Coolier - 新生・東方創想話

文々。新聞コラム選 1から4

2018/07/06 22:16:48
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 文々。新聞○月○日号にパチュリー・ノーレッジ氏およびレミリア・スカーレット氏に寄稿をしていただきました。

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1「文通の美点」  (パチュリー・ノーレッジ)


先日手紙を書いた。相手は同じ館に住む友人の妹だった。

相手が誰であろうと手紙はきちんとした便箋で書かねばいけないし、文章も挨拶から始まらなければならない。

そういったルールを思い出すのに手間取り、手紙を使いの者に渡すのに少々時間が掛かった。

それもそのはずで思い出せばもう何年も手紙を書いていないのだ。

幻想郷は外の世界ほど広くもなく、人に伝えたい事があれば直接出向いて話す事も比較的簡単に出来る。持病がなければ私も飛び回っていただろう。

その上かねてから交流のあった旧い友人達が居ない。相手が居なければ書く理由すら生まれない。

筆まめさにおいては人後に落ちない私であったけれど、以上の二つの理由といつしか身についた怠惰という悪癖が合わさって誰かに手紙を書く機会を失って長くなった。

そして久しぶりに何かを書こうとしたときになり苦労をすることになったのだった。

 どういういきさつで書くに至ったかはあえてここで語らない。喧嘩でこじれた関係を直すためには私が手紙を書いて妹の気持ちをくみ取ってやると良いという事だった。

それはすごろくで順番が回ってくるように、私が手紙を書くべき時が来たのだと姉である某吸血鬼は説明してくれた。


さて、私が手紙を出して数日経つと相手から返事が来た。もちろん私の部屋にはポストは無く、机の上に見慣れぬ封筒が置かれていたのだった。

封筒に手を掛けたとき目覚めの眠気が醒めるような懐かしい胸のときめきを思い出した。

そして同時に何という良い習慣を忘れていたのだろうかと己を責めた。文通は楽しいものであったはずなのだ。

 相手も初めて文通をすると手紙に書いてあった。

喧嘩の件で苛立ち、しでかしてしまった事を反省していると、書いてあった。なにぶん手紙には慣れないが書く事で気持ちが少し落ち着いてきたと書いてある。

時候の挨拶も無い簡素な手紙だったが何度か書き直した跡が伺えた。

私はすぐさま返事を書いてメイド妖精に渡した。そして眠りながらいろいろな事を考えていた。

これからどういったことを書こうか、またどういったことを訊いてみるべきか。

こういったやりとりがあるだけでも日々は見え方が変わるのだ。それから数日待った。

手紙を待つ間は幼かった頃におやつの時間を楽しみに待っていたあの感覚を呼び起こしてくれた。

それは来るべき何かが来ないといったいらだたしさとは無縁の物だった。それは手紙の持つ一つ目の美点だった。

 数日して手紙の返事が来た、いつものように深呼吸をしてから封筒をナイフで開く。日に日に溜まっていく手紙をみて、私はかすかな満足感を憶えた。

 楽しい会話をどこかに取っておくことは出来ないが、手紙なら出来る。それも目に見える形で。

主たる内容はともかく相手もこのやりとりを楽しんでいるようだった。

その晩になって再び手紙を読もうと机の上に取り出した、何度か読み直したために、そのまま歩いてベッドまで行き、寝そべりながら再び手紙を読んだ。

 手紙は書かれた文字以外にも様々な良さがある、例えば文面で気になったところをこうすればと考えたりする。私には思いつかないような文句を相手が書いていたりすると少し嫉妬したりする。

どうして相手はこんな事を手紙に書いているのだろう、何がきっかけなのだろうかと考えたりするときなどは一番相手のことを親身に考えているに違いない。

そしてその日の手紙を読み終えようとしたとき、追伸として私が送った手紙にどうやら砂糖がついていたらしかったことが書いてあった。

律儀にも舐め取ってそれを確かめたらしかった。

手紙に封をするときに手元が滑ったのだろうと思った。そしておかしくもあった。

例えば説教じみた言葉が延々と書かれた手紙であっても、砂糖をまぶして仕舞うこともできるのだ。言葉のやりとりをあとから彩ることが出来るのも手紙の美点だと思う。

その後、何度か手紙のやりとりをして、事が上手く運び、最終的には本人が手紙を持ってきてくれたのだった。

もちろん手紙はそこでも価値を失わなかった。私たちは一緒に並んでその新しい手紙を読んだ。

誰かが送った言葉をその誰かさんと一緒に楽しむことが出来る。それもまた手紙の美点の一つだと思う。




2「冬の晴れやかな革命」  (レミリア・スカーレット)


