Coolier - 新生・東方創想話

コンディショナーインシャンプーとシェパード

2019/01/14 23:04:29
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「どうしたのよ三人とも、らしくないじゃない! ほら飲みなさい、飲みなさいよ。飲まんかい!」
 出来上がると手に負えないタイプの姫海棠はたてを前に、射命丸文、犬走椛、河城にとりの三人は、テーブルの上に煮える鍋を中心に、萎縮していた。
 事の発端は、射命丸文の失業だった。失業の理由は怠惰。大まかな経緯といえば、まず、文はアルコールにのめりこみ、椛とにとりを酒の海へと引きずり込んだ。そして、失業を窒息に擬えるならば、いの一番に溺れ死んだのは文だった。しかし文は失業してなお、酒瓶片手に二人の住居を訪ねることをやめなかった。文に引っ張られ仕事をサボり気味だった二人も、落ちぶれた元新聞記者をいざ目にすれば流石に焦り、自身の職務に打ち込んだ。職を失ってなお酒浸りの文を前に、浮かんだ二人の感慨は、やべえな、の四字だった。二人がそんな感慨を抱いて働けば、無論、文は孤立した。そのうち三人の関係が疎遠になり、にとりがクビとなった頃に、ようやく姫海棠はたてが動いたのだ。
『あんたら最近集まってないみたいだけど、喧嘩でもしたの?』
『まあ、私に任せておきなさいって。これでも文とは長い付き合いだし、きっと仲直りさせてあげるわよ』
『……あんたらがおとなしいと、私まで、なんだか調子出ないのよね』
 文は内心で放っておいてくれと叫び、にとりは自身の失業の事実に発狂し、椛は我関せずに決め込もうと考えた。しかし、実現してしまった〝仲直りの会〟は出口王仁三郎の予言通り混迷を極めた。
「だいたいさー、クビになったぐらいでなんだって言うのよ。仕事なくしたら死ぬわけ? 情けないわ、ほんと! 情けないわ、ほんと」
 傍迷惑な極論だった。はたての顔の赤らみは、部屋の隅から熱気を放つストーブと、炬燵のせいのみではない。
「やあ、おっしゃる通りで……」
 久々に二人と会える、そんな喜びを微かに胸に秘め出席した文だったが、今となっては酔いどれの暴君に傅くことに精一杯だった。にとりと椛は、かつて蔑ろにしてしまった友人のそんな姿を見、憐れみと、僅かばかりの申し訳なさが浮かんだ。職のある椛はその感慨のみに酒をちびりちびりとやっていたが、にとりはそうはいかなかった。
 にとりの胸には文に対する憐れみと、申し訳なさと、世界に対する破壊の衝動があった。
 ふざけやがって、こちとら無職。なりたてホヤホヤの無職やぞ。
 無論、恥ずかしさから失業の事実を誰にも打ち明けていないにとりが、その怒りを表沙汰にすることはなかった。はたてがにとりにとって友人の友人であったことも、にとりの怒りを抑制する一因を担っていたことは言うまでもない。しかし、にとりは今日、酔えずにいた。
「こら、そっちの二人も! そっちの二人も悪いのよ、ほんと。ちょっと前までは二人とも、大人しくていい子だったのに、文に引っ張られて酒浸りになってから、どうもよくないわ。意思が弱いのよ、意思が」
「いやあ、その、お恥ずかしい限りで……」
 頬を掻きながら曖昧に笑う椛を眺めると、にとりの胸中で怒りが嘶いた。にとりは憮然とした面持ちで、普段のはたてを回想する。
『あら椛じゃない。あ、にとりまで。二人とも、今日は休み? そっか。いいわね、休日に友達と遊んで息抜きだなんて、健全で。え、私? いいのよ、気を使って誘ってくれなくても。にとりが人見知りなのは知ってるし、それになにより仕事だし。いいの、ほんと、気にしないで。それじゃあね、良い休日を』
 普段は、あんなにも善良なのに。酒を飲んだからといって、こうも辛辣な急変が許されていいのだろうか。いや、よくない。許されない。
 にとりの怒りは失望と失業と義憤と破壊衝動の入り混じった、複雑かつ不確定な性質を持ってその胸中に顕現した。
「はたて! ……さん! ちょっと言わせてもらうけどさー!」
 にとりが堪えきれずに口を切ると、文が慌てて遮った。
「あ、あー! なんだか具合が、急に具合が妙な具合に! ちょっと風に当たりたいと思うのですが、誰かついてきてくれやしませんかねえ! ねえ、にとりさん!」
 文はにとりの手を引いて、廊下を抜け、玄関の戸を開けた。
 冬らしく冷たい風が、ストーブと不協和な酔宴に火照った二人の身体をすり抜ける。
「……わかってるよ、射命丸。はたて、さんは酔ってるだけで、普段はいい人だって」
「やあ、その、なんというか。どうも、すみませんね。やっぱり、発端は私ですから……」
「いいよ。……わたしこそ、悪かったよ。最近、ちょっと冷たくしちゃってさ。実はね、わたしも一昨日、クビになったんだ」
「え、それは、その。なんと言ったらいいか……」
