Coolier - 新生・東方創想話

死体探偵「ウィー・ドント・ハフ・トゥ・セイ・グッド・バイ」

2019/07/07 23:14:14
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 仕事を一つ片付け、ようやっと一息つけるという頃合い。厄介事という奴は大抵そういう時を狙って来るものだ。油断も隙もあったもんじゃないな、まったく。
 木枯らしとともにやって来た今日の厄介事は、ほっかむりを被り、外来のサングラスとマスクなんかして、ボロ切れを纏っていた。ちょっと前の私みたいな格好をしているな。だが、変装としては二十点がいいところだ。折角ほっかむりしてるというのに、耳のシルエットがくっきり浮き出てしまっているし、体に巻きつけた二本の尾っぽのせいで体のラインがえらく不自然だ。おまけにその猫臭さを消さないもんだから、妖怪だってことは目を瞑っていても分かる。変装して人間に紛れるどころか、逆に悪目立ちしているぞ。まあ、その滑稽さのお陰で害意が無い事は一目で伝わる。そういう意味では、変装は成功しているのかも知れんが。
 見たところ、大分若いようだが、恐らくこいつは猫又だろう。厄介だな。
 ……ああ、勘違いしないでくれ。いくら鼠の天敵が猫だとは言え、流石の私も幼猫如きを恐れたりはしないさ。まあ、賢将は星鼠亭の奥に引っ込んじまったが。
 私が厄介だと言ったのは、この猫が私を妖鼠ナズーリンと知った上で依頼をしてきているからだ。
「あんたが死体探偵ェ?」
 二十点の猫又は売り台をばしんと叩き、居丈高に言った。小さな身体で背伸びして、上から押さえつけるように。
 そら来た。私が鼠なので、猫としては上に出たい所なのだろうよ。幼猫の下らんプライドだ……と斬って捨てる事も出来ない。これは猫の本能から来る問題だからだ。その本能を抑えることは、人間で言えば五欲を克服すると同義。聖職者であっても難しいものだ。
「私をそう呼ぶ者もいる、それは確かだ」
「噂通り、尊大な喋り方!」
 吐き捨てるように言って腕組みする。非常に猫らしいうなり声をあげて。
 やれやれ、である。これだから厄介事ってやつは。
 何というか、それだけでもうウンザリしてしまって、私はぶっきらぼうに言った。
「君は?」
「客よ客、お・きゃ・く・さ・ま!」
「そうかい」
「ちょっとォ、それだけェ? お客が来たのよ、茶の一つくらい出しなさいよ!」
 どうやら、鼠の私が自分を恐れない事にご不満らしい。やはり若いな。鼠達だって強かだ、猫を恐れない連中だって世の中にごまんといるぞ。
 ……まあでも、今のは私が悪いか。
 幼猫相手に大人気ない態度だった。相手の出方は予想出来ていたというのに。疲れているのは理由にならない。反省して、私は頭を掻いた。私も修行が足りていないな。
 次は、努めて明るい声で。
「どんな要件かな」
「人の話聞きなさいよ!」
「そんな成りで来たんだ。急いでいるんだろう?」
 図星を突くと、猫はぐっと唸って黙った。そして、顔を真っ赤にしてぶるぶると震え出す。何やら余程頼みにくい事を頼もうとしているようだ。
 妖猫は固まってしまったままで、一向に葛藤から抜け出す気配がない。このままでは埒が明かないので、私の方で彼女の言葉を継いでやった。
「猫探しかい」
「えっ」猫が驚いて目を丸くしている。「ど、どうして分かったの?」
「最近、ペット探しの依頼がよくあるものでね」
 猫の君が頼み難い事はそれしかなかろう、とは流石に言わなかった。
 幼猫はこくりと頷くと、先程とは打って変わってしおらしい声を出した。
「昨日から、仲間……じゃなかった、飼い猫が一匹、迷子になっちゃって。多分この里の何処かにいると思うんだけれど。もう歳だし、身体を壊しているから、私、心配で……」
 頭の耳まで項垂れている。本当に気に病んでいるらしい。仲間を想うその心、私にもよく分かる。
「なるほど、一刻を争うようだな。いいだろう。その猫の特徴を教えてくれ。出来るだけ詳しくな」
 私がそう言うと、幼猫はぱっと顔を輝かせた。
 まったく、喜怒哀楽の激しい奴だ。
 天敵からの依頼だというのに、我ながら簡単に受けすぎかもしれない。だが、仲間を想う気持ちに種族の垣根など無いし。
 何よりも、生者を探す依頼ならば、断る死体探偵ではないのだ。
 
