Coolier - 新生・東方創想話

やがて愛になる

2018/12/04 04:41:58
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メラ、メラ、メラ。














否、否。

ペラ、ペラ、ペラ。細い指がページを繰る。


――――――――――

「うわわわぁ~~~!!!!!!!!!!!!!!!」

僕は驚きの声を上げた。
なぜって、目が覚めたらそこは幻想郷だったのだから。

「はわわわわぁ~~~!!!!!!!!!!!!!!!!!」

せっかくだからもう一度、驚きの声を上げてみた。
なぜって、とくに意味はないのだけれども。

「おかしいな?僕は家のベッドでスヤスヤと寝ていたはずなのに?」

う~~~~~~~~~~~~~~~~~ん、と考えてみたけれど、まるで見当がつかない。
あれ?待てよ?まさか?ひょっとしたら?頭の中に革命的な仮説が閃きそうになったけれど、閃かなかった。閃かなかったのだ。だから僕はまた、う~~~~~~~~~~~~~~~~~ん、と考え込んでしまったのだ。

「まあいいか。とりあえずは周囲の探索をしてみよう。うん、きっとそうしてみよう」

さて、僕が幻想郷の住民たちを見付けて出会うまでの間、ちょっと自己紹介をしてみようか。

僕は何の特徴も無い人間だ。
そんなもんだから学校では目立たなくて、まるで透明人間のように扱われているけれど、僕はそれをまるで気にしていない。だって僕という個性に色は必要ないから。僕が僕であるだけで僕だと証明できるのだから自己主張なんてするまでもないじゃない。
あれれ?ちょっと分かりにくかったかな?
やれやれ。つまりは、現代社会の中で普通の男子高校生をやってますってことさ。あはは、それが本意か不本意かはさておき、ね。特に主張する意見も無い。クラスメイトの女子がグイグイ引っ張ってくれるので、僕は君の膵臓の草船のように流れに流されてゆくだけ。
趣味は古物蒐集。

「あっ!土人だ!」

土人じゃなかった。幻想郷の住民だった。
僕はとりあえず「ニューラルネットワークの発達が惹起する情報倫理の変遷についてどう考えますか?」と質問したかったが、やめておいた。だって土人、いや、彼女の服装を見れば文明的後進国であることはすぐに分かったからだ。

「お助け下さい!私の名前は博麗霊夢!これからは霊夢って呼んで!悪い妖怪に追われてるんです!」
「やれやれ。分かったよ霊夢」
「もっと気軽に」
「霊夢」

逃げ惑う霊夢を両腕でぎゅっと抱きしめてあげた。その背後から迫りくるのは妖怪。肩のうしろの2本のツノのまんなかのトサカの下のウロコのおそろしいおそろしい妖怪だった。

「僕は君を守るんだ!!!!!!!!!!!!!!!」
「え?なんて言ったの?」
「僕は君を守るんだ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「え?」

そのとき、僕の右手がピカーっと光った。あるいはペカーかもしれない。木々をなぎ倒して襲い掛かってくる妖怪もこれには怯んだみたいだ。僕はこの光の使い方を知っている。そうだ。たまたま蒐集していた古文書に載っていた呪文、それを詠唱すれば、きっと。

「必殺弾幕!一枚壁!!!!!!!!!!!!!!!!」

手のひらから放たれた弾幕は壁面のように連綿となめらかに続いていたため、妖怪に対して一切の逃げ場を許さなかった。

「すごい……!こ、こんな戦い方があったなんて……!」

目を丸くして驚いている霊夢を見て、かえって僕のほうが驚いてしまった。「どうしてこのアイディアを君たちは思いつかなかったんだい?」と言いたくなってしまうほどに。でも、口に出したらきっと彼女から反感を買ってしまうだろう。だから僕は「やれやれ」とだけ呟いた。

「モンゴンゴオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!」
「なんだいそれは?猿の名前かい?それともアフリカ原産植物の名前かい?」

深刻なダメージを負いながらも仕掛けてきた妖怪の弾幕を、僕は華麗にひらりひらりとかわす。

「すごい……!肩のうしろの2本のゴボウのまんなかにあるスネ毛の下のロココ調の妖怪の攻撃を簡単にかわすなんて……!」

そんなに驚くことじゃない。だって、向こうの世界で弾幕ゲームをプレイしていた僕にとっては、こんなの楽勝なんだから。僕はカウンターでもう一発いれてやることにした。

「即死弾幕!全画面!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

そう叫んだ瞬間、周囲10kmがひとつの弾幕に包まれた。これではひとたまりもないだろう。悪い妖怪は断末魔を上げるまでもなく存在ごと『無』となり消滅した。これが僕の特殊能力らしい。

「ふう」
「……こんなにあっさりやっつけるなんて。ひょっとしてあなたは神様ですか!?」
「神様じゃないよ。僕は普通の男子高校生さ。毎日を平穏に送ることだけを願って生活している平凡な男なんだ」
「平凡な男にこんなことできるわけがないじゃないですか!」
「おかしいなぁ。向こうの世界でちょっとゲームをプレイしていただけなのに。僕、ちょっと強くなりすぎちゃいましたかぁ?」
「助けてくれてありがとうございました!勇者様!」

おやおや、勇者様だなんて呼ばれてしまった。僕の腕にひしっと抱きついてくる霊夢。その柔らかな二つの乳房のプニュ☆っとした感覚が伝わってくる。歩きにくいからそういうのはやめてほしいんだけど、女ってのは強い男を求めるようにできているから、仕方ないのかもしれないなぁ。

「これから私のマスターである八雲紫のもとへご案内いたしますわ」

グイグイと引っ張る霊夢に僕は連れてゆかれてしまう。どうやらこっちの世界でも僕の草船のような性格は治らないらしい。

「また僕なにかやっちゃいましたぁ?」

彼女が案内してくれた博麗神社は中世ヨーロッパのような建築で彩られていたが、中世ヨーロッパの具体的な街並みを知らない僕はこれ以上表現ができない。ただひとつ言えるのは、先進国に住む僕にとってはあまりにみすぼらしかったこと。どうやら文明が僕の時代にまで追いついていないのだろう、灯篭に立小便をする子供もいれば、鳥居に上って「バカ」と落書きをしているガキもいる。賽銭箱には「アホ」と落書きしている幼女がおり、こちらはチルノというらしいが、霊夢が「コラー!」と叱ると、こちらに向けてパンツを丸出しにして逃げていった。きっとあの幼女もいずれは僕のモノになるのだろう。

