Coolier - 新生・東方創想話

飢えている

2018/09/20 23:40:29
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飢えている。
とにかく腹が減った。
臓腑はとうの昔から空っぽ。飢えて飢えて飢えて飢えて飢えていた。
元より骨と皮しかない身であるが、もはやその痩身すら支えることが困難だった。
体の末端まで力が行き届かない。動かし方を忘れた。私は正しくゆき倒れ、血肉の通う生物であればいずれ腐り果てた後に蛆が湧き土へ還ることだろう。

だらんと投げ出された指先を一匹の蟻が這う。
我が相棒であり我が半身も、今や存在を保つだけで精いっぱいであろう。表情からは何も読み取ることはできないが、何しろ私自身だ。考えていることは分かる。伏して死を待ち、消滅という形での飢えからの脱却を待っているのだ。
ぎゃーていぎゃーてい、はらぎゃーてい。
どこかで覚えた念仏を心の中で静かに唱えた。意味は全く分からない。しかし成程、この期に及んではどこか安らぐような心地がするようだ。

日の届かないこの場所で、どことも知らない森の奥で、誰にも知られず終焉を迎える。

多々良小傘は、今まさにその儚い命を終えようとしていた。


〇 〇 〇 〇 〇


思えばなんとも無意味な生であったことか。
かつては誰かの雨風をしのぐことで大事にされ、ちやほやされていたものの、やれデザインが古いだの開きにくいだの閉じにくいだの色味がダサいだの重いだの古臭いだのキモいだの趣味が悪いだの。気が付けば捨てられ、誰にも拾われず。知らぬ間に辺鄙な地に飛ばされたと思いきや、やはり茄子だの古臭いだの。
持ち前の明るさと愉快さでなんとか元気にやってきたが、続けて浴びせかけられる理不尽な暴力・暴言に我らの骨もぽっきり折れた。
ふらふら飛び回るだけでは腹も膨れず、居所と定めた場所も現地の妖怪に追い出される始末。
ここいらが潮時か。所詮は忘れられただけの雨傘。唐傘妖怪としての限界か。
なあ、相棒もそう思うだろう。

ソウダネ!コガサチャン、カワイイクライシカノウガナイモンネ!

可愛いだけじゃおまんまは食べられないってことよ。
人を驚かせてやらなくっちゃ腹は膨れない。唐傘妖怪ゆえの苦しみさ。

カワイソウナコガサチャン!カワイイトイワレルコトデオナカガイッパイニナレバイイノニ!

ははは、可愛いって言われるたびに1銭貰えていたら、今頃私たちは大金持ちさ。

シナナイデコガサチャン!ソノカワイサガウシナワレルナンテタエラレナイ!

「一人で何やってんの小傘?」

小傘は全ての力を振り絞り、寝たままの体勢からローリングソバットを繰り出した。
その鋭さといったら、初代虎仮面もかくやとこそ思われるほどであった。


〇 〇 〇 〇 〇


ぬえちゃんありがとう。今の驚きのおかげで少し元気が出ました。

「その元気を冥途の土産とするがいいよ」

わお、その三叉ちゃん私の傘よりかっこいいね。交換する?

柔らかおなかに深々と突き刺さった回転蹴りの衝撃は中々のものだったらしく、油断しきっていたぬえちゃんからはかなりの驚きエネルギーを得ることができた。
私の次の次くらいに可愛い容貌からは想像もつかないかもしれないが、こう見えてぬえちゃんは幻想郷でも上位の大妖怪。そこから放出される驚きエネルギーたるや、甘味も甘味。リポデー(早苗が言っていた。外の世界の秘薬で、熊の肝より効くらしい)にも勝るかと思われた。
おかげで命の灯はかろうじて繋がり、いま少しだけ此岸に身を置けそうであった。

「しかし難儀だね唐傘ってのも。私も人の心を食うけども、血肉からも力を得られるしなあ」

私だって食べられるっちゃあ食べられるけれども、さっぱり栄養になんてなりゃしない。
いうなれば、霞をすかすか飲み込んでいるに等しい。
霞だけ食べて生きられるのは、真っ当な仙人様くらいなものだ。生きるためには、団子の一つでも食べたくなるでしょ?

「その団子も食えずに死にかけてたわけだ。そんで私は蹴られ損」

カワイイコガサチャンニメンジテ、ユルシテアゲテヨ!

