Coolier - 新生・東方創想話

地上の道は石だらけ

2019/05/05 22:09:54
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人間に紛れて玉兎が堂々と住んでいるのは、本当にどうかと思う。あの鈴仙だって耳を隠しながら商売してるっていうのに、わたしらは堂々としたもんだ。頭に変な被り物をした売り子だとか思われているらしい。それならまだ良いけど、たまに頭のおかしい奴が来て、鼻息荒く話しかけてきたりする。「その被り物は売り物じゃないの?高値で買うんだけど」

「お前みたいな奴らがいるから、人間に舐められてると思って妖怪が襲ってくるんだぞ!」こういう過激派もいた。妖怪を親の仇のように憎んでいて、わたし達が団子の代わりに春を売っているのでは無いかと疑いをかけてくる奴ら。こういうのは妖怪だけじゃなくて、人間からも疎まれていた。

そんなわけで、地上での生活は馴染みつつあった。今のわたし達を見たら、月にいる友達はどう思うだろう?人間に媚を売ることを許してくれるだろうか?

「なあ、清蘭」万年床の上で鈴瑚が寝そべっている。「外の世界じゃ、ゲンゴウとか言うのが変わって、歴史的瞬間とかうんたらかんたら」

「それがなんか関係あんのかよ」わたしは化粧台の前で自分をめかしこむのに精一杯だった。

「無いわ」

「そんなことよりな、今日は同窓会だぞ」

月の兎にもとうとう休日が設けられ、地上との行き来が楽になったのだ。今回の企画は月の仲間達がわたし達に会いに来てくれるわけじゃないけど、地上の飲み屋でやることになっていた。

「いいか」鏡越しに鈴瑚が起き上がるのが見える。「わたしは絶対に行かないからな」

「寂しい奴め」鏡の中の自分が化け物になっていく。

「同窓会なんかに行く奴の方が寂しいぜ。いつまで関係引きずってんだ」タバコを吸い始める鈴瑚。奴の布団の上は灰だらけだ。

「しょうがないだろ、兎なんだし」

「それもそうね」

「よし」

化粧を諦めて便所に行き、頭の中で友達の顔を思い浮かべてみる。こう言っちゃなんだけど、わたしは月じゃ人気者だった。仲間への思いやりがあり、搗く餅は美味く、おまけに上司がイケメンだった。

わたしはチヤホヤされていた。かわいい兎ちゃんを演じては、今の自分に自己嫌悪していた。本当の友達は何処にいるんだ?月に愛は無いのか?分かりきっていたことだ。あんな荒涼とした星に愛なんて芽生えるわけがない。生死が許されなければ、愛もまた無いのだ。

わたしは疲れていた。毎日毎日、清蘭は良い子だねぇ、とか、上司さんかっこいいねえ、とか。そんな生活に辟易していた時に、鈴瑚と出会った。まあ、過去の話だ。

便所に思い出を流し、部屋に戻ると、鈴瑚が外出の支度をしていた。

「何してんの?」

「一人で留守番するのも寂しいしよ」化粧台の前に座りながら、鈴瑚は言った。「やっぱわたしも行くわ」

この玉兎めが。



鳥獣伎楽というロックバンドが、突然に愛を歌い出した。それまでは魔界がどうのこうのと言ったり、カメラを向けられた途端に中指を立てていたような奴らが。耳元で甘く囁く愛のような歌を、ライブで唐突に披露したのだ。当然ながら大ブーイングが巻き起こったが、一部のファンという名の信者は「これもあり」と主張を貫いて変えなかった。わたしも聴いてみたけど、サビに入る前にゲロを吐きそうになった(実際、喉元まででかかっていたけど、兎は身体の構造的に吐くことが出来ないのだ)。

音楽業界にちょっとした旋風を巻き起こした鳥獣伎楽の言い分はこうだ。「大衆に媚びずに成功した奴やら、おらん。うちらにはうちらのやり方がある」鳥獣伎楽のファンの大半は、ちゃんと耳で音楽を聴いていたことになる。この前、ファンクラブの会員が集団自殺したと天狗の新聞が報じていた。

同窓会が始まって、三十分。早くも限界を感じつつある。隅に追いやられたわたしは酒をちびちび舐めたりしながら、あとの二時間半が過ぎるのを待った。鈴瑚の方は何だかんだ言いながらもしっかりと輪に馴染めている。大衆に媚びるとは、たぶん、こういう事なのだ。

