Coolier - 新生・東方創想話

15人目のきつね小僧

2018/09/06 20:28:30
最終更新
サイズ
11.93KB
ページ数
1
閲覧数
803
評価数
8/13
POINT
980
Rate
14.36

分類タグ

15人目のきつね小僧



-1-



 蝉の音はけたたましく、川のせせらぎの音を打ち消していた。日差しは容赦なく照り付け少し歩けばあっという間に服は汗でべっとり濡れてしまう。道行く人影はまばらでどこを見ても圧倒的な青空と雄大な夏模様が対照的だった。
 夏の重みを全身で受けながら橙は木の陰で横になっていた。服が汚れることも気にせず、手足を投げ出す。暑くて昼寝もできず、口をあけながら暑さに負けて苦しそうな顔を見せていた。
「何をやっているんだ」
 八雲藍が橙に氷菓を差し出す。
 藍の姿を見て橙は姿勢と表情を直してから、氷菓を受け取った。
「すいません。暑くって」
 木の陰に入りながら二人並んで氷菓を食べる。食べている最中、橙は藍の涼しげな顔を何度も横目で見ていた。
「藍様よく平気ですね。暑くないのですか?」
「工夫のしようはいくらでもある。経験のたまものだよ」
 偉そうに語っているが、実際のところ藍もそれなりに暑く服の内側には保冷剤をいくつも張り付けていた。
「最近、変わったことはあった?」
 んー、とつぶやきながら橙は氷菓の最後の一口を食べ終える。
「私のことじゃないですけど。きつね小僧ってご存知ですか?」

 
-2-



「九尾のきつね様の直々のご命令ならばお話しするが、どうして儂に聞くのじゃ?」
 二ツ岩マミゾウがキセルをくゆらせながら語り始める。口調こそ敬意を表しているが眼つきは愛嬌というものから遠く離れていた。
 藍はあえて無視しながら淡々と語る。
「もちろん自分でも調べたが、荒唐無稽な噂が混ざりすぎていてわかりにくかったんだ。二つ岩殿なら自分で客観的に調べていると思ってな」
「高くつきますぞ」
「かまわん。呼んだのはこっちだしな」
 マミゾウがここ、マヨヒガまで来てもらった時点でかなりの貸しだ。なにしろマミゾウはマヨヒガが初めてで、敵陣に単身乗り込んだに近い。貸しを作るのが嫌ならこちらから会いに行けばいいじゃないですかと橙は言ったが藍は完全に無視した。 
 キセルをカッと叩きつけて灰を落とすと、マミゾウは話し出す。
「一言でいうと泥棒じゃな。主に現金を盗んでいてこれまでに13件起こっている」
「多いな」
「だから評判なんじゃ。店の金庫や倉庫から金を盗んだり、売上金を運んでいた従業員から奪ったりと暴れまわっておる。手掛かりはまったくない」
「従業員から盗んだのなら姿を見られていないのか?」
「いや見られていない。懐に入れて運んだはずなのに取り出したらおもちゃの金に変わっていたというのが証言じゃ」
 マミゾウは腰の紙束を手に取りページをめくり始めた。目線はせわしなく動いている。
「きつね小僧という名前が付いたのは6件目あたりじゃな。被害者が動物臭い匂いがしたと証言し、キツネにつままれたようだと口々に語るのでその名がついた」
 少しずつマミゾウの眉間にしわが寄るようになってきた。
「こっからは理由が不明なんじゃが11件目から13件目では盗んだ金がどこかに寄付されている。どこかの寺小屋だったり、貧しい家だったり。その辺からさらに噂になった。今じゃ正義の味方みたいな扱いになって芝居小屋のネタになり始める始末じゃ」
 マミゾウは紙束に何やら書き込みを始める。相手を出し抜いて優越感に浸る子供の表情だった。
「これで貸しじゃ。しかし九尾の狐殿がご存じでなかったとは驚きじゃのう」
 藍は一瞬だけ眉を寄せるがすぐに冷静な表情を作った。安っぽい挑発をうけるほど間抜けではない。
「なにぶん重要な仕事が溜まっているのでな。二つ岩殿ほど暇ではないのだよ」
「足元をおろそかにすると危ないぞ。それとも誰かをたぶらかすのに夢中かの」
 その場で首を搔き切りそうな藍の冷たい視線と不敵な笑みを浮かべるマミゾウの視線が交錯する。
「ばあさんをたぶらかして鍋にしたやつに言われたくない」
「おや、知らんのか。あの話は最近改変されて怪我を負わせただけになっている。いやあ人間は狸に優しくて助かる」
 横で話を聞いていた橙は、式が付いていなければあの場から逃げたかったと後に語っている。
 

