Coolier - 新生・東方創想話

蓮子 アンド メリー・ゴーズ・オン

2018/07/06 12:16:35
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「れ、蓮子…」

蓮子の部屋を訪ねた私は、まずその臭いに一度部屋を出た。おそるおそるもう一度部屋に入ると、飲み慣れているわたしにもキツイ酒の臭い。とにかく窓を開け放って、ベッドの上でだらしなく横になっている蓮子に一瞥してやり、それから水道水をコップに注いで、横たわる蓮子の口の中に注いでやった。

「げほっ!げほっ!あれ?メリー!なにしてるの?」

「何してるの、じゃないわよ。連絡しておいて待ち合わせ場所に来ないなんて…」

どんなに遅れても待ち合わせ場所には来る蓮子にしては珍しかった。最低でも3時間は待つ所存だったけど、送られてきたメッセージはいつもの蓮子らしからぬ文面だったので蓮子の家に直接向かったのだ。。以下、数時間前のやりとり。

蓮子『めりーーーーーーー!』

わたし『(既読無視)』

蓮子『無視すんな、こら』

わたし「どうしたの?』

蓮子『いからこち!場所はいむも』

それから連絡が無かったものだから、たぶんメッセージを送っている間に気を失ったんだと思う。いったい、いつから飲んでいたのかしら。

「何してるの?」

私の方から訪ねてみる。床中に転がる安酒の空き缶は、酔いやすいという事で傷心の学生や大人達に人気のものだった。

「何もくそも…あれ、何してたんだっけ…」

「帰るわよ」

「待って!…ほら、これでも飲んでさ」

客人に酒を出す女、宇佐見蓮子。私は提供された安酒をぐいっと煽る。歯が溶けそうな錯覚におそわれた。

「初めて飲んだけど、あんまり美味しくないわね…」

蓮子を見やると、うーんうーんと唸っていた。酒の飲みすぎなのか、何かを思い出そうとしているのかはわからない。

「蓮子?」

「あっ!」

「どうしたの?」

「聞いてよメリー。奴らったらひどいんだわ!」

私はため息をつかざるを得ない。まだ酒が抜けていないのかしら。いったい、蓮子にどんな悲劇が襲ったらここまで荒れるのかしら?

「奴らって?」

「わたしのゼミの連中よ!」蓮子は私の手から安酒をひったくって、見てて気持ちよくなるくらいの飲みっぷりを披露した。「ほら、これ!」

酒を床に叩きつけて、その手にスマホを握りしめた蓮子は、SNSアプリを起動して私に見せつける。

「んー?」

曰く、蓮子のゼミ仲間達が、楽しそうに飲み会を催している様子の写真がアップロードされている。

「私を誘ってないのよ、こいつら!」

蓮子はおいおい泣き始めてしまった。

「そんなに行きたかったの?」

「…あんまし」

「じゃあ、いいじゃない」

「よぐないっ」

蓮子は飲んでいた酒が空っぽだと気付くと、ふらふらになりながら一人暮らし用の冷蔵庫に向かった。おかしいわ、前見たときは、あんなにお酒入ってなかったのに。

「誘われない事が問題なのよ」

新しい酒を飲みながら、蓮子は私にも同じやつをくれた。仕方がないので私も飲む事にする。

「だって、おかしいじゃない。同じゼミにいるのに私を誘わないなんて」

「でも行きたくないんでしょう」

「そうだけど!メリーには分からないかなあ。これは日本人の悲しき性なのかもしれないわねん」

ねん、って…。

「私がいるじゃない」

私がそう言った瞬間、蓮子が飲んでいた酒を噴き出した。

「メ、メリー?」

「そんなにゼミの人たちと飲みに行きたいなら、文句を言うべきなのよ。なのにそうしないって事は、あなたはそれを望んでないの」

「メリー?落ち着いて?」

「だいたい!」私は止まらなかった。酔いやすいと言うのは本当のことのようだ。「あなたが他の人と飲みに行っちゃったら、私はどうすればいいのよぅ…」

「メリー…」

蓮子の目端に涙が浮かぶ。私ももらい泣きをした。

「ごめんね。ごめんね、メリー。そういうつもりじゃなかったの」

「大学じゃ他に友達もいないのよ、蓮子以外」

「悲しいことを言わないで。私も泣きたくなっちゃうわ」

「そりゃ泣くわ!」

私は入学当時のことを思い出していた。日本の大学というと外国人だって多い筈なのに、何故か私の周りは日本人ばかりで。泣きたくなるほど心細かった。郷に入りては郷に従えというし、トイレでご飯を食べる日本の悪しき風習に習わなくてはいけないのかと戦慄した。初めて食堂に来た時なんかは、もう耐えられなくなった。料理の乗ったプレート受け取った後に、本当にトイレに駆け込もうか迷ったほどである。それ以来、私は弁当を持参する事を決意した。