わたしとて何も三十分間を無為に過ごしていたわけじゃない。それなりに笑顔を振りまいたり、頑張って会話を試みたりしたけど、みんなわたしのもとから去ってしまうのだ。こんな感じに。

相手。「よう、清蘭、久しぶり!」

わたし。「ああ、久しぶり」

相手。「なんか変わったね。暗くなった?」

わたし。「もとからこんなだよ」

相手。「うそうそうそうそ!」

わたし。「嘘ついてるように見えんのか?」

地上産のタバコを吸い始めると、そいつは何処かへ行った。また、こんな感じのもあった。

相手。「やあ、久しぶり!」

わたし。「久しぶり」

相手。「最近どう?」

わたし。「地上で団子屋を…」

相手。「マジ!?ところでさ、月に田中って兎がいたじゃん?あいつ、訓練中に事故って死んじまったんだよ」

わたし。「今度食べに…」

相手。「マジマジマジマジ!」

はっきり言って、さっきから異次元が弾丸をぶっ放したくてうずうずしている。こんな退屈な場所に、わたしは何を求めて来たのか?それからも、入れ替わり立ち替わりに兎がわたしの所へ来たけど、もう顔なんか殆ど覚えてないし、肴になるような思い出話も便所に流して来た。唇にグロスをテカテカになるまで塗った鈴瑚は、有る事無い事を吹聴して回っている。

「やあ、清蘭!」こんな奴は絶対に月にいなかったと言える兎がわたしの隣に座る。「久しぶり!」

「おう、久しぶり!」わたしの笑顔は引きつってないだろうか?

「わたしの事、覚えてる?」

酒を舐めたりタバコを吸ったりしながら、そいつが自己紹介するのを待った。

「レイセンだよ、レイセン!」鈴仙?冗談で言ってるのかと思ったけど、本気で言っているらしかった。「ほら、よく訓練を一緒にしたでしょ」

「ああ、あのレイセンか!」訓練のことを一々覚えているようなマメな友達がいたとは到底思えなかった。「今、何してんの?」

「うーん、訓練とか、餅搗きとか」

「だよね」

話はそこで終わったが、レイセンは席を立たなかった。まるでご褒美を待っているみたいに、ニコニコしながら隣で揺れている。こんな奴を友達にしていた当時のわたしは、きっと今より優しかったに違いない。今じゃわたしとこいつの間には壁がある。地上に染まってしまった兎と、月の支配から逃れられぬ兎。

「わたしね、夢があるの」脈絡の無い会話に、月にいた時のことを思い出す。「聞いてくれるかな」

どうせダメと言ったって話すのだから、黙っている。

「玉兎達を月の民から解放するっていう、夢!」 レイセンはだいぶ出来上がっているみたいだった。「そのために『兎の会』っていうのを作るんだ。兎による、兎のための会!」

「今の生活に不満があるの?」

「無いけど、あったら楽しそうだよね」

「…」

また、壁が敷かれる。わたしはわたしの酒を飲み、レイセンはレイセンの酒を飲む。地球はわたしがいなくても回るし、それは飲み会でもまったく同じことだった。

「ちくしょう、ひっく!」レイセンが何かにキレていた。「なんだってあんな訓練なんか出なきゃいけねぇんだよちくしょう…」

「やっぱり、不満があるんじゃないか」

「あんな奴らに兎の自由を奪う権利があんのかよ、ちくしょう…」

そのままテーブルに突っ伏して動かなくなった。誰もレイセンを心配しない。鈴瑚はいつこさえたのかもわからない一発芸を披露して、今や世界の中心にいた。

兎の自由について考えてしまうほど哀れな兎もいない。月の都では、みんな自分が不自由のない存在だと思い込んでいる。わたし達は訓練という自由を与えられている、わたし達は餅搗きという自由を謳歌している。なんて自由なんだ、わたし達は!だけど、たまに気付いてしまう奴らがいる。わたしや鈴瑚や、レイセンがそうだ。気付いてしまったが最後、その生活を受け入れるか、変わろうとするしかない。そんなに頑張ることじゃない。運が良ければ、それが前の生活と比べてマシかどうかは置いといて、また変わった生活が出来る。レイセンには変わる気がないか、そもそも運が無いかだ。