-3-



「一応私も調べていますが、どうも雲を掴む感じで」
 射命丸文はペンを下唇に押し付けながら悩んだ表情を見せていた。
「金庫からお金を盗んだり、持ち歩いてた売上金がおもちゃのものにすり替わってたり、帳簿の勘定でようやく気づくぐらいですよ。痕跡といえば獣臭さくらいです。しかもそれすら感じさせないときもあるんです」両手を宙に放り投げお手上げのポーズを作った。「というわけで私の結論ですがこれは人間の仕業です」
 文の断定的な口調に藍は目を細めた。
「もう少し詳しく」
「手口が多様で高度なのに妖怪のアピールがほとんどないんです。我々は存在をアピールするのが生きる糧なのに。寄付をしていますが何故か最近だけ。じゃあアピールができない下等な妖怪だとすると手口と見合わない」
 記者服姿で足を組んでコーヒーを飲む仕草ははっきり言って大人びて優美なものであった。普段の彼女の姿を知っているものが見たら猫を被っていると影で噂をしただろう。
「つまり、高等な妖怪にしてはアピールがない。下等な妖怪にしては手口が複雑すぎる。妖怪ではなくて人間の仕業でしょう」
 一息ついた文が余裕たっぷりな顔でうつむいた藍を見つめる。
「納得してないって顔ですね」
「ミステリアスを演出する妖怪だっている。まだ妖怪の可能性は捨てきれない」
「やたらと首を突っ込みますね。私はもう記事だけにします」
「きつねの名前が入ったからな。関わざるを得なくなった。正体がわかるまでは調べるよ」
 呆れたと言わんばかりに首を振った文は立ち上がって荷物を手に取った。
「これは私の経験ですが、行き詰まったら被害者を調べた方がいいですよ。被害者の行動から共通点が分かったりもします」
「わかった。感謝する」
「真相がわかったら是非とも教えてください」
 文は背中を向けて立ち止まる。
「そうそう。それと被害者の証言は信じない方がいいですよ。何しろ人間ですから」
 肩越しに微かに見える文の口元は妖怪らしい不敵なほほえみを浮かべていた。


-4-



 妖怪の次は人間だ。
「もちろん知っていますし、私も調べてます。現地で調査もしました」
 稗田阿求は和菓子を片手に話す。
「聞き取りと現場を見ましたが、どうも人間では不可能な点が多いのです」
 藍は稲荷ずしをつまみながら話をする。稗田家の稲荷ずしはかなり美味しい。
「錠前くらいなら人間でも開けられるだろう」
「きつね小僧が噂になったころから倉庫ではなく家の中に金庫を置いた所がありました。常にだれか見ているのに盗まれたんですよ。不可能です」
「おととい起こった14件目も?」
「はい」
「本当に寄付されたのか?」
「はい。全額寄付です」
 14件目の被害を受けて里の中はますます浮き足立っていた。里の人間のほとんどは妖怪の仕業と考えており優しい妖怪もいるものだと評判になっていた。
「なぜ寄付を始めたと思う? 寄付を始めた11件目と直前の10件目は空白期間が長すぎる」
「期間の開きでしたら、3件目と4件目も同じです。それにそれ以前の寄付は知られていないだけかもしれません」
「君も妖怪の仕業だと思っているのか?」
 阿求は頷く。その表情は確信しているかのように凛としていた。
「申し上げた通り、人間には不可能な方法がいくつも見られます。でしたら妖怪しかあり得ないでしょう」
 藍は少し黙る。
「本気でそう思っている?」
 阿求の眉がピクリと上がる。
「どういうことですか?」
「何か気づいていることがあるけど言えないとか」
 阿求は微笑する。表面的には美しいが一枚剥がせばマミゾウのような攻撃的な一面が顔をのぞかせそうな笑顔だった。
「あなただって何かあるのではないですか」
 彼女が何を隠しているかはわからない。しかし藍は知っていてあえて言わなかったことがあった。
 動物に式を取り付けて被害者全員の行動を監視させていたら共通点を見つけた。4件目から10件目の被害にあった店の従業員または店主が毎日のように顔を合わせていることがわかった。


