Coolier - 新生・東方創想話

孤島の鋼

2019/06/11 18:13:14
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 ダイヤルを回すと、薄紅の光が広がった。
 すぐさま全身を穏やかな温もりが包む。ずっと肌を刺していた冷たい潮風は光に触れた途端に適切な温度に変換され、そよ風となって空間に現れた部屋を吹き抜けた。
「すごいでしょ」
 目盛を微調整しながら蓮子が得意げに笑う。
「この日のために買っちゃった」
「ほんとすごい、これは素直に驚きだわ。科学世紀もここまで来たかって感じ」
「そう、科学世紀も、秘封倶楽部もね」
 五十センチほどの金属の筒は光と熱の電磁場を円柱状に形成し、あらゆる場所に快適な温度のシェルターを作るという最新のアウトドアグッズだ。汚れの目立たない艶消しの黒い円筒に、明るさと温度を調整する二つのダイヤルと電源のボタンだけというシンプルなデザインにまとまっている。
「やっぱり値段張るんだけど、テントとか防寒具とか揃えることを考えたらこっちの方がいいかなって。通販のポイントが結構貯まってて、それで思ってたより安上がりに済んだから思い切って買ってみたけど大正解!」
 蓮子の能力と人目を憚る都合上、夜に活動することが多い私達にとってこの文明の灯は革命的だ。海に面した岩場であるにも関わらず、科学の熱とクッションマットを敷いた環境は屋内さながらで、このまま一晩過ごすことも全く十分可能だろう。
 ダイヤルの設定を終えると、次に蓮子は鞄から長方形の箱を取り出した。
「紅茶飲む?非合成茶葉買ってきたよ」
「飲みたい。なにそれ、お湯沸かせるの?」
「すごいよこれ」
 煉瓦ほどのブロックに空いた窪みに銀のカップが二つ填まっている。蓮子はペットボトルの水を注ぎ、側面のスイッチを起動した。赤いランプの点灯と共にカップの水面が断続的な波紋を描く。
「水だけ?茶葉は入れなくていいの?」
「ふふ、この水面をご覧あれ」
 波紋に揺れる水が徐々に蒸気を浮かべながら琥珀色に染まっていく。やがて私好みの甘いハーブの香りが漂い、ものの十秒足らずで水だけだったカップの中は紅茶で満たされた。
「……すごすぎる」
「でしょ!予め機械にセットした茶葉から抽出する仕組みなの」
 目を輝かせる蓮子は機械の茶葉を入れる容器を引き出して、その中に詰まった茶葉を見せた。小型の試験管のような筒に、最近では珍しい旧式の天然茶葉が詰まっている。片方は私の好きな甘いローズの香りで、もう片方は蓮子のいつも飲んでいるハーブ系の香りがした。
「お茶を淹れる手間すら惜しむとは……人類の怠惰っぷりには畏れ入るわね」
「砂糖を入れる手間も惜しめるよ。いつもの量でいい?」
「そんなこともできるのね。いつものでお願い」
 カップ横のボタンがそうらしい。蓮子はそれを押し、機械からカップ引き抜くと私に差し出した。砂糖をかき混ぜる手間もきっと省かれているのだろう。
 どういう理屈か、水を瞬く間に沸騰させる熱量の傍らにありながらカップは驚くほど適温で、蒸気漂う水面を舐める。さすがに中身はまだ熱すぎるが、数秒で仕上がったとは思えない上質な味だった。
「堕落の味がする……もうアウトドア倶楽部でいいわ」
「そうしたいのは山々なんだけどね、アウトドアだけに」
 突っ込みの拳を入れようとしたが、口に出すと同時に危険を察知したのか熱々のカップを構えて防御体制に入られていた。ずるい。
「冗談さておき、さすがに今回のは放置できないよね」
 おそるおそる防御に構えたカップを啜り、蓮子は言う。
「はあ、そうなのよねえ……」
 ここは本州から切り離された孤島で、正真正銘の無人島である。
 この島の奥地にある社は大昔に航海の安全を願い建てられたものだそうだ。もはや手入れする人もなく、四方を取り囲む海からの容赦ない潮風で荒れ果てている。そこに眠る非現実性を求めて私たちが訪れたのが二年前。
