Coolier - 新生・東方創想話

あなたがわたしにくれたもの

2018/07/09 07:09:11
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 やさしい日差し。心地よいそよ風。瞳の中いっぱいに映る桜の花が、この季節の訪れを自然と感じさせる。
 眠ってしまいそうな春の陽気に包まれながら、私――射命丸文は新たなネタを求め、幻想郷の空をさまよっていた。

 あくびが出るほど平和な今日この頃。おかげで新聞に載せられそうな出来事がまるでない。
 取材しても聞こえてくるのは「一日桜を見ながらお茶を飲んでいた」とか「日向ぼっこしてたら夕方になっていた」とか、その程度の話ばかり。退屈で仕方がない。
 ネタがなければ、自分で作るのが私のポリシー……なのだが、膨らませられるような話も聞こえてこないから困ったものだ。

 次はどこに向かおうか。昨日までの訪問先を思い出して、まだ訪れていない場所を見直す。吸血鬼の住処もダメ、宇宙人の診療所もダメ、人里も寺もダメだった。
 残りで思いつくのは、鬼や悟り妖怪がいる旧地獄……は却下、面倒くさい。あとは彼岸、冥界、守矢神社ぐらいか。
 どこも一癖ありそうな場所ばかりで、いまの精神状態では行きたくない。そんなわがままも理由に加えると、いよいよ選択肢が限られてきた。

 いっそ諦めて、霊夢のとこで一緒にお茶でも飲もうかと、ぼんやり考える。神社で粘っていれば、いずれ面白い事件が転がり込んでくるかもしれない。問題なのは、ずっと居座らせてくれるかどうかだが……さすがに毎日は嫌がるだろうしなー。なにかおいしい食べ物を持っていって交渉しようかしら。
 あーでもない、こーでもないと悩んでいるうちに、気がつけば紅い舘の上空まで移動していた。ずっと空をさまよい続けるのも無駄な時間を過ごすだけかと思い、いよいよ神社へ向かおうとしたその時である。ふと視線を向けた先――湖のほとりに一人でいる、氷の羽を持つ妖精が目に留まった。

 思い返せば、しばらく彼女に取材をしていなかった。彼女のことだから、おそらく新聞に載せられそうな話は持っていないだろう。
 でも仮にそうだとして、手持ち無沙汰な私の暇潰しに彼女をからかうのも面白そうだ。

 私は神社に行くのを一旦止め、彼女に取材することに決めた。身体の向きをくるりと変え、捉えたシルエット目掛けて一直線に進む。
 なによりも面白い存在である、彼女を求めて。



















 あなたがわたしにくれたもの



















 霧の湖。やや視界が悪くなる程度の浅い霧が立ち込めていた。
 いつもどおりとはいえ、日中は霧のせいで周りは若干薄暗く、大きな湖と雑木林が広がるこの場所は、一人でいると不安になる。

 そんな場所で彼女は、水辺の近くに座り、蛙を凍らせて遊んでいた。たぶん氷の修行という名目で、今日も飽きずに凍らせたり溶かしたりを繰り返しているのだろう。
 私が彼女の近くに着地すると、彼女も私に気が付いたみたいで。
 きょとんとした彼女の顔が、みるみるうちに私を捉える表情に変わっていった。

「あー! ブンブンだー!!」

 誰にでも聞こえるくらいの大声で、彼女は凍った蛙を投げ出して。それから、パタパタパタパタと足音を立てながら、私のもとまで駆け寄ってきた。なにもそんな焦ることじゃないだろうに。

「お久しぶりです。チルノさん」

 彼女はチルノ。私の数ある交友関係の中でも、取材に関してはとても積極的に受けてくれている妖精さんだ。
 なぜこんなにも積極的に受けてくれているのか、その理由はよくわかっていないが、取材を嫌がる人妖も少なくない中で、彼女からは話が聞きやすくて助かっている。
 一つだけわがままを言うのであれば、蛙と妖精に分類されるもの以外の話題も仕入れてほしいところではあるが……そこはご愛嬌ということで。

「あや! もしかして取材しきたの!?」
「そのとおり。少し取材させてくださいな」
「おー! なんでも聞いていいぞ!」

 彼女は目を輝かせ、待ってましたと言わんばかりだ。
 いつ頼んでもスムーズに取材できるから、こちらとしても非常にやり易い。どこぞの巫女も見習ってほしいものだ。 

 こころよく取材に協力すると告げてくれた彼女にお礼を言って、私は肩掛けのバッグから愛用のペンと手帖と取り出す。ペンを片手でくるりと一回転させて、手帖を開けば準備完了だ。

「それでは何かお話を聞かせていただきたいのですが」

 私が取材の合図をすると、彼女は腰に手を当てて、得意げそうに話始めた。

「ふっふーん、聞いて驚きなさい。蛙を死なせずに十回も連続で氷漬けすることに成功したわ! すごいでしょ!」

 まるでこれは偉業だぞと、彼女の顔から滲み出ているのだが……凄さがいまいち分からなかった。なんせ蛙を凍らせたことなぞ、一度ないものだから、実際すごくても私には分からない。
 でも、ここで本音を言ってしまうと彼女は膨れてしまうので、落ち着いて以前聞いた記録を手帖から探す。これで上達具合はなんとなく分かるだろう。
 えーっと……この前は五回連続で成功したと言っていたらしい。今回はその二倍。ふむ、かなり上達しているみたいだ。とりあえず誉めておこう。

「おー、すごーい。さすがチルノさんですね~」
「でしょ!でしょ!! 頭を撫でても良いわよ!」

 彼女はあくまで平然をよそおい、すすすっと、私の手が届きやすい距離まで近づいてきた。ちらちらと上目遣いで私の様子を伺っている。まるでなにかを期待しているかのように。
 ……あー、これは撫でろというやつかしらね。そういえば、この前やらなかった時、彼女拗ねてたな。今日は素直に従うとしよう。
 若干ウェーブのかかった柔らかい髪を、つむじから耳もと辺りまでゆっくりと撫でる。なるべくやさしく丁寧に。
 それが希望どおりだったのか、彼女は照れた笑顔で私に返してくれた。うーん、あざといなー。