-5-



 夜中、一部の飲食店以外は静まり返ってる時間に藍は一人歩いていた。人間の姿に化けて歩いていたが先程から複数の人間が尾行していた。もちろん藍は気づいていないふりをしていた。
 人通りのない細い道に入り込んでゆっくりと歩く。
「なあ、姉さん」
 何食わぬ顔で藍が振り向く。目の前には男性ばかりが7人。逃げ道を塞ぐかのように立っていた。
「あんただろ。最近きつね小僧の事件を調べてるのは」
「はい」
 藍は一般人のように返事をする。高圧的にはならないように気を付けながら。
「もう調べないでくれないかな」
「どうしてですか?」
「これ以上変に騒がれたくないんだ。静かに暮らしたい」
「泥棒を見過ごせと?」
「別にいいじゃないか。あいつはいい奴らしいし」
「寄付をしたのは最近だけです。それにどうあっても泥棒であることには変わりないです」男たちの表情に不快感がにじみ出て来ている。それを見て間髪入れずに突っ込む。「あなたたち、4件目から10件目の被害者ですよね? どうして知りたくないのですか? 知られて困ることでもありますか?」
 話しかけて来た男が後ろの仲間に目配せをすると藍を中心に囲み始める。手には武器のようなものも見える。
「やめてくれないなら無理やりにでもやめてもらうしかないな」
 ここまで付き合ってきた藍はついに笑いを我慢できなくなった。まったくここまで分かりやすいとは。変装して何日も派手に歩き回った甲斐があるというものだ。
「何がおかしい」
「ああ、すまない。そろそろ嘘はやめるよ」
 派手なだけの煙幕を辺りにぶちまけると藍は変装をやめ本来の姿を見せた。耳を隠した大きな帽子。毛並の良さそうな尻尾。夜目にもはっきりとわかる絹のような白い肌。余裕をたたえながらも無表情を作るその顔はまさしく人より圧倒的な実力を持った妖怪の顔だった。
「どうだ?」
 藍の一言で弾かれたように男たちが逃げ出す。何人かは足がもつれて転んだ。
「こらこら、どこへ行く?」
 即席の結界が男たちの目の前で淡く輝く壁となって立ち塞がる。壁を叩き声をあげようとも外からは気づかれることはない。
 藍はゆっくりと足を進める。
「さっきまでの威勢はどこに行った? 誰か私を捕まえてきつね小僧に仕立て上げるやつはいないのか?」
 転んでいたものたちも這いずりながら下がる。
「お前たちは隠してることがあるだろう。言ってみろ。報復が怖いか?」
 過呼吸を起こしそうなほど恐怖に染まった顔が闇に浮かんでいるのを見るのは久しぶりだった。もう少し続けても良かったが気絶されたら話ができなくなる。そろそろ答え合わせをしよう。
「言えないなら私が言ってやる。きつね小僧なんて存在しない。お前たちが意図的に作った架空のキャラクターだ」
 恐怖におののいていた目つきが僅かに冷静を取り戻し藍をまともに見るようになった。
「横領か仕事の失敗か知らないが無くした金を妖怪の仕業にしようと口裏を合わせたんだろ。自分の店なら金庫も自由に開けられる。普段から人間は意味不明な事件を妖怪になすりつけようとするからな」
 男達が次々にうなづき出す。それを見て藍はため息をつく。
 一人が震えた声で言った。
「確かにそうだけど、俺たちがやったのは4件目から10件目だけなんだ。1件目から3件目はそもそも知らなかったし、11件目から14件目は俺たちもわけがわからないんだ」
 藍は姿勢を正す。
「それか。1件目から3件目は記者が後付けしたんだろう。話を盛り上げるためにな」
「じゃあ11件目は?」
「模倣犯だろう。11件目は芝居小屋の公開時期と一致してたし話題作りの可能性もある」
 次々に下を向く。重苦しい雰囲気が彼らのあいだに立ち込めた。騙していたはずが、いつのまにか騙される側に回っていたのだ。
 男の一人が立ち上がって藍と向き合った。
「なあ、どうしてわかった? 俺たちは誰もボロを出していないはずだ」
「簡単だ。全員がここに来たからな」
 男は理解できずに首を傾けた。
「最初はお前たちの誰かがきつね小僧だと思ってた。けど、全員で脅迫に来ておかしいと思ったよ。犯人が一人なら一人で脅迫するか、かばった仲間だけでやる。顔を見せて印象づけるリスクがあるからな。こうなると答えは一つ、全員が犯行に関わっていて、真実はバレないと確信しているんだ。そうなると自作自演で犯人のでっち上げしかない」
 男の顔がたちまち苦々しいものに変わった。恐らくこの男が最初に思いついたのだろう。
「まったくややこしいことをしてくれたな」
 藍の言葉に、全員が床に這いつくばって頭を地面に擦り付け始めた。
「すまなかった。ここまで大げさになるとは思ってなかったんだ。頼む」
 何度も頭を下げる様子を見て藍は結界を解除した。
「誰にも喋るな」
 小刻みにうなづきながら男たちは走って街並みに溶け込んで行った。