 いいよいいよ、笑ってよ。にとりははにかんで、遠い空に視線を投げる。文も困ったように笑いながら、にとりと同じ様にした。二人の視界に映る冬の空は、紺色に冷たく、多い雲が広大さを語っていた。二人にとってそんな空は、どこか暖かかった。
「部屋に戻ったらさ、わたしもちょっと、飲んじゃおうかな。酔っ払っちゃえば、どーせ楽しいし」
「いいかもしれませんね。私も、そうしようかな。椛もあれで、随分酔ってる様ですし。もしかすると二人とも、部屋に戻ったら寝てたりして」
「かもね」
 二人はゆっくりと玄関の戸を開け、落ち着いた歩調で部屋に戻った。すると二人の予想通り、椛とはたてはテーブルの上に両腕を組み、その上に頬をつけ、なにやら微睡みながら話している様子だった。
「……シャンプーは……で、リンスは……」
「へえ。私はねえ……」
 二人はテーブルの前に座って、椛とはたての間で交わされる、奇妙なほど女子らしい会話を聞きながら、気恥ずかしげに微笑んだ。泥酔した女子の女子らしい会話を聞くことほど、気恥ずかしいものはない。
「シャンプーは……で、コンディショナーは……」
 そのように、はたてがむにゃむにゃと言葉を紡いだ瞬間、椛はなにか信じられない言葉を耳にしたかのような形相で、はっと両掌をテーブルの上に伸ばした。椛は目を見開いてはたてを見つめ、何か言いたげに、しかし、酔いが剰ったか、言葉の出てこない様子で、口をパクパクとさせている。
「なによ、どしたの、椛ったら……」
 はたては眠たげに、やおら両腕に顔を埋める。
 にとりと文には、椛の不可解な行動の意図が判った。言わんとするところも、察していた。
『椛さん今なんて言いました?』
『なんか、コンディショナア、とか聞こえたんだけど』
『え。だから、コンディショナーを使って……って』
『あーにとりさん聞きました? これはアウトですね。罪ですよ、罪。リンスインシャンプーを一生使えない罪』
『はは、間違いないね。コンディショナーインシャンプーなら使っていいけどさ! はは!』
 それは古い記憶であったが、二人はその際の、コンディショナーの一言でこうも辛辣ないわれを受けるものか、といった、椛の本当に悔しそうな顔を、鮮明に記憶していた。
 つまり椛は、はたてのコンディショナーの一言でその際に受けた悔しさを想起し、『今なんて言いました?』を自身の手で再現したがっていた。
 しかしそんなことをすれば、微睡むはたての暴君が揺り起こされるに違いない。酔いの諍いは酔いに任せて煙に巻く、それに限ると、にとりと文は酒を煽って、口を開いた。
「そういえば、リンスインシャンプーとは言いますけど、コンディショナーインシャンプーとは言いませんよね」
「ほんとだ。ふしぎだなあ」
 二人の言葉に椛ははたてを見つめたまま、きょとん、とし、一寸の沈黙を経て、「たしかに」と姿勢を崩した。そして、はたてはすうすうと、寝息を立て始める。
「あとさ。警察の犬って言葉あるじゃん。本やなんかでよくみるやつ。あれさ、別に、意味はわかるんだけどね。わたしはどうしても、シェパードやなんかを想像しちゃうね」
 続けざまににとりが語る。椛は「たしかに」と感嘆混じりに呟き、また眠たげに、テーブルに両腕を組み、その上に頬をつけた。
「ああ、犬といえば私」
 椛はそのまま、むにゃむにゃとに口を開く。
「私、犬飼いたいなーと思って、里に見に行ったんですよ。そしたら、こーんなに小さい犬と、こーんなに大きい犬が、おんなじぐらいの値段だったんです。私、迷っちゃって、相談したんです。哨戒の同僚に。そしたら、ペットをグラム換算するなー! って、怒られちゃって。そういうことを、考えてたわけじゃあ、ないのになぁ、って……」
 話し終わると、椛は力尽きた様にすうすうと、寝息を立て始めた。保温に目盛りを合わされた鍋の具が、再度くつくつと音を立てる。
「寝ちゃいましたね、二人とも」
「わたしたちはもうちょっと起きてようよ。さっき全然食べなかったから、お酒も鍋も、こんなに残ってるし」
「……そうですね。そうしましょっか」
 はたての用意した四人分の鍋と酒の残りはちょうどよく二人分ほどだった。意外にも肉の多い鍋の中身を見やり、二人は微笑んで、目盛りを加熱まで回す。
「あれ。ストーブ、いつのまにか切れちゃってますね」
「いいよいいよ、鍋食べるし。寒くなったら布団持ってきてさ、そのまま寝ちゃおうよ」
 にとりの「布団どこだっけ」に文は「廊下出てすぐ右」と答える。勝手知ったる他人の家とは、よく言ったものである。
「あー! それにしても、明日からどうしようかな。わたし」
「いいからいいから、明日考えましょうよ。今日は呑んで、ほら」
「そうだね。……なあ、射命丸はどっちがいい? 小さい犬と大きい犬」
「私は、やっぱり大きい犬ですかね」
「わたしも。なんかさ、別に食おうだなんて考えちゃいないけど、小さいのと大きいので同じ値段なら、やっぱり大きい方が得な気がするんだよね」
「ですね。それに、小さい犬はあれ、間違って踏んじゃったら一発でアウトじゃないですか。恐ろしくてとってもじゃないですよ、私は」

