Coolier - 新生・東方創想話

バッドムーンの掛かる一夜に   《前編》

2005/12/04 03:25:01
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 ※このSSは、Wizards of the Coast社開発、Magic: the Gatheringとのクロスオーバーとなっております。
  ぶっちゃけ殆ど世界観を借りただけのオリジナルキャラクターが登場します。   

 ちょっと下から本編始まりますよ。
























 視界の隅の隣に、無骨な岩山さえなければ、ここも随分と殺風景かつ美しい風景なんだ
ろう。
 だが、まだ満月でもない夜空ではたいした風情もなく、少女は視線を元に戻す。
 彼女は何も身に纏っていなかった。
 しかし、小柄な痩躯は自然全てが受け入れたかのように、この景色に自然と溶け込む。
まるで妖精のように。
 小さな足先が、土の質が変わった事を知らせた。
 不意に、少女の純白の、腰上まである長髪が煙のように揺れた。
 白き少女は、鼻が効く。とても。
 苔の目立つ森を抜けると、濃密で、愛おしさを感じる空気を見つけた。

 だから彼女は“ここ”へきた。
 ここに望む物があると分かっているからだ。

 こんな場所があったなんて、と彼女は感嘆した。

 墓地だった。
 それらは最初は、何の変哲もない人間の骸だった。
 集団墓地において珍しいものでもない、人の抜け殻。

 多少の防腐がされている……死した者はおとなしく土へ還せばいいのに。

 ばらばら、ばらばら、
 指の間から散り散りに零れる黒い土を見下ろし、白き少女はひとりごちた。
 その白い長髪は無風の中にあって尚揺らぎ、星空の下に光る。 

 命が朽ちるとき、土に宿った精霊はその身体を土へと還すために勤しむ。
 精霊たちの吐息は、とてもじゃないが嗅げた物ではない。

 ただ一人でこの場に存在している少女は、その良く効く鼻で死臭を嗅ぎつけた。
 辺り一帯は泥の海。土葬の後。墓標の群れ。成程ここには、屍が大勢埋まっている。

 彼女が笑うと、彼女の暗い瞳から、深紅の煙が溢れ出した。

 そっと彼女が手を翻すだけで、風も無い地で、骸は動き出した。
 突き立つ墓標を吹き飛ばし、自身を封じる土を弾けさせ、身体を起した。
 ありえない事だが、既に血も気もとうの昔に失われた達者が、一斉に起き上がったのだ。

 抜け殻たちが月に披露するのは狂気の舞。
 白き少女にたかるように、それらは一頻り鈍った身体を揺らすと、ゆっくり、跪いた。

 「おいで」少女は僅かに口を開いた。

 差し出された少女の掌に、懐疑の念も見せず、口付けをする骸の一。
 痩せこけた青年が、蛆にまみれた微笑みで、少女の前に跪く。

「何を、お望みでしょうか。ご主人様」

 虚ろな瞳が、青年の空虚な貌が、少女の瞳を捕らえ、流暢に声を出す。
 少女に口付けをした唇を振えさせながら、流暢に話し出す。
 この瞬間ばかりは、少女は酔える。感極まり、辛抱強く見返す骸の集団を前に、

「やることはいっぱいあるんだよ、愛しいやつらめ。ついてくるんだ」

 少女は、身を悶えさせて嗤った。











 
 ――バッドムーンの掛かる一夜に。




 













 月光におぼろげに浮かび上がる、湖上の孤島。
 絶海に拾われる、尊大なるは紅魔館。

 紅く塗れた館を背景にした豪奢な正門に、夜空を仰ぎながら呟く影が一つ。
 館直属の門番、紅美鈴。紅魔館の一つの顔として相応しい紅き髪を風に揺らし、少し冷
たくなってきた空気に黄昏る。スリットの深い服の下は未だ素足で、いいかげん代わりの
服が欲しい気候だ。
 それを館の主に催促したら、“いや貴女それ以外ダメ”と断られた。
 そんな過去もあったあったとぼーっとしていると、ふと横から何かの気配を感じた。

「何してるの」
「あ、咲夜さん……って月見に没頭してたわけじゃありませんよ!」
  
 ナイフのように鋭い瞳、似合いの銀髪。強くなった風に三つ編みをはためかせる。
 館の主専属の召使にして、館の全てのメイド達を統括するメイド長、十六夜咲夜だった。
美鈴は、そのすらりとした均整の取れた姿に一瞬気を取られつつ、彼女の指の間に挟まれ
た一本の刃物を眼に入れ、あわてて弁解した。 
「いい、こういう時間だからこそ妖怪が跋扈してる事を忘れないの、ぼけーっとしない」
「大丈夫ですよ。私は常に気を張り巡らせてるので、敵襲にはすぐに対処出来ますから」
「へぇ」
 メイド長はそれを訝った。
 彼女は彼女の主である絶対的君主、レミリア=スカーレットから一つの伝令を受けてこ
の場に脚を運んだのだ。
 
