Coolier - 新生・東方創想話

私のための魔術師

2018/08/11 23:06:19
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 その日は外で本が読めるくらいには月が明るかった。
 このありふれた日常の気づきを誰かと共有したくて、私は友人であるメリーに電話をかけた。しばらくは月の話をしていたと思う。秋の月みたいに綺麗ね、とか。確か月に住む妖怪がいたなぁ、とか。正直なところこの会話はあまりよく覚えていない。もっと別の強烈なことで記憶が塗りつぶされているからだ。
 会話の種が尽きたとき、私はふと彼女にこう言った。
「メリーってさ、魔法使いみたいよね」
 電話越しなのでわからないが、メリーはきっと何とも言えない微妙な表情を浮かべていただろう。
 私は日ごろから彼女を魔法使いのようだと思っていた。私だって物理学者の端くれなのだから、安易に魔法なんて言葉をあまり使いたくはない。それでも、彼女を一言で表すならこれが最も適した単語ではないだろうか。
「魔法使い?」
「うん、魔法使い。いや魔術師の方がしっくりくるかな」
「悪そうね」
「魔術師メリーのほうが語呂がいいしかっこいいじゃない」
 彼女は私にないものをたくさん持っていた。結界を見る目、人形のような顔立ち、素敵な金髪。黙っていれば綺麗な子なのに、話しだすといきなり妙ちくりんになる。
「悪くないわね。魔術師」
 メリーは納得した様子で言った。
「人は死んだらどうなると思う?」
「へ? いきなりどうしたの」
 メリーのしたり顔が頭に浮かんだ。
「……霊魂が肉体から離れるんでしょう? そのくらい今は常識よ」
 精神と霊魂は別物であり、人格や記憶は精神に付随する。霊魂は死の側へ移動し、肉体は生の側で腐敗するのだ。
「私は死んでもあなたと一緒よ」
「なに? 酔ってるの?」
「生と死の境界くらいで、私とあなたは引き裂けないから」
 メリーは決意表明、というか告白をするように言った。あまり普段の会話でするような感じではなかったのだ。
 いつも変な彼女のもっと変なこの言葉は、生涯忘れることのできないものとなった。







 マエリベリー・ハーンが死んでから一週間が経った。太陽が最も精力的な夏という季節の中でも、爽やかとは言い難い盛夏のことである。原因はわからない。知らない、という方が適切かもしれない。夢の世界の妖怪の所為かもしれないし、虚血性心疾患といった突然死かもしれない。ただメリーが死んで、京都郊外のある教会に葬られたことは聞いた。メリーは教会の正会員ではないにせよ、しばしばその教会に通っていた。あまり決まりに厳しすぎない方針らしく、会員ではなく洗礼も受けていない彼女の葬儀を行ってくれたそうだ。それ以上のことを聞いて、私の中で彼女の死というものを鮮明にしたくなかった。
 秘封俱楽部は終わってしまった。
 これまで彼女の結界を見る目を当てにしていたからという理由もあるが、最大の理由としては一人になってしまったからである。出会ってからそれほど年月を重ねたわけではない。それでも、メリーは私にとって私自身と同じくらい大切な存在だった。何をするにしても新鮮さが足りない日々。自分を構成する概念が抜け落ちたような感じ。そんな感覚を未だに引き摺っている。まだ彼女の墓参りには行けていない。行ってしまったら彼女の死を受け入れてしまうようで、毎日のように明日へ明日へと持ち越してしまっていた。
 ソファに深く座り、ため息と共に疲労や虚無感を吐き出す。10分ほどその状態から脱することができなかった。いつまでもこんな調子ではいられない。自分の手で自分の頬を叩く。このままではメリーに怒られてしまう。
 重い腰を上げて私は脱衣所に向かった。