「貴様ら!」突然、酔っ払いの親父が兎達の団欒の場に踏み込んでくる。「まーたそんな格好してからに、妖怪どもに媚びを売る軟弱者どもめ!」

前に団子屋に来たことがある。妖怪の格好を真似て働くなど言語道断だと言うおっさんだ。突然の闖入者に玉兎達が口々に喚き散らすが、おっさんは一歩も退くつもりが無いらしい。

「お前らみたいな奴らがいるから妖怪に舐められるんだ!」おっさんが喚き散らす。「俺が若い頃なんかは毎日妖怪と戦ったもんだ、ええ!?」

「おじさん、もうゲンゴウも変わるらしいですよ」リーダー的存在に昇華している鈴瑚が宥める。「そういう古臭い考えはやめた方がいいと思いますよ」

「ゲンゴウだか原稿だか知らんがな」何を言っても梨の礫だった。「いいか、お前らみたいな奴は妖怪に抱かれて、性欲にまみれて、いらない子を沢山産んで幻想郷を駄目にするんだよ!」もう何を言っているのかわからない。

盛り上がっていた兎達も肩をすくめた。おいおい、誰かこいつを八意様のところに連れてけよ。地上にいるんでしょ?あの人。

席を蹴って立ち上がったのは、わたしでも鈴瑚でも、そこらの有象無象でも無かった。

「おい、おっさん」レイセンだった。「さっきから妖怪だなんだと五月蝿いんだよ」

おっさんが目をパチクリさせるが、すぐに威厳を取り戻す。「年長者を敬え、馬鹿者!」

「性欲だ?いらない子だあ?あんたの遺伝子はそんなに優秀なのかよ?」レイセンは近くにあった灰皿を手に取った。わたしにはそれが、死神が鎌を取り出したように見えた。「そんなに優秀な子孫を残したいならな、風呂にでも行ってろ!」

レイセンの灰皿が一閃する。わたしは目を背ける。何か重たいものが地面に落ちる音がして、少し目を開く。隣でレイセンが何食わぬ顔をして酒を飲んでいた。辺りは水を打ったように静まり返っていて、その数秒後には誰かの悲鳴が上がる。

おっさんは地面とキスをして凍り付いていた。禿げた頭頂部からは血がドクドクと流れ出ていて、床に大きな血だまりを作っていた。放っておけばおっさんが自分の血で溺死しそうだったので、誰かが仰向けにした。

「お医者さん呼んで!」誰かが叫ぶと、誰かが医者を呼びに行く。「おじさん、おじさん!」

「うそうそうそうそ!?やばくねえ!?」

「マジマジマジマジ!?」

ふと隣を見ると、レイセンがガタガタ震えていた。「も、もしかして大変なことやっちゃった?」

わたしは席を立ち上がり、あんぐりと口を開けて死にゆくおっさんを見守っている鈴瑚の肩に手を置いた。

「清蘭」

「帰るよ、鈴瑚」

「ちょ、ちょっと待って」

「なに?」

「ど…」鈴瑚が飛ぶような勢いで立ち上がった。「同窓会ってサイコー!」

わたし達は裏口から店を出た。お医者さんや野次馬達が駆け付けて来ていた。わたし達は一切無関係である事を装い、人混みの間を抜け、そのまま店を変えてまた飲んだ。おっさんの死を連想ゲームにして遊びながら。



次の日は普通に仕事だった。レイセンのせいで客足が遠のくかと思ったけど、そうはならなかった。あの事件が秘匿されて公にはならなかったか、客がちゃんと舌で判断してくれているかだ。

今日はあのおっさんが来なかったので、順調な仕事運びと相成った。だから、昨日のことについて考えることが出来た。レイセンはやっぱり月の生活に不満があったのだろうか?だから、おっさんを叩きのめしたのか?月での不自由さに気付いてしまったが兎なりの鬱憤の晴らし方だったのかもしれないと思うと、あいつにもガッツがちゃんとあったのだと思えてくる。いつだって世界を変えてくれるのは、ああいう奴だ。おっさんにしてもそうだ。人間を食らう妖怪にあんなに強く出られるのは、ちょっとやそっとの覚悟じゃない。もしかしたら、本当にどこか壊れているのかも。