「お優しいですね。警察に引き渡せば良かったのに」
 建物の屋根から見下ろしていた橙が声をかけた。
 特に顔を上げず藍は返事をした。
「模倣犯だって知られる方が面倒だよ。引退したって噂を流そう」
「けど、間に合いますかね?」
 藍は驚いて顔を上げた。少しは遠くが見えるようになったと嬉しく思いながら。
「その時はその時だ。きつねだからね」


-6-



 太陽が傾き始めたころ、人里の店で藍が購入した食材を受け取る。
「ありがとうございます」
「また来てね」
 よくある会話を繰り返しながら藍は通りを歩く。買い物袋が随分と重くなってきた。
 目の前に男の子が一人立っていた。人の流れを無視して藍の顔をジッと見ている。
「こんにちは」
「えっと、知り合いだっけ」
「知り合いですよ。直接会うのは初めてですが」
 言葉遣いは丁寧だが表情はいたずらっ子といった雰囲気を醸し出していた。
「……ひょっとして、君は」
「はい。きつね小僧です。ようやく形を持てました」
 きつね小僧は嬉しそうに笑顔を作る。
「義賊にしてくれたのはラッキーでした。おかげで一気に知名度があがりました。一言挨拶をしたいと思いまして」
 きつね小僧は一度頭を下げると藍に背中を見せる。
 走り去ろうとするところを藍が引き止める。
「また来なさい。きつねの名前を持ってる以上私が君の面倒をみよう」
 彼は嬉しそうにもう一度頭を下げた。あとは走り出して人間の雑踏にあっという間に溶け込んだ。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
妖怪発生のメカニズムは大体こんな感じだと思っています。
カワセミ
http://twitter.com/0kawasemi0
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.240簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
 楽しませていただきました。
2.90奇声を発する程度の能力削除
面白くて良かったです
3.90名前が無い程度の能力削除
面白かったです
5.100サク_ウマ削除
うわ、うわ、すごい、ほんと、だめ、すごくすきです
2節でのマミゾウの返しがすごくハイセンスで素晴らしいですし
4節の裏のある阿求もとても不敵で良いです
5節の終わりの橙と藍の関係もすごく好きですし
終わり方はもう、本当に洗練されていて、これぞといったかんじでした。

素晴らしいものを読ませていただきました。ありがとうございます。
6.90名前が無い程度の能力削除
これは良短編
>いやあ人間は狸に優しくて助かる
会話にさらっと皮肉を交ぜていく洋画スタイル好き
ラスト一文も国語の教科書に抜粋されそうな締めがなんとなく良い
7.80名前が無い程度の能力削除
よかったです
8.90小野秋隆削除
いいですね、この、妖怪の誕生。素敵です。
10.100南条削除
おもしろかったです
妖怪が発生する過程とその過程に干渉したであろう藍がよかったです
11件目以降は藍が犯人なのでしょうかね