Coolier - 新生・東方創想話

死体探偵「オーバー・オール・トゥ・スーン」

2019/02/11 23:08:26
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「ナズーリン!」
 小傘が叫んだのと同時に、私は前のめりになって飛び出した。
 胸にしまったペンデュラムが震えている。
 開いた瞳に映るのは、紛れもなく、奴だ。
「四万十か!」
 竹林の影から半身をのぞかせて奴、青いレインコート姿の四万十が指先を震わせた。奴の十八番、水爆弾が放たれる。狙いは、射命丸との決闘で傷つき昏倒した姫海棠はたて。どうやら奴はこの瞬間を狙っていたらしい。今度こそ確実にはたてを抹殺しようというのか。
 だが、遅い。既に瞳を開いていた私は、とっくの昔に水爆弾の軌道を読み切っている。ロッドを高速回転させて大きく振り上げ、発生した空気の渦が放たれた水爆弾の軌道を百八十度転換させた。水爆弾は威力こそ絶大だが、弾速と速射性には劣る。破裂さえさせないように気をつければ防御はたやすい。
 反射した水爆弾はまっすぐに四万十の方へ飛んでいった。とはいえ、河童に水は効かない。体内に吸収されて終わりだろう。私は次弾に備えて身構えていたが、そこで予想外の事が起こった。
 四万十が身を捻って水爆弾を躱したのだ。
 身を隠していた竹藪に水爆弾が直撃して破裂すると、膨れ上がった水滴が局所的な雨となって奴へと降り注いだ。奴はそれから身を守るように背を丸めた。
 まさか。河童の癖に、四万十は水に弱いのか。それでは正に河童の川流れ、翼を失った鳥のようではないか。信じられない気もするがしかし、それならば奴が常時レインコートを身に着けていることも得心がゆく。今思い返してみれば、わかさぎ姫の水術に異常なまでに動揺していたし、水の中の戦闘を避けていた節もある。本当に水に弱いとすれば、それは河童としては致命的だ。河童社会で生きて行ける筈もない。前々から天狗衆に混じって行動する奴の存在に違和感を覚えていたが、これこそがその理由なのだろうか。
 私の一瞬の逡巡が奴に態勢を立て直す隙を与えてしまった。降り注ぐ水爆弾の雨の中、奴は身を低くして竹藪の陰から飛び出すと、ペンデュラムを振り上げる。

 りぃん

 耳障りなその音が雨粒と共鳴し、水の波紋となって私へ、いや昏倒する姫海棠はたての元へと押し寄せてきた。
 しかもそれだけではない。
 波紋は薄く煌めく虹色の光を纏っていた。
 これは、夢想封印……! 奴め、とうとう使いこなして来たか!
 共鳴波は規模が大きく、ロッドで防ぐのは難しい。対応策を探して私の動きが止まったその一瞬、
「任せて!」
 私とはたてを守るように前へ飛び出た小傘が、手にした茄子色の傘を開いた。
 虹の波動も元々は水、天敵の傘に阻まれ、拡散して消えた。
 私は直ぐさま飛び出して接近戦に持ち込もうとしたが、それは叶わなかった。
「くっ……」
 小傘が膝をつくのが見えたからだ。霊夢のものよりかなり弱いとはいえ、あれは夢想封印。しかも小傘は本体の傘を使って防御したのだ。私とはたては無事でも小傘はそうは行かない。次弾は私が防がねば、今度は小傘が危うい。
 小傘の作ってくれた隙を突いて、私は懐からナズーリンペンデュラム・エンシェントエディションを取り出した。奴のペンデュラムと共鳴しているのか、赤く輝いている。迸る赤い光をぶつけ合って、四万十と私はにらみ合った。
「決闘の後を狙うとは、戦士の風上にも置けぬ。情けない奴め、闇討ちしか出来んとはな」