人との付き合いに息苦しさを感じた私は、蓮子という唯一無二と出会って、何とか首の皮一枚繋がって学校に行けるような状態なのだ。

「メリーには本当に感謝しているのよ。私もこんなだし、学校に居場所無いし…」

「蓮子…」

私たちは抱き合って泣いた。余りにも泣くもんだから、隣の住民が心配して尋ねてきたほどだった。

我に帰った私たちは、しばらくぼーっとしたり、今の状況を鑑みてため息をついたりした。

「飲み直そっ!」

蓮子が唐突にそう言って、冷蔵庫から酒を二本取り出した。

「いやよ」

「えっ、メリー…」

「そんな安いお酒じゃいや。外に飲みに行きましょう」

「メリー、愛してる!」

雪が降り始めていた。季節は師走。もうすぐ年が明ける──



私たちは行きつけのバーに行き、美味しい焼き鳥を出す居酒屋に行き、コンビニでちょい高めの酒を買って再び蓮子の部屋へと戻ってきた。

「はあ…」

「どうしたの?蓮子」

「私たち、どうなるのかなって」

蓮子にしては深刻な悩みみたいだったので、私は一時真剣に考えてみる事にする。

「大学は居心地悪いし、それでも行かなきゃだめだし、サークルでも入ろうかしら」

「本気なの?あの大学のサークルなんて、碌なものがないわよ」

「知ってるわよ。それでも、大学生らしい事がしたいって言うか…」

蓮子はその若さにしてくたびれたおばさんみたいになっていた。そりゃあ、大学生になる事に憧れみたいなものは少しくらいあったけど…。

今となってはどうでも良かった。蓮子がいるし…むしろ蓮子がいること以上の理由が見つからない。もし彼女がいなかったら私は家に引きこもっていたかも知れない。それくらい、私にとって蓮子という存在が大きいのだと気が付いた。

「どうしたの、メリー?そんな艶っぽく見ないでよ、気持ち悪いわ」

こいつ…。

「別になんでもないわよ。ただ、大学生らしい事とかに拘らないで、私たちらしくいれたらいいじゃない?」

「そうかな」蓮子は自信なさげにお酒を飲むけど、中身が減っているようには思えない。「…そうかも」

「…うん。きっとそう」

私たちらしくってなんだろう。私は私らしくいられてるのかしら。親愛なる我が友、蓮子にすら言えてない秘密があるのに。私の本質をまだ誰にも見せられていないのに、何が私らしくなんだろう。

自分を偽ることが私らしいと言うならば、それもありかもしれない。けど、私はそんな風に考えたくない。

何もかも暴いてしまいたい。封じている自分の秘密を。

「ねえ、蓮子。私…」

「なに?」

「いや…」喉から出かかった言葉を、私は酒で押し込んだ。一気に飲んだものだからむせてしまった。

「今日はもう寝るべきね」窓に映る星空を眺めながら蓮子が言う。

「そうね」

「泊まってく?」

「もちろん」

「シャワー使ってもいいわよ」

言われてみれば汗だくだ。蓮子の厚意に甘えて、私はシャワーを浴びた。汗とか悩みとか痛みとかを全部流してしまいたかった。

部屋に戻ると、蓮子はすでに寝ていた。淑女とは何かと考えさせられるような寝方だ。だらし無いにも程がある。

「まったく…」

蓮子を抱き上げてみると、予想以上の軽さにびっくりした。そうそう、女の子とはこうあるべきなのよ。

蓮子をベッドに置いてやると、私は電気を消して床の上で寝る事にした。床は冷たかったが、その冷たさが火照った体に心地よかった。



夢の中で私は私を自在に操れる。私は日本のどこにもないような竹林の中にいる。私は竹林の出口を求めて歩き出す。どうか、何とも出会いませんように。どうか、無事に目覚めることが出来ますように。どうか、どうか、どうか…



