Coolier - 新生・東方創想話

紫陽が私を困らせて

2018/11/20 03:24:28
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 朝明けは嫌いだ。あの夕焼けとは異なる、紅を更に酸化させたような紫色は好きじゃない。まるで私が腐敗してしまったような色彩じゃないか。
 徐々に暗闇に光が注がれていく様は、見ていて気持ちの良いものではない。窓の少ない紅魔館の壁を鮮血で塗り直していく、日の光に不快感を感じながら少女は不貞腐れた表情を示していた。半刻程前から、暗闇を背負う悪鬼羅刹の類いは姿を消して代わりに小鳥、小虫、小娘の甲高い音が代わる代わる空を切る。就寝の手前ともあって少女は心中穏やかではなかった。穏やかではなかった。のは、つまり荒れていた。少女の頬が、むいいぃと吊り上げられていたのだ。
「折角の日の出よ?もっと笑顔を魅せなさい。」
 主部屋の更にその奥、深淵に潜み機を伺う獣の瞳を携える吸血鬼をまるて意にせず、隣で、作り張り付けた笑みを片手にその少女の頬をつつく少女を、幻想郷は一様に『胡散臭い』と称す。

「なぁ、賢者。私はな太陽の出ている時間は寝ているのが健康で健全で健常なのだ。分かるか?」
「ええ、もちろん。ところでねぇ、え?私は喉が渇いたわ。」
「見えないのは、私か?空か?太陽か?それとも全部か?」
「まっさらなキャンバスに踊る太陽を『あちち』って言いながら、カリスマガドルレミリア。好きよ?」
「全てを受け入れるって残酷だな。」
「あらあら、返す言葉もごさいませんわ。」
「ざけんな。迷惑の自覚があんなら追い出すぞ。」
「あら?レミリアは自覚ある迷惑より、自覚なき迷惑がお好き?」
「そりゃあね。世の中誠意が心を打つのさ。」
「夜の化身から聞ける言葉ではありませんわね。」
「何が言いたい?」
「喉が渇いた。」
「全く。」
 少女は部屋の片隅に設置された、影の濃いデザインの寝所へ迷いなく歩くと、途端、頬を床に付けるように寝そべった。ベッドの下、暗い部屋の更に暗がり、光の届かないような隙間へ目を細め、手探りを始めた。
 毎度の事である。少女は興味在るものを隠すが如く、葡萄酒をその暗がりへ寝かせた。曰く、日も当たらず、温度の変化が乏しい為葡萄酒を寝かせて置くのに最適らしい。けれど、賢者が思うに少女の館―紅魔館には、温度が完璧に変わらず湿度も瀟洒に管理された葡萄酒貯蔵庫が歪にも存在されるのに、である。折角、人による、人外染みた空間が創られているのに。
「それは、咲夜の管理下だから。いくら主人とは言え、許可なく持ち出すのは不粋であるし、恥ずかしい。」
 何の為の主人か。少女は案外縛られた存在だった。
 それなら、自室にも一角作って貰えば良いのに。
「家族と言うのはだな、賢者殿。互いを繋ぎ止めておくものなのだよ。」
「それは貴女の了見ね。」
「違いない。私は賢者殿程不安に鈍感でなくてね。」
 漸く探り当てたのか、身を起こした少女がそのまま硬直した。伺うと、薄く赤み掛かった、それでいて果実を連想させる瑞々しい鮮朱色した葡萄酒の瓶に、丁寧な字で、しかし殺風景な描写で、『程々に。―十六夜』と書かれていた。