 彼女の幸せそうな姿を見ていたら、私もいつの間にか、顔がにやけちゃっていて。
 鋭い彼女は、私の変化にすぐ気がついた。

「なによその顔はー」
「いやぁ、なんだか子供みたいで可愛いなと」
「あたい子どもじゃないもん!」

 そんなことを言うから、余計子供にしかみえない。別に嫌がるところじゃないと思うんだけどなー。むしろずっと子供のままでいてほしい、とか思っちゃったり。

「でも、甘いお菓子は大好きでしょ?」
「大好き!!」

 ほら、やっぱり子供じゃないか。私は少し安心した。


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 その後もいくつかの話を彼女から聞いた。予想どおり記事には出来なさそうな話ばかりだったが、なんとか頑張ればコラムぐらいにはなりそうだ。
 ひとまず彼女から聞いた話を手帖に書き記す。ちょっとした話題であっても、まめにメモを取っておくのが重要なのだ。

 作業が終わるまで暇そうにしていた彼女は、ついに待ちきれなくなったのか、手帖の中身を覗こうと私の背中にしがみついてきた。ひんやりとした冷気が、妙に心地よい。
 じっと私の作業を見つめていた彼女だったが、しばらくしてから耳もとで、くすぐったく呟いてきた。

「あやー」
「うん? なんでしょう?」
「いつも取材してくれるのはいいんだけどさ、もっと記事にしてよ~。どうせ、いま何も載せることないんでしょ?」
「確かにそうですけど……ん~……」

 手帖に書き記した内容を改めて見返す。
 蛙の氷漬けに、妖精かくれんぼ大会優勝、三妖精との弾幕勝負は激戦の末に勝利、えとせとら、えとせとら……。
 紅魔館ならわずかに需要があるかもしれないが、それでも記事にするのは少々ニッチ過ぎるだろう。妖精のことを気にする物好きなんて、そう居るわけでもないだろうし。

「いやー、今日聞いた話ではどれも厳しいですねぇ」
「え~。あやのけち~」
「失敬な。これでも記事にできるかどうか、ちゃんと考えているのよ?」
「でも載せてくれないんでしょー。それじゃ意味ないよー。
 どんなことしたら取り上げてくれるのよ~」

 彼女は器用なことに、背中から胸まで這って動いて、むすっとした顔を私に見せる。頬を膨らませている様子は、まるでハムスターのようだ。そのいじらしい姿を見て、思わず笑いが飛び出そうになる。彼女の仕草は、一つ一つが言葉では簡単に表せない魅力を持っていて。ついつい彼女をいじりたくなる気持ちがうずく。
 この誘惑に自然と作業する手も止まってしまったが、なんとかそそのかされずに振り払う。
 けれども、いまの状態が続くと、とてもじゃないが作業に集中できないので、彼女を両手で掴んで地面に降すことにした。

「はいはい。そんなに拗ねないの」
「ぶーっ」

 意外にも、じたばたと抵抗することはなかったが、それでもまだ膨れっ面のまま、かわいらしい瞳で私をにらみつけていた。
 ああ、なんてこと。一度は耐えた誘惑も続けられると、この機を逃すなと胸の中の声が大きくなって。
 ついに衝動が押さえられなくなった私は、少しだけ、と都合のよい神に誓って彼女をからかうことにした。

「どうしても新聞に載りたいですか?」
「載りたい!!」
「じゃあ、あれをやってくれたら載せますよ」
「あれってなにさ?」
「あなたが大ガマに負けて、丸呑みされるやつです」
「ちょっと!? なんで私が大ガマに食べられないといけないのよ!? あれは見せ物じゃないってばー!」
「おやおや、そうなんですか? 私はてっきり、あなたの持ちネタ一発芸だと思っていたのですが」
「うきーっ! そんなわけないでしょー!!」

 両手をばたばたデタラメに動かして、怒り……らしきものを表現している。しかし、彼女には悪いが全然こわくない。むしろ怒りをまったく表現できていないところが面白く、再び笑いをこらえるが、もうだめ。限界みたいだ。

「ぷっ、あははっ、はははははっ! 冗談ですよ冗談っ!」
「もーっ! あやのばかー!!」

 我ながら悪い癖が出てしまったなと感じているが、やっぱり彼女をからかうのは楽しくて。これからも当分は飽きないだろうなと思う。だって、いつだってよい反応をしてくれるのだ。こちらもからかい甲斐があるというもの。彼女が私を楽しくさせる逸材なのは間違いない。



 長く続いた笑いがあらかた落ち着いたところで、私は一つひらめいた。
 彼女でも記事に載せられそうな、思いつきの条件を。試してみる価値はありそうだと感じたので、さっそく提案することにした。

「記事になりたいとのことですが、こういったのはどうでしょうか? なにか面白そうなものを見つけてくる、とか」
「むーっ。面白そうなものってなにさ」
「たとえば……外の世界の機械とか、空飛ぶ絨毯とか、不思議な効力のある薬草とか、はたまた世界を飲み込むマジックアイテムとか!
 とにかく、貴重、珍妙、逸品的なものを見つけていただければ結構です」

 つまり彼女は発見者となって記事に取り上げられる、ということだ。なにか偉業を成し遂げたり、事件を起こしたり、知識を披露したりする必要もない。けれどそのインパクトは、ただの行動よりも大きく、人の目によく映る。彼女の場合、他の手段よりは簡単なはずだ。

 肝心なのは、彼女が発見する物だが……大目に見ることにしようと思っている。短期間で探せるものなんて知れているし、多少誇張して無理やり記事にすればよいだろう。
 さすがに蛙の氷漬けとか持ってこられたら困るけど。

 彼女は少しの間「うー」と唸っていたが、考えがまとまったのか、私に向かい合う。

「よし! じゃあ明日までに用意するから記事にしてよね!」

 彼女は声高らかに宣言した。
 明日までとは、なかなか難しいことに挑戦するようだ。

「なにか当てでもあるのですか?」
「んー、ない!!」
「あらら」

 ないのか。……どうしよう、すごく不安になってきた。

「本当に大丈夫ですか? 別に3日ぐらいは待ちますけど」
「いーや!大丈夫だって! それくらいすぐに見つかるよ!」

 彼女は自信満々な表情で、にかりと笑う。

「期待して待っててよね!」

 先への不安が一切ない笑顔で言われると、私もなんだか本当に彼女なら大丈夫だと感じちゃって。ならば彼女の言うとおりにしようと決めた。

「じゃあ期待してお待ちしてますよ。チルノさん」
「おう、また明日な!」

 彼女と別れた後、遠目ながらに見た彼女はどうやら森の方角へ向かったようだ。
 あとは彼女がなにか見つけられるのを祈るばかりだ。あわよくばそれを記事にできればお互い儲け。もし見つけられなかったら……それをネタに彼女をからかうとしますか。

