Coolier - 新生・東方創想話

山の怪事件

2018/07/21 09:15:51
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 犬走椛は悩んでいた。妖怪の山、その山中にある寮の自室にて、上司に提出するための日報を前に、荒く研がれた鉛筆を構えては、うんうんと唸っている。というのも、三日前に山で起きた事件が、椛の悩みの種だった。
 事件の当日、非番だった椛はその翌日に、部隊の仲間から事件の概要を聞いた。その日の哨戒中にも、同じ事件が起きた。しかし、椛を始めとする白狼天狗達は、眼前の奇怪な事態を前にして、これといった対応を取ることはしなかった。上から「なにもするな」という指示が出ていた為である。部隊の隊長である犬走椛は、もちろんその日起きた事態をありのままに日報に記し提出した。しかし哨戒部隊直属の部署である〝校閲部〟は、椛の提出した日報を突っ返した。
 元来、一種の日和見主義的な穏和さを抱え生きてきた椛は、反発することもなく日報を書き直した。何度かリテイクを繰り返すうちにようやく受理された日報は、嘘こそ書かれていなかったものの、その報告に果たして意義があるのかと問いたくなるようなものと化していた。しかし、それから今日に至るまで、椛は真面目に日報を書いた。そうしてその度、日報は突っ返され、用紙の薄っぺらくなるまでリテイクを強要されるのだった。
 その際に校閲部の上司の放った、
「嫌がらせのつもりか」
 という言葉が、今日の椛を悩ませているのである。
 もちろん、椛は嫌がらせで〝真面目な〟日報を書いていたわけではない。その日起きた事を詳細に記録する、それが哨戒部隊の隊長に課せられた規則だった。今まで、椛はそんな規則を忠実にこなしてやってきた。それで問題はなかったのだ。しかし、今回はどうやら話が違うらしい、嫌がらせだなどと捉えられてしまっては心外だ。そう考えた椛は、日報を〝真面目に〟書くことを放棄しようと、努力をしていたわけなのだが。
 先日、先々日のリテイクの際は校閲部の上司が削るべき箇所をそれとなく教えてくれていたが、今回はそれが出来ない。そうなると、忽ち椛の握る鉛筆は途端に重みを増すのだった。
 椛は穏和で真面目ではあったが、そういった性質の元を辿れば〝荒く研がれた鉛筆〟に繋がった。椛は何より不器用だった。そんな不器用な椛に校閲部を納得させる薄っぺらい用紙をこさえるのは難しく、椛は自力での解決を早々に諦め、隣室の射命丸文の部屋に向かった。