 昼下がりの京都は焼け付くように暑かった。電車の寒いくらいの冷房が心地よい。田舎の方へ向かう電車だからか、がたんがたんと古臭い音を立てている。一つ、また一つと駅を通過していく。都市はずれらしく田圃と家屋ばかりが目立つ景色が続いた。こんな眺めもあの魔術師ならもっと魅力的なものに変えてくれるのかもしれない。目的の駅に着くことを知らせるアナウンスが、私を思考の海から引き戻した。眩しい太陽の日差しが恨めしい。扉が開いた瞬間、夏の熱気と蝉の声が車内に飛び込んでくる。電車から降りてくる人は私以外いない。電子カードに対応するために導入された新品同然の改札が、ひびわれたコンクリートの床と妙な釣り合いを取っていた。良く言えば趣深い、悪く言えばぼろっちい駅を抜ける。突き抜けるような青で塗られた空には雲一つ浮かんでいない。夏という季節は、暑い空気に蝉の音などの視覚以外の感覚情報が増える季節だと思う。携帯端末のマップアプリを開きながら、そんな夏の中を私は歩いていく。
 10分ほど歩くと、周りに家がない空間に出た。小さな森に囲まれた、白を基調とする建物。屋根の上に掲げられた十字架が輝いている。十字架がキリスト教のシンボルになったのは、死刑の道具であった十字架にイエス・キリストが磔にされたからだそうだ。なぜ自分達の救世主を弑した装置を掲げているのかというと、キリストの復活の象徴や死に対する勝利の証を表しているらしい。
 まだこんな時代にも既成宗教の歴史ある建物が残っていることに感心する。懐古趣味の彼女らしい場所だ。
 私は石で乱雑に舗装された道を進み、教会の裏側へと回る。数十くらい並ぶ墓石から彼女のものを探す。太陽はいつの間にか雲に隠れていた。ほどなくして目的のものは見つかった。最近は宗教なんて流行らないのか、新しい墓石が数少なかったからだ。無情にもその碑には彼女の名前が刻まれている。私はしゃがみこみ手を合わせた。本来ならば、クリスチャンは故人に祈るようなことはしないらしい。ただ、大切な人に祈ることを偶像礼拝と片づけるのはあまりに寂しすぎるではないか。
 数分の間そのままだった。私は立ち上がりながらスカートの裾を手で払う。次に来るときは花束でも持ってこよう。そんなことを考えて背を向けた。携帯を取り出そうとポケットに右手を入れる。目当てのものと一緒に家の鍵まで外へ出てしまった。
「あ」
 それを拾おうと屈む。その瞬間、胸を鋭いもので貫かれるような衝撃を感じた。

『れんこへ またあいましょう まじゅつしめりー』

 さっきまではなかったはず。それとも、気づかなかっただけで存在していたのだろうか。何か鋭いもので碑の側面に刻まれた文字は最近つけられたように綺麗である。
 ただ、いつこのメッセージがついたのか、というのは私にとってあまり重要ではなかった。この文字はメリーの書いたものだ。美しいバランスや終筆の癖などがそれを示している。
 その事実さえ分かればいい。
 私は駆け出した。自然と笑みがこぼれてしまう。生と死の境界を越えてあの魔術師に会いに行こう。
 秘封俱楽部は永遠に続くのよ!
秘封俱楽部の短編を書いてみました。ちょっと短すぎたかもです。
読んでいただきありがとうございました。
てんな
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コメント



0.280簡易評価
2.30名前が無い程度の能力削除
壮大に何も始まらない、作品以前のなにか
文章は巧いのでそこは30点
次は前作くらいストーリーがあるものを期待します
4.90サク_ウマ削除
とても素敵だと思います。欲を言えば続きが読みたいです。
5.60奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
6.60名前が無い程度の能力削除
なるほど確かに、起承転結の起の序々盤という印象
さくさく楽しく読めたぶん、ここで終えてしまったのは残念ですね
7.70名前が無い程度の能力削除
物語がどう転がるのか期待して最後まで読まされてしまった。
最後のオチに入るまでは楽しめただけに惜しい
8.70名前が無い程度の能力削除
文体、雰囲気が良かったです
9.無評価名前が無い程度の能力削除
自称評論家の方が意気揚々と評価しておりますが、主さんがあまり気にする必要はないと思いますよ
私は面白い作品だと思いましたし、主さんには書きたいものを存分に書いて欲しいと思っております
というのも、私の個人的な願望になってしまうのですが、このような素晴らしい作品を執筆できる書き手さんを、辛辣なコメントや粘着によって潰されたくないのです
主さんもリアルの方が大変だと思いますが頑張ってください
次の作品も楽しみに待ってます
10.60名前が無い程度の能力削除
クリスチャンとかキリストの復活とか云々を含ませてるわけですから、蓮子にとっての慕情ってか幻想の深さを、聖者とメリーの復活をダブらせたその交錯で表現したのだろうと勝手に解釈しました。違ったらごめんなさいね。
その趣意をこの短い文量で描写できているので、単純にスゲェと思います。
けど皆が物足りないと言っています。俺も薄々とですがそんな気がしないでもないです。
個人的には何となく急いで書いたような気配も感じたので、次はそこも注意した上でもっと腰を据えて書くと良いと思いますよ。
12.100名前が無い程度の能力削除
とても好きです
13.80モブ削除
秘封倶楽部は二人で一つなのだということがよくわかるお話でした。もうちょっと続きを読みたいと思うのは、贅沢なのかもしれません。御馳走様でした
14.90名前が無い程度の能力削除
雰囲気が上手くて良かったです。この雰囲気のまま続きが読みたくなりました。