Coolier - 新生・東方創想話

病は君から

2019/07/09 19:09:21
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 暗闇の世界から意識が戻る。
 机から頬を離して、瞼を開けた。家のなかには窓から差し込む光。それが眩しくて、目を覚ます。
 瞳に映った光景は、美しいといえるものではなかった。散らかった道具。山積みになった参考書。溢れる丸まった紙のゴミ。良く言えば生活感のある部屋、悪く言えばただの汚い部屋。一般的には後者の意見が正しいだろうか。そんな部屋に満ちる煌びやかな光を見ていたら、大きなあくびが一つ出た。そのまま魂も一緒に出ちゃうかもと、ふざけたことを考えているうちに、また瞼が閉じた。
 眠い。すごく眠い。そりゃそうだと思う。なにせ原稿を仕上げるために、二日も徹夜した後なのだから。不意に、くしゃみが一つ出た。風邪引いたかな、と鼻をすする。ずびり、となかなか良い音がした。ぼんやりとした視界の中、鼻をかむ為に手を伸ばして掴んだ紙は、よく見たら『文々。新聞』と書かれていて、つまりは私の新聞だった。手の届く範囲に、鼻をかめるような紙がないことを悟った私は、もう一度、頬がぺたりと机に付いた。「あー」という単調なサイレンがどこからか、部屋によく響いていた。
 疲れた。すごく疲れた。癒しが欲しい。そう強く思えば、とあるシルエットが頭に浮かぶ。水色の髪。氷の羽。元気いっぱいの妖精さん。ここ最近は何かと用事があって、会いに行けなかった。彼女は私の大事な読者であり、私に懐いてくれている大切な存在だ。彼女は、からかって面白がるのも良し、ほっぺをつつくのも良し、頭を撫でてあげるのも良し、その反応すべてが可愛くて、なかなかやめられない。なにより彼女の「記事にしてくれアピール」は特に可愛いのだ。服を引っ張ったり、甘ったるい声で私に話しかけたり、それでも私が反応しないとき――あえて反応しない振りをしているだけだが、そうすると頬を膨らませて怒るのだ。それがとても可愛くて、彼女に癒されたことは多い。
 いろいろ考えて、会いに行こうかな、と思う。そうと決まれば行動するのは早かった。机から頬を引っぺがし、荒れた髪を整えて、いつもの外着を身につける。カバンに必要な道具を入れて、そのまま肩にかけた。さあ外に行こう。

 玄関の扉を開けると、空気が焼けるような生暖かい香りが漂っていた。青空には早くも入道雲が現れていて、日もまだ浅いのに、確かな熱線を感じ取れた。今日も暑い日になりそうだ。自慢の翼を大きく広げて、向かうは霧の湖へ。私の早さなら五分とかからない。空を切る音のみが耳から伝わり、肌に触れる風が心地良かった。
 目まぐるしく変化する景色の中、私は彼女に会った後のことを考えた。これからの取材に誘っても良いし、そのまま一緒に遊んでも良い。彼女の希望を聞いても良いだろう。どんな選択肢を選んでも、私には魅力的に見えた。夢が膨らむうちに、私の目の前には大きな水溜まり。早くも到着だった。
 湖には、普段から妖精たちが多く飛び交っている。今日も例外ではなく、暗い雰囲気が漂うこの場所とは対称的に、妖精たちの声で活気に満ちていた。飛び交う妖精たち一人一人に注視して、目的の人物を探す。が、どうやら人探しに関しては、彼女の方が上手みたいだ。

「あやっーー!!」

 私の名前を呼ぶ声が聞こえる。振り向くと一人の妖精さんが私に突進してきていた。間もなく私の腹部に衝撃が走る。私をぎゅっと抱き締めるのは、間違いなく彼女だった。相変わらず元気で何よりだ。彼女に話したいことはたくさんあるけれど、まずは挨拶。

「こんにちは、チルノさん」



















 病は君から



















 暑い日差しから逃げる為、私たちは木陰に身を隠して、ひんやりとした草の絨毯に腰をおろした。ここなら落ち着いて話ができることだろう。
 私が手帖を取り出すと、すぐに彼女は自分の近況について話してくれた。氷漬けにした蛙の蘇生に十五回連続で成功したこと。最近の暑さで氷の羽が小さくなってしまったこと。イタズラで紅魔館に侵入したけど、メイド長にすぐ捕まってしまったこと、とか。彼女は思い出す素振りもなく、次々と口から話が飛び出てきた。私もそれを聞いて、最近の彼女がどのように過ごしていたか分かって、妙に嬉しかったし、枯渇しかけていた新聞のネタも潤って、いい感じだった。だから彼女が話すままに、ずっと私は彼女の話を聞いていたし、止める気も、止める理由もなかった。――――そう、なかったけれど……それが三十分、一時間と続くのであれば別である。

「それでね! 明日は大ちゃんとね、どっちが水切り上手か勝負するのよ!」

 まあ私が勝つけどね、と締める彼女。今日の彼女はやけに興奮していて、心なしか口調がいつもよりも早いから、私のメモが追い付かない。ちなみに、いま聞いたので九本目の話題だ。私が書き終えるよりも早く「あとね、あとね」と次の話題を話そうとしている彼女に、私は勇気を振り絞って口を挟む。