 さて、私は少し疲れたし、霊夢のところでお茶でも出してもらって一服といきましょうかね。お茶が私を呼んでるわー。



















 ◇ ◇ ◆ ◇  ◆ ◆ ◇ ◇  ◇ ◆ ◇ ◆



















 翌朝。小鳥がさえずり、太陽が登ってきたことを伝えてくれた。
 今日も雲ひとつ無い快晴の空。お出かけするには絶好の日和だ。
 まさに爽やかな一日のはじまりと言いたいのだが、あいにくの私といえば、彼女の件で喉に小骨がささったような不安に煽られていた。

 昨日は大丈夫と思ってあの条件を承諾したが、いまになって心配になってきたのである。
 実際に物を見つけてくれているかどうかは、別にどうでもよい。ただ見つけられなくて泣いてたり、いじけてたりしたらどうしようという不安。彼女に限ってそんなことあり得ないと理解しているものの、つい考えてしまう。

 皆は誤解しがちだが、ああ見えても彼女は繊細な心の持ち主であることを私は知っている。だからこそ心配なのだ。
 どこからか、そんなことなら昨日みたくからかうのも止めろよと聞こえるが、それはまた別の問題。しばらくは保留の案件である。

 頭の中はずっとその事を考えていたが、身体はてきぱきと身支度を進めていて。はっと気づくと、あとは扉を開けて外へ出るだけとなっていた。
 朝から色んなことを考えたけれど、物事はなるようにしかならないし、彼女を信じるのが一番気楽だろう。
 扉を開けて、背中の翼を広げる。目的地は当然、霧の湖へ。
 さあ、今日も良い日でありますように。


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 朝方だからか、湖は昨日より視界が透き通っていた。
 そのおかげか、到着してすぐに彼女は見つかった。向こうもすぐ気がついたみたいで。

「出たな! 妖怪カラス天狗!」

 私を指差して、言い放った。
 昨日と変わらず元気な様子で何よりだ。いろいろ心配したけれど、やっぱり彼女を信じるのが一番みたいだ。ひとまず安心する。

「こんにちは、チルノさん」
「ちゃんとあやが気に入りそうなものを見つけてきたよ!」

 驚くべきことに、彼女はちゃんと宣言どおり何か見つけてきたみたいだ。
 わずかに私の期待と関心が高まる。

「おお! それはそれは。よくこんな短期間で見つけましたね」
「ふふん。ま、あたいにかかれば、つちのこさいさいってやつよ!」

 お茶の子ね、と心の中で突っ込むが、指摘するとせっかくのお披露目会が延期になる可能性があるのでやめておく。

「さっそく見せてくださいな」
「もちろん!」

 彼女は意気揚々とスカートのポケットに手を入れた。
 ポケットに入れられるサイズから推測されるのは、草花や石といった小物の類いだろう。となると、単純に綺麗なものだから、またはそれに近い理由で拾ってきた可能性が高い。
 そこから記事のネタに発展するのは少々苦労しそうだ。と、ここまで推測するのはよかったが、彼女が私に差し出してきたものは――

「じゃじゃーん! どう? きれいでしょ、このキノコ!」

 ――とんでもなく気味の悪いキノコだった。

 見た目は原色に近い黄緑の舞茸といったところか。本能的に食べられない、というか食べたくない色だ。そもそも素手で触ってもいいのかすら怪しい。
 そしてなによりも気持ち悪いのは、キノコ全体にできている細かなイボらしきぶつぶつ。まさに気持ち悪い系キノコを代表する色と見た目が合わさって、その凶悪さを加速させている。

「え、えっと……一体どこで入手したんですか?」
「森で見つけたの。きれいだったし、かわいいでしょ?」
「あはは……そ、そうですね……」
「本当はもっとたくさんあったから、全部持ってきたかったけど」
「いや一つで十分です」

 なんだろう。これが巷に聞くキモかわいいというやつなのか。ちょっとわたしには無理かな……。

「どうよー。これなら文句なしに記事にしてもらえるよね?」
「えっと、申し訳ないですけど、見た目の点数は最低点です」
「なっ!? で、でもよくみて、こんなにぶよぶよしてて面白いし」

 指でツンツンと突っついて、このキノコの魅力を紹介しているが、私の評価はどんどんマイナスに傾いている。
 そして私が下した最終判定は――

「不合格!!」
「なんで!?」

 なんでもくそもない。生理的に無理なものは無理なのだ。こればかりは嘘をつきたくない。
 そもそもだが、このキノコを一面にしたところで新聞には映えないし、ついに気がふれたのかと問い合わせがくることだろう。
 しかし彼女が納得してくれるかというと、それはまた別の話で……

「ぐすん……せっかくあやが喜ぶと思って持ってきたのに……」
「うぐっ」

 潤んだ瞳でこちらを見つめてくる。そんなことをされると私の中の良心が痛む。でも現状だけだと、とても合格にはできないしなー。うーん……。
 なるべく私としての及第点を下げずに、彼女の頑張りを無駄にしない方向で考えるが、結局このキノコのことがわからないと話にならないわけで。
 考えて出た結論は見た目という観点ではなく、その効能に焦点を当てるということ。味……は間違いなくまずいだろうが、なにか特殊な効果があるかもしれない。これなら記事なる可能性はありそうだし、それなりに上出来な妥協案だろう。さすが私、天才かも。

「――よし、わかりました。じゃあ、ちょっとそのキノコについて調べてみましょう。それで、もしすごいキノコだったら合格にしてあげます」
「やったー! あや大好き!」

 すると、先ほどの落ち込みはどこへやら。彼女は万歳をして、はしゃいでいる。あれ、もしかして嵌められた?……まあいい、かわいいから良しとしよう。
 ともかくこのキノコについて調べることになったのだが……私は詳しくないので、餅は餅屋。この手に詳しそうな黒白魔法使いに聞いてみるとしますかね。


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「と、いうことで鑑定をお願いします!」
「おいおい。唐突だな」

 場所は博麗神社。
 自称普通の魔法使いらしい霧雨魔理沙……と、この神社の巫女である博麗霊夢。二人は縁側でお茶をいっしよに飲んでいた。
 キノコのことは専門家?である魔理沙に聞けば早いと思った次第である。

 それで魔理沙に会うために困ったのは、その居場所。
 神社か、図書館か、はたまた別の場所か……悩んだ挙げ句、半ば運試しでここを当たってみたが、どうやら勘は的中したみたいだ。
 
 私は取材モードで、二人の前に陣取った。
 ちなみにチルノさんは、霊夢のリボンをいじることに熱中しているようだ。そのせいか霊夢は足に肘をついて、不機嫌そうな顔で指をとんとんと叩いている。

