Coolier - 新生・東方創想話

二枚のガラス

2019/05/24 16:33:48
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 約束の時間はもう三十分ほどすぎているが蓮子はまだやってこない。

 やることがなく、自分の腕時計を見つめてみる。機械的なその運動をずっと見つめているとなにか現実離れしているような、危険なものを見つめているような妙な気分になった。手持無沙汰なのでコーヒーをすすってみる。頼んだコーヒーはすでに冷めてしまっており、嫌な酸味が口の中に広がる。

 私は辺りをゆっくりと見渡してみる。なんとなく蓮子が別の席に座っているような気がしたからだ。しかし店の奥のテーブルが埋まっているだけ。店の奥に座っているカップルらしい男女はつまらなさそうにオムライスを口にはこんでいた。

 店の時計はバカみたいに動き続けている。向かい側の座席は空っぽだ。まるで人の気配を感じない。蓮子はまだやってこない。嫌な気分だ。再び、ぬるいコーヒーで舌を湿らせてみる。すこし酸っぱい。

 あまりにもやることがない。無理やり何か考えごとしてみようか。例えば、私が退屈している前提条件を壊してみるのだ。つまり蓮子が来ていないから私は暇ではなく、実は、蓮子は私の目の前に存在しているが、私がそれを認識できていないために暇だとしてみたらどうだろう。自分で思いついたことだけど、こう考えてみると中々恐ろしい。そもそも誰がこの想像が真っ赤な嘘だと否定できるのだろう。本当に私が知覚するものを、他の人も同じように知覚しているのだろうか。しばらく経って、こんなことを考える自分に少しうんざりした。

 もう一度、空っぽだった向かいの座席を見てみる。もし仮に蓮子が座っていたらどんなことをしているだろう。昨日の夜はレポート課題が大変だとメールしてきたから、今日は寝不足に違いない。なら私と同じコーヒーを頼むはずだ。頬杖をついて私の話を気だるげに聞いてる姿が目に浮かぶ。

 私は想像の中で彼女と口をきいてみる。

「ねえ、蓮子、聞いてよ」

 そして蓮子はこう返してくるだろう。

「……」

 うまくできない。それもそうだ。こんなことをしていたら精神上よくないに決まってる。私はそこで二週間前に借りた本が入れっぱなしだったのを思い出し、鞄のポケットから小説を取り出した。とりあえず何かに集中することにしよう。そうすれば簡単に時間を早めることができる。逆に暇な時間が欲しい人は、恐ろしくつまらない作業を行えばいい。私は本の世界に浸ろうと儀式的にゆっくりとページを開いた。

 五分ほど時間が経った。だが予想に反して全く集中できない。文章を読もうと思っても、ただ景色を眺めるような、文字を見る行為に変わってしまう。私は無理やり文字の羅列を心の中でしばらく黙読していたが、腕時計の文字盤を見てその無駄なやる気もどこかに消えてしまった。まださっきの遊びの方がいくらかマシではないだろうか。私はもう一度、目の前の椅子に蓮子の姿を思い浮かべる。それを何とか現実の景色と重ね合わせる。とりあえず頬杖をつかせて、話しかけてみる。

「実は面白そうな本を見つけたの」

 そして蓮子がどう返すのか今までの会話を思い出しながら考えてみる。

「でも、メリーが選んだ本でしょ?」

 こんな感じだろうか。やっぱりこっちの方が面白い。蓮子が来るまでこうして遊んでいようか。別に頭の中なんて誰かに覗かれることなんてないのだから……



 椅子が床を引きずる音で私はハッとした。現実に引き込まれたような気分だ。奥の男女は席を立ち、私たちの横を通り過ぎる。なにか喋ってるような気がした。彼らの足音はだんだんと小さくなり、やがて消えてしまった。

「メリー? どうかしたの」

 声のようなものが私に話しかける。

「ううん。なんでもないわ」

「まあでも、それは一回調査してみる必要があるかもしれないわね。今週の土曜日に時計台の下でいい? 」

 視界が少しぼやけている。

「えっと、ちょっと待って蓮子」

 私は端末を操作して予定を確認してみる。その時、一つの通知が目に入ったが私は見てみぬふりをして視線を上げる。蓮子はスプーンでゆっくりとカップの中身をかき回している。

「ええ、大丈夫よ。ありがとね、蓮子。わざわざ」

「全然いいよ。あとそう、コーヒーとケーキごちそうさま」

 蓮子は紙ナプキンの束から一枚抜いて口を拭き、にっこりと笑った。私はため息をつきながら会計へと向かった。





――ある日の食堂にて

「ごめん! メリー!!! 」

 目の前の蓮子が両手を合わせる。椅子の後ろを歩いていた人がチラッとこっちを見たがそのまま通り過ぎて行った。

「いいのよ、別に。それよりも胃腸風だって? 大丈夫だったの? 」

「もう最悪よ! 目が覚めたら、頭は痛い、お腹が痛い、そして……」

「あー、説明しなくていいわ。聞きたくありません」

「それよりもメリーこそ大丈夫だった? 私と四日間も会えなくて」

 蓮子は楽しそうに笑みを浮かべる。

「大丈夫よ、お気遣いなく、それよりも蓮子。少し右に移動してくれないかしら? えーと、椅子ごとよ」

「んー? なにか見つけたの? 」

 そう言いつつ、蓮子は不思議そうな顔をしながら椅子を動かす。そして、少しずれていた二人の蓮子は綺麗に重なる。
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コメント



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1.90奇声を発する程度の能力削除
独特の雰囲気があって面白く良かったです
3.100サク_ウマ削除
すごく不思議な世界観でした。でもこういう、すこしずれたような不思議な話は秘封俱楽部にとてもよく映えますね。
素敵だと思います。面白かったです。
5.100終身名誉東方愚民削除
なんというかすごい新感覚でした 日常の描写とメリーの思考とすこし不思議な感じが自然な感じで一つの流れに落とし込まれていて衝撃でした 
9.100雪月楓削除
いいですね
10.100ヘンプ削除
メリーの独りの夢、だったのかなそんな気がしました。
不思議な感じがして面白かったです。
11.100南条削除
面白かったです
がっつり空想が見えるようになっちゃってるメリーなのに、それを平然と受け入れているのがよかったです
12.100名前が無い程度の能力削除
メリーが分かっていながらずっと「蓮子」で通してすっと蓮子に戻るの好きでした。良かった!
13.90ばかのひ削除
いい終わり方でした 好きです
14.100名前が無い程度の能力削除
自分の目がおかしいのか、本当に周りでおかしなことが起きているのか、煙に巻かれる感覚が素敵な作品でした。