「はあ、日報の書き方を教えて欲しい?日報の書き方なら、椛の方がよっぽど詳しいじゃないですか」
 射命丸文の部屋は多量のゴミ袋やらぐちゃぐちゃに丸まった原稿用紙やらで埋め尽くされていた。そんな乱雑な部屋の中、射命丸文は椛の話を自身の発行している〝文々。新聞〟の原稿に筆を走らせながら、若干面倒そうに相槌を打っている。
 文の部屋が荒れているのは大概、文が何かしらのストレスに追いかけられている場合だということを椛は承知していた。そのストレスは大抵、文の眼前に置かれている原稿が要因を担っているということも。何とは無しに文の心情を察していた椛だったが、文の部屋に入ってしまった手前、何も話さず帰るわけにはいかず、連日のリテイク問題について文に助言を求めた。
 話を聞き終えた文は、椛に向き直ることもなく、筆を走らせながら口を開いた。
「ああ、それなら、事件と関連のある出来事を書かなければいいんですよ。お仲間が阿修羅めいた怪物に見えたとか、木々が巨大な骨っこに見えたとか、そういうことを書かなければいいんです。ええ?それじゃあ日報の意味がない?うーん、それはそうなんですけどねぇ。〝検閲部〟のやつらも、今回の件が上にバレるのが怖いんですよ。それに、これを見てください」
 そう言って、文が椛に差し出したのは〝文々。新聞〟だった。新聞の日付は山で事件の起きるより前のものだった。見出しには、
『正体不明の怪事件!今度は人里にて発生』
 とある。てっきり事件は山でのみ起こったものだとばかり考えていた椛は、これはどういうことか、と困惑しながらも文に尋ねた。
「どういうこともなにも、こういうことですよ。これが中々反響がありましてね、よく売れるんです。山の看板としても、収入原としても新聞という媒体は優秀ですからね。校閲部が貴女方哨戒部隊にまで幅を利かせられているのはずばり、こういうわけなんですよ。昼間また里で事が起こりましてね、私はその傾向と対策を記事にしているというわけです。ああ、情けない情けない」
 原稿と対峙している際の文はいつもこんな調子だった。椛は今ひとつ文の返答を解さずにいたが、これはもう仕方がない、と更なる追求は諦めた。椛はとりわけ、人の顔色を見極めるのが得意な性質だった。こういう時の射命丸文にこれ以上何かを聞いても、自分には解せない、同じような返答が返って来ることを知っていたのだ。何より、あまりしつこくすると逆にしつこくされてしまう、椛はそれを避けるべく、文に礼を言い早々に文の自室を去ろうとした。
 そんな椛の思惑とは裏腹に、文が出し抜けに口を開いた。
「ああでも、上から〝なにもするな〟って言われてる以上、何もしない方がいいと思いますよ、私は。椛さんは隊長なんですから、なおさら気をつけないと。何より、白狼天狗程度じゃ太刀打ちできないでしょうからね。ああ、情けない。私もどっかのお嬢さまみたいに、好き勝手できればいいんですけどね」
 文は筆を走らせながら、情けない情けない、といつまでもぼやいていた。
 部屋を去る際、椛はなんとなく文の原稿に書かれた〝見出し〟が目についた。見出しには、
『またまた里で事件発生 傾向分析と対策』
 とあった。
 部屋に戻り、文の助言に沿い日報を仕上げている最中、椛は文の話を思い返していた。確かに、椛は上からの〝なにもするな〟という指示に疑問を抱いていた、しかし、部隊の隊長である自分が指示に逆らい勝手な行動をとっては、部隊の仲間にまでその皺寄せが行くのではないか。椛がそのことに気付いたのは、今さっき文の忠告を受けてからのことだった。それまで椛が哨戒中に〝なにもしなかった〟のは部隊の仲間達の、
「何もしなくていいなら、それでいいじゃないか」
 という半ば投げやりかつ享楽的な雰囲気に流されていた為である。文に言われるまで仲間への皺寄せについて思い至らなかった自分の浅慮を、椛は少しだけ恥じた。その日椛が書き上げた日報はリテイクをくらうこともなく受理され、椛は来たる哨戒任務に備え、早めに床についた。

