Coolier - 新生・東方創想話

切られなかった指

2005/12/02 17:53:49
最終更新
サイズ
37.95KB
ページ数
1
閲覧数
619
評価数
11/57
POINT
2900
Rate
10.09
<注意>
この作品にはオリジナルな人物が出てきます
そういうのがダメなお方はブラウザの戻るでお戻りください








































遠い遠い昔、人間と妖怪が住む国がありました
その国はとても大きく、豊かな大地を持っていました
多くの人々はその地を楽園と呼び、いつかその地で生活することを夢見ていました
ですが、そんな楽園がそのまま放っておかれるわけがありません
他の国々はその楽園を我が物にしようと躍起になりました
さまざまな場所で、何度も何度も戦いが起こりました
多くの大地が血に染まり、腐臭があたりを覆っても人々は戦いをやめませんでした

ですがある時、1匹の妖怪が全ての人間に向かって牙を剥いたのです
同じ種族でありながら互いを傷つけ、殺しあう人間に絶望し
自らの愚かさを思い知らせるためにその妖怪は人を殺し続けました
その妖怪は、
その妖怪が訪れた場所がムラサキ色の炎に包まれ、何もかもを破壊し尽くされることから
紫、と呼ばれました

しかし、それも永くは続きませんでした
ある満月の夜、1人の巫女が妖怪の前に立ちふさがったのです
2人の戦いは熾烈を極め、三日三晩という長きに渡りましたが
とうとう妖怪は降参したのでした
ですがその巫女は妖怪を退治してしまうことはありませんでした
その代わり妖怪に約束をさせたのです
1つは人間をもう襲わないようにと
そしてもう1つは争いの原因となったその楽園をこの世ではない世界に隠すのを手伝うようにと
妖怪はしぶしぶといったようにその巫女と約束をしました

こうして楽園はこの世から消え去り
やがて人々の記憶から忘れ去られました
そして楽園は初めからなかった幻想の物だと言われるようになり
幻想郷と呼ばれるようになりました

              紫炎にて
                煙り揺らめく
                     幻想は
                       神子が護りし
                           囲いの中へ

                             ―――――楽園ノ在処より 詠み人知らず―――――





★★★



ぽこん!

「あいたっ、ちょっと何するのよ――っ!」

「紫、貴女 私と約束したでしょう? もう人間は襲わないって」

いきなり私を背後から小突いた人間を睨みつける
白と紅の衣装を身にまとった人間
一見ただの人間のようだけどこいつはきっと妖怪だと私は常々思っている
だってこいつ腕を切り飛ばしてやっても霊符でくっつけて襲い掛かってくるのよ?
人間のできることじゃないわ
しかもこの私と三日三晩戦って引き分けたのよ?
立派な妖怪だって世間に広めてやりたいぐらいだわ

「いやいや違うわ――、私が約束したのは博麗大結界建造のお手伝いと『むやみやたらに』人間を襲わない、よ?
その日の分の食料ぐらい襲うわよ」

無駄とは分かりつつも私は言い訳をしてみる
この女はとてつもなく強引なのだ

「それもだめ」

「何よそれ?私に飢えろっていうつもり?」

冗談じゃない、人間を食べなければ死んでしまうじゃない

「そうは言わないわ、お腹が空いたら私のところにきなさい ご馳走してあげるから」

いやいや待ちなさいよ

「嫌よ、人間と妖怪は食べる物がちが・・・分かったわ話し合いましょう、とりあえずその針を置きなさいな
それ痛いのよ すごく痛いの とてつもなく痛いのよ」

「話し合う必要なんかないわ ほら来なさい」

がしっ、ずるずる

「やめ、ちょっと離しなさいよ!服が伸びるでしょ? こらっ――」

「うるさいわね いいから黙ってついてきなさい」

ずるずるずる

そうして私は博麗の巫女に拉致されたのだ



☆☆☆



「じゃあ紫様、よろしくお願いしますね?」

「ねぇ藍、私も連れて行ってよ 橙と二人だけでお出かけなんてひどいわ」

私は必死に藍の袖を掴んでお願いお願いと懇願したわ

「そうはおっしゃいますが・・・博麗大結界に穴を開けたのは紫様でしょう?」

「あれは違うのよ ちょっと触ったぐらいで裂け目が出来るなんて普通誰も思わないでしょう?」

博麗大結界の修繕、それが私が2人と一緒に旅行にいけない理由だったの





あれは2日前のこと、ちょーっと私がスキマ漁りをしている時、鼻がむずむずとしてきて
はっくちゅん!!
と、したら手元が狂って博麗大結界にずばーっと切れ目が入っちゃったわけよ、風邪気味かしら?
あらあらどうしましょ 
誰も見てないし、ここは逃げるが勝ちねと、きっと博麗の巫女が直してくれる だってそれが彼女の仕事だもの
それから私はいつも通りに藍のおいしいご飯を食べて、お風呂に入って寝ようとしたのよ
そしたら座布団が飛んできたの

ぼふっ

なんて可愛らしい音がなるとでも思った?
もうね、歴代のホームラン王にお餅つきの杵でフルスイングを叩き込まれたような衝撃だったわ

ごしゃぁっ! 
ズサササァーーーーッ!!
ドゴンッ!!!
ぽこん

「あぁああああああ痛い痛いわ だ、誰!?」

盛大に吹き飛ばされ壁に衝突した私は血塗れの頭を抱えながら凶行に及んだ相手に問いただしたわ
ちなみに最後のぽこんは、藍が作ってくれたゆかり様人形が棚から落ちて私の頭に落ちてきた音よ
せっかく藍が作ってくれたのに私の血で汚れてしまった・・・しょんぼり
などと思っていると、それはもう地獄の底から滲み出すようなドスの利いた迫力満点の嗄れ声が響いてきたの

「ゆ~~~~~~~~~~~~~か~~~~~~~~~~~~~りぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」

「ひぃやあああぁぁぁ・・・・・・」

今まで何度も危ない橋を渡ってきたけれど今回ばかりはもうダメだと思ったわ
恐怖なんて感じる暇はなかったの
あるのは殺される!っていう危機感だけ
寝る前にお花摘みに行ってなければ危うくお漏らししちゃうぐらい今回の霊夢は怖かったのよ