「っ…!」

自分が化け物に殺されるビジョンが見えて、勢いよく起き上がった私は、頭を壁にしこたま打ち付けてしまった。ガン、と強烈な音がして、蓮子がそれに寝言で返事をした。

「はあ…またあの夢」

夢というには現実味を帯びすぎているその夢は、いつも私を異界に連れて行く。竹林は可愛いもので、不気味な夜の森なんかに連れて行かれた日には、しばらく眠るのが恐ろしかった。

「いたっ…」

飲みすぎたせいか頭を打ったせいか、或いはあの夢のせいなのか、ひどい頭痛に襲われた。台所へ行って水を飲み、呑気に眠る蓮子に一瞥くれてやり、私は今度こそ眠ろうとする。あの夢を見ているうちは、眠ったとはいえないのだ。



「おはよぉ…メリー…うっ!」

ベッドからナマケモノみたいな動きで起き上がるなり、チーターみたいな機敏な動きになって蓮子はトイレへ駆け込んだ。私はその間に水を用意しておく。何が起こっているかは明白だった。まったく私と同じことをしているわけだし。

「あースッキリした…しばらくは飲まなくていいわ」

「同感。もう一眠りしたいくらいだわ」

時計を見ると、すでに昼を回っていた。たっぷり10時間以上は寝ている。

「メリーは今日の予定は何もないの?」

「人を暇人みたいに言わないでもらえるかしら」

「暇なんじゃない」

「…」

「それならさ、一緒にでかけない?」

「一緒にって、どこへ?」

「まあ…その辺」

「何も決めてないのね」

「とにかく行こう!」

蓮子の強引さに勝つつもりもなく、私は付き合う事にした。たしかに暇だし、帰ってもどうせ一人なら、蓮子と遊ぶことがもっとも充実した休日の過ごし方であるのは間違いない。

「朝ごはん作るわよ。メリーはパンで良い?」いつの間にか蓮子は台所に立っていた。

「外国人がパンしか食べないと思ったら大間違いなのよ、蓮子。納豆とパンの組み合わせははっきり言って最悪だった」

「ご飯でいいのね」

私たちは遅すぎる朝食を済ませ、歯を磨き、そういえば昨日と同じ服しか着てない事に気付いた私は蓮子の服を借りて出かける事にした。

蓮子が歩く後をついていき、蓮子が入る店に一緒に入り、蓮子が可愛いと言うものに可愛いと言った。蓮子はその時、標準的な女子大生のように見えたけど、いったい標準的なとは何なのだろう?私の愛するだらし無い寝方をする蓮子はそこにはいなかった。昨日の哀れな姿を忘れさせようとするみたいに、蓮子は蓮子でなくなろうとしているみたいだった。

「うーん、ここの餡蜜が美味しいって聞いたけど、本当ね!来てよかったわー」

違うでしょ。あなたが好きなのはそんなオシャレなスイーツじゃなくて、しょっぱくて固い煎餅なんでしょ。

「この洋服可愛いわ!ちょっと着てくるわね、…どう!?」

やっとマイナスからプラスになったって感じ。ガサツな蓮子に似合わないし、死んでる時くらいしかそんな服は似合わないわ。

「クレーンゲーム!可愛いぬいぐるみ!見てなさいメリー。私の華麗なアーム裁きでここにあるクマちゃんを根こそぎ奪い取ってあげるわ」

あなたが本当にやりたいのはあっちの筐体で遊ぶやつでしょう?あなた、家にもあれと同じような棒とボタンが付いてるやつあるじゃない。

初対面の人同士みたいに愛想笑いと沈黙が続いて、駅前を歩く私たちは、まるで愛する人を亡くした時みたいに俯いていた。疲れていたのだ。

沈黙を劈いたのは私でも蓮子でもなく、蓮子の腹の虫だった。蓮子の顔をちらりと見やると、眉間に皺を寄せて「腹減った…」と呟いていた。

それでこそ宇佐見蓮子!

