Coolier - 新生・東方創想話

金、々、々!

2018/08/07 14:25:16
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金、々、々!




 どたどたと駆ける足音がふたつあった。穏やかな真昼に打ちつけるような調子で足音は命蓮寺の門に差しかかった。しかし、そこで足音は消えてしまった。代わりにどたんと倒れこむ音が鳴った。
 依神女苑を捕まえた村紗水蜜は勝ちほこるように言った。

「フフフフ、馬鹿な脱走者」
「逃げそこねた」
「写経がそんなにいやなの」
「いや、おもしろくない」

 と話しているうちに水蜜の拘束がすこしだけゆるんだ。その隙を突いて女苑は体を無理にねじって 「死ね!」 と彼女の顔面を殴りつけた。

「痛くない」
「不感症めッ」

 また水蜜は怠りなく女苑にぎゅうっとつかみかかった。今度はもう抵抗の余地もなさそうであった。

「さ、写経もあれば掃除もある。帰りましょう」
「次は逃げきってやる」
「あなたは本当にどうしようもないですね、くずだわ」

 女苑はずるずると引きもどされていった。そうして退屈な修行の日々に帰るのである。



 別に寺での生活がまったくおもしろくないわけではなかったけれども、女苑の性質は鮪に近かった。つまり同じ位置に座ってはいられない性格をしていた。写経とか読経とかは当然で、座禅は特に我慢ならなかった。しかし、あからさまに面倒くさがったりしては聖白蓮の雷を買ってしまうので、多少なりとも真剣に取りくまないと恐ろしいことになってしまうのである。
 ほかにも妖怪関係に難があった。聖と雲居一輪はともかく、水蜜はなんとなく好きになれなかった。稀に見かけるナズーリンは初対面のときに 「フ……」 と思いっきり見くだされたのできらいになった。

「オ、ナムアミダブツ。ウマノ、ミミニ、ネンブツ」
「ちがいます、何もかもちがいます」
「覚えられないの」
「覚える気がないのですからそうでしょう。よいですか、経を最初っから完璧に読む必要はないのです。覚えようとする心が大切なのです」

 そんなふうに寅丸星は説法をするのであった。その言葉は女苑の耳にはいっていなかった。彼女はこんなことを考えていたのである。

金、々、々!

 女苑は星からただよう宝物の香りを敏感に察知していた。それはどうやら彼女の力が磁石のように宝物を集めることに起因していた。
 実際に女苑が星を観察してみると、確かに彼女は日ごろから金品に好かれていた。歩くほうには小銭あり、土を掘れば小判あり。
 その程度の金品なら、いかに女苑でも星に目をつけたりはしなかったはずである。しかし彼女からはさらなる豪華絢爛の気配がした。つまり宝石の香りがした。それなのに彼女は身に何か輝かしい物をつけているわけではなかった。毘沙門天の代理として宝塔を持って、派手な装束を着ているとしても、ほかに豪奢な金品を持ってはいなかったのである。

「金……」
「金がどうかしましたか」
「あんた、何か金目の物を持っているでしょう」

 女苑は率直にはぐらかしもなく聞いてみた。

「私が? ホホホホ、いやですね……そんなわけがないでしょう……観光寺でもないのですから……脱税だってしたことがないのに……」

 どうやら星は嘘が得意ではないようであった。分かりやすいくらいに挙動不審なので女苑はさらにいぶかしんだ。

「ね、ね。星さん、私に金目の物を預けてみない。心配しないで、儲けるなんて簡単よ。すこし口八丁でごまかせば、宝石ってのは実際の値段より高く売れるんだから。ケ、ケ、ケ、ケ」
「馬鹿ッ。駄目です、駄目ったら駄目。宝石なんてないし、金目の物はさらにないです。おかしなことを言うと読経の時間を倍にするわよ!」
「それは堪忍して!」
「なら、しっかりと読むのです」
「はあい」

 そんな返事をしながらも女苑は頭の中でなんとか星の宝石を引きだす算段を立てていた。金のことになると彼女の血はよく巡った。とにかく昼はおとなしくして、夜に行動するようにした。金目の物が見つかるのは夜と相場が決まっているのである。