 明くる日、椛は意気揚々と哨戒に当たった。椛は久しぶりに隊長という立場を利用し、先輩風を吹かせていた。隊長然として、
「何が見えてもなにもすることはないぞ」
 と揚々と語る椛に隊員達は引いていた。元々、椛が隊長というのも、他の隊員が椛の穏和さにつけ込んで押し付けた為だった。白狼天狗達は珍しく面倒な雰囲気を放つ椛をたしなめながらその日の哨戒を終えた。
 この日の日報を書き終えた椛は、寮の食堂にて、今日発刊された〝文々。新聞〟に目を通している。周りでは同じく哨戒を終えた白狼天狗達がやいのやいのと騒ぎ立てている。
「や、連日の任務は楽でいいな」
「酒はもうないのか」
「今日も里で事件があったらしいな」
「山でもあったよ。誰の仕業なのかしら」
「給与が少なすぎるんだよ。校閲部のやつらなんて、何もしてないくせにさ」
 哨戒を終えたあとの食堂はいつもこんな調子だった。椛はそんな中で黙々と新聞を読み進める。見出しは昨夜文の部屋で見た通り、
『またまた里で事件発生 傾向分析と対策』
 というものだった。
『連日里を賑わせている怪事件。見慣れた友人や仕事道具が正体不明の化け物や出所不明の珍奇な物に見えてくる、それがこの事件の大まかな概要である。筆者はこれを一種の集団催眠と考える。さて、ここで重要なのが、催眠にかかり、幻覚が見え始めたときの対処法である。見慣れた友人が化け物に映り、取り乱して礫を投げた結果、その後ちょっとした諍いが起きたという例をよく耳にする。はたまた自宅の家具に齧り付いてしまい歯が欠けた、なんていうのも耳にした。筆者の考えるそれらへの対処はずばり〝なにもしない〟ことである。もし目の前のものが異質な何かに姿を変えたとしても、落ち着いて、なにもしなければなんということはない。数刻経てばその催眠からは覚めることだろう』
 新聞には凡そこんな事が書き連ねられていた。椛にとって、事件が山だけではなく里でも連日発生しているという事実は意外だった。しかし、椛にとって最も意外に思えたのは、山で起きた事件については、一切なにも書かれていないということだった。椛は首を傾げながら何度か記事に目を通したが、やはり山の事件については如何なる記述も見つけられなかった。そんな椛を見つけた白狼天狗が聞こし召した調子で椛に絡んだ。
「あー!椛さんが新聞読んでる」
 その白狼天狗はなにが楽しいのか、笑いながら椛を指差した。その声を聞いた他の白狼天狗達も次々に口を開く。
「だめだめ、ダメですよ椛さん。なんか今日もやる気だったみたいですけど、校閲部の指示無視したら、面倒なことになるんですから」
「そうそう。やる気出して犯人捕まえようとしたって、あんなのどうしようもないんですから」
「別段敵意あっての攻撃とも思えませんしね」
「なにもしないことが今の私たちに出来る、出来る限りなんですよ」
「その通り!出来る限り頑張ってれば、いずれ給与も上がりますよ、きっと」
 当然、椛は新聞を読んで〝なにかしよう〟と考えたわけではなかった。しかし酔っ払った部隊の仲間達は、愚痴っぽく絡めれば何だっていいのだろう。白狼天狗達の酔宴は、全員が眠気にやられるまで続いた。椛も仲間達に呑まされ、気付けばそのまま食堂にて眠りに落ちた。

 それから数日後、椛はいつも通りに哨戒中の〝幻覚〟をやりすごし、日報を提出しようと校閲部に向かっていた。校閲部の前まで着くと、扉の向こうから何やら怒号が響いていた。どうやら校閲に引っかかった者がいるようで、その者と校閲部の天狗とが口論になっている様子だった。ああ、不味い時に来てしまった。椛が出直そうと考えた踵を返すと、背後の扉が勢いよく開かれた。振り返ると、そこには姫海棠はたてが憤懣遣る方無いといった具合に立っていた。
「ああ椛じゃない、聞いてた?」
 椛ははたての問いかけに、思わず、いえ、聞いてません。と答えた。椛の返答を聞いたはたては、そ。と短く答え、さっさと歩いていってしまった。ああ、咄嗟に嘘をついてしまったぞ。椛には先の口論の内容が微かながらに聞こえていたのだ。椛の不器用な穏和さが、椛に咄嗟の嘘をつかせた。そして、椛の真面目さが、椛にそれを後悔させた。謝りに行くべきだろうか、考え込んでいると、椛の耳に八つ当たりめいた怒号が響いた。
「犬走、日報を提出しに来たんだろう。早くしないか」
 椛は慌てて校閲部の扉を潜るのだった。