「お嬢様から命令が下ったわ。美鈴」
「はぁ……って、お嬢様から直々に!! 私も信用されているんですね!」
「あんた暫く任務無しらしいわよ」
 
 ひときわ強い夜風に、青々と茂る芝生が音を立てる。
 羽虫の奏でる歌が一面に漂う。

「聞いてる?」
「……そ……それはまたも」
 いきなり美鈴の顔は泣きっ面になっていた。
「あんたがロクに敵発見できないからよ!」
 咲夜は怒鳴ると、あさっての方向を向いた。
「美鈴、とにかくお嬢様の命よ、さっさと荷物運びなさい、命令」
 困惑のもとに返事をする美鈴を傍目に、咲夜はその場から一瞬で消えた。

「う…なんなのよもー!! この辺一帯には敵はいないってのに!!」
 矜持のない美鈴だった。




 ***





 星の照明に明るむ大バルコニーから、自分の館を囲む湖を見下ろす家主の姿。
 夜闇では湖は暗いばかりで、月を映す鏡にしかなっていない。
 館の丁度背中側に位置するこの場所には、館内へ通じるアーチ状の扉のそばに置かれた
青の観葉植物以外、目ぼしい物は見当たらない。
 代わり、そこには紅の中にいて尚紅い、紅魔館の君主が佇んでいた。
 ふと一陣の風がよぎる。
 水に曝された冷たい空気は、今夜も館の数少ない窓を叩く。

 瞬きする間を挟んで、君主の傍らに一人の召使の姿が現れていた。

「失礼します、お嬢様」
「……で、美鈴はいいとして、侵入者の目途はついたかしら」
 凛とした声を撥ね退けるように、その主レミリア=スカーレットは咲夜に掌を付き出す。
すぐ後ろに立つ咲夜へ顔は向けず。ただただ、蒼のショートカットが夜の中に揺れている。

「はっ。……お嬢様、例の“ネズミ”の件で」
「そう。空気がいつもと全然違うわ。分かるでしょ」
「はい、普段より湿度が高いと存じ上げますわ」
 どういうわけか清々しい笑顔で返事をする咲夜。あそう、と相槌を打つ。

「それもあるけど……そうね、咲夜は気付いていないわ」
「はぁ……」
「そうねぇ……うん、そうね。丁度いい」

 片足を軸に、くるりと困惑する咲夜の方へ身体を向けるレミリア。
「“ネズミ”の事、今晩ここに来るのは“いつもの黒ネズミ”じゃないわ、分かってるわ
ね?」
 胸の辺りに両手をかざし、咲夜の足元へ。余裕をつけた独特の帽子がメイド服の胸元で
揺れる。咲夜は表情にこそ出さないが、自身の主の愛らしさだけで卒倒しそうであった。
「では……」 
「あ、まって咲夜」
 小さな悪魔の翼が踊ったと思うと、レミリアは顔を上げる。
 少し小走りでバルコニーの手すりへ向かう。咲夜もそれを追う。
「ほら」

 二人の視線の先には、湖上に映る眇眇たる一つの――
 こんなに暗くても、その白皙の痩躯は月明かりすら打ち消して燦爛と輝いて見える。
 妖精、妖怪、いや違う。
 ただひたすらに美しい何かが、たゆたう黒の水の上で“立っている”。

「ははぁ……」
 その様子に、レミリアは少しだけ幼い笑みを見せた。
「咲夜、通してあげて頂戴。一応おもてなしもね」
「仰せのままに。失礼します」
 一礼。
 そして再び、咲夜は一瞬にしてその場から消え去った。

「あ、そうそう咲夜」
「はっ」
 速いな。再度出現する従者にレミリアは素直に関心した。
「“おもてなし”はちゃんとした方の“おもてなし”よ」
 
 ――――――――
 
「………………心得ておりますわ」
 長い間があった。
 ややあって、重量級の正面扉が開かれる音が木霊する。
「お嬢様、それでは例の場所で」
 咲夜は一瞬、ちらと横目に湖を確認し、レミリアの方へ傅いた。
「分かった、時間停止。頑張ってね」

 レミリアがひらひらと手を振る間に、既に従者は出迎えに向かっていた。




 ***





 レミリアが地下独房に辿り付くやいなや、わずかに視界が歪んだと思うと、目の前には
湖の上に在った白い少女の姿があった。
 同時に轟音を立てて口を閉じる錆びた鉄格子。
 