 女苑は辛抱づよく眠らずに数日の夜を過ごした。星はすぐに尻尾を見せなかった。あからさまに金品をねだってしまったのが失策だったようで、あきらかに警戒されていたのである。しかし、彼女もいつまでも門弟を疑ってはいられないので、日が経つとそのうち警戒しなくなっていった。
 ある夜、星はこっそりと布団から抜けだした。そうしてやましい動きで音を立てずに裏の倉庫のほうへと向かっていった。その途中で女苑の室を覗いてみると、彼女はぐっすりと眠っていたーーーように見えるだけで実際は起きていた。
 女苑は星が去ると布団から起きあがって彼女に気づかれないように追いかけていった。
 星が倉庫の中にはいると女苑は窓から様子を窺ってみた。中は暗くてよく見えなかった。今夜は新月であったし、それに彼女は非人にしては夜目がにぶかった。そんなふうに攻めあぐねていると、中で何かをはずすような音がして、続いてこつこつと石段を歩くのにそっくりの音もした。音は地下へと向かっているような気がした。そうして音がいつか聞こえなくなると、倉庫の中に誰の気配もしなくなった……。

「星さあん」

 女苑が言っても返事はなかった。彼女はゆっくりと倉庫の戸をひらいた。なんとか効かない夜目を凝らして中をまじまじと眺めまわした。すると地下へつながる通路があった。通路は普段、床板で隠されているようで、それをはずすと下へのとばりが剥がれる構造になっていた。

「ウフフフ、用心しないね。とじてから降りたらよかったのに」

 女苑も続いてくだっていった。下へはあまり深くないのですぐに行けた。そこには西洋人のワイン・セラアさながらの棚が並んでいたけれども、置いてあるのは酒ではなくって、まばゆい宝石の山であった。設置された鬼火のカンテラの光を受けて、きらきらと表面を照りかえしていた。

「女苑!」

 星に見つかっても女苑は動揺しなかった。そこには勝者の余裕があった。

「星さんもひとがわるいね、こんな物を隠しているなんてさ」
「こ、こ、こ、これはちがうんですよ。あれなんですよお」
「無駄、もう無駄! すでに物的証拠は見つけたわ!」
「グ、グ、グ、グ……」
「脱税だアッ、なまぐさだアッ」

 そこからの星の言いわけはひどくみっともない調子であった。それは探偵に動かぬ証拠を突きつけられた犯罪者の狼狽に似ていた。その言葉を要約するとこんなふうである 「私は毘沙門天の代理になってから金銀財宝などを身に寄せつけるようになりました。最初はまだ獣も同然だったのでその価値は分かりませんでしたが、そのうち人間たちの視線からこの輝く石ころの美を学ぶようになりました
「私はいつか宝石を尊ぶようになりました。そうしてそれを高尚な趣味であるとさえ思いました。それでも一応は仏法を説く身分なのでいやしくも宝石をひけらかしたりはできませんから、こっそりと地下にそれを集めるようになっていったのです。
「勿論、宝石を売却して不当利得を得たことなど一度もありませんが、まず仏法僧が金目の物を持ってはいけないことなど明白です。それを加味するとやはり営利目的の収集でなくっても、こう言わなければなりません。認めます、私は脱税しましたと!」 ……。

 それを聞きおえると女苑は星をにやにやと見つめた。今や彼女は貧弱な一匹の猫の目をしていた。
 女苑は星の肩にやさしく手を置いた。

「どうしようか」
「どうしようって……」
「これを聖に言ってもいいんだけどなあ」
「そんなことしたら何もかも捨てられてしまいますよう」
「そうね私もそれは困る」
「でしょ?」
「だからって見すごすのも門弟としてはどうかなあって」