 どういうわけか、私たちが一度訪れた曰く付きの場所に現実の破れ目――活性化した境界が発生する事件が続いていた。それは異界の存在や現象をこちら側へ流出させる怪異として顕れている。この島の社もそうなっている可能性は十分に考えられた。
 今の私たち、秘封倶楽部はかつて訪れた場所を再訪し、現実世界へ影響する悪性の境界を破壊することを趣旨としていた。「封じられた秘匿を暴く」というかつての目的を転換し「秘かに封を」。あらゆる謎を証明した現代が異界の不思議をいかに粗雑に扱うか、想像に難くない。
 それは徒に異界の扉を叩いた罪の清算であり、この世界の常識と私たちの秘密を守るためでもあった。私たち、マエリベリー・ハーンと宇佐見蓮子は科学と理論に鎖された世界に綻ぶただ二人の非現実性。
「じゃあ、これ飲んだら始めよっか」
「そうね」
 困ったことに、この島を海水浴場として開発するという噂がある。夏場に押し寄せる愚かな群集が活性化した境界が起こす超常と接触することは大いにありえる話で、ゆえに私たちは早々にこの島の境界を破壊する必要があった。
「『瞳』はどう?」
 私の問いに蓮子はシェルター装置の光量のダイヤルを回す。熱を残したまま光が弱まり、自分たちが闇の内であることを思い出させた。
 さすがの孤島である。海の彼方に微かに灯る夜景に敢えて目を向けなければ、月と星だけが満天に輝きを独占していた。
 暫しの瞑想を経て蓮子の左目が青白い光を放った。それは円と線を描き、星座のように連ねながら瞳から溢れて消えていく。原理は不明だが、彼女が能力を発動しているときその光は常にそうある。
 月と星、そして自分の拡張意識から、それの及ぶ範囲内のあらゆる存在を知覚する能力。かつて自分の位置と時刻を算出していたそれが、幾度もの秘封探訪によって非現実的影響を帯びたのだと思われる。天候などにより好調不調はあるものの、彼方の状況を詳細に探知できる能力は私たちの活動において極めて有用だった。
「さすがに絶好調ね。今までで一番視界が広いかも」
「このご時勢、ここまで暗い夜は珍しいものね。怪異の姿は見える?」
「うん、なんだろこれ。金属?みたいなものが動いてる」
「物理干渉しているの?」
 こちら側の物体に限定的な接触が可能なものは見たことがあるが、遠隔で物体を動かせるものは初めてだ。境界越しにそうした影響力を持つということは相当流出が進んでいるのだろう。
 蓮子は左目の魔方陣越しに状況を探る。
「有効範囲は広いけど、金属しか動かしてないから磁力に近いと思う。操ってるというよりは引き寄せてるって言ったほうが正しいかも。小さいものなら砂浜に漂着したものも反応してて、本体はその金属片と大量の砂鉄を纏わせてる」
「境界の向こう側へ転送し始めると危険ね」
「逆もありえるってことだものね。どのみちいずれそういうことをしかねない、かなり成長した境界だわ」
「海水浴場なんかになったら一発アウトってことね」
「なんにせよ、間に合ってよかったわ。今夜で終わらせましょう」
 カップを置き、腰を上げる。蓮子が機械のダイヤルを回し、シェルター機能を切ると思い出したかのように夜に冷やされた風が私たちを煽った。
 かつてないほどに成長した境界と絶海の孤島。今宵の冒険の舞台は少々騒がしくとも構わないだろう。
 生きた非現実存在を拝める楽観的な期待と秘封倶楽部としての使命を胸に、蓮子の先導に従って歩き始めた。
 




 道中はなだらかな坂で、整備されているとは言い難いものの、人の手が長らく入っていない割には社へ向けて一本の道が拓かれている。
 地上に自動車を走らせていた時代の跡だろうか。島の道というものは幅が広く作られていることが多い。
 何かを引きずるような物音に視線を向けると、路傍の草むらから拉げた空き缶が姿を現した。