 私の挑発を奴は鼻で笑った。
「武士道精神とやらか? 下らぬ。我等の崇高なる目的の前では、三の次にも上がらぬわ」
「笑わせる。その程度の誇りも守れずに、何が崇高か」
「稀代の大量虐殺者が、よくも誇りを語れたものだ。地すべり爆弾お次は放火。地を這う鼠に相応しい、卑劣なやり口だな」
 その言葉に反論する資格は、私には無い。
 しかし、それとこれとは無関係だ。
「私を罵るのは構わん。だが、貴様にはたては殺させない」
 私がロッドを構えると、後ろの小傘も傘を杖にして立ち上がった。存外、小傘もタフな女だ。
 多勢に無勢の状況を悟ったのか、四万十は光の波動を放ちながら後ろに下がった。
「……邪魔な小鼠め。いつかその首、捩じ切ってやるぞ」
 忌々しげな舌打ちと、呪いの籠もった捨て台詞を残して。
 未だ使い慣れていないのだろう、既に弱まっていた虹の波動はロッドの一薙ぎで霧散した。ロッドを回転させて呪力交じりの水滴を払ってから、術で小さくして懐に納める。奴を追う事も出来たが、はたてと小傘の手当てが先だった。
 昏倒していたはたてを介抱し、彼女が竹林の中へ消えていくのを見送って、私達は永遠亭に戻った。借りていた医薬品を返すというのもあるが、四万十の攻撃を受けた小傘を治療するためだ。
「いやぁ、いい決闘だったわねぇ。あの緊張感、ここ数百年は無かったわぁ」
 決闘中は凛とした表情を見せていた輝夜は、決闘が終わった瞬間にいつものとぼけた調子に戻っていた。永琳に小傘を診てもらっている時にも窓枠に座って足をぶらぶらさせている。
「そう。それは良かったわね」
「永琳、あんたも見れば良かったのに」
「生憎、貴女みたいに暇じゃないのでね」
 永琳の毒舌に輝夜は口を尖らせたが、何も言わなかった。いや言えなかった、か。流石の輝夜も永琳には頭が上がらないようだ。姫と従者という関係のはずなのに、なんとも可笑しな話である。
 付喪神は専門外なんだけれども、と愚痴をこぼしつつも、永琳は小傘の治療……即ち、本体の傘の補修をやってくれた。脆くなった竹組を交換し、破れた部分に裏から和紙を当てがい、さらに色まで塗って元通りにしてみせた。専門外と言っていた割にはその手付きに迷いはなく、あっという間に一仕事を終えてしまった。そのあまりにも正確かつ迅速な仕事ぶりに、小傘などは熱の籠もった視線を向ける始末である。
 私から見ても、何というか、八意永琳には隙が全く無い。どんな頼み事でも溜め息一つでこなしてくれそうだ。完璧超人という言葉がこれほど当てはまる人物もそうはおるまい。
 傘に防水処理を施しつつ(小傘にとっては本当に至れり尽くせりである)、永琳はちらりと私へ視線を向けた。
「里では放火が流行っているそうね」
「放火、か」
 それは、四万十も言っていた。
「今の今まで、その被害者の治療に追われていたわ。甲斐は無かったけれども。生かすのは一苦労なのに、死は呆気ないものね」
「……下手人は分かっているのか」
「里の新聞にはあんたの名前が踊っているわよ」
 相変わらず足をぶらぶらさせながら、輝夜が口をはさむ。
 私は溜め息を吐いた。
「だろうな。だが、私が聞いているのはそんなゴシップじゃない。火付けを行ったのは」
「……死の自警団だよ」
 小傘が悲しげにつぶやいた。
 予想していた答えだ。
 だが、動揺しなかったと言ったら嘘になる。
「即ち、貴女の元上司、命蓮寺の寅丸星ということになるわね」
 死の自警団が火付けを行った。それが指し示す事実は、永琳の言葉通りである。