「骨一本一本折るからなお前」

ふふ、そいつはあまりにもアンブレラ(あんまりだ)ってね。


〇 〇 〇 〇 〇


丁寧に折られた骨を一本ずつ再生するのにおよそ2週間を要した。
当然であるがその間は動くこともできず、せっかく得られた驚きエネルギーもすっかり失われてしまった。

飢えている。
とにかく腹が減った。

だが先日のぬえちゃんとの遭逢のおかげで天啓を得ることができた。
そう、名付けて「とつぜん動いてびっくりさせる作戦」である。
あの大妖怪ですら私の不意打ちに腰を抜かしたのだ。そこらの一般通行人など、驚きのあまり抜けた腰は二度と戻ることはなく、穴という穴から泡を吹いて気絶することだろう。
そうして得られた驚きエネルギーによって私の可愛さはさらに磨かれ、ぬえちゃんをはるかに凌駕する力でもって屈服させるのだ。

私はめくるめく虹色未来に思いを馳せながら、人通りの多い道端で寝ころんでその時を待った。
相棒は置いてきた。倒れている隣に傘が落ちていたのでは、「えっこの子、この暑さの中で傘を持ってるのに差しもしないで日射病になったの?馬鹿なの?」と思われてしまいかねないからだ。
綿密な計画に、もはや成功を疑う余地すらない。思わずこぼれる笑みを隠すのが困難である。
そして待つこと十数分。

「な、なんだ!?女の子が倒れているぞ!」

間抜けな声と、これまた間抜けな走り方でどたどたと男が近づいてくる。
感じるぞ……驚きエネルギーを……。目を瞑っているため顔は分からないが、おそらく人間の男だろう。まだだ、まだ笑うな。
男が安否を確認するため私の顔を覗き込む気配を感じた……今だ!一気に目を見開き、両手両足を大きく広げ、激しく動かした!相手が怯んだ隙に素早く立ち上がり、忘れてはいけない、うらめしや!

「う、うわあああああああ!」

勝った!決まった!これで大妖怪の座は私のものだ!

「セミみたいだ!」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
【セミファイナル(名)】
一、試合に於いて、決勝戦の前の試合のこと。準決勝。
二、一見死んでいるようなセミが突然動き出すこと。また、その様子に驚くこと。
(幻想郷縁起:夏の辞句より)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


小傘は振り上げた両腕でそのまま相手の顔を掴み、勢いに任せて額へ膝を叩き込んだ。
その破壊力たるや、蹴り技の鬼ですら目を見開くほどであった。


〇 〇 〇 〇 〇


こんなに可愛い女の子を捕まえておいて、言うに事を欠いてセミだとは。
憤懣やるかたない。私はぷりぷりと苛立ちながら街道を歩いていた。これではせっかく得られたエネルギーも怒りと共に放出されていってしまう。ぷりぷり!

飢えている。
とにかく腹が減った。

だがやはり今のやりとりのおかげでまたも天啓を得ることができた。
そう、名付けて「怖い生き物にあやかってしまおう作戦」である。
一口に怖いものといっても千差万別。私のように類まれなる頭脳をもってして知恵と勇気で恐怖を与えるものもいるが、もっとシンプルに恐怖を与えるものもいるだろう。
先の人間がそこらへんのセミなどと私を比べたように、動きとたたずまいによって恐怖を演出できるものもいる。

そう、例えば、熊だ。

彼らが生まれ持った巨躯、爪、牙による威圧感は他の生物の追随を許さない。ふかふかの毛皮によって多少かわいさにステータスを振る余裕すらあるほどだ。
その熊に今回はあやからせてもらう。ここはひとつ熊に学ばせてもらおうではないか。
爪、これは獲物を狩るための武器であるため、私の持つ相棒と同じだろう。クリアー。
牙、これも既に持ち得ている。自慢ではないが私は歯並びが奇麗なのだ。犬歯も、ほら見てこの辺にちゃんと見えてるでしょ?
巨躯、この辺は気合でなんとかしよう。力量差のある相手は大きく見えるとかそのへんでカバーできるはずだ。
よって。残るは我がかわいさにブーストをかける毛皮を頂くのみである。

そこで私は湖近くの森の中へ歩みを進めた。
この森は木の実、果実が豊富に実り、野生動物も多く生息する。そのうえ土地の魔力保有量もちょっとしたもので、妖怪未満の魔獣も姿を見せる。
単なる熊さんでなく、魔力も有する魔熊の毛皮を奪うことができれば諸々便利に違いない。大は小を兼ねるのだ。

