Coolier - 新生・東方創想話

闇の少女

2019/06/20 21:35:42
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 飛び降りる前に、足下に広がる世界を眺めていた。
 そこらかしこにそびえ立つビルの群れはこの世の闇を払うが如く輝いており、まさしく摩天楼という言葉が相応しい。その合間を縫って、血管のように張り巡らされた道路には車が常時行き交いしており、まるで酸素を運ぶ赤血球だ。
 そうすると、この大きな街は今も鼓動を続けてる心臓なのかもしれないなんて、奇想天外な考えが頭をよぎった。
 こんなことが湯水の如く湧いてくるのだから、人は死を前にするとロンマチストになれるのかもしれない。
 ふと、夜空を見上げた。摩天楼の光に、星の光は殺され、その存在感は無いにも等しく、そこにあるのはただ薄暗い夜空だった。そんな夜空が酷く悲しく思えてしまって、私はかなり感傷的になってるみたいだった。
 これ以上ここにいると決意が鈍ってしまう気がした。幸い死に対する恐怖は無かった。いや無いと言うと語弊があるのかもしれない。単純に明日を捨てる恐怖より、明日を生きる恐怖のほうが優ってしまった、その程度の話だ。
 じゃあ行こうか。
 後ろ手にある手すりから手を離した。靴を脱いで、その中に誰にも届かないであろう遺書をいれた。
 あとほんのすこし身体を傾ければ、重力が私を死に誘ってくれる。だいたい高さは五十メートルだから、死への特急電車の乗車時間は三秒くらいだろう。そのくせ、料金が命一つとはちょっと高すぎる気もするが。
 
「さようなら」
 
 誰も下にいないことを確認して、そこから飛び降りた。
 ぐんぐんと加速していく身体。時間が永遠に伸びていく感じがするけど、地面には着実に近づいている。風が強くて、目を開けられなくなった。でもかえって好都合だった。一秒後の死に備えて、もう目を瞑るつもりだったから。
 走馬灯をみた。それは小さい頃、亡き父と見に行った満点の星空だった。それのせいだろうか、無性に死にたくないと思ってしまった。
 綺麗な星空を見たい
 そんな想いがたくさん溢れたけど、もう手遅れだった。
 たぶんこういうことがあるから、安易に死を選んではいけないのかもしれない。だって最後にやりたいと思ったことが出来ないというのは虚しすぎるではないか。
 
 
 
 
 
 
 
 土の匂いがした。私は歩道に飛び降りたはずだった。なのに土の匂いがするとはどういうことだろうか。
 目を少しづつ開けた。
 最初に目に入ってきたのは誰かの靴だった。赤い革靴。
 顔を少しだけ上げると、そこには少女がいた。髪は綺麗な金髪で、くりくりとした目は紅く、顔はガラス細工のように整っている。
 そんな少女然とした少女が膝を抱えて、不思議そうに私を見つめていた。
 
「‥ここは天国?」
「違うよ」
「じゃあ地獄?」
「違うよ」
「じゃあここはどこ?」
「まず、そんなところで寝てると食べられちゃうよ。それとも食べてあげよっか?早く起きたほうが良いよ」
 
 とりあえず少女の忠告を受け取って、私は身体を持ち上げようとした。でも上手く身体を動かせない。どうやら身体が落下の衝撃でバラバラになっているという先入観が働いて、脳の命令を鈍らせているようだった。なのでしっかり手で身体中を触って確認して、ちゃんと身体がしっかり繋がっていると認識すると途端に自分の身体の感覚が戻ってきて、無事立ち上がることが出来た。
 少女も私に呼応して、立ち上がった。彼女は私より二回りも小さかった。
 辺りを見渡すと、どうやら私は深い森を横断する林道の上に立っているようだ。周りには電灯などは無いのだが、最低限の視界は確保されていた。たぶん時間帯的には夜の一時ぐらいだろうか。あんまり飛び降りた時間との誤差はないようだ。
 空気が非常に澄んでいた。空気を吸うと直接肺が優しく洗われていくような快感に包まれた。これなら、この森の外に広がる空はとても綺麗だろう。
 死ぬ前寸前の後悔があってか、胸には期待感で溢れていた。