 この場所にともされた蝋燭は、その数だけでも立派な明かりとなる。

 白き少女の視界には、鉄臭い褐色の内装が一瞬の後に飛び込んできた事だろう。
 正方形に区切られた比較的巨大な地下設備は、この幼くみえる少女には酷な場所ではな
かろうか、とレミリアは“らしくない”考えに至った。

 高くも低くもない、狭くも広くもない、まるで面白みの無い殺風景な柩。

 ところが、彼女の反応は眉をひそめるだけに終わった。
 何が起こったのか理解する前に、既に佇まいを正していた。これが彼女の身体が覚えた
礼儀なのだろう。
 その礼儀がこちらに向けられていると悟ると、
「おぉい侵入者! …………いや、それよりも……鼠か? ぶふっ」
 独房に不気味な含み笑いが響いた。
 レミリアが吐く言の葉の前に、黙して跪く少女。
 しかし彼女の心は喜びに満ちていた。レミリアにはそれが手に取るように分かった。
 
 少なからず、レミリアは驚いていた。“ネズミがここへ来る事”はとうに運命の一つと
して理解していたが――――

「は、ははははは。そうかまさか本当に『鼠』だったとは!」 
 どす黒い笑いが、腹を抱えたレミリアから発せられた。
 そうか。
 
 白き長髪に覆われた頭上から、一対の獣耳。
 しなやかな背骨を手繰れば、一本の尻尾。 
 鼠だ。鼠の類の……妖怪。

 闇に落されそうになる程の黒く大きな瞳が、まっすぐにレミリアを捉えていた。

「鼠、名は? 目的は?」
「墨目(すみめ)と申します」白き少女は口を開いた。「偉大なる鬼の頂上に君臨されるお方」

 恐れを、穢れを感じさせない、わずかに幼く、しかし凛然たる声。
 なるほど、とレミリアは口に手を当てた。偉大な事は自分で分かっている。それはいい。
 墨を落したような漆黒の瞳、それで墨目と。

 頂上たる圧力を前にしてもなお、平静を保てる鼠に、再び関心させられる偉大な吸血鬼。
 ただ一つの望みを抱えるように、その一言のために存在してきたかのように、墨目は唇
を動かした。

「貴女の僕(しもべ)として参上いたしました、新たなる御主人様」
「僕なら間に合っている」
 声の主は、幼き吸血鬼のものではなかった。
 幼き姿の隣に、べつの人間の姿が現れたのだ。
「……お嬢様? このような薄汚く無礼な鼠に、もてなしの必要はあるのですか?」
 
 墨目は匂いを感じた。珍しく、殺してはならない人間だと、すぐに悟った。 
 ――鬼に仕える者か。先、自分をここへ送ったのはこいつだ。
 青い給士の服に身を包まれた、銀髪の少女――十六夜咲夜を睨む。

「私の判断よ、私の。こいつは益になる。何故導かれたのか……何故ここにいるのか、私
だけは知っている」
 そうだ。分かっている。
 それが益になるなら迎え入れるし、ならないなら殺す。それだけの事。
 この独房はそのためだけにある。
 
「しかしお嬢様、少々無礼とは思われませんか。こんな、」
「いやいや咲夜。いいから」 
 
 苛立ちを見せる咲夜を、レミリアは指を立てておさえる。こういう所で実直すぎるのは
咲夜の悪い所だ、と思う。

「立て、墨目」
 声を立てる。鼠は一瞬だけ肩を震わせる。
 白くきめの細かい長髪は、記憶されたように背中側へ周り、再び白い河を造る。
 土色の、鞭のように細長い尾が一瞬だけしなると、墨目はレミリアの前に立ち上がった。
「えぇと、まず……」 
 レミリアの声を耳に入れ、墨目は次の言葉を待ちわびる。
 とりあえず、僕がどうこうよりも、レミリアはさっきから気になっていた事を口走った。
 
 
「なんでお前は服を着ていないんだ?」
 
 
 墨目の、まだ可愛らしさを残す貌が、一瞬きょとん、となった。 
 咲夜としては物凄くどうでもいい事だったが、なんとなく禁忌に触れてしまった気がし
ていた。 
 咲夜は黙ってそれを見据えた。そういえば何たる事か、その白皙の痩身を億尾もなく曝
しているのだ。墨目は。
 しかも、極端にまっさらな――薄い、勝ってる――主に上体を。
 幼い素体としては知り合いの人間にも近い体型のがいた気がする。
 実際咲夜には矢張りどうでもいい事だったが、その――魅力としては――まぁレミリア
お嬢様には及ぶまい、と咲夜は考えるのをやめた。
「……はぁ、私めはこれが正装かと」
 
 ――――正装!?
 