「あんたねえ 私に喧嘩売ってるのかしら?」

「ちょ、ちょっと待って ねぇ霊夢 なんのことなの?」

白々しいにもほどがあるけれどあのときの私は本当に必死だったの
あの必死さと言ったら
えーとなんだっけ? そうそう、山田の何某とか言う閻魔様も思わず許しちゃうぐらいの必死さだったわ

「へぇ・・・とぼけるんだ・・・じゃあしょうがないわね 自分で言いたくなるまで・・・」

「霊夢待ってよ! 証拠・・・そう証拠はあるの!?わたし結界を破いたっていう・・・・・あっ」

間抜けにもほどがあると後で思ったわ
自分で自白してちゃあ世話がないわね、でもね思わず言わずにはいれないぐらい恐ろしかったのよ

「やっぱりあんただったのね・・・」

(私じゃなかったら座布団の分はどうしてくれるのよぉ)
そういう突っ込みを入れれる雰囲気じゃなかったし、そんな度胸も今の霊夢には沸かなかったわ

そうこうしていると霊夢がバッっと袖を振るいその手には例の針が握られていたの
ジャキンッと効果音が鳴ったわけでもないのに私には確かにそう聞こえたわ

「や、止めて霊夢 まってまって それ痛いの! 本当に痛いのよ!! とてつもなく痛いのよぉぉぉぉ」

「問 答 無 用」

霊夢は言いながら親指をグッと立てて自分の首を撫でるようにしてからひっくり返して下に落としたわ
もうね、そのときの霊夢の顔が今でも夢に出てくるのよ?
勘弁して欲しいわ、あんな顔、人間の顔の筋肉がどう動いたって作れそうにないのに霊夢の顔はどうなってるのかしら?
本当にほんとーに怖かったわ

30分ぐらいたったころかしら?
私はずっと頭を抱えて丸まっていたの
でも霊夢の手持ちの針がなくなったみたいで私は即座に白状して謝ったわ
本当はもっと早くに白状したかったのだけれどあの針が痛くて痛くて喋れなかったの
それからたっぷり2時間霊夢にお説教されたわ
ずっと正座しっぱなしだったから足は攣るわ、座布団で出血した頭の血は止まらないわで
本当に辛かったの
しかも30分間延々投げ続けたられた針が背中に全部突き刺さってるのよ?
これじゃあハリネズミっていうかハリユカリよ
こっそり抜こうとしたら霊夢の座布団が飛んでくるし
今日ほど真剣に謝ったことは今までなかったわ

藍がまぁまぁと霊夢をいさめてくれなかったら きっと霊夢に殺されてたかもしれないわ
結局、私が結界を修繕することで決着はついたのだけれど・・・





「楽しみにしてたのにいいいいいいいいいいいいい」

1週間と言う長さに渡る温泉めぐり、いろんなお風呂に浸かって極楽極楽、おっとっと藍ったら注ぎすぎよ
あぁでも月見をしながら露天風呂で飲む熱燗のなんとおいしいことか、お風呂を上がれば海の幸に川の幸に山の幸の豪華絢爛のお夕飯
ちょっとお高くついちゃったけれどたまにはこういいのもいいわねー
そういう予定だったのに
私は必死に藍の腕にしがみついてイヤイヤをしたわ
でもね

「ついてこられるのは構いませんが・・・博麗の巫女にどういう目に合わされるかわかったものじゃありませんよ?」

そういわれると藍から手を離して見送るしかなかったわ

「ううぅ いやぁ・・・もう針はいやぁ」

何度も振り返ってくれる藍と橙を玄関先で涙を流しながら見送ったの
それからしぶしぶ結界の修繕に行ったわ

可もなく不可もなく、結界の修繕は上手くいったのだけれど
結界が安定するまでの約1週間、様子を見てあげないといけないの
あぁこれさえなければ皆と一緒に私も行けたのに
今頃、藍達は幽々子達と合流して楽しんでいるんでしょうね
嗚呼、口惜しい口惜しい
でも・・・ここで逃げようものなら・・・
あぁやめてやめて霊夢逃げないからがんばるからぁ





そういうわけでただいま私は崖っぷちに立ってるの

何が崖っぷちって?
私は今まで家事一切を藍に任せて来たのだけれど
今はその藍がいないわけで
いつもは黙ってれば出てきたお料理も出てこないってわけなのよ
でもお腹は空くでしょう?
でもね、私ってばここ何年もお料理なんかしてないわけよ えへっ♪
・・・可愛くしてみたところで何も変わらないどころか自己嫌悪で残り少ないまともな精神を削っちゃったわ
うふ、うふふふ
おっとこれはキャラが違うわね
要するに何が崖っぷちって霊夢にやられた背中は痛いし、お腹は空くわ、結界修繕で妖力は空っぽだわ、精神的に限界が来ているわで
崖っぷちなわけなのよ
わかってくれた?

兎にも角にも
他のものは時間が解決してくれるのだけれど
空腹だけは食べないとおさまらないのよね
さて、どうしようといったところで藍はいないし、いつもお世話になってる用務・・・じゃなかった妖夢もきっと幽々子と一緒に行ってるでしょうから当てに出来ないわ
他の知り合いで食べさせてくれそうな人はいなさそう
紅魔館に行っても今の私じゃ門番のあの子も倒せそうにないし
魔理沙を頼るなんて怖くて出来ないわ、後で何をさせられるかわからないし、怪しい薬の実験台にされそうだわ
同じ理由で月から来た人たちもダメね
アリスはどうかしら?
ダメだわ、あの子の家がわからないし、あのお人形が作った料理なんて呪われてそうで食べるのが怖いわね
あの騒霊3姉妹も幽々子と一緒に行ってそうだわ・・・宴会要員に
じゃあ西瓜・・・じゃななくて萃香はダメかしら
うんダメね、あの子はお酒があれば生きていけるから料理なんてしないでしょうし
あのハクタクは・・・ダメね絶対ダメ、アイツは人間以外には容赦がないから撃墜された挙句、ぐりぐりと顔を踏まれて唾を吐きかけられそう
ほらやっぱりいなかった
え?霊夢?
やめてよ、ただでさえ怒ってるのに
そのうえ、ご飯までたかりに行ったらどうなるかなんていわなくてもわかるでしょう?
むしろ霊夢がうちにたかりに来そうな勢いよ
あぁ恐ろしい