「あ、あの~、チルノさん?」
「んっ? なぁに、あや?」
「えっと、ですね。その……」

 そろそろ少し休憩したいです、と言いたかった。だけど、その言葉は下手をすれば「話が長い」と捉えかねない。私が口を挟んだ理由も分からず、首をかしげる彼女にそんな酷いこと言えるだろうか。否、そんなことをすれば、きっと地獄行きだろう。いや、地獄ならましかもしれない。それくらい罪深いことをしてしまうと感じた。だって、私に話をするときの彼女の表情は、眩しいほどに輝いていたから。
 けれど、正直手も辛い。休みなしにメモを取り続けるのは結構堪える。現に、道具を持つ両手が震えてるし、やっぱりここは休憩を……いやいや、それだと彼女が……うぅ……
 私の頭の中で、天秤が揺れ動ごく。皿の片方には私の正直な気持ち。もう片方には彼女を思う気持ち。ゆらゆらシーソーのように蠢いていた。私にもどちらに皿が傾くかなんて分からず、ただ静かに見守っているとき、私の腕を彼女が掴んだ。
 はっとして彼女を見ると、彼女の顔は俯いていて、さっきまでの表情は失われていた。止まりかけていた天秤の傾きが、再び動き出すのを感じる。彼女は俯きながら呟いた。

「……もしかして、あたいの話……つまらなかった……?」

 超重級の分銅が追加される。「私の正直な気持ち」と張り紙がされた、ちっぽけな分銅は、ものすごい勢いで雲を突き抜け、宇宙に飛んでいった。もう二度と戻ってくることはないだろう。

「ち、違いますよ! チルノさんの面白い話っ、もっと聞きたいなぁ!!」
「……本当?……嘘じゃない?」
「本当ですとも! ささ、早く続きを!」
「……うんっ!」

 笑顔を取り戻した彼女は、明るい口調で続きを話始めた。嬉しそうに話す彼女を見て、私の決断は正しかったと思う。メモの取りすぎで手が辛いのも正直あるが……いや、この会話ももうじき一区切り着くと楽観的にいこうではないか。そうしよう。それに、案外いま話してくれているので最後の話題かもしれないし。そうやって、自分を誤魔化して筆を動かした。

 結果として、その楽観はなんの役にも立たず、彼女の話は太陽が一番高い位置に上るまで続いた。私の腕が腱鞘炎にならないことを祈るばかりである。

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 彼女からようやく全ての話を聞き終わった後も、やることは沢山あった。しばしの小休憩を挟んで、鬼ごっこの練習に付き合ってほしいと頼まれた。どうやら飛んではいけないルールがあるみたいで、私は久しぶりに大地を走り回ることになった。彼女を捕まえるべく、目一杯走ったけれど、差は縮まらなかった。「あや、足で走るのは意外と遅いんだねっ」と言われて、結構傷ついた。彼女の足が速いだけな気がする。明日の今ごろ私の足は筋肉痛確定である。
 それが終わったら、今度はかくれんぼで遊んでほしいと頼まれた。隠れる場所が魔法の森全土と彼女から聞いたときは軽く絶望した。「かくれんぼは、飛んでも良いよ」と言われたが、まったくフォローになってない。しかも、彼女は過去に妖精同士のかくれんぼ大会で優勝している手慣れ。もちろん見つける役は、私だった。開始と同時に、全速力で彼女を探した。それでも結局彼女を見つけたのは、西へ少し傾いた太陽が、沈む手前までのことだった。むしろそんな短時間で見つけた私を誉めてほしい。でも彼女からは「あや、見つけるのも遅ーい」と言われてしまって凹んだ。彼女曰く、手加減したらしい。明日の筋肉痛リストに翼も追加である。私の身体は、もうくたくただ。ベッドに入れば、とろけてベッドの一部になる自信がある。

 でも私は楽しかった。彼女はたくさん笑ってくれたし、なにより私も身体こそ疲れたけれど、心はすごく癒された。一日があっという間に過ぎたのは、その証拠ではないだろうか。楽しいひととき、というものは無情にも時の流れが早く、茜色の空が闇夜の訪れを告げる頃になった。そろそろ彼女に別れの挨拶をしなければならない。

「さて、チルノさん。そろそろ私は帰りますね」

 この時間になってから、口数が減っていた彼女。私の言葉に、彼女の肩が一瞬揺れた。

「もう帰っちゃうの……?」
「そんな顔しないでくださいな。別にお互いもう会えなくなる訳じゃないんですから。
 ……そうですねぇ、三日後にまた遊びましょう。ね?」
「やだっ! 明日も遊ぼうよっ」

 彼女にそう言われて、手首を掴まれた。私と離れたくない…ということなのだろうか。そうだとしたら少し照れ臭い。悪い気分には、これっぽっちもならなかったし、私も彼女に良い返事をしてあげたかった。それでもここは断らねばならない。彼女の明日は、すでに予定があることを彼女自身から聞いていたから。