「咲夜」
 頭を抱えたレミリアが、ぱちん、と指を鳴らすと、次の瞬間には墨目は暖かい物に包ま
れていた。
 咲夜は不機嫌そうな顔を崩していない。
「……あれ?」
「お前の基準は知らないが、ここでは服を着ていることが正しいんだ」
 墨目は一瞬の間に着替えさせられていた。
 
 ――真っ黒なエプロンドレスに。
 改めて眺めると、その白黒姿は、良く見る誰かにそっくりだと思った。
 さっきから体型といい、なんというか……
 そういえば。魔理沙だ。そう咲夜は思わず心の中で苦笑した。代わりのメイド服も、小
柄な身体に合わせたサイズも、この余り物程度しかなかったから仕方ないとはいえども。

「ここに正式な採用試験などはない。あるとしたら一つだけだ」
 わずかな困惑を見せていた墨目は然し、何の疑問を持たずに頷いた。
 何もかもが分かっているのは、実につまらないわ。レミリアは目を細めた。
「良いだろう」
 こおん、と周囲の空気が歪んだ。
 数千もの翼が犇めき合うような、かつての主が示していたような力の根源を墨目は感じ
取った。
「私の僕となるに相応しいか否かは……咲夜」
「はっ」
「こいつを殺しなさい」
「仰せのままに」  
 そこからは無造作なものだった。咲夜は腕を組んだまま動いていない。
 いつのまにか赤の柄が墨目の喉から垂直に生えた。
 
「……はい失格ー」
 
 心底つまらなさそうに瞼を伏せると、凶悪の権限としての溜息。 
 墨目はまたしもきょとん、と。その黒の相貌から血の気が無くなり、瞳孔が開ききる。
やがて上体が崩れて――布の擦れる音を立て、冷たい鉄の床の上に仰向けに崩れ落ちた。
 特別死刑囚の美しい死に顔を拝みたいわけでもないが、どうもこいつには似合わないと
レミリアは思った。
 
 いやなに。我が館は玄関まで入れはする。そこからは別問題だ。
 館の主は黙って振り向く。
「咲夜、片付けておいて」
 紅く錆びた床へ、更に紅い汚れを作った墨目を顎で指す。もうここには幾度も同じよう
な死が染込んだが、まだまだ我が館は“清潔”だ。レミリアは一人頷き、翼を広げた。
 
 数秒経たない間に、咲夜は時間を止めようと――あくまでも処理がレミリアの目の汚れ
にならない様にするためだ――もたげた腕を、止めた。
 はぁ、どうした事か。どこまでも瀟洒であるはずの十六夜咲夜は、久々に、細く高い鼻
筋を歪めた。
 驚きと不満に、だ。

「あ………………お嬢様?」

「えー? 何よ?」レミリアはまたも、呼び止められて振り向く。「……あら?」
 “それ”を目の当たりにして、思わずレミリアはくくっ、と喉を鳴らす。

「咲夜ー。あなたも腕が鈍ったのね」
 可笑しそうにからかわれた従者の顔が一層歪んだ。
「一発目で仕留められないなんて」
 否定する積りはないが、否定の出来ない状況というものに憤ったからだ。

 まさか墨目が、脊髄を貫通したナイフを物ともせずに起き上がってくるとは、思うまい。

 しかし、だ。これだけは。
「いいえ、お嬢様……これはリジェネレーション、再生能力では」
「そうねぇ、私にそっくり」 
 のほほんと墨目を上から下へ、また上まで眺めると、レミリアは黙ってそれを指差す。
「咲夜」
「はい」
「こいつ正式採用」
 
 その瞬間、咲夜は出来うる限り精一杯の引きつった笑みを見せて、答えた。
「仰せのままに」

「ふふふ」 
 また、顎をさすりながら笑うレミリア。
 何がおかしいって、
 生命線の切れたはずの墨目が、いつのまにか起き上がっていたことではない。
 墨目が喉に刺さったナイフをまだ抜いていないことだ。
 いずれにしても、微笑みを絶やさない鼠少女が滑稽で仕方なかった。
 
 レミリアは、この来訪者が何故生き返ったのか、理解したが問おうとは思わなかった。
 久々の、咲夜以来の『天恵』だ――と、ほくそ笑む。
 
「不吉な鼠ね。それに明日は満月の日。良い塩梅だわ。そう思わないかしら? 来訪者」
「えぇ……」
 
 墨目は初めて、喉のナイフへ手をかけた。
「贄を御主人様へ献上するには、実に相応しいかと」
  
 肉の裂ける嫌な音と共に、紅い飛沫が床を叩く。時間を逆行するかのように、刃の抜か
れた喉の空洞は一瞬で口を閉じた。
 墨目はナイフをまじまじと見つめた後、すぐに、レミリアの傍に立つ咲夜の眼を見据え
た。
「ふふ」 
 墨目の眼はとても物腰の柔らかい物に見えたが、事実その昏く濁った墨色の瞳は獣のよ
うに尖っている。
 そいつは確かに、咲夜の事を嗤っていたのだ。
「――ちぃ」 
 あさましいものめ。
 咲夜は脳裏に吐き捨てる。

