Coolier - 新生・東方創想話

あなたに応えたくて

2018/07/23 01:58:15
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 橙は普段から自室でいつも勉強している。なぜなら寺子屋で慧音先生に褒められたいからだ。
「橙、少し休んだら?」
「ありがとうございます、藍様。もう少し勉強をしたいのです」
「そうなの? あまり無理はしないでね」
「大丈夫ですよ」
 そう藍はいうと冷やしたお茶を隣に置く。笑顔で橙はそれを受け取り、また大量にある宿題に取り掛かる。それが橙にとっての日常であった。


 ある日寺子屋に橙が登校すると、先日行われたであろう考査の結果が開示されていた。
「橙すごいじゃない、また阿求が事前に解いた時の点数を超えて成績一番だね」
「ありがとう、たまたま山が当たっただけだよ」
「そんなこと言って、あたいは全然だし……」
 どうやら橙は考査で一番を取ったようだが、チルノはあまり成績が振るわなかったようだ。少し落ち込むチルノを慰めながら隣同士になっている席に座って慧音先生の登場を待つ。
 登場するまでの間にも勉強が待っている。橙はその時間に教科書を開いて覚えるべきところをチェックしている。それは橙に限らずこのクラスにいる生徒である妖怪や人間全員がそう勉強に励んでいるのだった。
 間もなくして慧音先生がやってきて、黒板に急いで伝えるべき内容を書いていく。いつもの光景。しかし今日は少し違っていた。
「みんな知ってはいると思うが、今日で春学期の寺子屋は終わりだ。これから配るテキストや問題集はすべて夏休みの間にやるべきものだからしっかりと仕上げるように。そして夏休みが終わったらこの中からテストを行うからしっかりと勉強をするように」
 そう言うと、おそらく両手で持ち切れるかどうか怪しいくらいのテキストやプリントを配り始めた。そう、寺子屋ではとにかく多く勉強しなければならないのだ。
 幻想郷では外の世界のように大学みたいな高等教育機関がない。かといって私塾のようなものがあるかというと、小さな人里だからその数はたかが知れている。そのためすべての勉強を寺子屋で学ばなくてはならない。大学の研究課程までのすべての勉強を学ぶ必要があるために、外の世界の子供たちとは比べ物にならないくらいの勉強をしなければならないのだ。その量は実に外の世界と比べて五倍から十倍。よって子供たちは遊ぶ時間などなく、毎日朝から晩までを勉強して過ごすのである。
 その中でも橙は特に勉強熱心だった。いつも藍が朝早くに起きる前から勉強を始め、そして藍が寝た後も蝋燭の明かりを頼りに勉強をするという毎日を送っていた。そのためかいつも寺子屋の中では一番の成績を収め、周りの生徒からは尊敬のまなざしを受けていた。一番の成績を収めるたびに慧音先生からは表彰され、更なる勉強をするようにと激励されるのだ。橙はその激励の言葉がうれしくて、もっとその言葉をもらいたいと勉強に励むのである。
 夏休みという長い時間を得た橙は、この大量の宿題以上の勉強をこなし、さらに寺子屋で学ぶ以上の課題をこなしてほかの生徒には追い付けない程度の学力を身に着けようと画策していた。そうとなったら善は急げという言葉の通り、八雲の屋敷に戻ると早速勉強に取り掛かった。
 大量の宿題をものの五日で片付けると、予定通り橙は課題以上の部分に取り組み始めた。慧音先生に褒められたい、学力を身に着けて自分の武器にしたい、その一心で勉強に取り組むあまり、いつしか眠らずに朝を迎えたこともあった。
 一方、藍はそのような橙の勉強姿勢に不安を感じていた。食事に全く手を付けずに一心不乱に勉強に励む橙を見て、いつか取り返しのつかない状態になるのではないのかと悪い予感がした。
「橙、もう休もう? こんなに勉強していたら体に悪いよ」
「ありがとうございます、藍様。私は大丈夫ですから」
 そう橙は笑顔で返すがその顔はいつしか以前よりも青白くなり、そしてどこかやつれていた。藍はそれを見て一層休ませようとするが、橙はなぜ向上心を無下にするのかと抗議し、それ以上何も言うことができなかった。
 夏休みの中盤に入り、宿題を終えた生徒は次第に貴重な休暇を楽しむようになってきたが、橙は一層勉強を進めるようになった。このころになると食事は二、三日に一回しかとらなくなり、眠らない日も一週間の間に何日も増えるようになった。そして全然顔を見せない橙に対して友人であるチルノや大妖精は心配するのであった。
「このころ橙の姿見ていないね」
「そうだね……、橙ちゃん頑張ろうと思ったことはとことん頑張るから、それが悪い方向に作用していないといいけど……」
 ちょうどその頃、藍も悪い予感がしていた。一層勉強に励む時間が長くなった橙に何かあるのではないのか。そして不安になった藍が橙の勉強する部屋に入ると橙はぐったりと倒れ、指一本すら動かせないほど具合が悪くなっていた。
「橙! 大丈夫かい!?」
「ら……藍様……、大丈夫ですから……」
 それでも頑張って勉強をしようとする橙を無理やり机から引きはがし、永遠亭へと運んだ。寺子屋の成績なんてどうでもいい。とにかく橙が無事であってくれと一心に願った。