「あ、また動いてる」
 境界が引き寄せているらしいその金属は、蛞蝓のように坂道を這いずりながら徐々に坂上へ移動している。
 何も知らない人間が見たならば好奇心の虜になるに違いない。立派なオカルトの出来上がりだ。
「一応注意しておくけど、軽いものは動きが速かったりするから踏まないように気をつけてね」
「りょーかい」
 歩き始めて十数分。既に六回動く金属に遭遇している。空き缶、釘、錆付いたブリキ看板の破片、得体の知れない機械の部品など様々だ。
 文明に処分されたものたちは人知れぬ場所を宛てなく漂い、いずれこういう場所に流れ着く。境界から染み出している存在もまた、科学が証明できなかったものとして現実から切り離された概念の成れの果てなのだろうか。
 あるいはここに導かれた私たちもまた。
 そんなことを呆然と思いながら歩くこと数分、坂道が終わると共に荒涼とした広場へと辿り着く。
 囲う鬱蒼とした林は月光を遮り暗く、人の手が加わっていないにもかかわらず、何らかの自然的要因で円形に整えられた広場は方向感覚を著しく狂わせる。蓮子は辿ってきた道の目印にと、かぶっていた帽子を矢印看板であったような面影を辛うじて残す木の杭に乗せた。
 そんな林に囲まれた山の頂点は広場だけが月光を受けて明るく、そこはまるで井戸底のように、ざあざあと海風が木々を揺らす音を反響させていた。記憶によるとその広場の隅に注意深く探してやっと見つけられるほどの襤褸い社があったように思う。
 それを求めて視線を漂わせると、目標は難なく発見できた。
「わあ」
「随分と立派に育ったわね」
 思わず声が出る。その怪異は想像していたよりも巨躯だった。
 身に纏う瓦礫の山は見上げるほど堆く積もっており、乱雑な寄せ集めを誇示するように月光にぎらつかせている。ずんぐりと太った体躯は、あえて生物に例えるなら牛蛙だろうか。
 金属塊は私たちに視線を向けた。目に相当する部分は認められなかったが、警戒の念で見られているということは直感できる。
 それと同時に周囲の気温が下がった気がする。これまで何度も遭遇してきた非現実事象に共通する前触れである。
「この大きさは初めてだわ。腕が鳴るわね。金属を収集してる境界本体はあのごみ溜めの中でいいの?」
「たぶんね。金属と砂鉄がノイズになって正確な位置は分からないけど」
「ま、仕方ないわね」
 私は両手を組んで伸ばし、軽い準備運動をする。
 少々手間ではあるが、他に方法も思いつかないので致し方ない。荒っぽい手であることは人気の一切無い孤島という立地が隠してくれるだろう。
 その金属塊の中にあると思われる怪異の中枢。そこへ手が届かせるのなら方法は一つ。秘匿を破るのは十八番であるゆえに。
「剥がしましょうか」
 私は気持ち解れた腕を広げ、それから抱き締めるようにして胸の前で左右の指を結ぶ。目を閉じると瞼の裏に深い暗黒が満ち、そのまま意識を集中の水面へ透過させる。
 ゆっくりと、錆混じりの空気を吸い込む。気化した世界をまるごと呑み込むようなイメージでで大きく、深く。精神の中に眠る架空の臓器に神経を這わせ、科学と常識に埋もれた神秘の回路を撫で熾す。それは小さな紫色の小火を想起させて応えた。
 吐く呼気と共に起動した灯は胸の内に満ちて感覚に熱さをもたらし、末梢神経の隅々に至るまで僅かな痺れと共に覚醒を満たす。自己が書き換えられ、生まれ変わるように。現実という殻を破り、深く帳を下ろしていた瞳を啓く。発動を示す一筋の赤い電光が右目から溢れて闇夜を翔けた。
 蓮子と同じく秘封に冒された超常の力。それはかつての境界を視認する能力の拡張である。
「さあ、いくわよ蓮子」
「任せて、メリー」
 隣り合い、それぞれの異能に燈った瞳で対象を見据える。
 秘に封を――ここからは二人、世界の法則を暴いた先の非現実領域!