「何か食べてく?ここら辺に何か美味しいもの…」

辺りを見渡すと、お好み焼き屋が目に入った。再び蓮子を見ると、コクリと私に頷き、人参を目の前にしたロバみたいにすっ飛んで行った。

蓮子の完全復活だった。



そして、私たちはお好み焼きのタネを今か今かと待った。蓮子など目が血走っていて、お好み焼きを食べる前に私が食べられてしまうような勢いだ。

やがて店員が注文したものを持ってくると、水を得た魚みたいにビールに手を伸ばす。蓮子は先ずそれを店員が帰っていく間も無く飲み干して、返す刀で再度「ビール!」と注文した。苦笑いの店員がビールを持って戻ってくると、蓮子はジョッキを掲げて「乾杯しよう」と今更宣った。

「しょうがないわね」

蓮子に合わせて、私は蓮子のジョッキに自分のをぶつける。カチン、という音が鳴ったのも束の間、蓮子は半分くらいビールを飲んで、1秒も惜しいと言わんばかりにタネに手を伸ばす。

忙しいけど、蓮子だなあ。

「私、昔お好み焼き屋でバイトしてたのよ」

「へぇ」

お好み焼きを焼く店員蓮子が容易に想像出来る。きっと元気で、活発に客引きをしていたに違いない。

「お好み焼きのタネは空気が入るように、抉るように混ぜるのよ。こうやって…こう…」

クレーンゲームのアームをよりも鮮やかにタネを混ぜると、蓮子はそれを鉄板の上に落とした。もう1つのタネも同じようにした。

「蓮子ちゃん特製お好み焼きが焼き上がるのを楽しみにしてなさい!」

「タネは店のだけどね」

私のツッコミから逃げるようにビールを煽る蓮子。私も追求せず、焼き上がっていくお好み焼きに目を落とす。

「お好み焼きって、なんで丸いのかしら」

自分でも意図しない言葉が漏れて出る。蓮子は小首を傾げて、私の言葉の意味を考えてるみたいだった。

「そりゃあ、丸い方が焼きやすかったり…?」

「四角でも三角でも変わらないんじゃない?」

「そうかしら。でも、丸い方がお好み焼きらしいわよ」

お好み焼きらしい、か。いいわね、お好み焼きは誰かに自分らしさを決めて貰えて。私たち人間ですら自分らしさという物を見失いがちなのに、無機物なお好み焼きは丸く焼かれて食べられる事こそがそれらしさなのだ。

はあ、お好み焼き1つでこんな事を連想するなんて、本当に疲れてるのね。

「そろそろ焼けるわよ」

私はお好み焼きを見て、今がそのタイミングだと蓮子に促す。焼き上がりと生焼けの境目が私にはわかるのだ。

「まだ早いんじゃない?」蓮子は訝しげに私を見る。その観察眼でお好み焼きを焼いていたのなら、きっと大してお客は入ってこなかったわね。

「大丈夫よ…ほら、蓮子の分」

蓮子は疑わしげに分けられたお好み焼きを口に運ぶ。その目があまりの美味しさに輝くまで時間はかからなかった。

私たちは次々に注文し、会計は蓮子が3分の2ほど払った。つまり、それほど蓮子の方が食べたし飲んだのだ。



夜の公園は人の通りが無くて、酒を飲みながら腹を割って話すのには適切な場所だった。私と蓮子はベンチに隣り合わせて座り、蓮子は空を見上げて今の時刻を正確に当ててみせた。

「凄いわね。どうして分かったの?」

「私の目、星を見たらわかるの」ワンカップ酒を飲みながら蓮子は微笑んだ。これほどワンカップが似合う女子大生は他にはいないでしょうね。

「ふうん…」

他人が私の目を見てそう言うように、私が蓮子の目に対してこう言ったら蓮子は傷付くかしら。「気持ち悪い」と。

結局それを口にはせず、それぞれがそれぞれのお酒を口にして、明日へとばく進する時間の流れに従った。

やがて、いい頃合い(何を以っていい頃合いなのかはわからないけれど)になって、蓮子が立ち上がった。

「ねえ、今日はありがとうね。私に付き合ってくれて」

突然の蓮子の言葉に私はたじろいだ。

「何よ、急に。一緒にいるのはいつもの事じゃない」

「それでも、ね」

「なんだか気持ち悪いわねぇ」

「あー!ひどいわメリー!私のことをそんな風に思っていたなんて」

他愛のない茶化し合いで夜はさらに激しさを増す。私たちの夜は、まだまだこれからだった。



夢の中に私はいる。隔絶された恐ろしい異界に私はいる。

化け物たちが私の肉を狙って、涎を垂らしながら爪を立てている。逃げ場はない。一匹の目が赤く輝いた時、私に突っ込んでくる。

あと少しで死ぬ、その瞬間に私は目を覚ます。



世間はすっかりクリスマスムードで、大学にも至る所に装飾が施されていた。そんなおめでたいムードの中で、私は泣きたくなるほど孤独だった。

講義の途中で教授はクリスマスの起源について話し、この学校がクリスマスの行事でボランティアを募集している事を話していた。何人かが参加しようか、などと言っていたが、決して善意からなどではないのだろう。