 と最もらしいことを言いながらも女苑の目はすでに金、々、々! のとりこになっていた。星の肩をつかむ手にすこし力を入れて、彼女はこんなふうに教唆した。

「あなたがするべきことはまず宝石を手ばなすことよ、そうして本当の仏法僧になるべきなの」
「どうすればいいの?」
「売るの」
「売るんですか、それは不当利得ではないでしょうか」
「分かっていないね星さん金は別に悪ではないのわるいことに使ってようやく金は悪の性質を持つの稼いだ金をよいことに使えばなんにもうしろめたいことなんてないのよ」
「そう言われるとそうかも……」
「金銭が悪だなんてのはあまりに前時代の考えなのいつまでも赤い旗はひるがえらないのコムミニズムの輝きはもう死んだの星さん一緒にあゆみましょう福沢諭吉の熱視線と資本主義の光に支えられた新しい仏道を」
「女苑……」
「星さん……」
「聖も認めてくれるかな」
「そうね売りおわるまで言わないでよ」
「なんで?」
「なんでもいいから言うなよ、言ったら何もかも告発するからな」
「やだ!」

 こうして女苑の教唆罪およびに脅迫罪は成立したのである。



 ある晩のことである。路地の一角に厚いフウドをかぶった宝石商らしきふたりが店を構えた。その路地は幽霊がモウと鳴きだす刻になると博打とか風呂屋が活気づく地点でたとえば河童に胡瓜を売って御殿を建てたような富裕な人も集まっていた。
 人は急に店を構えたふたりをあからさまに警戒していた。うしろめたい商売が栄える場所なのだからあの宝石もうしろめたい産物ではないのかと思ったのである。それでも目だつし気にはなったので、いつか勇気ある一人が宝石商の店に並んで品物を疑いつつも確かめてゆくのであった。

「ケ、ケ、ケ、ケ。兄さん宝石に興味がありますか、私たちの品物はそのあたりのぶさいくとはちがいますよ。なんてったって仏さまの墨つきですからね」

 そんなことを言うのは背の低い宝石商でどうやら声を聞くには女であった。それだけでも多少の警戒は解かれたけれども、近づいて分かるフウドの闇に隠された顔の意外と端整なことに客は驚いた。
 こう謂う醜美にまつわる利得を宝石商と謂うか女苑はよく知っていた。そうして相手がこちらの顔を確認するやいなや、やわらかな表情をして 「兄さんがまごつく理由は知っていますよ、あなたはこう考えているのだ。この宝石商たちはなんの予告もなく唐突に現れた、おまえたちは不審な者だ、過去に誠実の証明がない者だ。したがって宝石が本物かどうか信じてよいのかしら、もし購入して贋作だと気づいたころにおまえたちは風のように消えさって、もう金は戻ってこないのではないかしら
「私たちの真実を証明するのは簡単です。私たちがいくらあやしくっても宝石はつねに本当の輝きを見せています、この店にある以上の輝きを兄さんは見たことがありますか。ないでしょう、それなら迷わずに買ってしまいなさい。まだ信じられませんか、そうですか。よいでしょう、特別に本当に輝ける宝石と謂う物を見せましょう。それを見れば私たちを信じられるようになるはずです」 彼女が言いおわると背の高い宝石商と謂うか星がふところからある物を取りだした。それは大粒の真珠であった。
 周囲の見物客がうなった。幻想郷に海はないので真珠はとても価値があった。それは金銭だけでは手にはいらなかった。過去から受けつがれる家宝であるとかの場合にだけ家々に置かれている物であった。
 真珠は提灯の光を受けて淡い生糸のような光沢をはなっていた。さらに星が宝塔を持つ姿勢でそれを掌に乗せるすがたはなんと表現するのか一種の神々しさがあった。それはまやかしではなくって実際に彼女は神々しかった。毘沙門天の代理である彼女は人間には持ちえない品格を溢れさせていて、フウドで顔が見えづらいのもその幻想的の雰囲気に荷担していたのである。

