Coolier - 新生・東方創想話

死を想う

2018/08/15 19:06:41
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「さて……明日からどうすっかねぇ」
 運河の上をゆるりゆるりと流れていく無数の灯籠を眺めながら、河城にとりは、一人、小さくため息を吐いた。
 この一ヶ月は働き詰めだった。河童の少女は、本日ようやくこの時をもって、過重労働から解放された。


 発端は、妖怪寺の住職、白蓮の提案だった。
 毎年葉月の中旬、寺の面々は、門徒を中心とした里の住民と共に、盂蘭盆会を営む。昨年までは櫓を囲んでの盆踊りが中心であったが、今年はそれに加えて、灯籠流しもしよう、ということになった。
 灯籠流しとは、死者の魂を彼岸に渡すための船として、木あるいは竹で作った灯籠を川に流す、という行事だ。先祖供養の関わりが深いということもあって、里の人々に否やはなかった。
 ただ、一つ問題があった。
 里を通る運河、その先は未舗装の河川となり、程なくして霧の湖に至る。灯籠が木と紙と蝋燭だけで構成されているとはいえ、その量が多くなれば、湖の水質に何かしら悪影響を与えることは避けられない。そうなれば、湖およびその周辺に住む生物、妖怪には、よろしからぬ事態となるだろう。追悼の行事で軋轢を生んでは意味がない。
 そこで、水棲の技師たる河童に、白羽の矢が立った。
 住職曰く、「自然に大きな影響を与えない、水に溶けやすい素材で、なおかつ蝋燭を湖まで運べるような」灯籠を作ってくれ、とのことだった。
 それ自体は、いい。機械屋であるにとりにとって、技術的に大きな問題はなかった。
 骨格となる部分には、生分解性プラスチックを使った。これは、自然界に存在する微生物による分解が可能なプラスチックだ。蝋燭の四方に巡らせる紙の部分には、デンプンを成形した素材、オブラートのような物を使った。
 蝋燭の方は、灯籠が湖に至るまでの時間を精密にはかって、ちょうど湖面で燃え尽きるよう、長さを調節した。
 霧の湖周辺の妖怪連中との話は寺の面々が受け持ち、あっさりと了承を取り付けた。
 盂蘭盆会は命蓮寺が主導であるため、里の妖怪神社からも山の妖怪神社からも、横槍を入れられる心配はない。
 さて後は水溶性特別灯籠の量産をするだけ、ということになったが、問題はその数だった。量産に着手した当初は余裕をもって作業を進めていたが、新たなイベントに興味を持った里の人間から、白蓮を通して、大量の追加発注が来たのだ。
 こういう時、「急に数を増やされては困る」などと言うのは、河童の挟持が許さない。そもそも大量生産は即座に現金収入に繋がる。にとりは、暇な河童を総動員して、朝も昼も夜も、構造材の精製と灯籠の組み立てを進めていった。
 そして、お盆当日の朝、ぎりぎりのタイミングで、受けた注文全てを揃え、納品した。
 その成果が、今、目の前に広がっている。
 幻想郷の中で、河童の自分がこんなことを言うのもおかしいが、などと思いながら。
「なかなか幻想的な光景だね」
 にとりは、そう呟いた。
 水の上を音もなく滑る灯籠は、白蓮の思惑通り、にとりの想定通り、里の人間の死者への想いを、目に見える形で表していた。
 四方を半透明の膜で囲まれているため、ただでさえ淡い蝋燭の灯りが、一層、儚く揺れる。黒く静かに流れる水面が、ささやかにその光を反射する。
 灯籠の一つ一つを彼岸への船と見立てるならば、そこに宿る灯火の一つ一つが、里の住民の祖先、ということだ。往きて帰りし魂に、人間は感謝や尊敬の念を抱くのだろう。その数は、百や二百ではきかない。
 ただ、それを見ても、不思議と高揚は感じない。大きな達成感もない。感心はする。出来に満足する。ただ、その程度だ。まあこんなものだろう、という感慨。
 納品の時点で、白蓮からは丁寧な礼の言葉と、想定していたよりも少し多い礼金を戴いた。里の人間も喜んでいるようだし、余計な茶々を入れられることもなかったし、現実主義の技術屋としては、万々歳の案件であった。
 物を作ることは、河童にとって、仕事というよりも趣味、もっと言えば生き甲斐、さらに言えば存在理由そのものに近い。
 それであるが故に、一つ大きな案件を終えた瞬間に、なんとも表現できない虚脱状態に陥る。燃え尽き症候群というやつだろう、と、にとり本人は分析していた。長い躁状態から、軽度の鬱状態、心身の空白期間へと移行するのだ。
 もちろん、やるべきことがなくなったわけではない。修理したい物、開発したい物、研究したい物、いずれも数多とある。白蓮からの依頼が来る直前まで、無線を飛ばす技術の改良を試していたので、それを完成させてもいいかもしれない。
 それでも今は、どれに手をつけるべきか、手をつけたいのか、よくわからなかった。
 けれど、考えずにはいられなかった。
 明日から何をするか、そういう具体的な思考に集中しなければ、考えても栓のないことを考えてしまいそうだった。
 たとえば、そう。
「この灯籠は……どこに辿り行くんだろうな」
 そんな、わかりきったことを考えてしまうのだった。

  ● ● ●

「きれいなものね」
 運河のほとりを一人歩きながら、霊夢は誰にともなくそう言った。
 盂蘭盆会は仏教行事であるため、博霊神社が関わる部分はない。便乗して屋台でも開こうなどと思ってはいたが、手伝いをしてくれそうな華扇からも魔理沙からも、諸用があるとかで断られた。屋台一つとはいえ一人で切り盛りするのは大変であるため、今回は仕方なく、金稼ぎは見送った。
 といって、里の住民に混じって盆踊りに興じる気にもなれなかった。
 ――ご先祖がいない、なんてことはないけれど。
 霊夢は、母も父も知らない。祖母も祖父も知らない。自分がどのような累の先にいるのか、知らない。仏教と同様、神道も祖霊信仰を一つの骨子としているのは重々承知しているが、霊夢は先祖供養をする対象を知らなかった。名も顔も知らない人達を、どうやって悼めばいいのか、わからない。
 だから、灯籠流しを申し込むこともしなかった。ただこうやって、運河のほとりを歩くともなく歩いて、流れ行く光を眺めるだけだ。
 虚しいといえば虚しい。けれど、寂しいとか、そんなことは感じない。ただ単純に、きれいだな、と霊夢は思った。同時に、彼女としては珍しく、河童どものことを褒めてやりたい気持ちになった。
 弾幕ごっこで、派手な光は見飽きるほどに見てきた。幾何学的な美しさを誇るスペルに、見惚れそうなことになったこともあった。けれど、灯籠の光は、やはり根本的に違う。
 紙で風から守られた蝋燭の光の一つ一つが、人間の祈りだ。自分達を見守っているくれていることへの感謝と、彼の岸で安らかであれという願いの光だ。
 夕と夜の狭間の時間、神社の鳥居から里を見た時、霊夢はいつも、人の営みの灯りを見る。無数にある家の窓、一つ一つに、光が宿るのを見る。
 今、目の前の運河を、窓の数と同じだけの灯が、滑っていく。
 生の数だけ死があって、死の数だけ生がある。
 人の営みの連なりが、灯りとなって、淡く輝いている。
「この灯りは――どこまで行くのかしら」
 灯りに彩られた運河に沿って、霊夢はゆっくりと歩を進めていった。

  ● ● ●

 灯籠の行き着く先は決まっている。
 霧の湖だ。それ以外にはない。蝋燭は湖面で燃え尽きて、程なくして灯籠の骨格に水が浸透して分解され、紙もすぐに溶けてなくなる。
 それだけだ。
 そんなことは、灯籠を作ったにとり本人が、誰よりも知っていた。事前の実験もちゃんと済ませてある。
 けれど、光を追わずにはいられなかった。
 白々と照る月の下、少し早足で、運河沿いを歩く。
 それから程なくして、石で舗装された運河は、剥き出しの河川となった。それでもにとりは、光を追い続ける。
 見れば見るほど、細工は上々だった。流れる灯籠は、どれ一つとして転覆することなく、ぷかりぷかりと浮き、流れていく。
 川の幅が広がっても、その安定は変わらない。
 里の中での運河の幅は、およそ三メートルほど。土が剥き出しになった箇所で、五メートルほど。今やそれは、十メートルほどとなっている。
 必然、灯籠同士の間隔は広がっていく。
 ちょうど、群れをなしていた人間が、何かの拍子に、ばらばらに散会するように。
「なあ、お前達は……どこに行くんだ?」
 にとりの口から、繰り言のように、呟きが漏れる。
 ――とぷん、と。
 気づけばにとりは、川の流れに身を浸していた。
 何しろ彼女は河童だ。服は防水および撥水の効果のある素材で作られているし、それらの荷重があったところで、溺れるわけもない。足と手をわずかに動かすだけで、水に浮き続けることができる。
 水面に頭だけを出して、音もなく水を掻く。
 一番近い場所を流れていた灯籠に、すい、と泳ぎ寄ってみる。
 近くで見ても、光の印象は、あまり変わらない。弱く脆く、今にも消え入りそうで、けれどまだ消えない。己が消える場所に至るまで、消えない。
 それはまるで、命のようだった。