「ご紹介いたしますわ。こちらは私を救ってくださった勇者様。きっと紫様もお気に入りになるかと思われますわ」
「あらあら。うふふ。素敵な勇者様ですこと」

あっ!土人だ!
僕はまたそう叫びそうになったので慌てて自分の口を押えた。だって文明的に劣っている相手にも敬意を払わねばならないのだから。そうした礼儀とマナーを守れる僕はなんて立派なんだろう。

「勇者様は魔法の森に棲む妖怪を退治してくださったのですわ」
「まあ!なんて勇気のあるお方でしょう!」

ほとんど全裸に近いような衣服で登場した紫は、とてもおおきな乳房を、左右で別々に揺らすという器用な技を披露しながら大げさに驚いた。額には「マヌケ」と落書きされていたのだけれど、いつか気が向いたら教えてあげようと思う。

「あの妖怪はもともと魔法使いでした。かつての名前をアリス・マーガトロイドというのです。それが悪の道に堕ちてしまってああなってしまった。アリスは夕飯の鶏肉がすこし少なかっただけで怒るようなケチンボでしたから、悪の妖怪になるのも仕方がないですわね」
「そのとおりですわ紫様」
「それよりも問題は――――――げほげほ」
「ああ!紫様!」

咳き込んだ紫の手には血痰が赤く滲んでいたではないか。先進国の先進的な医療も受けられないような汚らしい後進国には野蛮な病気がまだ残り続けているらしい。

「日本脳炎で肺が侵されているのです。おまけに下痢と嘔吐が止まらない。たぶんコレラです。町の人々もみんな同じ症状なのです」

やれやれ。僕はいつものように肩をすくめた。

これでも僕は先進国の現代社会で高校生として生きている。
僕が日ごろから透明人間のように扱われているのは競争が激化しているからであって、文明的に劣る世界に行けば、必ず勇者のように活躍できるのだ。
――――そうに違いない。
僕が積み重ねてきた努力は100%正当に評価されるべきなのだ。たとえ現代社会の底辺を這いつくばっていても、きっと土人どもの住む世界へ行けば、僕は神様のように敬われるに違いないのだ。色々なものを手に入れている。色々な技術を習得している。色々な経験をしている。色々な知識を持っている。それはきっと嘘じゃない。

そう、今から証拠を見せようじゃないか。
これこそが僕が手にしたモノである。

「大丈夫。僕はこれを持ってるんだ」
「勇者様!?そ、それはなんですか!?」
「なにって、スマホ……だけど?」
「スマホ!?文明の光が眩しい!」
「スマホ。これで検索すれば病気の治し方なんてすぐにヒットするさ。なんだったら井戸を掘って綺麗な水も出してみようか?」

紫は両方の乳房をドリルのように回転させながら驚いた。まるで悪夢のような絵面だった。救世主。そう呼ばれてしまった。やれやれ、僕はまたひとつ世界を救ってしまうらしい。

「ふん!私はそんなの認めないからね!」
「私もですわお嬢様!」

柱の陰から見ていたのはレミリア・スカーレットと十六夜咲夜。僕は背後のことも見えるから存在には気付いていたんだけど、一生懸命に隠れてるみたいだったから、指摘しないであげていたのだ。こちらは僕と敵対しながらも、共に苦難を乗り越えてゆくうちに仲良くなるに違いない。どうしてかそんな予感がする。

「ほえ~?みなさんど~したんですかぁ~?」

こっちはいつも眠たそうにしているロリロリで妹系のフランドール・スカーレット。いつでも手出しができそうなチョロいキャラのように見えて、実はピンチを救うカギを握っているに違いない。どうしてかそんな予感がする。きっと彼女たちもいずれはすべて僕のものになるだろう。
全方向の性癖をカバーするバリエーション豊かな女の子たちに囲まれて僕は呟くのだ。やれやれ、と。




――――――――――




「……………」

タンスの中には原稿用紙がまだ数十枚も詰まっていたが、これ以上は読みたくなかった。読んでるうちに吐き気がしたのだ。おまけに頭まで痛くなってきたではないか。アリス・マーガトロイドは自身の金髪に手をあてがって深くため息をついた。

「どうしようもない馬鹿ね」

十重二十重に厳重な結界が張られていたものだから、訝しがってどうにか解除したところ、こんな稚拙で猥褻なモノが発掘されてしまったのだ。
ああ、そういえば、思い返してみれば数か月前から不審な動きはあったではないか。
深夜になにやらコソコソと作業をしている霧雨魔理沙の背中をアリスは見ている。(どうせ魔理沙のことだから生産性皆無の趣味に没頭しているのね)と思って放置していたが、まさかこんな、酔っ払いの吐いたゲロの破片が見た白昼夢のような、お下劣極まりない文章を綴っていたとは。失望のあまりアリスの口元には苦笑いすらも浮かばなかった。ただただ無表情のまま落胆するほかない。
曇天。
空一面を覆う雲は、アリスの心圧し潰しそうなほどに重苦しかった。いったい、働きもしないでブラブラしてる分際で何を書いているんだか、魔理沙ってやつは。

「魔理沙。あなたのことは好きだけど、なんだか少し疲れてきちゃった」

―――人形師として生計を立てるアリスのもとへ魔理沙が転がり込んできたのは、いつのことだったか?