「「秘封倶楽部を始めましょう」」
「ォ、ア―――――――――――――!!」
 私たちの変質に怪異が吼えた。海からの風が林を突き抜け、錆の香りを運んで吹き付ける。
 体に纏う鋼ががらがらと激しい音を立てて動き、警戒から積極的な排除へと体制を変える。それは威嚇に毛を逆立たせる獣を思わせた。
 蓮子が後方に跳ぶ。元々高い身体能力を持つ彼女は、驚くほどの距離を一瞬の間に移動し、そしてその間を金属片の雨が縫った。拉げた飲料缶、拳大の歯車、何某の機構のフレーム等々……相応の高度から落とされたらしいそれらは地面に破音を響かせて跳ね、もしくは地面を窪ませて突き刺さった。生身の人間を殺傷するには十分な殺意を帯びている。
 かつてないほどに成長した、高度流出段階の境界だ。
「やっぱり良い夜だわ。全部の軌道がクリアに見える!」
 それでも蓮子は軽々としたステップでその殺意を回避していく。
 蓮子の万物の位置情報を把握する能力は、怪異が宙空に投げ上げた無骨な弾丸の位置を全てリアルタイムに知覚しており、それを応用することで、簡易の未来予知――物体の位置から運動と軌道を予測し、事前に対応する――ができる。蓮子はそれを『予知覚』と名付けていた。
 相手の初動を全て引きつけ回避した後、私の背に辿り着いた蓮子が唱う。
「正面八歩――」
 体が覚えている「歩幅」は、私たちにとって何よりも確かな共通単位であった。正面八歩の距離。私はその地点へ意識を向ける。
 怪異の側で空を切る音が聞こえた。
「百五十!」
 火花が散る。私たちへと投げつけられた鉄パイプが破音を響かせて虚空へ散った。それは蓮子が指示した正面八歩、地上百五十センチメートルの位置である。
 それは秘封の影響を帯びて昇華した私の、「境界を創造する」能力。
 境界とは本来、現実も幻想でもない零と一の曖昧。何者も存在できない絶対の狭間。
 私のそれは発展途上ゆえに数秒で閉じる細い線に過ぎないが、それで十分だ。万物万象を否定する線は、虚空に発生する絶対切断の斬撃となる。
 私は恥ずかしくて好きではないのだが、蓮子は必殺技めかすのが好きらしく、それを『境界破』と呼んでいる。
 蓮子の『予知覚』と私の『境界破』による連携。それが私たち秘封倶楽部が超常に挑む武器である。
「正面十八歩、百五十、続けて正面十二歩!」
 飛来の兆しを見せた金属板を裂き、"く"の字に曲がった鉄柱を二つに断つ。蓮子と共鳴するように私の能力も好調で、心なしか境界の発生が普段より速い。
「右へ六、正面二十歩、百四十!」
 空き缶の弾丸を避け、射出されて間もない杭を弾く。幾度も繰り返した連携は極めて高速かつ正確に、そして容易に対象を無力化することができた。
 怒涛のような射出はいずれも私たちへは届かず、やがて大きな廃材を細切れに変えたのを最後に休止した。存在自体が弾倉であるそれに弾切れという概念は無さそうだが、燃費に関しては常時発砲できるほどではないらしい。
「正面二十、二百五十!」
 こちらの手番と見た蓮子が指示する箇所へ境界を発生させると、あらゆる金属を纏う中でも一際目立っている二層式の冷蔵庫が鈍重な音を響かせてその体から剥がれた。それほどの出力があるかは謎だが、万が一にもあれを投げつけられるのは御免被りたいと思っていたところだ。
 さらに蓮子は続けて幾つかの地点を指定し、私の放つ境界がその箇所を破壊した。だがそれは満足いく手応えではなかった。
「ひえー、さすがに硬いわね」
 蓮子が呟く。悔しいが私もそれを肯定せざるを得ない。
「いちいち分厚いのよね。結局のところ境界は点と点と線だから……」
「満遍なく攻めるのは得策じゃなさそうね。っと――右へ四歩!」
 上空に気配を感じる。蓮子の言うとおりに体を移動させると、つい先程まで私が立っていた地点に錨のような形の工業機器の部品が落下して地面に突き刺さった。あれを喰らっていたならと思うとぞっとする。
「さあて、第二波くるよ」
「りょーかい。私も調子いいからもう少しハードにいけるよ」
 指先へ適当に発生させた境界を弄びながら言う。今夜の蓮子は相当調子が良いらしく、私の体力をセーブするような素振りすら見せている。余計なお世話だ。
「キツくなったら言ってよね」
 蓮子は犬歯を見せて笑い、敵の弾幕の軌道を告げる。私は指先に遊ばせている境界を投げつけてそれを迎撃した。
「正面十五歩、百七十!続けて百、八十、旋回するように右へ七歩、上方着弾を合図に正面十五歩、百五十!」
 金属と境界が次々とぶつかり合い、文字通り火花を散らす。
 蓮子の指示は精密さを増し、回避より迎撃を優先する方針に変わった。強引に相手の攻撃を弾くことで回避を減らし、その余剰を攻撃に回すことができる。
 おおよそ二、三の相手の攻撃を潰してから、空いた正面に境界をぶつける。自転車のフレーム、電子レンジの扉、何かの陸上車のエンジン……様々な部品を飛び散らせて怪異の武装を削っていく。