 日報の提出を終えた椛は食堂でちょっとした食事を摂り、姫海棠はたての家の前まで来ていた。姫海棠はたては寮の離れの小ぢんまりとした家屋に住んでいた。通常、山に所属する天狗は寮での生活を強制されるのが規則だった。しかし、姫海棠はたてはその例から外れ、寮の離れに自室を持っていた。はたてが何故こうも特別な待遇なのか、椛は文やはたてと交流する最中に断片的ながらもその理由を察していた。戸の前に立ち、はたて宅を見上げる椛の脳裏には、先日、去り際に文の放った一言が浮かんだ。しかし、椛はすぐにそれをかき消して、はたて宅の戸を叩いた。
 戸の向こうから、はーい、と気怠そうな返事とともに、ドタドタとした音が響く。程なくして、戸が開いた。
「ああ椛じゃない。どしたの?」
 椛は先程校閲部の前で嘘をついてしまったことを白状し、それを謝罪した。大変申し訳なさそうに謝罪する椛に対して、はたては驚いたような呆れたような感を抱いた。
「別に、気にしないでいいのに。聞かれて困るものでもないしね。ああ、そうだ。椛も〝検閲部〟にだいぶいびられてるみたいじゃない。なんだっけ。そうだ、確か〝なにもするな〟とかなんとか。ま、いいわ。とりあえず上がっていったら?」
 椛は言われるがままに敷居を跨いだ。はたての部屋はこれまた汚かった。世のネタが増えると部屋を汚すのは天狗の記者の習性なのかもしれない。そんな部屋の中、椛が部屋に設置されたこれ見よがしな〝客人用の椅子〟に座らずそわそわしていると、はたては、
「座ったらいいじゃない」
 と、お茶と茶菓子をテーブルの上に用意して、椛をたしなめた。椛は照れたように笑いながらようやっと腰を下ろしたが、用意されたお茶が一人分しか存在しないことに気付き、また少しそわそわし始めた。はたてはそんな椛の様子には頓着せず、原稿に向かうのだった。
 恐らく、校閲に引っかかって書き直しを命じられたのだろう。そう考え、椛ははたてに同情を投げかけた。
「え?ああいやいや、今書いてるのは次の分よ。さっきのはそのまま印刷するわ」
 はたての返答は椛にとって意外なものだった。校閲に引っかかってないのなら、どうしてはたては校閲部の天狗と口論などしていたのだろう。椛ははたてに尋ねた。
「そりゃ、検閲には引っかかったわよ。でも、印刷の連中はそんなこと気にせず印刷してくれるのよ。知ってる?納品が遅れたときの連中の嫌な顔。ま、印刷部も印刷部で、今日の仕事を終えるために必死なのよね。それに、校閲部に持っていくのは〝規則〟だから、従ってやってるってわけ。目的は嫌がらせだけど」
 頻度で言えば稀だが、姫海棠はたての発刊する〝花果子念報〟は、過激と評される〝文々。新聞〟の〝それ〟より過激な記事を掲載することがあった。その都度山の中でちょっとした騒ぎになる。ともすれば、校閲部の前で聞いたあの怒号は、そういうことなのだろうな、と椛は思った。
「いやー今回も相当怒ってたわね、校閲部。この記事が上に読まれたらどうするんだ、なんて言ってさ。どうするもこうするもないわよ、ねえ?ああそうだ、良かったらさっきの原稿、読んでもいいわよ。あはは、椛達の悪口も書いてあるんだから」
 そう言って、はたては問題の原稿をテーブルの上に放り投げた。椛は恐る恐るその原稿を手に取り、見出しに目をやった。
『山の怪事件!哨戒部隊の醜態』
 見出しの通り、原稿の至る所に哨戒部隊の醜態を収めた写真が貼ってあった。木の幹にかじりつく白狼天狗、仲間に飛びかかる白狼天狗、仲間に追われ必死の形相で逃げる白狼天狗等々、椛は記事には目もくれず、そうした写真を見やっては、慌てて写真の出所を尋ねた。
「私が撮ったんじゃないってば。私はどっかの誰かが撮ったものを念写しただけ。それに、そもそも哨戒部隊が弛んでるのがいけないんでしょうが」
 椛はなにも言い返せなかった。椛は写真の白狼天狗達の慌てっぷりを鑑みて、写真は恐らく山で最初に事件が起きた日のものだろうと確信した。山で初めて事件が起きた日は非番だった椛だが、それでも哨戒部隊の弛みの原因は隊長である自分にあるような気がして、やはり何も言えなかった。何よりも、写真の中の白狼天狗達の無様なまでの慌てっぷりが、椛を閉口させたのだった。
「あはは、冗談よ。それに、椛はその日非番だったんでしょう?どの写真にも写ってなかったし。それより、大事なのは写真じゃなくて記事よ、記事」
 椛はやおら震えながら記事に目を落とした。しかし、白狼天狗達の〝オフショット〟の衝撃が抜けきらない椛の頭に、細かい文字がすっと入っていくことはなかった。一旦落ち着こうと、椛が茶の注がれた湯呑みに手を伸ばした、その時だった。
 震える椛の手が湯呑みを掴むことはなく、湯呑みは勢いよく原稿の上に倒れ込んだ。原稿へと、湯呑みから威勢良く茶が注がれていく。はたては卒倒した。はたての意識が薄らいでいくと同時に、原稿の上のインクも解けていった。程なくして、はたては意識を手放し、原稿はふやけた。湯呑みに伸ばした椛の手は、いつまでも震えていた。  