  ● ● ●

 運河が川になって、川の幅が徐々に広がっていく。霊夢はそれでも、飽かず歩き続けた。
 なんとなく、ついでだから霧の湖まで行ってやろう、という気になっていた。
 湖の上で、灯りが消えていくのを見るのも一興だろう。
 今日は、夏の最中にしては、気温がまだしも穏やかだった。特に水辺は涼しく、汗をかくこともなく身体を動かすことができる。夜の散歩としては快適の一言に尽きる。
 段々と、川の匂いが濃くなっていく。湖が近いのだろう。それに伴って、川面に、蝋燭の灯りとはまた異なる光が舞うようになった。
 わずかに明滅する、薄い緑色の、熱のない光――蛍だ。湖畔は蛍の群生地となっている。
 天上から注ぐ月の光、わずかに揺れる灯籠の光、音もなく熱もなく舞う蛍の光。
 実に夏らしい。しかし、あまりに揃い過ぎていて、少し、
「少し、怖いわね」
 ぽつりと呟く。それでも、光を追っていく。共に歩むは、地面に伸びる己の影のみ。
 ――程なくして、前方の視界が開けた。霧の湖に、辿り着いたのだ。
 湖に到着しても、灯籠は、存外遠くまで流れていっていた。
 けれどそれも、霊夢の視界が効く範囲の中で、一つまた一つと、光を失っていく。
「消えていく」
 燃料の全てを燃やし尽くし、灯りが消える。水の浸蝕を受けて、枠も紙も、無音で湖中に消えていく。
 なんとなく、その光景に見入ってしまう。
 光が一つ消えるたび、里の人間の祈りと共に、祖霊は彼岸へ渡っていく。そう思うと、湖に背を向ける気にはなれなかった。
 その時。
 湖畔から十数メートルほど離れた場所、まばらに浮く灯籠と灯籠との間で、影が動いた。歪に円いそれは、遠目に、人の頭部に見えた。
 まさか、と身体に緊張が奔る。
「身投げ!?」
 霊夢は反射的に、身体を宙に飛ばした。

  ● ● ●

 水面を共に漂いながら、間近で灯籠を見る。どれもこれも、少しでも触れれば、沈んで消えてしまいそうだった。
 蝋燭を覆う四面の紙には、名前が書かれている。それが一つであることもあれば、二つ三つであることもあった。いずれも、故人の名だ。
 その名前を一つ一つ、見るともなく見ていく内、霧の湖まで泳ぎ着いてしまった。泳ぐ、というよりも、緩やかな水の流れに身を任せる、といった感じだ。妖怪の山を流れる川は急峻だったり底の尖った石が多くあったりするため、これはこれで、なかなか新鮮な体験ではあった。
 水の中にいると落ち着く。そして心が落ち着けば落ち着くほど、気分は沈殿していく。
「はぁ……」
 湖の表面、灯籠とほぼ同じ高さの視線で立ち泳ぎをしながら、にとりはため息を吐いた。
「ま、そうなるように設計したんだから、そうなるよね」
 灯籠の行き着く先はもちろん霧の湖で、蝋燭は過たず湖面で燃え尽きて、構造材は問題なく水に溶けていった。
 水に入ったおかげで、仕事の成果を仔細に観察することができた。
 そしてつまりそれは、どこまでも唯物論的な現実を目の当たりにすることでもあった。
「きっとここに、魂なんて宿ってない」
 消え往く光を見ながら、言葉が漏れる。
「これは単なる、蝋燭の燃焼。燃焼剤と火種があれば再現できる、物理現象に過ぎない」
 また一つ、灯りが消える。
「だったら、人の祈りはどこに行く?」
 また一つ、灯りが消える。
「私が死んだら」
 また一つ、灯りが消える。
「どうなる?」
 消える灯りを見続けるのが、つらくなっていく。
 さざ波を立たせて、わずかに体勢を変える。
 水平方向に向けていた視線を、垂直方向――上へと向けた。
 その瞬間。
 にとりの視界を、馴染みある少女の顔が埋めた。

  ● ● ●

「はやまるんじゃないわよっ!」
 確認する暇もあらばこそ、霊夢は湖面に漂う人影に抱きついた。
 もちろん全身ずぶ濡れになるが、そんなことは構っていられない。人間か妖怪かは知らないが、目の前で入水などさせるわけにはいかない。
「うわっ! ちょっと! なにすんだっ!」
 人影が、腕の中で暴れながら、聞き覚えのある声で何やら文句を言ってくる。しかしもちろん、離してなどやらない。このまま水中から引きずりだそう、と身体を上方へ浮かせようとして――聞き覚えのある?
「んんー?」
 霊夢はそこで初めて、抱きかかえた影の顔を見た。月光のおかげで、相手が何者であるか、すぐにわかった。
「にとり……? あんたこんなところで何してんのよ」
「それはこっちの台詞!」
 にとりはそう叫びながら、駄々をこねるように腕を払おうとする。
「なんでもいいから離せって!」
 甲高い声で、妖怪がわめく。
 河童が溺れるわけもないが。
 それでも霊夢は、腕の中を少女を解放する気にならなかった。
「…………」
 腕に一層の力をこめて、相手の身体を固定すると、霊夢はひとまず湖上一メートルほどの地点まで浮き上がった。にとりが暴れたことで、髪の先から靴の中まで、ずぶ濡れになってしまっていた。そのことに何か言おうとして――やめる。
 霊夢はそのまま無言で、湖畔までにとりを運んだ。