 
 幼猫から聞いた猫の特徴を元に、早速私は部下達を里へと放った。
 姿を消した猫はまだらぶちの三毛猫。老齢で、齢は二十に近いと言う。普通の猫としては長生きなほうだ。彼女は人間でいう眉にあたる部分に黒斑があり、まるで平安貴族のように見えるという強い外見的特徴があった。そのため、近所の人間からは「マロ」と呼ばれて可愛がられていたようだ。
 そう書けば分かるように、私は件の猫「マロ」の飼い主を発見していた。この依頼が私に来た事は、もしかしたら天命なのかもしれない。
 さて。迷い猫が何者なのかは分かったが、問題はマロが現在何処にいるのか、という事だ。
 里での足取りは二週間前を境にパタリと途絶えていた。鼠達の集めた噂を統合するに、どうやら彼女は里の外に出たようだ。いかな俊敏な猫とは言え、危険な妖怪や有象無象達の跳梁跋扈するこの幻想郷。里の守護を離れれば、危険は飛躍的に高まる。加えて、彼女は老齢で病を負っているらしい。非常に危険な状態である。私はロッドを片手に、彼女の足取りを追った。
 里を出て街道を超え、獣道を通り、妖怪の山へと分け入る。小傘のロッドの指し示すまま、私は五感を全開にして進んだ。妖怪の山は天狗連によって管理されており、有象無象共の無差別攻撃が少ない分、実は他の場所に比べて安全である。しかしそれは、あくまで人間にとって、である。猫にとって安全かどうかは分からない。少なくとも鼠にとっては他の場所と変わりは無かった。
 やがて霧が出てきて、私の目の前はすぐに真っ白に染まってしまった。霧に撒かれて視界を失えば、いかな妖怪の身の上と言えど道を失う事は避けられない。加えて今の季節は冬。私はともかく、部下たちは凍死する危険性も出てきた。私は単独で探索を続行することにして、部下達を撤退させた。
 やがてロッドの導きは、私をある場所へと運んだ。
 その場所は霧に包まれる森の中に忽然と現れた。
 藁葺き屋根の無数の家屋の連なりが、白い霧の中に悠然と佇んでいる。
 ここは古い集落であった。幻想郷の古風な家屋と比べてもなお古い。藁葺き屋根の所々には穴が空き、土壁は剥がれ落ちて中の木枠をさらけ出している。人が住まなくなって朽ち果てた村、そんな印象を受ける場所だ。いや、ある時期を境にして急に人が消えた、か? 軒先には鋤や鍬などの農耕道具や、編みかけの草鞋などが放り出されており、まるで村全体が神隠しにあったようだ。事実、人の気配はまるでしない。胡散臭い誰かさんの仕業だろうか。
 おまけに、非常に猫臭かった。
「やはりな」
 霧の中から無数の視線を感じる。白い闇の中で光る眼、これは猫たちの視線だ。敵意があるのか無いのか、とにかく好奇に満ち溢れた瞳で私を見ている。尻尾の賢将が怯えて、籠に隠れてしまった。いい加減慣れろよ、賢将。
 予想していた……というより、私はここを、目指していたので、特段驚きもしなかった。
 マロの足跡を追って辿り着いた、この霧に包まれた古い集落。幻想郷縁起に記載によれば、ここは「マヨヒガ」と呼ばれる場所に違いなかった。奥の方には遠野物語で有名な「日用品を持ち帰ると幸運が訪れる屋敷」とやらがあるに違いない。非常に魅力的な話ではあるが、今はそれよりも迷い猫の件が優先である。
 猫達の視線に構わず、私はロッド片手に集落の奥へと分け入った。
 その時、視界の隅に赤い影が舞った。
 影は丸まってくるくると回転しながら私の前に飛び出すと、音もなくしなやかに着地し、その四肢を広げて私を威嚇した。その背には黒い二本の尾が踊る。
「ふん。鼠風情が、この猫の王国に何の用?」
 猫又妖怪、登場である。
 猫又は着込んだ赤いワンピースの裾を翻し、腕組みして居丈高に言った。
「我が名は橙! 凶兆の黒猫にして、八雲藍様の誇り高き式神! この猫の国の王様よ!」
「さっきの依頼人だろ」
 私が突っ込むと、猫又橙はあからさまに慌てた。
「えっ! い、いや、私は」
「隠さなくていい。私も妖怪、流石に分かる」
「そそそ、そうじゃなくて!」
「安心しろ、迷い猫探しは目下継続中さ」
 橙は口に指を当ててしーっ、と声を出すと、私の手を引っ張って近くの廃屋へ入って行った。
「ちょっとォ! やめてよね、みんなの前でそういう事言うの!」
「別に隠すような事じゃないだろう」
「言えるわけないでしょ、猫が鼠に頼み事したなんて! 私には私の体面ってものがあるの!」
