Coolier - 新生・東方創想話

少女の想う白

2018/12/26 12:07:15
最終更新
サイズ
5.17KB
ページ数
1
閲覧数
1053
評価数
5/6
POINT
440
Rate
13.29

分類タグ



白。染まらない、どこまでもこい白。例えば、少女が好きな雪虫の色。
「ねえ、かわいい雪虫さん。誰もが思う白色でいるには、どうすごしたらいいのかしら?」
少女が見つけたのは、葉っぱの裏、夏の雪虫でした。適当に枝を分けていたら、すぐに見つかりました。
「雪虫はね、実は夏も白い姿で暮らしているの。でも、誰も気に留めない。白いものの中には、透明なものもあるのよ」
前に、少女は姉に教わっていました。少女はそれに、ふうん、と返しただけでした。
「雪虫は、本当に透けなくなって白なのかな?」
少女の想う白。それは決して、退屈な透明ではないのです。


白。染まらない、どこまでもこい白。例えば、少女の心に芽生える無邪気なクオリア。
少女は枝から雪虫の付いた葉を摘んで、森から里に下りました。
そして一枚は八百屋の角に、一枚は風呂屋の桶の上に、と、次々と雪虫を置いてきました。
ただ、いたずらです。けれど少女には、おも白いという最優先の価値がありました。
それから少女は物陰に隠れて、様子を伺いました。まず、葉っぱに気づいたのは八百屋の店主でした。
「タヌキか、キツネか。化かしたのなら、わざわざ見えるようにせんでも――」
少しいら立っている店主はどうやら、獣に野菜を葉っぱに替えられてしまったと思っているようでした。
少女は、その様子を見て微笑みました。別に、勘違いがおかしいわけではないのです。
「白くてかわいいものに腹を立てるなんて、随分と暇なようで余裕がないのね」
少女の想う白。それは素敵な、感情の表象なのです。


白。染まらない、どこまでもこい白。例えば、少女の手に出来た小さな豆。
少女が置いた雪虫たちは皆、葉っぱに乗ったまま気づかれることなく、邪険に扱われてしまいました。
わかっていたことです。それでも、少女には惜しい思いがありました。
「一人でもいいから雪虫に気づいて、手に乗せて、白いなあ、とでも言ってくれないかな」
少女の手には、豆が出来ていました。力を込めて、木の枝を手が届くところまで引っ張って、葉を摘んだせいです。
退屈してきた少女には、段々と豆の痛みが強く感じられました。痛いうえに退屈とくれば、何かもっと楽しいことを探すほかありません。
少女は、もっとたくさんの雪虫を集めて、驚いてもらうことにしました。
森に戻ってきた少女は、さっそく、雪虫を捕るために枝を引っ張りました。
枝がしなって目の前に来た直後、少女は、いっ、と小さく声をあげて枝を離してしまいました。豆がつぶれてしまったのです。
白くふくれていた豆は、赤く破けてひりひりと痛み出しました。その痛みは、少女のいたずらへの期待を消し去ってしまいました。
ただ、やるせなくなった少女は、手のひらを見つめ、思いました。
「これじゃあ、あの店主たちと同じじゃない」
少女の想う白。それは手の中から、無くなってしまいやすいのです。


白。染まらない、どこまでもこい白。例えば、少女が見上げる夏の雲。
少女は木陰に座り込んで、空を眺めました。絵のような入道雲が、少女の遠近感を狂わせます。
「雲は白いけれど、そう、別に綺麗だなんて思わないな。むしろ、紅くなっていたりする方が人にはいいわね」
色づいて汚れにならない白なんて、変なもの。少女は、そう自分に言い聞かせていました。
少女は退屈を埋めるために、歩き回って、好きな色に染めて、疲れて汚れたらなんとか透明にして、また染めに行くのです。
いつまでも、好きな白のままでいたい。
そんな思いからの奔走を何もしないで、白くいて、それで他の色に染まってもだんまりだから、雲は本当の白じゃないんだと少女は思っていました。
そうです。悠々と夏空を飾る雲に、少女は少し、嫉妬していました。
「透明じゃないなら、白くいればいいのに。いれたら、いいのに」
少女の想う白。それはふわふわとした、落ち着かない心によく染みるのです。


白。染まらない、どこまでもこい白。例えば、少女の姉の言葉。
少女が次に気づいた時には、空はすでに白を失っていて、カラスが黒く、暗い夜の前触れをしていました。
動くことにも、考えることにも疲れた少女は、木陰で眠ってしまっていたのです。
少女は昼に比べてずいぶんと重たくなった腰を持ち上げて、何も考えずに家に帰りました。
「ただいま」
少女が唯一、気力を使わないで言える言葉はこれくらいのものでした。
「おかえり。とりあえず風呂に入りなさい」
奥から聞こえた姉の声に、少女はとくに返事をしませんでした。
少女はカラスの水浴びのように風呂に入って、食卓につきました。
姉は二人分の夕飯を運んでから、黙々と食べ始めました。
今日の少女の汚れは、風呂と食事で、ちゃんと綺麗になるものでしょうか。
「ねえおねえちゃん。私ね、今日はとっても退屈だったの」
「そう。じゃあ、あなたは誰?」
「私?私は私よ。うん。退屈な私」
「なら、いいじゃない」
姉は言葉を切ると、顔を上げて、少女に笑いかけました。
少女はそれに、くしゃっと、疑問が混ざった笑顔を返しました。
「退屈な日は、自分の色がこいしくなるわね。でも、それでいいの。本当の自分が透明じゃないって、よくわかったでしょう?」
「そんなこと。私は端から、自分が透明だなんて思ってなかったよ。だから雪虫が好きで、雲が気に入らないの」
「いいことね。そうやって、自分の色を改めなさい。染料の材料がわかれば好きなだけ、染められるようになるから」
姉の言葉に、少女は今日自分がしてきたことの意味が分かってきました。
「じゃあ、おねえちゃんには私の好きな色がわかる?」
「わからないわ。あなたの心のなかに大切にしまってあって、よく見えないもの」
「そっか。私は、私が想う白が好き。だから、今日の白も大切にしなきゃね」
「そうね。でも、満たされない現実は白昼夢で埋めてしまうなんてのも、白が好きなあなたには一興かもね」
そう言って微笑んだ姉の顔は、いたずらをしているときの少女にそっくりでした。少女もつられて、笑みを浮かべました。
汚れは、すっかり落ちてしまいました。
「明日は、そうね、雪虫が好きな人を探してみようかな」
少女の想う白。それは少女が、好きな色でいるための意なのです。


白。染まらない、どこまでもこい白。例えば、いえ、例えがたいもの。

どこまでも、こいし色。


薔薇薔薇な少女も、いつかは。
むしとりせいねん
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.40簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
独特の雰囲気で良かったです
2.100サク_ウマ削除
綺麗で良い作品でした。言葉遊びのセンスも見事だなあと感じます。
3.100モブ削除
自分が白じゃないと自覚しているから白に憧れるのか、自分が白だから同族の色に感情が波立つのか。白という色に対する感情を上手く理解が出来ないのは、理解する力が足りないのか、それともそれが作者様の狙いなのか。
とても不思議な作品でした。ありがとうございました。
5.100南条削除
面白かったです
たとえ透明でも、目に見えなくとも気付いてほしいということだったのでしょうか
6.10名前が無い程度の能力削除
さとりが偉そうで気に食わない。気を使わずに言える言葉がただいまだけとか虐待じゃん