私は熊をおびき寄せるための餌として適当にうさぎさんを捕まえ、森の中をぶらぶらすることにした。
もはや計画の9割は完了したも同然であった。私の機嫌も上々、うさぎさんの耳をつかんでぶんぶん振り回しながら鼻歌交じりで熊さんを探す。こうすれば花咲く森の道で熊さんに出会えるはずだ。

「肉を食らう妖怪には見えないけれど……弱いものいじめ?」

現実はそうもうまくいかないらしい。私が出会ったのは愛らしい熊さんなどではなく、毛深くて獣臭い……

「嫁入り前の乙女になんたる言い草!これだから知らない人は嫌いなのよ!」

決まった住まいを持たない私ですら毎日の水浴びは欠かさないというのに……これだから動物由来の妖怪は困る。一度もシティーで生きたことがないというのはある種の罪であるとも言えないだろうか。

「水浴びくらい毎日してる!さっきだって!」

見知らぬ女が上下に跳ねながら怒るたびに、丈の長いドレスもひらひらはためいている。袖の先や裾の端からちらちらのぞく体毛や、大きくて品の無い獣耳からするに、何らかの動物妖怪であることは分かるが、どうにも熊ではあるまい。
悪いが、私は先を急ぐのだ。分かったら帰ってムダ毛の処理でもしているが好かろうもん。

「うう、これだから物由来の妖怪は相手の気持ちも知らないで!いいからそのうさぎちゃんを……放しなさい!」

女は直立した姿勢から、わずかに体を低くしたかと思うと地面を蹴り、一瞬で私の横を通り過ぎた。私の握っていたうさぎが手から離れ、代わりにじくじくとした痛みが残された。爪か、牙か、鋭いとがったもので無理やり手をこじ開けられたようだ。

女はというと、小さな毛むくじゃらを慈しむように茂みへ逃がしてやり、鋭い目つきでこちらを睨みつけている。

「草の根妖怪の取り決めではね、弱いものいじめもしちゃ駄目だし、食べないのに命を奪うのも駄目。それとも、血の通わないあなたには何を言ってもわからない?」

女に裂かれた右手には、甲から手首にかけて痛々しい切創ができていた。しかし、本来流れるはずの血液は流れない。私にはもとより骨と皮しかないのだから。
仁王立ちで立ちはだかる女を前に、私は計画について考えていた。

まあ、熊でも犬でも変わらないか。

「勇気を出して良かったわ……こんな危険なやつが姫の周りをうろつくなんて勘弁!」

犬女が本格的に臨戦態勢に入ったのか、髪をはじめとした体毛がざわざわと逆立ち、牙を剥き出しにして四つ足で唸る。地に伏し、狙いを定めるその姿は正に狼。爪の先にも力が入り、こちらの様子を窺いながらガリガリと土を抉っている。
そして呼吸が合い、女が姿を消した。

喉に齧り付かれるところを左腕で受け、勢いで倒されないように足は踏みとどまった。だが、敵は両手が空いている。組んだままの状況を打開するため、右わき腹へ鍵突きを打ち込む。アバラをしっかりと捉えた感触が拳に伝わった。それでも女は噛みついた腕から離れようとはしなかったが、くぐもった声が腕ごしに聞こえた。効いている。
続けてもう二発同じ箇所へ打ち込んだ。三発目は深く刺さった。
顎の力が弱まった瞬間を見逃さず、素早く左手を引き抜いた。その勢いで右の足刀蹴りを胸部へ繰り出す。ダメージを与えるためでなく、距離を取るための蹴り。
組みつかれては、こちらのやりたいようにはできないからだ。

女は少しよろめいたが、無理やり体制を立て直し、地面を蹴った勢いで大きく右の大振りを繰り出した。
だが、そのよろめいた一瞬の隙で十分だったのだ。

どこからともなくナイスガイ。二つの意味でもナイスバディ。超全世紀覇者スーパーアイドル小傘ちゃんと、切っても切れないナイスカサ。
先ほどまでどこにもいなかった私の最愛の相棒の登場に、目を丸くした犬女。
冥途の土産に相棒からのスペシャルチッスをプレゼント。
これが多々良小傘とその相棒唐傘による今シーズン最大の好プレー、本場唐傘仕込みの一本足スイングなのであった!この堂々としたフォームたるや、正にキング!
顔のド真ん中でバッティングを受け止めた犬女ちゃんは、声も出せぬまま森の木々を抜け雲を突き抜け、山を越えていき、そして新たな星が生まれた。
あわれ犬女よ、今後はせめて毛の処理くらいするのだぞ。

かくして、ウルトラアイドル小傘ちゃんは見事に悪漢の魔の手から逃れたのであった。めでたしめでたし。

……はて、そういえば何しに森まで?