「オ〜♩」気分の良い鈴瑚が歌い出す。昨日からこいつ、妙に浮き足立っている。「世界は〜いったいどうしちまったんだ〜」

すると、途端に客足が遠退いて行く。鈴瑚が歌っているのは鳥獣伎楽の物議を醸した新曲だった。

「世界〜が〜変わってもぉ〜わたしはあなたを抱き続けるよ〜こぉこぉろぉおおおおにぃ〜」

客が途端に体調不良を訴えだしたので、その日の仕事は終わりになった。当然の流れとして、わたし達は酒場へ向かった。その道すがら、立て看板にレイセンの似顔絵が張り出されているのを見た。

店に入り、酒を頼み、わたし達は静かに飲み始めた。わたしとしては、鈴瑚が何かを言い出すまでだんまりを決め込むつもりだった。レイセンの話題が、もしかしたらガラスのようにデリケートな話題かもしれないからだ。

「さっき、落ちてた新聞を読んだんだけどな」軽く酔い始めた頃に、鈴瑚が切り出した。「あのおっさん、危険な状態らしいぜ。今夜がヤマとか」

「あいつらは?」わたしが知りたいのは兎の方だった。「あいつらはどうなったんだ?」

「レイセンだけ逃げて、他の奴らは月に強制送還だとよ」

「逃げたのか…」

「あいつ、捕まったらどんな目に合うかな?」

鈴瑚の期待は、レイセンの散り際にあった。まあ、地上の人間に手を出したわけただし、無事に月に帰れるわけがない。だけど地上にだって居場所もない。そんな奴の行き着く先は野垂れ死にか、妖怪退治を生業とするあのおっさんみたいな奴に捕まって拷問に合わされた後に殺されるくらいしかない。だったら、レイセンに求められていることは、如何に華々しく散れるかくらいのものだ。

「まあ、いい奴だったかもな」鈴瑚がしみじみと言った。

「うん。全くあいつとの思い出が思い出せないんだけどな」

「あいつがいなかったら、わたしが代わりにあのおっさんをぶちのめしてたよ」

それからいつも通り、他愛も無いことを話していた。レイセンがどんな殺され方をするか。今何をしているのか。おっさんが助かった場合にどんな後遺症が残るかとか、話しているうちにレイセンが本当にいい奴だったように思えて、なんだか気の毒な気がしてきた。

殆どお通夜ムードだった。誰かの死をこんなに悲しむなんて、ここまで生きてきて無かった。どうにか気分を盛り上げようとジュークボックスまで行き、コインを入れて適当なボタンを叩いた。

『わたし〜の愛〜を〜』ジュークボックスから甘ったるい声が流れ出す。『お前の〜愛で〜受け止めて〜くれ〜』

テーブルで静かに飲んでいた客が口々に不平不満を述べ始める。鈴瑚もわたしの敵みたいな顔をしていた(さっき歌ってた癖に!)ので、席に戻るに戻れず、曲を止めようとボタンを叩きまくる。音楽は鳴り止まなかった。

「そいつ壊れちまってるんだよねえ」

マスターが言うと、店中からブーイングの嵐。次々に席を立ち、こんな店二度と来るかと小銭を叩きつける。マスターが乞食みたいにそれを拾い集めて、またぞろカウンターの奥に引っ込んだ。

「すいません、余計なことをしたみたいで」頭を下げる。

「いいんですよ、悪いのは…」マスターは朗らかに笑っていたが、次第に表情が歪んでいった。「悪いのは、誰なんでしょうね?」

わたしと鈴瑚は顔を見合わせた。

「わたし、鳥獣伎楽の大ファンだったんです。だから、この新曲も愛そうと思いました。だけど、世間の評価は悲しいほどに厳しいものです。このまま鳥獣伎楽がこの路線を続けるとして、わたしはどうしたら良いのでしょう…」

わたしと鈴瑚は店を出た。自分の歩く道にどれだけ石が転がってようと、その道を変えようとしない奴もいる。石に躓いて不満を漏らしながらも、そういう奴はその道を踏破する。あのマスターには、鳥獣伎楽の歩む道と同じ道を歩いて欲しい。鳥獣伎楽への愛を失って欲しくない。そんな風に思いながら、わたし達は家に帰った。

「おい」家の前で足を止める。「中で何か聞こえないか?」

「空き巣かな」鈴瑚は胸を躍らせていた。「盗めるものなんか何も無いのにな」

「金なんか酒で全部消えちゃうからね」

「違いないや」

二人して笑った。それから玄関の扉を開け放った。わたしはいつもの奴をやった。

「ためらいなく撃つぞ!」手を銃の形にして、空き巣の影に向ける。鈴瑚が口笛を吹いて、ムードを盛り上げる。「邪魔しなくても撃つぞ!しょうがないから撃つぞ!」増量サービスだ!