「素敵な誘いですけど……やめておきます。明日は他のお友達と遊ぶでしょ? すっぽかしたらそのお友達泣いちゃいますよ?」
「じゃあ、あやも一緒にっ!――」

 彼女が言い終える前に私は彼女を抱き締めた。言葉に言葉を重ねても、伝わらないことなんて沢山ある。最善の策ではないかもしれないけど、不器用な私にはこれしかなくて。でも、彼女もわかってくれたみたいで、それ以上なにも言わなかった。もちろん言葉じゃないと伝わらないことだってある。だから、これからそれを伝えることにする。

「チルノさん、聞いてくださいな」
「……うん」
「私ね、貴方が遊びに誘ってくれたこと、本当に嬉しいの。私のこと好いてくれる人なんて、なかなか居ないから。私も貴方とたくさん遊びたい。私だって本当は明日遊びたいのよ? 私の知らない貴方のお友達がいるけれど、きっと貴方のお友達も貴方みたいに優しくて、私を厭うことはないでしょう。だから貴方の言う通り、一緒になって遊べば良いのかもしれない」
「っ! それなら!――」
「落ち着いてっ……でもね、貴方と遊びたいと思う気持ちと同じくらい、貴方とお友達の時間を邪魔したくないとも思ってる」

 我が儘だった。彼女の気持ちなんて汲み取らない、完全な我が儘。

「私、貴方からお友達を遠ざけたくないの。もちろん私に時間を割いてくれるのはすごく嬉しい……けど、貴方のお友達との時間を奪うなんてこと、私はしたくない。貴方の言う通り、明日の遊びに私が混じれば、貴方とお友達の尊い時間を少なからず奪うことになる。それはしたくないの。私と違って、貴方は人気者だもの。私一人のために固着しちゃダメです。ダメなんですよっ…………だから、明日はそのお友達と遊んでくださいな。私からのお願いです……どうか聞いてはくれませんか?」

 私の一方的な思いを彼女に吐き出した。それを聞いた彼女の口は、何度も開いたり閉じたりを繰り返す。きっと私にぶつけたい思いがたくさんあって、それを必死に我慢してくれているのだろう。項垂れる彼女。私の胸はちくりと痛んだ。

「……うん……わかった」

 ああ、やっぱり彼女は。チルノさんは本当に優しいな、そう思う。彼女のやってのけたことは、果たしてどれだけの人間ができることだろうか。妖怪、神の類いであっても難しいことなのに。

「分かってくれて嬉しいです、ありがとうございます、チルノさん」
「ううん、あやのお願いだもんねっ。あたい、我慢することなんて……平気よっ」

 私に向けて、にかりと笑う彼女。その笑顔にいつもみたいな輝きはなかった。私は彼女を離し、少し離れて背を向ける。

「じゃあ、三日後。またここで会いましょう、チルノさん」
「うん、待ってるね、あや……」

 横目で一瞬見えた彼女は、自身の服を両手で掴んでいた。私はそれが見えない振りをした。そうしないと、私の思い、彼女の思い、その全てを台無しにしてしまうから。
 空高く昇るのは、自分でも驚くくらい早かった。地平線からは日が消える寸前で、今日最後の光を見た。歪な太陽の残像は、闇夜が訪れてもなお、私の中にこびりついて残っていた。


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「チルノちゃん? どうしたのこんな夜遅く……え? 私に相談?」

「ふむふむ、文さんと明日も一緒に居たい……ね」

「私? 私はチルノちゃんがしたいこと、してほしいから全然平気だよっ。でも、文さんの気持ちも無下に出来ないし……うーん……」

「あ、じゃあ、こうするのはどうかな。明日――」

「えっ、そんなことして大丈夫かって? きっと大丈夫だよ、文さん優しいから!」










 ◇◇◆◇ ◆◆◇◇ ◇◆◇◆









 正午前。霧の湖。樹木の影に私が一人。
 目的はもちろん氷精さん。遊ぶためではない。彼女と、彼女のお友達が無事に遊んでいるか確認するためだ。昨日は彼女のその後が気になりすぎて、身体はくたくたなのに一睡もできなかった。首から肩にかけて激しい凝りを感じる。無論、手足と翼はもれなく筋肉痛だ。心身ともに満身創痍だが、それでも自分の目で、彼女の様子を見たかった。彼女は、繊細な心の持ち主。彼女は「我慢することなんて平気」と言っていたが、もし今日の遊びに支障が出たりなんかでもしたら……そう思えば思うほど、私を苦しめた。私としては、一刻も早く、彼女たちが問題なく遊んでいる光景をみて、安心したかった。
 目を細めて、遠くまで見えるように目のピントを合わせる。立ち込める霧で遠くが見えづらいが、一応これでも視力は良い方である。……まあ、あのワンコロよりは劣るが……とにかく、二人組のシルエットを探せば良いのだ。それっぽいのを見つけたら、バレないように近づいて、確認する。それだけのことだ。
 左側、やや遠くの妖精たちを見る。二人組だったが、両者ともチルノさんの羽の形からは、ずっとかけ離れた形だった。
 右の手前にいる妖精たちを見る。四人組だった。人数も違うし、水色の髪の子は、その中に居なかった。
 正面、目の前の妖精を見る。あら可愛いお顔――――って。
 
