Coolier - 新生・東方創想話

紅魔館の怪事件

2018/10/15 00:08:55
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*この作品には残虐な描写や登場人物の死といった表現が含まれます。
 それでもかまわないという方は、夜が明けるまでしばし少女たちの戯れにお付き合いくださいませ。
                                                                          作者より

 ねえ私は何ができるの
 わからないや
 嘘、知っているよ、私は何もできやしない
 黙れ
 ほら、すぐそうやってさ、わかってるから癇癪を起こすんだ
 違う、私にもできることがある

 
 雲一つない晴天の空の下、巫女と魔法使いが紅の館を目指して飛んでいた。巫女のほうは名を博麗霊夢、魔法使いのほうは霧雨魔理沙という。
 一緒に行動している二人を見れば、誰もが異変が起きたと思うだろうがなんてことはない、紅魔館の主にパーティーに来ないかと招待されただけである。
 昨日二人が神社でお茶を啜っていた時にその主はふらっと現れ「崇高なる我らの宴に参加できることを光栄に云々かんぬん」と高飛車にぬかしてきた。巫女が一発ぶん殴ると不服そうに招待状を置いて帰っていったらしい。
 ともかく誘いを受けた二人は、招待状に記されていた巳の刻の指定に間に合うよう紅魔館に向かっている最中だった。巳の刻とは午前10時頃のことである。
「あっついぜ、ここんとこ日照り続きだし何とかならんかね」
「そうかしら、気持ちのいい陽気じゃない」
「流石年がら年中腋出してるだけあって感覚が鈍ってんな」
「関係ないでしょ。それよりさ、今午前中でしょ。あいつ寝てるんじゃない?」
 魔理沙もそこは不思議に思っていた。館の主は夜行性なのだ。
 他愛もない会話をしているうちに二人は紅魔館に着いた。途中の門番は寝ていたため華麗に素通りした。
 館の扉を開くと、玄関先で出迎えたのは冷たい飲み物……などではなく、頭上にハテナを浮かべた銀髪の従者であった。
 彼女は十六夜咲夜、今一つ事情が飲み込めないといった顔つきだったが、すぐ合点がいったようでしれっと答えた。
「あなたたち、パーティーは夜からよ。ちなみにお嬢様は今から就寝するところ」
「やっぱりそうだったのね」
 予感が的中した。なんとなくそんな気はしていたため、さほど落胆はしなかった。気にしないといった調子で魔理沙が言う。
「まあなんでもいいや、外が暑かったんだ。なんか飲み物くれよ」
「ほんとマイペースね」
「まあいいじゃない咲夜。いらっしゃい二人とも」
 声の方向に目をやると背の小さな少女が玄関の奥に立っていた。
 彼女こそがこの館の主レミリア・スカーレットである。見た目は幼子だがこれでも500年以上生きている歴とした吸血鬼である。
「時間を間違って伝えたのはこちらの不手際だしね。日本語には不慣れなものだから。お詫びもかねて少し開始の時間を早めるわ。20時からにしましょうか」
 どうやら亥の刻を巳の刻と書き間違えてしまったらしい。今度は間違えないといったふうに24時制で時間を指定した。
「時間まで寛いでいて頂戴な。もてなしは咲夜がするわ」
「かしこまりましたお嬢様」
「随分サービスがいいな」
「ふふん、貴族だからね。それじゃあね、私は寝るわ。またね」
 得意げにそう言ってレミリアは自室に戻っていった。
「ということですので御用があれば何なりと」
「じゃあなんかくれ」と簡潔に要望を伝えた魔理沙たちを、咲夜は大広間のテーブルまで案内した。


 紅魔館の大広間は立派なものであった。大理石でできたテーブルやレトロ調の暖炉があり、その真上には、やたら装飾されて豪勢さを醸し出すシャンデリアが吊るされていた。
 壁を見やるとレミリアの趣味だろうか、西洋の槍やら剣やらが飾られている。その隣の大きな柱時計がチクタクと時を刻んでいた。
 紅魔館には窓が極端に少ない。直射日光が当たらない北側にいくつかあるのみだ。吸血鬼にとって太陽の光とは忌み嫌うものである。
 そのため灯りがついてない時の館の中はいつも薄暗い。
 二人はそこでいつもとは毛色の違うお茶会と、ついでに昼食を楽しんだ後、各々で寛ぐことにした。時刻は午後1時を回っている。
「私は図書館に行くつもりだが霊夢はどうする」
「そうね、やることないし私も寝てようかな」
 決まりだなと、霊夢は咲夜に案内され余っている寝室へ、魔理沙は地下の図書館に向かった。


 図書館に続く階段は、がらんとしており殺風景だった。周りの壁が紅一色だから余計単調に感じてしまう。
 薄暗い階段を下りていた魔理沙は何か違和感を覚えた。おかしい、何か欠けているものがある気がする。
 思案しているうちに図書館に着いた。
 扉を開けると中には、紫髪の虚弱そうな少女と、頭に羽の生えた少女がいた。魔理沙は大声で話しかける。
「よおパチュリー、さっそくでなんだが今、この館おかしくないか。なんか寂しいというか」
「唐突ね。図書館ではお静かに」
 虚弱そうな少女はパチュリー・ノーレッジ。七曜の魔女である。また動かぬ大図書館の異名を持つ、日陰の知識人でもある。
 そばにいた少女は小悪魔という。本名は知らない。無いのかもしれない。
 パチュリーが契約を交わした悪魔であり、この図書館の秘書である。その小悪魔が質問に答えた。
「多分、妖精メイドがいないからじゃないですか」
「おおそういえば、あいつらどこに行ったんだ」
「なんかお嬢様がお暇を出したみたいですよ。あんまり役に立たないからって」
「レミィは気まぐれなのよいつも。そういえばこの前『できる上司とは』とかいう本を読んでいたわね」
 魔理沙は納得がいった様子だった。パチュリーは続ける。
「だから今の紅魔館には、私と貴女を含めた8人しかいないわ」
「ふうん、じゃあ待て、なんで小悪魔は残っているんだよ」
「小悪魔はレミィの従者じゃなゲホッ、コヒュー」
「パチュリー様っ」
 パチュリーは魔女という人を超越した身を持ちながら、慢性的な喘息を患っているのである。
 度々発作をおこし、咳と喘鳴を繰り返す。酷い時は呼吸不全に陥ったまま動けなくなり、三途の川が見えたそうだ。
 小悪魔は書斎から薬箱と水の入った薬缶を持ってきた。
「ゆっくり飲んでください」
「んぐ、ごっくん」
 薬を飲み下したパチュリーはまだゼイゼイ言っていたが、ひとまず落ち着いたようだ。
 どうやら飲ませたのは、気管を拡張する作用がある錠剤のようだ。ご丁寧に瓶のラベルには魔女用と記されている。
 魔理沙は小悪魔のほうを見た。
「随分手馴れているな」
「いつものことですから。薬は永遠亭のが常備してありますし」
 永遠亭とは、竹林の中にある診療所である。そこの薬剤師である永琳は、ありとあらゆる薬を調合できるとかで腕利きと評判だ。
 少し怪しいが、現に薬箱の中には喘息用の気管支拡張薬や鎮咳薬だけではなく、高血圧治療薬や痛み止め、果ては睡眠薬に至るまで、多種多様な薬品が 入っていた。緊急時の対応はこれで十分だろう。
「それで、魔理沙は何しに来たのよ。窃盗なんて言ったら容赦しないわよ」
 魔理沙は図書館の本を盗む常習犯である。いつかお仕置きしてやるとパチュリーたちが再三警告したが、本人はあっけらかんとこう言うのだった。
「私は借りてるだけだぜ。いやな、時間まで暇だから来たんだよ」
 時刻は2時、まだ開始まで6時間もある。
「そう、本は汚さないでね」
「こんな埃ぽいところじゃ汚れもへったくれもないぜ」
 諦め気味のパチュリーにそう言って魔理沙は手近な本を一冊手に取った。
「あ、それ」
 ボン! と爆発音が鳴り響く。
「爆発するから気を付けて」
「早く言えよぉ」
 魔理沙は心臓が止まるかと思った。幸運なことに火傷やケガは免れたらしい。
「『五行の書』と言って元素を閉じ込めておける魔導書なのよ。著者パチュリーノーレッジ」
「お前が書いたのかよっ」
 ちなみに五行とは木・火・土・金・水のことである。
 大図書館には危険な本もある。流石に目の前で急に破裂音を浴びたのは堪えたらしく、懲りた魔理沙は確認してから本を手に取ることにした。