当てはなけれど腹は減る
もうこうなったら自分で作るしかないわ
よしっと気合を入れて袖をまくって私は台所に立ったのよ

「まずは・・・ご飯を炊くべきね!」

目指すは炊き立てご飯とお味噌汁、それにふわふわタマゴ焼きよ





少女料理中





がんばったのよ私
多分私のがんばりを見れば霊夢だっていい子いい子してくれる
そのくらいがんばったの

ご飯はね?
洗剤で洗ったりなんかしなかったわよ?
ご飯の量と同じぐらいの水を入れて炊いたのに
噛むたびにこりこりがりがり言うの
私の口は毎日飽きもせず硬いおせんべいをバリバリやってる霊夢と違って繊細なのよ
食べ終わったら顎が筋肉痛よ

お味噌汁はね?
お味噌の風味はちゃんとしたのよ
でもね塩辛いだけで全然おいしくなかったの
何がいけなかったのかしら?
お味噌汁って、お湯を沸かしてお味噌と具を入れるだけじゃだめなのかしら

タマゴ焼きはね?
ひっくり返そうとそーっと箸でつまんでがんばったんだけど途中でぴりぴりって破れちゃったのよ
もうあのタマゴ焼き独特のくるくるふわふわ~ってした形になりそうになかったから諦めて
ぐちゃぐちゃかき回して炒りタマゴにしちゃったわ
味付けを忘れたのに気がついたのは口に入れてからだったのよ





私がんばったわ
お料理を食べるのにがんばるって言うのはどうなのかしらと思いながらがんばって食べたの
食べ終わって私の頭に浮かんだのはこの2文字

無 理

私がお料理なんて間違ってたのよ
出来ないことはするべきじゃないわ
昔から言うじゃない適所適材よ
こんなので1週間も生活できるわけがないじゃない
ストレスで胃に穴が開いて死んでしまうわ
どうしよう、出前でも取ろうかしら?
あぁダメだわお金は藍が管理していてどこにあるかわからないし、そもそもお店の人がマヨイガに入ったらどうなるか
おろおろと考える私の頭に思いついたのはあの人物
そう、あの博霊の巫女
今の私を恐怖のどん底に叩き落している紅白の悪魔
どう考えても自殺行為だけれど他の人間は頼れそうにもないのよね
・・・素直にごめんなさいをしてお願いしたら作ってくれないかしら?
以前食べさせてもらった霊夢のお料理は質素ではあったけれどもおいしかったわ
ダメもとで行ってみようかしら
大丈夫よね、いきなり夢想封印されることなんかないだろうし
そう決め付けて私は食器を片付けて
残り少ない妖力でふよふよと博麗神社に向かったの



★★★



無理矢理つれてこられた博麗神社の居間で彼女は私に料理を振舞ったのよ

「で、どうかしら?」

くやしいけれど――の出したお料理はどれもこれもおいしかったわ
でもくやしいからおいしいなんて意地でもいってやんないんだから

「で、どうだったのかしら?」

――が顔を近づけて詰め寄ってくる
私はお箸を咥えたままそっぽを向いて彼女を無視した

「で、料理は どう だった の かしら?」

彼女は私の頭を掴み無理矢理自分のほうを向かせようとする
私もそうはさせまいと必死になって抵抗したわ
ギチギチとちゃぶ台越しに必死になる巫女と妖怪
どちらもこの世界に名を轟かす人物なのに、何を必死になっているのだろうか
結局、先に折れたのは私のほう
この巫女は強引な上に頑固なのだ、始末に悪い

「・・・・・・おいしかったわよ」

「え?なんですって?聞こえなかったわ、もう一回」

――は聞こえないわーと耳に手を当ててこちらに向けてくる
くぅこの阿婆擦れ巫女め!
聞こえてるくせにわざとらしいわよ
腹が立ったからその耳を引っつかんで叫んでやったわ

「おいしかったわよ!!!!これで満足かしら!!?」

「あらそう それはよかったわ」

結構な音量で叫んだつもりだったのだけれど堪えちゃいない
博麗の巫女の耳は音量感受量調整機能でもついているのかしら?

「妖怪でもちゃんと食べれるでしょう?
ちゃんと料理を覚えれば人間を襲わなくても・・・」

「嫌よ、面倒くさいわ」

彼女が料理をしているところをずっと眺めていたがあれは面倒くさそうだ
――はため息をつきながら

「これからも私が作ってご馳走してあげるから
もう人間を襲うのはやめなさいな」

と言った、確かに彼女のお料理はおいしかったけれども・・・

「いやでも、それだと妖怪の存在意義ってものが・・・ねぇ?」

誰に語るともなしに吐き出してみる
人間は妖怪を恐れ、争い、妖怪を退治する
妖怪は人間を襲い、間引きし、人間に退治される
それはこの世の原理原則
盛者必衰、諸行無常のさだめなのだ
誰にも変えられない、否、変えてはならない自然の法則
だからそれは出来ない
私はそう彼女に伝えた

「でも、人が妖怪を恐れず、妖怪が人を襲わなければきっと両者は共に歩んでいけると思うのよ」

彼女はそう答えた、有り得ない
大それた幻想だ、そんなことが出来るわけがない

「それは無理よ、皆が皆私みたいってわけじゃないわ
人を襲い、殺すことに生きる意味を見出してる妖怪もいるのよ?
そういう輩はどうするの?皆殺しにしちゃう?」

1つの種族がそうなれば他の種族も黙っていない
次は自分達だ、そう思い込んで先手を打ちかねないわ

「何も全ての妖怪と共存しろとは言わないわ
できないものはできないだろうし、無理なものは無理でしょうね
でも・・・できるところだけでもやっていければ無益な争いは減るとは思わない?」

「それは・・・そうかもしれないけれど」

「だからね、紫・・・」

彼女は身を乗り出し私の手を取り、こう宣言した

「私達からはじめましょう?」



☆☆☆



「霊夢~・・・霊夢~・・・」

ふよふよと時折落ちそうになりながら日が落ちる前に私は神社に到着したわ
霊夢は縁側に座ってお茶を啜りながらおせんべいをかじってたの
でも、私に気付くや否や立ち上がって霊符を取り出して

「霊符『夢想封印 集』!!」

あーやっぱり怒ってた
皆さんさようなら
スキマ妖怪 八雲 紫は今宵往生いたします
最後においしいご飯が食べたかったわぁ・・・

数え切れない霊符が自分に襲い掛かってくる様を想像しつつ
私は目を閉じて最後の時を待ったわ
でも、いつまでたってもその時は訪れなくて
少しずつ目を開いて周りをキョロキョロ見渡したの
そしたら霊夢ってばお腹を抱えて私を指差して大笑いしてるのよ?
よく見ると霊夢が取り出したのは霊符じゃなくておせんべいの包み紙だったの

霊夢はひとしきり笑った後に、私にどうぞといって居間に誘ってくれてお茶も入れてくれたわ

「出がらしで悪いけど」

そういって出してくれたお茶は今まで飲んだどのお茶よりもおいしく感じられたのはなぜかしら?