「うわっ!! だ、だれっ!!」
「こんにちは、文さん」

 目の前に正体不明の妖精が現れて、反射的に身じろいだ。
 突如現れたのは、緑髪を横にまとめた妖精さん。独特な羽の形をしていた。

「えっと……どなたですか? というかなんで私の名前を」
「むっ。酷いですっ。以前お会いしたのにっ」
「そ、そうでしたっけ? う、うーん」

 私は腕を組んで、彼女に会ったかどうか、頭の中を探す。が、いまいち思い出せない。たしかに言われて見れば、そんな気がするような、しないような。おぼろげな記憶を時間をかけて辿っていると、妖精さんは突然泣き出して、私は更に混乱することになる。

「ちょっ、顔を忘れたくらいで!?」
「違うんですっ! ……実はチルノちゃんのことで相談があって」

 探している彼女の名を聞いて、私の身体が無意識に揺れた。……心臓の鼓動が早くなった気がする。

「チルノさんが……どうかしたのですか?」
「チルノちゃんの具合いが良くないんです。朝からずっとぐったりしてて……」
「んなっ!? なんで――」

 いや、心当たりはあった。昨日の会話。彼女の表情。仕草。何もかもが、心当たりだ。頭から冷や汗が一斉に、にじみ出てきたのを感じた。言えない。それ、私のせいかもって。そんな私をよそに、妖精さんは目に溜まった涙を自前のハンカチで拭きながら、私の問いに答えようと口を開いていた。言葉が、紡がれる。

「それが詳しく話してくれないんですけどね? 内容を聞くに、誰かがチルノちゃんのお願い事を聞いてくれなかったみたいなんです」

 ぎくっ!

「お相手はどっかの妖怪らしいんですけど」

 ぎくぎくっ!?

「チルノちゃん、それがショックだったのか寝込んでしまって。本当に可哀想で、私いまのチルノちゃん見てられないです……」
「そ、そうなんですかー、へえー…………ヒドイコトヲスルヤツモイルンデスネー」
「本当、酷いですよね! 文さんも、そう思いますよね? ねっ?」

 なぜか私を見詰めてくる妖精さん。目に光が宿ってないし、無表情なのがめちゃくちゃ怖い。それと視界の端に、赤いクナイをちらつかせないでほしい。それもめちゃくちゃ怖い。私は必死に怯えを隠す。片や、妖精さんは「それで」と、さらに話を進めた。

「私、少しでもチルノちゃんが良くなるように、薬草を探しにいきたいんですけど、チルノちゃんを一人にするのは心配で……それで文さんに看病を頼みたいんです」
「私に?」
「はいっ。チルノちゃんの話を聞く限りだと、文さんが頼りがいありそうなので。……妖精仲間だと少し頼りないですし」
「は、はぁ……なるほど」

 お願いできますか?と可愛く頼まれた。先の妖精と別人ではないかという錯覚がするくらい表情が違う。怖い。めちゃくちゃほどではないが、怖い……
……けど、それ以上に怖いのは、チルノさんの看病――いや、そもそも会うこと自体が堪らなく怖い。やはりあの時、彼女に背を向けた時、立ち止まるべきだった。そんな後悔の念に駆られる。そしたら彼女はきっと救われた…………だろうか?
……わからない。短い目で見ればそうかもしれないが、結果的にそれは、彼女とお友達の大切な時間を奪うことになるわけで。その結果、彼女からお友達が消えてしまったら。あの時、正しい行動はなんだったのだろうか。そもそも正解なんてなくて、全部不正解なのかも――

「文さん? どうかしましたか?」
「ああ、失礼しました……少し考え事を」

 悪い癖が出てしまった。早く返事をしなければ。でも答えはひとつしかあり得なくて。
 彼女に会うのは怖い。けど、会わずに逃げてしまう方が私にとって怖かった。それこそ彼女を裏切るのと等しい行為だったから。

「看病の件ですね。是非ともお受けします。いえ、私にやらせてくださいな」
「本当ですか!? ありがとうございますー」

 ……側だけ見れば花丸の笑顔だ。うん。
 怖いけど、根は良い子なのかもしれない。そう思った。

「いやぁ、もし文さんが断ったら私なにするか――――じゃなくて、誰に頼ろうか困っちゃうところでした。快く引き受けてくださって、ありがとうございます、文さん?」

 前言撤回。闇だ。この子は闇そのものだ。だっていま、めっちゃ怖い顔したもの。この子、想像以上にヤバい子かもしれない。
 一人震える私。そんな私の片腕を、妖精さんは気にすることもなく掴かんで「チルノちゃんのもとまで案内しますね」と手引きされた。もうなにがなんだかわからない。誰か教えて欲しい。私の切実な願いは果たして叶うだろうか――――いや、ダメそうだ。


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「それじゃあ文さん、チルノちゃんを頼みますねっ」

 そう言って、妖精さんは出ていった。私の背丈では少々窮屈な部屋の中、私の正面には横たわるチルノさん。固そうな氷の枕に頭を乗せていた。
 妖精さんがここから居なくなるまでの間、彼女との会話、ゼロ。お互いに視線を合わせることもなかった。
 気まずい。非常に気まずい。どうしたものか。これがただの看病だったら、いくらでも話すことなんてあるのに。彼女が寝込むことになった原因が、私の身勝手な我が儘のせいである以上、下手に言葉をかけることができず。ただただ時が過ぎていく。部屋の中の冷気が外に逃げる音のみが、不気味なほどに響いていた。