 霊夢は、咲夜に案内されて館の二階に来ていた。紅魔館のフロアは先ほど霊夢たちがいた大広間と地下の図書館、そしてレミリアたちの自室を含めたいくつもの小部屋で構成されている。
 部屋数がやけに多いのは咲夜が空間を拡張しているからである。あとは厨房と、血液の貯蔵庫があるとか。
「空いている部屋をお使いください。奥は大浴場ですのでご自由にどうぞ。くれぐれもお嬢様方の部屋には入らないよう」
「ねえ咲夜、その丁寧口調どうにかなんないの」
 そう言われたが咲夜は、客人ですからといった具合で口調を崩さなかった。彼女なりの仕事に対するポリシーなのだ。
「まあいいや、ありがとね」
「では、私はこれで失礼します」
 そう言った瞬間、咲夜はもう既にその場から姿を消していた。彼女の得意技である時止めを使ったのだろう。
 彼女の時を操る能力は色々と応用が利くらしく、空間拡張もその一つだった。
 毎度人間離れしているなと、霊夢は思いながら一番近くの扉に手をかけた。
 中はかなり殺風景である。少し大きめのベッドが一つと割れた鏡台があるばかりの簡素な作りで、床にはどす黒い赤い色のカーペットが敷いてあった。
 霊夢はベッドに潜り込み眠ろうとした。そのときカプッと首筋に何かが吸い付いた。
「うひゃあ」
 驚いて跳ね起きてしまった。布団がモゾモゾと動き、中からぴょこっと金髪の少女が顔を出した。
 彼女はフランドール・スカーレット、レミリアの妹である。
 ありとあらゆるものを破壊する能力を持つ。彼女は気が触れているため基本紅魔館の地下にいて、あまり出てこない。
「フランドールじゃない。なんでこの部屋にいるのよ」
「おやつかと思ったら霊夢だったのね」
 首筋が蚊に刺されたようにかゆい。少し噛まれたみたいだ。いや、こんなもんで済んでよかったというべきか。
「あんたらの眷属になんてなりたくないんだけど」
「ちょっと吸ったくらいじゃ吸血鬼にはならないよ」
 ならないらしい。フランドールは続ける。
「だいたい私の家で私がどこにいようと勝手でしょう」
 ごもっともである。
「いやそうじゃなくて、あんた、地下に引きこもっているんじゃなかったの」
「そんなことないもん。お屋敷内には結構出てくるし……現にここは私の部屋だよ。ほら」
 引きこもりという単語が気になったのか、むっとして部屋のドアを指さした。
 そこには『フランのお部屋』と可愛く装飾された文字が彫られた板が下げてあった。
 なるほど、地下室以外にも部屋が割り当てられているらしい。レミリアの計らいだろうか。
 なんにせよ霊夢はため息をついた。
「外側に書きなさいよ。それに部屋なら部屋でなんでこんなに閑散としているのよ」
「それは……私、殆ど地下で過ごすし」
「やっぱり引きこもりなのね」
「うぅ」
 フランドールは殆ど背格好が同じである姉に比べても言動が幼稚である。幼さが垣間見れるのは彼女が長い時の中で人や妖と接することなく生きてきたことが原因なのだ。
「まあいいわ、私は隣の部屋で寝るわ。お邪魔したわね」
「待って」
 フランドールが霊夢の服の裾を掴んだ。
「いかないで、一人は寂しいわ。お話ししましょう」
「なんで私が……うぅ」
 霊夢はすこぶる迷惑そうな顔をして見せたが、うつむくフランドールの顔が悲壮感を漂わせていたため強く断れなかった。何せ彼女は495年間地下で暮らしてきたのである。
 自分から外に出るようになったのはここ最近の話で、霊夢や魔理沙と出会うまでは人間を見たことすらなかったというのだ。
 うるうると目を滲ませて、上目遣いで頼む彼女の姿は「こいつほんとに495年生きた化け物なのか」と疑うくらい小さく見えた。
「ああもうわかったわ。少しだけよ」
「やったぁ、退屈していたのよ」
「急に態度変わったわ。あんた演技してたわね」
 訂正、年相応のしたたかさも持ち合わせていたらしい。
 結局霊夢は彼女のおしゃべりに付き合わされた。
 二人はいろんなことを話した。霊夢はここに来るまでの道中の事や最近退治した妖怪、賽銭事情、神社に入り浸る妖怪の愚痴など様々なことを話した。先のレミリアの愚痴も言っていた。招待の仕方が傲慢だったことも含めて軽い悪態をついていた。一方フランドールは最近読んだ本の事、そして姉の事を話す。
 閉じこもっている分、話題の幅は狭いのだが語り口は饒舌であった。合う話題といえばレミリアの事や弾幕ごっこについてくらいなものではあったが暇はつぶせた。
 暇つぶしはその後、なぜか弾幕ごっこへと派生した。結果は霊夢の辛勝であった。
 汗をかいた霊夢は風呂に入ろうと思った。
「これから汗流してくるけど、あんたはどうする」
「私はいいや、水苦手だし」
 吸血鬼は流水に弱いのだ。
「シャワーとか浴びなきゃ大丈夫なんじゃないの。あんたも汗すごいわよ」
「じゃあ行こうかな」
 二人は一緒に大浴場に行った。
 お湯が張り終わってないのか、浴槽は中途半端にしか溜まっていなかった。仕方がないので半身浴で済ませた。
 汗を流した二人は、また部屋に戻り宴の時間まで談笑した。


 咲夜は大広間を掃除していた。これから宴のセッティングをするつもりである。
 時計の針が6を指し鐘が鳴った。同時に内蔵されている仕掛けが動く。
 大広間の柱時計は特別製である。6時間おきに紅魔館を模した文字盤が開き、蝙蝠の人形が鳩よろしく飛び出してくるという技巧を凝らした逸品だ。悪趣味だとは魔理沙談。だが咲夜はこの時計を気に入っていた。
 掃除が終わったころに門番が来た。
 彼女は館の堅牢な番人であり、名を紅美鈴という。気をつかう能力を持つ妖怪で、徒手戦を得意とする。身体の頑丈さなら吸血鬼にも引けを取らないほどだ。
 彼女を見て、咲夜は「仕事は」と威圧するように聞いた。
「いやあ、お腹すいちゃって」
 のんきに答える美鈴を見てあきれるしかなかった。
「もう少しで宴だから待ってなさい」
 はいと素直に聞き入れた美鈴は、もう来客もないのでと咲夜の仕事を手伝った。


 いよいよ宴の時間になった。大広間にはすでに霊夢、魔理沙、美鈴、小悪魔、パチュリー、咲夜、フランドールの7人が揃っていた。
 料理も並び準備万端である。あとは主人が来るのを待つだけだ。
 待ってる間、霊夢はぼんやりと北の窓から外を眺めていた。きれいな星空だ、明日も晴れるだろうと思った。
 待ちくたびれたのか、業を煮やして魔理沙が「いくらなんでもレミリアのやつ遅すぎやしないか」と言った。7人が集まってからすでに一刻が過ぎていた。
「お嬢様のことだから何かサプライズでも用意しているのかもね」
「あんた今日初めて会ったな」
「ひどっ」
 魔理沙に応えたのは美鈴だ。一応、魔理沙たちは紅魔館に入る途中すれ違っているのだが。
「やっぱり寝てたのね。教えてくれてありがとう、魔理沙」
「ひいっ。今日は勘弁してくださいー」
 今日は無礼講、宴の日に凶器などもってのほかであることは咲夜も理解していたので惨事は回避できた。
「でも確かに遅いですわ。少し様子を見てきます」
 咲夜はそう言って、レミリアの自室のある二階に向かった。
 待っている間手持無沙汰になった魔理沙は、きょろきょろと周りを見渡した。そしてテーブルの上に何かを見つけた。それはどうやら小さい本のようだった。
「んっなんだこれ」
 本を手に取った。手帳のような大きさで表紙には手書きの文字で『少女の唄』と書かれている。著者名は不明。
 魔理沙がページをめくろうとした瞬間、二階のほうから叫び声が聞こえた。
「きゃあああああああ!!」
「咲夜の声だ」
 フランドールが言うと同時に6人は、急いでレミリアの自室へと駆けた。
 ドアは空いたまま、中には腰を抜かした咲夜がいた。どうやらひどく混乱しているらしく、喉から絞り出した声は震えていた。
「おお嬢様がっお嬢様がぁ」
 七人の視線が、レミリアの寝ていたベッドに一斉に向いた。
 横たわるレミリアの体には無数の銀のナイフが刺さっていた。
 真っ先にレミリアのもとへ駆け寄ったのはフランドールだった。
 無残な姿であった。眠っているところを襲われたのか抵抗した様子はなく、顔は穏やかだった。ドレスは彼女自身の大量の血で真っ赤に滲んでいる。
「しっかりしてっ、目を覚ましてお姉様!」
 それに続き皆が口々に言葉をかけるが、ついにレミリアが目を開けることはなかった。
 ふと小悪魔が何かを見つけた。紙切れのようなものである。
「皆さんっ、これを見てください」
 紙切れにはページ番号である1という数字と次の文字が書いてあった。