 一度暴走した憎しみは、理で抑える事など出来はしない。悟りを開いたシッダールタが、それでも戦争を止めえなかったように。
 こうなることは分かり切っていた。
 何故、奴らを保護したんだ、星……。
「寅丸星の関与は、まず間違いないでしょう。彼女が死体探偵の本拠を焼いたと言う話も伝わっているわ」
 星鼠亭、か。
 永琳の言葉に、私はまたも溜め息を漏らした。
「それは、見ていたよ」
「いえ」しかし永琳は首を振った。「無縁塚の、貴女の掘っ立て小屋を焼いたそうよ」
「無縁塚の拠点を?」
 私は首を捻った。
 星鼠亭を焼くのなら分かる。私と命蓮寺との繋がりが絶たれた事を、里人に知らしめるためだ。だが無縁塚の拠点は違う。あそこはほとんど里人には知られていない。そもそも、あそこには特に何もない。焼いたところで意味がないし、労力の無駄遣いにしかならない。
 星の行動は意味不明な部分が多すぎる。一体、何を考えているのか……。
「輝夜、君はどう思う?」
 輝夜は死の自警団の出現を言い当てている。彼女の意見を聞こうと窓の方を見やると、今の今まで窓際に座っていたはずなのに、彼女の姿は掻き消えていた。
「……輝夜?」
 私が周囲を見回していると、診察室の扉が勢いよく開け放たれた。
「八意様、大変です!」
 兎妖怪の看護士は、診察室に入るなり興奮してなんやかんやと喚き立て始めた。
「落ち着きなさい。一体、何があったの」
 永琳が懸命になだめて落ち着かせる事で、ようやく話を聞く事が出来た。
 なんと、永遠亭の倉庫が盗難を受けたらしい。
「何て事」
 件の倉庫にやって来ると、流石の永琳も顔に深い影を刻んだ。
 土壁に茅葺屋根のその倉庫の前では数人の兎妖怪がヒステリーを起こして喚いている。扉は大きく開け放たれ、入らずとも中の様子が分かった。手術道具や薬瓶などが床に散乱し、ひどい有様だ。一目で強盗に荒らされたと分かる。
 倉庫の扉には小さな南京錠が一つ付いているが、掛け金がねじ切られており、もはや用を為していない。扉の縁にかろうじて引っ掛かっているだけだ。
「……これは少し、まずいわね」
 永琳は倉庫の前で腕組みをして、溜息を吐いた。
「この倉庫には劇薬が保管されていたのか?」
 私が訪ねると、永琳は首を振って溜息を重ねた。
「それもあるけれど。この倉庫の中には、月から持ってきた機材を一部置いていたのよ」
「月の……機材だって?」
「悪いことに、非常に危険な物も含まれているわ」
「どういう意味だ」
「つまり……端的に言って、ここは武器庫だったと言うわけよ」
 武器庫だと?
「ば、馬鹿な。何故、永遠亭にそんなものがある」
「言ったでしょう。月から持ってきたと。私達が下りてきた時、色々あってね。自衛のための手段が必要だったのよ」
「それをこんな……ちゃちな南京錠一つしかないような倉庫に保管していたというのか! 正気か、永琳!」私に胸倉を掴みかかられても、八意永琳は動じた風もなかった。「以前にも劇薬を施錠せず保管して、事故を起こしていたな。永遠亭の危機管理はどうなっているんだ!」
「管理を因幡達に任せきりにしたのは失敗だったわ。私の責任ね。あの土砂崩れのせいで人手がなかったと言う他無いわ」
「それで済む問題じゃない!」
「落ち着いて」私の手を静かに払い除けて、永琳は前髪を掻き上げつつ言う。「これは憂慮すべき事態よ。今は責任追及よりも事件の対処に当たることのほうが先決でしょう。捜索隊を組織するわ。貴方の力が必要よ。手伝って頂戴」
 私は拳を震わせたが、小傘が私の肩を強く引いたので、息を吐いて憤りを鎮めた。永琳の言は正論だったというのもある。