 革命は雪がちらつく冬が似合う。社会的に虐げられてきた人々が寒さの中でたき火に群がり、鬨の声をあげて弛みがちな気持ちを鼓舞する。

そして貴族階級である私は群衆の声を聴きながら最後のひとときを過ごす。やがて彼らにギロチンにされてしまうのだろう。

断頭台に掛けられ首をはねられ、鮮血がうっすらと積もった雪を真っ赤に染める。時代の折り返しにはつきものの景色だと思う。

様々な革命や反乱が起き、貴族は街路樹にぶらさげられたりと、まるでトランプの大富豪の革命ように、偉い者が下に行き、下々の者が成り上がるのが革命だ。

 無論、この幻想郷には貴族など居ないし私達も誰かを苦しめるような領地を持たない。

その上私たちは紅魔館に仕える者に対しては衣食住の保証は当然として、福祉、教養、休暇、余暇そして紅魔館の一員であるという誇りをも与えている。

だから革命などという出来事は友人が所有する書庫のどこか片隅で眠っている出来事だろうと思っていた。

しかし紅魔館の中でも革命は起きた。寒い冬のことだった。


「お嬢様、大事なお話があります」


 ある日、メイド長から真剣な面持ちで話しかけられた時、何が有ったのかと身をただした。


「私は、限界であります」


 いずれそうなるだろうという気はしていた。人間のメイド長である彼女を余りにも使いすぎていた。思えばここまでずっと私に尽くしてきてくれたのだ。

この屋敷を出て行きたいのだろう。そういう定めだとは思いたくはないが彼女の口から発せられた以上その言葉が冗談の類ではないのだろうと分かった。

若いからこそ彼女が下した決断を私は尊重したい。人間はいつも駆け足で何処かへと消えていってしまう。

寂しくなるだろう、それほどこのメイドと私は主従を超えたつながりを持っていたのだから。

とはいえ急な別れをとどめることは出来ない。いくら運命を操っても相手の事を考えればそれは無粋なのだ。


「ありがとう。好きにしたらいい。でも寂しくなったら戻っておいでよ」

「お嬢さま、それでは私は少し休ませて頂きます。このお屋敷全体に風邪が流行っており、ほとんどの妖精メイドは倒れております、私も駄目ですそれでは」


 手短にことを告げるとメイドは私の部屋から立ち去っていった。

どうやらお別れではなさそうだった。一安心をしてから風邪が早く治るように祈った。

そう思い廊下に出てみると人っ子一人居ない。その上外は大雪で窓からは凍てつくような冷気が流れ出していた。

風邪如きで倒れてしまうなど馬鹿げていると思ったが、皆私ほど強くないのだからそれも仕方のないことだ。

気持ちを落ち着かせようと手元の鈴を鳴らす。私が瞬きを終えればそこには温かい紅茶が注がれているはずなのに、何度鈴を鳴らしても誰も取りにも来ない。

そういえば先ほど時間を操れるメイドは駄目ですと言っていたのだった。そうならば無理もない。私は再び廊下へと歩み出した。

誰かが私の部屋に入ることを遠慮して多少もたついているのでは無いかと考えたのだ。そうであって欲しかった。

だが、廊下に動く者は居なかった。


「誰かー」


 声を上げてみても誰も来ることは無い。もうしばらく待てば誰かが来るのではないだろうかと願いカップの底の紅茶を啜った。

一口飲めば一度廊下の様子を見に行く。かれこれ三度ほど行った時だろうか。誰も来ないことに気がついた。そんな日もあるかと思い手元の本を読んでいた。

事の深刻さに気がついたのは一時間ほど経った時だった。暖炉の火が消えようとしていた。

私は絶望的な気分に陥った。ぐんぐんと部屋の室温は下がり、熱源となりそうなものと言えば暖炉の中の消し炭だけ、それに誰も来ない。

雨と雪が交じった天候だったから外に出ることも出来ない! 大自然と紅魔館に蔓延する悪病が私に向かって牙を剥いている。その上私がこの上なく愛している部下達は熱でうなされているのだ。