 怪異の攻撃は体に纏う鉄屑を射出するか、もしくは頭上に放り投げて落下させるかのパターンのようだ。前者は迎撃し、後者は回避が手っ取り早い。
 そう思った矢先。
「できる限り後ろに下がって!」
 蓮子が叫ぶ。条件反射で反応する体を指示通りに運びながら、私は堆く詰まれた金属の山がゆっくりとこちらへ傾くのを見た。なるほど、これは予知覚では対応が難しい。私は後方の林まで踏み入り、木々を盾に取った。
 直後、衝撃と轟音が目前を薙いだ。
「蓮子!」
 怪異が金属を纏わせた体で、体当たりを仕掛けたのだ。
 体当たりと言ってもこの図体である。鉄屑の山の自重そのものが過剰な凶器だ。怪異の見上げるほどの巨大さは、それそのものが動くという予感を鈍らせていた。
 そして蓮子の能力は意思の介在する運動は予測できない。心を読む能力ではないゆえに、相手がどういう行動をするかといったことは対応外なのである。そもそも彼らに心があるのかは定かではないが。
 木々の盾が飛散した破片から私を隠してくれたが、錆の臭いと共に砂塵と轟風が林の彼方まで駆け抜けた。私はすぐさま林の中を旋回し、砂埃の彼方に相棒の姿を探す。
「蓮子、大丈夫!?」
「はいはーい!」
 彼女の姿は意外な所にあった。
「ひゃー、びっくりした!」
 怪異の背に蠢く鉄塊の上に立ち、その能力で林の中に身を隠す私を見つけて器用に駆け下りてきた。見たところ怪我はしていない。砂を浴びたスカートを払いながら飄々と着地した。
「飛び乗ったの?大丈夫!?」
「一か八かだったけど、意外と楽に渡れたわ」
 おそるべき度胸と健脚である。これは非現実性の影響ではなく、持ち前の身体能力であるようだ。私には絶対に真似できない。
 蓮子は道標に置いてきた帽子を直す癖のままに髪を掻き上げて言った。
「乗ってみて分かったんだけど、図体の割にけっこう軽いね」
 軽い、というのはこの重厚な見た目に反する単語だった。
「これだけ金属纏ってるのに?」
 私は口に出してから、気付く。
「そっか、空洞」
「どうやらそうみたい」
 風船に似ている。中心部の境界はそこから少し離れた空間に磁力に似た事象を展開しており、そこに金属を吸い寄せて停滞させているのだろう。世界法則によって隔絶された現実と幻想の溝は深い。それを乗り越えて干渉できる力はどれほど成長した境界であれ限界がある。
 高度に成長した境界であることは明らかだが、その実体は張りぼての域を出ない。攻略の目が見えた。
「一点集中ね、風穴を空けてやりましょう」
「了解!来るよ、左へ五歩!」
 飛び退くと、直後私の立っていた場所が射撃に抉れる。いつの間にか怪異は私たちの側へ正面を向き、再度射撃を開始した。
 それ自体が動き攻撃してくるという可能性は私たちにとって牽制にもなったが、蓮子は若干の予備動作をもはや見逃さない。一手ずつ着実に相手の選択肢を把握し、対応し、詰めていく。
「正面十二歩」
 そして王手への道筋は拓けつつあった。瓦礫の雨を避けながら蓮子が唱う。
 怪異は小賢しく駆け回る蓮子へ敵意を集中させていた。私は立ち止まり、両掌を対象へ向けて構える。
「二百!」
 空間に薄く開いた境界は、蓮子に集中していた怪異の纏っていた金属を横一文字に貫き、血飛沫のごとく砂鉄が散った。切り裂かれた箇所の周囲は磁力を失い、留めておけなくなった金属が巨躯から剥がれた。
 カウンターか危機反射か、散弾のような小鉄屑が放たれるが数秒早く蓮子の予知覚が私に迎撃の境界を展開させていた。目の前で投げつけられた金属弾が火花を咲かせる。
 時に驚く。蓮子の詠唱に乗って淀みなく踊る自分に。これほどまでに成長した異界の存在にすら優位を保つことができている。
 或いはこの現世を守っているつもりの私たちこそが、現実に染みる最大の深淵なのかもしれない。
「二百!」 
 けれど――、私は掌に灯る熱を加速させながら思う。
 後ろめたさも恐れもない。宇佐見蓮子とマエリベリー・ハーン、私たちこそがこの世界で唯一の特別。
 装甲が剥がれた傷口に再度刺さった境界に、怪異は私へ振り向こうとしたが震え、よろめくに留まった。すかさず蓮子は追撃を指示し、直後砂鉄の散った前面をさらに七本の境界の刃が裂いた。同時に発生させられる最大数だ。金属が砕け散る破音が耳を劈く。
「どうだっ」
 私の渾身の一撃は、それが展開している磁場に損傷を与えたらしい。保持できなくなった金属が激しい音を立てて崩れ始めた。
「降ってくるよ!離れて!」
「了解!」
 私は後方へ走った。その進行方向とは逆に、島中から引き寄せられた新たな金属片や塊が怪異へ向かって滑っていく。削り取られた体を修復するべく強力な磁気を発生させているようだ。空き缶を蹴飛ばし、螺子の刺さった木板を避け、円筒状の鉄塊を飛び越えた――。
「あれっ……?」
 あの円筒には見覚えがある!