 それから数日経っても事件が収まることはなかった。哨戒部隊はもはや幻覚に慣れた様子で、仲間内で〝わたし、今日は何に見える?〟などと言い合っていた。椛もそれに参加しないでもなかったが、椛はなんとなく気が引けた様子で、哨戒の最中、いつもぼんやりと遠くを見つめていた。事件の収まることのないまま、とうとう椛に非番の日が回ってきた。休日、椛は大抵友人のところへ遊びに出かける。山で事件さえ起きていなければ今回もそのようにしただろう。しかし、事件を放っぽり出して悠々と遊びに出かけるのは如何なものか、という考えが、椛を小ざっぱりした何もない自室に縛り付けた。
 椛はなんとはなしに、自室を眺める。備え付けの机、備え付けの食卓、備え付けの布団。机の上には支給された筆記用具の類が整然と置かれている。椛が自身で用意したものといえば、シーツと枕くらいなものだった。窓の外を見やり、ふと考える。仕事のこと、哨戒部隊の仲間達のこと、事件のこと。里でも起こる連日の事件の犯人について、椛は心当たりがあった。誰か、というのは分からなかったが、何時に何処に現れて、集団催眠をかけるのか。その手法についてはさっぱり分からなかったが、出現するおおよその時刻と場所は既に持ち前の能力で把握出来ていた。やろうと思えば、先回りして、待ち伏せすることも出来るだろう。
 先日の食堂でのことを思い返す。哨戒部隊の仲間の放った言葉、なにもしないことが、今の私たちの出来る限り。果たして本当にそうなのだろうか。山で事件が起きて、校閲が厳しくなったとしても、文さんとはたてさんは、部屋の掃除も忘れて新聞を書いている。椛は再度、自室を見渡してみる。部屋はやはり、小ざっぱりとしていた。椛は悪戯に、机の中をひっくり返してみたり、布団をぐちゃぐちゃにしてみたりして、部屋を散らかした。それでも、部屋は依然として、小ざっぱりとしていたし、退屈から抜け出すこともできなかった。椛は、後ろ髪を引かれる思いもしたが、仕方なく、外に出て気晴らしすることにした。

