Coolier - 新生・東方創想話

妖夢の詩

2018/12/28 22:25:38
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妖夢!妖夢!妖夢!
ようむ1ようむ!ようむ!
妖夢は白玉さんに住んでいる!





妖夢が妖夢で妖夢が妖夢に妖夢で妖夢ある!!!


白玉さんの主は幽々子!

幽々子は幽々子!




妖夢は従者と主の関係で、幽々子が白玉の本体だ。


妖夢が妖夢で幽々子が妖夢だ!
半霊の彼女が白玉みたいに漂う!
妖夢!妖夢!妖夢!ようむいん!
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コメント



0.170簡易評価
2.無評価名前が無い程度の能力削除
妖夢が洋間で用務に妖魔の絵を描いた。
3.30名前が無い程度の能力削除
今後に期待してます
4.10コナー削除
詩をここで発表する意義は何か。私はその相互批評にあると思っている。詩は一詩人を超えた領域で他者(読む者)の心に痕跡を残し共有されることで、初めて成立するものであるという信念が私にあるからである。詩を作り、サイトに載せ批評を仰ぐことに同人サイトの意義があるということは多くの人に理解されるだろう。実際はどのように相互批評がなされているかを考えたとき、私の経験から考えてみたとき、非常に無自覚になされているのではないかと思う。発表する場だけを求めて同人になる人もあろう。先に述べた、詩は個人を超え作品化されるものであるとすれば、同人たちはまず最初の他者(読む者)になりえるのだ。しかも自らに詩作をする人でもある。とうぜんのことであるが、読み手の質を問わずに他者の心に作品がどのように届いているか、どのように伝達されているかが重要である。自分の作品を自分で批評し完璧を目指すことは重要である。しかし優れた作品というのは、自分にとって未知の部分を残したものが含まれている。すべて知りつくした作品をどうして他者の目にさらす必要があろう。それは人から絶賛を求めるだけである。絶えず未知の領域に自分をさらし、他者の視線を気遣いながら、つまり活用しながら、漸近線のように不可能な完成に近づけることではないだろうか。作品と作者を切り離し、作品を独立させ、いかに個を超えた領域に作品が到達できるのか、それにはどのような表現が使われるべきかを論じる。ここで注意しなければならないのは、一人の意見は絶対的に正しいということはないということである。自分の詩を読んだ一人の他者がいるということを知ること、その他者に対して別の他者には異なる印象があるということ、またある人の批評から別の人が学び、気づくことが起こるということを知ることが大切である。また批評する人がどのような人か、つまり批評眼があるとか、素晴らしい詩の書き手であると自分が認めている人からの批評だからと納得してしまう必要はない。作品と批評する人の無記名性がなければ充分な相互批評は成立しない。言い方を変えれば、自分の作品を棚に上げて、他者の作品を批評すべきである。それでは何を基準に論じるべきか。詩作をする人同士の批評である場合は、個を超えた領域での完成、どのような表現が他者の心に触れる表現になりえるかという一点に絞られるのではないだろうか。さまざま人たちの意見があろう。意見に対する意見などが交差する過程を経て、最終的には作者の判断に任されることになる。作者自身がさまざまな意見に対して批評する能力、つまり何を利益に活用できるかが問われるのである。では批評する他者にはどのような利益があるか。表現の問題を他者の詩を材料にして論じ、そこで普遍化される詩の概念や技術をやがて書かれるであろう己の詩に活用するのである。結果として言えることは、作者が意識できなかった自分の詩に他者による新たな発見がもたらされ、さらに深く考える契機になることが最もよい批評といえるだろう。「既成のモラルと美学への反抗、そして、いきるということが本来、あらゆる形骸化したものによる庇護を拒絶し、みずからの内なるものを顕在化するその創造行為の中にあるとするならば、詩人の行為はおのずから最も厳しい前衛性を帯びてくるであろう。」・・・「個の意識およびメンタリティの最も深い次元における『人間再生』の最前線としての苦悩と、栄光を担うことでなければならない」という言葉を肝に銘じて、詩作のみならず、あらゆる批評の根底に据えるべきであろう。よって10点です。
5.100ニター、削除
良かった!




まあ何でもありなんで気楽に。
ちょっと!が多いかなあ・・
13.80封筒おとした削除
哲学
14.100電柱.削除
良かったです