 
「じゃあとりあえず移動しよ。ここはあなたを狙ってる妖怪が多すぎて、ちゃんとお話しすら出来ない。どこが良い?」
 
 妖怪という言葉が聞こえて、違和感を目で訴えるが、はやくして、と睨み返された。
 
「じゃあ星がよく見える場所で」
 
 なんとなく死ぬ前に抱いた願望を口にした。そうすると、少女は「分かった。ついてきて」と言って、黒いスカートを翻し、東に続く一本道へ飛んで移動し始めた。
 その時点で頭がパンクしかけたが、今は死にたくないので付いて行った。
 歩きながら、生まれてる疑問を浮いている少女に投げかけていた。
「君も妖怪なのか?」
「そうだよ。私は妖怪。驚いた?」
 
 振り向いて、無邪気な笑顔を振り向いた。そのあどけなさからはとても妖怪というイメージが結びつかなかった。
 
「本当に妖怪なのか?にわかに信じられないな」
 
 妖怪といえば、童話やおとぎ話なようなフィクション上の存在だ。神と同じように基本的には物資的な存在は無いものとして扱われている。 
 
「あなた、やっぱり外の人間ね。里の人間なら私を見たら、目玉を飛び出して逃げていくもの」
「外?」
 
 外という表現からすると、ここはもしかして別の世界なのだろうか。あと里の人間というのは、ここにも人間がいるのか。
 
「ここはね、幻想郷っていう名前の場所なの。貴方達が住んでいる現実世界とは結界で切り離された場所。掴みやすい表現をすると裏側の世界ということになるのかな」
 
 これが夢でなければ、私は自殺したつもりが異世界に迷いこんだということになる。これが幸運なのか不運なのかはまだ分からなかった。
 
「ここでは妖怪が暮らしているのか?」
「そう。妖怪も神様も。あなたの世界では存在を否定された者達がここでは生を持って暮らしている」
「人間も?」
「そう。でもそっちの人間と比べるとかなり古い文明だけどね」
 

 そう言って歩いているうちに森の出口が見えてきた。それは非常にわかりやすく闇と光の境界線で示されていた。
 森を抜けると、そこにはとんでもない光景が広がっていた。
 どうして電灯も無いのに、こんなに明るいのかという理由は月にあった。空に浮かぶ満月は途方もなく大きかった。スーパムーンの二倍かそれ以上はあった。ジャイアントインパクト当時の月のサイズがあれぐらいかもしれない。
 そして月に負けないぐらい、星々が輝いていた。都会では人工の光で死んでいた星達が生き生きとして光を放っている。巨大なステングラスを眺めている気分だ。
 彼らが織りなす至高の夜空は、昔父と見たあの山の夜空を軽く凌駕していた。こんなもの人生で見たことがない。
 なぜだが涙が溢れていた。理由は私にも分からなかった。
 
「なんで泣いてるのよ。ほら、あそこに大きな岩があるでしょ。あそこに登るわよ」
 
 少女は大きな隕石が縦に突き刺さったような岩を指差した。
 
「いや。私は飛べない。それに登る体力も無い」
 
 どうやら世界を移動しても身体が変化することは無く、相変わらず貧弱なままらしい。病気も。
 
「しょうがないな〜」
 
 少女は私の両脇に手を回すと、彼女は私を持ち上げながら、あの岩の頂上まで飛び始めた。
 流石にこんな華奢で幼い子に持ち上げられたとなると、この子が妖怪だということが現実味を帯びてきた。
 慣れない浮遊感が数秒続き、岩の天辺に到着した。ちょうど六畳ぐらいの平らな場所になっていて、そこに二人並んで座った。
 そこから見える景気は圧巻だった。より星に近づいて、星の鼓動すら聞こえる気がした。
 
「さーてやっと落ち着いて話せるわ」
「君はどうして私を食べなかったんだ?」 
 
 まず口から出た言葉がそれだった。本当に彼女が妖怪なら、今までの口ぶりからして、私はいつ食べられても可笑しくないというのに。
 
「別にいつでも食べられたけど、食べる意味がなかっただけ。私はただ単に興味が湧いただけ」
「興味?」
「そう、外の人間と話して見たかったの。今まで貴方みたいにこっちに迷い込んだ人間は結構いたわ。でも大抵は話をまともに聞いてくれないわ、勝手に逃走して、ほかの妖怪に喰われるわでまともに話せなかったの。でも貴方は違った。貴方ならいけるんじゃないかなって思って」
「そうなのか」
 