頭巾を被った、何世紀も前の化石みたいな空き巣だった。ゲンゴウも変わるってのに、時代錯誤もいいとこだ。貴重すぎて警察に出すのが惜しいとさえ思えてくる。

「う、撃たないで!」空き巣は頭巾を取った。「レイセンだよ、レイセン!」

鈴瑚が、やっぱりね、と言った感じに肩を竦める。

「空き巣にゃ違いない。撃て、清蘭」

「いいよー」眉間に照準を定める。

「ダメだよ!」

「ハハ、冗談だよ」と、鈴瑚がわたしの肩に手を置いたので照準が狂う。

「え?」

異次元が口を開け、そこから弾丸が飛び出す。レイセンが微動だにしなかったのが幸いして、弾丸は空を切って壁に風穴を開けた。

「あ、あわわ…」

レイセンが泣きそうになって腰を抜かす。レイセンの尻の下の畳がじっとりと濡れ、鈴瑚が軽蔑するようにわたしを見る。何とも気まずい雰囲気になってしまい、わたしは途方に暮れる。

鈴瑚のせいだ。



とりあえず酒を出してやると、レイセンは水みたいにガブガブ飲んで、でっかいゲップをした後に、さっきとは別の理由で泣き出した。どうやらわたし達の想像通りになっているらしい。つまり、レイセンには帰る場所が無くなって、このままじゃ野垂れ死ぬか捕まって殺されるかの二択だ。だけど、レイセンは飢死の運命に抗うのと、追っ手から逃れるために、わたし達の家で団子を作って食っていたらしい。家にいたのはそういうわけだ。

「なんて生きにくい世の中なのよー。幻想郷じゃ、殴り合いの喧嘩なんか日常茶飯事じゃ無かったの?」レイセンが泣く泣く言った。

「人間同士ならな」わたしは言った。

「お前は妖怪みたいなもんだからな」わたしにも喋らせろと鈴瑚が言った。

「おかしいじゃない。あんた達はなんでその耳を付けたまま仕事できてるのよー」

「人間だと思われてるからな」

「妖怪のコスプレだと思われてるからな」

「わたしも人間だと言い張れば罪が軽くなるかも!?」

「お前は仲間の証言で玉兎だって周知されてるからな」

「もう逃げ場は無いぞ」

鈴瑚がとどめを刺すと、レイセンはその場でワッと泣き崩れた。それを見て鈴瑚が笑い、しばし場が和む。

「耳外せばいいじゃん」

鈴瑚の提案で場が静まり返った。

我々玉兎の耳については玉兎自身、分かっていないところが多い。何故取り外せるのか?何故生まれつきこの大きさなのか?分からないことだらけの中、分かっていることがある。ウサ耳を取ることは、プライドを捨てるに等しいということ。

こんな逸話がある。誰が最初にやったか知らないが、ウサ耳を取った奴がいた。理由は知らない。大方、兎であることに絶望したとか、そんな理由だろう。で、そいつはウサ耳を取ったまま月の都を歩いた。すると、かつて仲間だった兎達から石つぶてを投げられ、十字架に磔にされ、終いには月のお上達の会食のメインディッシュにされちまったらしい。

ウサ耳にはわたし達が思っている以上に神聖な意味がある。ウサ耳の形の良さで優劣が付けられることはないが、マウントを取ってくる奴がいたり、いじめの原因になり得たりする。耳の形占いなんかもあった。

「そういうわけだ」流石のわたしも、それは無い、と鈴瑚の提案を却下する。「玉兎のプライドってもんがお前には無いのか」

「いつまで玉兎時代を引きずってんだ?」断固とした物言いに、わたしはたじろいでしまう。「今更耳がどうのこうのなんて、みみっちい奴の言うことだぜ」

「耳だけに?」

「うん」

レイセンは押し黙っている。命と自尊心を天秤にかけているようだった。周りにコケにされるくらいなら死んだ方がマシと言う悪魔と、プライドなんか生きていく上でまったく必要ないと嘯く悪魔。入れ替わり立ち替わりやってくる悪魔に、レイセンは目を回しそうだった。