「気味が悪いわ・・・霊夢」

「どうして?」

「昨日はあんなに怒ってたのに・・・」

「あーあれね そりゃそうでしょ 結界破ってほったらかしにしてた紫が悪いんだから」

「そのことについては謝るわ ごめんなさい」

彼女は素直に謝った私に少し驚きながらこう言ってくれたのよ

「もう怒ってないわ ちゃんと結界も修繕してくれたみたいだし・・・でも藍の言うとおりだったわね」

霊夢は何がおかしいのかクックックッと喉を鳴らしながら私を見たわ

「今たずねてきたのはあれでしょ? お腹が空いたから何か食べさせてくれ 違う?」

どうして霊夢にそのことが分かったのだろう?
私は違わないと首を左右に振ってどうしてと視線で霊夢にたずねたの

「あの後ね、あーあの後って紫をしばき倒した後なんだけど藍がわざわざ神社までやってきてね
『自分達は明日から旅行に出る予定だったのだけれど幽々子嬢達とのこともあって紫様だけを置いていく形になってしまう
あの人は生活能力が0だから多分霊夢を頼ってくると思う、邪険にせず助けてあげて欲しい
紫様と霊夢の分の食料も持ってきたからお願いできないだろうか』だったかしら?
いい式を持ったわね紫」

私は恥ずかしいやら情けないやらで顔を上げることが出来なかったわ
藍め、覚えてなさい
あ、でもこの場合はよくやったかしら?
どっちか分からないからしばき倒してから誉めることにしよう
彼女はそんな私を楽しいそうに見つめつつこう言うの

「今日から1週間でしょう? だったら1週間ここに泊まればいいわ 貰う物ももらっているし自由にしてくれていいから」

ありがたい事この上ないお話
しばらくこのことでつつかれそうだけど
それでも1人で生活するよりはましよね

そんなこんなで
私と霊夢の1週間限りの同棲生活が始まったのよ



★★★



私は必死に逃げ回ったわ
こんな巫女とお友達なんて勘弁こうむりたかったもの
でもね、彼女は食事時になると私が何処にいても見つけ出して家に引きずって行ったわ
一体どうやって私を探してるのかしら?
本当にしつこいったりゃありゃしない
しつこくて強引で頑固とはもしかしてこいつストーカーかしら?
まぁ怖い

なのに少しずつ嫌ではなくなっていくのはどうしてかしら
無理矢理付き合わされる食事をだんだんと心待ちにしている私がいるの
彼女と過ごす時を待ち遠しく思うのはなぜかしら

いつか、彼女の望む大それた幻想の関係が夢物語ではなくなるような気がするのは・・・私の気のせいだろうか?



☆☆☆



一日目
霊夢の朝は早い
まぁ私と比べれば早いってだけだけどね
これでも一応巫女らしくやっているようね

起きて禊をし、いつもの紅白の衣装を身にまとう
境内の掃除をして、石段の下にあるポストへ向かう
どうやら何通か妖怪退治の以来があったようだ、彼女は嬉しそうに戻ってきた
そして賽銭箱を覗いてがっかりしながら朝食の準備をする
朝食を食べたら手紙のあった、あちこちの村に飛んで行き話を聞く
妖怪は主に夜中に行動するから情報収集ってやつね
戻ってきたら昼食で・・・あらあらまた賽銭箱を覗いてるわ
何度見ても無駄なのにねぇ?
その後しばしの間、一緒に縁側でお茶を飲んだわ
夕方になったらまた境内の掃除、この季節は落ち葉が多くて大変そうね
それが終わったらお夕食、食べ終わったらお茶で一息ついて妖怪退治かしら?
手伝おうかと聞いたのだけれど
これは私の仕事だし大した相手でもなさそうだからいいわと言われた
いらないと言われてついていくほど私は真面目じゃないから神社でごろごろさせてもらったわ
午前3時を回ったあたりで彼女は帰ってきたの
それからお風呂に入って、おやすみなさい
また明日



★★★



じゃらじゃら
袋に入ったお金とかいうものを鳴らしてみる
――によるとどうやら人間はこの丸っこい金属で物をやり取りするみたい
こんな物に価値があるとは到底思えなかったのだけれど
これを出すと食べ物がただで手に入る優れもの
どうやって手に入れたかって?
彼女がくれたのよ
これがあれば彼女がご馳走してくれないときでも大丈夫
でも、もう残り少なくなってきたからまた貰いに行かなきゃならないわ
あんまりやたらに使うとすぐになくなっちゃうし、月に1度しかくれないのよ?
そろそろ1月経つから大丈夫だろうけどね

ふよふよと神社に飛んでいくと
――が境内に立ってたの
あら、もう一人いるわね誰かしら?
遠目にこっそり見ていると、どうやら男のようだわ
ほほう、なかなか精悍な顔立ちじゃないの
彼女のほうは・・・あらあら顔が真っ赤じゃないの、でも怒ってるわけでもなさそうだわ むしろ楽しそう
これはもしや・・・うふ、うふふふ、いいものみーちゃった
しばらく眺めていると2人は顔を寄せ合って・・・あらあらあらあらお熱いわねぇ
短い接吻のあと男は帰って行っちゃった
――ったら惚けた顔でしばらく自分の唇を指で押さえてたわ
面白いから隙間を開いてこっそりと・・・後ろから抱き付いてやったわ

「見たわよー くふふふ」

「ひゃっ な、紫!? いつから見てたの!?」

「割と、最初から?」

「な、ななななななな・・・」

――ってば顔を紅潮させながら口をパクパクさせて本当に面白かったわ
その次の瞬間までは本当に愉快で痛快だったのに

「霊符『夢想封印 散』!!!」

ドゴンッ!
ズサササーッ!!
ビタンッ!!!