 それにしても武器庫とは。永遠亭はただの診療所だと思っていたが、そうではなかったらしい。妖怪の跳梁跋扈するこの幻想郷では当然の備えとも言えなくないのだが……。しかもそれが盗難を受けてしまうなんて。いかに完璧な八意永琳と言えど、あの土砂崩れの対応に追われて綻びが出てしまったのだろうか。
「まずは被害の全容を把握しましょう。話はそれからよ」
 そう言って、八意永琳は倉庫の中へ入っていく。
 なんとなく、胸騒ぎがしていた。


 散乱する炭屑、砕かれた岩、舞い上がる埃。
 無縁塚に築かれた瓦礫の山の上に、ちょろりと野鼠が顔を出した。彼は何かを探すように頭を回すと、くんくんと鼻をひくつかせた。今夜の糧を探しているのだろう。人の世と異なり、獣の世は糧を探すことに全精力を傾けなければ生きては行けぬ。
 ふと、その背に七色の光を放つ何かが舞い降りた。彼は首を回し、背に止まったそれを不思議そうに眺めた。
 極光を放つそれは、蝶の形をしていた。
 蝶は彼の背の上で大きく羽ばたくと、その背を離れ、宙空を舞った。
 ひらり、ひらり。
 舞音が聞こえそうなほど優雅に。
 そうして彼は、糧を探す必要を喪った。背を丸め、眠るように安らかにその生を終えていた。
 あまりにも呆気ない死。
 それは、その蝶の名でもある。
「あの蝶は、西行寺幽々子の『死に誘う力』そのものよ! あれに触れれば命が無いわ! 早くみんな、逃げて!」
 ルナサがそう叫んだ時には、既に遅かった。
 瓦礫の隙間から飛び出した大量の極光蝶が、ルナサ達の周囲を取り囲んだ。見上げれば、青い空にも蝶の群れ。もはや完全に逃げ場を無くしていた。
 これは、罠だ。
 この場所を訪れた者を抹殺するための、ブービートラップ。
 マミゾウは息を呑み、燐は目を丸くし、賭け好きの少女はルナサの袖を握って震えた。
 この死蝶に音魔法は効かぬ。
 化かしも効かぬ。
 操る死霊も辺りに居らぬ。
 この場に居る誰の力をもってしても、この状況を覆す事が出来ぬ。
 ルナサははっきりと死を悟った。
 最後に脳裏を過るのは、妹達の事。メルランにリリカ、私が居なくてもやっていけるかしら。あの辛い事件の後なのに、私が二人を元気づけなきゃいけないはずなのに、こんな事になっちゃってごめん。そしてレイラ、貴女との約束、結局果たせなかった。私がやらなくちゃいけないことなのに。非力な姉でごめんなさい。嗚呼、まだ。まだ、私は死ねないのに……。
 ルナサは自らの無力さを呪って、目を瞑り天を仰いだ。
「あらあら、なんとも優雅な攻撃ね。趣味がいいわぁ」
 閉瞳の暗闇の中に響いたその声は、人生の最期に聞くにはいささか暢気過ぎた。
 聞き覚えの無いその声に思わず瞳を開くと、長い黒髪を湛えた女性が、その美しい顔を破顔させてルナサの方を見ていた。
 その女性は周囲に浮かぶ死の蝶の一匹を無造作に掴んだ。ルナサが止める間もなかった。
「おっ?」
 だがその女性は野鼠の彼とは異なる運命を歩んだ。
 命を失うどころか、虹色の蝶を握りつぶすと、その美しい顔をますます綻ばせたのだ。
「あはは。何これ、面白い。軽く死ねるわ、これ」
 呆然とするルナサ達を他所に、彼女は笑いながら蝶を掴み、次々に握り潰していった。
「すごいすごい、妹紅とやるより死ねるわ」
 やがてパチンと指を鳴らすと、どういう訳か光る蝶が跡形も無く姿を消してしまった。
「……でも前言撤回。趣味悪いわ。見た目は優雅でも、やることは泥臭いわねえ。華が無いから見飽きちゃった」
 一仕事終えたとでも言うようにパンパンと手を叩いて、彼女はルナサのほうへ向き直った。