やるしかないのだろうと覚悟を決めてしまうまで少々時間を要した。そう、こうなったら私がするしかないのだ。

 厚着をして玄関の方へと向かった。途中の部屋ではメイド妖精達が倒れ、寝込んでいる。その上火の気が無い場所だからメイド達は弱る一方だった。

まずは火の気を起こそうと決断をしたときに、廊下で門番が倒れている事に気がついて彼女を近くのベッドまで引きずり寝かせた。


このときにはもうすでに革命は始まっていたのだと私は知らなかった。彼女に火のおこし方を聴き、私は急いで地下の石炭庫へと急いだ。 

蜘蛛の巣が張り巡らされている中から手頃な石炭を掬い上げ、各部屋に持っていき鼻の先を真っ黒にしながら私は働き回った。非常に骨が折れたがこれ位の困難を乗り越えらレ無いなど恥だ。また、彼女達に与えるための料理を作った。

何度かやけどをしながら大鍋にスープを煮込んでいく。

 そしてそれを台車に乗せて各部屋に回り皆に振る舞ってやったのだった。

弱っている者には薬を飲ませ、手を握ってやりしばらく話をした。これを不眠で続ける事二日。

風邪は去った。そして嵐も去り太陽が次第に雲の合間から顔を見せた。

機能不全に陥った紅魔館をわたしは何とか元通りにした。もう誰の手を患わせることなく紅茶を飲むことも出来る。自分で紅茶を淹れて久しぶりに休みを取った。厨房でシンクにもたれかかりながら飲む紅茶は一段と美味しかった。

ぼんやりとしていると妹が出てきた。墨だらけの私の顔を見てはじめは誰か分からなかったらしい。


「お姉様どうしてそんな妖精メイドみたいな事をしているの?」

 

そう言われるまでそれまでの行いが下々のメイド妖精が普段していることだと言う事をあまり考えていなかった。

トランプの大富豪のように積極的に覆されたものでは無かったが、これはトランプの大富豪の革命ように、偉い者が下に行き、下々の者が成り上がったのだ。

 

「革命が起きたのよ、」


革命で倒された者は屈辱を味わうだろう、しかし私はとても晴れやかな気分だった。


「だけどとても良い革命だったわ」 


 こうして冬の晴れやかな革命は終わった。






続・文々。新聞コラム選『夕暮れ』『流行』『皆様へのお願い』










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 紅 美鈴氏、河城にとり氏、今泉影狼氏にコラムを寄稿をしていただきました。

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1 「夕暮れ」 (紅 美鈴)


 物事の盛衰を一日に喩えるとすれば、門番という仕事はちょうど夕方にあると言えるでしょう。

 先日、あまり嬉しくない知らせを図書館の知人から聞きました。

話の内容をかいつまんでいうと、これからはさまざまな仕事が機械にとって変わられるというのです。

 料理、洗濯、掃除も機械がしてくれるようになるだろう。そのほかの仕事も機械に取って代わられる。とのことでした。

心優しいお方でしたから門番の未来に関しては何もおっしゃらないのですが、私はその話を聞いてずいぶんと落ち込みました。

 考えてみればどうして門番だけが機械化の波を乗り越えられるというのでしょう。

騎士の甲冑を模した機械が門前に立ち、不逞の輩を追い返す様を考える事はとてもたやすく、その分私がしている仕事のこれからを語る事が難しくなります。

 しかしながらこういった機械化の波は止めることが出来ません。それは時計の針を止めても時間が止まらないように仕方のないことなのです。

それに、文明の進歩がなければ未だに私はぼろ切れのような服を纏い門前に立っていたでしょうし、冬になれば薪に燻されながら過ごす事になりそうです。もちろん寝る場所はおとぎ話に出てくるような藁のベッドです。

耐えられません。

 つまりこれはどうしようもないことなのです。夕暮れはいつでもどこでも誰にでも訪れます。

夕暮れ時は一番綺麗な夕陽を見ることが出来る。それは幸せなことではないか。といった戯れ言を申すつもりはございません。

しかしながら騒がしかった一日が終わり、落ち着いた空気は自分のそれまでの働きを思い出す良い機会となるでしょう。


 門番仕事をしているといろいろな景色を見ることがあります、博麗の巫女がやって来た時のことや、様々なお客様がこの門を通り抜けていった時のこと。新しくやってきたメイド妖精がお屋敷に踏み入る瞬間に揺れる小さな鞄。