「それで? 文が魔理沙を目当てに来たのはわかるけど、この妖精は何のおまけ?」
「チルノさんは今回のキノコを発見した張本人、兼協力者です。誰かさんとは違って、私のネタ探しを一生懸命手伝ってくれているわ」
「あっそ。――ええい! いいかげんリボンから離れろ! このおバカ!」
「あたいはバカじゃないー!」
「ちょっと!引っ張るんじゃないわよ! そんなにリボン触りたいなら、あんたもしてるでしょ! そっち触っとれ!」
「やだーっ!」

 あっちへぐいぐい、こっちへぐいぐい。赤いリボンがあらゆる方向に移動している光景を見て苦笑する。
 魔理沙も面白そうに、二人のやり取りを眺めていた。

「あいかわらず霊夢は妖精たちに懐かれやすいな」
「あなたも大概ですけどね」
「そういうお前もだろ?」
「違いないですね」

 ははは、と魔理沙と笑い合っていたが、ついに霊夢が懐から札を取り出すのを見て、慌てて止めに入り、真面目な話ができたのはその数分後となった。


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「で、どのキノコを鑑定してほしいんだ?」
「あ、えっとチルノさん、こっち持ってきて」
「わかったー」

 彼女はパタパタとこちらへ近づいて、ポケットから例のキノコを取り出し、魔理沙へ渡した。
 すると霊夢がそれを見るなり、顔を引きつらせる。

「うげっ。気持ち悪いキノコねぇそれ。あんた、よくそれをポケットの中に入れたわね」
「むーっ。かわいいの間違いでしょ! これの良さがわからないなんて、まだまだね!」
「あ゛?」
「あーもう! けんかしないでくださいよ!」

 巫女とは思えない形相で、チルノさんをにらみつける。
 彼女はそそくさと私の後ろに隠れて、小さい舌を出して挑発していた。たぶん私の近くなら安全と思っているからの行動だろうけど……チルノさん、この世には敵う相手と敵わない相手がいるのですよ……。
 そんな私たちの殺伐とした会話をよそに、魔理沙は集中して鑑定を進めていた。

「ふーむ。ほうほう」

 魔理沙はキノコを帽子の中から取り出したルーペで細部を見たり、軽く引っ張ったり、つついたりして詳細に調べ上げていた。
 その姿は、まるでキノコ博士のようだった。

「どうですか? どんなキノコかわかりますかね?」
「もちろんだぜ」

 道具を帽子にしまいながら、自信ありげに返答する。
 このキノコの正体が判明したようである。さすがは博士。

「これはな、ピクリンタケっていうキノコだな」
「「ピクリンタケ?」」

 気色悪い見た目からは想像もつかない名前だった。
 これを命名した人は少々目がおかしいのではなかろうか。

「変な名前だこと」
「それで、どんなキノコなのですか?」
「魔法の森に生えるキノコだな。外見どおり食用は無理で、主に薬品に加工して使うことが多いな」

 魔理沙は説明を続ける。

「こいつを生成してできる成分が貴重でな。色んな薬品を混ぜて生成しないとできないものが、こいつ一株ありゃ間に合っちまうんだ。
 普通の魔法使いとかにあげると、とっても有難がられるぜ」
「は、はぁ。そうなんですか」

 もしかして間接的に寄越せと言ってきているのだろうか。この普通の魔法使いは。

「それでその成分というのは……」
「ああ、爆発性の高いものだぜ。それも飛びっきり高いやつな」
「は?」

 え、何? ようするに爆弾キノコってこと?

 私たちが懐疑的な視線をキノコに向けていると、魔理沙はすっと腰をあげて、私たちの前に立つ。お前たちの思っている疑念を振り払ってやると、得意げな表情で。

「どれ、こいつがどんなに凄いかひとつ見せてやるよ」

 そういうと魔理沙はピクリンタケを四分の一くらいに手で裂いて、その破片を両手でおもいっきり叩く。
 バシッと、乾いた音が響く縁側で、私たち三人は息を呑みながら魔理沙を見守っていた。
 合わせた手をそっと開くとその手には、先ほどまで黄緑色をしていたキノコの色が赤みを帯びた橙色に変わっていた。

「こうして強い衝撃を与えると、爆発しやすくなるんだ。赤くなったらその証拠だぜ」

 そして魔理沙はゆっくりと縁側から離れて、歩いて十歩くらいのところで立ち止まり、手に持ったキノコを林の中へ投げはなった。

「ふせろー!」

 魔理沙の合図とともに一斉に身を固める私たち。
 それから一秒もたたないうちに神社中へ響き渡る、ずどんとした爆音。まるで内臓を抉り取るような衝撃が身体を襲う。
 遅れて巻き上がった砂や木の葉が身体をかすめ、キーンとした耳鳴りがしばらく止まなかった。

 目を開けると、先ほどまで草花生い茂る場所だったところは、見事な大きさのクレーターに変貌を遂げた。その惨状に霊夢は、ワナワナと膝が震えていた。

「な、な、ななな……」
「ありゃ? ちぎる量を間違えたか?」
「私の神社でなにしとんじゃー! 魔理沙ー!!!」

 霊夢の怒号が辺りに響く。先ほどの爆音に負けてないのが凄いところだ。しゃがんでいる魔理沙の胸ぐらを掴んで、強制的に立たせていた。

「な、なんだよう。別に神社に被害はないじゃないか」
「そういう問題じゃないー!!」

 べしべしと頭を叩かれている魔理沙。まあ、あれだけの爆音と敷地の一部をぺんぺん草も生えない土地にしたら怒るわよね。
 ちなみにチルノさんはというと「すげー」なんて言いながら、目を爛々と輝かしている。
 危険な情報を与えてしまったかもしれない。あとで注意しておかないと。

 魔理沙はやっと霊夢から解放されたようで、頭をさすりながら縁側に戻ってきた。

「ま、まぁなんだ、そんな感じでだな、取り扱いには注意が必要なキノコなんだこれは」
「文もなにこんな危険なキノコを持ち込んでるわけ!? ぶっとばすわよ!」
「ええ……。理不尽な……」

 私もいま知ったのに、そんなこと言われてもどうしようもないではないか。でも余計なことを言うと霊夢もキレるだろうしやめとこう。



 一通り状況を理解したところで、本来の目的であるこのキノコの価値について、魔理沙に聞いてみることにした。

「あのそれで、このピクリンタケってどの位価値があるのでしょう? 例えば新聞に載せられるほどの代物なのでしょうか?」

 魔理沙は顎に手を当てる。

「んー。たしかにこのキノコを見つけられるのは珍しいぜ。そもそもこのキノコは群生しないキノコだから、余計に見つけにくい。私からすると、森で取れる珍しいキノコトップ3には入るよ」