「星さん何か……」
「何かって……」
「なんでもいいから言うの……」
「そうですね……」

 星は周囲の目がこちらに向けられているのを確認した。そうして厳格にただひとつこう言った。

「買いなさい」

 それからは、早かった。客たちが真珠を競りおわると今度は店に並んでいた小粒の宝石のほうである。女苑はそれを熱気に任せてすこし高値で売りはらっていった。それは次の商売を考えた高価すぎない値でもあった。今は熱気に満ちていてもあとにはみんな冷静になるのだし、その瞬間に後悔ではなくって満足を感じさせなければ次の商売につながらないのである。
 すべてが終わるとふたりはあの地下へ戻っていった。女苑は稼いだ金を勘定して悦にひたっていた。

「金、々、々! 儲けた、なんて幸せなんだろう。これこそ精神の栄光よ」
「うん」
「星さん何を沈んでるの、何もわるいことなんてないのこれは世のためになるのどんな善言を並べても金がないとなんにもならないし救えもしないの。これは善行よ。ケ、ケ、ケ、ケ」
「うん」
「姉さんに何を買ってあげようかな、すぐに紛失するんだけどさ。紛失したらまた買えばいいよね、金はいくらでもあるんだから」
「金、々、々……」

 星は真珠を見つめる周囲の目を思いだしていた。それは欲望の目ではあったものの、同時に尊敬の目でもあった。それは宝塔へみんなが向けるまなざしにとても似ていた。そうしてその奥に立っているのは彼女であった。
 星は金と地下の宝石を見くらべて、ただ静かにしていた。



 日数も経ってその日の夜もふたりは商売を終えると通例どおり地下で勘定をしていた。これで十回ほどの開店になり最初のような盛況ではないけれども、儲けは安定してきていた。

「もう潮どきね」
「何が」
「儲かるのはいいけど、これ以上は目だちすぎる」

 女苑はいつも宝石の中から値の低そうな物を選んで売っていた。別に粗悪品ではなかったけれども、ほかの店で買えないはずはない物であった。そうしたのは彼女が注目を浴びるのをきらっていたからである。あまり目だつと聖などに知られてしまうかもしれないし、疫病神だと露見するとさらに面倒なことになるのは明白であった。彼女は金が好きであった。しかし、わきまえてもいた。多大な金は身をほろぼすと知っていた。今の稼ぎがまさに限度額だと思ったのである。

「なら、もう已めるの?」
「そうするしかないね。もう充分に儲けたし、これ以上は金を置く場所にも困ってしまうわ」

 女苑は唐突に手を星に差しだして握手を求めた。

「星さん、私たちけっこう相性がよかったんじゃないかな。誰かとこんなに儲けるなんてなかったし、商売もそれなりによかったよ」
「女苑」
「ね」

 女苑は星の手をぎゅうっとにぎった。別に好意的な意思があるわけではなかったけれども、儲けさせてもらったので一応は感謝したまでのことである。
 そこで女苑に予想外のことがあった。星が彼女の手をはらいのけて、逆の手で頬をぶっつけたのである。唐突な暴力に彼女はすぐに声も出なかった。しかし、なんとか叫ぶように 「何するのさ!」 と張りあげるのである。

「馬鹿が……」
「ひい」
「たりない……まったく、金がたりない……」
「星さん?」
「私は知ってしまいました。宝石ではなくって金銭の魔力を知ってしまいました。女苑がそれを教えてしまったのです。こんなところで逃げようとしてもそうは問屋がなんとかあ!」

 星は手を天に捧げてこう言うのである。

「金よ、々よ! 金、々、々! 最後の一文まで集まるのだ、毘沙門天の膝もとに!」
「星さんが亡者になっちゃった……」

 こうして星の婦女暴行罪は成立したのである。
 女苑は目ざめさせてしまったのである……星にひそむ欲望の活火山……金のけもの……!