 会うは別れの始め。会った人とは必ずいつか別れるものです。

後ろ姿というのは、実はその人の表情よりも心のあり方が分かるような気がします。

異変の時も、楽しげに霊夢さんは去っていきました。月が出ている夜に帰るお客様はこの屋敷と満月を見比べてしばらくその場で景色に見とれたあとゆっくりと立ち去っていきます。人々だけではありません。季節だってそうです。 年が終わろうとする時、私はその年にあった出来事をぼんやりと振り返ります。

こんなことがあった、あんなことがあった。来年はこうしたい。

そんな様々な思いはやはり夕暮れ時に感じる一抹の寂しさと似ているのかも知れません。

 そんな思いを図書館の知人にお伝えしたところ、こんなお言葉が返ってきました。


「もし、門番仕事が機械に取って代わられるのだとしたら、あなたはとても恵まれているわ。あなたは私たちの誰よりも先に前に進むのよ。何かの始まりに立ち会えるのだから」


 夕暮れ時は一番綺麗な夕陽を見ることが出来る。といった戯れ言を申すつもりはございません。と言いましたが訂正しましょう。

やはり夕暮れ時は一番綺麗なのかもしれません。空には真っ赤な夕陽の名残が輝き、振り返れば一番星が――つまり新しい何かが――輝き始めているのですから。

 私は新しい文明の進歩を歓迎すべきなのでしょう。夜になれば新しい何かが始まり、やがて朝が来る。私はその瞬間をこの場所でじっと待っていたいと思います。

 今、紅魔館の門からは山の端に夕陽が沈み、小焼けが空を柔らかく暖色に染めています。

夕暮れ時はなんだか不思議な想いで胸がいっぱいになります。案外、悲しむべきことは少ないのかも知れません。



2 「流行」 (河城にとり)


 妖怪の山の河童はみんな流行り物が好き。レンチが流行ったときなんて機械すら触ったことがない河童ですら一つはレンチを持っていたように思う。

 流行に乗らなかったこともあった。何かよく分からない道具のことだったように思う。そのときは研究が忙しくて、少しの休みに河童の里に繰り出すと皆がそういったことを話している。

 何とも言えないような気持ちになりその場を去っていった。しかしながら私の知らないことで盛り上がっている事がちょっとだけ羨ましかった事も確かだ。

季節の変わり目に風邪が流行って治るように、流行も風邪と同じように消えていってしまった。

 当時のことを思い返してみると毎日河童達とレンチについて、あまり真剣ではない会話をしていたように思う。

 なんだかんだで頑固者が多い河童だけれど、流行物について語るときはだいたいみんな楽しく話せていたように思う。

 どの鉄が良いのかという議論は熱を帯びてかなり真剣な喧嘩になり得るけれど、流行物だと分かりきっているレンチなんていう物について語るときの熱は肌の温もり位の、なんとなく楽しい時間だった。


 流行に乗らない奴はそういう様を見て「どうせ廃れるのに」という。また「自分が流されていくようで嫌だ」とも言う。

自分は何にも流されない。一つの事に打ち込むんだと意気込む奴すらいた。

 私はそれはただのひがみだと言いたい。流行はみんなとまったく同じことをするだけじゃないからだ。

例えば皆レンチに何かしら一工夫をしていることをその河童は知らない。レンチの先を交換できるようにしたり、またちょっとだけ色を付けたり。ちょっとだけ差を付けたりする。

そんな一工夫をちょっとした流行り物の中で見せたり、見せられたりするうちに自分が久しく触れていなかった技なんかがふっと頭の中をよぎり、それから何かに取り憑かれたように打ち込む。

 たかだかレンチの先を交換するだけの話なのに。様々なきっかけを与えてくれるのだ。

 一つのことに打ち込むことも大切だろう。そして自分らしさを失わないように否定することも仕方が無い。

でもみんなが同じことをする中でほんの少しだけ自分の工夫をするときこそ、自分が何を工夫したいのかと考えるべき時なのかもしれないと思う。

小難しい話を抜きにしてもそれが機械いじりの中で一番楽しいし。それが技術屋として一番心躍る瞬間だから。



3 「皆様へのお願い」 (今泉 影狼)


 昔、狼は田畑を荒らす鹿や猪といった害獣を狩る生き物としてありがたがられていました。

神獣として神社に祭られていたこともあるのですよ? 