 なるほど、珍しいキノコではあるらしい。

「……けど、一株二株くらいなら私でも数年に一回くらいは見つけるからな。新聞のネタにはならんだろうよ。お前がキノコ愛好家向けの新聞を作るってなら話は別だが」
「いや、そんなジメジメとした新聞を作る予定はないですね」
「だろ? これが数十株、数百株の群生で生えてたりしたら、そりゃスクープもんだが――」
「え、でも結構たくさんあったよ? これ」
「――は?」

 チルノさんは、なにげない顔で魔理沙に答える。
 その思わぬ内容に、魔理沙の思考は一瞬停止しているように見えた。

「おいおい。そりゃまじかチルノ」
「うん。木の根元にびっしり生えてたよ」
「……うそじゃないだろうな?」
「あたい、うそつかない」

 そう聞くやいなや、魔理沙は近くに置いていた箒をすばやく身につけた。

「よし! チルノ、そこまで案内してくれ!」
「いいよー」
「霊夢も行くか? 世紀のキノコ狩りに」
「行くわけないでしょ。気味が悪いうえに爆発するキノコ狩りなんて。私は御免よ」
「そうか残念だ。よし文、チルノ行くぞ! いざピクリン狩りへ!」
「おー!!」
「ははは……」

 二人とも生き生きとした顔で手を上げて、キノコ狩りに意気込んでいた。
 なかなかに絵になる光景だったので、とりあえず写真を一枚撮っておいた。実際に使うかは怪しいけどね。


 ・
 ・
 ・
 ・


 魔法の森。
 私たちは、彼女が見たというピクリンタケ群生地へ向けて出発した。
 途中でチルノさんが道を忘れるというハプニングが起きつつも、聞き出した情報を元になんとかたどり着いたのだった。

「まじかよ。こりゃすげぇや」

 目の前の光景に、魔理沙は感嘆の声を思わず口から漏らしていた。
 証言どおり、幹が太く背が高い大木の根元には、軽く百は超え、数百個はあるだろうピクリンタケの群生がそこにあった。
 はっきりといかない木漏れ日が差す神秘的な景色の中で、目的のキノコだけが不気味な緑を発色させて周りから浮いていた。

「おい!さっそく収穫するぞ! 私は家から道具持ってくるから、お前らは他のやつに取られないように見張っててくれ! 三分で戻る!」

 魔理沙は、そう言い残すと箒にまたがり、猛スピードで森の奥へと消える。
 私が目を向けた先には、もう誰もおらず、彼女が通った跡に木の葉が群がって飛んでいた。

「まったく、あせっても誰も取りはしないでしょうに」

 この気味の悪いキノコについて知らなければ、わざわざ取りたいとも思えない。
 せいぜい注意するとすれば、時折見かける妖精たちが面白がって寄り付かないようにするだけか。
 とはいっても私が魔理沙だったら興奮するだろうし、早く手にしたいという気持ちも十分理解できるけれど。

 すると、ぐいぐいと私の服を引っ張る小さな手に気がついて、後ろへ振り返る。

「あや、あたいすごいでしょ! これなら合格だよねっ!」

 彼女は私の返事を待ちわびていた。私はその彼女の振る舞いを見て、笑みを漏らす。
 そうだった。彼女に結果を言わねばならなかった。結果は考えるまでもない。彼女は見事新聞に載せられそうなネタを探し当てたのだから。しかもたった一日で。
 これは私が予想していた期待以上の成果だ。だから、自ずと出てくる言葉は一つしかありえなかった。

「ええ、記事にしてあげる。頑張った妖精にはご褒美をあげないとね」
「ほんと! ぃやったぁー!!」

 両手を天に上げて、はしゃぐ彼女。その様子を見て、記事にする身である私も思わず嬉しくなってしまう。
 本当、この子は面白い妖精だ。鴉天狗に自らを記事にしてほしいと頼む人妖なんて、幻想郷中を探しても彼女ぐらいではないだろうか。
 だからこそ、魅了される。ゆえに、これからもずっと見続けていたいと、私は思うのだろう。

「さ、記事に載せるための写真を撮りますよ。ポーズ決めて、ポーズ」
「ぽ、ぽーずってどうやるっけ……」
「考えちゃだめですよ。ほら、さーん、にーぃ……」
「ちょ、――えぃ!」


 ぱしゃり。


「おーい。キノコは大丈夫かー、ってチルノ、なんだその格好は」
「どう? きまってるでしょ」
「お前は大道芸人でもなるつもりか」

 シャッターを閉じると同時に、道具を取りにいった魔理沙が帰ってきた。

「記念の写真を撮っていたのですよ。新聞に載せるためのね」
「あ、ずるいぜ。わたしも混ぜろよ」
「はいはい。さ、ふたりともそこに並んで」
「よしきた。そこに並ぶぞ、チルノ」
「えっと、次はどんなポーズにしよう……」
「そんなもんいらねぇよ。こうやって笑っていれば十分だぜ」
「そうなの?じゃあ――」
「いきますよー、さーん、にーぃ……いち!」
「「いーっ!」」


 ぱしゃり。


「なんか不気味なぐらい笑顔ですね」
「その方が新聞映えするだろ?」
「いや、そうですけど……」

 歯並びがばっちり写るぐらい満点の笑顔の二人。
 まぁさっきの写真よりはこっちかな。魔理沙も自分が写ってないと怒るだろうし。

 写真機をバッグにしまっていると、魔理沙がこちらに近づいてきた。彼女の背中と片手にはそれなりの大きいかごを一つずつ持っていた。なんかイヤな予感がする。

「あのー、つかのことをお聞きしますが、なんで二つかごを持ってきたのでしょうか……」
「なにとぼけてるんだ。お前も手伝うんだよ。私一人じゃ腰が痛くなっちまう」
「えぇ~、わたしもですかぁ……」

 くそぅ。やっぱりか。

「どうせ記事にするんだろ? すごいキノコだってのは私が教えてやったんだから、文句言ってないで手伝え」
「……ぐすん」
「ねえねえ、あたいは?」
「チルノはこの老いぼれ天狗を手伝ってやりな。きっと泣いて喜ぶぜ」