「全てお見通し、という感じね。」
「何、私だってこのくらい予想内さ。、と、グラスがなかったな。」
「ここに。」
 賢者が何処からともなく、二つワイングラスを取り出す。
「準備が良いんだな。」
「お互い様でしょう。」
 少女が野蛮にも、けれど、高貴に爪でコルクを弾いた。遅れて音と香りが部屋を満たす。弾く月重厚な歳月を感じさせつつ軽やかな律香をさらしだすそれは、彼女の好きなものだった。
 グラスに注ぐ迄、一体どれ程私を楽しませれば気か済むのだろう。グラスに収まれば途端、香りを潜ませ、その身を真黒に染め上げた。指を少し踊らせればグラスに収まる演舞劇。色も形も変えながら、私の鼻腔に叫び喝采を呼び立てる。
「相変わらずね。」
「相変わらずだな。」
 そのまま、グラスの先を少しだけ遠慮させて触れ合った。
 明朝の届かない深淵。
 光源は、今にも切れ欠のランブ。
 音は静かに隅に身を隠した。だって、彼女達は、私を必要としないのだもの。
 賢者は煽りきった空の、薄く紅潮した硝子を惜し気に掌で弄ぶ。片や、少女は小さな口で転がす程度を、愉しんで、賢者へ目を細めた。
「なぁに?」
「ん。」
 少女が瓶先をチョイと賢者へ向けると、賢者も表情を柔らかく崩した。
「ありがと。」
「ん。」
 お互いが手を伸ばして、酌が行い終える迄の数瞬。瓶に駆け込む空気が、トクントクン。グラスから躍り出る空気が、ヒュルンヒュルン。本当に、数瞬の静寂を味わい尽くしていた。
それでも、数瞬。
 二人のどちらともなく、吐息が漏れると。それを境に舞台は別れた。お互いの指の中でだけ、ワインが踊っていた。
 賢者がそれを再度楽しむともう、グラスは表面にだけ酔いが染み付いていた。
 賢者が大きく溜め息をついた。
 少女が大きく溜め息をついた。
「あのなぁ、賢者。」
「あによー。レミリア。」
「麦酒じゃあ、ないんだよ?」
「分かってるわよ。」
「ワインはな?香りも楽しむものなんだよ?」
「だから、こうして肺に通してるのよ。」
「賢者殿は、肺に嗅覚が御在りらしい。」
「分かってないわねぇ。肺に培った香りは、全身に運ばれるのよ?」
「敵わないな。」
「美味しい葡萄酒と、レミリアがいるんですもの。敵いませんわ。」
「完敗だよ。好きなだけ、飲み干せば良い。最も、今日はその一本しかないがね。」
「ん。」
「あぁ?」
 呆れ気味に顔を背けたまま瓶を賢者の方へ差し出すレミリアへ、賢者がそれを押し返した。眉を歪め頬を膨らませる賢者のその表情は幼かった。頬がうっすらと、赤く成っていることが、取り敢えずお酒を飲める時期を過ぎていることを示唆している。
 少女には、妹がいるのでこういう場合の対処法は心得ているが如何せん、相手は年上の他人、どころか袂違いである。
 レミリアは幼くとも悪魔である。
「あ、ああ、要らないか!スマンスマン。案外酒に弱いのだな。賢者殿。ぷっくく。いやはや、配慮が足らなんだよ。あまりに勢い良く飲むものだからてっきり、―」