しかしこの幻想郷では事情が違うようです。

 私は迷いの竹林に住んでおり、大抵の日は知人と楽しく話をしたりと、そんな事を中心に毎日を過ごす至って平凡な妖怪です。

私にも生活があります。ですから竹林の中だけで物事を済ませるのはとても難しく、ちょっとした買い出しに時折人里に出向くことがあります。

そのときは狼の耳を見られないように借り物の帽子を被ったりと出来るだけ目立たぬように暮らしています。

 しかしある日のこと、竹林の入り口の辺りに見慣れぬ看板が立っていました。そこにはこう書いてありました。


「野良狼・山犬注意」


 この竹林には外の世界で滅びたはずの狼や、またどこにでもいる野犬がたむろしているのは事実です。

しかし「野良狼注意」だなんて書かれてしまうあたり、私たちは皆からどうやら危ない生き物として見られているようです。

それにしても「野良」とは何でしょうか。野良人間が珍しくないこの幻想郷で殊更「野良」を強調する必要はあるのでしょうか。

何とも理不尽です。それにここに書かれている野良狼には間違いなく私も含まれているのでしょう。

怒りにまかせて私はその看板を引っこ抜こうと手を掛けました。でもそこでこうも思ったのです。

「この看板を引き抜くことはたやすい、でもまた同じ看板を作るのもたやすい」

 看板を抜いたところで根本的な解決には至らないのです。それどころか看板を抜いてしまえば「狼はやはり良くない」という風説が広まってしまうに違いありません。

その瞬間私は一つのことを決めました。狼や山犬がいかに無害であるかと知ってもらえばこの看板はいずれ無くなってしまうだろうと。

 そしてその事をするのは私にしか出来ないだろうとも思いました。


 翌朝から私は竹林の中を歩き回り、狼や野良犬たちに餌を与えました。

そしてこれは竹林に住む狼の立場を良くしようとするためには、まず彼らをまったく違う餌場に誘い出し、そこでのんびりと暮らしてもらう事が一番良いのです。

はじめは私を警戒していた狼たちですが、私が親身になって餌をあげたりまた満月の夜には遠吠えをすることで次第に彼らとも打ち解けていきました。

だって私は狼です。それに彼らに比べればずいぶんと力があります。しつけることだって容易く、狼の喜ぶことだっていくらでも出来ます。

夜は狼と共に走り、餌をやり、新しい狼が生まれれば私は我が事のように喜んだりもしたのです。

 途中で村人の方々とも出会うこともありましたが、私が狼たちをしっかりと躾けていること。また彼らの餌場を移していることも教えていきました。

 さて、群れが多くなり、満月の夜が近づくと私たちはぞろぞろと歩いて遠吠えをします。


「あおーん」


 そう一声叫ぶと皆が一緒に「あおーん」と一緒に鳴きます。

そうするとまた一匹と狼は集まってくるのです。とにかく一匹でも漏らすことがないようにと願いながら、仲間を集めていきました。

 次第に私に懐いてくる狼が増えてきました。そして私は出来るだけ彼らを竹林の奥。それも誰も来ないであろう場所にまで導くことが出来ました。

あの不理解な看板もいつしか無くなるはずでしょう。もしかしたら私が褒められる日が来るかもしれません。

そうしてある日、人里から帰る道中、あの看板が新しく書き換えられていることが分かりました。

以前は木の板に墨で書かれただけという簡単なものでしたが、今度は白く塗られた板になにやら文字が書かれています。

 この場所に住む狼は害がない。あるいは夜中に狼に襲われる心配は無いだろうというように書かれているのでしょう。私は一歩一歩近づいていきました。しかし看板にはこう書いてありました。


「狼と山犬の群れに注意! 立ち入る際は竹林に住む藤原の某に同行をしてもらう事」


 状況は以前に比べてずっと悪くなったようです。








<文々。新聞より抜粋>



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レミリア・スカーレット氏、および犬走椛氏にコラムを寄稿して頂きました。

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1 「紅茶が冷めてしまいますよ」 (レミリア・スカーレット)



 以前住んで居た場所にはクラブという紳士淑女の集まりがあった。

そこには図書室があり、喫煙室があり、常にやわらかな香が焚かれ、誰でも知っているような著名な彫刻家の作品が置いてあり、

由緒ある書物が並べられていた。

 化け物用のクラブもあったから吸血鬼の絵描きや、人間か化け物か分からないような政治家、

幽霊の文士、吸血鬼であり絵描きであるものなどがいた。

 そういったもの達が集まって政治的な事や、化け物達の今後の出来事を話したりする機会は毎晩のようにあったのだ。

私が初めてクラブを訪れたときの事を思い出す。

 扉を開いてから数分の間何をしたら良いのか分からずに我慢していたように思う。

なぜなら大きな声で挨拶をしても誰も返してくれず、案内もなく、途方に暮れていたのだった。

そのときとある人――今の友人――がやって来て、私に声を掛けてくれた。


「紅茶が冷めてしまいますよ」


 そう声を掛けてくれてやっとその場所で声を出すことが出来た。


「どうも」

 

