Coolier - 新生・東方創想話

私は山伏だ

2018/11/02 07:23:21
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 それは、ある夏の日の事です。
 とある県境にある鬱蒼とした山の中に、一人の男が居りました。
 男は四十代半ば程の筋骨隆々とした体型で、その身体には麻でできた白い法衣を纏い、頭には頭巾(ときん)と呼ばれる小さな帽子、手には金属製の杖を持っていました。
 その装いは、険しい山の中に身を置きながら厳しい修行を行う、山伏と呼ばれる行者のそれで、男の職業もそのまま山伏でした。
 山伏は車が疎らに通る県道から山へ少し入った所にある急な傾斜の登山道を、手に持っている杖を突き刺しながら登っていきます。
 
「私は山伏だ。 こんな坂道屁でもない」

 山伏はその言葉を呪文のようにぶつぶつと何度も繰り返しながら、休む事なく道を進んでいきます。
 大粒の汗が山伏の日に焼けた頬を流れ、周りでは沢山の蝉が罵声を浴びせる様にうるさく鳴いていました。
 右へ曲がったり左へ曲がったり、坂を登ったり降りたり。 縦横無尽にうねる道を延々と進んでいくと、頭上から照る日の光は鬱蒼と広がる草木に次第に遮られるようになり、辺りは薄暗くじっとりとした空気に満たされるようになりました。 山伏が歩いていた登山道もいつの間にか分厚い落ち葉の下に隠れてしまい、前方にはでこぼことした斜面に太く伸びた木やその根っこが行く手を阻むように折り重なっています。

「私は山伏だ。 道など無くとも問題は無い」

 山伏はまたその様な事を言いながら、躊躇する事なく道なき道を進んでいきます。
 ゴツゴツした木の根っこや滑りやすい落ち葉に足を取られ、何度か斜面を転がり落ちそうになりましたが、山伏は歩く速度をちっとも落としません。
 山伏は修行をするためにこの山にやって来ていたので、楽な道を選んだり、自分のペースでのんびり歩く訳にはいかないのでした。
 そして山伏は事ある毎に、私は山伏だ。 私は山伏だ。 と呟きました。 山伏は、自分が山伏である事をとても誇りに思っていたので、そうやって口にすると活力が湧いて厳しい修行にも耐える事ができたのでした。
 そうやって山を一日中歩き続けた山伏でしたが、ふと前方に大きな岩を見つけると、歩く速度を少し落としながら岩まで真っ直ぐに近付き、そこで山に入って初めて足を止めました。
 岩の背はとても低く横に長い形をしていて、人が腰掛けたり寝そべったりするには丁度良い具合でした。
 山伏は荒い息を押し殺す様に口を固く紡ぎ、顔の汗を服の袖で雑に拭ったあと、手に持っていた杖を岩の端にそっと立て掛け、自身もそのすぐ横に腰掛けました。
 修行は数日がかりで行われるため、夜も山の中で過ごさなければなりません。山伏はこの岩の上で夜を明かす事に決めた様です。
 山伏は今まで硬く強張らせていた表情をふにゃりと緩め、ふーっとため息を吐きながら頭上を見上げました。 頭上にある木々の間から僅かに覗く空はうっすらと赤く染まり初めていて、辺りで鳴いていた蝉の声も止み始め、代わりに夕暮れ時の涼しい風が葉を揺らす音が響いています。
 その音を心地よく聞いていた山伏ですが、しばらくするとその音の中に、風とよく似た別の音が混じっている事に気付きました。
 山伏はすくっと立ち上がり、音のする方向へ歩き始めます。
 しばらく歩いて見つけたのは、苔むした岩の間をさらさらと流れる小さな沢でした。
 山伏はすぐさま沢へと近付いて、そこを流れる水を手ですくって口へ運びます。
 しかし山伏は今は修行の身です。 修行の間は何かを食べる事はおろか、水を飲む事も許されません。 山伏は含んだ水で口をしっかりと濯いで喉の渇きを誤魔化した後、全ての水を吐き出しました。
 結局山伏は水を一滴も飲まないまま、名残惜しそうに沢を眺めてからもと来た方向へと戻り始めました。
 ちょっと沢に寄っている間にも、日はどんどん暮れて辺りはとても薄暗くなってきました。 灯りを持っていない山伏は、完全に暗くなる前に先程の岩へ戻ろうと早足で歩きます。 
 山伏の足の動きに合わせて、ザクザクという足音が薄暗い山に響きました。
 しかし、その音はほんのしばらくしてすぐに鳴らなくなりました。