私はいきなり放たれたスペルカードに手も足も出せないまま吹き飛ばされて近くの木に抱きつくように叩きつけられたわ

「こ、こあらぁ・・・」

「あ・・・紫ごめん、つい・・・あははは」

彼女は木にへばり付いた私をべりっと剥がすと、ごめんごめんと申し訳なさそうに血が吹き出る鼻を手ぬぐいで押さえてくれたの

「ひどいわ――・・・」

「ごめんね紫 ホント思わず・・・ね」

思わずで吹き飛ばされていては私の身が持たないわ
でも、それよりも

「違うわ、それもひどいけれど あんなイイ人がいるなら教えなさいよ 私達、友達でしょう?」

「あっ・・・」

それもひどいってところは忘れないでね? ここ重要よ試験に出るからね
彼女はあっ、と息をついて私を見つめていたけれどしばらくすると目が潤みだして急に笑い出したのよ

「ふふ、・・・あははは!」

「な、何よ急に笑い出しちゃって気持ち悪いわ――」

「ううん、うふふ・・・何でも、なんでもないのよ」

そういって目を拭いながら笑う彼女の笑顔は、今まで私が見た中で一番愛らしい笑顔だったわ



☆☆☆


二日目
今日も昨日と同じような一日だった
昨日と違うのは妖怪退治の依頼がなかったことぐらいかしら?
ポストを見に行って帰ってきた霊夢は少し悲しそうだったから

一日中縁側でお茶を啜ってるのもなんだから少し散歩をすることにしてみたわ
石段をトントンとリズムよく降りていって・・・

疲れた
もう無理だわ、面倒くさい
私は石段を最後まで降りきったところで力尽きてしまったの
ふぅふぅと息をついて石段に座っているとポストに目が行ったの
正確にはポストの下かしら
近づいてみてみるとびりびりに破り捨てられたと思われる紙くずがおちてたわ
もう霊夢ったらしょうがないわね
いくらいらない広告だからって何も破いて捨てることはないじゃない
しかも神社の入り口で
これじゃあいくら境内を掃除したってだらしがないと思われるわよ?
やれやれと親切な私はひょいひょいと紙くずを拾って隙間に放り込んでいったの
紙くずは白い紙に紅い字で何か書いてあるようだったけれどばらばらになって読めなかったわ
全部拾い終えた私はえっへんと胸を張り石段を見上げて
げんなりしたわ
これを上るのなんて有り得ないわ・・・
私は隙間を開いて縁側に戻ったの
石段を降りたところで気力が尽きたといったら
霊夢にやっぱりねと鼻で笑われたわ
くやしいから明日は石段を登って戻ってやるんだから
見てなさいよ霊夢!



★★★



あの日からそれなりに季節は巡ったわ

その間に色々なことがあったのだけれど一番驚いたのは――が結婚したことかしら?
あの男も災難ね、尻にしかれるのは間違いないのに・・・
そうそう彼に彼女は私のことを自分の親友として紹介してくれたの
もちろん妖怪ということは伏せてだけれどね

彼と彼女と3人でいろいろなことをしたわ
お花見に行ったり、お月見をしたりいろいろね

しばらくそうして楽しく過ごしていたのだけれど
時々よろしくない噂が聞こえてくるの
今日もそう、町を歩いていると待ち人が数人集まって話し込んでたわ

『博麗の巫女は妖怪と繋がっているんじゃないか?
退治したと見せかけて金だけせしめて、他のところを妖怪に襲わせて・・・』

あのねぇ彼女に限ってそんなことがあるわけがないでしょう?
大体妖怪は倒された分だけ生まれるものなのよ
人がいなければ妖怪は存在できないし
妖怪がいないということは人がいないということなのよ
人が恐れ、慄き、怒り、悲しみ、憎悪する
そういったものが具現して妖怪は生まれるのに・・・
私だってそうよ?
気付いたときにはそこにいたもの

まぁいちいちそんなことを気にしていたらきりがないからほっといたけどね
私は誰にも見られないように物陰に入って隙間を開いて神社に行ったわ




気だるい昼下がり、3人で縁側に並んで談笑

「ねぇ――・・・貴女、少し太ったんじゃない?」

ぽかん

彼女の手にする箒で殴られた

「痛いわ・・・でもやっぱりお腹がぽっこり・・・」

ずびしっ

さっきよりもきつくしばかれた
彼女の旦那は可笑しそうに私達のやり取りを見ていたわ

「太ってない」

「いやいや・・・昔と比べたら・・・こう・・・ねぇ?」

彼にそうよね?と振ってみる
彼は苦笑しつつ教えてくれた

彼女のお腹には僕と彼女の赤ちゃんがいるんだよ

って、
へぇ人間って子供が出来るとお腹が膨れるのかぁ
ぽふぽふと彼女のお腹を叩いてみる

「この中に・・・ねぇ」

「もう少し時がたてば、それと分かるぐらい大きくなるよ」

「そうなったら巫女の仕事も出来そうにないわねぇ」

「しかたがないさ、僕としては今すぐにでもやめてほしいぐらいなんだけど」

「そうは行かないわ」

彼はやれやれと首を振り、お茶を啜った

「私が変わってあげましょうか?」

言ってからしまったな、と思ったけれど後の祭りね
彼女もこのアホたれと上を向いて目を手で押さえてたわ

「紫さん妖怪退治の心得があるのかい?」

「え、えぇ まぁそれなりに・・・ね」

「ぜひ変わってもらえないだろうか 彼女が出て行くたびに僕は気が気じゃないんだよ」

「そ、そうね だったらやってみようかしら」

「頼めるかい? ありがとう、紫さん!」

彼の喜び様ったらなかったわ
そういうわけで妖怪の妖怪退治が始まったのよ





それからまた少しだけ時が流れたわ

妖怪退治は順調そのもの、まぁこの私が遅れを取るような妖怪はそうそういないからね
しばらくは忙しくて暇がなかったのだけれど
なんとか時間を作って
今日は久しぶりに――のところにお茶をよばれに行ったのよ