 一つ数えて瞳を閉じた


 一同は大広間に戻ってきた。時刻は9時半、日はすでに沈み、人工的な光だけが空間を照らしていた。
 7人はテーブルを囲んで座っていた。沈黙が場を支配する。
 魔理沙が用意されていたパンを手に取った。それに続き他の者も漠然とスープとパンを食べたが味はわからなかった。
 誰もが口を閉ざしており、重くどんよりとした空気が漂っていた。
 その沈黙を最初に破ったのは霊夢だった。
「まずは現状を整理しましょうか。レミリアが大量のナイフに刺されて殺された。そして近くにこのメモ書きがあったと」
 霊夢は血が付着した銀のナイフと、文字が書かれた紙切れををテーブルの上に出し、努めて冷静に述べる。ナイフはさっきレミリアの身体から抜いてきたものだ。
「このナイフは咲夜のもので間違いないわね」
「はい……」
 消え入りそうな声で答えた。
 霊夢が淡々と言う。
「これは異変よ。かなりタチの悪い類のね」
 今の幻想郷には、当代の博麗の巫女である霊夢の制定した掟がある。スペルカードルールだ。お互いが弾幕を撃ち合い華麗さを競う決闘である。先ほど霊夢とフランドールが行ったのもこれだ。
 制定されてから妖怪はいたずらに殺し合わなくなった。退屈が一番の敵である妖怪たちに、この掟が画期的で面白い娯楽として広まったのだ。掟が浸透した結果、妖は人を襲い、人は妖を退治するという形式だけが残り、幻想郷の大きな争いは少女たちの可憐な遊戯と化したのだった。
「無論解決しなければならない。いつもとは勝手が違うわ」
 普段なら手あたり次第、片っ端からボコってなんやかんやで黒幕にたどり着くのが霊夢なのだが、今回の事件はそう単純ではない。黒幕はまだ闇に潜んでいるのだ。
 単なる雑魚妖怪が殺された程度であれば問題にはならないのだが、レミリアは紅魔館という幻想郷有数の勢力の頭である。いくら被害者が妖怪といえど無視するわけにはいかない。
 幻想郷の秩序を乱すことを博麗は良しとしない。
「と言ってもどうするんだ。何かあたりでもあるのか」と魔理沙が言う。
「ない。だから情報を集めるわ。全員レミリアが床に就いた午前10時以降何をしていたか言いなさい」
「私たちを疑っているのですか」
 美鈴が不服そうに聞いたが、霊夢は無言で威圧するように睨んだ。
「まず私は1時まで大広間に魔理沙と咲夜の三人で居たわ。その後は客室でフランドールと談笑していた。途中、お風呂にも行ったわね」
 これで間違いないかとフランドールに同意を求めた。うんと返事があると次いで魔理沙が証言した。
「私は1時に霊夢たちと別れた後図書館に行った。その後はパチュリー、小悪魔と一緒にいたぞ」
 このような調子で証言は続いたが、怪しい影を見たといったようなめぼしい情報は得られなかった。
 咲夜と美鈴はずっと仕事をしていたと話した。6時以降は一緒に居たとも。
「アリバイが一部ないのは咲夜と美鈴か」
「そんな……」
 咲夜は切なそうに声を小さく漏らした。主の惨状がよっぽどショックだったのか終始無言である。そこにはいつも飄々としていたメイドの姿はもうなかった。
「咲夜さんが犯人のわけありませんっ」と美鈴が憤慨したが霊夢は「別にまだ疑っているわけじゃない」と答えた。まだ不確定な事項が多すぎるのだ。
 今の段階で断定など不可能である。
「大体レミリアは運命を操れるんだろう。そう簡単にやられるタマじゃないぜ」
 運命を操る能力を持つ彼女が抵抗しなかったとは考えられない。魔理沙のその疑問にはパチュリーが答えた。
「レミィはいつも『運命が何もかも思いのままなんて面白くないわ』と言っていたわ」
「ということは不意打ちで殺された可能性が高いな」
 厄介なのは、この事件の首謀者はレミリアに勝つことができる実力者であることだ。たとえ不意打ちでもレミリアに勝つのは簡単ではない。ことは慎重に進めなければならないと霊夢は思った。
「あと残っている情報はこのメモね」
 一つ数えて瞳を閉じた
「どういうこと?」とフランドールが疑問を呈した。
「多分、殺された状況のことだろ」
「なるほど瞳を閉じたというのは眠りについたってことね」
 霊夢を含めこの場の皆が察した。だが今は何の手掛かりにもならないようだ。
「私と魔理沙はこれから紅魔館の見回りをしてくるわ。何か思い出したら教えて頂戴」
「わかった」
 そう言って二人は広間を後にした。


 廊下を歩きながら二人は話し合う。
「なあ、本当にあいつらの中に犯人がいると思うか」
「さあね」
「さあねて……」
 事実アリバイは無意味に等しかった。時を止めたり、魔法を使えたりする彼女らにとって、いつどこにいたかの情報などいくらでも変えられるのだ。
 だが能力を使えるのは何も彼女たちだけではない。幻想郷の住民には、限定されてくるがレミリアを殺すことなど造作もない実力者が確かにいるのだ。
「だからこうして外と館の境界にに結界を張っているんじゃない」
 霊夢たちは見回りをしながら紅魔館を覆うように結界を張っていた。
 博麗の結界ならそうやすやすとは越えられないため、容疑者が外に逃げることは限りなく不可能に近い。
 いまだに犯人が屋敷に潜伏していればの話だが。
 まだ出ていっていないと霊夢の勘が告げていたため、自分の直感を信じて結界を張り続けた。


 広間では消沈しきった咲夜に代わって美鈴がお茶を入れていた。少しでも落ち着けるよう気を利かせたのである。
 咲夜、パチュリー、小悪魔の三人は、一言ありがとうと告げた。
「さっ、妹様も」
「うん、ありがと美鈴」
 紅魔館の紅茶は各々の好みに合わせられるよう色々な種類がある。フランドールが飲んでいるのは、レミリアのお気に入りでもある吸血鬼専用ブレンドだ。
 一口啜り、フランドールが言った。
「私、お姉様の仇をとりたい」
「皆、そう思っていますよ。霊夢たちはそのために行動しているのですから」
 美鈴が答えた。フランドールはほんの少しだけ微笑んだ。
 ああ、私の姉はこんなにもみんなに慕われているのだ。口には出さないが霊夢も真っ先に行動するあたり姉のことを思ってくれていたのだろう。そう思うと少し嬉しい気もする。
 あと、ほんのちょっぴり罪悪感も。
 気持ちを落ち着けて冷静になろうと5人は無言で紅茶を啜った。
「ちょっと御手洗いに行ってきます」
 沈黙に耐えられなかったのだろうか、小悪魔が席を立った。


 小悪魔は厠の洗面所に立ち鏡に映る自分の顔を見た。そしてこう思う。
 酷く青ざめている、私はこんな暗い表情だったろうか。いけない。美鈴さんだってつらいはずなのにあんなにも気丈に振舞っていたではないか。私がパチュリー様や妹様、咲夜さんを支えてあげなくては悪魔の名折れだ。
「ようし」
 自分に言い聞かせながら小悪魔は顔を洗った。
 ふと背後に何かの気配を感じた。鏡を見る。後ろの厠の入り口の扉が開いていた。しかし鏡には何も映ってはいない。
 小悪魔は恐怖を押し殺し、後ろを確認しようとした瞬間――
「じゃあね」
 声が聞こえたと同時に意識が吹き飛んだ。