「どうしたの?」
 不思議そうに――原因は分かっているのだろうが――咲夜の顔を覗きこむのはレミリア。
 ふいに、どうにも居た堪れなくなった咲夜は、主から眼を背けた。
「……失礼します」 
 咲夜は腕に掛かった懐中時計へ手をかける。
 三人だけであった空間に突風が渦巻き、次の瞬間にはレミリアと墨目以外には、ここに
気配はなかった。
 何もない錆びの空間を睨みつける墨目。
「おかしなメイドさん」彼女はぽつりと呟くと、咲夜が消える瞬間に見せた、自嘲めいた
彼女の唇を思い出した。

 館主曰く、「珍しい事だ」と。




 ***




 館の屋上テラスは、一層風当たりが良い。
 あの独房に慣れてしまっては、散り散りに千切れた雲の隙間から覗く星達が眼に痛いが。
 咲夜は主の元から逃げ出してきたことを後悔した。しかし不思議と違和感はなかった。
 
 今すぐ戻るわけにもいかずに、彼女は銀髪をたなびかせながら、ツィンネ(狭間窓)の一
角に腰掛ける事にする。
 
 すると、テラスの中心に黒い靄のようなものが現れた。
 すぐにそれは人間のような輪郭を形作りはじめた。
 反射的に胸ポケットの得物へ手を掛けるが、咲夜はそのどぎつい色調を目にして、再び
腰を落ち着けた。 
「何か用なの、お客さん」
 寒くも、暑くもない湿った気候に強大な妖気が重なり、夜ですらしっくりとくる日傘を
差した少女は、その美貌をぐるん、と咲夜の方へ上げた。 
 
「今夜中に来客が二人も。お嬢様へ知らせるのも面倒だから帰ってちょうだい」
「あら、つれないわね」
 
 それが口を開いた瞬間、風の流れが極端に旋回した。危機を避けるようなものか、と咲
夜は直感的に感じると、“見た顔”である来客者を改めてねめつける。
 来客者の金髪は、彼女を囲うどす黒い妖気の中では輝けない。もったいないとは思うが、
正そうとも思わず。
 白と紫の法衣に身を包んだ来客者――八雲紫は、いつしか畏れられるものでも恐れられ
るものでも無くなっていた。

「で……時を止めていなくていいのかしら」
 彼女の言っている事は、『あなたの主は心配しているわ』という事だろう。
 
「また覗き観かしら」
「いやねぇ、私はいつでも“あなただけを見ている”わ」
「気持ち悪い」
 
 一歩身を乗り出して近づく大妖怪を、咲夜は感じたままに一蹴した。
 ここまで下手な冗談を言いつつ、馴れ馴れしく人間に近づく妖怪なんて両の指で数えら
れる。
「つれないわね」
「雲が流れているほうが綺麗だからよ」
「それじゃ、あの来訪者は? どうするの」
「っと――――今客間へやった」
 腕を組んで苦笑すると、紫までも長袖で口を覆って笑い出した。

「あの娘、魔理沙にそっくりだけど。髪の色以外は。可愛らしいじゃないの」
 明後日の方向を向いて紫は咲夜へ答えを催促する。
「あの目がだめなのよ。あの目が」
 あらそう。と、紫の口から湿った息が漏れる。
 憎憎しげに吐き捨てた咲夜をなだめるように、紫は問う。
「『外』から来た者が受け入れられないのかしら?」
「『外』、ですって?」
 今まで感じていた、えもいわれぬ不快感。どうにも出来ないものだと思っていたが――
不意に、星空の下に咲夜は叫んだ。
「今すぐあいつを元の世界へ戻しなさい!」
 テラスに振動も残さず、矢のように飛んだ咲夜は紫の襟首を掴んでいた。
「く、くるしぃー」
「どこの世界から来たのか知らないけど、墨目はここにいるべきじゃないわ!」
 日傘を振り回しながら間抜けな声を漏らす紫に、かえって掻き立てられる。苦しそうな
のか、楽しんでるのか、分からない貌が特に。
「なんで、そんな事をあんたが決められるのよーーー」  
 何の気なしに、しかし紫の声が咲夜の血を下げさせた。
 いつのまにか襟首から手を離していた咲夜はしばし呆然としていた。
「あらあら」紫の顔色は既に元通りだ。「あの墨目に出し抜かれたわけじゃないでしょう
に、何故消そうとするのかしら?」 
「そんな事……」  
 愚者であった驕りに、咲夜はかぶりを振って紫へ背を向けた。