「はて?」

 山伏が一本の木の前で足を止めたのです。 山伏は木を見上げたまま、言葉を失いました。
 見上げたその木は立派な柿の木で、その枝には青々とした葉っぱの代わりに、鮮やかな橙色をした柿が沢山実っていたのです。
 今は夏真っ盛り、柿の木がこんなに立派な実を付けているはずがありません。
 山伏は訳が分からず、ただただ柿の木を見上げ続けました。 そしてそうしているうちに、山伏は自分の中に強烈な欲情がふつふつと湧き上がって来ている事に気が付きます。

「私は山伏だ。 修行中に柿の実など、柿の実など……」

 山伏は顔を真っ赤にして手をわなつかせながら、柿の実を食べたいという気持ちを必死に抑え込もうとします。 しかしその欲求は消えることは無くどんどんと強くなり、そのその場から去ろうと足を動かそうとすれば、足は自然と柿の木へと向かってしまいます。
 山伏はついに耐えきれなくなり、突然大きな声を張り上げたかと思うと、猿の様な俊敏な動きであっという間に柿の木を登り、手近にあった実をもぎ取るとそのまま思いっきりかぶりついてしまいました。

「ううっ」

 実にかぶり付いた瞬間、山伏は表情を曇らせ身震いしました。 山伏の口の中を、強烈な渋みが襲ったのです。 この柿の木は、鳥や動物さえも手を付けようとしない、とてもエグみの強い渋柿が成る木だったのでした。
 しかし山伏は一瞬手を止めただけで、渋柿の強烈な渋み等ものともせずその実をバリバリと食べ進め、挙句には硬い種までもを一緒に噛み砕いてしまいます。

「柿…… かき…… カキ……!」

 山伏は柿を食べ進める勢いとは不釣り合いな虚ろな表情を浮かべながら、実を噛み砕く合間に不気味なうわ言を漏らします。
 勢いの衰えぬまま一つ目の実を食べきった山伏は、手当り次第に柿の実をもぎ取っては口に運び、あっという間に数十と成っていた柿の実を全て食べ尽くしてしまいました。
 柿を食べ終えた山伏は太い枝の上でとても満足そうにへらへらと笑いました。 そしてふとした拍子に突然表情を曇らせたかと思うと、今度は頭を抱えてうなだれ始めます。

「私は、何を……」

 自分は一体どうしてしまったのだろう。 山伏は怯えるように体を丸めながら自問自答を繰り返します。

「私は山伏だ。 私は山伏だ。 私は山伏だ……」

 山伏はすがる様に何度も唱え続けます。 しかしその声は段々とか細いものへと変わっていきました。 山伏の声が小さくなっていくに従って体からも力が抜けていき、最後には枝に器用にもたれ掛かったまま気を失ってしまいました。
 真っ暗な山に広がる虫達の声の中に、山伏の苦しそうな寝息が溶けていきました。

 山伏が意識を取り戻し目を開けると、辺りはすっかり明るくなっていました。
 無理な首の角度で上を向いていた山伏の目には、葉っぱも実もつけていない寒々しい柿の木の向こうに、青く晴れ渡った高い空が映っています。 そして口の中には硬い柿の種の破片と、ザラザラとした不快なえぐ味。
 昨日のあの一件は夢では無かったのか。 山伏は未だに信じられないといった顔をしながら、寝違えた様に痛む首に手を添えました。
 そうしながら視線を体の正面に戻すと、山伏はまたもや驚き困惑する事になりました。

「紅葉……?」

 山伏の目に写ったのは、一面が激しく燃えているかのような紅色でした。 それは見事に紅葉したもみじの葉で、所々には黄金色に揺れる銀杏も見られました。
 呆然としている山伏でしたが、不可思議な事はまだまだ続きます。