「あう。」
 後頭部におもいっきり、何か刺さった。
 出血を気にせず―後で咲夜に何て言われるか分からんな。―抜き捨てると、幻想郷でも珍しい、無色透明の五、六寸もある氷柱―今は秋なんだが。―が気温の急激な変化の所為か水浸しになっていた。
「お前って、戯れと殺害の区別がつかねーの?」
「酔ってるから、ゆかりんわかりましぇーん。」
「死ね。」
「あらあら。」
 仕方なしに、賢者は自分で注いだ。ウキウキと高揚した雰囲気は疾うに落ち着き始め、表情の節々に陰りが走った。
 八雲紫がレミリア・スカーレットを訪ねる。目的は明白だった。
「館周辺に亡骸三つ、他、痕跡のみで死傷跡が複数。」
 飲みきらなかった葡萄酒が賢者の手の中で怪しく揺れていた。
「少し、管理不足が否めないのではなくて?」
「最近どうも、な。外の刺激が強過ぎるのか、交流のある奴等が愚図ばかりなのか、調子が安定ない。けれど、前向きな姿勢も見られるし、大事にならない辺り、世の関わり方を最低限理解しようという節も見られる。性急に抑えるのは、そういう姿勢を潰しかねない。ここは一先ず事を荒げずに、緩急を持ってだな、本人に折り合いの付け所を―」
「長い。」
 それまで崩れていた少女の表情にも緊張が過る。いつの間にか、グラスは机に鎮座し、賢者は少女を悠々と見下げていた。
「ぶつぶつ言っても何も分からないわ。それはつまり、自身の管理は間違っていないという、弁護でしょう?私―幻想郷代表は『問題が在った。改善を希求す。』と言ったのよ?それに対する明言が欲しいのよ。」
―分かるでしょう?と、空のグラスを仰いだ。先刻通り、グラスには紫色が笑みを堪えて踊っている。
「あと五年、見逃せ。」
「くはは!」
 賢者が腹を抱えて笑って見せる。本心かどうかは分からない。
「あぁ、傑作ねぇ。式でない私が赴いている意図が伝わらない?」
「ワイン呑みに来たんだろーが。」
「正解。」
 くつくつ幼く笑うと今度は瓶を持って少女へ向けた。
「すまない。」
「良しとしましょうか。」
 バツの悪い顔をする少女へ、満面を与えた。そのまま、自身へ持ってくると、瓶から注がれたのは小指程の雫だけだった。
「あら、おかわり。」
「それが最後。」
「ならそれ頂戴。」
「マジかよ。他人に注いだ奴ねだるか?普通。」
「なら、私の『良し』は返上よ?」
「私の『すまない。』もな。……ほら、半分。」
 そもそも半分も入っていなかったグラスだから、それを更に半分賢者へ別けたら一口も在りはしない。否。少女の方が少なそうに見えた。少女はそれを最後、グラスを天に向けて、喉が反る程、最後を飲み干した。
「葡萄酒一本ごときで、返せる恩でないのは、分かってるさ。」
 不貞腐れるよう身を屈めた少女から、視線を外すと、少女は、唇を濡らす程度でグラスを口から離した。
「あの子、フランドールだけれどね。家の橙とも時々遊んでくれるんだって。色んな事を、知っていて。色んな事を教えてくれて、明るくて元気で活達で、思慮深くて、一緒にいて楽しいって、橙がそう言ってたって、藍が言ってたわ。」
「そう。」
「余り、期待を掛けすぎないことね。あの子は少し周りを気にしすぎるところがある。優秀な芽と言うのは得てしてそこが弱い。時々『殺さない程度にボコボコにしてこい。』くらいの説教は、コミュニケーションはあって良いのかもね。」
「私の接し方は、少し高圧的かな?」
「さあ、ね。貴方らしいわよ。とても。

 後、何でもかんでも、メイドに任せようとしないことね。弱点が全て彼女になってしまうわ。」
 賢者は空間を翻すと、そのまま、綺麗にお辞儀した。
「御馳走様。」
 気が付けば少女のグラスもまた、消えていた。
 残ったのは、困憊気味の空の瓶と、酔いの所為か、何処か虚ろ気な少女だけである。如何に陽光が届かなくとも、すっかり夜が明けてしまったのは、自明だった。
 少女が扉を開け放つと、鬱蒼とした酔いが我先へと屋敷へ希釈されていく。
明朝の室内は冷やかだ。その為か少女は、歩む時折、大袈裟に体を振るう。
ぶぉん。ぶぉん。
 一抹の陽に踊るソレは、どこか面白可笑しげで、少女を手招くようでもある。
 オニサンコチラ―テノナルホウヘ―。