 二つ数えて似た者と出会った


 小悪魔が戻ってくるのがあまりに遅いので、パチュリーが様子を見に来た。
 そして姿を見つけた時に悲鳴をあげた。霊夢たちも含めた皆がそれに気づき駆けつけた。
 無残にも頭を砕かれていた。壁にはひびが入り、小悪魔のものと思われる血がべっとりと付着していた。体には割れた鏡の破片が突き刺さっている。そばには紙切れが落ちていた。
「小悪魔っ、そんな……」
 パチュリーは困惑していた。親友と使い魔をこの短時間のうちに失ったのだから当然である。
「頭を打ち付けられて即死ってところか。そんでまたこの紙切れってわけだな」
「似た者、つまり自身を映した鏡ってわけね。」
 どうやら鏡に物凄い勢いでぶつけられたらしく、小悪魔の顔は原形をとどめないほどに潰れていた。
 パチュリーはわなわなと唇をかみ、震えていたが、唐突に口を開いた
「魔理沙、霊夢、私も犯人捜索に参加するわ。二人の仇をとる」
「ああ、ありがたいぜ。絶対に見つけ出して見せるさ」
 魔女たちは決意を固くした。
 彼女らに同調し、団結するべく皆が励ましや慰めを口にする中、フランドールは口を噤んでいた。
 魔理沙がどうしたと声をかけると不意にぼそぼそと呟いた。
「…う、こんな、…ない」
 フランドールは急に駆け出した。
「あっ、おい」


 魔理沙たちは小悪魔を書斎のベッドに寝かせた後、フランドールを追いかけて飛んでいた。先ほどの言動があまりにも怪しいものだったからだ。
「明らかに怪しい、あいつが、まさかな……」
 含みを持たせて魔理沙が喋る。魔理沙はたまに弾幕ごっこをして遊ぶので少しは彼女のことを理解しているつもりだった。確かに気が触れていると思うところもあったがそれでもフランドールが事件の犯人だとは信じられなかった。
「私だって信じられないわよ」
 霊夢は口では冷血なように装っていたが心の底ではフランドールのことを気にかけていた。
「あいつずっとレミリアのことばかり話していたのよ」
 フランドールが話をしていた時、姉の話題となると途端に饒舌になるのだ。それだけで彼女がどれだけ姉を慕っているかが窺い知れる。
 皆が胸に一物を抱えていた。


 違うこんなの私は聞いていない。
 フランドールは走りながら昨日のことを思い出していた。


「ふむ、なるほど部下を生かすには適度な休養も必要か」
 レミリアは自室で『できる上司とは』(聖徳文庫)という本を開いて思案していた。巷ではレミリアのカリスマが無くなったとか、紅魔館はブラックだとか言われていることを気にしていた。
 単なる噂話など一笑に付すべきことであることは彼女自身理解している。だがこの前妖精メイドにタメ口を利かれた時には流石に応えたようだ。
 誰もが畏怖する吸血鬼という存在の前で、ああも屈託のない態度をとられるとなってはどうも面白くない。
 妖怪は人のとらえ方によって如何様にもその性質を変える。なぜなら人が歴史を重ねて記した記録や伝承が妖怪の本質だからだ。
 紅魔の主は妖精と同レベルなどと、もし人里で書物に記されることがあれば吸血鬼の名声が地に落ち、力もなくなってしまうだろう。レミリアはそれを憂いていた。
「私は慕われてないのかしら」
「そんなことないと思うよ」
 声の正体は妹のフランドールであった。
「フ、フラン、いつから聞いていたの!」
「ずうっとだよ」
 独り言を聞かれてしどろもどろになる姉を、面白そうに見ながらフランドールは続けた。
「それよりねお姉様、面白いことを思いついたわ」
 思い付きとは、明日のパーティーでレミリアが死んだふりをして慌てふためく皆を見ようというものだ。きっと皆が悲しみ、戸惑い、涙するだろう。そしてレミリアの仇討ちとばかりに犯人を捜し始めるに違いない。
「そうして最後に生還すれば感極まって号泣という寸法よ、名付けてレミリア殺し」
フランドールは悪戯が成功したときの子供のような顔で、自信満々に思い付きをを語って見せた。
「ふふ、流石は我が妹、面白そうなこと考えるわね。でも具体的にはどうするのかしら」
 レミリアはもうやる気になっていた。当然だ、いつもは淡白な連中が慌てている様子は滑稽に違いない。それがすべて自作自演によるものだったとしたらなおさらだ。
 あとできついお仕置きを受けるだろうが、気にしていたら面白いことなどできやしない。
 それに巫女に一泡吹かせてやったとなれば、妖怪としての名誉にもつながるだろう。もしかしたら、いかに吸血鬼が強固で狡猾で頑丈な種族であるかのアピールになるかもしれないとまで打算していた。
 フランドールが得意げに案を説明する。
「ふふん、それはね――」


 そして今に至る。
 今回の事件は計画的に仕組まれたことである。霊夢たちが早く紅魔館を訪れるように仕向けたのも彼女らだ。フランドールが真っ先に駆け寄ったのも他の者がレミリアの生存を確認しないようにするためである。
 うなだれていたのは演技であるが、皆が姉のことを思い憂いていることがわかったフランドールは誇らしさまで感じていた。
 計画ではレミリアは小悪魔だって関わることなどないはずだった。いつものフランドールならたとえ小悪魔が死んだとしても動揺することはないだろう。
 それどころか自分から犯人探しをして楽しむかもしれない。あまり他人と密接に関わらない分、情も薄いのだ。
 だが今は事情が違う。自分らの計画とは別のところで何者かの明らかな悪意を持った思惑が動いている。
 彼女はそれを恐れていた。なぜか得体のしれない恐怖を感じるのだ。
 だからフランドールは一刻も早く、姉の生存を確認しようとしていた。
「お姉様!」
 レミリアの自室のドアを開ける。レミリアは変わらずそこにいる様子だったが、部屋の中で先ほどとは違うところがあった。
 水が渦のようにうねり、ベッドの周りを囲んでいる。まるでレミリアを閉じ込めているかのように流れていたのである。
 フランドールは立ち尽くした。本能が止まれと言う。
「ああ、お姉様、生きているんでしょう」
 返事はない。激流がごうんごうんとうねる耳障りな音が聞こえるのみである。
「今、行くわ。待っててね」
 ほかのことは何も考えられない。フランドールにとってレミリアは唯一の肉親である。
 姉はいつも意気揚々としていた。そんな姿に憧れていた。姉は私とは違って何でも出来た。だから私のように閉じ込められていてはいけないのだ。
 姉を私が助けるんだと思った。
 フランドールは意を決して足を踏み出した。
 途端脳裏をかすめたのは霊夢や魔理沙、それに紅魔館の面々だった。笑顔だけでなく不安、恐怖、苦悶の表情がやけに生々しく映しだされた。二人が会話しているところ、誰かが本を読むところ、果ては自分がいつぞやか壊したのだろうか、人型が血しぶきをあげる様子などが具体的な映像として浮かんでは消えた。

 三つ数えて水を飲んだ


「ああああ!」
 突然悲鳴が聞こえた。フランドールの声だ。声の方角はレミリアの自室である。一同は急いで向かった。
 レミリアの部屋の前まで辿り着いた。
 おかしい床が濡れている、いやそれどころではない、まるで水たまりのようだ。疑問を抱きながらも霊夢は部屋のドアを開けた。
「あうう、ああ」
 フランドールが濡れた床に突っ伏して呻き声をあげていた。水流にやられたらしく全身が水浸しで衰弱しきっている。
 最初に魔理沙が駆け寄った。そして体を抱きかかえて呼びかけた。
「おいフラン! しっかりしろ!」
「魔……理…………沙……」
 意識が朦朧とする。体が溶けるような感覚に陥る。それでもフランドールはうわごとのように「お姉様は」と繰り返した。
 フランドールの身体の一部は溶解したように欠損していた。もう手足は動かせない。
 そして皆の呼びかけに応えなくなり、最後には息を引き取った。
「すまねぇ、お前のことを疑っちまった。すまねぇ」
 魔理沙は涙を流していた。そこへ霊夢が来てフランドールの死体を抱きかかえ、レミリアが横たわっているベッドに寝せてやった。
「せめて姉の隣に、ね」
 あの霊夢の目にも涙が浮かんでいた。
 やるせなさと自分のふがいなさ、そしてこの惨たらしい事件を引き起こした首謀者のことを考えるとふつふつと怒りが沸いてきた。
 ベッドの横には紙切れと『五行の書』が落ちていた。