 でも結局さ――たしかにね――やっぱり、コンディショナーって呼び方はどうも――。
 ――リンスインシャンプーって――結局リンスって言っちゃって――。
 ――寺子屋の子供にさ――水商売をやってる親が――。
 ――ほんとですか――記事にしたいなあ――。

 ――。――――。


 朝、はたては部屋の、身を切るような寒さに目を覚ました。寒さに堪えながら身を起こし、三人が眠っているのを確認して、鳴る三分前の目覚まし時計をオフにする。
「勝手に人の家の布団使ってくれて。風邪ひかれるよりかはマシだけどさ」
 テーブルの上、空になった鍋を流し台に置き、水を張り、洗剤を混ぜる。はたてはまた、テーブルの上から食器を運び、鍋の傍ら、それらを洗った。
「おはようございます。お皿、私が洗いますよ」
「あ、起こしちゃった? ごめんね」
 食器洗いの音に目覚めた椛は、いいんです、目がさめるから、と、はたてからスポンジを受け取った。はたては仕方なく、椛の洗った食器をかたす役を引き受ける。
「目がさめるって、なにか用事でもあるの? 昨日よく飲むものだから、てっきり非番かと思ってたんだけど」
「ええ。辞表を出しに行くんです」
 椛は皿を泡だてながら言った。
「お、ついに辞めるのね」
「はい」
 椛は哨戒の仕事をしていたが、いつしかその仕事は、椛がいてもいなくても、なんら差し支えのない、やり甲斐のないものと化していた。辞めるか辞めまいか、椛は何度か、はたてに相談をしていた。
「そっかそっか。椛も、とうとう文の仲間入りってわけね。あ、二人はもう知ってるの?」
「いえ、まだ。二人ともあれで気にする方だから、言わないままでいいかなって思ってます。そうだ、にとりさんもお仕事クビになったみたいですよ。部隊の仲間から聞きました。ほら、三日前の爆発事故」
 え、うそ。と驚きつつも、食器をかたし終えたはたては、昼過ぎに起床するであろう文とにとりの朝食の準備を始める。はたてが味噌汁を作るようなので、椛は炊飯器に残った白米を握ることにした。
「なるほど、たしかにねえ。なんだかんだいって、すぐに次の仕事見つかりそうだもんね、あの二人は」
「あー、なんかちょっと、傷付きました。私」
「あはは、ごめんごめん」
 笑いながら、二人は朝食を作り終えた。
「椛。私、もう行かなきゃないわ。打ち合わせでさ、あとのこと頼める?」
「あ。私もすぐ出ますけど、いいですよ。先に出てください。鍵はガスメーターの裏で良いんでしたっけ?」
 いいのよ、二人がどうせ開けっぱなしで出て行くから、とはたては髪をくくる。
「シャワー浴びる時間考えてなかったわ。まあ、昼で終わりだし、帰ってきたらでいっか」
 言いながら、はたては「じゃああとよろしく!」と慌ただしく出て行った。残された椛は幾許かの申し訳なさを感じながらシャワーを借りる。
 シャワーを浴びている際、椛が手に取ったボトルには、製品の名前と『コンディショナー』という文字が刻まれており、椛はそれが、どうも可笑しくて、つい笑ってしまった。
 シャワーを出て部屋に戻ると、椛は冬の寒さを辛辣に感じた。閉じたカーテンの向こうには、もしかすると雪が降っているかもしれない。ぼんやりと考えながら、椛は寝相の悪い二人に布団をかけ直した。
「よし!」
 椛は、二人のためにストーブを付けてやろうとも考えたが、生憎灯油が切れていた。火の元や諸々をチェックしながら、椛はよし、よし、と指をさして確認する。
 そして、もういちど「よし!」と大きく息を吸い込んで、椛は快活に、玄関の戸を開けた。雪はちらちらと降っていたが、それは青白く、快活な、気持ちの良い空だった。
精進します
kodai
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コメント



0.110簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
面白くて良かったです
2.100名前が無い程度の能力削除
実に楽しそうで良いではないかーっ
3.70あああ削除
雰囲気がよかった
4.100サク_ウマ削除
どうしようもない話なのにどうしてこんなに読後感が清々しいんですかね・・・
6.無評価名前が無い程度の能力削除
やっぱり酒なんか飲むもんじゃないな。ただの毒だよ。
少年が触れる漫画アニメや、登場人物が未成年の作品にも無責任に酒が出てきて辟易する。
その点でいえば今作は酒のくだらなさが表現されていて良かった
7.80名前が無い程度の能力削除
「文が失業」って言う絵ヅラ、と言うか文章だけで少し笑ってしまった
9.90大豆まめ削除
思った以上に爽やかな終わり方でワロタ
いいなあこの子達の友達感、距離感。