な姿を見て溜飲を下げる。
 落ち着いた所で、さっき二人が話していた事について聞いてみよう。

「ねえ。さっきあいつの事は忘れちゃうって言ってたけど、私はどうしてあいつのこと覚えてるの?」
「興味を持ったからじゃない? 路傍の小石を必要としている者は、それを気にするし、忘れもしない」
「まあ血まみれにしてやったけどね」
「後で咲夜にお礼を言いなさいよ。掃除と追加のマフィンの事」
「はーい」

 相変わらず咲夜は凄い。
 いつの間にかお掃除も終わらせて、マフィンもあっという間に作っちゃった。

 でも、調理場の惨状を見て『胸のサイズでは敗北のようですね』って言うのは意味が分からない。

 どうして血と肉の飛散具合で胸の大きさが分かるの。咲夜は本当に人間なのかな。怖すぎる。
 だいたい何が敗北なのよ。でっかいお世話よバカ。胸だけに。やっぱ今の無し。
  
「こいし自身もずっと無意識状態で、自分が何をするのか、自分でも分からないらしいわね」
「あー。確かに会話にならなかった」
「そいつには、自分って概念があるのかしら……感情とかも無くなってそうだけど……」
「ううん。感情はあると思う」

 少し食い気味になってしまった反論に、お姉さまとパチュリーが揃って私を見た。

「なんかこう、感情がずっと燻ってる感じなの。火種はあるのに強くならない感じ? よく分かんないけど」
「どうしてそう思ったの……?」
「だって。感情が無いなら、楽しいとも思わないハズじゃん。あいつ、楽しそうだった」

 少なくとも、そう見えた。
 瞳も声も空っぽだけど、楽しそうだった。

「こいし自体は……まあ、風みたいなヤツだった」

 さっき吹いた風の事なんて、誰も覚えちゃいない。
 どんな強さでどこに吹くかさえ、風自身だって分からない。
 
 風を視る事が出来るのは、風に興味を持った者だけ……って、やかましい天狗が言ってた気がする。 

「だとしたら。貴女は結構相性がいいかもね……燃え盛る癇癪女の貴女には……」
「何よそれ。どういう意味?」

 意外なところから、意外な言葉が飛んできた。
 相性が良いって……初対面でマフィン食われて、お返しで頭を吹っ飛ばしたんですけど。
   
「風は火を強くして、そして強い火は風を生む。相互に育て合うのは、良い関係だと思うけど……?」
「それはあり得ないなー」

 立てた人差し指同士を、くっつけては離すパチュリー。なんか腹立つな。

「ま、相性の良し悪しはどうあれ。次にフランとこいしが出会うのは、相当先だろうね」
「それなんだけど。お姉さま」
「どうしたの?」
「あいつね。家に遊びに来て、って言ってたの」

 あれは一体どういう意図で……いや、そもそも意図なんて無いんだろうけど。 

「私、行ってみたい。盗みと覗きの報復に、お菓子を献上させてから、全身を四分五裂にしてやるの」
「やべー事言い出したぞ私の妹」

 こいしを許しはしたけど、マフィンと覗きはツケなんだからね。
 それを支払わせる為には、外に出る必要がある。 

「お姉さま! お願い!」

 私の言葉を聞いたお姉さまは、腕を組んで目を閉じた。

「そうね……貴女も、昔に比べて随分と落ち着い……いや、それは無いか……ごめん、レミリア嘘ついた……」
「それじゃあ!」

 お姉さまが、ゆっくりと組んだ腕を解く。

 細めた目で私を見つめ。

 優しく、優しく微笑んで。

「それじゃあって何よ。駄目に決まってんでしょ。ハウス」

 ぼうぼうと、心が燃える音がした。

「ふざっけんじゃないわよ! 今のOK出す流れだったでしょ! 何なの!? 舐めてんの!?」
「流れじゃ無いし、舐めてるのはフランの方でしょ! 外出とか一生早い! 生意気コくんじゃあないわよ!」
「「3枚! 弾幕格闘!」」

 もう、まどろっこしい事は抜きだ。ここでお姉さまを潰す!
 わかりやすいのが一番良い!

「ちょっと待ちなさい……! それこそ書斎の外でやりなさいよ……!」
「「うるッさい! 炒めて食うぞカビもやし!!」」
「そう……死にたいのね……殊勝な蝙蝠達だこと……!」
「「「5枚! 弾幕格闘!」」」

 またしても、外に出たい理由が増えちゃった。
 あの綿アメ女の所へ、マフィンをたかりに行ってやる!

「日火水符『ロイヤルアキバプリンセス上級』」
「お姉さま! 空から姫のコスプレで基板と半田ごてを持った女が!」
「混ぜ方考えろバカ! 私のを見て勉強しなさい! 夜神紅符『ボンバード・ザ・不夜城』!」
「わーいもうお終いだー主に混ぜ方のセンスー」

 ……ぶ、無事だったらそのうちね!
スピットファイア(spitfire) ○:癇癪持ち 短気者
              ×:マーリン! グリフォン!

風を視たくてスピットファイア。いかがでしたでしょうか。

フランとこいし。どっちも可愛くて困ります(困らない)。
この二人にしては、だいぶ薄軽い雰囲気になりました。書いていて楽しかったです。

それでは。お読み頂き、ありがとうございました。
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コメント



0.210簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
賑やかな感じが良かったです
2.100サク_ウマ削除
こいフラ可愛いやったー!
打てば響く軽快なフランちゃんも可愛いですしミステリアスでふわふわなこいしちゃんもたいへん可愛い。
愉快で賑やかでたいへん良い作品でした。ありがとうございます。
3.90大豆まめ削除
フランちゃん一人称の語りのテンポが凄まじく良くてコミカルで楽しいお話でした。
こいしちゃんも可愛いし、紅魔メンバーも楽しそうだし、ずっとみてたくなる。
6.100モブ削除
風のようなやつっていうのが凄い端的に表しているなあと思いました。面白かったです。御馳走様でした。
7.100ヘンプ削除
クッキーみたいな文章でとても面白かったです!
二人のちぐはぐ感がよかったです。
8.100南条削除
面白かったです
こいフラが出逢って終わりではなく、そこから紅魔館メンバーでのデブリーフィングが始まるところが面白かったです。
11.100終身削除
『素敵が二つもやってきた!』とかお菓子や外出に憧れる少女らしく願望が率直なフランドールが可愛らしかったです こいしの掴み所のない感じもよく伝わってきていい雰囲気になっていたと思います
暴力的な中にもどこか閑静なやり取りの雰囲気が最後に一気にやかましくなるのほんと好きです