かつて、弾幕だ、魔法だ、古物蒐集だ、と精力的に興味の触手を伸ばしていた魔理沙であったが、どれも結局は中途半端な結果。いや、正しくは「ほんとうはどれも一応の形にはなっていたのだが一流には届かなかった」と言うべきだろう。それでも続けていれば成果は得られただろうというのに、だが、周囲にチヤホヤされ続けた彼女のプライドは肥大化しており、一流でなければ満足できなくなってしまったのだ。
そういうときは下を見ればいい。すこしは心も慰められるに違いない。
アリスは何度かそうしたネガティブなアドバイスをしてみた。魔理沙は聞き入れなかった。彼女には妙な実直さがあった。実直であったからこそ彼女は輝いていたのだが、実直であるがゆえに、次第に、弾幕にも、魔法にも、古物蒐集にも、興味を失うようになってしまった。それはきっと「これでは自分を何者かにするには足りない」と知ってしまったから。
中身がカラッポの人形のようになった彼女がアリスのもとへ転がり込んできたのは、たしかそのあたりの時期。魔理沙のヒモ生活は始まった。
「やらなきゃいけないってことくらい、分かってるさ」
魔理沙は「口」ではそう言っていても「足」が動くことは無かった。つまり、何にも「手」を付けなかった。ヒモ同然の暮らしをしてるクセして、やたらと器のでかいプライドだけは残り続けたため、それを満たすようなものが見つからなかったのだろう。彼女の目には、どれもこれもがつまらないものに映ったに違いない。きっと、アリスがコツコツと手製の人形を組み立てて売っていることすらも。「もっとおおきな自分になりたい」というモチベーションは一歩間違えると無感動に陥る罠となるのだ。何事もすぐに見切りをつけては諦めるようになった。
かつてアリスは、彼女に発送のための梱包を手伝わせたことがあったが、とても面倒臭そうな顔をしていたのを覚えている。
「なあ?どうして私がこんなことをやらなきゃいけないんだい?」
その言葉にはアリスもカッとなってしまった。頬を初めて平手で打った。転がり込んできた魔理沙の世話をしていたのはアリスの愛情ゆえであったが、「愛」にヒビが入り、「情」がこぼれ出した。こうなると取り返しがつかない。あれよあれよという間に軋轢が生まれて、ガラスを擦るような不協和音は聞くに堪えない悪口雑言となり二人の喉から奏でられる。もはやこれまでか。夕飯の鶏肉が多いか少ないかで言い争いになったときには、アリスは自分が情けなくて涙してしまったこともあった。
しかし、躁鬱のような毎日が繰り返される中で、時折、嵐の晴れ間のような穏やかな時間が流れることもある。そんなとき、魔理沙は言うのだ。
「大丈夫大丈夫。私には一発逆転があるんだ」

―――などと自信満々に胸を張っていたが、自信の根拠がコレだとしたら、あまりに稚拙である。

行き詰った者がラノベ作家を目指すのはテンプレか何かだろうか。きっと彼らは「バカが書いたような文章ならばバカの自分だって書ける」などとタカをくくって執筆を始めるのだろう。スタート地点からナメているのだからモノになるわけもない。そしてここがポイントなのだが、彼らはマンガには決して手を出さない。マンガには手先の技術の修練が必要となっているからだ。行き詰った者たちはそうした地道な努力を嫌う。そう、努力を抜きとしてお手軽にマネーとプロップスを得られると思っているからこそ、彼らはお気軽に「小説家になろう」などと言い始めるのだ。たまらなぬ腐臭を放っているではないか。
もはや、魔理沙は堕落するところまで堕落したようだ。こうなればいっそ縊り殺して遺体を人形のように梱包して実家にポイッと送り返したほうがいいのではないか。

「………落ち着いてアリス・マーガトロイド。あなたは少し主観的になりすぎてるわ。もっと冷静な目で眺めれば美点だって見つかるかもしれないじゃない」

うわごとのように呟き自分をクールダウンさせてみた。
上海人形が運んできた紅茶を一すすり。苦い顔をしながら再び原稿に目を通す。人間より長い人生を歩んでいるアリスでもこんなに不味い茶は初めてだった。

「ふんふん。主人公が徹底して無個性。それがひょんなことから特別な存在となって自己実現。なるほど、ある意味で王道の設定ね。嫌いだけど。そんなモブ並みである主人公を、極度に性的にデフォルメされた個性的な女の子たちがグイグイと引っ張ってくれることで話が進む。散りばめられたマニアックなパロディは『私とあなたは同じ趣味を通じて繋がってますよ』という作者から読者へのラブのアプローチ。幻想郷の描写が極度に歪んでいるのは魔理沙の鬱屈した心象風景かしら。じゃあ私がモンスター化してるのは何のメッセージ?なにそれケンカ売ってるの?顔が可愛いだけで中身は無能なあなたを世話してあげてるのは私なのよ?何様のつもりかしら?やっぱり縊り殺したほうがいいのかしら?私、必殺仕事人のマネごとならできるのよ?」

冷静な分析とやらは途中から殺意へと変わってしまった。さておき、どうやら魔理沙は多少なりとも考えて書いていることがアリスにも伝わってきたのだった。

「なるほどね。稚拙ながらもちょっとは本気で売ろうとして書こうとしてることは分かったわ。イラつく主人公のスカしたスタンスもアンチを通じて宣伝する戦略よね。嫌いだけど。うんうん、下品か上品かはさておきとして悪目立ちって必要よね。嫌いだけど。あと、おっぱい。そもそも萌え文化なんてアダルトコンテンツとほぼ同義なんだから性的メッセージは過剰なくらいたっぷりと盛り込んだほうがウケるわ。嫌いだけど」

言葉を吐いているのか唾を吐いているのか分からない。そしてどの立ち位置からの目線なのか。あたかも評論家気取りではないか。

「アハハッ。まぁ魔理沙の知的レベルが知れるような内容よね。同程度の知的水準の読者に向けて売ろうとするなら、それでもいいんじゃないかしら?」

するとどうだろうか。
上から目線でエラソーに分析を進めれば進めるほど、アリスの中でとある気持ちがわいてくるではないか。

「―――――こんな程度のもの、私ならもっと上手に書けそうだわ」

こんなの程度ならきっと私にだって。私ならもっと上手に。そう、魔理沙より優れている私ならば、かならず。そんな気持ちが一部の人間に「小説家になろう」などというバカげた発想をもたらすのだ。それはミイラ取りがミイラになる典型。批判者が作者へとスイッチする瞬間である。