でも、それで良い。やらない優しさより、やる偽善だ。そもそも何もやらない私に何かをやろうとする連中に口を出す権利はないのだ。

授業が終わり、私は蓮子と待ち合わせた場所に行く。さっきからスマホ が蓮子からのメッセージで震えまくっているのだ。いつも、自分は遅れる癖に…。

「遅いわメリー。凍え死ぬかと思った」

「ごめん」形骸化した謝罪を終えて、私たちは歩き出す。クリスマスにやる事と言ったら決まってる。クリスマスパーティーだ!

「ねえ、やっぱりターキーは必要よね」

私が言うと、蓮子は首を傾げた。意外とヒットはしなかったらしい。

「2人で食べきれるかしら?」

「…」

先日、お好み焼きを一人で4枚も食った人が言うことかしら?

「ま、残ったら冷凍すればいっか!」

私は口を出したくてしょうがなかった。クリスマスだからターキーを食べるのであって、クリスマスが終わった後に冷凍したターキーをチンして食べるなんて、そこには風情がないのではないかと。今日、クリスマスという日にターキーを食べるという事に意味があるのではないか。どうなのかしら、蓮子?

「ふっふっふーんふふんふーん♪」

蓮子がひたすら楽しそうだったので、まあいいか。クリスマスだし!

商店街は言わずもがなクリスマスムードで、至る所でケーキが売っている。どうせ違いなんてわからないんだし、安いのを買いましょうと私は言ったが、蓮子は、

「そんなの風情がないじゃない!」

ターキーを冷凍する人の思考は私にはよく分からない。高ければ良いってものでもないと思うけど。

とにかく蓮子はそれなりの高さのケーキを買った。イチゴがたくさん乗ってて、ケーキと言ったら誰もが連想するケーキだ。甘い匂いが鼻腔をくすぐると、瞬く間にクリスマスムードは加速して行く。

それからスキップでもしそうな勢いで、私たちは商店街を駆け抜けた。惣菜を買い、装飾品を買い、よくわからないクリスマス限定の商品を買い…

こんなにもクリスマスが楽しいなんて思いもしなかった。蓮子が隣にいるだけで楽しくなれる。重い荷物も、この寒さも、全てが私たちを盛り上げてくれた。

だから、突然に蓮子の表情が曇った時に、私は本気で自分が何か悪いことをしてしまったのかと後悔した。

デパートのお酒のコーナーで、私たちは今日飲むお酒を決めていた。クリスマスと言ったらシャンパンとかワインとか西洋っぽいのが良いけれど、蓮子はやっぱり日本酒が良いみたい。どっちにするか、珍しく悩む蓮子に私は、

「どっちも買えばいいじゃない」

天啓を授かったような表情で蓮子はカゴの中に2つを入れた。なんともまあ、分かりやすい事で…。

勇んでレジに向かう私たち。その途中で、いきなり蓮子は足を止め、やにわに私の背中に隠れるように縮こまった。

「どうしたの、蓮子──」

ふとレジの先を見ると、サッカー台で袋詰めをする数人の男女が目に入った。彼らには見覚えがある。蓮子と同じゼミの人達だ。

「蓮子。私が買ってくるから、あなたは待ってていいわよ」

私の気遣いも蓮子には届いていない様子だった。私の服の裾を掴む蓮子は、見た事がないくらいに弱々しくて…

レジの近くで彼らが何処かに行かないかと待っていたら、最悪の展開が待っていた。彼らは私たちに気付き、そのうちの1人のチャラい男が近づいてくる。私が咄嗟に蓮子を守ろうとする動きをすると、チャラ男は噴き出した。