 霊夢たちは大広間に集まり、現状を嘆いていた。
「吸血鬼は水流に弱い。多分この『五行の書』を使って……」
 パチュリーが言葉尻を濁す。殺されたという言葉は飲み込んだ。
「ああ、十中八九そうだろうな。そしてやっとわかったぜ。こいつの正体がな」
 魔理沙が言っているのは死体のそばに落ちていたメモのことだ。魔理沙は8時ころに見つけた不審な本のことを説明した。
 曰くこのメモは『少女の唄』という本のページの一部だということらしい。
 例の本はいまだに大広間に置いたままだったので、手に取って開いてみた。中のページが破り取られている。
 魔理沙は拾ったメモと本の破れたページ部分とを合わせてみた。
「ビンゴだぜ。多分犯人が書いたんだろう。悪趣味な野郎だ」
 ぴったりと合った。
「今はそれが唯一の手掛かりね」
 霊夢がそう言った後に沈黙が訪れた。いまだに霊夢の結界に反応はない。つまり賊がいるとすれば、紅魔館内にずっと潜んでいるということになる。
 現状を整理しようにも手掛かりとなる鍵が少ないのだ。
 さらに妹君の死を目の前で見たこともあり、皆が意気消沈しきっていた。
「お茶を用意します」と咲夜が席を立った。
「咲夜さんは休んでいてください。私が用意しますから」
 美鈴が気を利かせたが、咲夜は「何かをしていたいの」と伝え厨房に向かった。
「おい、単独行動は――」
 魔理沙が制止しようとしたが、すでに姿を消していた。時間を止めたのだろう。
 
 
 咲夜は厨房で紅茶の用意をしていた。温めたポットに茶葉を入れお湯を注ぐ。あとは蒸らすだけだ。いつも通りの動作をこなす。
 頃合いだ、ポットのふたを開けてみる。紅茶の香りが鼻をくすぐった。上出来だ。何も問題ないと自分に言い聞かせていた。
 ふと頭上に何かの気配を感じた。咲夜は空間の把握に長けているのだ。
 牽制も兼ねてナイフで頭上を薙いだ。
 ナイフは空を切ったが違和感を覚えた。おかしい、ほんの少しだけ手ごたえを感じたのだ。
 咲夜は思案した。自分を狙っている者が近くにいるのではないかと警戒する。
 周りを見渡すが誰もいない。
「いけない、紅茶が冷めてしまうわ」
 ふと咲夜はポットのふたを開け放していたことを思い出した。
 なにはともあれ私は無事だ。きっと恐怖が神経を過敏に反応させたのだろう、きっと疲れているのだ。こういうのは杞憂の場合が多い。
 ひとまずは皆のところへ戻ってから考えよう。そう思って咲夜は厨房を後にした。


 大広間にティーセットを持った咲夜が現れた。
 皆に紅茶を注ぐ。その動作はいつものメイド長たる凛とした姿を思わせた。
 霊夢は注がれた紅茶を一口、ごくりと飲む。そして違和感を覚えた。
「うえぇ、なんだか血なまぐさいわ」
 ほかの4人も口に含んでみる。
「うっ、咲夜これ、レミィ用の茶葉じゃないの」
 パチュリーが指摘した。レミリア用というのは紅茶の茶葉に人間の血液を練り込んだ特別性である。先ほどフランドールも飲んでいたものだ。吸血鬼は愛飲するが、他の者は飲めたもんじゃない。
 何とかいつも通りに振舞おうとはしたものの、やはり動揺と混乱は収まっていなかったらしい。こんな単純なミスを犯してしまうとは情けないと咲夜は思った。
 困惑を抑えきれないといった姿に以前の完全瀟洒な従者の面影はなくなっていた。
「淹れ直してきます」
 咲夜はまた時を止めて厨房に向かった。
「だから単独行動は――仕様がない美鈴、追いかけるぞ」
「ええわかったわ」


 咲夜は先ほどの紅茶の茶葉が入った瓶を見た。間違えてなんてない。無意識のうちにお嬢様用の紅茶を入れてしまっていたのかもしれないと解釈した。
 ふと声が聞こえた。
 なあ咲夜
 やはり相当疲れているらしい。幻聴まで聞こえてきたと咲夜は思った。周りを見渡しても誰もいない。お湯を沸かした薬缶が湯気を立てているだけだ。それでも声は聞こえる。
 ……が……殺した
 声はくぐもっており不明瞭であるが確かに聞こえる。少しあどけない感じだ
 あなたの…………ナイフが怖い……
 ああああやめて私は
 ……挙句、自分は…………無事にのうのうと……
 違う違うそんなつもりじゃ
 寂しい…………傍に…………
 そうか、そうなのだ、私が片時も離れなければ良かったのだ。そして今も寂しがっておられる。ならば――
 もう不安は与えない、もう同じミスは犯すものかと完全瀟洒な従者は決意した。
 鐘声が厨房にいる咲夜の耳に届いた。大広間の柱時計が12時を告げたようだ。
「わかりましたお嬢様。十六夜はいつ何時も貴女のお傍に」
 咲夜の時間が止まった。

 四つ数えてしばらく経った


「咲夜さんっ!」
 追いついた。そして二人は唖然とした。
 咲夜の身体は老いていた。
 肌の張りはなくなり、皺が刻まれた顔面からは涙が滴った跡がある。だがなぜか表情は安らかなまま硬直していた。
 自身の時を進めたのか、それとも周りを止め続けたのかは不明だが彼女が時間を操ったことは見て取れた。
 近くには放り棄てられたようなナイフ、それに数え唄が書かれた紙切れが落ちていた。
「くそっ手遅れだったか」
 魔理沙は落ちていた少女の唄のページを拾い、悔しそうに歯噛みする。また犠牲者を出してしまったといった具合にだ。
「咲夜さん……」
 美鈴は胸に穴が開いたような心持だった。止めておけば、私が変わっておけばとひたすら後悔の念に駆られた。
 咲夜を背負った。とても軽かった。
「行きましょう、魔理沙」
 強く、重く、仇をとると決意した。
「そうだな、霊夢たちに伝えないとな」
 二人は厨房を後にした。


 二人が広間に戻ると霊夢とパチュリーは悔しそうに言った。
「また、なのね」
「咲夜まで」
「ああ、ほらよ」
 拾ったページを霊夢に手渡した。
「私はちょっと調べたいことがあるから図書館に行ってくるぜ。パチュリー来てくれ」
「ええわかったわ。」
 そう言って魔理沙とパチュリーは図書館に向かった。
「それじゃ、咲夜を見つけた時のことを詳しく話して」
 美鈴は広間に残った霊夢に詳しく先ほどのことを話し始めた。