「最近のトレンドはBL。私そのあたりなら詳しいんだから。そうねぇ、文体は少しハードボイルドにキメてみたいわ」

お遊びのつもりにしてはふんふんと鼻息が荒い。アリスは腕まくりをして執筆に取りかかる。やがて雨雲はポツリポツリと大粒の雨を降らした。嵐が近付いているのだ。

「できるだけハチャメチャなノリが必要よね。ふふふ。とりあえず性転換させちゃおうかしら♪」

カリカリと一気にペンを走らせること数時間。
アンチの気持ちから描かれる世界は如何なる輝きを見せるのか。
やがて書き上げられたアリス・マーガトロイドの処女作。
今までに培ってきた言語センスのすべてをつぎ込んだ傑作。

それを、とくとご覧あれ。



――――――――――


博麗神社の境内に、鳴り響くは蝉時雨ばかり。
真夏の太陽はあまりに高く、熱く灼かれた参道に陽炎を浮かべる。

じゃり。じゃり。じゃり。

焼けた砂利を踏みしめるは霧雨魔理沙。
漢だらけの幻想郷の中でも、こうも無精髭が似合う漢は彼以外にいまい。
その風体はまるで浮浪者、否、一本筋の通った視線は流浪人の風格。

「くせぇな……」

由緒正しき博麗神社も今は昔。参道には生ゴミが散らばっている。
その功績をゴミ屋敷に変えてしまった先祖を気の毒に思い、魔理沙は無精髭を撫でた。
いつものことである。それが前日の宴のせいなのか、前々日の宴のせいなのか、分からない。
そうえば幻想郷の漢たちはしょっちゅうこの境内で呑んでいるような気がする。

「おら霊夢!昼間まで寝てねぇで、お天道さんに御挨拶しやがれ!」

本殿。薄い木扉をぶち破りそうな勢いで叩くが、返事は無し。いつものことである。
これは我慢比べのようなものであり、霊夢が騒音に耐えかね起きるまでは続けられる。

「おいこらテメェ霊夢!!とっとと出ねぇとマスタースパークぶちかますぞ!!」

何十回目かの拳が扉を叩こうとしたその瞬間である。
魔理沙はその向こうに巨大な質量の気配を感じた。
避けるのが数瞬遅ければ、あわれ魔理沙、扉と共に木端微塵となっていただろう。
轟音。
爆発の勢いで扉は爆ぜた。薄暗い内部に潜むのは魔か鬼か。
木片舞う、その奥に、立ちはだかるは眼光鋭い巨漢の男。
博麗霊夢であった。



「ったく、蹴り破らねぇで、手ぇ使って開けろってんだ」

あやうく難を逃れた魔理沙は、刺さった小さな木片を抜いては顔を引き攣らせている。
荒れた畳に転がる酒瓶。大小のゴミクズ。同居人はクモやゴキブリ。
男の独り暮らしを体現したかのような室内に、ふさわしい姿をした無精の男。それが博麗霊夢であった。
筋骨隆々。堂々たる巨躯であった。
筋肉の太さばかりではない。骨格そのものが太いのだ。顎も太い。首も太い。手首や足首まで太い。

「借金取りかと思った」

ボソッ、と。太い声が響く。
和太鼓を『どんっ』と打ち鳴らしたような霊夢の声は、呟き声であっても腹に響く。

「で、何しに来たんだ」
「黄金の金玉伝説だよ、さっき話したろ」

しかし、頭は回らない。漢とはこういうものである。

―――黄金の金玉を7つ集めると願い事が叶う。この幻想郷に囁かれる伝説の一つである。

どこぞやの神々の戦いで、黄金の金玉は弾け飛び、幻想郷のどこかを転がっている。
幻想郷ではそう言い伝えられている。それは事実である。
だが、『集めると願い事が叶う』という部分、これついては後世の人間が作り出した眉唾ではないのか。
それでも魔理沙は伝説を追い続けて、その手掛かりを手に入れたというのだ。

「白玉楼だぜ。確かにそこに隠されている」

魔理沙という男は決して馬鹿ではない。むしろ頭は回る方である。
ところが秘宝・財宝・埋蔵金。およそ雲を掴むような話には目が無いのだ。

「あそこに妖夢って男がいたろ、あの嘘のつけねぇ愚直な従者よ」
「あの日本刀キ○ガイか」
「そうだ、そいつにカマぁかけてやったんだ」
「どうやって」
「てめぇの親分に黄金の金玉ぁ見せてもらったんだがよ、ありゃホンモノかい?ってな」
「斬られたか」
「斬られたら生きちゃいねぇ。やっこさん、慌ててよ、『嘘をつけ!幽々子様が貴様下郎如きに見せるものか!』だってよ!」
「なんて話だ」
「ああ、なんてぇ話だぜ」

まったく、なんという話だろうか。
ともあれ、魔理沙はそこに確信を得たのだ。
中年の魔理沙は少年の眼をして、楽しげに霊夢に語るのであった。
衰えは知らず、むしろ精力は増強しているのではないか。漢というもの年齢にあらず。霧雨魔理沙。彼もまた漢である。

「拝ませてもらえりゃそれで充分かい?いやいや、そんなもんじゃねぇぜ俺様霧雨魔理沙様はよぉ」
「奪うのか」
「そうだ。おーっと待て待て、墓場の算段はいらねぇぜ。勝算はあるんだ」

魔理沙は無謀と無茶で泥棒家業をしてきたならず者である。
だが、義賊としての風格と誇りが、魔理沙をみすぼらしくさせないのである。
それは「真正面から忍び込む」という矛盾により成り立つ不思議な魅力であった。

「俺は協力しねぇ」
「わかってる。今回はそのために来たんじゃねぇぜ。ただ、お前ンとこの紫ジジイに他の6つの在処を聞いて欲しいんだ」
「ジジイか……」

この霊夢が名前を聞いて苦い顔をするのは、彼が『ジジイ』と呼ぶ紫ただ一人ではないだろうか。
八雲紫。ほとんど妖怪のような老人である。
人を喰ったような老獪さゆえに、頭の回らぬ霊夢はことごとく手玉に取られている。
また幻想郷の全てを把握するかのような知識量から、他の住民からは神木のように崇められているのだ。
それゆえ魔理沙は紫を頼ったのだった。