 幸い適切な処置をしたためにそう大事には至らなかった。しかし一応のことを考慮して一日だけ入院することになった。
「ん……んんっ……」
「橙……橙!」
「藍様……ご迷惑おかけしました、私が不甲斐ないばかりに……」
 そう謝ると橙は起き上がり着替えようとした。
「橙……」
「再び勉強に取り掛かります。それこそが私にとっての最大の修行ですから」
「橙!」
「……!」
 そう言うと藍は橙に抱きつき、それ以上動けなくした。橙はなぜ藍がこうまでして自分が勉強するのを止めるのか、なぜ自分が向上することを邪魔するのかがわからなかった。式の主人にとって式が成長することほどの喜びはないはずなのに、こうまでしてその喜びに反する藍の気がわからなかった。
「お願いだから……お願いだから休んで……橙」
「藍様……」
「自分自身の体に鞭打って勉強しても身になんてつかないから……。中庸をまもって勉強することが橙にとって一番だから……」
 確かに初めのほうは勉強が進んでいたが、もっと頑張ろうと眠る時間を削り始めたあたりから次第に効率が悪くなっていき、そしてついには「あ」の字すら書けないほど疲労がたまって何もできなくなっていたことを思い出した。
 そして今、こうして入院してしまい、藍を困らせてしまっている。それは自分自身にとっての損のみならず、主人を困惑させるという式にとっての不孝をしてしまっているということに橙はこの時初めて気が付いた。なんということをしていたのだろうか、そう改めて自身の行いを省みた。
 そして藍から渡された大妖精とチルノからの身を案ずる手紙を見て、橙は自身が過ちを犯していたということを確信した。
「藍様……すみません、これからはもっと休むことも考えます」
「それがいいよ、頑張りすぎは体に毒だよ」
 橙はそう一粒、二粒と涙を流して藍に寄り掛かった。それを藍は優しく抱擁するのだった。


 夏休みが明け、さっそく休み明けの考査が行われた。しっかりと中庸を守りそのあとを学んだおかげで問題はすぐに解くことができた。簡単に解けたために時間が半分以上余るほどであったという。
 結果が公表されると文句なしの満点でやはり一番。慧音先生も今まで見てきた生徒の中では一番の成績だと評価し、その言葉に橙も中庸を守って勉強してよかったと自然に笑みがこぼれた。
「中庸」というテーマで物語を書いてみました。普段は漫画とか描いているのでこういう小説を書くのは大体半年ぶりくらいかな……。
つたない部分もあると思います。そこらへんはお手数ですが指摘のほどよろしくお願いいたします。
森の白熊
shirokuma_mori_official@yahoo.co.jp
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コメント



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6.90モブ削除
とても綺麗な文体で、非常に読みやすく感じました。もっと長い作品を読みたいと思ったのは贅沢なのかもしれません。御馳走様でした
7.90南条削除
面白かったです
褒められるのがうれしくてつい頑張っちゃう橙がかわいらしく、それでいて周りが見えなくなってしまう危うさも同時に抱えている
そのアンバランスさがよかったです