Coolier - 新生・東方創想話

夕焼け小焼けの隠し神

2019/06/23 22:18:59
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 夕焼け小焼けで日が暮れて
 山のお寺の鐘が鳴る
 おててつないでみな帰ろう
 からすと一緒に帰りましょ

 とろんとして、空から蜂蜜が溶け落ちてくるような夕陽だった。
 橙色を包み込む金色の光暈は、何処にでもありそうな、いえ、此処を何処の場所と言っても通用しそうな、ありふれた郊外の公園を、此方より彼方の世界であるかのように染め抜いている。時折、ふとした瞬間に、自然現象が、あるいは、見る人の気持ちが、何気ないような景色を、泣いてしまいたくなるくらいに美しく見せることがある。昨日も、昨日の昨日も、夕焼けは同じように美しかったはずなのだけれど、どうしてか今日だけは、特別に見えてしまう。
 だから、なのだろう。その男の子は立ち止まった。
 午後5時のチャイムが聴こえて、友達と手を振り別れて帰路に付いた所だったのに、ふと、忘れ物を思い出したように公園を振り返ったのだ。
 もちろん、公園は公園。団地の中にある公園としては、やや広い方で、滑り台もブランコもあって、シーソーが無い。そう言えば、跨ってぶらぶらと揺れる動物も遊具も無かった。砂場も小さくて物足りないけれど、まあ、普通の公園。いつもの、公園……?
 そこかしこに暗くなり始めた夕闇が凝っているようで、少し怖い。でも、男の子は怖いなんて認めなかった。何故って、まだまだ本格的に日が暮れるには早いからで、帰宅に要する時間を考慮しても、五時十五分、いや五時半くらいまでは、外で遊んでいても良いと常日頃から思っていたからだ。
 そんな、いつもと同じようで、だけどいつもと違う公園に、麦わら帽子と白いワンピースの女性が佇んでいた。腰までの長さがある黒髪は目にも掛かっていて、表情はよく分からない。黄昏時は、誰そ彼時。けれども、男の子は少しも疑問を持たずに駆け寄った。

『行方不明の男の子を探しています』

 一週間後くらいに、そんなチラシが公園の看板に張り付けられることになる。

 ……
 …………

 時は流れて、数十年。昭和を代表していたような団地も寂れても、公園は公園のままだった。取り残された空き地のようで、老朽化した遊具は撤去され、地域の子供が減ったために新設されることも無い。

 この日の夕焼けも、とろんとして、空から蜂蜜が溶け落ちてくるような夕陽だった。か、どうだか。

 八雲紫は藤色が上品な着物姿に身を包み、日傘を肩に預けながら、路地裏から公園の様子を窺っていた。
 白いワンピースの女性は、以前と変わらない様子で、日陰の端っこに佇んでいる。
 触れれば壊れてしまいそうに、儚げに。何をするでもなく、ただ、佇んでいる。まるで時間を止める魔法に掛かったように、団地が寂れたことも、少なからずいる地域の子供だって別の場所で遊んでいることを、知らないみたいに。ある意味で愚直に、佇むことしか知らないみたいに。
 だから、声を掛けるのも躊躇われた。まるで真夏の雪像。魔法が解けてしまったら、本当に壊れて消えてしまいそうだったから。最下段が一枚抜けたトランプタワーが崩れずにいるようなものだ。
 でも、声を掛ける。このまま待っていても、幻が消えてしまうのは同じだから。

「……ねぇ、貴方さえ良ければ、私と一緒に…………」
「──? ────」

 口元が笑って、ふっと消えた。
 紫は目を細めて、唇を噛んで、俯いて、それから、表情を消した。
 触れれば壊れると思っていたものが、触れたから壊れた。後悔とは程遠い、ああ、やっぱり、という結末。

 何気ない景色は少しずつ夜に落ちていく。光のグラデーションは刻一刻と移り変わっていき、いつまでだって飽きずに眺めていられそうなのに、そんな時間は一時間かそこらで終わってしまう。冬ほど日が短いわけでないにしても、夏の夕暮れが永遠に長いわけでもない。