「なんだか苦しそうねぇ・・・」

「ふふ・・・まぁね」

ぽっこりどころではないぐらい大きくなった彼女のお腹は見ていて少し痛々しかった

「ねぇ紫、触ってみる?」

触っても痛くないのかしら?
私は恐る恐る彼女のお腹に手を伸ばしたの
さわさわ・・・ピクッ!
急に彼女のお腹が動いたからびっくりしてあわてて手を離したわ

「動いたわよ!?」

「そりゃ中で生きているのだもの、動くわよ」

そうか、そういうものなのね

「もう一回触っていい?」

「えぇいいわよ」

彼女のお腹の中の子は私がお腹を触るたびにピクリピクリと反応して見せた
まるで私に返事をしてるみたい

「すごいわねぇ・・・」

「もう少しで生まれてくるわよ」

そうしたら紫にも見てもらわないとね、って彼女は言ってくれた
その日が楽しみでしょうがなかったわ



☆☆☆


三日目
今日は朝から魔理沙とアリスが遊びに来たわ
私が霊夢のお世話になってること知ると2人は大笑いしてくれたの
あんまりしつこかったから彼女達の気管の隙間をきゅっと締めてやったわ
どうだ、思い知ったか
じたばたともがき苦しむ2人は、それはそれは滑稽だったからお返しとばかりに笑ってあげたのよ

その後4人でおしゃべりしたりゲームをしたりして遊んだわ
中でも魔理沙が香霖堂から持ってきたまーじゃんというやつはなかなかに面白かったわ
運の要素が大きいのだけれど頭も使わなければ勝てない、こういう種類のゲームが私は好きみたい

楽しい時間はあっという間に過ぎるもので気がつけば夕日が傾いていたわ
魔理沙とアリスは自分の研究があるからといって帰ってしまったの
私と霊夢で見送ったのだけれど、彼女達が見えなくなったぐらいにふっと悲しそうな顔をしたように見えたの
寂しいの?と聞いてみると
霊夢はまさかと答えて社殿の中に戻って行ったわ
強がらなくてもいいのに、まだまだ人恋しい年頃なのにねぇ?

まだ少し夕飯まで時間があったから私は昨日の続きをすることにしたの
続きって?
そりゃ石段を降りて登って帰ってくることよ
霊夢の鼻を明かしてやるんだから!
トントンとリズムよく今日も石段を降りていく

「ふー・・・これで半分ね!」
降りきったところで私はそう声に出していた
降りるより登るほうがしんどいからとてもじゃないけど半分なんていえないけれど気にしたら負けよ
くるりと振り返って石段を見る
「・・・・・・うわぁ・・・」
あまり見ていると気が萎えてしまいそうだから目を逸らした
逸らした先には昨日のポストが立っていた、口から白い紙がはみ出ている
そうだ、下まで降りて登った証拠としてもって上がってみよう
私は紙を取り出して霊夢には悪いと思ったがどれどれと内容を見てみた
少しでも登るまでの時間を引き延ばそうとする悪あがきよ

紙を読む

私はすぐさま隙間を開いてその紙を投げ入れた
胸くそが悪い
吐き気がする
私の妖怪の本能が昂ぶり出す

またか

また繰り返すのか人間ども

数百年の年月を重ねても分からないのか?

何度見せ付ければ気が済むのだ?

何度思い知れば理解するのだ?

もう一度やってみろ

何度でも見せ付けてやる

何度でも思い知らしてやる

愚かな、愚かな人間どもめ・・・

石段を登り始めた私の目はきっと、燃え盛る紫炎のように揺らめいていただろう
降りるときと同じペースで登っていく
登りきった私はもういつもの顔に戻っていた
いつもの私だ、石段を降りるだけで荒れていた息が普段と変わらぬことを除いては

私は霊夢に何も言わず
今までのように夕食をとりお風呂に入って眠りについた



★★★



「サルみたい」

産衣に包まれた親友の子の脇に手を差し入れ抱えあげた私の第一声はそれだった

ぽこん

と、――が陰陽玉を投げてくる

「もっとほかに言い様はないの? 紫」

「ないわ」

私ははっきり言ってやった

「でも不思議ねぇ・・・こんなおサルさんが人間に育つのねぇ」

「サルサルってうるさいわね」

「ねぇこの子、男の子?それても女の子?」

サルにしか見えないのだからしょうがない
彼女を無視してたずねてみた

「女の子よ」

「へぇ・・・名前は?」

「まだ決めてないの・・・あの人が戻ってから一緒に考えるわ」

「名無しのおサルさんかぁ」

ぽこん

また飛んでくる

「しつこいわね、紫」

「しょうがないわ 妖怪はもっと育った状態で生まれてくることが多いから」

だぁだぁと小さなおサルさんは母親のほうに手を伸ばす

「貴女のところに行きたいみたい」

「そんななりでもちゃんと母親は分かるのよ」

手を伸ばしてきた彼女にはい、と赤子を引き渡す

「ねぇ紫、もう少しだけ妖怪退治 変わりにお願いね」

「えぇ、大丈夫よ 任せときなさいな」

私には分からないが
子を生むというのは大変なことなのだろう
以前の彼女に比べれば今の彼女は少々小さく見えた

よしよしと我が子を抱きかかえあやす幸せそうな彼女を見て
この時が長く続けばいいのにと私は願ってやまなかった



☆☆☆



四日目
霊夢はいつものように変わらず
いつものような生活を送っていた
今日はどうやら依頼があったみたい
あの血で書かれたかのような紅い字のふざけた内容の手紙が入っていないかと気になったが
どうしようもない
かえって霊夢に問いただしたほうがこじれるかもしれない





今まで博霊の巫女たちを長くに渡ってみてきたけれど
その誰もがこういう経験をしている
自分達の為に力を尽くしてくれる彼女達に対して
人間はあまりにも冷たい
同じ人間なのに、その能力故に異端と見られ彼女達は孤立していく

初めは感謝を
だかそのうちに彼らは助けられることに慣れてしまう

次に浮かぶのは疑問
何故彼女達だけが妖怪に対抗できるのか、何故自分達にはその力が無いのか

疑問は疑惑に形を変える
彼女達が力を持つのは何かあるからかもしれない、自分達が力をもてないのは彼女達と自分達は違うものだからかもしれない

疑惑はいつの間にか確信になる
彼女達は自分達と違うのだ、むしろ妖怪に近い立場なのだ

そして確信は恐怖を生む
自分達との違いが恐ろしい、その力がこちらに向いたらと思うと恐ろしい

最後に恐怖は暴発する
自分たちと違うのならば排除すればいい

何度も何度も見てきたことだ
でも私がそれをどうこうはできない
いや、『本当はそのために私はいる』のだけれど
彼らは『忘れてしまう』のだ・・・





その夜、霊夢は妖怪退治に出かけた
何処へ行くのかと一応聞いてみた
彼女はここから東の方にいった村にいってくるわ、といって飛んでいった
コチコチと時計が時を刻む、あれから結構な時間がたったが霊夢は帰ってこない
私は嫌な予感がして彼女のあとを追うために
月の無い新月の夜へと飛び出した