「ええと。じゃあ、3二金打」
 椛は友人である河城にとりの工房にて、にとりと将棋を指していた。にとりから、やろう、と始まった将棋だったが、当のにとりは対局が始まるやいなや機械を弄り始めてしまった。それからはチラチラと盤面に振り返りながら、椛に口頭で手を伝える始末だった。尤も、椛はそれをあまり気にしていない。縁日を二ヶ月後に控えたこの時期、にとりはいつもこんな調子で、発明に熱中することを椛は承知していたのである。そんなにとりの部屋も、やはり用途不明の機械や工具や部品やらでごった返していた。椛はにとりに次の手を尋ねるも、なかなか反応がない。椛は一間置いて、何を造っているのかを訪ねた。機械いじりに熱中している際のにとりは、殊こういった質問を聞き逃さない。
「ああ、これかい?なに、簡単なおもちゃだよ。去年はいろいろとコストが嵩んでね、今年はそれを回収しようと思ってるんだ」
 確かに、にとりの作業机の上には、可愛らしい〝カッパのおもちゃ〟が幾つか並んでいた。
「これはね、音に反応して喋るおもちゃなんだ。なにを喋らせようかはまだ決まってないけどな。なかなか子供に人気が出そうだと思わないか?あはは。まあ、この形に落ち着くまでいろいろと試作してさ、その試作に大分コストをかけちゃったから、首尾よく捌けたとしても、結局とんとんなんだよねぇ。あーあ、これなら〝偽造通貨生産ロボ〟でも造ってたらよかったな」
 椛は相槌打ちつつ、にとりに次の手を尋ねた。
「ああ、ごめんごめん。そうだな……。じゃあ、2一銀打で」
 椛が盤面を睨んでいると、にとりが何か思い出したように口を開いた。
「そういえば聞いたよ。山も大変なんだってな。なんでも、犯人はあの鵺らしいじゃないか。そりゃ、白狼天狗にゃ荷が重いよなぁ」
 椛はにとりの口からするりと飛び出た言葉に驚いた。あれから毎日かかさず山の新聞には目を通していたが、山で事件が起きたことを記事にしてる新聞は存在しなかった。山での事件を知っている哨戒部隊と校閲部、それと一部の天狗ぐらいだらう。どうしてにとりがそれを知っているのか、なにより、椛は〝犯人の鵺〟が気になった。
「え?鵺って言ったらあの、命蓮寺のぬえだよ。ああ、こないだ文が取材に来て、私はその時に聞いたんだ。でも、他の河童達にももう知れ渡ってるみたいだよ。なんでも、里で命蓮寺の連中が封獣ぬえを探し回ってるとかなんとか。それより椛、それ、もう詰みじゃないかな」
 椛はいろいろと慌てながらも盤面を見やった。すると確かに、盤面はにとりが言う通り詰んでいて、それを理解した瞬間、椛はすっと、体が脱力するのを感じたのだった。
 それから暫くの間、椛はにとり部屋に敷きっぱなしにされた布団の上でごろごろしたり、外の景色を眺めたりしていた。にとりの工房には大きな窓が在った。それは縁側に繋がっており、縁側のすぐ先には川が流れていた。そんな川沿いを、緑々とした木々が取り囲む。椛はいつも、大きな窓からそんな景色を眺めては和やかな気持ちになっていた。にとりの工房は用途不明の機械やらに埋め尽くされていたが、椛にはそれが不思議と、周りにある自然と調和を織りなしているように思えるのだった。そうして、椛がぼんやりと景色を眺めている最中も、にとりは黙々と作業を続けている。静かな空間に、カチャカチャと、作業の音だけが浮かんでいた。
 椛は、そんな音を聞いているうちに、にとりに或る事を尋ねたくなった。それはまるっきりなんとなくの思いつきだったが、気付けば椛はにとりに問いかけていた。
「なんで機械を造るのか?うーん、そうだなぁ。まあ、やっぱり河童に生まれたからっていうのもあるけど、一番は、私にこれが出来るから、かな。そりゃもちろん、他のことだってやろうと思えば出来るんだろうけどさ、でも、それを始めちゃうと、今出来ることが出来なくなっちゃうだろ?ああ、うん。時間の問題もあるんだけど、そうじゃなくて。出来なくなっちゃいそう、というかだな。とにかく、それが嫌なんだよ。今出来ることが出来なくなるのは、嫌だな、やっぱり」
「じゃあさ、椛も教えてよ。椛はどうして哨戒やってるのさ」
 ……。
「ふうん、そっか。ま、いいんじゃないか」