「宇佐見、お前最近見かけねえよなあ。何してんの?」

蓮子は喋らない。いや、喋れない。言葉を忘れてしまったみたいだった。

「引きこもってんのかと思ったらこんなパツキン美女とデートかよ。まさかお前らって…」チャラ男が憎たらしく小指を立てる。「こっちの奴らか?」

後ろにいたゼミ仲間も声を上げて笑った。私は我慢できずに、この鼻持ちならない連中に詰め寄ろうとすると、蓮子の裾を握る力が一層強くなる。

「蓮子…」

俯いたままで表情が分からない蓮子。彼女にかけてやる言葉も見つからないし、このタイミングでは慰めも逆効果な気がする。

それでも、私は蓮子に何か言ってやりたかったし、私自身、蓮子を傷つけるこの連中をどうにかしてやりたい。

でも、それをやってしまったら、私と蓮子は一緒にいられなくなってしまうかもしれない。その恐怖が、私を動けなくさせている。

「ま、学校で待ってるからよ。今度このねーちゃんも紹介してくれよ、なっ!」

鼻持ちならない連中は鼻持ちならない笑い声を上げて何処かへ去って行った。

私たちを奇異の視線で見てくる他の客たちから逃げるように、私は蓮子の手を引いてそそくさと会計を済ませてデパートを出た。



「あら、雪ね」

「…」

「クリスマスに降るなんてロマンチックじゃない?ホワイトクリスマスって言うのかしら」

「…」

「そうだ。ねえ、あのお好み焼き屋さん、持ち帰りもあるらしいのよ。買って行かない?」

「…」

「なんならほら、私、蓮子の焼くお好み焼きが食べたいわ」

「…」

「蓮子」

「…ほっといてよぉ」

「…」

「私、私…」

「蓮子。何も言わなくていいから」

「でも、その」

「ね、たこ焼きパーティーって言うのもありじゃないかしら。あ、でもこれ以上買ったら食べきれないわね…はは」

「ごめんなさい」

「…」

「ごめんね、メリー。ごめん、ごめん、ごめん…」

「蓮子…」

抱きしめずにはいられない。蓮子の身体は冷たかったが、それ以上に心が冷えている。どれだけ強く蓮子の身体を抱いても、蓮子の涙が、ごめんなさいという言葉が途絶える事はなく、雪のように積もって行き、彼女の中で罪の意識は重くなっていく。

私にはどうする事もできない、蓮子の問題。

「離してよぉ。今は誰とも関わりたくないのよぉ」

「…」

「メリー…」

「ねえ、飲みましょうよ。蓮子の家で。クリスマスも何も関係なく」

私たちが今ある問題に対して出来ることは、死ぬ寸前までお酒を飲んで、その問題を後ろに追いやる事くらいのもので。

その日、蓮子はひとしきり泣きつづけるだけで、せっかく買った料理にもお酒にもまったく手をつけずに、眠りに落ちてしまった。

次の日の朝。私はテーブルの上に、昨日買った料理やらを並べていた。

蓮子の辛さなんてわからないから、私は蓮子に元気になって貰いたくて、努めて明るく振る舞うことにする。

やがて、ベッドから起き上がった蓮子は、私の顔を見てため息をついた。

「メリー、その…」

「何も言わなくていいから」

「…」

「寝かせておいた分、きっと美味しいわよ」

蓮子はクスリと笑い、「そんなわけないじゃん」と私の頭を軽く小突く。それが妙に面白くて、私と蓮子は気がすむまで笑い合った。



何でそんなに買ったの?と問いただしたくなる量の料理を平らげて、流石に歩かないとまずいなと思った私は、蓮子にも1人の時間が必要だと考えていたのもあったので、しばらく外出する事にした。といっても、蓮子とだいたい歩き回ったし、目新しい物なんて特にないなぁ。

「うーん…」

蓮子にお土産でも買ってあげようかしら、でも、蓮子って物質的なお土産で喜ぶタイプかしら…?

頭の中に喜ぶ蓮子の顔が浮かぶ。が、すぐに昨日の弱々しい蓮子がフラッシュバックしてしまう。

蓮子の大学生活。蓮子のゼミ仲間。蓮子の想い。

現実に苦しめられる蓮子と、夢に苦しめられる私。

相容れない悩みね。私はメリーがいるから何とか楽しくあるのだけれど…蓮子がそうでない以上、私の価値って何なのかしら。

ふと隣を見てみる。蓮子のいない隣。それがこんなにも退屈だなんて。

結局、3時間のウォーキングの予定を1時間に短縮して、私は蓮子の家に戻った。

「ただいま…って、蓮子?」

蓮子の返事がない。のは想定内だったけど、また寝ているなんて。よっぽど辛かったのね。

蓮子の寝顔を見てみる。穏やかに寝ているけれど、蓮子らしくはない。不気味なほど静かな寝息は、時折死んでるんじゃないかと私を心配させる。

「…ごめん、ちょっと、覗かせて」

私は「目」を開く。結界の境目を暴く「目」。私に備わった能力のようなもの。結界の境目から私は何処へでも行けてしまうが、その行き先は必ずしも私の望む場所ではない。寝るときに行く世界がそうだ。現実と夢の結界の境目から私はあの場所に行くのだけれど…とにかく今は蓮子のことだ。