 なくなく魔理沙が持ってきたかごを受け取り、いやだ、いやだと、往生際のない背中を無視して背負う。

「さ、収穫するぞ。間違ってもキノコを雑に扱って爆発させるなよ?」
「はーい!!」
「はいはい……。はぁ~……」

 いよいよ始まったキノコ狩り。一つ間違えれば私たちもろとも大爆発。もう開き直って、この時を楽しむしかなかった。


 ・
 ・
 ・
 ・


 魔理沙邸。いや、霧雨魔法店といった方が正しいか。
 玄関前の地面にキノコが山ほど入ったかごを置き、三人であぐらを掻いて休憩する。

「いや~大量大量。まさかこんなにたくさんを一度に収穫できるとはな」

 結局キノコを一つ残らず収穫した後、そのままの勢いでここまで運搬するはめになった。
 低速での飛行とはいえ、人妖どころか建屋を一つまるごと吹っ飛ばす爆弾を布切れ一枚はさんでの運搬は、私の人生の中でも一二を争うぐらい生きた心地がしなかった。もう二度とやりたくない。
 運び終わった後も冷や汗をかいて気疲れをしている私をよそに、他の二人はいうと農作業がひと段落着いたかのような清々しい顔をしていた。

「ふふん。発見者である私に感謝しなさいよねっ」
「おう、そうだな。ありがとよチルノ」
「えへへ」

 ぽんぽんとチルノさんの頭をやさしく叩く魔理沙。チルノさんはとってもご満悦そうだ。

「まりさ知ってる? なにかを貰った人は、なにかをあげないといけないんだよ!」
「おお、褒美が欲しいってか? チルノの癖に生意気だなー。
 んー、そうだな……よーし、今度弾幕ごっこで遊んでやる。それまでに私が倒せるように特訓しておくといいぜ」
「ほんと! 約束だよっ。負けないんだからー!」

 なんか仲間外れにされている気がする。私も運ぶの頑張ったのになー。魔理沙に褒められたいわけじゃないけれど。
 心の中でしていたため息が、ついに外へ出てしまう。少しは気持ちが楽になると思ったが、案外そうでもない。

 しばらくして彼女たちの会話声が聞こえなくなったのを不思議に思い、顔を上げて見ると、私を見てなにやら内緒話をしているみたいで。
 その光景が私には、妙に癪に障った。

「……なにあからさまなことしてるんですか」
「そらきた。天狗様がお怒りだ。いけチルノ。お前ならやれるぞ」
「うん。わかった、やってみる」

 魔理沙がチルノさんの背中を押して、私の元へ向かわせる。
 いったいなにが始まるのかと、パタパタ歩いてくる彼女を視線で追うと、彼女は私の後ろを狙っていたみたいで。
 振り返ろうとした刹那、強い衝撃が私を襲う。追ってすぐに彼女が抱きついたんだと気づいた。

「あや! まりさのお手伝いお疲れさま!」
「――っ!」

 彼女の声が私の耳に直撃する。

「ち、チルノさん!?」
「えへへ」

 首元に手をまわされ、彼女の体温がわかるくらい密着している。
 突然の事態に慌てていると、にやけ顔でこちらを見ている魔法使い。今の状況を作ったのは間違いなく、こいつの仕業だった。

「い、いったい何を吹き込んだんですか!」
「なにって、こうしてやれば、落ち込んだ文を喜ばせられるぞって言っただけだ」
「くっ……!」

 今すぐに魔理沙を追い掛け回したかったが、チルノさんが抱きついているので下手に立ち上がるわけにもいかず。

「チルノ、そのまましばらく抱きついといてやってくれ」
「わかったー」

 私が行動に迷っているうちに、先手を打たれてしまった。よりチルノさんの拘束から離れることができなくなる。
 そして魔理沙は、地面に置いたかごを両手に持って、玄関の扉を足で乱暴に開けていた。

「あ! ちょっと、なに逃げようとしてるんですか!」
「私はこのキノコたちを調理してやらんといかんのでな。……あんまり私の家の前でいちゃつくなよ?」
「そんなことしません!」

 私がツッコミを入れているうちに、魔理沙はかごを家の中に置き、ドアノブに手をかけ、扉を閉めるばかりの体勢になっていた。

「では二人とも、今日は助かった。またよろしく頼むぜ」
「ええ今度あったときは覚えていてくださいよ、魔理沙さん」
「おお、こわいこわい。お前も鳥の仲間なんだから忘れていてほしいもんだな」
「おあいにくさま、カラスは頭が良いんです」
「それ自分で言うのか……。まぁいいや、じゃ気をつけて帰れよ。森の瘴気に頭をやられないようにな」
「ばいばい、まりさー」
「おう、チルノもまたな」

 ばたん、という玄関の扉が閉まる音を最後に、静寂が私たちを包む。



「まったく。魔法使いは自分勝手が多くて困っちゃいますね」

 謙虚で礼儀深い魔法使いはいないものかと考えるが、そもそもそんな人は魔法使いを目指さないなと一人で勝手に納得する。
 近い将来、魔理沙にお礼をするには何が良いか考えなければなるまい。飛びっきりのを用意してやるんだから。
 とりあえず、やるべきことは終わったし、帰って今日の収穫した原稿の準備に取り掛かるとしよう。

「チルノさん、もう離しても大丈夫ですよ」
「ほんと? 元気出た?」
「ええ、おかげで助かりましたよ」
「んふふー。さすがあたいね!」
「はい。さすがチルノさんです」

 彼女が首から手を下ろしたタイミングで、私も立ち上がる。
 若干冷たくなっていた背中が、じんわり暖かくなる。それは確かに彼女が私に抱きついていたという証拠だった。

「さ、帰りましょうか。いまのお礼はこれで勘弁してくださいね」
「えっ、わわっ!」

 彼女と向かい合って、彼女の背中とひざ裏を腕で持ち上げた。いわゆるお姫様だっこというものだ。
 半日かけてキノコ狩りをしていたのだ。彼女もそれなりに疲れているだろうと思って、私なりに考えた彼女への労いだった。
 はじめは普通に背中に担ごうかと考えたが、こちらの方が彼女の面白い反応が見られると思ったので、あえて選択してみた。

「どうですか? びっくりしました?」

 だけど、肝心である彼女の反応はというと、

「……ちょっと恥ずかしいかな」

 視線をそらしながら赤みのさした顔で、しおらしく呟いた。
 突拍子もない彼女の反応に私は思った以上に動揺してしまって、さっきまで平穏だった胸が早くなる。
 気づかぬうちに何か致命的なミスをしてしまったのだろうか。そう考えるほど、動悸が早くなった。