 体面ね……。
 仲間の為に恥も外聞も掻き捨てて私を頼ったこの猫を、誰が貶すと言うんだか。
「いつから分かってたのよ」
「そりゃ、最初から」
「うっそぉ、鼠のくせに、私の変装を見破るなんて!」
「知らないのか、鼠の嗅覚は犬並みなんだぜ」
 嗅覚云々以前に、肝心の変装が二十点だった事は言わないでおこうか。
「それはそうと、あんた。なんでこんな所にいるのよ」橙が口を尖らせた。「あの子は里にいるんでしょ! 里を探しなさいよ!」
 橙の文句に私は首を振った。
「いや。マロは里にはいない。里からここへ向かう道中も探したが、痕跡は見つけられなかった」
「それじゃあ」
「ああ。妖怪の山奥深くへ分け入った可能性が高い」
「……なんて事なの」
 目を瞑って、橙が震えた。本気でマロの事を心配しているのだろう。
「この霧、この気温。老猫の体力では長く保たんだろう。一刻を争う。私は彼女を追って山の深くへ入らねばならん」
「私も行くわ!」
 止めても無駄そうなので、私は黙ってうなずいた。賢将がとても嫌そうな顔をしていた。
 月が出ていないし霧が邪魔だが仕方無い。探索地域を絞り込むべく、私は廃屋の土間に地図を広げ、まずペンデュラム・ダウンジングを試みた。
「駄目だな」
 案の定、ペンデュラムの反応は鈍く、位置の特定を行うことは出来なかった。肝心のマヨヒガの場所、つまり自分達の現在位置が地図上ではっきりしないからだ。
「この辺りは、空間が歪んでいるから……」
 どうやらこの周辺は橙の主の主、つまり八雲紫による境界操作が行われているらしい。場所が分からないのも道理である。
 部下は退却させたし、ここは猫の王国、協力してくれる鼠達がいようはずもなかった。
 となれば、自分の足で探すしかない。私は再びロッドを握りしめ、霧の中へと踏み出した。やはり最後に頼れるのはこのロッドと、自分の足だけということだ。
「この集落での彼女の寝床は何処か分かるか?」
 私が尋ねると、橙は訝しげに眉をひそめた。
「この家の縁の下だけれど、それが何かの役に立つの?」
「スタートラインが同じなら、鬼ごっこも簡単だろう。追跡も同じだ」
 縁の下を覗くと、柱の影に端切れや藁を敷き詰めた寝床があった。
 そこには、少量の血痕が付着していた。
「吐血していたようだな」
「そんな……」
 橙は口を抑えて呻いた。
 周囲を見回すと、地面の上にぽつりぽつりと血痕がある。どうやら追うべき対象に迷うことはなさそうだ。私達は注意深く地面に目を凝らしながら、その血痕を追った。
「何故、彼女をマヨヒガへ攫った」
「えっ」
 追跡行の途中。茂みを掻き分け進みながら私がそう責めると、橙は意外そうに首を傾げた。
「攫うって何よ」
「君は彼女が里にいると予想していた。本当の飼い主の元へ戻った、そう考えていたんだろう」
 橙は立ち止まり、俯いてしまった。
 私はそんな彼女にも容赦なく言葉を浴びせかけた。
「彼女の飼い主は里の人間だった。君はそれを知っていたな」
 橙は大きく息を吸って、そして語った。
「二週間前。いつもの縄張り確認の途中に、里の外の街道で彼女を見つけたの。とても弱っていたわ。たぶん、散歩の途中で発作が起こって、動けなくなっちゃったんだと思う。放っておけなくて……彼女をマヨヒガに連れ帰って、出来るだけのことをしたわ。永遠亭のお医者にも診せた。だけど、もう手の施しようが無い、寿命だって……」
 橙の目尻にきらりと涙が光った。
 そうか。既にもう、そこまで。
「私……待ったわ。何日も何日も、彼女の代わりに。彼女を探しに来る飼い主を。彼女を見つけた街道で。でも、来なかった。いくら待っても、彼女を探しに来る人間なんていなかった。唯の一人も……」
「里の外は危険だ。無理も無い」
「偉そうに言わないで! 彼女はきっと待ってたのよ、飼い主が自分を探しに来るのを。家猫にとって飼い主がどれだけ大きな存在か……野良鼠のあんたなんかには、分からないでしょうね!」
 そうして、橙はさめざめと涙を流した。
 マロの境遇を自分と重ねているのか、それは分からない。きっと私には一生理解出来ないのだろう、猫の気持ちなんて。私が身に着けた仏典の教義など、目の前で泣いている幼猫の想いを理解する助けにもならない。無力なものだ、人も、教えも、真理すらも。
 だから、私は彼女の手を取った。
「時間が無い。泣くなら、前へ進みながら泣け」