「完全で瀟洒なる鬼の下僕さん? あまり頭に血が昇るようではねぇ」

 すると紫は奇術師のように、一瞬で着ている服を変えてみせた。 
 今度は彼女の名と同じ色を基調にした、ロリータファッションに白の長手袋。似合うと
絶賛するまでもないが、妖艶な美には不思議と定着していた。
 着替えた事に意味はないだろうが。

「幻想郷は全てを受け入れる。それはそれは……」
「それはもういいから」
 腰まで届く、波打つ金の波たる長髪をさらさらと弄りながら、紫は不満そうに頬を膨ら
ます。
 気付けば、紅魔館の従者である咲夜は、外殻塔の石階段へ足をかけていた。
「これはルールなのよー、咲夜。でもちょっと待ちなさい」 
 面倒くさそうに振り返るメイド長を確認すると、来客者は花開くような笑顔を見せた。

「他人を巻き込む“空間転移”は自然発生するわけではないわ。いつも何か人為的なもの
がかかわっている。それは分かるでしょ」
「犯人は貴女しかいない事は、よぅく分かっていますわ」
 咲夜の返答は実に的を得ていた。
 紫は亦ふくれっ面をしていたが、それは無視して続きを催促をする。
「私がまじめに話してるときは茶化さない」
 至極もっともだ、と咲夜は笑った。
「えーと」紫は白手袋に包まれた、弦楽器向きともいえる細い人差し指を顎にあてて、数
秒間考え唸った。「『外』の世界とはいつも人間の世界を示すわけではないわ」

 『外』とは“幻想郷の外”を示す単語であって、それが決して博麗大結界で区切られた
外界一つを差す言葉ではない。
 例えるなら月と地球の間に刻まれる宇宙と呼ばれる境界。
 「境界を操る程度の能力」を持つ八雲紫は、二百由旬を遥かに超越する厚さを持つ宇宙
をも、まるで敷居をまたぐかのように越えてしまう。
 例えそれが距離、時間といった要素を逸脱したものであろうと越えてしまう。

「それじゃあ」眦をするどく尖らせる咲夜。「別次元からの転移者……よりによってあい
つが? 貴女はまさか」
 再び咲夜は紫の方へ飛び出していた。メイド服の乱れは決して己が許さないというのに、
風を切って。彼女すら、自分の足がもつれる事をいぶかしんだ。紫の笑顔が、拒んでいる
のだ。

「久しく会ってなかったじゃないの、プレ…………」
 ほんの十数メートルの距離を駆けただけの筈だが、咲夜の疲弊した顔は普段の瀟洒たる
姿を持ち合わせていなかった。
 その荒い息を繰り返す唇へ、紫は人差し指で栓をするように触れた。
 
「それ以上は口にださないの。あの名前は嫌いだわ」
 
 指の先から疲労が吸い取られてゆく。始めから何も無かったかのように。
 咲夜の唇と一抹の唾液を挟んで、紫は指を離した。咲夜は我に帰ると、かすかに上気し
たような頬を引き締める。
 
「明日よ、明日の満月の夜。墨目が動く。夜のまなこの鼠が踊る」
 片手で日傘の柄をもてあそびながら、中途半端な月の夜へと高らかに宣言する紫。
「あの娘にしかできない事で、墨目はあなたを越えるわ」
 宝石のような紫色の相貌を咲夜へと戻す。紅い亀裂のような口がつりあがった。

「墨目を元いた世界へ戻したいかしら」
「越えられるくらいなら」
 咲夜は静かに答えた。その返答には一瞬の躊躇いもなかった。
 単純な自尊心ではなく、これは危機感である事を彼女は自負しているはずだった。しか
しこの答えは自分の思うままだ、と紫は心でほくそ笑んでいた。
「なら――あなたに命題を与えましょう。なに、簡単な事よ」
「そっちの要求に応じる事に、断る理由はないわ」 
 良いのだ、これで。スキマ妖怪たる八雲紫がなぜこうも一端の人間に助言をするのか、
咲夜には分からなかった。分からなかったが、これで良いと咲夜は思った。
 