 星の暴走は聖の二輪車のように段階を飛ばして早くなった。彼女は女苑が売りあぐねていた大粒の宝石を店に並べた。それは普通ならなまなかには買えない物であったけれども、彼女はもう自分がどれほど他人を惹きつけるか知っていた。彼女はあの毘沙門天の姿勢で宝石を持って、いつも大衆の目前でそうしているように神妙な雰囲気で突ったっているだけでよかったのである。それを見ると客もなんとなくその気になった。よく分からない真実性とありがたさがあるので、それなりに富裕な人はつい宝石を買ってしまうのである。
 売るのは女苑の仕事であった。内容は以前と変わらなかったけれども、その仕事はほとんど強制されてしているも同じなので一種の忌避感と謂うか苦痛があった。不当だと思いながらも、自業自得だとも思った。星を教唆したときこの運命は決まっていたような気がするのである。
 女苑は夜から朝の直前まで宝石を売りつづけた。

「星さん、もう已めようよ……」
「売れ」
「はい……」

 女苑は馬車のように働いた。力で劣っている彼女はどうしても星に従わなければならなかった。しかし同時に必要より儲けていることを歓喜する自分もどこかにいた。いやがっている姿勢であっても、彼女は金、々、々! が結局は好きであった。
 その日も宝石を売りおわり、ふたりはすぐに地下へ行かずに、路地のあまり人のいない場所で休憩していた。もう朝が近いからそのうち寺の仕事の時間になるのでいそがなければならなかったけれども、そんな体力はなかった。それでも星は幸福であった。金、々、々! の重みをふところに感じていたからである。いつの間にか金、々、々! を勘定するのも彼女がみずからおこなうようになっていた。

「ああ、儲けた」
「うん」
「私たちって相性がいいんですね。ふたりならこんなに儲けられる。最強のふたりです」
「うん」
「こうしていつまでも宝石を売りましょうね。そうしていつかすべての金を手にするのです。夢じゃありません、私はもうそれが現実になると確信していますよ……そう言えば、なんで金を集めようと思ったのだっけ……まあ、いいか。どうでも! ケ、ケ、ケ、ケ」
「もし……」

 と休憩のさなかに話しかけてきたのはふたりのようにフウドをかぶったあやしい者であった。背は女苑よりも低くって、おそらく子供であることが窺えた。

「宝石を売ってくれませんか」

 星はあからさまに相手のことをかろんじた。どう考えても金を持っていなさそうだからである。

「ふん、嬢ちゃん。金はあるの。金がないと宝石は買えないよ」
「これで」

 子供が差しだしたのは一文であった。星は一瞬それにおどろいてきょとんとしたあと、続いて思いっきり高わらいをするのである。

「嬢ちゃん、おとなをからかっちゃいけないよ!」
「これでは買えませんか」
「買えません、私は貧乏で貧相な人は相手にしません」
「そうですか、しかし仏は貧乏で貧相な人にもへだてなく施しを与えるのではなかったか、あなたはそんな立場のひとではなかったか」
「はい?」
「終わったな」 と言うのは女苑である。
「何が」
「何もかも、目だちすぎたの。星さん」

 そのとき子供がフウドを脱いで顔をあらわにした。それは女苑が予想したとおりの相手であった。星は仰天した。そうして思わず膝からくずれおちて、閉息しそうにさえなるのである。

「馬鹿! この、馬鹿!」
「ひい」

 ナズーリンはとにかく 「馬鹿!」 とののしりつづけた。ほかに言いたいこともあったけれども、話すとほかの言葉がすぐに出なかったのである。

「ナズーリン、ちがうんですよこれはあれなんですよ、あれなんです」
「あれって何か言ってみろ!」
「世のためなんです、人のためなんです。宝石で誰かを幸せにするってあれなんです」
「馬鹿! あなたには失望させられた。いいか私はあなたが宝石ずきなことなんてすでに知っていた。それでも告げぐちしなかったのはあなたがそれを売って利益を得たりはしなかったからだ。それを、おまえ……私も忘れてヘンな女にたぶらかされて……馬鹿! 星、馬鹿が! 馬鹿、々々、々々、々々!」
「そんなに言わないで」
「馬鹿!」

 こうして星の欲望の火は無事についえたのである。それはもろい宝石の輝きに似て本当に一瞬だけのきらめきであった。まるで地面に落とした宝石がくだけるように、すべてはあっさりとナズーリンの怒声で終結してしまったのである。
 怒声でちぢこまっている星を見て、女苑はひどくみっともない思いがした。そうして同時に安心した。金、々、々! は欲しかった。それでも今回の失敗は教訓として受けとめられた。今度はひとりでやろうと考えた。