 結局人には、それしか出来ないのだから。
 白い霧の中で橙と二人、ともすれば見失いそうになる血痕を追う。
 途中何度か哨戒天狗と遭遇したが、私を見かけると敬礼をして来ただけだった。何と言うか、私も悪名だけは高くなったものだ。恐るべき天狗が私へ敬意を払うのを見て、橙は驚き目を丸くしていた。彼女達白狼天狗にマロの行方を聞いてみても、黙って首を振るだけ。哨戒天狗は山の侵入者を防ぐ役割を負っているとは言っても、老猫一匹程度は気にも留めないのだろう。仕方が無かった。
 マロの残す血痕は、進めば進むほどその量と頻度を増して行った。老猫はかなり体力を消耗していることが予想される。
「ああ藍様、紫様、どうか……」
 橙は祈りの言葉を口にした。
 その祈りが通じたのか、はたまた通じなかったのか。
 深い霧の中。私達は、件の迷い猫を発見した。
 大きな檜の木の根本。一際大きい血溜まりの中で、茶トラの毛並みが丸くなっていた。
「マロ!」
 橙と二人、慌てて駆け寄る。
 彼女に手をやって、はっきりと私は悟った。
 かろうじて息をしているが、もはや。
「マロ! マロ、マロ!」
 橙が懸命に呼びかけても、微かに頭を動かすだけだった。
「ナズーリン、なんとかならないの?」
「……残念だが」
「そんな……」
 俯く橙。
 次の瞬間、橙はいきなり瞳を開き全身に妖力を漲らせると、マロの身体に手を当て、その妖力を分け与えようとした。その量たるや膨大で、妖獣一匹くらいなら簡単に作り出せそうな程だった。つまり橙は、マロを妖怪化させようとしたのだ。
 しかし、老猫の身体はそれを受け付けず、放出された力はただ大地に分散されて行くのみだった。
「どうして……」
 マロが拒絶したのだ。それは明確な拒絶だった。妖怪化を受け入れぬという強い意志が無ければ、こうはならない。
「どうしてよ!」
 橙の涙が老猫の額を濡らす。すると、その公家のような斑が蠢いて、微かに瞳を開いた。
 最後の力を振り絞ったのだろう。老猫はじっと橙を見つめると、一度だけ瞬きをした。
 私にははっきりと聞こえた。
 ありがとう、と。
 それが、彼女の遺した最後の言葉だった。
「マロ!」
 茶トラの毛並みに鼻先を埋め、橙は嗚咽を漏らした。
 そうして、彼女の身体は次第に冷たくなっていった。
 命はいつか終わるもの。
 死の淵で孤独でないのなら。看取ってくれる誰かがいるのなら。あるいはそれは、幸福な死に方なのかもしれない。少なくとも、私はそう思う。だから私は、大きな哀しみと多少の羨望を持って、その猫の命の灯が消えゆく様を看取った。
「なんで死んじゃうのよ……どうして? 妖怪になれば、大好きな人とずっと一緒にいられるじゃない! どうしてなのよーっ!」
 橙の絶叫が、霧に包まれる妖怪の山を揺らした。
 私はしばらく老猫の冷たい身体を抱きながら、橙が泣き晴らすのを見ていた。
 だが、ずっとこうしているわけには行かない。日の落ちる時刻が近づいていた。そして何より、老猫を早く眠らせてやらなければならない。天狗連に管理されているとはいえ、ここは里に比べれば有象無象共が多いのだ。供養されぬまま放置された遺体に有象無象共が入り込んでしまえば、彼女が命を賭して拒絶した妖怪化が始まってしまう。
 酷だったが、私は老猫にすがって泣き続ける橙からその遺体を半ば強引に奪い取ると、檜の根本に穴を掘った。そうして、マロの遺体をそこへと埋めた。どうするのが正しいのか分からなかったが、彼女が最後にその場所を選んだのだから、それが一番適当だと思えた。
「君はマロを猫又にしようとしていたんだな」
 埋葬を終え、俯く幼猫へ語りかけると、彼女はこくりと頷いた。
「……そうすれば、彼女の大好きな人と一緒にいられると思ったから。でも、彼女はマヨヒガの食べ物を食べなかった」
「きっと。ただの猫のまま、死にたかったんだろう」
「そんなの……私、分からないわ」
 キッ、と橙が顔を上げた。
「追加の依頼があるわ。マロの飼い主を見つけて」
 橙は赤く腫らした目を私に向けて、憎悪の炎を瞳に宿しながら言う。流石の私も、今の彼女の考えは手に取るように分かる。老猫が死ぬまで放っておいた飼い主に、復讐したいのだろう。
 憎しみをぶつけるなど何の意味も無い。ただの愚かな感傷だ。そんな無益な行為を許すわけには行かない。
「……いいだろう」
 私は、正義の味方なのだから。
 