 彼女は色々な事を教えてくれた。知識の分野における邁進ぶりは古代のスパルタカスもかくやあらんと思わせるほどだった。

私が大声を出したことは直すべきだと教えてもらった。私はどうやらその場所のルールを破ってしまったらしい。

そこで礼儀正しく、無礼の無いように、そして思いやりを持って接することを学んだ。

相手の事を思いやることは思ったよりも難しかったし忍耐力が必要だとその場で知ったように思う。

だから先日


「あなたはまたそういう気まぐれで無礼な事を言うのね」


 そう図書館に住む友人から聞かされた言葉が小さな棘となって私の心をちくちくと痛め続けている。

もちろん彼女に少し嫌味なことを言ってしまったことはこの際認めたいと思う。

 そのときは一言謝ってから、部屋を出て行くと少し落ち込んでいることに気がついた。

無礼と言われてしまうのはいささか私の中では重大な出来事のように思えたのだ。

ふだん出来る限り礼儀正しく物事が運ぶようにメイド達に伝えている立場からすればやはり実践できていないのは残念だ。

 だからといって「絶対に」無礼な真似や気まぐれなことはするなとメイド妖精達に強制するつもりはない、そんな事をしたら紅魔館は息苦しくなってしまう。

 かくなる上は私が手本となり、良い意味で伝染させていくのが良いだろう。

礼儀とは一時的に繕った言葉を言うことや、贈り物をすることだけではないと私は信じている。

良いものは浸透するのに時間がかかるのだ。

 今日もし客人が来ればいつもよりも懇ろに接して、もてなそう。あまり話さない客ならば私が自ら紅魔館の中を案内しよう。

そういうことをして今回の罪滅ぼしにしたいと思っていた。一日客人が来るのを待ったがその日は誰一人来なかった。

だが客人は紅魔館の中にひっそりと佇んでいたのだった。


 紅魔館で客人となる幽霊を見かけたのはその日の夕暮れ時のことだった。

彼女は廊下の柱にもたれかって天井をぼんやりと見つめていた。

あまりに動かないから知らぬ間に彫刻が置かれたのかと考えていたほどだった。

そう言う幻を目にしたところで痛痒さを感じたり、興奮したりするほど子供でもない私はただその姿を見つめていた。

全てのパーツが秩序を持って並んでいる、綺麗で整った顔だ。年齢もまだ若い女性らしかった。

彫刻のように固まっているかと言えばそういう訳でも無く、よくよく見れば静かな海のように幾らかの感情が波打っていた。

身体も揺れているようだった。

 紅魔館に紛れ込んだ人間だろうか? 人間ならば身体の向こう側の景色が見えないだろう。

私が触ろうとしても反応はなかった。それどころか触れた手がそのまま通り過ぎてしまった。

つまりこれは幽霊だ。

幽霊ながら何か思索にふけっているのだろうか。それも見当が付かなかった。

自分の館に知らない者が居るのだからこれは客として扱うのが良いだろう。

ただ、それぞれ幽霊や妖怪や吸血鬼によって礼儀の感じ方が違うこともあるだろうからそれに関しては知人に聞いてみることにしようと思った。

私は一言詫びてから、その場を後にしてメイド長と友人を呼んで再びこの場所を訪れた。

やはり彼女は居た。友人とメイド長が色々とそのあたり検見をしたあと、友人はこう教えてくれた。

 その幽霊はおそらく間違って柱の土の中に埋めこまれた人骨か何かの幽霊であること。

特に害があるわけでもないから柱を削るか壊してしまえば害は無くなってしまうだろうこと。

出てきた理由はメイド妖精が柱を修理した際に詰めが甘くて漆喰が剥がれてしまっただろうとも。


「それにしても幽霊が出たなんてね。これで紅魔館の資産価値は更に上がるわね」


 幽霊が出るという噂があるだけでも人々は集まり、さらには家を高値で買おうとする文化がある国もあったのだ。

やはりこれは客人だ。それも格が高い。


「一つ変わったことを聞いて良いかしら?」

「うん?」

「この幽霊を礼儀正しくもてなしたいのだけれど、どうすればいいの? その……幽霊に関しては疎いから」

 