〇 〇 〇 〇 〇


ということで飢えている。咳をしても飢えている。
とにかく腹が減った。

だがしかし今度こそ本当の本当に天啓を得た。
あの犬っころをぶっ飛ばしてやった瞬間、わずかだが驚きエネルギーを食らうことができた。量がわずかなのは、びっくりしきる前に気絶させてしまったためだろう。
つまり、適当なやつを手当たり次第にKOしてやれば私はすぐに腹いっぱいなのだ。
そう、この小傘ちゃんの最も好きなことの一つは、自分で強いと思っている奴をびっくりさせてやることなのだ。

そうと分かれば話は早い。
私は妖怪寺の門を叩き、開けてもらえなかったので相棒を隙間からねじ込んで閂を無理やり外した。
この寺の住人達とは妙な縁もあり、ときどき饅頭をもらったりする仲である。うさん臭さもあるが、基本的に優しく、相手が誰であろうと分け隔てなく救いの手を差し伸べる。
だからこそ都合がいい。多くの驚きエネルギーの収穫が見込める。ぬえちゃんが言っていたから間違いない。

力づくで門を突破したためか、有象無象の信者妖怪どもが我先にと押し掛けてきた。どいつもこいつも住職に恩を売って取り入ろうとしているだけの雑魚っち妖怪にすぎない。ぬえちゃんが言っていたから間違いない。
その甘い目論見を傘の一振りで打ち払い。次々と振り下ろされる刀、棍棒、鎌を受け止め、弾き、跳ね返し。突き出される槍、拳を華麗に躱し、捌き、仕留める。

気づけば数多の屍(殺してないよ!たぶんね!)の上に私は立ち、唇に薄い笑みを浮かべる聖白蓮を見下ろしていた。
全く、坊主という生き物は恐ろしい。この状況においても私のびっくりセンサーが反応しない。毛ほども動じていないというのだ。
だが面白い。驚かせ甲斐があるというもの。あの貼りついたような笑顔を剥がしてやったとき、それこそ驚くばかりの驚きエネルギーを得られるに違いない。ぬえちゃんが言っ……あれ、ぬえちゃんがいない。
まあいい、些末なことだ。
相手が誰だろうと、私のするべきことはひとつしかないのだから。

私は相棒を力強く握り直し、白蓮へ飛び掛かった。
今宵の小傘ちゃんと相棒は、血に、飢えている!
ギャグです。
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コメント



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1.80奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
2.100サク_ウマ削除
残念な良い小傘でした。
3.80名前が無い程度の能力削除
その足技を生かして格闘大会にでも出場すれば皆驚くと思うんですけど
4.80名前が無い程度の能力削除
セミファイナルの注釈がよかったです
5.90雪月楓削除
面白かったです。
6.100南条削除
普通にバトルしてて面白かったです
小傘ちゃんと相棒強い
惨劇が予想されるオチもよかったです
7.90モブ削除
面白かったです。御馳走様でした
10.100名前が無い程度の能力削除
セミファイナルからバトルにシームレスにつながるの好き
あと何気に文章が好きです
12.80名前が無い程度の能力削除
ベータ先生の次回作に(ry

いや、むしろこっちか
「ざんねん!!こがさの ぼうけんは これで おわってしまった!!」
16.80大豆まめ削除
> ギャグです。
むしろギャグじゃなかったらどうしようかと。
楽しかったです。この小傘ちゃんはなんだかんだ長生きしそうではある。
17.100大根屋削除
なにこれ超面白い
小傘ちゃんの運命や如何に(定番)
18.100名前が無い程度の能力削除
ギャグだね。
19.100名前が無い程度の能力削除
バイオレンス小傘の輝きはいつだって打ち上げ花火だ。
ハングリーな獰猛さが愉快なお話でした。