 
 羽ばたく鴉の鳴き声が寂しさを告げる。木枯らしに揺れる森が葉擦れの鎮魂歌を奏でていた。
 橙の柔らかな頬を、斜陽が赤く紅く染めている。
「ど、どういう事なの?」
 橙は動揺して、眉を歪めた。
 私が案内したのは、命蓮寺に併設されている共同墓地だった。
「無縁仏は、ここに葬る事になっている」
 墓標に手を合わせるのを終えてから、私は供養塔の一つを開き、中の骨壷を取り出した。
「彼女が、マロの飼い主だった」
「そんな……」
 マロの飼い主は既に亡くなっていた。
「孤独死だった。死亡したのは恐らく二週間程前。昨日、近所の人間が死臭に気付いて発覚した。自警団を通して私に依頼があったんだ。葬儀はちょうど今日、早朝に挙げたばかりだ」
 そう。私が彼女の葬式を挙げたのだ。
「彼女には身寄りが無かった。唯一、長年寄り添った飼い猫だけが、彼女の家族だったと言う。その飼い猫は額に特徴的な斑点があって、まるで平安貴族のように見えることから、マロと呼ばれていた」
「マロ……」
「彼女達はお互いに自分達の死期に気付いていたんだろう。飼い猫は死期を悟ると姿を消すと言う。マロは死に場所を探して家を出て、彼女はそれを探さなかった」
「そんな……そんなの……変だよ」
 橙は泣いているのか怒っているのか、複雑な顔でただ唇を噛むばかりだった。
 私は骨壷を供養塔に戻して、もう一度手を合わせた。
「妖怪になれば」
 ぽつり、と橙が言った。
 彼女の方に振り返ると、橙が溢れ出した感情のままに言葉を吐いた。
「妖怪になれば、新しい生き方を探すことだって出来たのに。大切な人との思い出を守って、生きていくことだって出来たのに。飼い主が死んで、絶望して自分も死んじゃうなんて……そんなの、まるで馬鹿みたいだよ……」
「橙」
「こんなの絶対……間違ってる」
 私は首を振った。
「彼女達の選択が正しかったのか、それは誰にも分からない。きっと彼女たち自身にだって」
 人生に正解なんて無い。
 あってたまるか。
「だがな。きっと彼女達は、絶望して死んだんじゃない。彼女たちは最期の瞬間まで、お互いを尊重したんだと思う。だから彼女はマロを探さなかった。それが家猫の生き方だったから。だからマロは妖怪にならなかった。それが家猫の生き方だったから。きっと、自分達の過ごした大切な時間を守る為に、天寿を受け入れることを選んだんだ」
「そんなの分からない。私には、全然。分からないよ……」
 橙はスカートの裾を掴んで、震えていた。
 私は橙のその姿をいつまでも見守っていた。冬の木枯らしは冷たいが、しばらくその風に当たっていたかったから。
 