「頼むぜ」
「面倒くせぇ」
「人情だと思ってよぉ」
「そんな言葉は知らん」
「分かった、願い事は霊夢が叶えていい。俺が欲しいのは黄金の金玉だけだからな。どうだ?」
「いらん」

巨岩のような身体がごろりと畳に転がった。こうなるとテコでも動かない。
もとより夏の暑さに不機嫌な今の霊夢を動かす術は無いだろう。
ちなみに、その腋からは漢の芳しい匂いがする。

「……いい酒が手に入ったぜ」
「ちっ」
魔理沙の魔法は巨岩を再び起こした。

霊夢はのそりと縁側に立った。
みしり。床板がきしむ。
その影は大きく、山脈のようであると魔理沙は思った。
そして、ただでさえ巨大な上半身が、ゆっくりと膨張する。
ここらの空気は吸い尽くされるのではないか。

魔理沙は耳を塞いだ。

          『クソジジイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!!!!!!!!』

――――――――――――ッ

葉が震えた。枝が震えた。鳥が震えた。獣が震えた。巨木が震えた。空が、山が、大地が震えた。

しばしの静寂の後に蝉時雨。
いくら待てど八雲紫は現れない。

「あーあー。よかった聞こえるぜ」

爆心地の間近に居た魔理沙は自身の耳の正常を確かめた。
未だに全身が痺れてるような心地であった。

安心したのも束の間、再び、霊夢の上半身は膨張した。

「ちょっ、待てっ、」

          『ちぇええええええええええええええええええええん!!!!!!!!!!!!!』

――――――――――――ッ

地面が割れ、嵐が吹きぬけ、津波が訪れ、天地がひっくり返った―――ような錯覚を魔理沙は味わった。

「あーあー。やばいぜこれ。あーあー」

二度にわたる咆哮。蝉時雨もこれには堪えたらしく、いくつかの蝉は地面に転がって悶えている。

ずん。
ずんずん。
ずんずんずん。

地面がゆさゆさと揺れる。
失神した蝉がぽろぽろと樹から落ちる。
猛獣の気配はすぐそこまで迫っている。

ずんずんずんずん。
ずんずんずんずんずん。
ずんずんずんずんずんずん。

その黒い影は飯綱権現の姿をしてなかっただろうか。
普段は平穏無事を装ってはいるが、逆鱗に触れたとき、その男は幻想郷で随一の獣に変わる。
獰猛で恐れられる、その男が現れた。

「なぁんじゃごらあァ!ああッ?てんめぇ俺の可愛いぃぃ舎弟ぃ呼び付けやがってよぉ!?」

喧嘩。
喧嘩である。
巷で見るそれとは規模が違う。博麗霊夢。相手は八雲藍であった。

「……橙はもういい。お前がジジイを呼んで来い」
「ああッ!?てんめぇの汚ったねえええぇ口から二度とォ!!橙の名前を呼びさらすんじゃねぇぞぉ!!」
「いいからジジイ呼んで来い」
「ジジイがどうしたゴラァ!!橙が昼寝中だってぇのにィ!!目ぇ覚ましただろぉがァ!!何ィさらしてくれるんじゃゴラァァ!!!」

もはや会話が成り立たない。獣と成り果てた藍に、流石の霊夢といえども辟易する。

「あーあー。藍か、久しぶり、相変わらずだな。あーあー。何も聞こえないぜ」



一通り怒り尽くした藍は、ようやく平静を取り戻した。

「紫様ぁ?ご就寝中だ。残念だなぁ」

あの轟音をものともせずに眠り続ける胆力は、流石、八雲紫、というところだろうか。

「叩き起こしてこい」
「うっさい。てめぇが叩き起こせや」

魔理沙の耳はようやく恢復し、お茶を飲みながら二人のやり取りを見ている。
それにしても、八雲藍という男は、風貌からはおそよ想像がつかぬほど器用であり、なんとも香り高い茶を淹れる。
八雲紫の忠臣の部下であり、忠実を旨とする。藍もまた漢であった。
だが、先程のように「ジジイ」よりも「橙」に反応するところを見ると、橙への溺愛が忠誠を上回ってるように思えるが。

「用件だけ承ってやるからさっさと言えや」
「だってよ、魔理沙」
「あ、ああ」

てめぇが橙を呼びだしたのか、と藍の額に血管が浮かぶが、客人は客人として扱うため怒りは抑えたようだ。

「黄金の金玉の件だぜ」
「……金玉だぁ?何ぬかしてんだてめぇ?」

魔理沙は見抜く。

正気を疑っているように装っているが、確かにこの男も何かを知っている。
ますます噂の信憑性は深まり、魔理沙の瞳は爛々と輝いた。

「黄金の金玉を1つ見付けた、残りの情報があれば欲しい。それだけでいい」

カマである。「見付けている」のは事実であるが、「手に入れた」わけではない。
その辺りを誤解させようというのだ。それで相手の出方を窺う。しかし魔理沙は決して嘘はついていない。

「1つ、だと?」

藍の表情が変わる。これは好感触であることは間違いない。
まったくの眉唾に動揺するはずもなく、魔理沙は心の中で笑った。

「ああ、1つだぜ」

よく話が見えない。藍はそんな表情を浮かべる。
やがて口外してはならないことを口外する、そんな諦めが感じられた。

「そこに転がってる、それ。その金玉以外に見付けやがったってェのか?」
「え?」

藍が指さすは部屋の片隅。埃にまみれたゴミの中。
1つの黄金が確かに煌めく。

「てんめぇ霊夢!ちゃんと保管しろって紫様が言ってただろぉ!?」
「あれがそうなのか?」
「ま、ま、まさか、まさか、あれって、オイ、」

酒瓶転がし、大小のゴミを踏ん付け、魔理沙は黄金のそれを手にする。
伝説にしか存在しない黄金の金玉。それがここに、確かな形で存在するのだ。
幻想は現実であった。魔理沙は雄叫びを上げた。

「ゴラァ!家宝だァ!勝手に触れるんじゃねぇ!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
「オイ!ゴラァ!ぎゅ~~~って握るなァ!繊細なんだぞオオォ!」
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
「藍様ぁ?」
「ちょっ!?ちぇ、橙!!付いてくるなと言ったろう!」