「咲夜!」
 澄み渡る空気に声は良く通った。
 ケケケ―ケケケ―。
 夜は身を屈め、此処には誰もいない。
 反響した音響が響き回って、再度少女の端麗な両耳を震わせる。
 一度丹念に、悠然としかし仰業に歩みを休めた。
「さああぁくぅ、やあああ!」
 正に、一瞬。
「はい。失礼致しました。此処に御座います。」
 少女の側に、控えた。
 思わず溢した少女の笑みの如何に獰猛なことか。少女は知っているのである。
 その完全で流麗なショウシャなる従者が、自身を案じて眠れなかったことを。それをおくびにも出さない従者の心内を。
 どうして、慈愛を向けられずに居られようか。
 辺りは少しずつ、局所的に、陽が満ちつつあった。
「丁度就寝、と言ったところか?」
「お戯れを。」
「くくく。」
 もう、世界は明るい。
「フランドールを呼んで来なさい。」
「は?」
「みんなでらじおたいそうやるわよ!」

 夜の館が静かに瞼を落とした。



 ――― ―― ―。



「物好きねぇ。」
「ぇ?」
「そんな物好きを愛してる辺り、私も物好きなのかしら。」
「何よ?」
「あら、伝わらない?私と貴女の仲なのに。」
「伝わっているけど、出来うるなら解りたくない。」
「ふふふ。」
「変な幽々子ねぇ。食中りかしら。」
「あぁ~確かにムラサキ色って体には悪そうよねぇ。食中りしそうだわ確かに。」
「敵わないわ。幽々子。」
「素直に認めなさい。」
「何を。」
「ふふ。
貴女って昔からそう。
手間の掛かる子ばかり。
意外と被DV体質?」
「失礼ね。私は立場的に、貴女のような困ったちゃんを相手にしなきゃいけない役なのよ。全く。世話が焼けるわ。」
「焼かせますわ。」
「やかましい!」
「でも楽しい?」
「貴女だけでしょうそれは。」
「ふっ。」
「『どうかしらね?』を言外に伝えてくるのは止めて頂戴。」
「けれど、少なくとも、あの吸血鬼ちゃんの抱えている貴女への感情は、罪悪感じゃないかしら。」
「そうねぇ。悪い気はしてるでしょうねぇ。うーん。案外してないかもしれないわよ。」
「悪い気はしてるけど、しょうがない。みたいな?」
「計算高い子だからね。情が深いところもあるけれど、割り切る物差しも持ってるから。」
「の割には御執心みたいだけれど?」
「だって、好い子じゃない。レミリアって。」
「……。」
「巧妙で計算高く、緻密に豪胆で、情緒深いくせに深遠で、臆病で、儚く、強靭を持って凶事を除け、矜持を固めて領事を通し、慈愛を還して奇怪を得、悩み苦しみ畏れられ、たった一つを望んで手放して、全てを拒んで一つを得た。遊び心に逃げ込んで、袋小路に迷い混んで、信念を貫き、自身を果て、頂きにたどり着いて、血を眺める。理を望みて、経を見ず、鏡を砕いて、基を膿めて、帰し還して孵しめて、結ぶ箱庭を抱え堕ち、さりて繋ぎ止めし臓腑を切り落とすことも叶わず。願わずして、死海をさ迷い、理解に酔いを占め、足掻いてもがいて狼狽えて、泥を啜ってヘドを吐いて、高貴に振る舞い貴賓を飾り、冷気を羽織って熱気を秘める。暴虐的に幼く不可逆的に老麗に、少女は、美しい。」
「まとめると?」
「レミリア可愛い。」
「これだものねぇ。」
「一時の懐柔は当てにならない。けれど、永遠の交友など何が証明出来るというのか。」
「私は貴女を裏切ったりしないわ。」
「その証明は?」
「私と貴女の仲にそれが必要?」
「無いわ。
私も、きっと貴女を裏切らない。
彼女はそうはいかないでしょう。
けれどね幽々子。
私が何の前触れなく彼女を訪ねても、私がどんな状況で現れたにしても、彼女は、葡萄酒を、切らしたことがないの。」
―んんー。喋り疲れて喉渇いた。
余話
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コメント



0.130簡易評価
1.90サク_ウマ削除
地の文がちょっと分かりにくい気もしますが、それでもなかなか良い短編でした
2.70奇声を発する程度の能力削除
良かったです
4.100南条削除
最後の一行が素晴らしかったです