「は、恥ずかしいですか?」

 おそるおそる彼女に聞く。そしたら「あや気づいてないの?」と言われてしまって。
 彼女は言うのをためらいながらも、なんとか聞こえる声で告げる。

「だ、だって、周りに他の妖精たち居るし……」
「んな!?」

 彼女の言葉に一瞬頭が白くなる。
 慌てて周りを見渡すと、確かに開けたこの場所に居るものは私たちだけだが、森の奥には少なくない妖精たちがこちらを向いていた。
 ただ唖然と立ち尽くす者。一緒にいる子の両目を手で塞ぎながら、キャーキャー言っている者。頬を赤らめつつ、知らんぷりして立ち去る者。お互いに耳元でひそひそ話をしている者。本当にたくさんの妖精さんが……

「ご、ごめんなさい! すぐ降ろします!」

 妖精たちがささやく声に居ても立ってもいられず、あわてて身をかがめようとした。
 けれど、彼女が私の服をぎゅっと握ってきたことで、その動作は止めざるをえなかった。

「ち、チルノさん?」
「えと、あ、あのね! たしかに恥ずかしいけど……。あやにこうやって抱っこされるのはイヤじゃないっていうか……だから、その……」

 その言葉の一つ一つのせいで、もはや私の耳は彼女の声しか意識できなくて。

「あやが良いなら……もうちょっとだけ、このままで居たいな……」
「~~っ!!」

 すべての言葉が届くころには、私の心臓は締め付けられて、そのまま倒れてしまいそうだった。

「だめ、かな」
「だ、だめな訳ないじゃない! じ、じゃあ!このまま帰りましょうか!」
「……うんっ」

 たぶん私の人生の中でも、最も恥ずかしい帰宅になるだろう。そう確信した。
 他の妖精たちの視線をいっぱい浴びながら、空まで一気に加速して湖を目指す。
 風をきって飛んでいるはずなのに、頬と耳がとても熱いのを感じる。きっといまの私は、腕の中に居る彼女と同じ顔をしているだろうな。

 ああ、なんて滑稽なんだろう。彼女の面白い姿を見ようとして、その結果は私がおかしな姿になっているなんて。
 あまり相手をからかう癖は良くないと、いまさら身にしみた瞬間だった。



















 ◇ ◇ ◆ ◇  ◆ ◆ ◇ ◇  ◇ ◆ ◇ ◆



















 森に大量繁殖した爆弾キノコ、氷精が見つけお手柄か。
 一面の見出しにはその文字列と、彼女達が笑顔でうつる写真が大きく載せられている。
 あの日から約一週間。思ったより時間がかかってしまったが、これなら満足してくれるだろうか。
 大丈夫だよね、とは思いつつ、やっぱり少し不安になるのは仕方がないことだろう。
 発行したての新聞をいくつかバッグにしまって、水と手串で髪をとく。いつもどおりの服装をして、身なりを整えたら出発だ。

 外の景色は澄みわたった空と、変わらぬ日の光が世界を照らしていた。部屋にこもって作業していた私には少々眩しすぎた。
 しかし不快感はなく、虚ろな私の意識をはっきりとさせる。手を天に向けて大きく伸びをすれば、まとわりついていた眠気もなくなった。
 片足で地面を蹴って三秒たてば、身体は樹木よりも高く飛び、そのまま風に乗って湖へ向かう。

 移動する最中、あの日のことを思い出す。
 結局、別れの挨拶まで言葉を交わすことなかった。彼女を湖の住処まで送ったら、私は逃げるように自宅まで全力疾走して、家に帰ってからはベッドの上でのた打ち回ったのを覚えている。
 しばらくは森の住民たちへ取材できそうにない。変な噂でも立っていなければ良いのだが。

 もんもんと無意味なことを考えて飛んでいたら、あっという間に湖までたどり着いた。
 辺りを見回したが、視界に彼女の姿はなく、探す必要がありそうだ。この近くに居れば良いのだけれど。

「んー困りましたねー」
「なにかお困りですか?」

 やさしい口調で返事をされた。声のした方向に顔を向けると、そこには一匹の妖精がいた。
 緑髪を横にまとめた妖精さん。なんだか他の個体とは異なる雰囲気を醸しだしていた。

「どうも。文々。新聞の記者、射命丸文と申します」
「あー、あの新聞を書いている記者の人ですか?」
「これはこれは。私の新聞を愛読してくださっているのですか?」
「あ、いえ、私の友人が大好きなんです。私もたまに見て楽しませてもらってます」
「おお。それはありがとうございます」

 まさか偶然あった妖精が私の新聞を読んでくれているとは。妖精たちにも新聞の文化が浸透しているのかしらね。
 しかし、どうやって入手しているのか不思議に思った。妖精に配ったことなんてあまり記憶にないけどなー。さしずめ道で拾ったやつを読んでいるのだろう。

「ところで誰かを探しているみたいでしたけど」
「ああ、えっと、この辺に氷の妖精さんが住んでいると思うのですが、どこにいるかご存知ではないですか?」
「チルノちゃんですか? さっき向こうで蝶々を追っているのを見かけましたよ。もうすぐこっちに戻ってくると思います」
「本当ですか! ありがとうございます」

 よかった。チルノさんにはすぐに合流できそうだ。

「じゃあ私は用事があるのでこれで。またお会いしましょうね、文さん?」
「あ、はい。また機会があれば取材させてください」
「ふふっ、もちろんです。楽しみにしてますね」

 別れの挨拶の後、森の中に消えていった不思議な妖精さん。そういえば名前聞いてなかったな。
 常識的で物腰柔らかな妖精。チルノさんとは違ったベクトルで興味が沸いた。今度会えたら、ゆっくりと取材したいものだが。

 彼女が去った後をしばらく見ていると、反対側から大きな呼び声がして。その方向はさっきの妖精が指差した方角とまったく同じだった。つまり……

「あやー!」

 振り向けば、こちらに全力で突進して来ている彼女がいて。

「ちょ、ストップ!チルノさん! ストーップ!」
「えーい」

 私のお腹を目掛けて飛びついてきた。当然、全ての衝撃を抑えることは出来なくて。
 彼女ともども、そのまま地面に倒れこんだ。視界には明るく照らす太陽と曇りひとつない青空が広がっていた。

「いたた。チルノさん、大丈夫ですか?」
「うん! それより見て!きれいな蝶々見つけたの! 逃げないように氷漬けにしてやったわ」

 見るだけで涼しくなるような氷塊の中には、時間の止められた一匹の蝶々。
 わずかに目をそらせば、逆光の中できらめく彼女の笑顔。
 こころを奪われたのは、果たしてどちらだろうか? へたれな私は思ったことも口にできずに、ただわからないふりをした。