 溜め息、に満たない吐息を吐いて、紫は道の先に目線をやった。
 早帰りらしいスーツの男性が、公園の曲がり角で足を止めていた。くたびれた中年の男だ。
「こんばんは。この公園に、何か?」
 一瞬、紫の雰囲気に呑まれかけたようだったが、男はすぐに決まりが悪そうに目を逸らした。
「秘密であろうと、何なりと。どうせ私は、異邦人です」
 特別な金色の瞳で見つめて、声をひそめて囁く。
 男は不思議なほど簡単に相好を崩した。いや、大したことじゃないんだがな、という風に前置きすると、短い昔話を始めるのだった。
「昔、友達がこの公園から帰る途中で行方不明になったんだよ」
「へぇ、そう」
「結局、見付からなくてな」
 それだけだ、と。
「それにしても、なんだか勝手に、五時のチャイムなんてもう鳴ってないもんだと思っていたが、今もまだあるんだな。久し振りに聴いたよ」
 男は懐かしむような眼差しで、鐘の音なんてとっくに鳴り止んだ朱と紫色の夕空を見上げる。
「思えば、最近の子供はゲームばかりで外で遊ばなくなった、そんな定型句さえ、とんと聞かなくなった。あのチャイムで帰る子供は、まだいるのかなぁ」
 実際は、いるのかも知れない。
 ただ男の口振りからすると、いないんだろうなぁ、と思っていることは窺えた。あの頃は良かったと懐古するでもなく、時代の移り変わりに、大きな反応も無く驚いているだけ。
「ねぇ。一つ、もしもの話をよろしいかしら?」
「……何かな?」
「貴方はお友達が羨ましいのでは? 行きたいのなら、連れて行って貰えたかも知れませんよ? 神隠しに遭い易い人間の特徴は、あちら側に意識が振れていることだそうですから。それに、チャイムの音は、ある種の境界です」
「いや」
 男は、はっきりと告げた。

「郷愁がな、かつてほど胸を打たないんだ。あのチャイム、寂しい音だとは思うんだけどな」

 あんなに色々な思いが渦巻いていたのに、今はもう忘れてしまったのだと。
「……それが、年を取るということですわ」
 そうなんだろうな、と男は苦み走った顔で笑って、帰って行った。彼ならば、夕焼けの狭間に落ちることもなく、無事に家まで帰るだろう。だってもう、いい大人なんだから──
 異界への憧れを抱いて死ぬことと、憧れを失って生きること、そのどちらが本当の幸福かどうかは、紫の知ったことではない。あの男には普通に帰る家があるのだろう、とは思ったが。
 いや、知ったことではない、というのは嘘だ。ここではない何処かへの憧れを持たず、今この場所にあるものを見つめていられるのは、きっと、幸福なことだ。地に足を付けた、真っ当な生き方だ。

「大人になんて、なりたくないものね」

 すぐに戻る気にもなれず、夜と夕暮れの入り混じった道を、少しだけ歩くことにした。
 上機嫌、とは程遠かったが、童謡のメロディーが鼻唄になって零れ落ちる。胸の底で微かな痛みを疼かせる、侘しいような、もの悲しいような旋律。音符に形があるのなら、地面に落ちて、潰れている。五線譜はきっと、引っ掻き傷みたいに歪んでいる。

 子供が帰った後からは
 まるい大きなお月さま
 小鳥が夢を見るころは
 空にはきらきら金の星

 隠し神も、もう帰る時間なのかも知れなかった。

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コメント



0.240簡易評価
3.100評価する程度の能力削除
何とも言えない不思議な感じの雰囲気が面白かったです
チャイムの音、最近は気にしなくなりましたね
明日聴いてみようと思います
4.90奇声を発する程度の能力削除
不思議な雰囲気でとても良かったです
私もチャイムの音を聴いてみようと思います
5.100すずかげ門削除
黄昏時に人をさらっていた者たちが、種としての黄昏を迎え鐘の音を聴く。
哀愁の風景が鮮烈に残る、良い作品だと思いました。
7.90大豆まめ削除
大人よりも子供の方が神隠しに会いやすいのは、子供の方が「向こう側」に意識を引かれやすい、異界に意識を引かれやすいからなのかしら、なんてことを思いました。
昼と夜の境界線上、公園ににたたずむゆかりんがとても妖艶に感じられて好きです
9.100ヘンプ削除
なんだろう……とても境界に惹かれそうなお話でした。
夕焼け小焼けでまた明日。
10.90名前が無い程度の能力削除
正直最初はしょーもないと思ったけど、「郷愁がかつてほど胸を打たない」の部分で評価が全部ひっくり返った 俺もひっくり返った
11.100モブ削除
胸が痛い読後感ですね。面白かったです。御馳走様でした
12.100雪月楓削除
最後の一文が良いですね
13.100イド削除
言葉では表現できない不思議で緩やかな雰囲気で、素晴らしかったです。
14.100南条削除
とても面白かったです
儚げでそれでいてあいまいながらも現実と同じ土俵にある
夕暮れの公園ってそういうものなのだろうと思いました
しんみりするようなしないような不思議な感覚に陥りました