 魔理沙とパチュリーは図書館に向かっていた。飛びながら咲夜を見つけた時のことを説明した。
 途中パチュリーが何を調べるのと尋ねた。
「“吸血鬼“についての資料が欲しい」
「魔理沙、貴女まさか」
「ああ、疑っている」
パチュリーが何かを察し、絶句したが構わず続ける。
「考えてもみろ。あいつらが殺された時間、常に私たちは全員一緒の空間にいた。1人を除いてな」
 魔理沙は自身の感じたことを話した。
「おかしいと思ったのはフランがやられた時だ。あいつが後れを取るなんて不意を衝かれたか油断したときくらいだろう」
 コクリとパチュリーはうなずいた。魔理沙は続ける。
「だが、まだあの時は私の解釈に違和感があったから口には出さなかった。確信を持ったのは咲夜の死因を知った時だ。あれは能力を使った自殺だった。 なぜ自ら命を絶ったのか、それは主が死亡したショックに耐えられなかったかあるいは――命令されたか」
 魔理沙は鋭く言い放つ。パチュリーは無言である。
 図書館に着いた。二人はさっそく資料を集め始めた。
「これですべてかしら」
「随分大量にあるな。さすがは世界的な化け物といったところか」
 二人は手分けして吸血鬼に関する文献を読み、まとめた。
 要約して特徴を挙げるとこんな感じである。
 曰く吸血鬼(ヴァンパイア)とは変幻自在、怪力無双、容姿端麗の人の生き血を啜る化け物である。鬼の力と天狗の早さを併せ持ち、霧や蝙蝠に変化することもできる者もいる。
 彼らにとって吸血行動とは栄養補給であり繁殖方法でもある。吸血鬼と一定量体液を交換した人間は吸血鬼になるといわれている。だが不老不死ともいえる強靭な肉体を持ち、人の万倍も生きるため積極的に仲間を増やすことは少ない。
 絶命させる方法として諸説あるが、太陽の光に当てる、銀製の刃物で首を落とす、心臓を杭で打ち付けるなどがある。また十字架やニンニク、流水を渡れないなどの弱点も数多くある。
 基本は人型だが鏡に映らない、招かれないと家に入れない、といった特徴もあるので見分けることは可能である。
「ざっとこんなところか。なるほど、フランのことはこれで納得がいったぜ」
「ああ、さっき言ってた違和感ね。確かにおかしいわね、吸血鬼は水流を渡れないだけで水そのものは滅する方法ではないわ」
「こう考えると納得できないか。水は何らかの力、例えば魔力で水流になっていた。壁みたいになったのかもな。そして水流の先で何者かに手招かれた」
「無理に渡ろうとして、吸血鬼の特性を捻じ曲げた。だから消滅した」
「その通りだ」
 妖怪が存在を保つには、理に自らの身を縛られなければならない。人は伝承や信仰によって妖怪の姿や特性を可視化する。事象や概念を固定するのだ。
 例えば、鬼は力がめっぽう強いが炒った豆に弱い、といったふうにである。もし弱点がなくなれば、もうそれは鬼ではないのである。
因果から外れるいうことは存在が消滅したのと同義なのだ。
 勿論、時には例外も存在する。レミリアなんかは吸血鬼であるが十字架が苦手ではない。それどころか自身のスペルカードにその形をモチーフにしたものがあるくらいだ。こと幻想郷ではキリストの影響が薄いのかもしれない。
 魔理沙はさらに続けた。
「もしこの文献すべてが正しいと仮定した場合、私の憶測も現実味を帯びてくるぜ」
 パチュリーは魔理沙が何を言わんとしているのかを理解していた。そのうえで信じたくないといった具合に言葉を返そうとした。
「でも、ゲホッ」
「おい、大丈夫か」
 どうやら興奮して喘息の発作がおきたらしい。ゼイゼイと肩で息をしている。
 魔理沙はなだめたが治まる気配がないので焦った。だがすぐ薬箱のことを思い出したので、急いで書斎から持ってきた。
「えーと、どれだ」
「そのケホッ、ヒュー、瓶よ、コヒュー」
 パチュリーは薬箱の中を指さした。そこには見覚えがある瓶があった。
 錠剤を取り出して飲ませた。
 ところがパチュリーの発作は治まるどころかさらに悪化したように見えた。
「ゲホッ、ヒュー、オエッ、ガホッ、コヒュー、」
 呼吸が出来ず苦しいのか、咳と嗚咽を繰り返していた。
「くそう、どうなってんだよぉ」
 困惑し慌てる魔理沙を尻目にパチュリーは衰弱していった。
 コヒューヒューおえ……ヒュー…………ヒュ……………………
 ついに体力も尽き、動かなくなってしまった。
「ちくしょう、ちくしょう」
 小悪魔がいれば、とつくづく思った。
 繰り返される悲哀の声だけが図書館に響いていた。

 五つ数えて呼吸を止めた


 魔理沙はパチュリーを書斎にある小悪魔の隣のベッドに寝かせた。ベッドの傍には5というページ番号と唄の続きが書かれた紙が落ちていた。
 犯人はこの惨状を見ていたらしい。もしかしたら今もこの近くにいるのかもしれない。悔しさと怒りが魔理沙の心を支配した。
「やい、悪趣味な作者さんよ! いるなら出てきやがれってんだ」
 反応はない。魔理沙は吸血鬼についてまとめた資料と続きのページを持ち霊夢たちに今起きた事実と自分の考えを伝えようと図書館を後にした。
 箒で飛ぶ。早く伝えなくてはという焦りが魔理沙の飛ぶ速度を上げさせた。
 不意に視界が悪くなった。まるで濃霧の中にいるようだが少し赤みがかっている。魔理沙はこの霧の正体を思い出した。
 この霧は紅魔館の主が引き起こした異変、紅霧異変の時と同じものだ。
「巫山戯んじゃねぇ、出てこい!」
 魔理沙が叫ぶと霧の一部は人の形をとった。魔理沙はさらに速度を上げる。
 しかし一向に距離は縮まらない。霧はまとわりついたままである。
 もう右も左も上も下もわからない。視覚を奪われるとこうも感覚が狂うのかと思いつつ、また速度を上げる。
「こうなれば」
  魔理沙はポケットに手を入れミニ八卦炉を取り出す。そして正面の人型に向けて構えた。
「くらえ、恋符――」
 途端に霧が晴れた。目の前には壁が迫っていた。
「しまっ――」
 ブレーキをかけるが速度を上げすぎた箒はもはや制御不能であった。魔理沙は勢いを殺しきれず、壁に猛スピードで激突した。

 六つ数えて碌でなしが接吻した


 霊夢と美鈴は見回りに出ていた。こっちはこっちで何か手掛かりを掴もうと美鈴が提案したらしい。
 べらぼうに広い紅魔館の無数にある部屋の一つ一つを何か見落としがないか見て回っていた。
 怪しい人影はなかったが、なんとなく部屋と部屋との間隔が狭くなっている気がして二人は違和感を覚えた。しかし些細なことだろうと探索を続けた。
 途中地下へ向かう階段のある通路で血濡れになった人型を発見した。
 壁にそうとう激しく衝突したらしく、もはや身体の原型は留めていなかったがよく見ると白と黒を基調とした衣服を身に着けていることがわかる。右手で抱えるように持っているのは資料と紙切れのようだ。
 その人型が魔理沙だということを霊夢たちは理解した。
 死体のそばには少女の唄の6ページ目が落ちていた。
「……」
「……」
 また被害者が出た事実を目の当たりにし、絶句した。
 魔理沙が持っていた紙を見た二人は、事実を確かめようと図書館に向かった。
 書斎に入るとベッドに寝かされたパチュリーがいた。
 息はしていない。喉には掻きむしったような跡がある。相当悶え、苦しんだのだろう。
 重く沈黙がのしかかる。
 不意に霊夢は美鈴にお祓い棒を突き付け、こう言った。
「これではっきりとしたわけね」
「なっ何言っているのよ貴女」
 美鈴の目は恐ろしいものをとらえた。目の前には絶対的な執行者の威圧を放つ存在、博麗の巫女がいた。
「どうやったのかはわからないけどこの館には私とあんたしかいないわ。それだけで十分でしょ」
「ま待って、早計よ! 私はずっと貴女と居たじゃない! それにまだ賊が潜んでいないと決まったわけじゃないわ」
 声は震えていた。足が竦む。美鈴は明らかに怯えていた。
 だが霊夢は冷たく言い放つ。
「そうかもしれないわ。だけどもう遅すぎたのよ。もっと早く行動しなければならなかった」
 本気だった。立ち塞がる者やその場にいる邪魔な者を片っ端から退治することで異変を解決する。これが博麗の巫女である。
 危機を感じた美鈴は即座に逃げた。妖怪らしく速度は並外れていた。
「待ちなさいっ」
 霊夢は追いかけようとしたが少しばかり踏みとどまった。そしておもむろに言った。
「関係ない。真相は最後に分かればいい」
 これ以上屍を増やしたくない。どうやら彼女の勘は美鈴を退治しても異変は解決しないと告げているらしい。だがもう悠長に構えているわけにもいかない。
 まずは見えている可能性からと霊夢は地を蹴った。


 冗談じゃない、私がお嬢様や咲夜さんを殺すものか。美鈴はそう思いながら霊夢から逃げていた。
 恐ろしい、どうしてこうなった。霊夢の目は本気だった。きっと魔理沙が殺されたことに怒りや焦りを感じているのだろう。
 だがそれは美鈴も同じだ。親しい者を殺されて怒りが沸いてこないほうがおかしい。ああ憎い、殺した犯人が憎い、と負の感情が美鈴の心を埋め尽くした。
 こうなれば犯人を見つけて私が殺してやる。きっとまだ屋敷の中にいるはずだ。そう考えた美鈴は、逃走から犯人の捜索へと頭を切り替えた。
 何気なく入ったのは大広間だ。時計を見ると時刻はすでに4時を回っている。
 ふと美鈴は何かを思いついたらしく、それを試してみることにした。
「おい! 殺人鬼よ、私はここにいるぞ。たった1人でだ」
 その思い付きとは今この場で犯人をおびき出すことだった。
 勿論考えなしというわけではない。不意打ちされたとしても己の身体の頑丈さで一撃耐えて、捕まえるという寸法だ。
 美鈴には弱点といった弱点がない。もしも殺害方法が精神的なものではなく、物理攻撃ならば十分に勝算はある。彼女はそれに賭けた。
 さあ来いと構えた瞬間、何者かの気配を背中で感じた。振り向きざまに一撃浴びせてやろうと美鈴は気配に向けて裏拳を放った。
 だが拳は当たることはなく、美鈴は壁に投げつけられた。
 間髪入れず何か鋭利なものが全身を突き刺し、壁に縫い留めた。どうやら広間に飾ってあった槍や剣のようだ。
「ぐぁっ、うげっ」
 美鈴は全身の至る所から出血していた。内臓もやられたらしく、口からも血を吐いた。目が霞む。全身の感覚が失われていく。
 一瞬で美鈴を仕留めたらしき者はくぐもった声でこう言った。
「ふん、他愛もない。館の門番がこうも弱いとはな」
 かろうじて美鈴は声だけは聞き取れていた。不明瞭ではあるがどこかで聞いたことがある声だと思った。
 気配が近づいてくる。とどめを刺すつもりだと理解した。
「苦しいだろう、血も涙もない化け物のせめてもの情けよ。今に楽にしてやる」
 声がそう言った。
 美鈴は最後の力を振り絞り目の前の気配を掴んだ。
「なにをするっ、放せっ」
 死んでも放すものか、犯人め、これがせめてもの復讐だとばかりに美鈴は歯を食いしばった。
 力を入れるたびに血が噴き出す。もう彼女の意識は朦朧としていた。
「ちっ、面倒だ」
 美鈴はすでに息絶えていた。血液を出し切ったのか痩せ細り、皮膚は生気を失っていた
 しかし彼女の指はしっかりと目前の者に食い込んで離れなかった。