「う、うるさい。 何だこれは」

 山伏の耳には、風の音が聞こえていました。 ただの風の音ではありません。
 体に感じない程の風が辺りの葉の間を通り抜ける音。 その風が地面に転がる石を撫でて、表面をほんのごく僅かに削っていく音。 それに辺りの木々が成長してきしむ音や、うじゃうじゃと潜む小さな虫達が呼吸をする音まで。 普通なら聞こえるはずの無い、周囲で起きている現象全ての音が山伏の耳に届いていたのです。 そして山伏はその音の中に、山の奥からこちらにもの凄い勢いでこちらに向かって来る足音が混じりはじめた事に気が付きます。
 山伏はもう訳がわからなくなって、半分落ちるようにして柿の木から飛び降りると、足音から逃げる様に走り出しました。
 走っても走っても、足音はずっとこちらを追いかけてきます。 山伏はそれが怖くて怖くて仕方がなく、耳を塞ぎながらがむしゃらに走り続けます。 
 もっと早く、もっと早く。 気が付くと山伏はとんでもない速度で走っていました。 もしかすると自転車、いや車よりも早いかもしれません。 木や草が密集している山でそんなに早く走っては体をどこかにぶつけてしまいそうですが、山伏は障害物を難なく交わして行きます。 その動きはまるで全ての障害物の位置を予め把握しているかの様に無駄がありません。
 いつの間にか山伏の目は、見えないはずのずっと先の物が見えるようになっていたのです。
 山伏は前方から飛び込んでくる膨大な景色に困惑しながらも、その情報を頼って意識を集中させました。

「あっ!」

 意識を集中させる中で、山伏は見える光景の中に願ってもいないものを見つけました。

「人だ、人が居る!」

 それは前方の視界を塞ぐ木を三つばかり抜けたすぐ先の光景でした。 山の麓が一望できる開けた道の上に、一人の人影を見つけたのです。
 山伏はすがる様な思いでその方向へと一直線。 あっという間に人影の元まで走り抜けると、その目前で倒れ込むようにして止まりました。

「あやや、随分と急いでどうしましたか」

 聞こえてきたのは若い女性の声でした。

「わ、私は山伏だ。 出会っていきなり言う事ではないが、あ、会えて嬉しい。 とても安心した」
「はあ、それはどうも」

 息を切らし、よろよろと起き上がりながら興奮気味に言う山伏に対して、女性はやや冷たい口調で返します。 
 女性はブラウスの様な白いシャツに黒っぽい短めのスカートという服装で、このような山の奥に居るにはふさわしくない軽微な身なりをしていました。 しかし足元には古来より登山に使われる一本足の下駄を履いていて、頭には山伏が被っている頭巾に似た小さな帽子を被っています。

「それよりも、早く逃げた方がいい。 今は聞こえないが、何かの足音がこちらを追いかけてきたのだ。 あの異様さはきっと化け物か何かだ」

 今にも女性の肩を鷲掴みにして体を揺さぶらんとする勢いで山伏が訴えかけますが、女性は顔色一つ変えずに山伏を見下す様な態度で視線を送ります。

「なるほど、化け物ですか」
「そうだ、いくら探しても姿は見えないが、きっと醜くて凶暴な化け物に違いない」
「醜くて凶暴な化け物、ですか。 貴方の様な?」

 貴方の様な。 山伏はその言葉の意味が分からず、目をぎょろっとさせます。

「どういう意味だ。 私は化け物等では――」

 そこまで言った所で、山伏は押し黙ってしまいました。 女性がぐっと前に歩み出て、今にも顔がぶつかりそうな程に山伏に詰め寄ったのです。

「なるほど、臭いますね。 貴方、こちらの世界の物を食べたでしょう。 そして今、今までに覚えた事の無い様な感覚や身体能力、そして幻聴を感じて戸惑っている。 違いますか?」

 山伏は女性の言葉に全身の血の気が引いていく感覚を覚えてぶるりと体を震わせます。
 対する女性の方は顔色一つも変えずに、冷たい視線を山伏に送り続けます。

「どうしてそれを。 一体何を知っている」
「山伏を名乗るぐらいなら、黄泉戸喫(よもつへぐい)ぐらいご存知でしょう」
「黄泉戸喫…… まさか、ここはあの世なのか。 あの世の物を食べて、私はあの世の住人になってしまったとでも言うのか!」
「貴方の言うあの世とはちょっと違いますが、まあ貴方の様な化け物にはもう関係の無い話です」
「私は化け物等では無い! 私は、私は山伏だ!」

 憤慨して大声を上げる山伏を見て、女性はやれやれといった様子で深いため息をつきました。 そして服のポケットから小さな手鏡を取り出し、それを山伏に押し付ける様にして渡しました。

「まだ気付いていない様なので、ご自分の目で確かめて下さい」

 一体何が映るというのか。 手鏡を持つ山伏の手は震えていました。
 山伏はゆっくりと、恐る恐る鏡の向きを自分の顔が映るように傾けます。 そして意を決して鏡を覗き込んだ瞬間、山伏はぎゃっという悲鳴を上げながら腰を抜かし、その拍子に手鏡を投げ捨ててしまいました。