蓮子という結界の境目から、私は蓮子の中へと入る。彼女の抱えている荷の中身が分かれば、私に手伝える事があるかも知れないから。

この目を持って生まれた事に初めて感謝しつつ…蓮子の想いを知る。

「…メリー?」

あれは、夢の中の蓮子ね。現実世界と変わった所はないけれど、あの蓮子に嘘はつけない。夢は言わば本音のようなもの。本人が抱えているものが如実に出てくるのだ。

そして、私は困ってしまった。何の策もなくここに来てしまった事を。蓮子に何かしてあげたいと思いつつ、私はしてあげることを何も考えていなかった!

「その、蓮子?あのね…その…」

「いいのよ、メリー」

「え?」

蓮子からいいのよ、なんて言われて、私は驚いてしまう。

「時間が解決してくれる事もあるし、これもそう。大学生に憧れて、入りたいゼミにも入れたんだけど、結局馴染めなくて…」

「…」

「馴染む馴染まないの問題じゃないのは分かってるけどさ。そんなだから、学校が辛くなって」

「でも、あなた、ゼミ仲間に誘われなくてって嘆いてたじゃない」

痛いところを突くなあ、と言った表情で蓮子は言葉を繋ぐ。

「私、メリーに仕返しがしたかったのかも」

「え?」

「あ、メリーは何も悪い事してないのよ。でも、ゼミの人たちに言うのは怖いし…あなたならひどい目に合わせてもいいかなって思っちゃったのよ」

「あなたねぇ…」

「それに、メリーはいつも楽しそうなんだもん。それが気に入らなかったのかな。私も大学生なのに、なんで私だけが寂しい想いしてるんだよって」

「私だってそんな…」

「メリーは言ってくれたよね。私が荒れたあの日に、『私がいるじゃない』って」

私は恥ずかしくなって顔を伏せてしまった。

「あれ、嬉しかったのよ。本当よ。あの時まで、私はメリーとの関係を疑ってた。上辺だけなんじゃないかって。自意識過剰かも知れないけど、私がいるからメリーは楽しかったんだって思った。それも嬉しくて、それで、大学生の女の子みたいにメリーと遊べたらもっと楽しいんじゃないかって思ったんだけど、それも違ったのよねえ」

「そうだったのね」

「結局、私は私らしく、メリーもメリーらしくが一番楽しいのよ。そうよね、メリー」

「…そうね。その通りよ。でも、私はまだ、本当の私をあなたに見せてないの」

「メリー?」

「ごめんね、蓮子。また、現実で会いましょう?」

蓮子はいつもの笑顔を見せて、

「ええ!待ってるわ、愛しのマエリベリー!」



私は蓮子の中から帰還を果たす。この行為が物凄く疲れるものだというのを忘れていた。どっと汗を掻き、息が荒くなる。自分の呼吸を正すのを優先していたものだから、蓮子がすでに起きていて、泣きそうな表情で私を見ている事に気付かなかった。

「メリー!」

「蓮子!?痛っ!」

いきなり抱きついてくるものだから、私は机の角に思い切り後頭部をぶつけてもんどりうって倒れた。

「…!…!」

言葉も出ないほどの痛みで、蓮子に文句の一つでも言ってやろうと思ったが、蓮子は私の胸の中から動こうとしない。私から離れようとしない。

蓮子から何かじわりと暖かいものが流れて、染み込んでくる。蓮子はか細く震えて、静かに声を上げる。

「夢の中でメリーが来てくれたの…」

「…」

「嬉しかった」

「ごめんね、勝手に夢に入り込んで」

「え?」

「あなたにまだ話していない事があるの。聞いてくれる?」

蓮子は黙って頷いた。

「私の目の事」

私は語る。この不思議で、奇妙で、不気味な自分の目のことを。私には昔から異世界に繋がる結界の境目が見えるということ。それを利用して、異世界や他人の夢の中に入り込めること。蓮子の中にもそうして入ったということ。