 下着以外の服全てを脱いで、絞れるだけ水を絞って、手近な木の枝にかけて干していく。不幸中の幸いと言うべきか、夏の夜は穏やかに熱く、風邪を引く心配はなさそうだった。
 霊夢が黙々と作業を進めている間、にとりもまた、口を閉ざしていた。それでも十分、湖畔にあぐらをかいて座るその背が語っていた。余計なことしやがって、と。
 もちろんそんなことで堪える霊夢ではない。
「よい、しょ」
 ドロワーズとシャツだけの姿で、霊夢はにとりの隣に腰を下ろした。特に寒くはないが、なんとなく、三角座りの体勢を取る。
 睨むような目つきで月を見ていたにとりが、拗ねたような声で言ってくる。
「余計なことしやがって。私を誰だと思ってんだ」
「河童でしょ」
「河童が入水自殺なんてするわけないだろ」
 普段、にとりは霊夢に対して、若干適当ながらも敬語を使う。しかし今はどうやら、ご機嫌斜めのようだった。妖怪同士でそうするように、はすっぱな口調で喋る。
「河童も時には水に溺れるわ」
「んなわけあるか」
「人間は地面を歩くけど、転んだだけで死んでしまうこともある」
「河童はそんなにヤワじゃない」
「さっきのあんたは、十分、ヤワに見えたけど?」
 にとりが浮かんでいたあたりに視線を向けながら、霊夢は悪戯っぽくそう言った。
「……ふんっ」
 まるでゴロツキのような調子で、鼻から息を出すにとり。
 その様子が、霊夢には少しだけ、おかしく思えた。
「なんかあったの?」
 形式的に尋ねてみるが、特に強い関心があるわけではなかった。河童がどんなことで悩もうが、自分には根本的に関係ない。興味本位ですらない質問。
 霊夢のその心情、というかある種の信念は、にとりにも十分に伝わっていた。そしてそれであるが故に、少女は口を開いた。
「つまんないこと、考えてた」
「それはいつものことでしょ」
「揚げ足取らないでよ。っていうか、私がつまんないこと考えるなんて、滅多にない」
「じゃ、今考えてたことは、つまんなくないこと、ってことね」
 霊夢があえて混ぜっ返すと、にとりは諦めたように、一つ大きく息を吐いた。
「なんでもいいや。とにかく、さ。なんていうか……この灯り」
「あんたが作った灯籠」
「うん。この灯籠。この灯籠が消えたら、光はどこ行くんだろう、ってさ」
「…………」
 霊夢はつい、言葉を失った。先ほど、彼女自身も同じことを考えていた。そしてそれが故に、至極単純な応答をした。
「……どこも何もないんじゃない。燃料が切れたら灯りは消える。そんなの、作ったあんたが誰よりわかってるでしょ」
 にとりがそんな簡単なことを言っているのではないとわかっていたけれど。
「そうじゃなくて。こう、なんていうか、魂、っていうのかな。里の人達が灯籠に乗せて送った魂。乗せたつもりの魂。そういうの。あと、そう――生きてる人の祈り、とかさ」
 河童は本質的に、実利主義であり物質主義であり唯物主義だ。だから、魂はともかく、祈り、などという曖昧な言葉を口にするのは、なんとはなしに気恥ずかしいのだろう。
 生きている人の祈り。
 ――それは河童にとって、「つまんないこと」なのだろうか。
 霊夢はあえてそちらには言及せず、
「魂の行く先は、決まってるわ。彼岸。みんな例外なく、あの小うるさい閻魔の前に引っ立てられる」
 楽園の夜摩は、今夜は徹夜だろう。けれど彼女が忙しくなるのは、もう少し後。今はちょうど、あのぐうたらな死神が、必死で船を繰っていく頃だ。
「問題はそこだよ」
「そこ? どこよ?」
 にとりの言葉に、霊夢はわずかに首を傾げ、彼女の方を見た。河童の少女は依然として、月を見上げている。
「人間は死んだら、閻魔の前に引っ立てられる。妖怪も、そうなんだよね」
「ええ。少なくとも私の知ってる範囲では、映姫は人間だろうが幽霊だろうが月の兎だろうが妖精だろうが、別け隔てなく小言を食らわせてたわね」
「彼岸に行く、ってのは、まず裁判する、ってことだよな。極楽行きか地獄行きか」
「極楽、ってのは、私にはよくわからないけど、とりあえず、地獄でちょっと罰みたいなのを受けて、しばらくしたら人間とか動物とか虫に生まれ変わるパターンが多いみたい。四十九日とかそういうの」
「巫女のくせに曖昧なんだな」
「巫女だから、よ。映姫の理屈っていうか地獄の理屈は、仏教をベースにしてる。だからこういう話は、本来なら妖怪寺の妖怪住職か妖怪坊主に聞くべきね」
「霊夢が話せって言ったんだろ」
「そうね。まあ、聞くだけ聞くわ。もしくは、知ってることだけ言う。知らないことは知らないって言う」
 霊夢がそう言うと、、にとりは少し躊躇した後、尋ねてきた。
「妖怪は、輪廻の中だと、どのカテゴリーに入るんだ?」
「いきなり微妙な話ね。動物が化けた連中は畜生扱いするのかしら。狸とか狐とか。でも河童はそうでもないし。近いところで修羅が餓鬼かな」
「ひどいこと言うな、相変わらず、博霊の巫女は」
「修羅は闘争に明け暮れて生きて、餓鬼は欲にまみれて生きる。遠からず近からず、でしょ。あんたら河童なんてだいたい、ショバ争いしてるか銭稼ぎしてるかなんだから」
 ぞんざいに言う霊夢。
 すると即座に、にやっ、と、にとりが笑った。
「それは、霊夢も同じじゃないか」
 未だ視線は交わらないが、皮肉げに吊り上げられた口の端は、普段のにとりに近かった。
 少女の横顔を見ながら、霊夢は肩をすくめてみせる。
「人間はそれだけ振れ幅が広い、ってこと。あと私は別に、銭ゲバじゃないし権力が欲しいわけでもない」
「へッ。よく言うよ」
「ほんとのことよ。お金稼ぎをするのは、社を維持するための最低限の資金が欲しいから。寺とか道場とか山の神社とかとなんやかんやするのは、利害が対立するから。それだけよ」
「それを言うなら、私だって金稼ぐために物売ったり屋台やったりするわけじゃないさ」
「じゃ、なんのため?」
「物を作るためだよ」
「物を作るために物を売るってこと?」
「その通り。今、霊夢が言ったことと同じ。神社を維持するための資金が欲しいってのと変わらない。ただ、新しい道具を開発したり、壊れた道具を修理したりするためのモトデが欲しいだけ」
「道具を売って道具を作って、作った道具を売って、また道具を作る……」
 無言で頷くにとり。霊夢は三角座りの姿勢のまま、やや下から覗き込むよにうして、相手の顔を見た。
「なんていうかさ、それ、どっか文句つけるトコある?」
「ないね。楽しい毎日だ」
 不遜なその表情は、いかにも水平思考のエンジニアらしいものだった。
 だったけれど、
「それなら、あんたさっき、なんであんなことしてのたよ」
 問いは、振り出しに最初に戻るのだった。
 月の下、湖面で抱き締めた少女の顔は――ひどく、寂しそうだった。
 もちろん、今しがたの発言が単なる強がり、というわけではないだろう。彼女にとっては、まぎれもない実感なのだろう。しかし、強がりは強がりだ。
「繰り返し、ってことを、どういう風に捉えるか、って話なんだ」
「…………」
 質問の答えにはなっていなかった。けれど、話を逸らしたわけでもなさそうだった。霊夢は無言で続きを促した。
「私はさ、機械弄りしてると、めちゃくちゃ楽しいんだ。いくらでも続けてたくなるくらいに。今回の寺からの依頼だって、まあ厳密には機械弄りじゃないけど、面白くやらせてもらったよ。金も入ったし、評判も良さそうだし、出来も上々、もしまた次あったらどういう風な生産体勢整えるか、って考える程度には、楽しかった」
「いいことづくめじゃない」
 労働を楽しめるというのは、素晴らしいことだ。特に嫌味でもなく、霊夢は素直にそう考える。
「で、稼いだ金で、また別の仕事を始める。失敗することもあれば、成功することもある。技術的にどう考えても無理で、ひとまず寝かせる、ってこともある。私に限らず、河童の技術屋ってのは、だいたいそうやって暮らしてる」
「そういう風に聞けば、確かに面白おかしく生きてるように思えるわね」
「実際その通りさ。面白おかしい毎日だ。ただ、」
「ただ?」
「この繰り返しを楽しめなくなったらどうするんだ、って思うこともある」
 平凡で普遍的な悩みに思えた。だから霊夢は、平凡で普遍的な答えを返した。
「それは、単に気分の問題なんじゃないの」
「おおいなる問題さ。私達河童は、なんだかんだで感情の起伏が激しいからね。今は、鬱側に傾いてる。大口の仕事を終えると、たまにこうなるんだ」
 さすがは即物主義者、といったところか、にとりは悩んでいる自分自身のことも、割り合いに客観的に把握しているらしい。あるいはその客観性そのものが、彼女の悩みの根源なのかもしれないが。
「……霊夢はさ、巫女の仕事、楽しいと思ってやってる?」
「どうだろ。なんとも言えない、かな。これ以外の生き方知らないし。ただ、まあ、少なくとも苦痛ではないわ」
「妖怪退治も?」
「同じね。好きじゃないけど、嫌いでもない。私は巫女として、巫女の仕事をこなすだけ」
「明日、吸血鬼が異変を起こしても、仕事はするわけだ」
「そうね。明日は朝遅くなりそうだから、異変が起こるのは昼以降だとありがたいかな」
「随分な余裕だ。じゃ、その次の日に、今度は幽霊どもが異変を起こしたら」
「面倒だけど、出る」
「そのまた次の日に、月の連中が異変を起こしたら」
「いい加減うんざりだけど、それでも行くしかないわね。巫女なんだから」
 そう答えたところで、にとりの質問責めの意図がわかった。
「――確かに、どんなことでも、同じようなことを延々と繰り返してると、うんざりするわね」
「だろ。私は機械弄りが好きだし、異変はそうそう起こらないからいいけど、価値観とか環境が少しでも変われば、繰り返しってのは、人生最大の苦痛になる」
「それがあんたの悩みなわけ? 働き過ぎの考え過ぎじゃない? 一般論で言うけど、一仕事終えたんなら息抜きすればいいのに。酒飲んで温泉浸かるとかさ」
 反論されるであろうことを織り込んで、ひとまず無難なことを言ってみる。
 すると案の定、にとりは軽く肩を竦めてみせ、
「霊夢もわかってると思うけど、問題はもっと根深いよ」
「そうでしょうね。で、それは、お盆と関係ある?」
「…………」
 ほんの少しの沈黙。そして、
「ある、な。おおいにある。霊夢に言われて、今わかったけど」
 多少は話を聞いていることが意味を成したようだ。そのことを特に喜ぶでもなく、霊夢無言で続きを促した。
「人間も妖怪も、死んだら閻魔の前に行って、然るべき裁判を受けて、然るべき処置を受けて、それから、輪廻する。幻想郷はそういうシステムで回っている」
 にとりはこちらを見ることなく、言葉を続ける。
「人間になったり、動物になったり、妖怪になったり。もしかしたら、私が巫女になって、霊夢が河童になることもあるかもしれない」
「ない話ではないわね」
 あるいは、十分にあり得る話だ。
「その輪廻の中で、神様とか天人とかはどこに入るんだ?」
 問われてしばし考えて、
「一応、天人は輪廻からは外れた存在、とされてる。よくはわからない」
「天人ってのは、あの不良のお仲間なわけだよね」
 あの不良――比那名居天子。親の功績のついでに天界に召し上げられた元人間。それでも天人であるというだけで、桁外れの力と寿命とを持つ。
「仲間外れだから不良なんじゃないの。でもとりあえず、あれの同類なのは確か。仙人はその前段階、かな。仙人のすごいのが、天人、みたいな」
「霊夢の所によく来る説教好き」
「ええ。まだ修行が中途半端だから天界には入れないらしいけど」
「道場のトップスリーも、仙人、っていう認識でいいのかな」
「正確には、道士と亡霊と聖人。とりあえず亡霊以外は尸解仙。道士の方はそれのなり損ないって感じだけど」
 いずれも基本的に自己申告なので、実態はどうかわからない。確かなのは、天人でもなければ普通の人間でもなく、妖怪のようで妖怪でもない、ということだ。
「そういう仙人サマが、善行積んだり、さらに鍛えたりなんだりしたら、天人になれる、っていう解釈でいいのかな」
 にとりの質問に、小石を手の中で弄びながら、霊夢はしばし考えた。
 何をもって善いとするか、何をもって悪いとするか、善いの果てに天界があって、悪いの果てに地獄がある。善いことの帰結として、天人が存在する。釈然としない。が、
「そうなる、かな」
 ひとまず霊夢はそう言った。
「どうしてちょっと考えたのさ」
「いや、あの不良天人とか、あと月の連中も、見た感じも戦った感じも話した感じたも、ロクでもなかったな、って思って」
 霊夢の印象としては、基本的に、高邁で高慢で傲慢な連中だった。
「そういば永遠亭の薬屋は、神代から生きてる生粋の天人ね。神様そのもの。記紀に登場するレベルの神様」
 八意永琳を神であると思って接したことなど一度もないが、紫から聞いた話では、実際に神であるらしい。
「神様も天人?」
「ちょっと違う奴と、だいぶ違う奴がいる。永琳は月に移住した天津神の内の一柱。月人は天人そのものらしいから、やっぱり神様も天人かしら。神奈子は派遣の天津神で、諏訪子は信州の国津神。でもどっちも天人じゃなくて神霊。亡霊になった神様、とかなんとかで、強い妖怪とでも思っておけばいいわ。恐怖じゃなくて信仰が糧になる。このあたりは日本の話だけど、華扇は自分のことを仙人って言ってるし、仙人って大陸の術で成るわけでしょ。もうぐちゃぐちゃよね。神子まで天人目指してるらしいし」
 思いつく端から言葉にしていく。にとりが神やら何やらのカテゴリー別けにこだわっているわけではないことはわかっていたが、まずは並べられるだけ材料を並べていく。
「妖怪寺の連中――ほとんどナマグサだから話にならないけど、たとえばあの住職とかは、何を目指してるのかな」
 白蓮も裏で何をしているかはわからないが、ひとまず教科書的に応じる。
「仏教の理念としては、解脱、なんじゃないの」
「解脱、ね。仏サマになる、っていう、あの」
「その解脱。でも本人曰く、天人になりたいんだって。阿求の書いた文章を読む限りでは、天人は輪廻から外れた不老不死の存在らしいけど……どうかしらね。天人が『あがり』だなんて、私には、とてもじゃないけど思えないわ。ま、とにかく、白蓮の当面の目的は天人になる、って認識でいいでしょ。本人が言ってるんだから」
「結局みんな、長生きしたいだけに聞こえるよ」
「実際そうなんじゃなの。長生きすればするほど、抱えるものも多くなるだろうし。弟子とか門徒とか。強くなったら、それを失うことも怖くなるだろうし」
「そういう風に聞くと、神様も仙人も、人間とあんまり変わらないねえ」
「ええ。良くも悪くも、人間に似てる」
 スケールが少し違うだけだ。人間はおよそ八十年ほどでその生を終える。白蓮はそれを千年に引き伸ばした。そしてそれは、それだけの話だ。千年生きた人間に過ぎない。
「――幻想郷では、楽しいルーチンワークが毎日続く。人間も妖怪も輪廻する。天人も仙人も聖人も俗物にしか見えない。神様は信仰無しには存在できない。やってることはヤクザモノと同じ。この現実が私にとっては、そう、」
 その先の言葉を口にするのは、にとりの挟持が許さないらしかった。
 だから霊夢は、あえて間を置かず、直感的な類推で言葉を繋いだ。いかにも巫女らしく。
「耐え難い?」
 口元にうっすらと苦笑を浮かべて、にとりが頷く。
 耐え難い現実。
「でもそんなのは、」
「今に始まったことじゃない。もはや日常だ。日常っていうか前提条件。あるいは世界の在り方そのもの。だから普段は気にせずにいられる。それでたまにこうやって、鎌首をもたげる。解決できない問題を前にして、夜中に悶々とすることになる」
「私に解決を期待しないでね。って、言うまでもないか」
「もちろん最初から期待してないよ。だからこれは独り言と変わらない」
「じゃ、あんたのその独り言、たっぷり聞かせてもらおうかしら」
「頼もしいことで」
「私は巫女よ。博霊の巫女。わけのわからない連中の、わけのわからない話を聞くのが本領。もちろん坊主でも仙人でもないからから説教なんて余計なことはしない」
 いいね、と声に出すことなく、にとりが言うのが見えた。