★★★



その日も私は妖怪退治に精を出し、今日の予定を終わらせて
ふよふよと帰宅の途についていたの
明日は八雲の家であのおサルさんを可愛がろうと思って彼女の家の方角に目をやったの
少しだけ紅く見えた気がしたの
見間違えかしら?
目を凝らして見てみたけれどやっぱり紅く見えたわ
私は胸騒ぎがしてすぐに神社に飛んで行ったの

「何よ・・・これ」

私が降り立った神社は
いつも慣れ親しんだそれとはまるで似ても似つかなかった

鳥居は倒され、石畳は割られ、社殿は炎に包まれていた
あたりには木が燃える焦げ臭いにおいと血臭に覆われていた
あちこちに人が倒れている、知った顔だ
八雲と懇意にしていた人ばかりが死んでいる

頭では理解していた、でも心がそれを拒んだ
どうして、どうしてこんなことに・・・

じゃり

轟々と燃える社殿を前に玉石のこすれる音を私は聞き逃さなかった
社殿に入る階段の影、彼女の夫が社殿を支える柱に持たれかかるように座っていた
胸に何本もの矢を突き立てて


私は彼に駆け寄って、彼の傍にひざまついた

「や・・・ぁ・・・・・・ゆかり・・・・さん」

「何があったかなんて聞かないわ、八雲とあの子は何処に行ったの?」

何があったかなんて見れば分かる
何度も見てきたのだ
何度も何度も何度もだ

「僕の・・・子は・・・・・・信頼でき・・・る・・・げほっ・・・人に任せたから
で・・・も・・・・・・八雲は・・・まだ・・・中・・・に」

「もういいわ、よく私が戻ってくるまで耐えてくれたわ ありがとう」

彼は私の言葉ににっこりと笑い返して、動かなくなった

私は立ち上がり
燃え上がる社殿の中へと駆けていった
もう遅い
もう間に合わない
妖怪の私が人間の為に何故必死になっている、こんなことは馬鹿げている
そんなことは分かってる

それでも、それでも私は八雲の元へ走らずにはいれなかったのよ





「八雲っ!」

スパンッと、引き戸を勢いよく開け私は部屋に飛び込んだ
社殿の一番奥、祭壇のある間に八雲は横たわっていた
紅白の衣装は白の部分を見つけることが出来ないほど血に汚れ
彼女の美しくきめ細やかだった肌は火傷でひどくただれていた

私は彼女を抱き上げるようにして手を取り彼女の名を呼んだ

「八雲っ! 八雲っ!?」

八雲はゆっくりと目を開け私を見てくれた
その目にはいつものような光を宿してはなかったけれど

「紫ぃ・・・遅いじゃない・・・ずっと・・・・・・ずーっと、待ってたんだからぁ」

「八雲っ、もう大丈夫だから・・・ね? もう・・・喋らないで」

「うふふ、紫は・・・・・・うそつきね・・・」

そうだそれは嘘だ
何度も触った来たではないか
何度もその手で直接感じてきたではないか
誰よりも他のどんな存在よりも
私は知っているではないか

人の生と死の境界を

「ねぇ紫・・・・・・あのときのこと・・・おぼ・・えて・・・る?」

「あの時じゃわからないわ八雲、一体どれほどの時を一緒に過ごしたと思ってるの?」

私は彼女の血で汚れることすら構わず、その手を自分の頬に擦り付けた

「あの・・・とき・・・・・・私のことを・・・友達・・・って・・・・・・言って
くれたで・・・しょう? すごく・・・す・・・ごく、うれしかったのよ・・・」

「・・・やくもぉ」

涙が溢れ出た
そんな、そんなことで喜んでいてくれただなんて思いもしなかった!

「あのね・・・紫・・・・・・約束・・・覚えてる?」

「えぇ、覚えているわ 忘れるわけがないじゃない」

あの約束から私達の関係は始まったようなものだ
忘れることなどできるわけがない

「紫のほうが・・・正しかった・・・わね・・・」

「そんなことないわ・・・そんなこと言ったら私と貴女はどうなるの?」

「ありがとう・・・でも・・・ね?・・・・・・貴女の・・・言うこと・・も・・・・・・きっと・・・必要だったの・・・よ」

じりじりと炎が迫ってくる
妖怪の私はいいとしても
八雲にとっては灼熱地獄に違いない
それでも彼女を動かせなかった
少しでも動かせば彼女の生と死の境界がなくなってしまいそうで

「最後に・・・お願いがあるの・・・・・・私の子と・・・それ・・・に連なる・・・・・・子孫達を・・・助けてあげて・・・お願いよ・・・紫」

「わかったわ、貴女の血が絶えるまでずっと見守っていくから・・・約束するから」

「ほんとう・・・かしら? じゃあ・・・・・・指きり・・・教えて・・・・・・あげたでしょう?」

私は真っ黒に焼け焦げた八雲の小指と私のそれを絡めた
涙が止まらない
八雲の顔がしっかりと見えない
自分の能力が恨めしい
こんな力ならいらなかった

『ゆ~びきりげんまん』

調子をつけて固く結んだ腕を振る
わかってる
もう、わかってるから
お願いだから

「う~そついたら・・・」

お願いよ
そんなことは知りたくないの
ねぇ誰か涙を止めて

「・・・ねぇ歌ってよ・・・・・・歌いなさいよ八雲ぉ・・・貴女が始めたんだから・・・・・・最後まで歌ってよ・・・
ほら一緒に、お願いよ八雲・・・嫌よ・・・いや、いやよ・・・いやああああああああああああああああ」

八雲の中の生と死の境界が無くなったとき、私は生まれて初めて哭いた


その日、楽園が隠されてから初めて紫炎が上がった
ゆらゆらと揺らめく炎はひとつの集落を焼き尽くし、夜明けと共に消え去った



☆☆☆



「宴会してたぁ?」

「ほーなのお」

胃の中のものを撒き散らしながらフラフラと神社に向かう霊夢を見つけたのは
あれからすぐのことだったわ
どうやら私が思っていたような事態ではなかったみたい
妖怪退治のお礼にと酒の席が設けられたらしいわね