ひょっこりと現れた猫目の少年、八雲橙の登場に藍は動揺するが、家宝を盗られたらたまらぬ。
馬鹿笑いを始めた魔理沙を殴り付けるか、それとも橙の頭を撫で回すか、究極の二択を迫られ慌てふためく。

「藍様、でもお忘れ物を届けに参りまして……」
「そうか!よくやった!流石は私の橙!ゴラァ待てェ魔理沙ァ!いいから金玉置きやがれェ!!」
「なんてこった!本当にあった!すげぇぜ!すげぇ!!」
「藍様の大事な首飾りです」
「ありがとう!ありがとう橙!てんめぇ!!いい加減にしやがれゴラァ!!ゴラァ!!!!!!!」

それでも橙への愛が上回った藍は、橙の頭を撫で回しながら魔理沙を蹴り飛ばす。蹴り飛ばされながらも魔理沙は金玉に頬ずりをする。橙は小さな悲鳴を上げたから藍は頭を撫で回す。また蹴り飛ばす。ところで黄金の金玉について具体的に描写したいが、金玉に頬ずりする無精髭の中年男という絵がどうにも気色悪く、また、筆者の拙い想像力が追い付かないので、無責任ながら読者の皆様に想像を委ねたいと思います。いよいよ混沌としてきた室内では喧嘩が始まり畳が舞い壁が破られ天井が落ちてくる。藍が吼えて橙が泣き魔理沙は狂喜乱舞する。マスタースパークという名の正拳突きが藍を捉えいよいよ本気を出した藍は全裸になり橙はおびえて大泣きする。

霊夢は一人庭に出て、熱いお茶をぐいと飲み干す。
真夏の太陽は身体を焦がし、蝉時雨が聞こえてくる。

「面倒くせぇ」

和太鼓をどんと打ち鳴らしたような呟きは、背後の喧騒にかき消された。


――――――――――



「アハハ――――ハハッ!」

一区切りまで書き終えたアリスは、腹を抱えて転げ回った。
対象年齢10才程度の内容だというのによくここまで面白がることができるものだ。なるほど、たとえ他人に対して批判的であっても、その本人が上出来とは限らない、ということだろうか。もはやラノベでもなければBLですらもなく、下ネタだらけの、ただただ劣悪醜悪な得体の知れないモノが出来上がってしまった。そんなものをノリノリで書いてしまうのだから、いかに彼女が日々の生活に疲れ、いかに精神を害しているかが分かる。普段の沈着冷静なアリス・マーガトロイドであればこんなお下劣なものを書くわけもないだろう。きっと何かの病気である。
気付けば外は雨風吹き荒れる嵐となっていた。

「それでね、それでね、仲間を集めながら旅に出た魔理沙はね、算数が得意なチルノきゅんの何気ない言葉に気付くの。『対でセットとなっている金玉が奇数であってはいけないんだ』ってね。それでね、それでね、7つのうち1つがフェイクなんじゃないかって思い立って、金玉を砕こうと握りしめるの。『真の漢の玉なら砕けない』とかなんとか言って!アハハ――――ハハッ!でも、どの金玉も割れることはなかった。だとしたら?『8個目の金玉があるんじゃないか』って言ってさらなる冒険へ!」

断言してもいい。そのようなネタで笑えるのは作っている当人、只一人だけである。ちっとも面白くもないのだ。どうにも気色悪くて仕方がない。なのに当人がそれに気付かないからこそ、この世界には有象無象の産業廃棄物のような低劣な作品が溢れてしまい、地球を深刻に汚染している。
もっとも、その汚染された環境を好き好んで棲むような不気味な形をしたクリーチャーたちもいるのだろう。クリーチャーは「カオスwww」だのなんだのといった豚のような声を発して囲いを成し、栄養源である作者に恍惚感を与えて更なる廃棄物を生産させる。泥沼である。それが「小説家になろう」という志を持った者たちの末路である。すでにその毒沼へ、アリスは片足を突っ込んでいるのだが。

「ヘイ上海!いますぐに私を撲って!」
「シャンハーイ!」

精神的均衡を欠いたアリスは、自身の操る上海人形に自分を殴らせて、平静を取り戻した。その行為自体がすでに精神的均衡を欠いているという指摘はさておき。

「こんなもの万が一にも誰かに読まれたら、私、死ぬわ」

と、金玉原稿にポッと火を灯してメラメラと燃やし灰にした。将来に遺恨を残しかねない黒歴史は焼却処分すべし。事実抹消すべし。あとは記憶から消し去れば完璧である。奇声を上げながら頭をガンガンと机に叩きつけて消去しようとした。

「汚点よ、アリス・マーガトロイド。これは人生の汚点」

評論家ぶって能書きを垂れていた自分も、ペンを握ればこの有様である。
魔理沙を徹底的にバカにしていた自分も、所詮は一介の人形屋さんでしかない。

「……どうしようもない馬鹿ね。どうやら私も」

思い返せば、『私ならこうはならない』という想いこそが魔理沙との間にいさかいを生んでいたのではないか。「私ならそういう失敗はしない」「私ならそんな愚行はしない」「私なら賢くやる」「私なら上手にできる」「私ならきっと」「私ならもっと」
でも、書き上げた作品はこの程度でしかなくて、アリスは己の稚拙さを思い知った。
ちょっとガッカリしちゃうくらいに小さな自分を、思い知った。

「あはっ」

いつしか忘れていた明るい笑いがアリスの口から溢れてきた。

「呪」というのは「口」の部分で行うものである。「口」から言葉に出せば誰にだってできる。相手を疲弊させることもできるし、相手から生気を奪い去ることだってできるし、相手を死なせることだってできる。まさに「呪い」である。呪文のように呟き続けた呪いの言葉を、何度、魔理沙に向けて吐いただろう?しかも、人を呪わば穴二つ。自分自身も消耗させていたのだ。
魔法の森の小さな家の魔法使い、アリス・マーガトロイド。吐き気が伴うほどの品質悪辣極まる文章を書いたことにより、反省したのであった。