「貴女、ルナサ・プリズムリバーでしょ?」
「え、ええ……いやあの、あなた……」
「いやー私、プリズムリバー楽団のファンなのよね。サイン頂戴な」
 そう言って、何処から取り出したのか、七色に光る玉が付いた木の枝を差し出してきた。
「あー……う、うん」
 ルナサは持っていたサインペンでその枝切れに自分のサインを書いた。あんた誰? とか、なんで死なないの? とか、この高そうな枝に書いちゃって本当にいいの? とか、色々と言いたいことはあったが、有無を言わせぬ笑顔の圧力に負けた。
「おヌシ……永遠亭の、蓬莱山輝夜か?」
「そ。遠慮しないで、永遠亭のお姫様って呼んでくれてもいいのよ」
 多少困惑しながらも、マミゾウはペコリと頭を下げた。
「危ないところだった、助かったぞい」
「あらそう? それはそれは、良い事しちゃったわね。なら今度からは通りすがりの正義の味方って名乗ろうかしら」
 輝夜はおどけて笑っている。
 蓬莱山輝夜。リリカが世話になった永遠亭の、有名な引き籠もり姫である。病で床に臥しており、一年三百六十五日部屋から一歩も出ないという、幻の病弱美女と噂になっていたが、どうやらそんなことも無いらしい。むしろ割と快活そうに見える。やはり噂など当てにならない……美女というのは当たっていたが。
「あんたは二ッ岩マミゾウね。ナズーリンから聞いているわ、元極道で命蓮寺に居候してる穀潰しとかなんとか」
「ま、まあそうじゃな」
「んでそっちの猫ちゃんは火焔猫燐ちゃんかしら」
「うぇ、こ、今度はあたいかい」
 燐があからさまに嫌な顔をしている。輝夜が嫌いなのだろうか。賭け好きの少女の時といい、押しの強いタイプが苦手なのかもしれない。その気持はちょっと分かるルナサであった。
「その持ってるボール玉、ちょっと貸してくれない?」
「これかい? 別にいいけど」
「あ……」
 ルナサが止める間もなく、燐は輝夜に陰陽玉を手渡した。輝夜はそれを手の平の上で転がすと、またもや無造作に握り潰してしまった。
「ちょっと!」
 あの陰陽玉は博麗神社にとって、いやこの幻想郷にとって重要な意味を持つ物だ。それが眼の前で一つ失われてしまい、ルナサは一瞬で血の気が引いた。
「な、なんてことを!」
「大丈夫よ」輝夜は脳天気に笑っている。「これは偽物。そうでしょ?」
「に、偽物?」
「それが道理ってもんでしょう」
「道理って……」
 その訳の分からぬ物言いにルナサは腹を立てた。
 が、輝夜の言葉通り、彼女の開いた手の中には粉々になった陰陽玉の外殻があるだけで、血の一片も、その中に収められているべきものも見当たらなかった。
「確かに……これは偽物だわ」
「だわよねえ。これが何なのかさっぱり分からないけど、まあそうなるのが当然よねえ」
「分かんないモンを分かんないままぶっ壊したのかい、アンタ。さとり様よりぶっ飛んでるねぇ」
 若干引きつつ、燐が呆れている。その気持は、ちょっと分かる。
「で。私の予想と記憶とが正しいとすれば、さっきの泥臭い蝶々を仕掛けたのは、西行寺幽々子ってところかしら?」
「ええ……。きっと私を狙ったのよ。私が彼女に逆らうような行動を取ったから……」
 西行寺幽々子は、賢者達の一人であるから。
「貴女も見たでしょう。彼女は私達の命なんて簡単に奪うことが出来る、まさに絶対的な力を持っているのよ。命ある者は、決して彼女に逆らってはならない」
 何故か輝夜には効かなかったが。
「ふーん」
 手の中の破片を地面にばら撒きつつ、輝夜は気の無い声を出した。