 寮に帰ってきた椛は、外へ出る前に散らかした部屋を片付けた。忽ち部屋はより小ざっぱりとして、椛はそれを眺めて満足気に微笑んだ。帰途、里で件のぬえを探す命蓮寺の一行を見かけたことも、椛の満足気な微笑みに助力した。椛が食堂へと赴いた頃には、ちょうど今日の哨戒を終えた哨戒部隊がちらちら帰ってきてる様子で、食堂はいつも通りに騒がしかった。
「おい聞いたかよ。校閲部のやつら、今度は〝犯人を捕まえろ〟なんて言ってさ。何考えてんだか」
「聞いたところによれば犯人ってあの鵺だろう?あんな大妖怪、私達に捕まえられるはずないじゃないか」
「どうせ新聞の売れ行きが怪しくなってきたから、私達にネタ作らせようってんだろ」
「うちの隊長なんか、放っておけばいい物を、なんだか息巻いててさ」
「ああ、うちもうちも。犯人なんか一回も見たことすらないのに、捕まえるぞ!なんて言って」
「結局、下は上の意向に引っ掻き回されるのが世の常なんだなぁ。あーやだやだ」
「まあ、やると決まったからには、出来る限りやるけどさ」
 この日、椛は珍しく自分から酒を飲んだ。帰ってきた椛の部隊の仲間達がそれを見つけると、やいのやいのと一緒になってはしゃいだ。明日の意気込みなどを皆で喚き散らしては歌った。椛も柄に似合わず、アルコールに溺れながらも、明日はやるぞ、やってやるぞ、と息巻いていたが、そのうちみんな眠たくなって、そのまま、食堂で眠った。

 その翌々日、
『犯人は封獣ぬえ 哀れ山の哨戒部隊』
 という見出しの新聞が発刊されたが、売れ行きはさほど芳しくなかった。
 しかし、さらに翌日に発刊された、
『里の怪事件これにて終結!お手柄!博麗の巫女』
 という見出しの記事は、それは飛ぶように売れたという話だ。
カピカピになった原稿
『さて、昨今巷を騒がせているこの事件だが、実は妖怪の山でも同様の事件が起きた。写真の通り、山の哨戒部隊は無様にも〝集団催眠〟に翻弄され、無様にも醜態を晒している。(木の幹に齧り付く白狼天狗の写真)この騒動があってから、山の上部が哨戒部隊に下した指令は〝なにもするな〟というものだった。それからというもの、哨戒部隊はご覧の通り、ひねもす暇を持て余している次第だ。(白狼天狗達があくびやら与太話やらをしている様子を収めた写真)さて、ここで問題になってくるのは哨戒部隊の無気力さではない。確かに彼等は哨戒という業務の最中あくびをし、与太話に花を咲かせ、終いには将棋を指し始める。しかし、何が彼等にそうさせたのか。当然、上部の〝なにもするな〟という指示である。何故山の上層部が本来治安維持のために設立された哨戒部隊にそんな指示を下したのか。山の上層部は恐れたのだ。哨戒部隊が犯人に敗れ、その事実を何らかの手段で吹聴されることを。しかし、私の考えるところによれば、理由はもう一つ存在する。時に、山という組織に属し、新聞を書くにあたって、校閲というものが存在する。私も校閲にはさんざいじめられる日々を過ごしている。さてこの校閲部だが、実を言うとこの校閲部こそが、哨戒部隊に例の指示を出した直属の部署なのだ。どうして〝校閲部〟なんて部署が哨戒部隊の実権までをも握っているのか。その理由は、まさに我々の発刊する新聞にある。組織にとって新聞は有用な広告塔であり、優秀な収入源なのだ。そんな理由から、校閲部は組織の中でどんどん出世を始め、終いには哨戒部隊の実権を握るまでになった。そうしていつしか、校閲部の業務には〝哨戒部隊の日報の校閲〟が追加された。斯くして日報は校閲部の〝検閲〟を経て上層部に提出される運びとなった。そうして今回の事件である。聞くところによると、事件が起きてからというもの、各部隊長が日報を提出するとやたらに〝リテイク〟を強要されるようになったという。これはもちろん、校閲部が哨戒部隊の醜態を隠匿するためだろう。何故校閲部は哨戒部隊の醜態を隠匿する必要があったのか、それはずばり発行部数の為である。哨戒部隊の醜態が日報により上層部に知られた場合、メンツにうるさい上層部はなんとしても〝山の手柄〟を得るべく、連日続くこの事件の収束に尽力することだろう。しかしそうなっては校閲部は困るのだ。連日の事件により、昨今山の印刷所は大わらわになっている。しかしそれは、事件が終われば多少の落ち着きを取り戻すことだろう。そうなっては困るのが校閲部だ。要するに、校閲部は発行部数の為に哨戒部隊を利用し、あまつさえ情報を隠蔽し、私腹を肥やそうというのである。ありのままの出来事をありのままに伝えずに、なにがジャーナリズムと言えようか。形骸化する組織と、組織に言われるがままの記事を書く記者連中に警鐘を唱えるべく、私はこの記事を掲載することを決めた。この記事が清く正しいジャーナリズムの在り方の指針になることを祈るのみである。(以下、白狼天狗達の〝オフショット〟)
記者:姫海棠はたて 写真提供:射命丸文』