「神様ってのはさ、ほんとは、観測されちゃいけないんだ」
「観測されちゃいけない?」
 にとりの言葉を、霊夢はオウム返しに口にした。観測の意味そのものはわかるが、その行為が神霊とどう関わるのか、すぐには理解できなかった。
「幻想郷では、神様が実在する。そうだろう?」
「言うまでもなく、ね。そうじゃないと、巫女の商売あがったりよ。神降ろしだってできやしない」
 めったなことではやらないが、全くしないわけではない。現に、月との騒動の時は、即席ながら修行をして、数柱の神の力を頼った。
「霊夢が頼りにしてる神様は、たぶん、永遠亭の薬屋の仲間、だよね」
 記紀に書かれたことを信じるならば、そうなる。霊夢はひとまず、曖昧な首肯を返した。
 すると、にとりが、問うてきた。彼女はもう、月を見上げてはいない。その視線の先には、消え行く灯籠の光がある。
「霊夢はさ、永琳を信仰するかい?」
 その言葉の意味するところは、実にシンプルだった。
 霊夢は天津神の力を頼りにしている。天津神を信仰している。八意永琳は、ほぼ間違いなく、天津神の一柱である。ならば、永琳もまた、霊夢の信仰の対象であり得る。
 ほとんど考えることなく、答えた。
「無理。私から見たら、あいつは単なる薬屋よ。腕の良い、めちゃくちゃ長生きの薬屋。力が強かろうが頭が良かろうが、それ以上ではあり得ない」
「そう言うと思った。ってことは、山の神様も信仰の対象にはならないわけだ」
「連中はどこまでいっても商売敵。神様は神様なんだろうけど、ただそれだけ。ちょっと強い妖怪、ってぐらい。そういうあんたも、どうせ信仰心なんてないんでしょ」
「ないこたないけど、あるかないかで言うと、ないね。ビジネスパートナーって感じ。神社は何かと興行を打ってくれるから、追従しておけば、イッチョガミで利益が得られる」
「まるっきり、ヤクザと香具師の関係じゃない」
「でも、だ。でも、そのヤクザを、最近は里の人間が信仰し始めている」
 特に否定すべき点はなかった。にとりが言っていることは、端的な事実だ。索道の開通もあって、守矢神社は着々と信者を増やしている。
「妖怪寺も、道場も、門徒や弟子を増やしていってる」
 にとりが続ける。
「外の世界で信仰を得られなくなって幻想郷に落ち延びた神様、生への執着を捨てられない住職、長命を得たいがために民を騙した仙人もどき。どいつもこいつも、やってることは同じだ」
 皮肉げに語るにとりであったが、その口調に悪意はない。彼女にしてみれば、客観的な事実を語っているだけなのだろう。
「さてそこで、私みたいな並の力しか持たない妖怪は、こう考えるわけだ」
 一拍の間、
「――この程度か、ってさ」
 吐き捨てるように、少女は言った。それでもそこに、感情の色はない。
「信仰ってのはさ、きっと、一方通行じゃないといけないんだ」
 現実主義者が語る。
「山の神様を信仰する。神社に参拝したり、祠の前で感謝の言葉を呟いたり、お賽銭をあげたり、朝晩神棚に頭を下げたり、まあ、そういうの。そしたら、山の二柱は力を得て、機嫌を良くして、山の恵みを豊かにしてくれたり、地滑りとか山崩れとかを事前に察知して未然に防いでくれたりする」
「結構なことじゃない。ウィンウィンの関係ってやつ」
「ああ。実に結構だ。でもそれは、もう、信仰なんかじゃない」
「信仰じゃない? どういうこと?」
「豊作がお望みなら、土壌を改良する。あるいは農作物に適切な栄養を与える。あるいは栽培方法を工夫する。自然災害を防ぎたいなら、日頃からまめに観察しておいて、異常があればそれ相応に対処する。この場合は、逃げる、ってのも選択肢の一つ」
「ふむ。まあ、そういうことなら、神様の力を借りなくてもいいわね」
「人間の努力の範疇だ。技術が追いつかないようなら、私達が力を貸してもいい。もちろん、対価はもらうけど」
「神様は対価無しに力をかしてくれる――わけないか」
「連中こそ、信仰という対価無しでは動かないよ。で、そうなったら、だ。人間にとっては、豊穣を約束してくれる神様も、技術を貸与してくれる河童も、同じような存在になる。金で動かせる出入り業者とたいして変わらない」
 道理である。
 そこに何の問題があるかわからないぐらいの、道理だ。
「対価と、成果。幻想郷では、それが目に見える形で、顕れる」
 妖怪が、仙人が、神霊が、闊歩する世界。それら全てを許容する、優しい世界。
「人も、妖怪も、聖人も、その世界の中で、楽しく生きる。楽しく生きて、その末に死んで、罰を受けて、生まれ変わる。また、楽しく生きる。十年しか生きられない奴もいる。百年生きる奴もいる。千年でも足りない奴までいる。それがずっと続く」
 少女の言葉は、止まらない。
「それを幸せと呼ぶ奴もいるだろう。それを不幸せと捉える奴もいるだろう。でも全ては、同じことだ。誤差の範疇として回収される。人生楽ありゃ苦もある、そういう当たり前のことが、生まれて生きて死ぬまで続いて、また生まれて生きて死ぬまで続く」
 シンプルな形の円環。回るが故に果てがない。
「永遠を生きる二人の蓬莱人は、退屈に殺されて、でも、決して死ねない。千年を生きる仙人も聖人も、まだ生に執着してる。連中が理想とする天人は、桃食って酒飲んで囲碁打ってそれでなべて世はこともなし。天人のトップにいる天津神だって、ちょっと強い妖怪とあんまり違わない。霊夢がパワーソースにしてるのとか、山の二柱の神様だって、信仰に依存して生きて、挙句は対価と成果の市場原理」
 澱みなく口を動かし続けるにとり。彼女は今、考えて喋っていない。すでに考え尽くしたのだろう、こんなことは。
「なあ、霊夢」
 そこで初めて、河童の少女は、博霊の巫女を、真正面から見据えた。
「私はさ、『かもしれない』が欲しいんだよ」
「……かもしれない」
「ああ。私はまあ、だいたい、自分の人生が予測できる。誰しも大なり小なりそうだろうけど。自分の人生はどんなものか、幻想郷っていう環境の中でどこまでのことをやれるか、なーんとなく、予測がつく。もしかしたら技術的に大きな飛躍があるかもしれないけど、それも、所詮は程度問題ってやつだ。そして、その予測の範囲の中で、生きて死ぬ」
 彼女の言葉に、悲壮の色はない。端的な事実、という認識なのだろう。
「それ自体は構わない。一つの完結した、幸と不幸を織り交ぜた、悪くない一生だ。でも、その後が問題なんだ。死んで生まれ変わって生きて、やっぱりきっと、似たようなことに終始する。さっきから何度も言ってることだけどね」
 どれだけ言葉を繰り返しても。きっと彼女は言い足りないのだ。
「『成すことは成し得ることであり、成し得ることは成すことである。畢竟我々の生活はこういう循環論法を脱することは出来ない。――すなわち不合理に終始している』」
「誰かの言葉?」
「昔の偉い河童が言ったんだって。まさしくその通り、って感じだね。心が弱ると、こういう説教臭い言葉が重くのしかかってくる。そこで、だ。そこで、宗教に、神様に、頼ろうとする」
「困った時の神頼み」
「然り。で、私が神様に頼むのは、私の願いは、こういうことだ。『いつかの未来に、どこか素晴らしい場所で、幸福になれるかもしれない』って可能性」
「あら。それこそ、極楽とか、天界とか、そういうものじゃない。周りの連中のこと俗物俗物と言ってたわりに、あんたも俗物っぽい発想するのね」
「私は仙人気取りでも超俗ぶってるわけでもない。平凡俗物凡俗、それでいい。死んだ後に、幸福に満たされた状態を求める、ってのは、悪いことじゃないだろ。レスト・イン・ピース。墓に刻む言葉としてはメジャーだよ」
「だいたいの人の願いではあり得るわね。あんた自身がそれを退屈、と言ったのだけど」
「実際さ、そういう、犬儒派風に言うならアタラクシア、かな。その状態はきっと退屈なんだろうさ。その状態そのものは、幸せなんかじゃない。天人なんぞの仲間入りは、こっちから願い下げだ。でも、『もしかしたらそういう状態になれるかも』って願いを持つことは、きっと、幸せなことなんだ。可能性を持つことが、希望を抱くことそのものが、幸福なことなんだよ」
「あんたはそれを、気鬱半分でも、望んでる。でも、あんたは幸せじゃない?」
「だってもう、実証されてるだろ。神様も聖人もいるけど、神も仏もあったもんじゃない。『かもしれない』なんか、ないんだ。『救ってくれるかもしれない神様や仏様』ってのは、私達のすぐ傍にいて、でも、連中は決して救ってくれやしない。可能性の欠如だよ」
 可能性の欠如。見て触れられるが故の限界。実在するが故の脆弱性。
「――それが、神様が観測されちゃダメ、って話と繋がるわけね」
「ああ。外の世界には、『信じる者は救われる』なんて言葉があるらしいけど、私に言わせれば、『神様を信じている時点で救われている』だよ。可能性があるんだ。目には見えない、こちらの言葉には応じない、けれどどこかにいる、どこかで言葉を聞いてくれている、何もしない、でも見守ってくれている『かもしれない』神様が、存在する可能性が。それこそが救いなんだ。だから、神様が、目に見える形で何かをしちゃいけないんだ」
「でも元から、日本の神様に、誰かを救う、なんて割り振りはないでしょ。ってのは、一応、知ってるわよね」
 八百万の神々は、自然が具象化した霊威だ。罪に対して罰を与える、罪を赦す、罪深い者を救う、それは神々の仕事ではない。
「もちろん。そのあたりは仏教の領分なんだろ。あるいは救済という概念を日本に持ち込んだから、仏教が流行した、とも言える。で、仏教ってのは、理論(メソッド)と実践(プラクティス)。四諦八正道を修めて仏に至る、そういう哲理だ」