「あや…」


 不意に聞こえたその声に驚いて、身体が跳ね上がる。部屋の天井に頭をぶつけた。砕けた細かい氷の欠片がパラパラと落ちてきた。頭、痛い。

「あ、あや、大丈夫っ?」
「大丈夫です、よ……」

 嘘だった。場所が場所なら、のた打ち回っていたかもしれない。両手で打ったところをさわると、ぴきりと痛んだ。どうやら、たんこぶが出来たらしい。
 血が出てないか心配になったけど、それよりも返事。彼女に返事をしなければ。彼女を心配させないように出来る限りの笑顔をつくる。

「な、なんでしょうか? チルノさん」
「え、あ、うん。えっとね……その……  ……どうして来てくれたの?」
「へっ!?」

 予想外の質問に、二度目の驚愕。天井に頭をぶつけることは…流石になかった。
 彼女の言葉のどこかに少し違和感があったが、時間をかけて「理由を考えてる」なんて思われたくもないから、すぐに返事をした。

「どうしてって……チルノさんが倒れたなら飛んで駆けつけますともっ」
「嘘かもしれないのに?」
「私はチルノさんが嘘つく子なんて、これっぽっちも思ってないですよ」
「ぅ……」

 ばつの悪そうな表情をする彼女。よく見ると、目が泳いでいる。それに、彼女の手は握りこぶしになっていて、服にシワが寄っていた。まるで嘘がばれてしまったかのような仕草で…………嘘が……ばれるような……

「あの、まさかとは思いますが、具合悪いっていうのは……」
「……うん」

 同意の仕草。それから一拍二拍置いて、長い、ながーい、ため息が出ていった。私の背中から何かが抜けていった気がした。全身から骨が抜けてしまったような感覚だった。自然と喉から「良かった」と声が出た。なにもかもに対しての言葉だった。

「……怒らないの?」
「そんなことで怒りませんよ……むしろ嘘で良かったです。本当に……」

 本当に良かった。私のせいで苦しむ彼女なんて、居なかったんだ。冷たかった私の心が少しだけ温かくなった。

「で、でもっ、あたい、あやのこと騙したんだよっ! それに文との約束も守れなかったし……」
「いや、それはまあ、そうなんですけどね……」

 彼女に怒る理由が思い付かなかった。無理やり理由をこじつけるなら、約束を守らなかったことぐらいか。

「うーん……じゃあ、チルノさん、こっち来てください」

 起き上がって、私に近づく彼女を抱き上げる。
 私は眉間に皺を寄せた。

「チルノさん、めっ!!」
「ひぅ!」

 彼女は身体をびくつかせた。大成功だ。ぎゅっと閉じた瞼と、目尻に溜まった涙がいじらしい。それからすぐ、彼女の頭を撫でてあげた。相変わらず、さらさらで、ふわふわで、羨ましくなってしまう髪の毛だった。瞼を少し開いた彼女に、私は笑ってあげた。

「どうでした?」
「恐かった……あやに怒られるなんて初めてかも……」
「そうかもしれませんね。私もチルノさんに怒るの新鮮な気分でしたよ。二度としたくないですけどね」

 内心、私も恐かった。この子に怒るなんてことは、もうしたくない。割れたガラス片を握り締めて、相手に刺した気分だった。私にも痛みが伝わる分、まだましなのかもしれない。

「それで、嘘をついたって、やっぱり私と遊びたかったから……ですか?」
「うん……」
「そう、ですか」

 自分で聞いておいてなんだが、実際そう言われると照れ臭い。それと同時に、あの時は無理なお願いをしてしまったことを反省したい。私でも難しいこと、彼女にお願いしてしまったのだから。きちんとお詫びしなければいけない。そうしないとこれから先、彼女の隣に居てはいけない気がするから。

「チルノさん、私も貴方に謝らないといけません」
「えっ、あやが?」
「はい。私の我が儘のせいで、貴方が傷ついたこと。それと、結果的に貴方のお友達との約束も壊してしまったことを」
「っ。そんな、あやのせいじゃないよ!」
「いいえ、これは私の責任です。私がもっと上手くやればこんなことには……私が不器用なばっかりにこうなってしまって…………本当にごめんなさいっ、チルノさんっ」

 思いを言葉に乗せる。伝わらないかもしれない。でも、たとえそうだとしても別に良い。この件については、私が悪い。許しをもらえなくても、それが当たり前なのだから仕方がない。どんな罵声が、非難が、私に降り注いだとしても全て受け入れるつもりだ。
 だけど「恐い」という感情は捨てきれなかった。理性が、理屈が、あったとしても、これだけは切り離せなかった。彼女からの返事が堪らなく恐かった。
 そんな弱い私を優しく撫でる小さい手。自然と下がっていた首をあげると、そこには頬笑む天使がいた。意識があるまま、死んでしまったのかと錯覚してしまうほどに、私を引き付ける。