「な、何だその鏡は。 今、私の、私の顔が……」
「何って、ただの鏡ですよ。 ありのままの姿を映す、普通の鏡です」

 女性はそう言いながら手鏡を拾い上げると、それを山伏に向かって突き付けました。
 鏡には、頭にときんと呼ばれる小さな帽子を被り、白い法衣を身に纏った、消し炭の様な真っ黒な顔にマグマの様に真っ赤な目を光らせる化け物が映っていたのです。 鏡に向き合う山伏が悲鳴を上げると、鏡の中の化け物はそれに合わせてくちばしの様な鋭い口を開きます。
 気が付けば山伏の肌は手の先までが真っ黒に染まり、両手の指は関節が一つ増え、声もどの生き物にも例えようの無い不気味なものへと変わっていました。

「私は…… 私は…… 私は一体何者だ……!」
「居るんですよね。 仕組みは分かりませんが、中途半端にこちらに迷い込んで貴方の様になる外来人が」

 一回り大きくなった様に見える体をガクガクと震わせうろたえる山伏に、女性は相変わらず顔色一つも変えずに冷たい言葉を浴びせます。

「頼む、何とかしてくれ。 私を助けてくれ!」
「お気の毒です」
「お願いだ、何でもする。 私は化け物なんかになりたくない!」
「残念ですが、私にはどうする事もできません。 ですが、ちょっとしたお手伝いならできない事もありません」

 女性はそう言うと山の麓の方へと向き直り、まっすぐに正面を指差しました。

「ここをまっすぐ行った所に、人間が住む里があります。 そこへ行けば誰かが知恵を貸してくれるやもしれません」
「人間……が」
「はい、人間です」

 女性のその言葉を聞いた瞬間、山伏の中で何がが弾けました。
 先程まで恐怖心に染まっていた表情や素振りは一瞬にして消え失せ、代わりに何かを企む様な、何かに欲情するような、そんな不敵な笑みを浮かべ始めたのです。

「人間…… にんげん…… ニンゲン……!」
「さあ、お行きなさい。 今の貴方なら、空を飛ぶ事も雑作無いはずでしょう」

 女性は冷酷な笑みを浮かべながら山伏を囃し立て、今までは見えなかった背中から生えた黒い翼を大きく広げて見せました。
 そしてそれに応えるかの様に、山伏はめいいっぱいの醜い雄叫びを上げ、背中からバキバキという鈍い音をさせて女性のものと似た大きな黒い翼を出現させたかと思うと、そのまま翼を羽ばたかせて女性が指差した方向へと飛んで行ってしまいました。
 その場に残された女性は山伏の飛ぶ姿をほくそ笑むような表情で見送り、人知れずぽつりとつぶやきました。

「丁度、新聞のネタに困っていた所だったんですよね」
 
 
 
 
 
 
この作品は、文々。新聞友の会にてKoCyan64さんが出されるあやれいむ小説本「桜に恋をして」に寄稿させて頂いたものになります

寄稿した後にわいらさんの描かれたあやれいむの尊い表紙を拝見した時は、こんな文が悪役を演じる作品を寄稿しちゃって大丈夫だったんだろうかと不安にもなりましたが、おしるこに付く塩こんぶの様なものだと思っていただければ幸いです
ともあれ、KoCyan64さんの素敵な作品がたくさん詰まった一冊「桜に恋をして」是非是非チェックしてお買い求めください!

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第百三十三季 文々。新聞友の会(2018年11月11日開催)
スペース 文-36
サークル アルサンジャンミンテンゴ
著者   KoCyan64
文庫サイズ 120P 800円
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コメント



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1.80奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
2.100サク_ウマ削除
お見事でした。こういう嫌な話はとても良いですね
6.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです。綺麗に纏まっていて最後まで楽しく読めました。
7.100仲村アペンド削除
山伏の焦燥、恐怖が丁寧な文章で真に迫るように描かれており、見入る作品でした。とても素晴らしいです。
8.100南条削除
おもしろかったです
迷い込んで巻き込まれるという幻想郷っぽさがよかったです
9.100モブ削除
丁寧な文と、言葉にはしづらい複雑な感情を、上手く書いていらっしゃるなと思いました。御馳走様でした、面白かったです