 振り返り、転がっていく黒い艶消し塗装の円筒を探す。
 私の悪い予感は的中した。蓮子が半狂乱で叫ぶ。
「メリー!つかまえてえええええっ!」
「やっぱり!?」
 磁力に引かれて転がっていくあの円筒は、紛れもなく蓮子のシェルターである。
 確かに金属製品だが、まさか麓に置いたままのそれまで吸収されるなんて思いもしなかった。戦闘を始めて、怪異の発する磁力が強まっていたらしい。
 私は踵を返して円筒を追うが、時既に遅く加速をつけて転がるシェルターは瞬く間に他の金属と結合し、怪異に到達した。そして怪異の本体に触れたが最後、他の金属や砂鉄と結びつき正確な場所が目視できなくなる。
 既に多くの金属が四方八方から怪異に向けて集まり、先程与えた傷を修復し始めている。
 追撃するには千載一遇の好機、しかし無闇に境界を発生させれば怪異ごとシェルターを真っ二つにしてしまわないとも限らない。躊躇が私たちの決断を遅らせた。
「メリー!」
 蓮子が叫ぶ。その声色には覚悟と焦燥があり、条件反射的に私は構えた。
 瞬間、風を切る音と共に視界の、本当に目の前に金属の連結があった。
 怪異の狙いは修復ではなく、あくまで排除で――
「正面ゼロ距離ッ!」
 強い衝撃を受けて私の体が後方に跳んだ。背骨が痺れ、内臓が揺らされて、体のあちこちで焼けるような痛みが奔る。
 だがそのまま血袋となって、弾け飛んでしまわない程度には対応できたらしい。上出来だ。
 スローモーションで過ぎていく宙空の景色にばらばらになった金属の破片が月光を反射して輝いている。その中には斜めに切断されて精密な中身を撒き散らすシェルターの姿もあった。
 走馬灯でも流れそうな凝縮された感覚の中でも私ははっきりと現実を見ていた。目の前の、金属を引き寄せる巨大な獣。ゆっくりと編むように塞がっていく鋼の鎧の奥の砂鉄の、その奥の深淵を。
 無意識に掌を翳した。足はまだ地に届かず、ゆったりとした浮遊感と重力の綱引きの間にありながら、それでも見出した好機に掌を伸ばす。
「正面三十七――」
 蓮子の声が耳元で聞こえた。研ぎ澄まされた感覚の中にあって、それはあまりにも近く確かな標。
 それがなければ私は揺れた脳の浮遊感のまま気を失っていたかもしれない。意識を保って、耳を澄ます。聞こえるのは幾度も繰り返した合図。
「二百!!」
 爆発にも似たけたたましい衝撃音は、怪異が纏う金属の接続が一斉に剥がれる瞬間の多重奏。耳元で聞こえた指示通りに放った境界破は、確かに私が凝視していた急所を穿った。
 島中に響き渡るような轟音ののち、全身に温もりか満ちる。それは非現実性が壊れ、展開されていた悪寒が去ったからか、それとも私の中のどこぞの血管が破れたのか。
 そんなことを思っている間に時間が正常に動き出す。重力に従って落ちた先に覚悟していた大地との荒々しい接触ではなく、私を抱き留める蓮子の腕の中だった。
「メリー、大丈夫!?」
「うわ、いつの間に!」
「メリー……無事でよかったぁ……!」
 蓮子の腕にぎゅっと抱き締められる。
「怪異は?」
「やっつけた。最後、メリーが吹っ飛ばされながら境界を命中させて……」
 あれは蓮子が――私が答えるよりも早く、蓮子の言葉は続いた。
 それが意味するところは、よく分からなかった。あの瞬間、私の頭が危機に瀕して奇跡的な錯覚を起こしたのだろうか?