なにかごちゃごちゃな感じに仕上がりましたが、自分の好みの話になったので、自分は嬉しいです。
はたてが山のお偉方の親族って二次設定すきです
以上です。
最後までお読みいただきありがとうございました。
精進します。

追記
文の言う、情けない、は山の事件に気づいておきながらギリギリの立場上それを記事にできない自分に対しても言ってます
はたての原稿はそんな文に対する一種のラブレター的なあれかもれません
コメントで指摘頂いた通り全体的にごちゃっとして主題が分かりづらいですね!なんとなく、みんな出来る範囲で出来る限り頑張ってるって話を書きたかったんです
以上です
kodai
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コメント



0.250簡易評価
2.60名前が無い程度の能力削除
んー?
話はわかるけど、書きたい事が自分にはちょっと良く分かんなかった
山の天狗はそれぞれが自分の利益で動いててやだねぇってはたてと文が風刺をてがける事自体がテーマ、なのか?
4.70奇声を発する程度の能力削除
楽しめました
5.80TAMAAAGO削除
良かったです。

6.90名前が無い程度の能力削除
みんなそれぞれに頑張ってんなぁ
良くも悪くも”人間臭い”天狗たちの姿が良かったです
7.90創想話好き削除
洒落が効いててによによしながら読めた。何とはなしに描かれる文やはたてが因子として組み込まれていて、物語の締めとして天狗社会を浮かび上がらせるのが憎いね。椛は狂言回しか。必要以上に主観(主体?)を介在させない手法として、台詞を持たせなかったのは効果的だった。このお話には"落ち"としての後書きがあるのだけど、私達にとってシャレでないところなんかもうブラックジョーク。うん、笑ったわ。

良い文章でした
読点の打ち方が全体的に多く感じたが、どうだろうそこは好みもあるかも
はたてが天魔の隠し子な話はここでも読んだ事あるなー(ついでに言うと天魔は幼女)
8.80名前が無い程度の能力削除
この椛の不器用な性質の描写好きです。
荒く研がれた鉛筆がすごく自然にイメージ結びつきます。
9.90名前が無い程度の能力削除
好みの文章でした
11.100南条削除
面白かったです
何もするな、という指示に最初は上層部からの理不尽さを感じていたのですが、事態を理解すると案外妥当な指示だったのではと思わせるところがすごいと思いました