兎は悩む生き物なんかじゃ無い。動物の兎だったら、考えもせずにただ生きることだけを考える。自尊心なんか土の中にでも埋めろ。生き抜くためにあらゆる荷物を捨てて、最小限のものだけを持って行け。

だけど、ある日、兎が絶望した。何を見たのかは知らない。何が起こったのかも。

絶望から生じた悩みが、兎を月に追いやった。だけど、そこでも悩みの種に襲われた。自尊心の塊のような、月の民とか言う奴らが月に雪崩れ込んできたのだ。兎達は絶望し、猿が人になったように、わたし達も人の形を成した。絶望と悩みが人の形を作るのだ。

「わ、わたしは、絶対にこの耳を外さない」レイセンは絶望に打ち勝っていた。「これを外すくらいだったら、自首して死んでやる!」

よく言った、と言わんばかりに鈴瑚が頭を振った。

「玉兎っていうのは、月の民にいいように使われる奴隷みたいなものだ」レイセンは自分を奮い立たせているみたいだった。「そんな最低の界隈に生きる奴らが、プライドまで捨てちまったら、後に何が残るって言うんだ!」

「その通り!」鈴瑚が拍手喝采した。「お前は玉兎の屑だが、そのガッツは神に匹敵するぜ」

「か、神!」

神という安っぽい響きに魂まで抜かれていそうなほど、恍惚の表情を浮かべている。今だったら、たとえ処刑されたとしても幸せに違いない。

それから鈴瑚とレイセンは浴びるように酒を飲んだ。素晴らしい友と出会えたことへのお祝いでもあり、これからあの世に旅立つレイセンの見送り会でもあった。あばよ、レイセン。ありがとう、鈴瑚。

わたしは一体何を見せつけられているんだ?

生と死を超越した夜に、わたしの居場所は無かった。この場所には愛さえあるようだった。みんな、本物の愛を知っている。幻想郷の奴らは愛で動けている。今更、みんなが知っているようなことを歌って何になる?鳥獣伎楽の新曲を聴いて吐き気を催すのは、たぶん、食べ過ぎとかと同じ理由だ。

さて、万事上手く行くことは無いにせよ、レイセンはレイセンの道を歩き切ることが出来そうだった。死がゴールなんてありきたりだけど、そういう選択肢もある。選択肢を選べるだけ幸せという話だ。




死屍累々の体で畳の上に転がっていると、すっかり陽が昇っていた上に、レイセンがいなかった。ブン屋の声で目を覚まし、眠気覚ましに新聞に目を通すと、余計に眠気が襲ってくる。ただ、外気に触れていた新聞がひんやりして気持ちよかったので、それを顔に乗せて二度寝を決め込んだ。

たぶん夕方くらいに目を覚ますと、鈴瑚がわたしの顔の上の新聞を読む気配があった。しばらくそのままにしておいた。

「えっ!?」

鈴瑚の驚きの声にわたしも身を起こす。「どうした!」

「ここ読め!」

鈴瑚に指定された箇所をざっくり読むとこうだった。まず目に入ったのが、あのおっさんが医者の所で息を引き取ったという話である。

レイセンがぶちのめしたあのおっさんは、人里に紛れ込み、月一くらいの頻度で人を食らう妖怪だった。人間に化けていたのである。しかし、変化の程度が低く、周りに妖怪なのでは無いかと囁かれていた。そこでおっさんは頭のイカれた振りをし、周りに誰も近付かぬようにし、その上で自分へ向いた猜疑心を他の誰かは押し付けようとしていたのである。他の誰か、とは、すなわちわたし達のことであった。おっさんが妖怪だとバレたのは、最後の瞬間が如何にも妖怪らしかったから、らしいが、具体的には書かれていない。

その事を知らずに自首したレイセンは、理外の賞賛を受けた。「あんたのおかげで里が救われた」とか「お嬢ちゃん可愛いね」とか。これは憶測に過ぎないけど、自分勝手な玉兎のことだから、自分がどうして褒められているのかもわからないままレイセンは「全て分かっていたことですよ」とか「あいつからは臭いがしたんですよ。妖怪のね」とか、ほざいたに違いない。