 
 
 一部の方にしか共感を得られないかもしれませんが、短編は恋するように書くもので、長編は愛するように書くものだと私は思っています。
 
 2019/07/09 タイトルの誤字修正及び表現の一部修正と追記
 
チャーシューメン
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コメント



0.200簡易評価
3.100南条削除
とても面白かったですこれぞまさしく死体探偵の本業といえるようなお話でした登場人物それぞれに意思と信念を感じられてよかったです
4.100すずかげ門削除
面白かったです。命に限りのある者になら抵抗なく腹に落ちる理屈も、妖怪には理解できない時もあるのでしょうね。
6.100ヘンプ削除
飼い主とマロは一緒になれたんでしょうかね。とても良かったです。
7.100イド削除
とても面白かったです!
8.100こしょ削除
軽妙で面白かったです
9.100上条怜祇削除
人と飼い猫のいい絆ですね……
泣きそうになりました
10.100やまじゅん削除
どうしてこのシリーズをもっと早く知らなかったんだ!!
100点までしか入れられないけど、10000点気持ちだけでも入れさせてください。

ナズーリンの一人称視点で進む物語ですが、読み口が軽やかかつ、情景と感情の描写が細やかでとてもとてもとーーーっても素晴らしいです。
物語もメリハリが付いていて、文章力以外にも構成、橙やマロ、賢将のキャラクターも素敵です。
ナズーリンが賢将の二つ名を背負わずに、籠の鼠が賢将ですが、いやもうナズーリン賢い偉い……!語彙力飛んで言葉が出て来ません……!可愛いし知的で……!!
橙が傲岸不遜でありながら未熟ゆえの精神的脆さとかいいですね。


最高な作品に知り合えて光栄です。これから死体探偵シリーズ読ませて頂きます。ありがとうございます!