 友人は暫く考えた後、いつも通りで良いんじゃない? と告げてくれた。

まずはメイド長と数体のメイド妖精に命じて、廊下の一部を区切り、ソファを用意し、紅茶のセットを用意して柔らかな香を焚いた。幽霊の方は時折こちらを見ただけでそのまま柱の前に立ったままだった。

 夜も更け、朝になっても幽霊は消えないままだ。

一人分の紅茶を用意して、少しだけ高くなった天井を見ながら眠ると以前居た場所のクラブの事を思い出した。

もちろんその場所でも礼儀は尊ばれた。今となっては彼女を柱から出すことも考えたが、少々直接的だなと考えた。

礼儀とは一時的に繕った言葉を言うことや、贈り物をすることだけではないと私は信じている。

忍耐が必要とされる長い道のりの先にある景色だと私は思う。

 そういうことに馴染むのに時間が掛かるのは今も昔も変わらない。彼女もすこしだけ戸惑っているのだろう。

 ほんの少し、クラブの戸口の辺りで突っ立っていた過去の自分を観たような気がした。

私は自分が気まぐれで、無礼でないことを証明するためにしばらくの間廊下で過ごそうと思う。

そして最初に掛けるべき言葉も決まっている。


「紅茶が冷めてしまいますよ」


 そして、楽しく話してやるのだ。





2 「星空と芋」 (犬走椛)


 

 私の古くからの知人には蒐集癖があります。

動物の羽根を集めたり、道端で珍しい石を見つけると懐に入れたりして家に帰ってから木箱に丁寧に仕舞うのだそうです。

知人の家でそれらを見る機会を運良く得たときに、私も何か持っていくべきだと考えて庭の木に実っていた蜜柑を幾らか持っていきました。

少なからず、相手は喜ぶだろうと思っていたのですが予想通りには物事は運びません。

友人の家にあがり、少しばかり仕事の話をしたあと蜜柑を出したのですが、


「酸っぱい」


 その一言で私の蜜柑への反応は終わってしまいました。おそらく私はがっかりした顔をしていたのでしょう。

優しい相手は話を端折り、集めた石を見せてくれることになりました。そこでまたくだけた雰囲気に戻ると考えたはずです。

木の板で綺麗に分けられた石がそこにはずらりと並んでいます。なにか気の利いた言葉を言うべきだったのでしょうがまず出てきた一言が、


「へぇ、丸いね」


 だったのでした。

お互い望んでいた反応が得られずに少しばかり気まずい時間を過ごすことになりました。

そのあとお互いに知る何人か誘って飲みに出かけることで私たちはその時間を過去に流すことに成功したのでした。

こんな風に自分が好きなことをそのまま他人と分かち合う事は想像以上に難しいものです。

運良く分かち合う事が出来たとしてもこちらの苦労に見合った結果を得られないことがほとんどだったりします。ですが思いも寄らない結果がもたらされることがあります。

この場合、思いもよらない形で実を結んだ事は、久々に彼と深い話をして彼から観た私自身の生き方を知ったことでした。


 仲が良いと思っている仲間でさえもこうなのですから、見知らぬ人同士が好きな物を語り合ったときは更にひどい気まずさ、あるいは憤りを感じるのかもしれません。

 全ての人が穏やかな調子で相手の好きな物を正しく理解して分かち合う事が出来れば、平和なのでしょう。

しかしまだ妖怪は盾と刀やスペルカードルールを必要としており、そしてまた私の仕事が続いているあたり、それも簡単な問題では無いのでしょう。


 それはさておき目下のところ、私は星にかなり関心を寄せています。

私はだいたい週に一度ほど何も持たずに夜の山に出かけます。

暗がりが辺りを包み始め、太陽が眠った後の空、空気が澄んでいる日は心持ち足取りも軽くなります。

もちろん合成樹脂製で出来た星座盤も持っていきます。少しでもこの時間を知的に、有意義に使いたいと願ったからです。

きっかけはたいしたことではありませんでした。星が静かに空の上を滑っていく理由が分からなかった私は、将棋が得意で頭の良い河童にその理由を教えてもらったことがあり、「それは地球が丸くて回っているからだよ」