 確かに普通「私は妖怪」などと言う人物が現れたら、無視するか、逃げるかのどちらかだろう。その点私は酷く落ち着いていた。それは多分人生が無いという悲観からくる諦めのようなものだろう。
 今さら何が起きても、どうでも良い。どうにでもなれ。
 そんな自暴自棄な考えのお陰で今こうして星を見れているのだから、ちょっとは過去の自分に感謝しても良いのかもしれない。
 
「で、何を話したいんだ?」
「なんでも良いわ。貴方が聞きたいことでも良いし、貴方が話したいことでも良い。会話がしたいの」

 上目遣いで頼まれる。生殺与奪はあちらが握っているのに、心境はとても愉快なものだった。
 もし娘がいたら、こんな気分になるかな。
 
「そうだな。じゃあ妖怪のことについて教えてほしいな。どうして現実世界には存在しなくて、ここ幻想郷には存在するのか」
「分かった。うん、そうね。じゃあまず妖怪って何だと思う?」
「妖怪‥‥化け物?」
「まぁ間違ってないけど、違うな。私達妖怪って言ってしまえば人の感情の塊なのよ。未知を恐れる恐怖の感情が私達を形作ってるの。そしてそれがいろんな形になったわけ。つまり私達は人間の恐怖が無いと生きていけないわけ。
 外の世界は技術が発達して、より物理的な思想を歩んでいったの。闇が怖いならと灯りを作って闇を無くして、見えない物を徹底的に解明するため、多くの観測手段を発明していった。そして最終的に見えないものは存在しないと結論に辿り着いたの。そこから私達の存在はただのおとぎ話となって、もう外では生きていけなくなったの」
「なるほどなるほど」 
 
 非常に興味深い話で見事に聞き入っていた。何より彼女の流暢な語り口が、それをさらに際立たせていた。
 
「それで昔からあった妖怪と人間が住んでいた大きな土地を現実と非現実の結界で囲んで、現実世界から乖離させた非現実の世界がここってわけ。
 ここの人間は妖怪を恐れているの。だからこうやって私達は存在できる。むやみやたらに人間を食う必要もないわけ。まぁ、ずっと何もしないと妖怪は怖くないってうそぶいて、調子のってるくる奴らが出てくるから、定期的に捕食して威厳を保ってるんだけどね」
「神様もそんな感じなのか?」
「そうね。ここでは皆、神を慕って信仰している。だから神もちゃんと恵を与えて、互いに互いを助け合っている。結局神も誰も信じてくれなきゃ、埃同然なのよ」
 
 そう語る少女の横顔には少女らしからぬ達観した雰囲気が漂っていた。もしかしたら彼女は見かけ以上にこの世界を私より遥かに長く生きているのかもしれない。
 
「非常に興味深い話だ。しかしその話からすると、ここ来た私は非常識な存在になってしまったのか?」
「ううん、そうじゃないの。ここには基本的にそっちで忘れ去られたものや、いないとされたものが流れてくるの。現実と非現実の境界を抜けてね。で、現実を生きているかいないか分からないような不安定な人間も流れてくるの。たぶんそれが貴方。貴方はまだあちらの世界でも生きている事になっているの。‥貴方、自殺とかでも考えていた?」
「どうして分かったんだ!?」

 私の行動を当てられて、驚愕した。

「だいたい流れて来るのって、自殺志願者とか実行者なの。でも実行者が流れてくるのは希ね」
「どうやら私はよほど運が良いみたいだ」
「実行者?」
「そう。実行者」
「どうして?」
 
 少女の紅い瞳が私を静かに見据えていた。
 彼女の目には魔力がある気がした。見ていると、自然と話したい気分になっていたから。
 
「君は癌という病気を知っているか?」
「癌‥知らないなー」
「まぁ分かりやすく言うと身体を腐らせるものだよ。最初はこの胸辺りから。そこから身体中に広がって、少しずつ全てを壊していくんだ」
「何か汚い物でも食べたの?」
「いやこれは人間の細胞から生まれるんだ。細胞分裂システムのバグなんだよ。だからここの人間にもあるはずだよ。たぶん別の呼び名で呼ばれていると思うが」
「治療は?」
「もうとっくのとうにやったさ。手遅れだったけど。身体中に癌が転移していたのさ。余命はもう一ヶ月もないじゃないかな。看護師たちがそう話してたから。医者は助かるって言ってるけど、たぶんそれは励ます為の詭弁に過ぎないんだよ。もう死ぬと分かってて苦しむのは嫌だったんだ。
 この病気を治すために抗癌剤という薬を飲まなきゃいけないんだけどね、これがまた辛いんだ。見てくれよ、この頭」
 