「まったく、心配させないでほしいわ 霊夢」

「あーりぇー? ゆひゃりっらら わらひのこひょ ひんぱい ひてくれひゃの~?」

呂律が回らない霊夢が擦り寄ってくる
お酒臭くてたまらないわ

「いいからとっとと帰りなさい」

「にぇ~どーにゃのひょ~?」

しつこい

博麗の巫女がしつこくて頑固で強引なのは一族総じての特徴らしい
面倒くさくなったので
霊夢を隙間に放り込んだ

さて、ならばあの手紙は一体誰が入れたのかしら?
まだ準備中なのか、それともほかに誰か?
調べる必要がありそうね





五日目

「ふふふ、霊夢の奴めとっとといなくなればいいんだわ そうすればお嬢様と・・・・・・うへへへ」

あぁこいつだったのね犯人は
彼女ならやりかねないわねぇ

もう誰だかわかってしまう犯人がポストに例の紙を入れようとしたころで私は隙間を開いた

「いい趣味してるわねぇ、さ・く・や・ちゃん♪」

「な、貴方隙間の!!?」

「その紙を見て霊夢がどう思うか考えたことはあるのかしら?」

「うるさいわね!あいつさえいなければお嬢様は私のものなのよ!!」

その理論が私には理解できないわ

「さぁ観念なさい、私からは逃げられないわよ?」

「ふっ、私には時間を操る能力があるのよ? いくらでも逃げて見せるわ! 時符『プライベート・スクウェア』!! ふぅ、さぁ今のうちに・・・あれ?」

「何をしたのかしらねぇ?」

ぽきぽきと指を鳴らしながら私は咲夜に近づいていく

「なんで!? 何で動けるのよ!!?」

がしり、と彼女の肩を掴んで私はこういってやった

「貴女と時間の間に境界線を作ってあげたの、貴女が能力で時間に干渉しようとしても貴女の力は届かないのよ」

ふふふと笑って私は隙間を開いた

「さぁ、めくるめく隙間ワールドをたーっぷりと堪能してくるといいわ」

「い、いや 離して!! あ、ああぁ・・・ああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁ・・・・・・・!!」

これで少しは懲りるでしょ
私はふよふよと飛び上がり霊夢の作ってくれているはずの朝食を食べに戻った
石段登らないのかって?
普段の私じゃ無理よ無理

後日、隙間怖い隙間怖い隙間怖いと念仏のように唱える十六夜咲夜が鈴蘭の園で発見されたとかされなかったとか
まぁどうでもいいわね




★☆★☆★☆


あの後の二日間は何事もなく平穏に過ぎていったわ

今私は我が家の縁側で藍達が買って来てくれたお土産のお酒を片手にほろ酔い気分よ
藍にお酌をさせて、橙に肩を揉んでもらって極楽極楽

私はふと思いついた事を藍に聞いてみた

「ねぇ藍、名前について考えたことはある?」

「名前ですか? 私の名前は紫様から半分いただいて・・・」

「あぁ違うわそっちじゃないの 苗字の方よ」

「苗字・・・八雲ですか? いえ、特には・・・何かあるんですか?」

「うふふ、なんでもないわ・・・気にしないで」

クイッとお酒を煽る

「何かあるんでしょう? 気になりますよ 教えてください」

こればかりはいくら藍でも教えてあげられないわね
私はくすくすと笑ってお酌を要求した

「そんなことより、おかわり!」

「ハイハイ・・・もう仕方のない人だ」

藍にお酒を注がせながら私は空を見上げた

あの後、私は八雲の名前を貰った
人間は2つ名前がいるらしい、前と後ろに
だから私の名前の前に彼女の名前をつけた
少しでも人間に近づくために、そして常に彼女と共にあることが出来るようにと
私が初めて手に入れた、最愛なる親友の名前を

結局あの指は切られなかった
でも、そんなことは必要なかったかもしれない
きっと私は彼女の残したものを護らずにはいられなかったのだろうから

気がつけば私はあの歌を詠んでいた

「 紫炎にて 煙り揺らめく 幻想は 神子の護りし 囲いの中へ 」

「ねぇ ゆかりさまー 今のなにー?」

橙が聞いてくる

「なんでもないわ、そういう歌があったのよ・・・遠い遠い昔にね」





紫の炎の揺らめきと煙が覆い隠してしまった楽園は巫女の護る結界の中へと消えていってしまった

そう、だから

私と彼女で作ったこの幻想郷を護っていこう

いつまでも、この楽園の素敵な巫女たちと共に
ゆかりんは幻想郷を潰すことが出来るそうなので
もしかしたら創っちゃったんじゃないかなーと考えたのがこのお話です

少しばかりとっつきにくい物語かもしれませんが
最後まで読んでいただけるとありがたいです

りりぃ
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.2000簡易評価
2.70K-999削除
この針巫女がー。
人間とは種族的本能として異端を排除してしまうもの。駄菓子菓子。幻想郷の人間の意識も良い方向に変化しているのかも知れぬ。

紫のお茶目さに乾杯です。
9.100まっぴー削除
紫様凄いよ紫様。
いい具合にギャグで沈静化されてるけどさすが元大妖怪。
手紙のシーンでぞくりと来ました。

そして間にある彼女と八雲(おそらく先代(初代?)博麗)の話が……
凄い。この言葉しか出てこない私を許してください。
10.無評価まっぴー削除
ああ、一つ忘れてた。

>「こ、こあらぁ・・・」
スレイヤーズ懐かしいよスレイヤーズ!
13.70名前が無い程度の能力削除
『はっくちゅん!!』……紫様かわえぇ。
39.90名も無き名無しさん削除
「こ、こあらぁ・・・」で、壊れた(*´д`*)
そしてその後の物語が俺のイメージに近くていつの間にか涙が……
知識ある「妖怪」が故に悩んで苦しんで考え続けるゆかりんが俺は大好きです。
40.90名前が無い程度の能力削除
上手く言葉が出ないのですが……紫のイメージががらりと変わった気がします。
素敵な物語をありがとうございました。
42.60ぎちょふ削除
紫様の新しい一面ですね。こういう紫様もツボだ・・・。紫様かわいいよ。
しかしあの手紙の件が個人的に少し・・・・。

ともかくGJでした。
45.90名前が無い程度の能力削除
イカス。
46.70点線削除
文章がやや分かりにくいのが残念ですが、ゆかりんがかわいくて
かわいくてもう。
52.100名前が無い程度の能力削除
良い
54.70名前が無い程度の能力削除
良かった。 しかし、咲夜さん…
58.90名前が無い程度の能力削除
ハリユカリw