という答えが返ってきました。なるほど、千里眼でも地平線の向こうが見えない理由はこういうわけだったのです。

 そういうことを知るだけでもちょっとだけ暮らしが楽しくなります。その日から私の星見は始まりました。

空を見上げると、凍えるような寒さもたき火のパチパチと爆ぜる音も風の唸りも消えてしまいます。

幸運なことに星座盤がありますから、今晩の日付と方向さえ間違えなければどこにどんな星座が浮かんでいるのか間違えることはありません。

そうして私は自分の好きな時間を思う存分楽しむことが出来るのです。そう考えていたのですが事はそう簡単に運びません。


「犬走椛、何を見ているんだ?」

 

 そう同僚に訊かれた時に星を見ていると正直に告げにくかったこともあり、子供の天狗達に教えるためだと私は言い訳をしました。

それから焼き芋が美味しいからそれを待っている間が暇だとも。

その場の流れで、結局子供達を星見に誘う運びとなりました 私は友人との羽根と蜜柑の悲しい行き違いを思いだし、今度こそは上手くやるぞと意気込んでいました。

友人に頼み込んで子供の河童達にも星座盤を貸してもらいます。

ただ子供達が座って空をじぃっと眺めているだけならばいいのですが避けられない運命として、子供達から星について聞かれることがあります。


「あれはなんていう星なの?」

「三角座」

「三角座、ねぇどうして三角座なんていうの?」

「それはねぇ――」


 覚えたての知識を駆使して幼い天狗の子供に成り立ちについて語り始めました。これもまた避けられないことです。

子供はそれなりに満足した表情を見せた後、退屈そうにこちらを見つめます。


「暇だよ、お姉ちゃん」


 暇になって貰っては困ります。話はこれからです。


「うん、分かった、そうそうお芋が美味しいから」


 子供は無邪気です。やはり星空などよりもお芋の方がいいと素直に教えてくれるのですから。


「はーい並んでねー」


 と言いながら芋を配ります。それからしばらくの間は芋の魅力の強さと星の輝きの無力さを私は噛みしめることになります。

諦めるのはまだ早いのですから何度でも繰り返すべきだと思います。

私は芋に負けたくないから解説をします。これ以上ないほど星について語ったでしょう。

幾晩か過ごし、芋が無くなったことに気がついたとき私は正直にその旨を集まる人々に告げました。

 大半の人々が去っていってしまったのでした。

芋を求めていたのならば、芋だけ欲しいと言って欲しかった! なんという馬鹿な事をしてしまったのだろう。恥ずかしくなります。

私と星は芋に負けてしまいました。完敗です。もうどうにでもなれと最後の二つの芋を焚き火に放り込み一人で星を見ることにしました。

 そうしていると、一人の知人が私を見つけて側に腰掛けました。なんだか落ち込んでいるようでした。

「どうしたの?」

 彼女はつっかえながらも今悩んでいることを語ってくれました。

星空に向かって感じた事を話しているようでした。きっと返事が要らないお話だったのでしょう。


「人が居るとね、なんだか恥ずかしくって、言えないんだ」

「うん」


 それから二人で芋を分け合って、はふはふとかぶりついて、また話の続きを始めました。

朝が来たとき、語り疲れた彼女は眠っていましたがその顔は子供のように穏やかなでした。

悲しい事はきっと全部星空に言ってしまったのでしょう。

 相談事を言うためには、星空が良いのかも知れません。

向かい合えない人は、星に囁く。それを聞く。そうしてもらえば皆満足するわけですから。

そういう時はたき火もついでにあると良いでしょう。薪が爆ぜる音は沈黙をかき消してくれます。

芋に関して言えば―――最低限二つか三つは欲しい所です。

なぜなら話すことがなくても、美味しい物を食べていたらそれである程度は満足できるはずですから。


 自分が好きなことをそのまま他人と分かち合う事は想像以上に難しいものです。

運良く分かち合う事が出来たとしてもこちらの苦労に見合った結果を得られないことがほとんどだったりします。でも、思いもよらない形で実を結ぶこともあります。


この場合は、冬の空の懐の深さの再発見でした。



<文々。新聞より抜粋>




再掲となります。よろしくおねがいします。
SYSTEMA
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コメント



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2.90名前が無い程度の能力削除
やっぱりレミリアと影狼の話が良い
特に影狼の、頑張ったのに報われなくて看板の前で渋い顔をしてそうな感じが
3.90奇声を発する程度の能力削除
楽しめました
6.100名前が無い程度の能力削除
この革命心地よい
8.100名前が無い程度の能力削除
何度読んでもお手本にしたいしっとりとした文章の質感、とても好きです
10.100うみー削除