この目のせいで、友達ができなかったこと。

蓮子は全部黙って聞いてくれた。

「嘘だと思うかもしれないけど、全部本当のことなの。ね、蓮子。信じなくてもいいけど…」

「信じるわよ」

「え?」

「だって、その目のおかげで私は本音でメリーにぶつかれたんだもの。それが何よりの証拠じゃない?」

「蓮子…」

「ずっと、その目に苦しめられてきたのね。でも、私は羨ましいわ。面白そうじゃない。異世界とか…」

面白そう、か。そうかもしれない。何をするにも一緒にいる私たちだけど、私が異世界にいる間は私一人だから。

そこに蓮子がいたら、私はどんな状況だって楽しめるのかも。

「ねえ、メリー。私をそこへ連れて行けないのかしら」

「行ってどうするのよ」

「何もかも投げ出してパーっと!…なんてね」

「冗談が過ぎるわね」

「メリーが見てきたものを私も見たい」

「…」

「メリー…」

私は観念した。

「ありがとう、メリー」

こちらこそ、ありがとう蓮子。私の目を受け入れてくれて。言葉には出さず、蓮子に負けないような笑顔で私は答える。蓮子も私を見て笑顔を見せてくれた。

「でも、ゼミには行かなきゃダメよ」

「ぐっ…」

蓮子の表情が一瞬曇ったが、すぐに「やってやんよ!」と目に闘志の炎をたぎらせた。

「あんな塵芥共に悩まされるなんて、バッカみたい!」

「そうよ!」

「今日は宴だー!」

「イェーイ!」

「酒と料理持ってこーい!」

「はいっ!」

「あ、待って!」

勇んで部屋を飛び出そうとする私を蓮子が制止する。

「私も行く!」

「…ええ!」

外に出ると、雪が降っていた。毎度毎度、タイミング良く降るものね。でも今回の雪は嬉しい雪だ。私と蓮子ははしゃぎあって、雪の降る街の中を駆けて行く。

「ねえ、メリー!」

「なあに?」

「サークルを作らない?」蓮子はくるくる回りながら凍った道路の上を歩く。

「サークル?」転びそうになった蓮子を、私は腕で受け止めてあげた。

「うん。学校が少しでも楽しくいられるように。それから、2人でいられる空間があった方がいいでしょう?」

「私たちの家でいいじゃない」

「サークルみたいなの、憧れない?」

「…」

「サークルというよりは、秘密基地ね。メリーが『境目』を探して、その中を探検する。旅行サークルみたいなね」

これからの事をウキウキで喋る蓮子を見るにつけても、断れなかった。

それに、私も興味がある。私はこの目を呪ってきたけれど、蓮子の事で役に立ったし、これからの蓮子の役にも立てる。もちろん、そう言った損得勘定だけでは無いけれど…私も、結界の事に興味があったのだ。

「うん。いいかもね、サークル!」

「でしょ?なら、早速サークル名を決めないとね」

「もう、帰ってからでもいいじゃない」

私と蓮子は見せでありったけの食材を買い込んだ。作るのは常夜鍋。毎晩食べても飽きないという鍋らしい。蓮子曰く「これから2人の活動が始まるわけだし、それがずっと続くように縁起の良いものにしなくちゃね」

蓮子の作る鍋を食べ、酒を飲んで、それからサークルの名前を2人で考えまくった。最終的に蓮子の決めた名前になるんだけど、それは、まあ、もう少し後のことなので…

この話は私たち2人のサークル結成という、めでたい所で幕を閉じるとしよう。
秘封倶楽部が出来上がった時ってどんなんだろうと思いながら書きました。
いびでろ
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コメント



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1.100kodai削除
よかったです
とても楽しく読ませていただきました
2.100サク_ウマ削除
素敵でした
3.100名前が無い程度の能力削除
>トイレでご飯を食べる日本の悪しき風習に習わなくてはいけないのかと戦慄した。

トイレで食事する事を選択したのはお前自身やぞw
実際そんな奴は余りおらへん
4.100Indigo削除
蓮子とメリーの互いが依存し合っている関係...良いと思います。
6.100名前が無い程度の能力削除
良い秘封俱楽部前日譚でした