 八雲紫は“胡散臭い”が“嘘は付かない”。
 
「それじゃあ……あなたは墨目にこう言うのよ、………………」
 
 紫とはかくも厳かなる色だと咲夜は慄く。その色をした眼をわずかに伏せるだけで、竜
の吐息を彷彿とさせる邪を放つのだ。
 
 いうなればそれは、真理だった。
 咲夜はそれに、従うしかなかった。




 ***




 館の主は既に薄暗く紅い自室へ戻っていた。
 些か奢侈ではなかろうかと思われる天蓋付き羽毛ベッドの上で、レミリア=スカーレッ
トはぶーたれていた。
 
「咲夜、いままでどこいってたのよ!? いきなりあの鼠も消すし!!」 
 幼い少女そのものの姿だが、それは視覚的効果にすぎないものだと咲夜は再び思い知る。
 本気で怒っているわけではない。単なる不満によるものだろうが、それがまた恐ろしい。
怒鳴ると同時に振り下ろされた拳がシーツへとめり込むのを、咲夜はおろおろはらはらし
ながら眺める事しか出来なかった。
「もうしわけ御座いません……ただ、今回に関しては」
「言い訳なんか聞きたくないわ!」
 一喝と同時にブン投げられた横長の安眠枕が、咲夜のカチューシャをかすめて壁へ激突
した。そして粉砕した。
「ふん…………まぁいいわよ、もう」 
 帽子を落として色々はだけさせた服装に、咲夜はまたしても色々な趣味で心を撃たれた
が、とりあえず「いつもの事だ」と頭を落ち着けた。

「あいつへ最初の使命」

 レミリアはいそいそとシーツをかぶりながら、空いた手で咲夜へビシっと人差し指をむ
けた。
 咲夜は畏まったまま、主の言葉を待った。
「珍しい者の血液を常に飲める状態にしろ、と伝えなさい」
「と、仰いますと」
「誰でも良いよ。あいつの初仕事には丁度良い」
 レミリアは悪戯っぽく嗤ったが、咲夜にはやはり訝る事しか出来なかった。

「……仰せのままに。それでは一時の安らぎを。お休みなさいませ」 
 跪くと、常套句を述べる。 
「おやすみ」
 レミリアが小さな頭を落す先には、既に修復された安眠枕が敷かれていた。
 勿論咲夜が時間停止しつつ直したものだった。
 良く見れば、それは継ぎ接ぎだらけだった。






 ***






 夜が明けた頃。


「あら、メイドさん、お早う」
 
 エントランスホールへ向かっていた咲夜は一瞬ひっくり返りそうになった。
 そりゃ、早朝も早朝の、大抵の人間ならまだ惰眠を貪っていたい時間だ。
 紅魔館でも人妖問わずに咲夜以外は起きてはこないはずだった。少ない窓からわずかに
覗く太陽に照らされた紅の廊下をぼーっと眺めているうちに、いつのまにか超接近してい
た妖怪が耳元で囁いたのだ。
 そりゃあ驚く。

「……墨目」
 一瞬だけ疎ましそうな目を投げかけると、すぐにクマの出来た目じりを正面へ向けた。
 昨晩の来訪者の顔は、笑ってはいなかった。
「あんた早いわね。今五時過ぎよ」
「私は休憩時間を極力抑えるように躾けられていますので」
 
 墨目の背は低い。
 咲夜と頭一つは違うとなると、やはり魔理沙に近い。服装は昨日の白黒エプロンドレス
のままだ。
 まじまじと眺め上げてくる大きな黒い相貌は、やはり嫌悪感を拭いきれないものがあっ
た。やはり顔は笑っていないが。

「しつけ? あんた元はなんなの?」
「簡単にいえば、忍者」
「忍者?」
 怪訝な顔をする咲夜。
「隠密行動に長けたもので、『本体の』気配を一切なくす事が可能な忍術を行使します」
 なるほど、しかし、その程度ではまだ驚くに値しない。
 
「御主人様へ生贄を献上することに関しては――」
「あんたが主人と呼ぶ、我らが紅魔館の所有者である主様はレミリア=スカーレットお嬢
様」
「それは昨日お聞きしました」
「でしょうね」と咲夜は頷く。「いきなり人の主を御主人様呼ばわりとは良い度胸だわ」

「私はかつて幾人もの鬼と呼ばれる偉大なお方に仕えてきました」
 墨目が低い腰を一層低くして一例すると、正規のメイドである咲夜をも唸らせる行儀の
一つだった。
 この言葉は嘘ではないのだろう。
 かつて、幻想郷に近い世界で暮らしてきたのであろう墨目は、既に鬼という画一化され
た脅威の元で過ごす事に慣れてしまっている。
 『鬼』の名を冠する者の下につくことが当然、となってしまったわけか。

「私の忠義は決して報われない、と前代の主様は言いました」
「一つ前?」
 興味なさそうに、しかし過去を知っておく必要はある、と咲夜は続きを促した。
「その方の名は苦弄(くろう)様」
 墨目はいつしかの光景を思い浮かべているようだった。正に恋する乙女と言ったところ
か。咲夜の事は全く気にしないようすで惚けている。
 魔理沙ならこんな顔は絶対にしないと咲夜は顔をしかめたが、墨目の顔がふと暗く沈ん
だ事に気付いた。