「それじゃいけないの?」
「この地にあっちゃ、千年も仏道を修めた結果が、バイク乗り回してはしゃぐ巨乳住職、だ。もちろんあの人のことを悪く言うつもりはないが、実用性は疑わしい。そもそも釈尊以来、仏になった人間はいない。羅漢はあくまで羅漢で、菩薩はあくまで菩薩だ」
「でも、妖怪寺のとは宗派が違うけど、仏による救済を謳った連中はいるんでしょ」
「心から名号を唱えれば、死後に浄土に招かれる、ってやつか」
「あんたの言う救いってのは、そのあたりなんじゃないの」
「確かに、近い。あの仏様を信じれば、死後、理想の世界に行ける『かもしれない』ね。それは、限りなく救済に近い思考だよ」
「あんた一人、そういう来世信仰に入信する、って選択肢もあり得ると思うけど」
 試しに尋ねてみると、にとりはすぐに、否定の言葉を寄越してきた。
「一人だと、単なる妄想だよ。空想ですらない。そして実際問題、私が何を信じようが、果ては閻魔様の前だ。いるかどうかわからない神様が救ってくれるなんてことはない」
「それだと実際、八方塞がりね」
「塞がってる上に、全体としては円を描いてる。滑車の中を必死で走る鼠だよ」
 にとりの顔に、自嘲的な笑みが浮かぶ。
「――『お前はこの世界へ生まれて来るかどうか、よく考えた上で返事をしろ』。私が、この人生の中で、最初に聞いた言葉だ」
 突然の話題変更に、霊夢は少しの間、沈黙した。けれどすぐに、尋ねる。今日はどうせ聞き役だ。喋りたいだけ喋らせて、聞けるだけ聞く。
「最初? 物心ついた時、ってこと?」
「生まれる寸前、だね。河童ってのは人間よりもずっと成長が速いんだ。生まれる前段階で、自我がある。だから、新しく生まれる河童は、その生まれる寸前に、河童の長老から、必ずこの質問をされる」
「生まれる前の赤ん坊に、随分と酷なことを聞くのね」
「優しいから、聞くんだ。苦しみながら生きるのもまた酷な話だろ。中には、生まれないことを選ぶ奴もいる。悪くない選択だと思うよ。良い選択とも言えないけど」
「見たことあるような言い草ね」
「実際、見たことがある。現場に立ち会った。長老がさっきの質問をしたら、そいつはこう答えた。『生まれたくはありません』ってね。理由は、って聞かれると、『河童的存在を悪いと信じていますから』だって」
「よくまあ、そんな大事な選択を、生まれる前にしたわね。なんか根拠があるのかしら」
「さて、基準はよくわからない。前世の記憶が残ってた、とかじゃないの。私にはそういうのはないけど」
「あんた自身は、その質問をされた時、なんて答えたの」
「どう答えたかは、よく覚えてない。ただ、そうだ、世界がどんな風になってるか、ってのには興味があったかな。だから、生まれることを選択した。その結果が、これ」
「……そんな、言うほど悪い結果じゃない思うけどね」
「実際、悪くはないさ。悪くならないように、努力もしてる。ただ、段々、わかってきた。既知が増えれば増えるほど、世界は楽しくなっていって、同時に、つまらなくなる」
「でも、既知が増えれば、未知だって増えるものでしょ。狭くなるってわけじゃない」
「正論だ。新しい技術が生み出されれば、それを基盤にして、さらに新しい技術が生み出される。世界は絶え間なく拡大していく」
「それじゃダメ?」
「世界そのものは、それでいい。でも、問題は、それをどう捉えるか、っていう、最初の話に戻る。研究開発のルーチンワークに果てはない。主観の中でしか生きられない私にとっては、滑車の中で走ることと、無限に続く直線上を走ることに、差異はない」
「なーんか、単に憐憫に浸ってるだけ、って気がするけど」
「だからそれも、最初から言ってるだろ。気分が沈んでる時は、なんだって悪く取る。気分が浮いてる時は、『やることがいっぱいあって楽しいな』ってなもんさ」
 そこまで喋ってから、にとりは、前方に両腕を向けて、うん、と伸びをした。
「ま、愚痴るだけ愚痴ったら少し気が楽になったよ。ぐうたら巫女も、たまには役に立つ」
 憎まれ口を叩く程度には、元気になったらしい。
 霊夢はうっすらと笑って、
「たまの役立ちついでに、気休めを言ってあげましょうか?」
「アドバイスじゃなくて?」
「私がアドバイスしてあげるなんて言っても、どうせ本気に取らないでしょ。そもそも、ガラじゃないし。だから、単なる気休め。巫女としての社交辞令」
「正直な人だね、まったく、霊夢は」
 腹に一物抱えて喋る、なんてのは、面倒だからやらない。そういう意味で、この良くも悪くも正直な河童とは、話しやすい。
「まず質問。あんたは私のこと、どう思ってる?」
「気休めなのにいきなり質問? しかもなんか、いかにも面倒な奴、みたいなのだし」
「いいから答えなさいよ。思ってること言いなさい」
 霊夢がそう急かすと、にとりは特に考え込むこともなく、するすると答えた。
「商売下手の巫女、かな。私が色々やってると、たまにしゃしゃり出てきて邪魔してくる」
「そんなところでしょうね。ちなみに、私があんたをどんな風に思ってると思う?」
「――銭ゲバ河童」
「ふふ。よくわかってるじゃない」
「霊夢が思ったことをいつもすぐに口にするからね。それで、その心は」
「私はあんたをそういう風に見てて、あんたは私をそういう風に見てる。私達は友達でもライバルでもなんでもない。ただの顔見知り。だから、言う」
 あくまで、軽く。どこまでも軽い口調で。
「今日の仕事は、たいしたもんよ。私は祈りを送るべき先祖を知らないけど、それでも、こういうのっていいな、って思った」
 霊夢がそう言った瞬間。
 にとりの頬に、わずかに朱が差した。
 慌てて、河童の少女が顔を逸らす。
「ふんっ。見え透いたお世辞言いやがって」
「今のは、お世辞じゃないわ」
「どうだか」
「私があんた相手に、お世辞を言うと思う?」
「…………」
 ほんの少しの沈黙の後。わずかな上目遣いで、霊夢を睨みながら、にとりが答える。
「言わないだろうね」
「でしょ」
「でも、本音とも思えない」
「うん。本音かどうか、わからない。でも、言葉ってのは、そんなもんよ」
 にとりは、釈然としない様子だった。それはそのまま放っておいて、霊夢は、のんびりと話を続けた。
「あんたの同類、生まれる前に生まれないことを選択したヤツがいる、って言ったわよね。あんたはそれを、悪い選択じゃない、って言った」
「良い選択でもないけどね」
「でも、それを言うってことは、少なくともあんたには、生前の死を否定する意思はない」
「――たまに。ごくたまにだけど、そういう選択を取っても良かったかな、って思わないでもないし。気分が塞いでる時とかに。何年に一回か、ってレベルだけど」
「うん。それを前提にして、今から、私の本音を言うわ」
「嘘かもしれない本音を?」
「そう。嘘かもしれない本音を」
 本当の気持ちなど、しょせん他人には通じない。全ては、言動と行動で判断される。日頃の行い。これまで積み重ねた、霊夢とにとりの、薄く、細く、脆い、関係の上に。
「あんたが生まれなかったら、私はきっと、ほんの少し、寂しかったかもしれない」
「……どういうつもりだよ」
「言ったそのまま意味」
「その言葉の目的がわからない、って話だ。慰めのつもりか? 随分と安いな、博霊の巫女は」
 河童の目に、次第に猜疑心めいた色が浮いてくる。霊夢は肩を竦めて、
「ほんと、特に大きな意味なんてないんだけどね」
 苦笑混じりに呟く。特に相手を励ますつもりなどない。淡々と、思うところを述べる。
「あんた、ちょっと前に、天体ショーやったでしょ。あれ見て、私、星空見るのが好きだったの、思い出したの」
「ふぅん」
「子供の頃、魔理沙と霖之助さんと一緒に、夜空に流れる星を見た。本物の流星を」
「それで」
「それは、それだけの話」
「単なる思い出話じゃないか」
「人は思い出で構成されているものよ。本物の夜空も、河童謹製の夜空も、私の思い出。あと、萬歳楽のショー。あれも、可愛かったわ。すぐに興行やめたけど」
「インカム以上のペイを強いられるんで、人前に出すのはやめたよ。もちろん今でも、あいつは塩を混ぜた池の中で飼ってる。たまに、仙人に連れ去られる」
「索道の運行は順調?」
「稼働開始までに時間はかかったが、その分、安全面はばっちりだ。守矢神社の参拝者もどんどん増えてる。待機列の信者相手の出店も、堅実な収入になってる」
「あんたって出店やたら好きよね。里でイベントがある度に、何かしらやってるし」
「霊夢もわかってると思うけど、ああいう場では、財布の紐が緩くなりやすい。低い原価で、そこそこの儲けが見込める。特に、お好み焼きとかの粉物が狙い目」
「今回の灯籠流しも、お金になった?」
「発注数の多さ参ったけど、技術的には難しいモンじゃない。完全受注生産だから、売れ残りの心配もない。無駄のない取り引きで、クライアントも満足、お互い文句無し、だ」
「――あんたの言うルーチンワークが、里を賑やかにしてくれる」
「資金稼ぎのためにやってるだけだ」
 にべもない答え。霊夢は即座に言葉を返す。
「人が喜ぶことに変わりはない」
「人を喜ばせることを目的にはしちゃいないさ」
「でも、人は喜ぶ」
「しつこいな。それがどうした」
「あんたの目的とか心算とは無関係に、里の人間は、あんたに感謝してる」
「人に礼を言われることに、大きな喜びは感じないね。問題は数字だ」