「あや、ありがとうっ」

 許しの言葉でもなく、断罪の言葉でもなく、私にかけられたのは感謝の言葉だった。
 頭が追い付かなかった。

「なんで……」
「えっとね、あたい嬉しいよっ! 普通の人はね、あたい達に酷いことしても謝ってもくれないの。あやは、なにも酷いことしてないのに、謝るなんておかしいと思うけど……でもね、謝ってくれるのは、とっても嬉しいの!」
「ぁ……」
「それに、あやがしてくれたことって、全部あたいの為なんでしょ? あたい、分かってるよっ。あたいのこと大事に思ってくれてるの。あたいの為にいろいろ考えてくれてるのっ。全部っ!」
「……っ!」
「だからねっ! ありがとう、あやっ!!」

 目に溜まった水滴が落ちてしまった。濡らしたくない天使の服を、私は濡らしてしまった。止めどなく頬から垂れ落ちる。手で止めようとしたけど止まらなかった。
 温かいなんて、ありふれた言葉では表現できない。なぜこの子はこんなにも優しいのだろうか。私には、わからなかった。
 どうして、こんなにも私に優しくしてくれるの? 自分でも言えてるかわからないくらい、しわくちゃな声で天使に問うた。
 そしたら、優しい声で答えてくれた。

「あや……だからかな?」

 呼吸が、不規則なった。もう息を吸うことも吐くこともままならない。私の目の前は真っ暗になった。気がつけば、冷たくて暖かいものが、私の頭に回されていた。「泣かないで」と天使の声が近くから聞こえる。そんな些細な願いを叶えることもできず、水滴は頬を伝って消えていった。私の情けない声を、天使は笑わずに聞いてくれるだろうか。できれば耳を塞いでいてほしい。みっともないその声は、部屋の中に良く響いていた。


 ・
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「はわわっ!? 様子を見に来たらすごいことになってるっ!? い、急いでカメラを!!」


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 気まずい。穴があったら入りたい気分だ。

「えへへ、あやに甘えられちゃったー」
「お願いしますからっ、いまさっきの事は忘れてくださいっ」
「やだっ。一生の思い出にする!」
「そ、そんな~」

 私の黒歴史がまた一つできてしまった。なんという失態か。

「一生のお願いですからっ! ねっ?」
「いーやっ!」
「そこをなんとかっ! 代わりに何かしてあげますからっ」

 彼女の耳がぴくりと動いた気がした。

「じゃあ、あたいも、わがまま言って良い?」

 突然の変化に、恐る恐る「どうぞ」と私は答えた。彼女は私に仰向けで寝るよう指示をした。それに従う。すると彼女は私の上に馬乗りになってきて、そのまま上半身を私の顔の方へ倒した。
 目の前に彼女の顔が見える。

「えへへ、一回やってみたかったんだっ。あやの上でお昼寝するの」
「そんな……早く言ってくれたらやりましたよ?」

 恐れるほどでもない、ただの可愛らしいお願いだった。

「えーほんとに? あや、こうゆうのは恥ずかしがってやってくれないじゃんっ」
「う、確かにそうかも……」

 ここぞとばかりに私の胸に頭を擦り付ける彼女。なんだか小動物みたいに可愛くて、私の手は自然と彼女の頭を撫でていた。
 しばらくそれをしてると、彼女は私に膨れっ面を見せた。

「むーっ。あや、あたいを動物かなにかと勘違いしてない?」
「えっ!? どうしてわかったんですか!?」
「撫で方でわかるの!」
「ご、ごめんなさいっ。可愛くてつい……」
「むぅ」

 胸に顔を隠して、もぞりもぞりとうごめく彼女。
 ピタリと突然終わったと思えば、間もなく彼女の顔がこっちを向いた。

「あや…」
「は、はい。なんでしょうか」
「もう一つ、わがまま言っても良い?」
「ど、どうぞ」

 彼女の顔が近づく。鼻と鼻の先が触れそうだ。彼女の頬が赤い。
 どっちのかもわからない心臓の鼓動が、やけにうるさかった。お互いの呼吸が合わさって、胸がぎゅっと圧迫される。
 そして彼女の口が動いて――

「キス、するねっ」
「は、はい……って、えっ!?――むぐっ」

 私の唇に、冷たくて、温かくて、柔らかいものが触れた。
 時が止まった感覚がした。それが短かったのか長かったのかは、わからなかった。
 気がついたら唇が離れていたから。

「ねぇ、あや?…」
「ひゃい!」
「まだ…してもいいよね?……」

 ちょっと待っても彼女に言えず、私が答えるよりも早くまた口を塞がれた。
 胸が苦しくて、身体がふわふわして、痺れて身体が動かない。
 それに、なんだか、視界が、白く――