「それじゃあ、私はどうしようかしら」

クッキーをひと齧りした。魔理沙が焼いてくれたクッキーだ。無塩バターを使えと言ったのに無視するものだから塩気が多くて上出来じゃない。「私ならもっと上手にできるわ」と言い放ったせいで、今日もケンカをしてしまった。そのせいで魔理沙は家から飛び出て行ってしまったのだ。でも、自分のちっぽけさに気付いた今のアリスにとっては「これも魔理沙の味なのね」と、素直に受け止められそうな気がした。

「悪くないわよ、この味」

コリッと音を立てて、何気なく魔理沙の痴作をペラペラと読み返す。
吹き荒れる嵐は窓をガタガタと揺らしていた。帰りが遅いのはきっと雨宿りでもしてるのだろうと、アリスは思った。




―――だが、そんな心地良い時間はすぐに風に吹き飛ばされてしまった。

「…………それにしても不愉快だわ」

金玉を燃やしてしまったのが良くなかった。せっかくの反省材料を黒歴史として抹消したせいで、顔付きは再び、冷酷な批判者・アリスの表情に戻ってゆく。そう、自身の犯した間違いは忘れ去りたいものであるが、簡単に消そうとしては、いけないのだ。

「いつになったら面白くなるのかしらねぇ、コレ」

ペラ、ペラ、と読み進めるうちにだんだん腹が立ってきた。
不愉快なら読まなければいいのに、それでも読む手が止まらないのは、(こんなにツマラナイのだから仰天のオチが用意されてるに違いないわよね?そうよね?)という、作者を追い詰めるサディスティックな期待ゆえだ。さらに言えば(これだけ時間を消費しても何も対価が得られないなんて有り得ないわよね?そうよね?)という消費者的態度である。サディスト加減は増してゆく。作者の胸倉を掴むようなケンカ腰の読み方はどうかやめてほしいものだ。

「あーあ。この『楽してすべてを得ようとする』主人公の姿勢、最高にイラつくわ。魔理沙、今のあなたの願望の投影かしら?」

それは言いっこなしである。
ならば金玉がどうしたなどと意味不明なことを書き綴ったアリスはどうなるのか。歪みの極みではないか。そう、作品を通じて作者の人格否定をしてはいけないのだ。ミステリ作家が殺人願望を持っているわけでもあるまい。淫乱女教師モノを書いても作者が痴女とは限りますまい。しかし、腹が立てばそうしたマナー違反をしてでも叩きたくなるものである。特に、身を粉にして働きながら魔理沙を養ってきたアリスにとっては。金髪が原稿にハラハラと落ちるのは、当人も無意識のうちに頭を神経質に掻きむしっているせいである。ストレスだけが募ってゆく。

「おバカを演じてるのかもしれないけれど、プライドとか無いのかしら。こんなの書いてたらそのまま本当のバカになっちゃうわよ?はぁ。コレを魔理沙が書いてたのよね?仕事もしないで?家事もまじめにしないで?そうして私にすべてを押し付けて?『深夜まで作業してて眠いんだよ』とか不機嫌そうに言って私に八つ当たりしてきたことあったわよね?その『作業』ってコレのことよね?ふぅん。つまり、私が魔理沙のために費やしてきた労力がコレに変換されていたってことかしら?そう思うと殺意が湧くわね」

ペラ、ペラ、と、呪いの言葉を吐きながら読み進めるアリスの蒼い眼は静かな怒りに燃えていた。もしもラストまでつまらなければ死罪に値するとばかりに。
生活をするというのは決して楽ではない。部屋の片付けから始まり、炊事、洗濯、ゴミ捨て、風呂掃除、トイレ掃除、挙げればキリがないほどの切実な事情がある。ただでさえ自分の家を清潔に綺麗にスタイリッシュに仕上げたいアリスなのだから、何もしないでゴロゴロしている魔理沙には蹴りを入れたくなる。
それでも追い出したりしないのは、惚れてしまった弱味というやつだろうか。心の中はいつも愛と憎の同居生活なのだ。「愛」の漢字は丸っこくて可愛いが、「憎」の字をよく見ると二本の角がニョキッと生えててまるで鬼のようだ。左側に金棒まで持っているではないか。
空模様は暴風雨が度を超えてしまったせいで混沌とした色合いを見せている。

「そろそろ終わりそうだわ」

ペラ、ペラ、ペラ。細い指がページを繰り続ける。
きっと、ラスト1ページで覆してくれるのだろう。イニシエーションラブなんてラスト2行で見事に覆したではないか。ならばまだ期待は残されている。どうか私の読書時間を無駄にしないでくれというアリスの願いは―――空振った。ついに残り原稿は0枚になった。
読破完了。死刑執行。
このキリキリと引き絞ったストレスの弓矢をどのように放てばいいのか具体的な方法なら、知っている。ただし、それを実行するのは残酷すぎやしないだろうか。そんな葛藤がますますストレスとなってアリスを追い詰める。

「…………キヒヒヒヒヒ」

弓の弦がプチンと切れた。
怒りの臨界点を突破してしまった魔法使いが浮かべた、魔女のような嗤い。

「磔刑よ。こんなつまらないものを書いたあなたを磔に処すわ」




どんどんどん。
暴風雨の向こう側からノックの音がする。

『アリス!開けてくれ!びしょ濡れだー!』
「ひゃあっ!」

聞き慣れたその声に僅かばかりの正気を取り戻したアリスは、上海人形に命じた。

「ヘイ上海!いますぐに私を撲って!」
「シャンハーイ!」
「ヘイ!もっと強く!」
「シャンハーイ!!」

一度壊れたアリスの心は逆にクールに澄み渡っていた。もはや常人では理解しがたい精神状態。『それじゃあ、私はどうしようかしら』って、やるべきことなら決まっているのだ。急いで実行へ移さねばならない。

「――――私、もう覚悟はできてるんだから」

金玉の遺灰をふっと吹いて足でゲシゲシと踏みつけ証拠を隠滅し、ガサガサと手に取ったのは魔理沙の原稿。思い切って窓を開け放つと、圧される勢いで生温い風が吹き込んできて、室内に転がる魔導書がパラパラと音を立てて乱れ飛ぶではないか。混沌とした空。窓辺に立ったアリスは金髪がバサバサと乱れるのも気にせずに、にっこりと微笑んだ。