「こんなこともあるんだな」

鈴瑚はあからさまに不機嫌になっていた。「くそ、いいもん観れると思ったのに」

レイセンの見出しの横に小さく鳥獣伎楽のことが載っていた。ボーカルのキョーコ・カソダニがコメントを載せている。一度は道を迷ったけどもう迷わない、わたしの行く道は自分で決める。と誰かに方向性を決められていたことを示唆した。彼女らもまた、自分の道を歩み始める。

「飲みに行こうぜ」鈴瑚が新聞をかっさらった。「面白くないや」

「もう三日連続だぞ」

「構うもんか」

準備をして、いつもの店に向かって歩き出した。

おっさんは自分の道を踏破した。あのおっさんは人間を食いたい一心で、結局、自分の生きる道を変えることが出来なかった。そこには自尊心とかがあったのかもしれないし、そもそも、こんなことはもうやめよう、みたいな発想が思い付かなかっただけなのかもしれない。

とにかく、おっさんの死にとやかく言うべきじゃない。おっさんは自分のやるべきことをやり、最後まで歩き通したのだ。自分の道を。石だらけの道を。躓き、転びながらも。重要なのは、たぶんそこだけだ。

そして、レイセンやキョーコも歩き出したんだ。玉兎は玉兎の道を。妖怪は妖怪の道を。彼女らなら、きっと歩き通せるだろう。生粋の玉兎と生粋の妖怪なのだから。例え道を違えたとしてもまた歩き出せるのだ。月の兎から地上の兎になったわたし達みたいに。大事なのは、歩き続けることだ。

店の前に着いたが、いつもなら開いている時間なのに『CLOSED』の看板がかけられていた。そんなことは知ったこっちゃない鈴瑚が勝手に扉を開けた。

「すいませーん、飲みに来まし…た…」

店に入るなり、二人して凍りつく。店の中が台風でも通ったみたいに荒らされていた。椅子は壊され、テーブルは真っ二つになり、カウンターの上や床には高級酒がぶちまけられ、端っこのジュークボックスで鳥獣伎楽の曲を流しながら、店の真ん中でマスターが首を吊っていた。

「マジですか?」ガラスの散乱する店の中を鈴瑚が歩く。「なんで?」

「鳥獣伎楽が絡んでることは間違いないだろうな」

わたしの予想通りに、マスターの足下で遺書らしき紙を発見した。開くと、やはりマスターが自分の思いの丈を書き綴っていた。

『わたしの好きな鳥獣伎楽は死にました。彼女らの音楽を求めて、わたしも旅立ちます。さようなら』

「罪なバンドだね」と、鈴瑚。

「そうだね」

「別の店行くか」

「うん」

店を出て、新しい行きつけを探すためにわたし達は歩き出す。

まあ、どんな道でも歩き通せる奴もいれば、道半ばで力尽きる奴もいるのだ。
精進します。
いびでろ
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コメント



0.90簡易評価
1.100評価する程度の能力削除
この黒さ、私は好きです
2.90奇声を発する程度の能力削除
雰囲気が良かったです
3.100終身削除
シリアスというかなんというか洋画に出てくるろくでなし達みたいなノリが最高にツボです ギャグはさくらももこのエッセイに偶に出てくる不謹慎ブラックジョークみたいなテイストで思わずクスッとしてしまいました 他にはない二度おいしい満足感と程よい場末感がいい感じでよかったです
4.100ばかのひ削除
とんでもなく面白かったです
徐々に徐々に面白くなるのでオチのハードルは上がるぞと読み進めていきましたが、意外にあっさりでも納得のオチでした
これはいいものを読みました
モブとはいえ平気で人が死ぬのもよい
5.100サク_ウマ削除
ひっどいオチなのに納得させて満足させてくるその筆力に拍手です。相変わらずのロックでアウトローなあおりんご、最高でした。
6.100大豆まめ削除
最高にハードなロックでしびれました
己の道を歩き続ける彼女たちに幸あれ
8.100ひとなつ削除
とても読みやすかった
全部流れるようにすぎていって良かったです
9.100ヘンプ削除
殺伐としているのがとてもいいです。過去に囚われないで生きてくしないって感じました。
10.90雪月楓削除
面白かったです
11.100南条削除
最高に面白かったです
だれもが狂い傷つきやってられずに飲んだくれていながらも、世界は無慈悲に回っているような理不尽さを感じました
それでいて盛大に何も解決していない所もよかったです
登場人物や舞台装置から落ちまで何もかもが無駄なくかみ合っていてとても面白かったです