「それでも、よ。あるいは、それだからこそ。あんたの内面なんて知ったこっちゃない連中が、あんたの成した何事かで喜ぶ」
「資金源としちゃ、ちょうどいいね」
「露悪的なことばかり言っちゃって」
 別に意固地になっている、というわけでもない。今しがたの言葉は全て、にとりなりの本音だろう。それでも霊夢は、問いを続けた。
「それじゃ、さ」
 すっ、と右手を掲げ、眼前の光景を示す。
 巫女と河童の前には、灯籠の光で埋め尽くされた湖面が広がっていた。
「これも、数字に換算される? お金に変わる、お金で買える、そういうもの?」
「事実だ。全て、河童の技術で開発した。それを、妖怪寺を経由して里の連中が買った。商品と金銭の健全な回転の結果さ」
「じゃあ、あそこに灯ってる光の一つ一つは、なんだっての」
「最初、霊夢が言ったろ。あくまで、火だ。物質の燃焼に過ぎない。蝋を燃料とする、酸素と水素の持続した化合。再現可能で反復可能な物理現象だ」
「違うわ、にとり」
 霊夢はそう、断言した。
「あの灯りは、人の祈りよ」
「私だって、それくらいは考えたよ。でも、祈りってなんだ? 里の人間は、先祖の平穏を祈ってる。でも、幻想郷のシステムの中じゃ、そんなのは即物的に回収される。祈りの対象の故人は、閻魔の裁判を受けて、生まれ変わるなりしてる。そこらに飛ぶ蛍の一匹が、誰かの先祖の生まれ変わりかもしれない」
 輪廻とは、そういうものだ。それでも。
「それでも、よ。それでも、人は、伝わるかどうかわからない想いを、誰かに伝えようとする。対象なんてもういないかもしれない。もしかしたら、すぐ傍にいるかもしれない。それでも、人は祈らずにはいられないし、誰かを想わずにはいられない」
「そんなの、単なる感傷だ。自己満足だろ」
「じゃあ、あんたの悩みは感傷で、あんたの仕事は自己満足だって言うの?」
「その側面はおおいにある。あるいはその側面が全てかもしれない」
「でも、その自己満足で喜ぶ人もいる」
「その喜ぶも刹那的なものだ。感情も記憶もすぐに風化する。すぐに忘れ去られる。それこそ、蝋燭の火が消えて、灯籠が水に沈むように。人の心も、目に見える物も、いずれは消えるか、解体する。虚しいもんだよ、まったく」
「全くその通りね。あんたは正しいことを言ってる。でも、それでも私達は……」
 少し考えてから、霊夢は言葉を続けた。
「たとえば。たとえばの話。人とか妖怪の寿命を測れる機械が、ここにあるとする」
「…………? それで?」
「その機械によると、あんたは、明後日死ぬことになってる」
「急だね」
「死ぬ時なんて急に来るモンよ。それで、じゃあ、明日、あんたはどうする? 今この瞬間、とまでは言わないわ、。明日、朝起きてから寝るまでの間、あんたにとって最後の一日、何をする?」
 霊夢の問いに、にとりは間を置かず応じた。
「同胞連中に残せそうな道具の整理と整備。作りかけの道具があるから、それの基本理念を書き残しておく。別に誰かに完成させて欲しいってわけじゃないけど。あと、直しかけの拾い物があるから、それも直せそうなら直しておく。そのくらいだね。時間が余ったら、水浴びして、キュウリかじりながら酒飲んで、そのまま寝る」
「それが、あんたの最後の一日?」
「明後日死ぬなら、ね」
「じゃ、十年後に死ぬなら、明日はどうする?」
「まずは道具の整理と整備。それで、直しかけの拾い物を直す。直らなかったら飽きるまで弄る。直ったら作りかけの道具の方に着手する。で、水浴びして、キュウリかじりながら酒飲んで寝る」
「五十年後に死ぬなら」
「道具の整理と整備。で、五十年あるなら、五十年かかってもぎりぎり実現しそうにない何かを考える。基礎研究だ。何か思いつくまで考える。思いつかないなら、単純作業しながら考える。目処が立たないなら水浴びして、酒飲んで寝る」
「百年後に死ぬのでも、同じ?」
「そのぐらいのスパンになると、技術の進歩は予測しづらい。あくまで私の成せる範囲は限られてるが。でも、結局まずは、道具の整理と整備だ。後は、開発でも修理でも研究でも、気の赴くままにやる」
「どれも、ほとんど同じね」
「非才の我が身にできることはその程度、ってことさ。プロレタリアートのつらいところ、河童の限界だね。そういう霊夢はどうなんだ。明後日、死ぬとしたら?」
 逆に質問をされて、けれど霊夢は特に戸惑うこともなく、応じた。
「宴会、かな。呼べる連中呼べるだけ呼んで、お酒飲む。それで、そのまま寝る」
「霊夢らしい。じゃ。、十年後に死ぬなら?」
「朝ご飯食べて、庭掃きして、お茶飲んで、昼ご飯食べて、適当に誰かと話すか本読むかして、晩ご飯食べて、お風呂入って、寝る。興が乗れば寝る前にお酒を飲んでもいいわね」
「五十年後なら」
「人間としては、そのあたりがリアリティのある寿命よね。ま、変わらないわ。朝ご飯食べて、庭掃きして、お茶飲んで、昼ご飯食べて、適当に誰かと話すか本読むかして、晩ご飯食べて、お風呂入って、寝る。飲みたければ適当なタイミングでお酒を嗜む。巫女の日常ってのは、そんなもんよ」
「霊夢だって、どれもほとんど同じっていうか、全部同じじゃないか」
「それこそ、非才の我が身なれば、よ」
 霊夢がそう応じると、にとりがわずかに唇を尖らせて、言った。
「――霊夢は天才だろ」
「天才? なんの」
「妖怪退治の」
「それを才能と言うなら、つまらない才能ね。すごくつまらない。つまり、退治する妖怪がいなかったら、普通の人間、ってことでしょ。炊事洗濯ができる程度の、ただの人間」
 特に自嘲や憐憫の念はない。霊夢にとって、霊夢自身は、そのような認識だった。
「それもそうかな。神社でごろごろしてる、お酒好きの普通の人間」
「あんたはそういう人間を、地獄に生きてる、って言う?」
「あぁ、うん……呼ばない、かな」
 ふっ、と、にとりが笑う。嘲りでも憤りでもなく、それは、どこか諦めたような笑みだった。
「楽園の素敵じゃない巫女さん、って感じだね」
「あんたのそういうトコ、嫌いじゃないわよ。とにかく、救いなんてさ、きっと、どこかの玉座に据えられてるようなモンじゃないの。見えない誰かや知らない誰かが与えてくれるモンでもない。少なくとも、幻想郷の中では」
「夢も希望もない話だ」
「ここは天国でも極楽でも天界でも神の王国でもないけど、それが私達の落とし所でしょ。ひもじい思いをすることもあるけど、とりあえず、衣食住の心配はない。今日のあんたみたいに気分が落ち込むこともあるけど、落ち込む時は落ち込むだけ落ち込むだけ。しばらくしたらまた元に戻る。元の平凡な状態に。そうやって毎日、生きていく。地獄よりは少しだけマシかもしれない、地獄みたいな場所」
「その地獄みたない場所で、私みたいな凡俗は日常っていうルーチンワークを続けるしかない、と? 来世来々世まで約束された終身刑じゃないか」
「でもあんたは、いつ死ぬとわかっても、迷わずそのルーチンワークを選んだ。まずは道具の整理と整備。つまらない日常を選んだのは、どうして」
「エンジニアとしては、そこから始めなくちゃ仕方がない」
 そこから始める。にとりの始まり。ありとあらゆる行為に対する第一歩。
「――きっとそこに、あんたにとっての救いがあるのだと……私は、そう思うわ」
「はあ……?」
 河童が、わずかに裏返った声をあげた。
「『かもしれない』ってこと。あんたの握ってる道具に、あんたの求める『かもしれない』がある。それもまた、『かもしれない』だけど」
「わけわかんないよ」
「でしょうね。私もよくわかってないから。でもとにかく、可能性。『いつかの未来に、どこか素晴らしい場所で、幸福になれるかもしれない』、あんたの言った可能性ってのは、あんたの手の中にあるのよ、きっと」
「なんだそれ。適当言ってるようにしか聞こえない」
「さて、そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。なにしろ私は、楽園の素敵じゃない巫女だから」
 結論などない。そんなものは、最初から必要ではない。
「幻想郷は、理想郷じゃない。ただ、面白おかしい退屈が続くだけの場所。それを地獄と呼ぶなら地獄と呼べるかもしれないけれど、少しは楽しい地獄よ。そして、」
「そして?」
「あんたがいれば、その少しは楽しい地獄に、ほんの少しだけ、楽しさが増える。あんたの作る道具が、楽しさを増やす。あくまで、ほんの少し、ね」
 退屈しのぎであろうが、資金稼ぎであろうが、気まぐれであろうが。
 人間も妖怪も、そうやって日々をこなしていくしかない。
「だからそれを喜べ、って?」
「違うわ」
「違うんだ」
 違う。全ては主観の話だ。霊夢は霊夢としてしか生きられない。霊夢の目からしか世界を見られない。霊夢自身の感情しか理解できない。だから、こんな言い方しかできない。
「私が嬉しい、って話。楽しいことが増えれば、私が嬉しい。あんたと同じように、この幻想郷の中で生まれて生きて死ぬしかない、この私が、嬉しい。ただそれだけの話」
 すると。
「別に……霊夢が嬉しいからって、私は嬉しくないよ」
 にとりが、ぽつりと、言った。
「でも、今の霊夢の言葉、さ」
「うん」
「少しだけ。ほんの少しだけ――」
 その先を、にとりは口にしなかった。霊夢も、求めなかった。別に、どんな言葉が続こうが、どうでもいい。どんな言葉が続いても構わないのだから。
 そして二人、言葉もなく、湖面を見る。
 灯籠が、揺れて、揺れて、揺れる。
 一つまた一つと、火が消えていく。
 最後の一つが消えるまで、二人はずっと、座っていた。