 頭につけている包帯を外して、見せると少女は愕然としていた。たぶんいままでこんなの見たことないのだろうな。
 
「それを飲むとな、こうやって髪の毛が抜けていくんだ。高熱が出て、吐き気に襲われて、いつも怠くて、身体中が痛いんだ。もう助からないと分かってて、そんなに耐えるのはもう無理だったんだ」
 
 少女は何も言わずに静かに聞いていた。
 誰かに辛い話をすると楽になると聞いたことがあるが、どうやら本当らしい。少しだけ胸が軽くなった気がした。
 
「そうなんだ。大変だね」
「あぁ、大変だよ」
 
 少女は特に憐れみの表情を見せず、ただ受け止めてくれた。それは私にとっては嬉しいものだった。綺麗事なんかよりずっと心地がいいものだ。
 
「そうだ。私のくだらない人生話聞いてくれるかい?」
「もちろん。聞いてあげる」
 
 私は今までのなんの変哲もなくて、波乱万丈でもなく、普通で、だけど確実に自分が歩んできた話を少女に聞かせた。
 こんなにも心が安らぐのは母が亡くなってから、無かったんじゃないかな。
 
 
 
 
 
 いつのまにか夜明けになっていた。少女が別に面白くもない話を笑って相槌を打ってくれて、色々聞いてくれるのが楽しくて、つい話しすぎてしまった。
怠くて重い身体は羽毛のように軽くなっていた。まるで癌が身体から全ていなくなったような感覚だった。
 
「ちょっと下におりよう。私、日光浴びると日焼けして、肌荒れしちゃうの」
「それは大変だ」
 
 私は例のごとく、少女に岩から降ろさせてもらった。
 
「どうするの?あっちに帰る?帰るなら案内してあげる」
「いやそれはよしておくよ」
「?」
 
 少女の顔には疑問の色が浮かんでいた。じゃあどうするのかと、目で訴えてくる。
 こんなこと馬鹿らしいかもしれない。でも今度死ぬときにはあのような後悔はしたくないのだ。幸い、素晴らしい星空を見ることが出来た。だから、私にはもう一つ願望が生まれていた。
 
「なぁ、もし良かったら私を食べてくれないか?」
「それでいいの?」
「あぁ、ぜひお願いしたい」
「分かった。話せて楽しかったよ」
 
 可愛らしい笑顔をすると、少女は両手を広げた。そうするとどんどん周りが闇に覆われて、何も見えなくなった。
 
「君はそこにいるのか」
「うん。すぐ目の前」
 
 少女の声は目の前から聞こえてきた。視覚と聴覚のズレに少しだけ戸惑っていた。
 
「そういえば聞き忘れていた。君は何の妖怪なんだ?」
「私は闇を操る妖怪だよ。これは私の能力」
「そうか。最後に一ついいかな。名前はなんていうんだ」
「ルーミア!」
「‥ありがとう。ルーミア」
 
 ルーミア。いい名前だと思った。
 名前を聞いたせいか、自分の名前を彼女に覚えて欲しいって思ってしまった。だから彼女に自分の名前を伝えた。そうすると彼女は私の名前を呼んでくれた。覚えてあげるとも言ってくれた。これほど幸せなことは無いだろう。何より私は誰かの為になれるのだから。
 
「じゃあ、食べるね。大丈夫。楽に逝かせてあげるから」
 
 そしてルーミアは何も言わなくなった。何も見えなかったが、大きく口が開く音がした。明らかに少女から発せられる音ではなく、大蛇が獲物を丸呑みするような異常な音だった。
 たぶん彼女がこうやって闇を広げているのは自分のおぞまししい姿を見せないようにするのかもしれない。
 でもそんなこと考えても意味は無かった。だって、この闇のお陰で私は暗闇の向こうに、星空の下で待つ両親の姿を見ることが出来たから。
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コメント



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描写力が上がっている……凄いです。
女の子のルーミアの話すところが好きでした。
3.90奇声を発する程度の能力削除
描写が分かりやすく良かったです
5.90大豆まめ削除
優しいルーミアちゃんよき…
6.100雪月楓削除
穏やかな良い作品でした
7.100南条削除
面白かったです
人間を食べるだけではないルーミアに大人の余裕を感じました
やさしいルーミアもいいですね