「私の指示なしでよく動けたね」





 さびれた社に大きな裂け目が浮かんでいた。これがあの怪異――非現実性を流出させていた正体。
 私はそれに手をかざし、書き損じを正すように発生させた境界で否定の線を引く。裂け目はゆっくりと閉じ、やがて最初から何もなかったかのように純粋な現実の空間を取り戻した。
 結局シェルターは案の定、境界に触れて真っ二つになってしまっていた。蓮子の落ち込みぶりは相当なもので、慰めの言葉も思いつかない。
 さらに崩れた金属の残滓の中から発見された、一瞬で紅茶を作り上げる方の機械。こちらは擦り傷程度だったが、怪異の発する強い磁力の影響を受けて、電源を入れても、二度と反応することはなかった。
「あれを受け止められたのは蓮子のおかげよ。お陰で私は無事だったわ。ありがとう」
 涙目を隠すように胸に蓮子が沈む。金属の摩擦に慣れた耳に、静寂は一層澄み渡っている。蓮子のすすり泣きだけがそこにあった。
 激しい戦闘で火照った体は熱く、夜風に吹かれながらもそれを冷ますには時間がかかるように思えた。
 どうしたものかと思い、呆然と彼女の肩越しに空を見上げる。
 目が眩むような科学の時代に忘れられた純粋な闇。もはや現代人の誰もが気付くことのない空に、一面の星が煌いていた。
 人工の光だけが進化していく時代に失われた光景。その美しさに感化され、何気なく蓮子を抱きしめる。
「ねえ、蓮子」
 シェルターが無くとも、どうやら温もりは足りている。
 そうであるならば今この時間、闇にもまた意味があるのだろう。
 今宵は貴女と二人、灯の無いままに星を見ていこう。
 人としての瞳で。
前回の投稿から随分と間が空いてしまいました。うつしのです。
言い訳するようですが、有難くもサークル活動が忙しくなり始めており、そちらの方に没頭する毎日です。
グッズ系サークルなのでご期待に沿うようなものではないかと思いますが、全国各地の東方系同人イベントに参加しておりますので機会がございましたらお立ち寄りくださいませ。(Twitter:@Minamy_0606)

サークル宣伝ついでに、10/20に福岡県で開催される第⑨州東方祭にて弊サークル水無月アルケミー×後輩のサークルと合同参加を予定しております。
こちらでは、小説サークルの後輩が主催する合同誌に小説を一本寄稿する運びとなっております。もし自分の文章が嗜好に合うなと思っていただけた方は、是非チェックしてみてください。

さて、今作は前回投稿させていただいた『現世と夢幻の狭間から』の続編となっております。
とはいえストーリーに連続性はないため、個別の作品としてお楽しみいただければと思います。(そういう思いで、前作タイトルに付けていたナンバリングを外しました)
前作はさらに不慣れで未熟な作品ですが、もしよければそちらも。
また、前回の投稿に際してたくさんの評価・感想をいただけたことが今作の執筆に繋がりました。ありがとうございます。

それでは今後も遅々細々と文章を紡いでいきます。その連なりが、素晴らしい作者様・読者様が揃われているこの場所に再び辿り着くことを祈りつつ。
うつしの
phyrexian.subterranean@gmail.com
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コメント



0.150簡易評価
1.100勝っちゃん削除
現実と非現実という言葉が、多く目につきました。この秘封倶楽部は、境界に関わる者らしく世界を二つに分けているのですね。素敵な二分法だと思います。
2.90奇声を発する程度の能力削除
面白い秘封でした
4.100サク_ウマ削除
描写が見事だと感じました。戦闘シーンや機械の描写を魅力的に描けるのはすごいと思います。
面白かったです。次も期待してます。
7.100メイ=ヨトーホ=グミン削除
世界観のつくりがすごく良くて秘封倶楽部の雰囲気のイメージにぴったりなような気がしました 所々の描写とか言葉選びがなんだかとても印象的で味があってどんどんハマって読んでいました