「まったくもう、あいつ、いきなりワケわかんないモノ押し付けて」
 湖畔での益体のない会話から、ちょうど、二十四時間後――
 霊夢は博霊神社社務所の居間で、一人、面倒くさそうにため息を吐いた。
 彼女の目の前には、いつも使っているちゃぶ台がある。その上には、ミスティアが持つようなマイク。そのマイクとコードで繋がれて、何やらごてごてとした、骨董品のような機械が横たわっている。機械からは、数本の金属の棒からなるアンテナが伸びていた。
 香霖堂の隅に転がっていた無線機を拾って、改造した物である、というのは、夜の帳も降りそうな頃に神社に駆け込んできた河童の弁。修理途中で放っておいた物を、朝早くに起きて、なんとか使えるところまで持っていったらしい。
 無論、幻想郷に稼働している電波塔はない。この機械が飛ばすのは、旧地獄に突入した際に使用した、限りなく電波に近いが電波ではない電波のようなものだ。あの異変の時と同様に、声を遠方まで飛ばせるらしい。
 それ自体は、まだいい。問題は、霊夢の目の前にある機械には、出力装置に当たる物が付属していない、ということだった。
 これでは、一方的に声を飛ばすだけで、向こうからの声が聞けない。
 もちろんそのことは、機械を押し付けられた際に、にとりに問いただした。
 すると彼女は笑って、
「いいから、マイクの前で、適当に喋って」
 と、そう言ったのだった。そして、喋り始めるタイミングを、日の変わる時、と指定してきた。
 妖怪の山には幾つか受信機があるらしいから、独り言にはなるまい。だが、それでも、こちらの話を聞いている、という確証は得られない。ただ信じて話すしかない。
「これじゃまるで……」
 そこまで言葉にしてから、霊夢は、ふっと微笑した。
 にとりの考えが、わかったような気がした。
 ――あと三十秒で、時計の短針と長針とが、頂上で重なる。
 ふと思い立って、霊夢は小さく腰を上げ、部屋の電灯を消した。
 開け放っている襖から、夏の月光が差してくる。
 その光を頼りに、機械の脇にある電源を入れる。柔らかな闇の中に、淡い黄色の光が生まれる。それはちょうど、水面に漂う灯籠のようだった。己の先祖を知らない霊夢の前に、願いのような、望みのような、祈りのような、そんな灯りが生まれる。
 そして。
 五秒、四秒、三秒、二秒、一秒。
 小さく深呼吸して、マイクに語りかける。
「私の声が聞こえる、にとり?」
 もちろん返事などない。けれど、伝わっていると信じて、言葉を紡ぐ。
「今日だけで終わるかもしれないけど、あんたの遊びに付き合ってあげる」
 言葉と言葉を繋ぐ時に、あえて大きな間を置く。
「昨日はあんたの愚痴を聞かせてもらったから、今日は、私の話をさせてもらう」
 些細なことを、ささやかな声で。
「あんたが聞いていると信じて、あんたが楽しんでくれることを願って、話すわ」
 夜の向こうに、電波を飛ばす。
「――明日のあなたと、百年後の誰かのために」
 前回が季節外れに冬山舞台だったので、今回は時候通りにお盆の話を書かせていただきました。
 作中の引用とイメージは、芥川龍之介『河童』、小泉八雲『焼津』『海のほとり』から。神が実在する世界における信仰、というテーマは、『魔術士オーフェン』の第二部と第四部の影響が大きいです。
 霊夢とにとりの間には、どうあっても友情とか親愛とかは生まれそうにない印象ですが、そういう関係だからこそ、また互いに現実主義者であるが故に、勢いで話せる悩みもあるかな、と思います。