 七つ数えて涙も枯れた


 美鈴の後を追いかけていた霊夢が大広間に着いた。
 そこで血まみれになった美鈴と、彼女の腕から逃れようと暴れる小柄な影を見た。
「やっぱり生きていたのね。――レミリア、あんたがこの異変の首謀者だったわけね」
 そう、目の前の美鈴を殺したと思われる者は紅魔館の主、レミリア・スカーレットであった。
 追いかける途中、魔理沙の持っていた資料を見た霊夢は、レミリアが薄々怪しいとは感じていた。
 レミリアは確かに弱点とされる銀のナイフで串刺しになっていたが、首を切り落とされてはいなかった。つまり絶命には至っていないというわけだ。
 美鈴の腕がちぎられた。レミリアが力に物を言わせ無理やり動いたのだ。
 そして見つかったかと、一度舌打ちをしてから芝居がかった口調で言った。
「ええその通り、紅い悪魔にふさわしいサプライズでしょう」
「一応聞いておくわ。なぜこんなことをしたの」
「ただの気まぐれよ、運命は予測不可能だから面白いの」
 そう、と軽くつぶやくと霊夢はレミリアに向かって一直線に飛んだ。そして横殴りにお祓い棒を叩きつける。
「くく、遅いな人間は」
 レミリアは難なく躱し、霊夢の後ろに回り込んだ。そして自身の魔力で生成した槍を構えた。
 グングニルだ。この槍は彼女のスペルカードにするほどのお気に入りである。その魔の槍を霊夢の心臓めがけて突き出した。
「こんな唄はどうかしら。八つ数えて槍が貫いた」
 槍の先端が身体を貫通した。瞬間霊夢の身体はゆらりと消えた。
「なっ」
 霊符「博麗幻影」
「幻かっ、くっ――」
 レミリアが振り返ろうとしたとき、すでに霊夢の結界がレミリアを封じ込めていた。
 両手両足についた札が、レミリアを十字に金縛りにする。
「ふん、化け物を倒すのはいつも人間ってとこかしら。でもこれでは私は断罪されるキリストね」
 観念したようにレミリアは、十字に拘束された自らの姿を聖者と例えて嘲った。
「冗談、あんたはただの魔の者よ。そして博麗の役目は邪を払うこと」
「くく、役目か、それではまるで操り人形ではないか。そんな滑稽な霊夢に警告する。あなたには死の運命が待ち構えているわ。精々あがくことね」
「お生憎様、異変はこれで解決よ」
 吸血鬼は杭で心臓を打ち付けられると絶命する。霊夢はお祓い棒を杭に見立て、レミリアの心臓めがけて突き刺した。

 八つ数えて磔に処された


 カツンカツンと階段を下りる音が木霊する。目指す先は図書館のさらに奥、地下室だ。
 霊夢はレミリアの最後の言葉が気になっていた。どうやらこの異変は終わっていないと勘が告げている。
 もう外は朝だろうか。日差しの入らない地下への階段ではそれすらわからなかった。
 一日中起きているというのに眠気はない。むしろ極度の緊張により集中力が高まっているとさえ思えた。
 入り口に辿り着いた霊夢は重厚な扉をゆっくりと開けた。
「あ、霊夢。やっぱりわかっちゃったんだ」
「フランドール……」
 牢とも呼べるほど薄暗く簡素な部屋の中には悪魔の妹、フランドール・スカーレットが佇んでいた。
「あんたが黒幕ね」
「ご名答、お姉様だと思ったかしら。面白かったでしょう」
 無邪気に答える。この状況を楽しんでいるようだ。面白かったというのは『少女の唄』のことを言っているのだろうか。
「フォーオブアカインドだったかしら。分身出来たものね」
 禁忌「フォーオブアカインド」とはフランドールのスペルカードである。彼女は4人まで分身することができるのだ。スペルカードの場合は時間制限があるのだが――
「そう、私の得意技よ。その気になればずっと4人のままいられるわ」
「あの殺されたあんたもすべて演技だったのね」
「そんなことないよ。あれは私の中の弱い私。お姉様にすべて頼り切っている臆病な人格なのよ」
 どうやら4人はいつでも互いに意思疎通しているわけではないらしい。記憶の共有はその場にいれば可能とも付け足した。
「私は壊すだけの私。他の事なんてまっぴらね」
「ということはまだあと二人、どこかに潜んでいるってわけね」
「いや、一人目は壊したわ。こうキュッとしてドカーンてね。その時に面白そうなことを思いついたってわけ」


 時は一週間前に遡る。
 ここは薄暗い地下室。その灯りの入らない部屋には、4人の少女がひそひそとおしゃべりに興じていた。いや、正確にはフランドールただ独りなのだから自問自答だ。
「ねえ私は何ができるの」
 私のうちの1人が弱弱しく聞く。私はこう言った。
「わからないや」
 応える声は自信なさげだ。
「嘘、知っているよ、私は何もできやしない」
 さらに別の私が罵るように言う。言葉が詰まる。だから私は――
「黙れ」
 掌の中にある“目“を握りつぶした。すると目の前の1人が崩れていった。
 生き物が壊れる瞬間など今まで散々見てきた。だがなぜかその崩壊していく自身の姿は、目に焼き付いて離れなかった。鮮血が飛び散る様は激しく脳を刺激した。
「ほら、すぐそうやってさ、わかってるから癇癪を起こすんだ」
 また別の私がなじるが、気にしない。
 すぐに紙とペンを握り、精一杯の表現で先の事を書き綴った。
「違う、私にもできることがある」
 私にできること、それは壊すこと。そして私は己を壊すことで崩壊の美しさを知った。
 破壊と創造は表裏一体だとも気づいた。
 ならばやることはひとつだ。壊れた作品を生みだそう。何がいいかな。
 そうだ、唄にしよう。端的だし如何にも芸術って気がする。
 唄を奏でるのは舞台がいい。残虐で、滑稽で、それでいて美しい血の惨劇を描くのだ。
 こんな幕開けはどうだろう。