「ははは……じゃあ今度は蟲の専門家にでも聞きに行きましょうか」
「じゃあ早く行こう! はやくー」

 彼女は必死に私を起き上がらせようと腕を引っ張ってきた。
 見た目よりも力があるのか、一発で私の半身を起き上がらせた。

「そんなにあわてない。これを見てからでも遅くないでしょ?」

 彼女に例の新聞を差し出す。彼女は頭にハテナマークを浮かべていたけれど、紙面を見たときに理解できたみたいで。

「あー!! あたいが載ってるー!!!」
「ふふん。どうです? 約束どおり、あなたを主役に書いてみましたけど」
「あや! ありがとう!!」

 期待通り喜んでくれて安心した。……誰かに喜ばれる新聞を作ったのは一体いつ以来だろう。

 彼女は地面に座り、両手を前に出して新聞を広げ、集中した様子で目を左右に動かしている。そんなにまじまじと見られると、なんだか恥ずかしい。
 私も彼女がよく見える隣へ腰を降ろす。
 なかなか良いペースで読み進めている彼女は「おー」とか「すげー」とか、ところどころで呟いていた。

「気に入って貰えました?」
「うん!すっごく! 宝物にするよ!」
「ふふ、ありがとうございます」

 良かった。そう言って貰えると、いつもより推敲した甲斐があったというものだ。
 たまには、こういった趣向の新聞も良いかもしれない。
 彼女の様子を眺めていると、心からそう思う。


 ・
 ・
 ・
 ・


 黙々と新聞を読み進める彼女を見て、ふと思い出す。
 なぜ彼女がそんなに記事になりたがるのか。長らく疑問だったことを。良い雰囲気だし、答え合わせをすることにした。

「チルノさん」
「んー?」
「あなたは、なんで自分を記事にしてもらいたいの?」

 目立ちたいから、かっこいいから、はたまた最強だからという理由か。最後のはやや意味がおかしいが、フィーリング的なやつと考えれば、あり得そうである。

 けれど、意外にもその返事をもらえるのには時間がかかった。
 彼女は新聞を読むのをやめて長く硬直し、顔はあの時みたいな若干赤みを帯びた表情で。
 しばらく間を置いてから、ちらりと横目でこちらを見た。

「うー。言わなきゃダメ?」
「はい。できればお聞きしたいなと。ずっと不思議でしたから」

 彼女は、はっきり見えていた横顔を新聞で隠し、かすかな声で囁いた。

「あやが作ってる新聞だからかな」
「っ!」

 それを聞いた瞬間、どきりと胸が高鳴った。
 なんで。どうして私なのと聞きたかった。だけど、それを聞いてしまったら私は救いようのない愚か者になってしまう気がして。
 ……いや、もうすでに私は愚か者で、それに気づいただけなのかもしれない。だってほら――

「そ、そうですか。なんというか、その、うれしいです」

 私なりに勇気を振り絞っても、そんなことしかいえなかった。やっぱり私は愚か者。何一つ返せやしない。

 彼女と私の視線は、いまだ灰色の紙で遮られ、お互いの顔を合わせられなくて。
 でも、しばらくしてから紙の向こうにいる彼女が、ゴニョゴニョと音を立てて、私の名を呼ぶ。

「……あや」

 すでに混乱しきった私にはただ返事することしかできなくて。

「な、なんでしょう?」
「さっき私が見つけてきた蝶々なんだけど……もしすごい蝶々だったらさ。新聞に載せなくていいから……代わりにさ……」

 彼女の持つ紙が、手に力を入れたせいか、くしゃける。
 それはまるで、いまの私の心のようで。


「また抱っこしてほしいな」


 なんて、とんでもないことを言うものだから。私はいよいよ限界になって、訳がわからなくなって、みっともない顔をしてると思ったので、急いでバッグから予備の新聞を取り出した。
 いまだけは彼女に見られたくないと、新聞で顔を隠したけれど、私と向かい合ったのは記事の一面で。そこには笑顔で写る彼女がいた。だから、いまの私には紙に顔を押し付けて、彼女の眩しすぎる表情から逃げることしかできなかったのである。

 彼女がくれたものはあまりに多すぎて、新聞に載せたくらいでは返せない。それこそ数多の言葉にしない限り、とても返せやしないのだ。
 そんな簡単なことに、私はようやく気づけた。気づくことができた。
 だから――


「大好きです。チルノさん」


 ――その一言が、今度はちゃんと大声で言えるといいな。









 ―了―
初投稿。
はつかねずみと申します。まずはお礼を。

原作者様、当サイト管理人様、
文チルを絶やさずに書いてくださった作家様方、書き続けてくださっている作家様方、
そして最後までこの作品を読んでくださった皆様方、誠にありがとうございます。

本作、稚拙な文章だと思います。誤字・脱字やおかしな文章など、ご指摘いただけたら幸いです。
また次回作を投稿した際は、何卒よろしくお願いいたします。

私の描いた物語が、少しでもあなた様に届きますように。
はつかねずみ
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コメント



0.300簡易評価
3.100サク_ウマ削除
なかなか楽しめました。良かったです。ところでピクリンキノコということは、ピクリン酸でも含有しているんですかね
4.80奇声を発する程度の能力削除
面白く良かったです
6.無評価はつかねずみ削除
本作を評価していただきまして、誠にありがとうございます。
大変励みになります。これからも良い作品を製作できるよう、精進いたします。

以下コメント返しです。

>>サク_ウマ様
 ところでピクリンキノコということは、ピクリン酸でも含有しているんですかね
 ⇒ ふんだんに含んでいます。とってもデリケートに扱わないといけません。恐ろしいキノコですね。
   サク_ウマ様も、このキノコを見かけた場合はくれぐれもお気をつけください。
  
ありがとうございました。
7.100名前が無い程度の能力削除
文チルは本当に尊いですね…
無事部屋が砂糖まみれになりました。ありがとうございます。
9.100大豆まめ削除
いい文チルでした。尊い……。
文もチルノも可愛くて、始終にやにやしてました。
7月9日は文チルの日らしいですね、投稿日もぴったり……と思ったら時間まで揃えるとはなんという力の入れよう。愛がすごい
11.100名前が無い程度の能力削除
ああーチルノかわいい…あああー文チルかわいい…
たまりませんでした。
13.100名前が無い程度の能力削除
とても癒されました。文チルはやっぱ良いですねえ