 昼さがりのことである。寺の一室に呪術で縛りあげられた星がいた。その前にはナズーリンが正座の姿勢で槌を手にしていた。

「私が何をするかの分かっていますか。これからあなたの大切な宝石の多くををあなたの目前でくだいてしまいます。これは罰です、いましめです、改心です。あなたはこれをしっかりと受けとめて、今後はもうあんなことはしないと心に決めるのです」
「決めますからくだかなくってもよろしいんじゃないかしら」
「駄目」

 ごつんと槌が宝石に叩きつけられた。宝石は花弁を散らすようにばらばらになった。

「ひい、堪忍して」
「私だってあなたの私物を壊したくはないのです。それでもこうするのは、つまり世のため人のためなのです。あなたがそう言ったようにな」

 ところ変わって、寺の庭である。そこでは同じように女苑が呪術で縛りあげられていた。
 傍には金があった。女苑と星が稼いだ金である。山のようなそれのとなりには炎がめらめらと焚かれていて、金に接近するのを今かと待っているのである。
 にらみつける女苑の目を受けながして、水蜜は思いだすように語っていった。

「その目はなつかしい。私は船を沈めるとき、それが商船だったりすると、まず船を沈めずに金目の物を海に飲みこませたりした。今のあなたの目はあの商人たちにとても見ている。このあとそのまなざしが途方に暮れるところまで、おそらく同じなんでしょう
「何が言いたいかって、私は幽霊だから金のことはよく分からない。それでも私は金の一番よい遊びかたを知っている」
「馬鹿、已めろ! そんなことをすると金が世に出まわらなかったりして困るぞ相場がくずれたりするぞだから已めるんだ、後生です!」

 水蜜は金の山へ桶にはいった油をそそいで女苑を返りみた。

「フフフフ、フフ。これが金の一番のたのしみかたよ。星のためでもある、私はどうしてもこれを燃やさなければならないの」

 燃えさかる火の中に手を入れて、水蜜はたきぎをひとつにぎりしめた。そうしてそれを金の山に投げいれるまえにこう言った。

「別れの言葉はありますか」
「金……」
「金がどうかしましたか」

 そのとき女苑は手に力を込めて、上を向いた。そうして天に届くように喉を張り、叫んだのである。

「グ、グ、グ、グ……金、々、々!」




金、々、々! 終わり
寅丸星……喪失……! 宝石……喪失……!
ドクター・ヴィオラ
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コメント



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愉しかったです
3.100名前が無い程度の能力削除
喪失ッ! 圧倒的喪失ッ!
これには流石の星も猛省ッ!
4.80奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
5.100名前が無い程度の能力削除
絶頂からの凋落というお約束の流れが素晴らしかったと思います
まるでこち亀の両さんみたいだぁ……
6.100名前が無い程度の能力削除
金、金、金!僧侶としてはずかしくないのか!
7.80名前が無い程度の能力削除
途中で紫苑が何故か混じってたり誤字が多かったですが、
それも含めて勢いを感じる話で面白かったです
9.100名前が無い程度の能力削除
流れるように読めました
楽しかったです
10.90名前が無い程度の能力削除
金、金、金、僧侶として恥ずかしくないのか!
と書こうとしたら既に書かれていた
ナズーリンが星を叱責するシーンすき
「馬鹿!この、馬鹿!」
「あれって何だ言ってみろ!」
11.90名前が無い程度の能力削除
女苑の小悪党ぶりもアホな星ちゃんも愛おしい。楽しかったです。
女苑の名前が紫苑になってる箇所が結構あるのはミスでしょうか?
12.無評価名前が無い程度の能力削除
婦女暴行って強姦のことですよ
14.無評価名前が無い程度の能力削除
たぶんプロットを途中で入れ替えたんだろう。女苑と紫苑を間違えるはずもない。
しかしながらカオス。
(毘沙門天から金の亡者に)堕ちろ!……堕ちたな(確認)
16.70名前が無い程度の能力削除
いいですね