 ・
 ・
 ・
 ・


「お邪魔しま~す。あら、二人とも寝ちゃった? 残念……」

「ふふ、チルノちゃん、良い寝顔。幸せそうだなぁ。文さんも……」

「うん? 文さんの顔少し赤いかも。どれどれ……わっ!? 文さん、すごい熱っ!」

「大変っ! ち、チルノちゃん! 起きて! 文さんを運ぶよっ!」









 ◇◇◆◇ ◆◆◇◇ ◇◆◇◆









「うん、そう。ここをこうして……」

「そうそう。上手だね。後は一人で着れる? ……うん、何かあったら呼んでね。下にいるから」

「もちろん。文さん、きっと喜ぶよ! ……じゃあ私は先に文さんと会話してくるね。そろそろ意識戻る頃だから。合図したら下に来てね、チルノちゃん」


 ・
 ・
 ・
 ・


 暗闇の世界から意識が戻る。
 強く当たる光が眩しくて、瞼を開けた。見慣れない形の電球がそこにはあった。おかげで目が覚めた。手を動かすと暖かそうな毛布が捲れた。どうやら私は見知らぬベッドの上にいるみたいだ。
 ボーッとしてると、右の方から声がした。

「あ、文さん。目が覚めたようですね」

 あの時の、緑髪の妖精さんだった。

「あの、ここは?」
「私のお家です」
「ここが?」

 周りを見渡す。確かに、部屋の壁が樹木の肌のように波打って、ごつごつとしていた。けれど、それ以外――置いてある家具や備品には人間のものと遜色ないように感じる。それと視界の正面に、玄関らしき扉、右側には上へと続いてそうな階段があった。階段は一段一段が不揃いで非人工的だ。部屋の壁にところどころある丸窓が可愛らしい。
 話を戻して、妖精さんに問う。

「どれくらい寝てました?」
「んー、そうですね、丸一日でしょうか? ずいぶん疲れていたみたいですね」

 最後の記憶が曖昧で、ここにくるまでの経緯を聞いた。
 すごく申し訳ない気分だった。話を聞くに、私はチルノさんと、き、キス…をした後…そのまま倒れたらしい。それで倒れた私を看病するべくここまで運んでくれたみたい。

「本当に申し訳ないです。私を運ぶの、大変だったでしょ?」
「あ、いえ、そんなこともなかったですよ。ファンクラブの皆に協力してもらいましたから」
「ファンクラブ? ……一体誰の?」
「文さんとチルノちゃんの、ですよ」
「は?」

 頭のヒューズが一つ飛んだ。わけがわからない。

「あー、文さんは知らないかもですね。えっとですね? 実は少し前……今年の春辺りでしょうか? 妖精たちの間で、文さん達の関係が話題になりまして……」
「はぁ……」
「元々はチルノちゃんのファンクラブみたいなものだったんですけど、そこから発展して、なんやかんやあって、文さん&チルノちゃんファンクラブになってですね?……その…ごめんなさい。私もそんなに規模がでかくなるとは思わなくて……」
「はぁ…………――って、はぁ!?」

 理解したくない、理解したくないが、理解してしまった。
 はっと丸窓を見ると青やら赤の髪の毛が隠れるのを見た。飲み込みたくないが、どうやらファンクラブは実在するらしい。
 くっ、恥ずかしい。恥ずかしすぎる。がばりと、起き上がってここから脱出しようと試みるも、ふらついてまともに歩けない。

「文さん!? ダメですよ! まだ完治してないんですから!」
「あ、ああ。すみません」

 やんわりとベッドまで戻される。そのまま毛布をきれいに被せられた。
 一切無駄のない美しい動きだった。

「一応ファンクラブの子たちには、目立たないようにって話はしたんですけどね……それじゃあ、私は外の子たちを追い払って来ますね」

 玄関を開ける妖精さん。
 まだ聞きたいことがたくさんあったけれど、どうしても聞かねばならないことが一つあった。

「あの、貴方の名前! 私まだ聞いてません!」
「名前、ですか……そうですねぇ……大妖精でも、大ちゃんでも、どちらでもいいですよ」
「えっ、じゃあ貴方があの――」
「ふふっ、それじゃあ、ゆっくり休んでくださいね? 文さん」

 音を立てることなく、静かに閉まった扉。なるほど、あれがチルノさんのお友達かぁ。
 怖い一面はあったけど、やっぱり優しい子だった。あの子も……大妖精さんも私とお友達になれる気がする。


 余韻に使っていると、右の階段からペタペタペタと足音が聞こえてきた。誰かが降りてきているみたいだ。誰かなと思ったら。

「あやっ!」
「ち、チルノさん!?」

 何故か服装が、看護服のチルノさんだった。

「チルノさんっ!? その格好は!?」
「これ? 大ちゃんが貸してくれたの!」
「なっ」
「これを着て、あやを看病すれば早く治るよって、大ちゃんが言ってた!」

 得意顔で話す彼女。突っ込みどころがありすぎて、何から捌けば良いかわからなかった。とりあえずカメラが欲しいかもしれない。普段見られない彼女の姿を保存しておきたかったから。