「ただ、苦弄様は殺されてしまった。名もわからない神に」

 精霊の一種だろうか、ここ幻想郷でも神と呼ばれる存在は複数存在する。
 やはり墨目の存在していた世界は幻想郷と構造は同じなのだろう、と咲夜は頷く。
「なるほど」 
「それから何世紀も、私は新しい主様を探していましたが、私の脚では見つけられず」
「――どうしてそんなに『鬼』に執着するのかしら」
 咲夜は腕を組み直す。
 柔らかい太陽光を、純白の髪と二本の小さく尖った鼠耳が墨目の心を代弁するかのよう
に乱反射する。
「私は単なるちっぽけな鼠でしたが、既にそこには名前がありました」
「親から貰った名前じゃないのかしら?」

「いいえ、私は親という存在を覚えておりません。ただ一つ」
 漆黒の瞳が風に揺れるように振動しだす。懐かしい何かに答えるように、その一言を、
「“鬼の下僕、墨目”」
 絞り出した。
 はぁ、と吐息を漏らし、墨目はそこで始めて咲夜へ微笑みを見せる。

「…………ふぅん」
 咲夜は瞬きもせずにそれを見返した。
「“真実の名”はそうそう口に出してはならないものよ」
 困ったような顔を見せる墨目が、咲夜には少し滑稽だった。

「それじゃ」咲夜はやや声を高めた。「お嬢様からの最初の命」
 緊張の面持ちで墨目は居住まいをただす。

「ここから東へまっすぐ――満月の方角へゆきなさい。すると竹林があるわ、そこに人間
が一人だけで暮らしている庵がある。そこへ潜り込んでそいつを贄に。名は藤原妹紅」
 一つの方角を指差しながら、咲夜は尖った相貌を墨目へ向けた。

「もちろんそいつはただの人間ではない。あんたと似た要領で、殺してもすぐ生き返る。
猶予は数秒間。その間にどうにかするのよ」
 墨目はその言葉を真摯に受け取った。咲夜は当然、このわずかな説明だけで彼女が目標
を奪取してくることを予測していた。 
 
「メイドさん……」 
「十六夜咲夜」
「十六夜咲夜さん、一つ聞きたい事が」
 語呂の悪い二人称を覚えながら、墨目は既に無表情に近い素顔へ戻っていた。
「なに?」
「妨害者(ブロッカー)が既に動いているのでは」
 あぁ、と咲夜は手を合わせた。なるほど、先の死人どもを追う奴がいる。
「上白沢慧音。その竹林に隣り合わせた山の峰にある人里。あんたの襲った場所の隣よ。
そこを守る人間で、そいつは妹紅に執着しているから、上手く弱点を突きなさい」
 弱点。すぐに墨目は理解した。

「あんたが再生能力や忍術だけを持つとは限らないけど。お嬢様に存分に貢献なさい」
 すぐに、黒いドレスの鼠は一礼する。
「我が全勢力を以って、仰せのままに」
 怪しい笑みを放つ墨目の返答に、咲夜は再び、無言で頷いた。



「そういえば、怒ってないの? 昨日の」
「相当慣れてますから」
「……そうですか」








やぁ(´・ω・`)(ry

しかしクロスオーバーかつ殆どオリとは。ウィザーズコースト社に喧嘩売ってるとしか思えません。
もうめるぽ。

そして凄いマイナーチェンジしました。
低速回線
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コメント



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3.50新角削除
MTGはテンペストで終了しております……っ!
次回に期待
18.80|||削除
ギャザか、昔やってたな。まあ殆ど忘れてしまったわけですが。
マイナークロスという偏見を捨て間口を広げてかかれば、なるほどこれは巧い。台詞回し一つ一つにも独特のパンチが利いているのも小気味良い。
前知識0の自分の頭の中には姿も形も無いはずのキャラが、これ程綺麗に動くとなると、書き手の貴方は恐らく凄く楽しんで書いてらっしゃるのでしょう。そんな幻視。
ただ、どうしても魔理沙と比較されまくりの墨目さん。キャラまで魔理沙に食われないことを祈りつつ後編に期待。
19.無評価紅狂削除
まさか創想話でインクたんを見る事になろうとは…。
何はともあれ後編お待ちしております。
27.40プロツアー予選でキッカー・ウルザズレイジをミスディレクションで反転させるのが好きな人削除
あれ?バッドムーン(不吉の月)ってテンペかクラシック(6th)でしたっけ?
MTGのリジェネレイトをリジェネレーションと置き換えたあたりが少し
味が感じれました
神河の墨目とバッドムーン関連もなんとなくわかりました。
プレ・・・は、インヴェンジョンブロック第二弾プレーンシフト系に良くみられた「プレインズウォーカー」でしょうか?

バッドムーンの効果が墨目に反映されるとか、反転前か反転後の墨目の活躍とかがもう少し織り込まれてれば~と思いました。