「魔理沙。今でも私はあなたのことが好きよ。願うなら昔みたいに明るい顔で幻想郷の空を飛んで欲しい。でもね!ダメなあなたも愛おしい!それって、そんなにおかしいことかしら?積み重ねた年月に愛着が芽生えることって、そんなにおかしいことかしら?幸せになれないって分かってたってまるで糸が絡んだように離れられなくなっちゃうのは、おかしいことかしら?」
『なに言ってんだ!?アリス!?』
「始まりは憧れだった。あなたは太陽みたいに輝いてた。みんなと仲良くできるあなたを見ていた。あたしにはどうしてもそれができなかった。そんなあなたが人生にしくじった。私のところへ転がり込んできた。チャンスだと思った。決して放したくないと思った。だから私はあなたに優しくした。そしたら私の優しさに甘えたあなたはますます自堕落に陥った。あなたはすっかり無能になった。ねぇ。そんなあなたをどんな目で見てたか分かる?とても愉快だったのよ!だって『アリスがいなくちゃ生きていけない』って最高の愛の言葉じゃない!?」
『はぁ!?どうしちゃったんだよお前は!』
「私は人形師よ。あなたを操ることくらいできちゃうんだから。でもね、あなたに仕掛けた糸はどこかで絡んでしまったみたい。こんがらがっちゃって、ぶつかっちゃって、いっぱいいっぱい、ケンカもしちゃったよね。でもやっぱり愛しいと思ってしまうのは私の勘違い!?」
『あっ結界張りやがった!解除しやがれアリス!』
「魔理沙、あなたは上出来じゃないわ。もちろん私だって上出来じゃないの。だったらこのまま二人で一緒にどこまでもどこまでも堕ちちゃおう?」

アリスは錯乱しているのだろうか。いや、それとも、いびつな関係など周囲からは簡単に理解できないということだろうか。どうにも理解不能な二人、というのは往々にして見かけることがある。愛のカタチとはイマイチ分からないものだ。

『お前まさかあのタンス開けただろ!?ふざけんな!許さねぇぞ!』
「愛してるわ魔理沙!帰ってきたらまたケンカしようね!」

はためく原稿を抱えて、アリスは窓辺から飛び立ち荒天の彼方へ消えていった。
ようやく魔理沙が結界を解除したときには彼女のすがたは無く、残されていたのは荒れ果てた二人の棲家だけ。開きっぱなしのタンスを発見して、ようやく魔理沙は手遅れとなった事態に気付き、がっくりと膝を落としたのであった。



翌朝、魔理沙の作品は『文々。新聞』の朝刊に大々的に掲載され、衆目に晒されることとなった。
磔刑である。
掲載理由は悪意以外にあるだろうか。これはもう原稿を受け取った射命丸文の意地悪と言う他ない。有名人の恥部を見付けたら嬉々として晒し上げるのがジャーナリストの本能なのだから。

かくして、霧雨魔理沙。図らずも作家デビュー。
暴風雨の中、慌てて文々新聞を買い占めようとしたが『売れ行き好調』と勘違いされ即・増刷されてしまったのだから魔理沙は「ひゃあ」と悲鳴を上げた。
どのツラ下げて幻想郷を歩けばいいのか。射命丸のヤツには文句を言わねば気が済まない。
後ろ指を指されてクスクスと笑われるのも癪だから変装して出かけたのだが、文からは「おやおや?さっそく芸能人気取りですかぁ?」と痛烈な嫌味を言われたため、持っていた箒で頭をパカッとひっ叩いた。きっと、それがまた事件となり夕刊に掲載されるのだろう。もはや幻想郷のどこにも魔理沙の居場所など無い。
魔法の森の魔法使い、アリス・マーガトロイドが棲むあの小さな家以外には。

「あら、遅かったじゃない。どこへ行ってたの。またこんなにびしょ濡れになっちゃって。ってどうしたの?怖い目して?なによこの手は。痛いわ。放して。言いたいことあれば言えばいいじゃない!どれだけ言われたって言い返してあげるんだから!殴りたければ殴ればいいじゃない!どれだけ殴られたって殴り返してあげるんだから!だから……どこにも飛んでいかないで。私から離れだら嫌よ。魔理沙」

雨上がりの空には、七色の虹が輝いていた。
精神的に不安定なときに書いちゃダメ。これは自分への戒め。
逸勢
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コメント



0.200簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
面白く良かったです
4.90名前が無い程度の能力削除
いやわかりますよ
自分は割と何にでも手を出し、何でも出来るようになりました
しかし、胸を張って「この技術で金が取れる」と言うレベルの物は一つもありません
その様々な技能が半人前レベルだとすれば一番長く続いた物で何とか0.75、四分の三人前ってとこでしょうか
まあそれはともかくとして今回は特に呪い染みて強烈な文章に仕上がってますね
何か嫌なことでもあったのでしょうか
アリスが金玉で下品な物を書いて灰になってどうので思わず声を出して笑いが漏れました
これは自虐の笑いなのか、純粋な笑いなのか判断に困るところです
ヘイ上海!こっちも殴ってくれ!
5.70名前が無い程度の能力削除
例の絵画へのオマージュ?
容量が減っててなんだ?と思って開いたら意表は突かれた。

個人的にはもとの作品が良かったかな。
平均した点数で。
6.無評価名前が無い程度の能力削除
メラメラ
8.100肉を焼く程度の能力削除
ギラギラ
9.無評価逸勢削除
ごめんなさい。燃やしたい衝動に勝てませんでした。
冷静になって読み返してみたら火を付けたくなったのです。

丁寧な感想まで書いてくださった方もいるのに、申し訳ないです。
なので、一度は灰になった作品ですが、恥を忍んで再生させることにします。
違ったテイストでもう一作書き上げますので、その際にでも。
10.100ばかのひ削除
灰になった後に気づいたのでやっと読めました
相変わらずの節で満足です
11.90モブ削除
もっと上手な作品を作りたいなと、そう考えさせられる作品でした。例のサイトさんで何か嫌なことでもあったのでしょうか。少し心配になりました。強烈な作品でした。面白かったです

誤字
「私から離れだら」→「私から離れたら」だと思いますがどうでしょうか?