「あたいのせいで、あや風邪引いちゃったから……だから、あやの風邪が治るように頑張るねっ!」
「チルノさんっ……!」

 その一言だけで、風邪なんて吹き飛ばせる気がした。チルノさんのせいだなんて、微塵も思ってないけれど、私を思ってくれている気持ちが胸に刺さって、ある意味心臓に悪い。

「じゃあ、申し訳ないですけど、看病お願いしても良いですか?」
「まっかせて!」

 胸を張って、自信満々に宣言する。どんな看病してくれるのかな、と期待に胸を膨らませたが、彼女は笑顔のまま、仁王立ちで、びくとも動かない。

「チルノさん?」
「なぁに、あや!」
「えっと、とりあえずお腹が空いてるので、出来たらなにか食べ物を……」
「まかせて! すぐ持ってくるから!」

 彼女は駆け足ぎみに階段を上って行った。あ、そういうスタイルなのね。でも慣れてないのが逆に可愛いというか。彼女だからこそ、そう感じる。
 しばらくして、御盆を持った彼女が降りてきた。御盆には、コップと……深緑のなにかが数個、皿に乗っていた。お饅頭だろうか。ベッドの隣にある正方形の角机にそれが置かれた。

「チルノさん、その緑色のは?」
「ヨモギ饅頭だよっ! 大ちゃんと一緒に作ったの!」

 良かった、まともなやつだ。ひょっとしたら、大妖精さんが薬草を探しに行ったのは、このヨモギだったのかもしれない。
 彼女は皿から饅頭を一つ取って、私に差し出した。

「はい、あや、あーんして」

 なんの恥ずかしげもなく、彼女はそれをやった。

「そ、そこまでしなくても大丈夫ですよ」
「だーめっ! あーん、してっ!」
「あ、あーん」

 ぱくり。…………美味しい。ヨモギ饅頭ってこんなに美味しかったかな。これならいくらでも食べられる気がした。

「美味しい。美味しいですよ、チルノさん」
「本当!? えへへ、嬉しいな。どんどん食べて!」

 一つ。また一つと運ばれる。差し出されるままに、私もそれを食べた。彼女に食べさせてもらうのは、恥ずかしいけど、悪くはなかった。気がついたら、最後の一つを食べ終えて、コップの中の水を飲んでいた。

「あや、お腹膨れた?」
「ええ、もちろん。チルノさんのおかげ、ですね」
「当然よっ。もっと誉めても良いのよ?」
「ふふっ。チルノさん、えらいえらい」

 いつもみたいに頭を撫でる。もう何度目かもわからないけど、相変わらず彼女は喜んでくれる。見てるこっちも幸せになるから、きっとこれが彼女の才能なのだろう。

「あやとこんなに長く一緒に居るの、初めてだよ」
「そう……ですね。嫌でした?」
「ううん。すごく幸せよ!」

 くすんだ私には、眩しすぎる表情だ。これを見れただけでも、生きてきた意味がある。そんな笑顔。

「もし明日元気になったらさ、約束通り、またお外で遊ぼうよ!」
「そうですね。……治ったら遊びましょうか……治るか怪しいけど。約束破っちゃったら、ごめんなさい」
「ううん、良いのっ! もしそうだったら、またあやの看病するから!」

 ああ、本当に心強いな、と思う。そんな安心感からか、少し瞼が重くなってきた。

「あや、寝ちゃうの?」
「ええ、少し眠くなってきちゃいました」
「そっか。じゃあ――」

 二人分の重みで、ぎしりとベッドが唸った。目の前の光景には既視感があった。あの時と、同じだった。
 私は何も言えなかった、心のどこかで、期待、していたのかもしれない。

「おやすみのキス。してあげるね」

 彼女の唇がゆっくりと私に近づいて、触れた。
 あの時と、まったく同じ。冷たい温もりが私の唇を包む。
 不意に彼女は少しだけ顔を離す。濡れた瞳には私が映っていた。

「あや、大好きだよ…っ」

 そんなことを囁いて、また唇が重なった。
 私の身体は焼けて、熱くて、もう沸騰して、そのまま消えてしまいそうだった。

 この口付けも、いつかは終わってしまうことだろう。
 けれど、そのとき私は落ち着いて、眠りにつくことができるだろうか。







 ……私の風邪はまだ治りそうにない。




















「こらー! みんなっ! 人のプライベートを盗み見るようなことしちゃダメですっ!」

「みんな言うことを聞いて! お願いだから! ……ブーイングしてもダメなものはダメなのっ」

「そこの子、窓から離れてっ! そこの子、ガッツリ見ない! 見るなら、せめてひっそりと……」

「え? いま熱いところだ? ……どれどれ…………わぁ、チルノちゃん、大胆ー」



「誰か! 誰か、カメラ持ってる子いない!? 私のカメラ、家に置いたままなのっ!」



 ―了―
最後までお読みくださり、誠にありがとうございます。

今日は、文チルの日です。
この作品で、少しでも文チルに興味持ってくれたら幸いです。

以上です。
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19/07/11 265行目の一文を修正、そのほか誤字修正や言い回しの変更など、11箇所の一節を微修正しました。
19/07/17 3箇所の誤字を修正しました。

https://twitter.com/hatsuca79
はつかねずみ
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コメント



0.200簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
良い文チルでした
2.100サク_ウマ削除
相変わらずの甘々濃厚文チルでした。非常に良いと思います。二徹明けなのにチルノの遊びに振り回される文、よく保ったな……流石は天狗、なのかしら?
5.100ヘンプ削除
可愛い二人でした……!大妖精のキャラが好き。
7.100大豆まめ削除
大ちゃんは裏表のない素敵な妖精です。

甘々で顔がにやけるよい文チルでした。いいぞもっとやれ!