「じゃ、会ってみましょ」
「え?」
「その噂の、西行寺幽々子にさ」
 流石のルナサも、一瞬言葉を失ってしまった。
「……貴女、私の話聞いてた?」
「大丈夫大丈夫、なんとかなるなる。じゃ、案内よろしくね」
「ちょっ……」
 輝夜はウインクをかますと、ルナサの手を取って歩き出してしまった。病弱どころかその力は強く、振りほどけそうもない。強引にも程がある。しかも襲われた直後に襲ってきた本人に会いに行こうなどと、最高にイカれている。
 しかし抵抗しても無駄そうなので、仕方がないと割り切ることにした。一応恩人でもあることだし。
 振り返って燐とマミゾウ、そして賭け好きの少女へ詫びをし、ルナサは輝夜を導いて白玉楼へと向かった。


 冥界にある白玉楼は幽明結界によって顕界と隔てられており、生者と亡者の交わりは阻害されている。しかし春雪異変以降、その結界の力は弱まり、徒歩でも自由に行き来が出来る様になってしまっている。おかげで人里では以前より幽霊が増えて、退魔師が儲かっているとかいないとか。
「私は手前までで帰るから」
 何度も何度も何度も何度も、それこそ口が酸っぱくなるまでその台詞を口にしたルナサだが、輝夜は聞いているのかいないのか、ふんふん鼻歌を歌いながら大きく腕を振って歩いている。しかもその鼻歌、九十九姉妹の曲である。ルナサ達のファンじゃなかったのか? やること成すこと一から十まで分からない。
 大体、何故彼女は西行寺幽々子へ会いに行こうなどと言い出したのか。あの恐るべき幽々子へ会いに行くなど、ルナサには到底考えられない。レイラの事がなければ……。
 そうこうする内に幽明結界を超え、白玉楼へと至る石段の前までやってきた。
 両側に並ぶ紅葉した桜の木々が美しいこの石段は、常世と現世の隔たりを表すかのように長く険しいものだ。しかしこれを登れば白玉楼の入り口である。
 途中で虹の蝶に襲われることも覚悟していたが、どうやら杞憂で済んだようだ。
「それじゃ輝夜さん、私はここで……」
 言いかけた時、石段の上から降りてくる一つの人影が見えた。
 目を凝らしてみる。
 見覚えのある袈裟姿。
「あれは……星さん」
 間違いない。蓮の花の冠を頭上に頂き、鉾を手にして凛としたあの姿、毘沙門天の代理たる寅丸星そのものだ。それが従者も付けずにたった一人、白玉楼の石段を下りてくるのである。
 土砂崩れの際、彼女はよく支援してくれた。今は何故か、テロリスト集団を匿っているが……。
「ええっ? 寅丸星?」
 驚いたのか、輝夜が素っ頓狂な声を上げた。手で庇を作り、大仰に目を凝らしている。
「本当の本当に寅丸星? あれが?」
「そうね」
「白玉楼にィ?」
 途端、輝夜は腐ってしまった
「なんだつまんない、そういうことォ? それじゃ、私の出る幕無いじゃない。薄々分かってたけどさぁ」
「はあ?」
「もういいわ。帰ろ帰ろ」
 言うなり、輝夜は回れ右して元来た道を戻って行ってしまった。
「え、ちょっと、本当に?」
 わざわざここまで案内してやったルナサのほうを見もせず、ずんずん一人で歩いて行ってしまう。
 なんて身勝手な姫なんだろう……。
 その後姿を殴りつけてやりたい衝動に駆られたが、ヴァイオリンを演奏して抑えるルナサだった。
 題名にものすごく悩んでいたんですけれど、書いてたら勝手に決まりました。案ずるより産むが易しですね。

 2019/02/14 表現の一部見直し。
チャーシューメン
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