 9月4日 感想ありがとうございます。コメント返信させていただきます。

>サク_ウマ様
 二次創作で宗教や信仰関係について突っ込んで書くのは少し不安で、なおかつ序盤がほぼ風景描写、以降がほぼ会話だけ、とバランスを欠いた構成で心配だったのですが、そう仰って頂けて、大変嬉しいです。

>奇声を発する程度の能力様
 ありがとうございます。

>3様
 会話部分は、議論にしない、口論にしない、喧嘩にしない、といったようなことを念頭に置いて書きました。
 前の二作が教えてもらったり導いてもらったりする霊夢だったので、今回は気休めであれ何であれ、与える者としての霊夢を書いてみました。

>6様
 にとりの悩みについて、霊夢は「言っていることは分かるが、なぜそれで悩むのかさっぱり分からない」みたいなスタンスなので、真面目に受け答えはするけれども、軽やかに思考する、という風に書きました。
 次作が完成しましたら、また投稿させていただきます。

>モブ様
 手で覚えた技術に頼って生きるにとりは、その思考において、巫女として人間から離れた位置にいる霊夢、常人離れした努力家の魔理沙、常識を踏み越える早苗、といった人間組よりも普通の人間に近い、みたいな印象があって、普通の人が普通にふっと考える普通の悩み、というものを、河童の視点から代弁してもらいました。

>10様
 こちらこそ、読んでいただいてありがとうございました。
七節ミサオ
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コメント



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1.100サク_ウマ削除
しっとりとしていて、読み応えのある、とても良い作品でした。楽しませていただきました。
2.90奇声を発する程度の能力削除
面白く良かったです
3.80名前が無い程度の能力削除
ともすれば面倒くさい問答がするすると楽しく読めました。かっこいい霊夢ですね。
6.100名前が無い程度の能力削除
いかにも楽しそうな霊夢が可愛らしかったです。
あなたが次にどんなものを書いて下さるか、楽しみです。
8.90モブ削除
にとりの理屈屋とも思える考えががあまりにも人間臭いのが、面白かったです。
10.100名前が無い程度の能力削除
ありがとうございました。よかったです。