 一つ数えて瞳を閉じた


 フランドールは対象の“目“と呼ばれる部分を掌に移動させることができる。その”目”を握りつぶせば、物だろうが人だろうが壊れる。これがありとあらゆるものを破壊する程度の能力なのだ。
 つまり“瞳を閉じた“とは、この能力を使って殺したということだ。『少女の唄』の最初の被害者は、レミリアではなく分身したフランドールの片割れだったのだ。
「もう1人は。どこに潜んでいるの」
「どうでもいいじゃないそんなこと。私は今が楽しくて仕方がないの」
「くだらないお遊戯会も幕引きよ。ここで終止符を打つわ」
 博麗の巫女として完全に首謀者を消滅させるつもりだった。スペルカードルールが制定される以前の血なまぐさい時代に、終わりを告げるためである。
「私からみれば弾幕ごっこもお遊びだけどね。でも――」
 あっけらかんと言い、霊夢に向かって飛び掛かった。
「この遊びは終わらせない。九つ数えて吸血されたなんてどうかしら」
 霊夢は咄嗟に払う。回避できたようだ。
「ふふ、やるね。とっても楽しいわ。あなたはどうなの霊夢」
「……」
 霊夢は無言で札を構える。これが答えだと言わんばかりだ。
 フランドールは魔力でレーヴァテインを作り出した。そしてその枝で切りかかる。
 霊夢は寸前で身を躱す。引き付けてから少しだけ身をひねるのだ。
「答えはイエスね。きっと似た者同士なのよ。私と貴女の身体には破壊者としての血が色濃く流れているわ。だから気になっているでしょう、どうやって皆を殺したのか」
 饒舌に語りだした。
「まず小悪魔だけどね、一人になったところを後ろからズドンよ。一瞬だったわ」
 巨大な光球を作り出し放たれたがあっさりと霊夢は躱す。
「次に私ね、魔導書を使って水流を生み出したの。ちょっと誘ったら自分から突っ込んだわ。我ながら情けないわね」
 お札を投げつけるが鋭い爪でかき消されてしまった。
「それで咲夜だけどね、妙に鋭いし大変だったわ。一人で厨房にお茶汲みに来た時に仕留めようと思ったんだけど失敗しちゃった。霧になっていたのに銀のナイフで切られたのよ。血が出て痛かったわ」
 一度距離をとる。鬼に並ぶともいう驚異的な身体能力を誇る吸血鬼相手に、迂闊な行動は命取りだ。
「どうしよっかなー、なんて思っていたんだけど、そしたらまた一人で厨房に戻ってきたのよ。なんか私が切られた時、血が紅茶に混じっちゃったみたい。これはチャンスと思ったわ。だからお姉様のふりをして命令したのよ。傍に居てくれってね」
 急にフランドールが縦横無尽に飛び回った。速度を生かして撹乱するつもりだろうか。
「次にパチュリーね、咲夜に比べて簡単だったわ。いつもの薬をすり替えておいたのよ。本の通りだとすればパチュリーが飲んだのは高血圧治療薬の一種、つまりは気管支を収縮させる副作用を持つ薬よ。うふふ、優秀な秘書が傍に居れば助かったかも」
 少女は自分の策を誇るように語る。
 フランドールは姿を消して弾幕を放った。スペルカードの一つ、秘弾「そして誰もいなくなるか?」である。姿を消すのも彼女の得意技だ。四方八方から弾が降ってくる。
 避けきれないと判断した霊夢は一瞬だけ結界を張って凌いだ。
 弾幕ははじき返され壁に当たる。その時、館全体が揺れた。
「ああ、始まったか。わかってると思うけど、咲夜が死んでからこの館の空間が狭まっているのよ」
 なるほどと霊夢は納得する。だが同時に焦りが生じた。今の管理者がいなくなった紅魔館の空間は不安定だ。
 そこに戦闘による衝撃が重なり、亀裂が入ったのだ。このまま館が崩れ落ちてしまうのは時間の問題である。早く終わらせないと生き埋めだ。
「終わりは決めてあるんだよね。十で倒壊、完璧でしょう」
 フランドールはそんなことは計算済み、といった調子だった。
「どこまで話したっけ。あ、そうそう魔理沙とは鬼ごっこをしたの。まあ捕まえられやしないけど。私、霧状だったし。知ってたかしら、霧になれるのはお姉様だけじゃないのよ。でも咲夜のナイフは効いたなあ、なんでだろ」
 飛び回っていたフランドールは急に空中で静止した。姿を捉えたかと思うと爪が霊夢の脇腹をかすめた。猛スピードで飛び掛かってきたのだ。
 尋常じゃない速度だったが何とか反応できたので致命傷は免れた。
「あとは美鈴だけど、流石はお姉様ね。まさか私の意図を掴んでくれるなんて。やっぱりお姉様は唯一の理解者なのよ。まあ霊夢が殺しちゃったけど」
 へらへらと笑って言うフランドールに対し、今まで黙っていた霊夢が口を開いた。その表情は怒りとも悲しみとも取れた。
「レミリアは罪を被ろうとしたのよ……あんたを守るためにね」
「それじゃあ私が殺されるみたいじゃん」
「その通りよ」
 霊夢は威圧するが当のフランドールは余裕綽々だ。
「わかんないかなあ。私はこの戦いが楽しいから遊んでいたのよ。その気になれば一瞬で終わり」
 そう言って掌を開いて見せた。
「決着をお望みのようだから終わらせてあげる。この手を閉じれば一瞬よ。じゃあね」
 言い終わったと同時に霊夢はお札を放った。掌は開いたまま固まった。勝利を確信した時に隙は生まれやすい。そこを突いたのだ。
 動揺を見逃さずに霊夢は針を放った。退魔の針がフランドールを壁に縫い付ける。
「こんなの霧になれば、っ、動けないっ」
「退魔針は魔を封じるのよ。あたりまえでしょう」
 退魔の謂れのある武器は総じて魔の者の能力や力を無効化するのだ。お祓い棒や銀製の武器も然り。
「くっ、九つで串刺し、てところね。でもそんなんじゃ生憎死なないよ。お祓い棒はお姉様に刺しっぱなしだし」
 霊夢は先端が血に濡れたナイフを取り出した。そして喉元に突きつける。
「それはっ」
「これはレミリアに刺さっていたナイフよ」
 初めてフランドールの目に恐怖の色が浮かんだ。
「嫌っやめて、死にたくないっ! まだ、まだ何もできてないのに……」
 無慈悲な銀のナイフが弧を描いた。

 九つ数えて首が落ちた


 霊夢は地下室の階段を駆け上がっていた。
 館全体が揺れている、もう倒壊は近い。せっかく解決したのに瓦礫に生き埋めなんて勘弁である。
「それにしても疲れたなあ」と小さく漏らした。喉もカラカラだった。
 大広間に出た。何とかまだ屋敷の形は保っているようだ。
 外に出たら何か飲もうと思った。何がいいだろう、冷たい井戸水、酒、いや違うもっとこう――
「血、血液を飲みたい」
 霊夢は出口の結界を剥がすため、扉に手を触れた。
 丁度結界が剥がれた時に柱時計の鐘が鳴り、仕掛けが動いた。それと同時に霊夢は扉を開け、一歩外に踏み出した。
 そして誰もいなくなった。

 十でとうとう少女は日の目を見た

 最後のページがひらひらと舞い落ちる。まぶしいほどの陽光がそれを照らしていた。
 ついに『少女の唄』は完成した。




あとがき
 皆さん初めまして、拙い文章でしたが楽しんでいただけたでしょうか。
一応、このお話はミステリものと言いましょうか、数多くの作品があふれていますが幻想郷という閉鎖空間ではまだ供給が少ないジャンルでございます。ゆえに私はミステリを読んだとき心揺さぶられました。怪しい影、幻想的な建物、密室、恐怖、そして仕掛けられたトリック、すべてが新鮮でした。いくらでも語りたいですが冗長になりそうなので控えます(笑)
 先日、とある方から小説を執筆をしてみないかとの誘いがありまして、ただの消費者である私が創作などできるはずがないと思ったのですが、同時にやってみたいとも感じたのです。
 きっかけは些細でしたが、初めて明確に何かを成し遂げたいと思いました。とは言っても初めて文章を書いたので右も左もわかりません。どうすればいいのかわからなかったので思い切って自分の得意なことや知っていること、あとは私が直接見たものを参考にそれらを詰め込んで投稿したのです。
 最初はまあ腕試しのつもりだったのですがあろうことか掲載していただき、ついに少女の唄が日の目を見たというわけなのです(笑)
 さて、お気づきの方も多いでしょうが、この物語の登場人物や建造物にはモデルが存在します。実は私もちゃっかり出ていたりします(笑)がそれはともかく、その方たちがいなければこの作品が完成することはなかったでしょう。
 この場を借りて深く感謝を表明いたします。
 長くなりましたが読んでくれた人たちにも感謝を込めて締めとさせていただきます。
                                                                        U.N.オーエン

 
 最後に、この作品はフィクションです。実在の事件や人物、団体等とは一切関係がありません。
 これにて舞台は幕引き、夜明けですので閉じたカーテンにて光は遮らせていただきます。
 はじめまして灯眼です。東方でしかできないミステリをやってみたくて書いた次第です。
 吸血鬼の設定に関しては、諸説ありますが知っている範囲で都合のいいものを詰め込みました。
灯眼
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コメント



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1.90名前が無い程度の能力削除
1週回るのは予測できなかった!
複数犯は確信してたけど、フランの多重人格予測以外はわかんなかったなぁ・・・
てかなんでそっちがわかったんだ俺・・・
2.100桜野はる削除
久方ぶりにワクワクしました。最高です。
荒削りなところがある文体にさえ興奮を覚えてしまうほど。
胸の高鳴りが抑えきれません。ファンになりました。